大見村 (広島県)
表示
おおみむら 大見村 | |
---|---|
廃止日 | 1955年1月10日 |
廃止理由 |
新設合併 大見村、西大田村、東大田村 → 世羅町 |
現在の自治体 | 世羅町、三次市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中国地方(山陽地方) |
都道府県 | 広島県 |
郡 | 世羅郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
3,176人 (国勢調査、1950年) |
隣接自治体 | 広定村、東村、東大田村、西大田村、津久志村、双三郡吉舎町 |
大見村役場 | |
所在地 | 広島県世羅郡大見村大字安田 |
座標 | 北緯34度38分47秒 東経133度00分07秒 / 北緯34.64642度 東経133.00189度座標: 北緯34度38分47秒 東経133度00分07秒 / 北緯34.64642度 東経133.00189度 |
ウィキプロジェクト |
大見村(おおみむら[1][2])は、広島県世羅郡にあった村。現在の世羅郡世羅町、三次市の一部にあたる。
地理
[編集]- 河川:戸張川、黒淵川[2]
歴史
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により、世羅郡安田村、戸張村、徳市村が合併して村制施行し、大見村が発足[1][2]。旧村名を継承した安田、戸張、徳市の3大字を編成[2]。
- 1920年(大正9年)射撃訓練用の射撃場を設置[2]。
- 1924年(大正13年)備後世羅畳表組合大見村支部結成[2]
- 1955年(昭和30年)1月10日、世羅郡大見村、西大田村、東大田村と合併し、町制施行し世羅町を新設して廃止された[1][2]。
- 1957年(昭和32年)1月10日、世羅町大字徳市の一部と大字戸張の一部が双三郡吉舎町に編入[3]。
地名の由来
[編集]地内にまたがる山岳名による[2]。
産業
[編集]- 農業、養蚕、畳表[2]
教育
[編集]- 1909年(明治42年)大見尋常高等小学校、新築移転[2]。1919年(大正8年)大見村農業補習学校を併置[2]。1926年(大正15年)大見村青年訓練所を併置[2]。1933年(昭和8年)講堂兼雨天体操場落成[2]
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 角川日本地名大辞典 34 広島県
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。