下郡駅
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下郡駅 | |
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駅名看板・待合所(2022年1月) | |
しもごおり Shimogōri | |
◄馬来田 (1.3 km) (3.0 km) 小櫃► | |
所在地 | 千葉県君津市山本湯名下2 |
所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
所属路線 | ■久留里線 |
キロ程 | 15.2 km(木更津起点) |
電報略号 | モコ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線 |
乗車人員 -統計年度- |
78人/日(降車客含まず) -2006年- |
開業年月日 | 1937年(昭和12年)4月20日[1] |
備考 | 無人駅(乗車駅証明書発行機 有) |
下郡駅(しもごおりえき)は、千葉県君津市山本湯名下にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)久留里線の駅である。
歴史
[編集]久留里線木更津駅 - 上総亀山駅間開通の翌年1937年(昭和12年)、東横田駅と南隣の上総山本駅と共に開業した[1]。太平洋戦争中の1944年(昭和19年)から久留里駅以南が営業休止となった久留里線は、戦後の1947年(昭和22年)に全線の営業を再開したが、利用客の少ない東横田駅、下郡駅、上総山本駅は営業休止とされた[1]。下郡駅は1956年(昭和31年)に復活したが、南隣の上総山本駅は同年正式に廃止となった[1](東横田駅は1958年に営業再開した)。
年表
[編集]- 1937年(昭和12年)4月20日:鉄道省の駅として開設[1]。
- 1947年(昭和22年)1月20日:営業休止[1]。
- 1956年(昭和31年)7月1日:営業再開[1]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる[1]。
- 2009年(平成21年)3月14日:東京近郊区間に編入される[2]。
駅構造
[編集]単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは2両編成まで対応する。このため3両編成以上の列車は、進行方向前寄り2両のみ扉扱いし3両目以降はドアカットされる。
久留里駅管理の無人駅。駅舎は無く、ホームの上にプレハブの待合所が設置されている。また乗車駅証明書発行機も設置されている。トイレは男女別水洗式。
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待合所内(2022年1月)
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駅ホーム(2022年1月)
利用状況
[編集]2006年(平成18年)度の1日平均乗車人員は78人である。
千葉県統計年鑑によると、近年の1日平均乗車人員の推移は以下の通り。
年度 | 1日平均 乗車人員 |
出典 |
---|---|---|
1990年(平成 | 2年)124 | [* 1] |
1991年(平成 | 3年)168 | [* 2] |
1992年(平成 | 4年)112 | [* 3] |
1993年(平成 | 5年)106 | [* 4] |
1994年(平成 | 6年)112 | [* 5] |
1995年(平成 | 7年)107 | [* 6] |
1996年(平成 | 8年)105 | [* 7] |
1997年(平成 | 9年)95 | [* 8] |
1998年(平成10年) | 87 | [* 9] |
1999年(平成11年) | 89 | [* 10] |
2000年(平成12年) | 79 | [* 11] |
2001年(平成13年) | 67 | [* 12] |
2002年(平成14年) | 62 | [* 13] |
2003年(平成15年) | 64 | [* 14] |
2004年(平成16年) | 76 | [* 15] |
2005年(平成17年) | 76 | [* 16] |
2006年(平成18年) | 78 | [* 17] |
駅周辺
[編集]駅出入口付近には木更津市との境界がある。「下郡」も木更津側の地名である。駅周辺は田園地帯が広がり、東側には山本由那城があったとされる比高30m程の台地が広がる[3]。
国道410号沿いにコンビニや飲食店があり、千葉県道166号馬来田停車場富岡線沿いに中小商店や住宅が点在する。駅北側約700メートル先に 首都圏中央連絡自動車道(木更津東インターチェンジ)の料金所が位置する。
- 下郡郵便局 - 近隣に現存している旧局舎が「下郡郵便局旧局舎」として2004年に国の登録有形文化財に登録されている。
- 山本由那城(山本湯名城)跡 - 駅より北東200m。里見氏の支城跡。城主は家臣山本氏。
- 山本の殿の下井戸
- 十二所神社
- 道の駅木更津 うまくたの里
隣の駅
[編集]脚注
[編集]記事本文
[編集]出典
[編集]利用状況
[編集]- 千葉県統計年鑑
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 駅の情報(下郡駅):JR東日本