大桑町 (金沢市)
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大桑町 | |
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北緯36度31分33.4秒 東経136度40分30.7秒 / 北緯36.525944度 東経136.675194度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 石川県 |
市町村 | 金沢市 |
校下(地区) |
崎浦地区 十一屋校下 |
町名設定 | 1936年4月1日 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 | |
市外局番 | 076 (金沢MA)[4] |
ナンバープレート | 金沢 |
大桑町(おおくわまち)は、石川県金沢市の町名。旧加賀国石川郡富樫郷大桑村、同郡崎浦村字大桑。
概要
[編集]大桑町は、つつじが丘、野田、野田町、大桑、法島町、西大桑町、別所町、三小牛町、永安町、末町、涌波、涌波町、城南、三口新町、大桑新町、錦町に囲まれている。
地理
[編集]以下の小字がある。
- イ、ロ甲、ロ乙、ハ、ト、チ、リ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ甲、レ乙、ソ、ツ甲、ツ乙、ツ丙、ナ、ラ、ム、ウ、ヰ、ノ、オ乙、ク、ヤ、マ、ケ、コ、テ、ア、サ甲、サ乙、ユ、メ、シ、上野、鐘搗山、上川原、上猫下、御所谷、小寺山、下上野、下西欠、平、中上野、中尾山、中平、中ノ大平、西ノ山、猫シタイ、開、法師山、坊山、鱒川淵、元末、元涌波庚、和、穴欠、穴淵欠、子、庚、葭島、下葭島欠
沿革
[編集]- 江戸期 - 加賀国石川郡富樫郷大桑村が存在。米丸組所属。加賀藩領。
- 1871年8月29日(明治4年7月14日) - 廃藩置県により金沢県の管轄となる。
- 1872年3月10日(明治5年2月2日) - 金沢県が名称を変更して、石川県となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、崎浦村が発足する。崎浦村字大桑となる。
- 1936年(昭和11年)4月1日 - 崎浦村が金沢市に編入する。金沢市大桑町となる。
- 1965年(昭和40年)11月27日 - 三口新町土地区画整理事業の換地処分実施により、区域の一部が三口新町二丁目となる。
- 1966年(昭和41年)
- 1972年(昭和47年)7月1日 - 住居表示実施により、区域の一部が涌波1~3丁目となる[5]。
- 1973年(昭和48年)6月1日 - 住居表示実施により、区域の一部が城南1丁目となる[6]。
- 1977年(昭和52年)9月1日 - 大桑第二土地区画整理事業の換地処分及び住居表示実施により、区域の一部が西大桑町となる[7]。
- 2009年(平成21年)4月18日 - 大桑第三土地区画整理事業の換地処分実施により、区域の一部が大桑1~3丁目となる。
- 2017年(平成29年)3月4日 - 野田土地区画整理事業の換地処分実施により、区域の一部が野田1~2丁目となる。また、野田町の区域の一部を編入する[8]。
小・中学校の校区
[編集]- 大桑町ト、チ、リ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、ソ、ナ、ラ、ウ、ケ、テ、ア、ユ、メ、シ、庚、レ甲、レ乙、ツ甲、ツ乙、ツ丙、オ乙、サ甲、サ乙、小寺山、上野、下上野、中上野、鰈川淵、下葭島欠、西ノ山、上川原、法師山、元涌波庚、坊山、鐘搗山、穴淵欠、元末11に住んでいる場合
- 大桑町ム、ヰ、ノ、ク、ヤ、マ、ロ甲、ロ乙、開、中の大平、中平、上西欠、下西欠、上猫下、猫下、御所谷、中尾山、和、イ、ハ、平に住んでいる場合
施設
[編集]- 犀川緑地公園
- 大桑簡易グラウンド
- 大桑ぐるぐる広場
脚注
[編集]- ^ カ、コ、サ乙、サ甲、ソ、タ、ツ甲、ナ、メ、ユ、ヨ、ラ、ワ、穴欠、穴淵欠、子、庚、葭島、下葭島欠
- ^ “郵便番号検索”. 日本郵便. 2020年5月12日閲覧。
- ^ その他地域
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年10月1日閲覧。
- ^ 『官報』号外第19号、昭和48年2月26日「自治省告示第27号」
- ^ 『官報』号外第141号、昭和48年11月21日「自治省告示第189号」
- ^ 『官報』第15328号、昭和53年2月18日「自治省告示第20号」
- ^ 『金沢市公報』号外第2号、平成29年3月3日「金沢市告示第65号」
- ^ a b “金沢市立小中学校通学区域(町別)”. 金沢市. 2019年8月25日閲覧。