阿弥陀経
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(小経から転送)
『阿弥陀経』(あみだきょう)は、大乗仏教の聖典の一つ。原題は『スカーヴァティー・ヴィユーハ』(梵: Sukhāvatī-vyūha)で、「極楽の荘厳」「幸あるところの美しい風景[1]」の意味である。サンスクリットでは同タイトルの『無量寿経』と区別して『小スカーヴァティー・ヴィユーハ』とも呼ぶ。略称は、『無量寿経』の『大経』に対して、『小経』と呼ばれる。『阿弥陀経』は、弟子の質問に答える形の経ではなく、釈迦自ら説く形式の経であるため浄土真宗では「無問自説経」(ウダーナ、優陀那経)に分類される[2]。
概要
[編集]1世紀頃、北インドで成立したと推定されている。サンスクリット写本、漢訳、チベット訳が現存する。
サンスクリット原典は古くから日本に伝えられ、円仁の請来目録に『梵漢両字阿弥陀経』という名が見られる。他に『弥陀経梵本承久本』という写本もあり、江戸時代から出版・研究されてきた。漢訳では、一般に『仏説阿弥陀経』(鳩摩羅什訳)が流布している。サンスクリット本との比較では羅什訳、チベット語訳、玄奘訳の順に現存梵本に近い[3]。
サンスクリット原典
[編集]日本に伝えられていた原典[注 1]が1894年に英訳され、フリードリヒ・マックス・ミュラーにより出版されている(「オクスフォード本」と称される『東方聖典叢書』第49巻)。
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漢訳
[編集]仏説阿弥陀経
[編集]- 『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』1巻 姚秦の鳩摩羅什訳、402年ごろ訳出。
- 日本の浄土教の根本聖典の一つで、『仏説無量寿経』(康僧鎧訳)、『仏説観無量寿経』(畺良耶舎訳)とともに「浄土三部経」と総称される。
- 本経を『阿弥陀経』と呼ぶのが定着したのは善導からで、それ以前では『無量寿経』という別名でも呼ばれていた[4]。曇鸞も道綽も本経を『無量寿経』という名前で呼んでいる[4]。
- 現存する漢訳本およびチベット訳本の中で、現存するサンスクリット原典に最も近い訳本である[3]。
- 「襄陽石刻阿弥陀経」という版では本文中に「一心不乱」に続いて、他本にない「専持名号以称名故諸罪消滅即是多善根福徳因縁」[4]という文が存在することが王日休『龍舒浄土文』で指摘される[5]。法然はこの引文に依って[5]、念仏の余行に優れて多善根であることを主張した[5][6][3]。
- 非常に短い経典のため、『四紙経』と別称される。
- 『大正新脩大蔵経』(以下、『大正蔵』) 第12巻 P346~P348。
内容
[編集]- まず阿弥陀仏の極楽浄土の荘厳を説き、次にその浄土に往生するために阿弥陀仏の名号を執持(しゅうじ)すること[注 2]を勧め、次に六方世界[注 3]の諸仏がこの説を讃嘆・証誠して信ずることを勧めていることを話した後、極楽に生まれるように願いを起こすべきであることを再び説き、ブッダにとって、この乱れた世界の人々にこれらのことを信じてもらうことはとても困難な事だったと締め括られる。
- 浄土の荘厳を説く部分に「極楽には多くの種類の美しい鳥がいる。これらは常に美しい声で鳴き尊い教えを説き述べている。その国の人々はみな、この鳴き声を聞き終わると仏法僧を念じるようになる。」とあるが、仏教では鳥を含む動物は、生前の悪行の報いとして畜生道に落ちた存在とされている。これについて阿弥陀経では「極楽には三悪趣(餓鬼道・畜生道・地獄道)は存在せず、そんな言葉もない。これらの鳥は阿弥陀仏が法を広めるために仮に作り出したものである。」としており、畜生である鳥がどうして極楽にいるのかという矛盾を回避している。
小無量寿経
[編集]称讃浄土仏摂受経
[編集]- 『称讃浄土仏摂受経(しょうさんじょうどぶっしょうじゅきょう)』1巻 唐の玄奘(げんじょう)訳、筆受者は大乗詢[7][注 4](だいじょうじゅん)、650年訳出。
- 『大正蔵』 第12巻 P348~P351。
- 鳩摩羅什訳「阿弥陀経」と比べて詳細な記述となっている。例をあげれば阿弥陀経では単に「有七寶池 八功德水」とある部分は、いちいち「七寶」や「八功德水」が何かを名を挙げて説明している。また、多くの諸仏が阿弥陀仏の説くことを信じるように薦める部分は、「阿弥陀経」は東・南・西・北・下・上の六方の世界の諸仏が登場するが、「称讃浄土仏摂受経」ではこれらに加えて東南・西南・西北・東北の世界の仏も登場し、合わせて十方世界となっている。ただし追加された世界に登場する仏は一人ずつである。
- また「若諸有情 生彼土者 皆不退転 必不復堕 諸険悪趣 辺地下賎 蔑戻車中」という部分が追加されている。「もし諸々の生きるものがその国土に生まれたなら、皆が不退転となり、絶対に畜生・餓鬼・地獄道にも「辺地」[注 5]にも「下賎」にも「蔑戻車」の中にも堕ちることはない」ということであるが、「下賎」は下層カーストに由来し、「蔑戻車」とは「ムレーッチャ」(梵: mleccha)のことで古代インドにおける異民族の蔑称である。
- 「辺地下賎 蔑戻車中」の部分は「辺境に住む卑しい異民族」とする説もあるが、「蔑戻車」だけでも蔑称であるため、それに加えて更に「下賎」という形容詞を付けるのかどうかという疑問もある。しかし、称讃浄土仏摂受経の原テキストとなったインド語原典が発見されていないため、本訳の経文に見える異民族に対する差別的な思想は原典由来なのか、訳者の付加なのかという点も含めて不明である。
チベット語訳
[編集]イェシェーデとダーナシーラによる『'phags pa bde ba can gyi bkod pa shes bya ba theg pa chen po'i mdo』(聖なる“極楽の荘厳”という名の大乗経)が伝わる[3][8]。
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脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 写本が『弥陀経梵本承久本』(1741年)として高貴寺に伝承されている。(奥風栄弘「高貴寺蔵梵文『阿弥陀経』について」)
- ^ 阿弥陀仏の名号を執持すること…「仏の名をしっかりと心に置くこと」だが、善導以降は特に称名念仏のことと解釈された。岩波版 175頁。
- ^ 六方…東方世界・南方世界・西方世界・北方世界・下方世界・上方世界のこと。
- ^ 藤田宏達はこの人物を大乗光、すなわち普光のような著名な人物ではなく、玄奘門下の無名の人としており[7]、大乗詢が本訳経に大きな関わりを持ったことが、『称讃浄土仏摂受経』に見られる多数の疑問点と関わっていると指摘している[7]。
- ^ 「へんじ」と読み、極楽の存在に疑いを持つものが生まれるという完全ではない浄土。極楽浄土の外れにあるとされることからこの名がある。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 浄土真宗教学編集所 浄土真宗聖典編纂委員会 編纂『<浄土真宗聖典>浄土三部経 -現代語版-』本願寺出版社、初版1996年。ISBN 978-4-89416-601-1。
- 中村 元、早島鏡正・紀野一義 訳注『浄土三部経』 下、岩波書店〈岩波文庫 青306-2〉、1990年。ISBN 4-00-333062-5。
- 藤田, 宏達「玄奘訳『称讃浄土仏摂受経』考」『印度哲学仏教学 = Hokkaido journal of Indological and Buddhist studies / 北海道印度哲学仏教学会 編』第13号、北海道印度哲学仏教学会、1998年、1-35頁。
- 平原, 晃宗「親鸞の『阿弥陀経』観」『宗教研究』第311号、日本宗教学会、1997年、872-874頁。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 本願寺派聖典
- 聖教電子化研究会 (冒頭~)
- 大正新脩大藏經…『大正新脩大藏經』のオンライン検索(テキストデータによる閲覧)
- 国立国会図書館デジタルコレクション…『大正新脩大藏經』と入力検索すると、同書が写真により閲覧ができる。
- Buddhist Texts From Japan By Friedrich Max Müller (1881)…デーヴァナーガリー表記による「梵文阿弥陀経」