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共産主義のシンボル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

共産主義のシンボル(きょうさんしゅぎのシンボル)は、共産主義運動において革命プロレタリアートなど様々なテーマの象徴を表してきたもので、特に赤旗鎌と槌赤い星などはソビエト連邦の国旗から端を発し、多くの共産主義政党のシンボルとして、また東側諸国の国旗などで使われてきた。

インドネシアラトビアリトアニアそしてウクライナでは、ハーケンクロイツと同じく共産主義のシンボルは禁止英語版されており、公の場での非教育目的の掲示は犯罪とみなされている[1]

鎌と槌

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インドケララ州活人画。農民を象徴する鎌と、工業労働者を象徴する槌を持った二人の労働者により鎌と槌を形にしている。

鎌と槌は世界中のほとんどの共産主義政党において、シンボルとして用いられている。一部の政党では、をモチーフに修正されたものが使われており、朝鮮労働党の党旗には鎌と槌に加えて、知識人を象徴するを併せた意匠としている。

槌(ハンマー)は、工業労働者を中心とするプロレタリアートを、鎌は農民を象徴しており、両者の統合の象徴になっている[2]

鎌と槌は1917年のロシア革命から使われ始め、ソビエト連邦の建国によりソビエト連邦の国旗に採用された1924年から共産主義のシンボルとして広く認知された[2]。そしてロシア革命後、多くの共産主義政党共産主義政府において象徴として利用されている。

赤い星

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赤い星は、(南極大陸を除く)5つの大陸における共産主義の勝利の象徴だが、もともとは共産主義とは無関係な軍事的シンボルであり、ツァーリ時代のロシアで初めて登場した。

当時は、古代ローマの軍神マルスを連想し「火星の星」と呼ばれていた。1827年1月1日、将校と将軍の襟章に五芒星を付ける法律が調印された。1854年にはストラップにも星が使われるようになった。その後、双頭の鷲が描かれた五芒星は、軍用列車や客車の目印に使われるようになった。

ソビエト・ロシアでは、マルスは農業労働者の保護者でもあったため五芒星は赤軍による平時の労働力の保護を象徴していた。1918年、赤軍兵士のバッジの図面が承認され、赤い星の中央に金色の鎌と槌を含んだ意匠になった。星は保護を象徴し、鋤とハンマーは労働者と農民の統合を意味する。1920年代になると、赤い星は国家の公式なシンボルとして使用されるようになり、最終的に1924年にはソ連国旗の一部となり、ソ連国章の一部にもなった[3]

その後、五芒星は共産主義のシンボルであると同時に、より広く社会主義全般のシンボルとして使われ始めた。第二次世界大戦まで、ヨーロッパの反ファシズムや社会主義者の地下組織によって広く使用された。戦争中、赤い星は、ナチス・ドイツの侵攻軍に対抗したソ連の赤軍部隊が東ヨーロッパからナチス・ドイツを一掃し、絶対的な勝利を収め、ベルリンの戦いで戦争を終結させた象徴として、勝利の旗のように盛んに使用された[要出典]

ほとんどの東側諸国は、その社会主義的性格を示すために赤い星を国旗などのシンボルに取り入れた。

なお、日本開拓使オランダの酒造会社ハイネケンの赤い五芒星は共産主義とは全く関係がなく、ハイネケンは東西冷戦中には星の色を(共産主義への連想を避けるため)あえて「赤枠に白」に変更していた[4][5]

赤旗

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赤旗は、ソビエト連邦の国旗のように、他の共産主義者のシンボルや党名と組み合わされて使われている。この旗は、メーデーなどの社会主義・共産主義集会でも広く使われる。赤旗は社会主義自体のシンボルであるため、共産主義以外の社会主義の派生ともよく結びついている。

赤旗は歴史上多様なものの象徴として使われ、赤旗は勇気、犠牲、血、戦争一般を連想させるが、最初は反抗の旗として使われた。1871年のパリ・コミューンで、赤旗は共産主義と結びついた[要出典]十月革命後、ソビエト連邦政府は赤旗に黄色の五芒星、鎌と槌を組み合わせた国旗を採用し、多くの社会主義・共産主義政府と運動で赤旗が使用された。

赤黒旗

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赤黒旗はしばしば共産主義運動の象徴として、無政府共産主義による使用から見なされてきた。赤黒旗はスペイン内戦中のアナルコサンディカリズムから使われ始めた。黒はアナキズム、赤は左翼社会主義を表している[6]。時を経て旗はサンディニスタ7月26日運動のような、国家主義的な左翼運動に波及した。これらでは、赤と黒は斜めではなく水平な境界になっており、運動のアナキズム的なルーツからこの旗が採用された[7]

ただし、ソビエト連邦においては、当初黒地に赤色の鎌と槌を配した国旗が提案されていたものの、喪色を連想するとして却下されていた[8]

インターナショナル(歌)

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インターナショナル』は共産主義運動を象徴する歌で[9]、世界中のほとんどの言語に翻訳されている。フランス語の原詞でのコーラスは、C'est la lutte finale / Groupons-nous et demain / L'Internationale / Sera le genre humain(日本語:最終闘争/団結せよ/連帯こそは/普遍なれ)[注釈 1]

この曲は19世紀に作曲され、第二インターナショナルの公式歌として採用されて以来、世界中の共産主義者によって使用されてきた。その後、1918年にソビエト・ロシアの国歌となり、1922年から1944年にかけてはソビエト連邦の国歌としても使われていた。また、1989年のドイツ再統一前のドイツ民主共和国や同年の六四天安門事件における中華人民共和国など、共産主義政権への反抗歌としても歌われた[10][11]

国章

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ソ連は、自分たちの国章をロシア皇帝や貴族階級が使っていたものと区別するために、伝統的な紋章の装飾を置き換えたり省略したりした。

多くの共産主義政権は、自分たちが革命によって置き換わった君主主義から距離を置くために、紋章は君主の象徴とみなしていた[要出典]。その代わりに、多くの共産主義政権の国章はソビエト・ロシア及びソビエト連邦のヨーロッパの伝統的な紋章の形式から意図的に乖離させた様式を踏襲した。

その他のシンボル

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歯車と稲穂をあしらった日本共産党のシンボルマーク

必ずしも共産主義的なものではないが、共産主義政権・運動の国旗、印章、プロパガンダには、以下のような要素がしばしば取り入れられている。

共産主義国家が国旗やエンブレム、その他のグラフィックにあからさまな共産主義的イメージを使用していない顕著な例は、キューバと旧ポーランド人民共和国である。

脚注

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注釈

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  1. ^ 日本で歌われている日本語版では「いざ戦わん」から「われらがもの」までに該当する箇所である。

出典

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  1. ^ Het spook van het communisme waart nog steeds door Europa.” (オランダ語) (22 December 2009). 5 November 2020時点のオリジナルよりアーカイブ。July 14, 2012閲覧。
  2. ^ a b Flag of Union of Soviet Socialist Republics | Symbol, Colors & Meanings | Britannica” (英語). www.britannica.com. 2024年11月15日閲覧。
  3. ^ The Soviet flag EXPLAINED.” (英語) (20 June 2021). June 25, 2021閲覧。
  4. ^ 開拓使のシンボルはなぜ五稜星になったの?知られざる北辰旗の歴史 - 北海道ファンマガジン(2020年5月25日)2024年12月7日閲覧。
  5. ^ FAQ よくあるご質問 - ハイネケン(「ラベルの赤い星にはどんな意味がありますか」の箇所を参照)2024年12月7日閲覧。
  6. ^ "Anarchist FAQ Appendix" Archived 2015-09-01 at the Wayback Machine..
  7. ^ El socialismo libertario de” (スペイン語). Centro Para la Promoción, Investigación Rural y Social. 28 September 2007時点のオリジナルよりアーカイブ。30 March 2009閲覧。
  8. ^ флаг ссср”. www.vexillographia.ru. 2024年12月6日閲覧。
  9. ^ The Guardian, Australia (25 October 2009). “The International”. pp. first paragraph. 27 October 2009時点のオリジナルよりアーカイブ。3 April 2018閲覧。
  10. ^ Telling the Story with Music: The Internationale AT TIANANMEN SQUARE” (英語). Association for Asian Studies. 2024年11月15日閲覧。
  11. ^ Tuohy (1989年10月9日). “E. German Police Beat Protesters : Brutality in Berlin Comes on 2nd Day of Demonstrations” (英語). Los Angeles Times. 2024年11月15日閲覧。
  12. ^ “Che Guevara: Revolutionary & Icon”, by Trisha Ziff, Abrams Image, 2006

関連項目

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