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佐藤與三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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佐藤 與三(さとう よぞう、1843年天保14年8月[1]) - 没年不詳)は、明治期の商工官僚。官選群馬県知事

経歴

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長門国阿武郡萩平安湖町(現萩市)に生まれる[2]

明治5年(1872年工部省五等出仕に任官。さらに鉄道助・燈台権守を務めた。1873年、燈台頭に昇進。以後、工部大書記官として、鉱山権頭、鉱山局長、内国勧業博覧会審査部長、工作局長、総務局鉱山課長、品川硝子製造所長、参事院員外議官補などを歴任[2]

1884年7月30日、群馬県令に就任[3]1886年7月19日、地方官官制改正に伴い同県知事となる。明治21年(1888年)6月限りで廃止とされた公娼について、同年5月に廃娼延期令を発布し、世論の反発を受けて廃止の期限を限るなどの妥協を行うが、県会から辞職を迫られ議会解散を行う。しかしその結果は解散前とほぼ同じ大勢となり、1891年の臨時県会で知事辞職勧告が可決された[4]。そのため、同年4月9日、知事を非職となる[5]1893年2月21日、依願免本官[6](諭旨退官[7])となり退官した。

栄典・受章・受賞

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位階
勲章等

脚注

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  1. ^ 「群馬県所属官吏明治二十五年四月一日現員調書」
  2. ^ a b 『群馬県人名大事典』241頁。
  3. ^ 『官報』第4639号、明治31年12月15日。
  4. ^ 『新編日本の歴代知事』283頁。
  5. ^ 『官報』第2330号、明治24年4月10日。
  6. ^ 『官報』第2892号、明治26年2月22日。
  7. ^ 「非職群馬県知事佐藤与三依願本官被免ノ件」
  8. ^ 『官報』第354号「叙任及辞令」1884年9月1日。
  9. ^ 『官報』第1003号「叙任及辞令」1886年11月1日。
  10. ^ 『官報』第2898号「叙任及辞令」1893年3月1日。
  11. ^ 『官報』第536号「賞勲叙任」1885年4月18日。
  12. ^ 『官報』第1476号「叙任及辞令」1888年6月2日。
  13. ^ 『官報』第1929号「叙任及辞令」1889年12月2日。

参考文献

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公職
先代
(新設)
日本の旗 品川硝子製造所長
1883年
次代
阿部浩
先代
佐野常民
日本の旗 灯台頭
1873年 - 1876年
次代
吉井正澄