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ローレンス・ストロール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ローレンス・ストロール
Lawrence Stroll
生誕 (1959-07-11) 1959年7月11日(65歳)
カナダの旗 カナダケベック州モントリオール
国籍 カナダの旗 カナダ
著名な実績 ファッションブランドへの投資
F1チームの買収
アストンマーティン
純資産 38億USドル(2023年8月時点)[W 1]
子供 ランス・ストロール
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ローレンス・ストロールLawrence Stroll)として知られるローレンス・シェルダン・ストルロヴィチLawrence Sheldon Strulovitch[W 2][W 3]1959年7月11日 - )は、カナダ出身の実業家、ビリオネア

概要

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香港の実業家であるサイラス・チョウ英語版と組み、1990年頃にトミーヒルフィガー、2000年代にマイケル・コース社(後のカプリ英語版)に関わり、両社の株式公開(IPO)を成功させた[W 4][W 5]。それ以前から資産家ではあったが[W 6]、ビリオネアとしてのストロールの資産の大部分は2014年にマイケル・コースの株式を売却した際に築いたものである[W 1][W 7]

ストロールのビジネスの手法は換言してしまえばシンプルで、ニッチなブランドであるとか、問題を抱えているブランドを廉価で買い取り、それらを数年から10年ほどかけて強化したり建て直したりした上で売却し、利益を得るという手法を基本としている[W 2][W 3]

自動車愛好家であり、2018年に破産したF1チーム、フォース・インディアの資産を買い取り、F1チームのオーナーとなった。2023年現在もチームオーナーを務めており、同チームは、2018年8月に設立したレーシング・ポイントを経て、2021年からはアストンマーティンF1としてF1参戦を続けている。(→#F1チームの買収

2020年初めには株価低迷に悩まされていたイギリスの自動車メーカー、アストンマーティン・ラゴンダの大株主となった[W 8][W 9][W 10]。同時に、同社の取締役会会長に就任し、立て直しを図っている[W 8][W 9][W 10]。(→#アストンマーティン

経歴

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ファッションブランドへの投資

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ストロールの父レオ・ストルロヴィチ(Leo Strulovitch)はピエール・カルダンポロ・ラルフ・ローレン英語版をカナダに持ち込み、その展開を行った実業家である[W 9]

ストロールも1980年代にファッション業界に入り、ラルフ・ローレンをヨーロッパに持ち込み展開を行った[W 6][W 9][注釈 1]

この事業を進める中で、ストロールは香港の実業家で大手の衣料品製造業を営むサイラス・チョウ英語版と知り合い、以降、長年に渡るビジネスパートナーとなる[W 12]

1989年、創業間もないトミーヒルフィガー(1985年設立・Tommy Hilfiger Corporation)を支援するため、チョウとともに香港を拠点とするスポーツウェア・ホールディングス(Sportswear Holdings Ltd.)を設立した[W 13][注釈 2]。スポーツウェア社はトミーヒルフィガーを創業者のヒルフィガーから買い取るとともに財務面の後ろ盾を与え[W 15]、1989年に新会社のトミーヒルフィガー社(Tommy Hilfiger, Inc.)を設立した[W 16]。ストロールはトミーヒルフィガー社に経営陣として加わり、マーケティングの面から同社を支え[W 17]、同社は1991年に株式公開を果たした[W 16]

マイケル・コースへの投資

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マイケル・コース

2003年、スポーツウェア社を通じて、チョウとともにマイケル・コース社(Michael Kors LLC)の過半数株式を取得した[W 5]。「マイケル・コース」はセリーヌでチーフデザイナーを務めていたマイケル・コースが2002年に設立した会社で、2003年当時の評価額は1億ドルであり、ストロールとチョウは全株式の85%を8500万ドルで取得した[W 5]

投資を得たマイケル・コースは2000年代を通して飛躍的な成長を続け、2007年時点で2億ドル程度だった年間売上はわずか4年後の2011年には8億ドルを超えるほどになる[W 5]。その評価額も36億3000万ドルにまで高まった[W 5]

マイケル・コースの出資者であるストロールとチョウが保有していた株式は、同社の株式公開が行われた2011年の時点で18億6000万ドル相当の価値を持つことになった[W 5]

2011年にニューヨーク証券取引所上場されたマイケル・コースの株式は公開当日に25%も値を上げ[W 5]、2014年には公開時のほぼ4倍にまで価値を増し、ストロールは同年に保有する全ての株式を売却した[W 4]。ストロールの資産の大部分はこの時に得たものだとされている[W 1][W 7]

この間、スポーツウェア社はマイケル・コースのほか、アスプレイガラードといった宝飾品会社や、ペペ・ジーンズ英語版にも同様の投資を行った[W 6]

F1チームの買収

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2006年以降、自動車レースのフォーミュラ1(F1)の運営会社であるフォーミュラワン・グループは、その株式の大部分を投資会社のCVCキャピタルによって保有されていた[W 18][W 19]。2010年代半ば、CVCキャピタルにF1の株式を手放す動きが見られ始めると、その売却先としてストロールの名が挙がるようになった[W 20]。結果として、それは実現せず、CVCキャピタルは2016年にフォーミュラワン・グループの株式をリバティメディアに売却した[W 21]

ストロールがF1への投資を考えていたことはたしかで、それは息子のランスがF1ドライバーとしてデビューすることに合わせて具体性を帯びていくようになる。

2017年にランスはウィリアムズからデビューしたが、この際はランスの実力が未知数だったこともあり、父親であるストロールが金でシートを買ったと揶揄する声は多かった[W 22][W 23]。同年3月に18歳でデビューしたランスは、6月に開催されたアゼルバイジャングランプリで3位に入り、F1史上2番目の若さで表彰台に立った[W 24][W 25][注釈 3]

2018年にフォース・インディアが破産した際、ストロールはチョウらとともにコンソーシアムを組織し[W 8]、同チームを9000万ポンドで買収して従業員らを救済し、さらに同チームの1500万ポンドの債務も引き受けた[W 27][W 10]。ストロールはフォース・インディアの資産を引き継いだ新チームとして「レーシング・ポイント」を立ち上げ、ストロールの投資によって同チームはF1への継続参戦が可能となった[W 10][注釈 4]。同チームは、2020年終盤のサヒールグランプリで、ドライバーのセルジオ・ペレスの力走もあって優勝を果たしている[W 10]

アストンマーティン

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2020年初め、アストンマーティンブランドを保有するアストンマーティン・ラゴンダ社は売上と株価の低迷に悩まされていた[W 28][注釈 5]。同年1月、ストロールは再びチョウらとコンソーシアムを組織し[W 8]、同社に1億8200万ドルの投資を行い、株式の20%を取得し、ストロールは同社の経営陣に加わり、取締役会の会長(エグゼクティブチェアマン)に就任した[W 8][W 9][W 10]

これに伴い、F1チームのレーシング・ポイントも2021年シーズンからは「アストンマーティンF1」(アストンマーティン・フォーミュラ1)に改称した[W 31][W 32][注釈 6]。ストロールがチーム名を高級車メーカーとして有名なブランドに変更したことには副次効果があり、従来は獲得のハードルが高かったスポンサーもチームに付くようになり、支援者には事欠かない状態となった[1]

自動車事業の立て直し

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アストンマーティン・ヴァルキリー(2019年、プロトタイプ)

アストンマーティン・ラゴンダ社の自動車事業について、ストロールは同社のCEOを務めていたアンディ・パーマーを解任した上で、パーマーが進めていた新規事業の内、電気自動車計画を中止するよう指示し、その一方、ヴァルキリーヴァルハラ英語版のようなミッドシップスポーツカーの開発計画は残して推進するよう指示した[W 33]

このカテゴリーにはフェラーリランボルギーニマクラーレンといった競合ブランドが存在することから、ブランド価値を高めるためにレースで結果を出すことには合理性があり、F1チームへの投資は自動車事業を成功させることとも密接にリンクしたものとなる[W 33]

F1チームへの投資

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2018年にストロールが買収したF1チームは、ジョーダン・グランプリとして1991年にF1参戦を始めて以来、F1の中でも中団争いに甘んじることを常としていた[注釈 7]。オーナーとなったストロールは、将来のチャンピオンタイトル獲得を目標に掲げ、その実現のため、チームの人員と施設に多額の投資を行っている[1][W 34]

人員の面では、2018年途中にレーシング・ポイントを立ち上げた時点で従業員数は約450名だったが、2020年には550名[1]、2022年には700名以上にまで増強させた[W 35]。これに伴い、元レッドブル・レーシングダン・ファロウズをはじめとする有力なエンジニアたちを獲得し、経営面でもレース部門のCEOとして、元マクラーレンマーティン・ウィットマーシュを起用した。ドライバーも、2021年セバスチャン・ベッテル2023年フェルナンド・アロンソというどちらも複数回のチャンピオン獲得経験を持つドライバーを起用した[注釈 8]

施設にも巨額の投資を行っている。ストロールが取得した時点で、シルバーストーンに所在するチームのファクトリーはジョーダン時代の1992年に建設されたものが拡張されながら使われていたが、建設から30年近く経っており、既に古く手狭なものとなっていた[2][W 36][注釈 9]。そこでストロールは、2021年に従来のファクトリーの隣接地に30エーカー(約121,000平方メートル)の広大な土地を確保し[1][2][注釈 10]、およそ2億ポンド(330億円)と言われる巨費を投じ、近代的な新ファクトリーを建設させた(2023年から2025年にかけて段階的に完成の予定)[2][W 34][W 35]。車両の空力開発に不可欠な風洞施設も、それまでブラックリー英語版メルセデスファクトリーの施設を借りて使用していたが、ストロールの投資により、自前の風洞が建設されることになった(2025年に完成予定)[W 34][W 36]

2023年5月には、本田技研工業(ホンダ)とパワーユニット供給のワークス契約を結び、2026年シーズンから同社子会社のホンダ・レーシング(HRC)製パワーユニットの供給を受けることを発表した[W 37]。チームは2018年以降(前身も含めると2009年以降)一貫してメルセデスHPP製PUのカスタマー供給(有償)を受けており、性能面で大きな不満はなかったものの、チャンピオンタイトルを獲得するためには(車体と完全に適合した)ワークス契約のパワーユニットが不可欠だと考えていたことから、この契約に至った。ストロールはこのワークスPU獲得について、チームがチャンピオンタイトルの獲得を目指すにあたって必要な「ジグソーパズルの最後のピースだ」と述べている[W 38]

人物

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ストロールはスイス・ジュネーブを拠点に活動を行っている(2020年時点)[W 9]

自動車愛好家としての側面

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熱狂的な自動車愛好家であり、上記のF1チームの買収やアストンマーティンへの投資のほか、自動車関連に大きな額を費やしていることで知られる[W 10]

上記のF1との関わり以前にも、トミーヒルフィガーの経営に携わっていた間、1991年から1994年まで同社とペペ・ジーンズでチーム・ロータスのスポンサーを務めた[3][W 39]

個人としては、2000年代以前からフェラーリの自動車を収集しており、1967年型275GTB/4 S NARTスパイダー、1957年型250テスタロッサという希少車も含め多数の車を所有している[W 6][W 7]。そのコレクションの資産価値はおよそ1億6000万ドルに相当するとされる[W 7]。このフェラーリとのつながりは、息子ランスのフェラーリ・ドライバー・アカデミー入り(2010年 - 2015年)と関連付けて語られることもある[W 6]

カナダグランプリを開催したこともあるモントランブラン・サーキットを2000年に購入し、長年そのオーナーとなっていたが、2021年に売却した[W 40][W 41]

家族

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ストロールはベルギー生まれの妻クレア=アン・キャレン(Claire-Anne Callens)との間に息子のランスと、娘のクロエの2子がいる[W 6]

ストロールはランスのレーシングドライバーとしてのキャリアに多額の投資を行っていることでも知られる。ランスがウィリアムズからデビューした際は同チームには日本円換算で82億円もの持参金を持ち込んだとされており、これはF1チームへの持参金としては史上最高額だとされている[W 23]

娘のクロエはシンガーソングライターをしており、2023年にスノーボード選手のスコッティ・ジェイムズと結婚した[W 42]

脚注

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注釈

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  1. ^ ラルフ・ローレンは1967年に設立されたブランドだが、ヨーロッパへの進出は1980年代に入ってからのことだった[W 11]。当時は、米国ブランドの服を「本場」ヨーロッパで売ることは「エスキモーに氷を売るようなものだ」であるとか、「アラブ人に砂を売るようなものだ」などと言われるほどの難事と考えられていた[W 11]
  2. ^ 社名の「スポーツウェア」は「スポーツに用いる服」という意味ではなく、ファッションジャンルのひとつである「スポーツウェア」(スポーティーなデザインの服。en:Sportswear (fashion))を指している。このジャンルはトミーヒルフィガーが手掛けている分野でもある[W 14]
  3. ^ ランスはその後も実力不相応にF1のシートを得ているという揶揄に悩まされ続けることになる[W 26]。2020年時点で、「F1ドライバーとして不適格」と言えるほどに実力が低いわけではないと擁護する声もある[W 26]
  4. ^ 「改名」とされることがあるが、登記の上でフォースインディアとレーシングポイントの間につながりはなく、ストロールたちは2018年8月に新会社の「Racing Point UK Limited」を設立し、旧フォース・インディアの資産や従業員を全て引き受ける形でチームを立ち上げた。
  5. ^ 同社は2018年10月に株式公開を行ったが、その時点で19ポンドだった株価は2ヶ月足らずで11ポンド台まで低下し、回復の見込みの立たない状態が続いていた[W 29][W 30]
  6. ^ 運営会社の名称も「Racing Point UK Limited」から、「AMR GP Limited」に変更された。
  7. ^ 例外として、1999年シーズンは終盤までタイトル争いに絡んだことがあり、その年に記録したランキング3位がチームとしての最高成績となる。
  8. ^ 元チャンピオンのベッテルを起用したのは、(選手権3位、4位などではなく)将来のタイトル獲得を目指すというストロールの方針によるところが大きいとされる[1]。ジョーダン時代にさかのぼっても、このチームが過去にチャンピオン経験者を起用したのは1998年1999年デイモン・ヒルの例のみ。
  9. ^ この時点でF1に参戦していた10チームの中で、アストンマーティンのファクトリーが最も古かった[2]
  10. ^ ファクトリー用地は37,000平方メートル[2][W 34]

出典

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書籍
  1. ^ a b c d e F1速報 2021年 第6戦 アゼルバイジャンGP号、「英国老舗の名に懸けて」(オトマー・サフナウアー インタビュー) pp.38–41
  2. ^ a b c d e F1速報 2021年 第12戦 ハンガリーGP & 第13戦 ベルギーGP合併号、「質実剛健なキャンパス。」(尾張正博) pp.26–29
  3. ^ GP Car Story Vol.32 Lotus 107、「万策尽きて……」(クリス・マーフィー インタビュー) pp.74–77
ウェブサイト
  1. ^ a b c Lawrence Stroll” (英語). Forbes (2021年6月19日). 2023年8月20日閲覧。
  2. ^ a b Siddharth Vikram Philip (2020年2月7日). “The Billionaire’s Big Job of Restoring Aston Martin” (英語). Bloomberg. 2021年6月28日閲覧。
  3. ^ a b Siddarth Philip (2020年2月7日). “Lawrence Stroll's next big job: Restoring Aston Martin” (英語). Autonews. 2021年6月28日閲覧。
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  5. ^ a b c d e f g Edwin Durgy (2011年12月7日). “Hong Kong Investors To Take Massive Profits From Michael Kors IPO” (英語). Forbes. 2021年6月28日閲覧。
  6. ^ a b c d e f Nicolas Van Praet (2012年3月7日). “Quebecer Stroll newest member of Forbes' billionaires list” (英語). Financial Post. 2021年6月28日閲覧。
  7. ^ a b c d Will Yakowicz (2019年12月5日). “Fashion Billionaire Lawrence Stroll Reportedly In Talks To Buy Stake in Aston Martin” (英語). Forbes. 2021年6月28日閲覧。
  8. ^ a b c d e アストンマーティンの経営執行役会長に就任するストロール、経営およびマーケティング面の改善を誓う”. autosport web (2020年2月2日). 2021年6月28日閲覧。
  9. ^ a b c d e f Jasper Jolly (2020年1月31日). “Aston Martin: The billionaire building 'a British Ferrari'” (英語). The Guardian. 2021年6月28日閲覧。
  10. ^ a b c d e f g Dave Stubbings, Hannah Finch (2021年4月12日). “All about Lawrence Stroll: The billionaire behind Aston Martin and its F1 team” (英語). BusinessLive. 2021年6月28日閲覧。
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  20. ^ Christian Sylt (2014年6月1日). “Ecclestone Says He Doubts Fashion Tycoon Lawrence Stroll Will Buy Into F1” (英語). Forbes. 2021年6月28日閲覧。
  21. ^ 米企業がF1取得を発表。エクレストンはCEOに残留”. autosport web (2016年9月8日). 2021年6月28日閲覧。
  22. ^ 【2017年F1ルーキー特集】ランス・ストロールを“ペイドライバー”と侮ってはならない”. autosport web (2017年2月11日). 2021年6月28日閲覧。
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  25. ^ 【あなたは何しに?】愛息子のルーキーイヤーでのF1史上最年少表彰台に大富豪の父親も大喜び”. autosport web (2017年6月29日). 2021年6月28日閲覧。
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  30. ^ 【まだ出口は見えず?】アストン マーティンの苦境は続く 注視が必要”. Autocar Japan (2020年3月30日). 2021年6月28日閲覧。
  31. ^ Jonathan Noble (2020年1月31日). “ストロール父がアストンマーチン大株主に。レーシング・ポイントの名称も変更へ”. Motorsport.com. 2021年6月28日閲覧。
  32. ^ レーシング・ポイントF1オーナーのストロール父、アストンマーティン社の株価暴落に伴い出資金を増額へ”. autosport web (2020年3月16日). 2021年6月28日閲覧。
  33. ^ a b 大谷達也 (2021年8月6日). “ただの親バカではなかった⁉︎ アストンマーティンF1の裏にあるストロール父の壮大な戦略【大谷達也のモータースポーツ時評】 (2/3)”. autosport web. 2023年5月27日閲覧。
  34. ^ a b c d Luke Smith (2022年12月1日). “目指すはF1の頂点。アストンマーチンが新設する”330億円の”ファクトリーへ潜入……その本気度が見えてきた”. Motorsport.com. 2023年5月27日閲覧。
  35. ^ a b Edd Straw (2023年3月13日). “INSIGHT: How Aston Martin made the leap from F1’s midfield” (英語). Racer. 2023年5月27日閲覧。
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  37. ^ 纐纈敏也 (2023年5月24日). “ホンダ、2026年からF1「復帰」…アストンマーティンにエンジン供給”. Response. 2023年5月24日閲覧。
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  42. ^ キング・オブ・ハーフパイプ スコッティ・ジェームスが億万長者の娘と結婚!”. DMKsnowboard.com (2023年5月15日). 2023年5月27日閲覧。

参考資料

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書籍
  • 『GP Car Story』シリーズ
    • 『Vol.32 Lotus 107』三栄、2020年7月22日。ASIN B081GFYJF5ISBN 978-4-7796-4200-5ASB:GPC20200608 
雑誌 / ムック

外部リンク

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