八馬安二良
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八馬 安二良[1](はちうま やすじろう、1898年(明治31年)1月25日[2] - 1981年(昭和56年)5月17日[3])は、日本の実業家。八馬汽船社長[2][4][5]。多聞酒造取締役[5]。
経歴
[編集]兵庫県西宮市出身[2]。海運業・八馬永蔵の三男[6]。1920年、慶應義塾大学部理財科卒業[7][8]。1925年、分家した[5]。
桐花興業監査役、多聞土地社員、西宮信組理事を歴務[2]。宝梅園農場相談役、芦屋市公安委員を兼務[2]。1931年から1966年まで八馬汽船の社長を務めた[9]。
人物
[編集]兵庫県西宮市久保町、八馬汽船相談役・三代八馬兼介の弟[1][4][5][6]。八馬駒雄、八馬眞治の兄[4]。
家族・親族
[編集]- 八馬家
→詳細は「八馬兼介 (3代) § 家族・親族」を参照
- 妻・広子[2]あるいは広[4](1901年 - ?、奈良、資産家・土倉鶴松の二女[4][9]、林業家・土倉庄三郎の孫)
- 長男・琢也[1][2](八馬汽船常勤監査役、1923年 - )[9]
- 二男・推[1](極東真珠販売社長、1925年 - )[2]
- 三男[2]
脚注
[編集]- ^ a b c d e 『財界家系図』268 - 270頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年11月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j 『大衆人事録 第二十三版 西日本編』は693頁。
- ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、986頁。
- ^ a b c d e f 『人事興信録 第14版 下』ハ53頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年5月31日閲覧。
- ^ a b c d e 『人事興信録 第12版 下』ハ61頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年5月28日閲覧。
- ^ a b 『人事興信録 第4版』や12-13頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年5月29日閲覧。
- ^ 『慶応義塾総覧 大正11年』第二十二章 卒業生274頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年5月29日閲覧。
- ^ 『慶応義塾塾員名簿 昭和4年版』86頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年5月29日閲覧。
- ^ a b c d 『豪閥 地方豪族のネットワーク』385-393頁。
参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 慶応義塾編『慶応義塾総覧 大正11年』慶応義塾、1917-1922年。
- 慶応義塾編『慶応義塾塾員名簿 昭和4年版』慶応義塾、1924-1942年
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 下』人事興信所、1940年。
- 人事興信所編『人事興信録 第14版 下』人事興信所、1943年。
- 『財界家系図』人事興信所、1956年。
- 広瀬弘『大衆人事録 第二十三版 西日本編』帝国秘密探偵社、1963年。
- 佐藤朝泰『豪閥 地方豪族のネットワーク』立風書房、2001年。