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ヨン・ダール・トマソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヨン・ダール・トマソン
名前
愛称 ゴールの外科医
ラテン文字 Jon Dahl Tomasson
基本情報
国籍  デンマーク
生年月日 (1976-08-29) 1976年8月29日(48歳)
出身地 コペンハーゲン
身長 183cm
体重 77kg
選手情報
ポジション FW (ST, CF)
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-1994 デンマークの旗 キューゲ 48 (28)
1994-1997 オランダの旗 ヘーレンフェーン 78 (37)
1997-1998 イングランドの旗 ニューカッスル 23 (3)
1998-2002 オランダの旗 フェイエノールト 122 (55)
2002-2005 イタリアの旗 ミラン 76 (22)
2005-2007 ドイツの旗 シュトゥットガルト 30 (8)
2007-2008 スペインの旗 ビジャレアル 36 (7)
2008-2011 オランダの旗 フェイエノールト 37 (20)
通算 450 (180)
代表歴
1992  デンマーク U-16 3 (2)
1992  デンマーク U-17 8 (8)
1993-1995  デンマーク U-19 16 (12)
1995-1997  デンマーク U-21 10 (5)
1996 デンマークの旗 デンマーク B 1 (0)
1997-2010 デンマークの旗 デンマーク [1] 112 (52)
監督歴
2012-2013 オランダの旗 エクセルシオール (アシスタント)
2013 オランダの旗 エクセルシオール
2014 オランダの旗 ローダ
2015-2016 オランダの旗 フィテッセ (アシスタント)
2016-2020 デンマークの旗 デンマーク代表 (アシスタント)
2020-2021 スウェーデンの旗 マルメFF
2022-2024 イングランドの旗 ブラックバーン
2024- スウェーデンの旗 スウェーデン代表
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ヨン・ダール・トマソンJon Dahl Tomasson1976年8月29日 - )は、デンマークコペンハーゲン出身の元サッカー選手。サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード。元デンマーク代表

経歴

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クラブ

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キューゲBKの下部組織でサッカーを学び、1992年11月に16歳でトップチームに昇格でキャリアをスタート。1994年12月、オランダのSCヘーレンフェーン移籍すると2年目にレギュラーに定着しコンスタントに得点を重ね、1996年にはデンマーク年間最優秀若手選手に選ばれた。

ヘーレンフェーンで3シーズンを過ごした後、1997年にイングランドのニューカッスル・ユナイテッドFCに移籍するも、リーグ戦23試合で3得点と結果を残すことは出来ず。翌1998年にはフェイエノールトに移籍すると初年度にオランダ・リーグ優勝、2001-02シーズンのUEFAカップ決勝のボルシア・ドルトムント戦では決勝点になる3点目を挙げる活躍などで優勝に貢献した。

2002年にイタリアのACミランへ移籍。当時のチームにはウクライナ代表アンドリー・シェフチェンコイタリア代表フィリッポ・インザーギが在籍していたこともあり、スタメンでの出場は叶わなかったが、スーパーサブとしてUEFAチャンピオンズリーグ 2002-03優勝や2003-04 セリエA優勝に貢献。トマソン自身はサッカー人生において思い出深い出来事としてフェイエノールトでのUEFAカップ優勝とACミランでのチャンピオンズリーグ優勝の双方を挙げている[2]

2004-05シーズン終了後にドイツ・ブンデスリーガVfBシュトゥットガルトに移籍し、2007年冬の移籍市場でスペインのビジャレアルCFレンタル移籍。欧州主要4リーグ(イタリア・セリエA、イングランド・プレミアリーグ、スペイン・リーガ・エスパニョーラ、ドイツ・ブンデスリーガ)でプレーした経験のある5人目の選手となった(他4人はフロリン・ラドチョウゲオルゲ・ポペスクアベル・シャヴィエルピエール・ウォメ[3]。 2007-08シーズンからは完全移籍となった。

2008-09シーズンには古巣であるフェイエノールトへと復帰を果たし[4]2009年4月26日のADOデン・ハーグ戦でエールディビジ通算100得点を達成した。2010-11シーズンは右足の怪我のため出場機会はなく、2011年5月に医師から「復帰までに全治3カ月かかり、その後再びピッチに立てる保証はない」と診断されたことを受けて、同年6月7日に現役引退を発表した[2]

デンマーク代表

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デンマーク代表としては1997年3月のクロアチア戦で代表デビュー[1] し、1999年6月9日に行われたUEFA EURO 2000予選ウェールズ戦で代表初得点を決めた[1]UEFA EURO 2000では無得点だったが、2002 FIFAワールドカップグループリーグ第1戦のウルグアイ戦で2得点、第2戦のセネガル戦と第3戦のフランス戦で1得点ずつを決め合計4得点をあげグループ首位でのベスト16進出に貢献し、自身も大会得点ランキングの4位になった。UEFA EURO 2004でもグループリーグ第2戦のブルガリア戦で1得点、第3戦のスウェーデン戦で2得点の合計3得点をあげベスト8進出に貢献した。

代表チームでは主将を務め精神的支柱としてチームを牽引し[5]2008年2月6日のスロベニアとの親善試合でポウル・ニールセンの持つ歴代最多代表通算52得点に1得点と迫った[1] が、選手としてのピークが過ぎていたこともあり[5]、その後2年間近く無得点に終わった。2010 FIFAワールドカップグループリーグ第3戦の日本戦の81分にPKから得点を決め[6]、歴代最多得点記録に並んだが、デンマークはこの試合に1-3で敗れグループリーグ敗退。2010年8月8日に代表からの引退を表明した[7]。国際Aマッチ112試合出場は歴代2位[8] 、52得点は前述の通りポウル・ニールセンと共に歴代最多記録である[8]

指導者として

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2011年6月6日、ワールドカップの終了後引退をすることを表明し、2011-12シーズンからSBVエクセルシオールのアシスタントコーチに就任することが発表された。

2013年6月17日、エクセルシオールの監督に就任した[9]

2013年12月26日、14位で残留争いに苦しみ、ルート・ブロートをシーズン途中で解任していたローダJCからのオファーを受けて、ジュピラー・リーグ7位のエクセルシオールを去ってローダJCの監督に就任した[10] ものの、結局エクセルシオールは新監督マリヌス・ダイクハイゼンのもとで後半戦立て直しに成功し、リーグ戦3位から入れ替え戦を経て昇格に成功。一方でローダJCは後半戦15試合でわずか勝ち点11とさらに失速し、最下位で降格。トマソンはシーズン後に解任された[11]

2015年6月19日、フィテッセのアシスタントコーチに就任した[12]

2016年3月7日、アシスタントコーチとしてオーゲ・ハレイデ率いるデンマーク代表に復帰した[13]

評価

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選手時代は瞬間的なスピードとポジショニングを生かして得点を重ねた[5][14] が、一方で豊富な運動量と、自ら囮となる動きで相手の守備陣を引きつけ味方の得点チャンスを生み出していた[14]。デンマーク代表時代の監督だったモアテン・オルセンからは「常に自分のプレーよりチームのことを優先して考える、究極のチームプレーヤー」と評されている[7]

エピソード

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ある日本の個人サイトに「2002 FIFAワールドカップが開催された2002年にデンマーク代表が和歌山で合宿を行った際に、トマソンと聴覚に障害を持つ地元の少年との間で心温まる交流があった」とするエピソード[14] が掲載され、インターネットを中心に話題となり、2006年4月に、このストーリーを綴った『少年とストライカーと約束』が双葉社より出版された[15]。トマソンには、聴覚に障害のある姉がいて、その結果、トマソンは手話ができるという設定だった。

しかし、2010年5月にNHKで放送された2010 FIFAワールドカップ関連番組[16][17] の中で、インタビューを受けたトマソン本人が「その話は知りません。僕は手話もできないし、兄弟も姉妹もいません」と否定。番組内で「このストーリーはフィクションでした」と結論付けた。

人物

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引退後は故郷のデンマークには戻らず、オランダで暮らしている。

個人成績

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クラブでの出場記録

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2010年10月18日時点[18][19][20][21][22][23]
クラブ成績 リーグ カップ リーグ杯国際大会 通算
シーズンクラブリーグ 出場得点出場得点 出場得点 出場得点 出場得点
デンマーク リーグDBU杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
1992 ケーエ ダニッシュ 2 0 0 0 - - 0 0 2 0
1993 15 5 5 5 - - 0 0 20 10
1994 31 23 2 4 - - 0 0 33 27
オランダ リーグKNVB杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
1994-95 ヘーレンフェーン エールディヴィジ 16 5 2 1 - - 0 0 18 6
1995-96 30 14 1 0 - - 0 0 31 14
1996-97 32 18 6 6 - - 0 0 38 24
イングランド リーグFAカップ FLカップ ヨーロッパ 通算
1997-98 ニューカッスル プレミア 23 3 2 0 3 1 7 0 35 4
オランダ リーグKNVB杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
1998-99 フェイエノールト エールディヴィジ 33 13 3 1 - - 2 2 38 16
1999-00 28 10 1 0 - - 11 4 40 14
2000-01 31 15 2 1 - - 2 1 35 17
2001-02 30 17 1 1 - - 7 4 38 22
イタリア リーグイタリア杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2002-03 ACミラン セリエA 20 4 7 4 - - 10 3 37 11
2003-04 26 12 4 2 - - 7 1 37 15
2004-05 30 6 3 2 - - 6 1 39 9
ドイツ リーグDFBポカール リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2005-06 シュトゥットガルト ブンデス 26 8 2 1 3 0 6 2 37 11
2006-07 4 0 2 1 0 0 0 0 6 1
スペイン リーグ国王杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2006-07 ビジャレアル ラ・リーガ 11 4 0 0 - - 0 0 11 4
2007-08 25 3 4 0 - - 8 5 37 8
オランダ リーグKNVB杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2008-09 フェイエノールト エールディヴィジ 13 9 0 0 - - 1 0 14 9
2009-10 24 11 4 1 - - 0 0 28 12
2010-11 0 0 0 0 - - 0 0 0 0
リーグ リーグカップ リーグ杯 国際大会 通算
通算 デンマーク 48 28 7 9 - - 0 0 55 37
オランダ 237 112 20 11 - - 23 11 280 134
イングランド 23 3 2 0 3 1 7 0 35 4
イタリア 76 22 14 8 - - 23 5 113 35
ドイツ 30 8 4 2 3 0 6 2 43 12
スペイン 36 7 4 0 - - 8 5 48 12
総通算 450 180 51 30 6 1 67 23 574 234

これ以外の重要な試合としては、1999年のオランダ・スーパーカップ(フェイエノールト、1試合出場1得点)、2003年のインターコンチネンタルカップ(ACミラン、1試合出場1得点)、2004年のスーペルコッパ・イタリアーナ(ACミラン、1試合出場0得点)、2009年のUEFAヨーロッパリーグ出場プレーオフ(フェイエノールト、2試合出場1得点)などがある。

代表での得点

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52得点を挙げており、ポウル・ニールセンと並んでデンマーク代表最多得点記録を保持している[24]

代表 UEFA欧州選手権 FIFAワールドカップ UEFA欧州選手権予選 FIFAワールドカップ予選 親善試合 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
デンマーク 7 3 6 5 24 19 31 10 44 15 112 52


デンマーク代表国際Aマッチ
出場得点
1997 4 0
1998 3 0
1999 8 6
2000 11 3
2001 9 4
2002 12 10
2003 8 4
2004 14 8
2005 10 3
2006 6 5
2007 11 7
2008 6 1
2009 5 0
2010 5 1
通算[24] 112 52

スコアと結果はデンマーク代表の数字を左側に示している[24]

# 日時 場所 相手 スコア 結果 大会
1 1999-06-09 イングランドの旗 リヴァプール  ウェールズ 1–0 2–0 UEFA EURO 2000予選
2 1999-09-04 デンマークの旗 コペンハーゲン  スイス 2–1 2–1
3 1999-09-08 イタリアの旗 ナポリ  イタリア 3–2 3–2
4 1999-11-13 イスラエルの旗 テルアビブ  イスラエル 1–0 5–0
5 2–0
6 1999-11-17 デンマークの旗 コペンハーゲン 3–0 3–0
7 2000-03-29 ポルトガルの旗 レイリア  ポルトガル 1–0 1–2 親善試合
8 2000-06-03 デンマークの旗 コペンハーゲン  ベルギー 1–0 2–2
9 2000-09-02 アイスランドの旗 レイキャヴィーク  アイスランド 1–1 2–1 2002 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
10 2001-05-25 デンマークの旗 コペンハーゲン  スロベニア 2–0 3–0 親善試合
11 2001-06-02  チェコ 2–1 2–1 2002 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
12 2001-09-05 ブルガリアの旗 ソフィア  ブルガリア 1–0 2–0
13 2–0
14 2002-04-17 デンマークの旗 コペンハーゲン  イスラエル 2–0 3–1 親善試合
15 2002-05-17  カメルーン 2–0 2–1
16 2002-06-01 大韓民国の旗 蔚山  ウルグアイ 1–0 2–1 2002 FIFAワールドカップ
17 2–1
18 2002-06-06 大韓民国の旗 大邱  セネガル 1–0 1–1
19 2002-06-11 大韓民国の旗 仁川  フランス 2–0 2–0
20 2002-09-07 ノルウェーの旗 オスロ  ノルウェー 1–0 2–2 UEFA EURO 2004予選
21 2–1
22 2002-10-12 デンマークの旗 コペンハーゲン  ルクセンブルク 1–0 2–0
23 2002-11-20  ポーランド 1–0 2–0 親善試合
24 2003-02-12 エジプトの旗 カイロ  エジプト 2–1 4–1
25 2003-03-29 ルーマニアの旗 ブカレスト  ルーマニア 3–2 5–2 UEFA EURO 2004予選
26 2003-09-10 デンマークの旗 コペンハーゲン 1–0 2–2
27 2003-11-16 イングランドの旗 マンチェスター  イングランド 3–2 3–2 親善試合
28 2004-05-30 エストニアの旗 タリン  エストニア 1–0 2–2
29 2004-06-18 ポルトガルの旗 ブラガ  ブルガリア 1–0 2–0 UEFA EURO 2004
30 2004-06-22 ポルトガルの旗 ポルト  スウェーデン 1–0 2–2
31 2–1
32 2004-10-09 アルバニアの旗 ティラナ  アルバニア 2–0 2–0 2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
33 2004-10-13 デンマークの旗 コペンハーゲン  トルコ 1–0 1–1
34 2004-11-17 ジョージア (国)の旗 トビリシ  ジョージア 1–0 2–2
35 2–1
36 2005-08-17 デンマークの旗 コペンハーゲン  イングランド 2–0 4–1 親善試合
37 2005-09-07  ジョージア 4–1 6–1 2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
38 2005-10-12 カザフスタンの旗 アルマトイ  カザフスタン 2–0 2–1
39 2006-05-27 デンマークの旗 オーフス  パラグアイ 1–1 1–1 親善試合
40 2006-09-01 デンマークの旗 ブロンビー  ポルトガル 1–0 4–2
41 2006-09-06 アイスランドの旗 レイキャヴィーク  アイスランド 2–0 2–0 UEFA EURO 2008予選
42 2006-10-11 リヒテンシュタインの旗 ファドゥーツ  リヒテンシュタイン 3–0 4–0
43 4–0
44 2007-02-06 イングランドの旗 ロンドン  オーストラリア 1–0 3–1 親善試合
45 3–0
46 2007-06-02 デンマークの旗 コペンハーゲン  スウェーデン 2–3 中止 UEFA EURO 2008予選
47 2007-09-12 デンマークの旗 オーフス  リヒテンシュタイン 3–0 4–0
48 2007-10-13  スペイン 1–2 1–3
49 2007-10-17 デンマークの旗 コペンハーゲン  ラトビア 1–0 3–1
50 2007-11-21  アイスランド 2–0 3–0
51 2008-02-06 スロベニアの旗 ツェリェ  スロベニア 1–0 2–1 親善試合
52 2010-06-24 南アフリカ共和国の旗 ルステンブルク  日本 1–2 1–3 2010 FIFAワールドカップ

監督成績

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2022年6月14日現在
クラブ 就任 退任 記録
勝率
エクセルシオール 2013年6月17日 2014年1月3日 25 10 9 6 37 29 +8 040.00
ローダ 2014年1月3日 2014年5月26日 16 2 2 12 14 30 −16 012.50
マルメ 2020年1月5日 2021年12月30日 93 52 21 20 187 104 +83 055.91
合計 135 65 32 38 238 163 +75 048.15

タイトル

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クラブ

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フェイエノールト
ACミラン

個人

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脚注

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  1. ^ a b c d “Jon Dahl Tomasson - Century of International Appearances”. RSSSF.com. http://www.rsssf.com/miscellaneous/tomasson-intlg.html 2011年6月16日閲覧。 
  2. ^ a b “トマソンが「輝かしいサッカー人生」に終止符”. UEFA.com. (2011年6月7日). http://jp.uefa.com/memberassociations/association=ned/news/newsid=1640343.html 2011年6月16日閲覧。 
  3. ^ “Striker Tomasson heading to Villareal on loan”. ESPN Soccernet. (2007年1月24日). http://soccernet.espn.go.com/news/story?id=404501&cc=3888 2011年6月16日閲覧。 
  4. ^ “トマソン、フェイエノールトに復帰”. UEFA.com. (2008年7月2日). http://jp.uefa.com/news/newsid=729960.html 2011年6月16日閲覧。 
  5. ^ a b c “時事ドットコム:ワールドカップ 南アフリカ大会 選手名鑑【デンマーク】ヨン・ダール・トマソン”. 時事ドットコム. http://www.jiji.com/jc/wcup?id=wcup_s_africa&p=main_player_denmark_02 2011年6月16日閲覧。 
  6. ^ “日本、デンマークを下し決勝トーナメント進出 W杯”. AFPBB News. (2010年6月25日). https://www.afpbb.com/articles/-/2737491?pid=5912229 2011年6月16日閲覧。 
  7. ^ a b “トマソン、デンマーク代表引退を表明”. UEFA.com. (2010年8月9日). http://jp.uefa.com/uefaeuro2012/news/newsid=1511529.html 2011年6月16日閲覧。 
  8. ^ a b “Denmark - Record International Players”. RSSSF.com. http://www.rsssf.com/miscellaneous/den-recintlp.html 2011年6月16日閲覧。 
  9. ^ “トマソンがオランダで監督に”. Qoly.jp. (2013年6月18日). http://www.qoly.jp/index.php/news/17137-20130618-jon-dahl-tomasson 2013年6月18日閲覧。 
  10. ^ “元デンマーク代表のトマソン氏、ローダ監督就任”. Goal. (2013年12月27日). http://www.goal.com/jp/news/3637/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80/2013/12/27/4505141/%E5%85%83%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E4%BB%A3%E8%A1%A8%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%BD%E3%83%B3%E6%B0%8F%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%80%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E5%B0%B1%E4%BB%BB?ICID=OP 2013年12月27日閲覧。 
  11. ^ “Tomasson na dramatisch verlopen half jaar weg bij Roda JC”. voetbalprimeur. (26 May 2014). http://www.voetbalprimeur.nl/nieuws/384656/tomasson-na-dramatisch-verlopen-half-jaar-weg-bij-roda-jc.html 26 May 2014閲覧。 
  12. ^ “Jon Dahl Tomasson twee seizoenen assistent-trainer bij Vitesse”. Vitesse.nl. (19 June 2015). http://www.vitesse.nl/nl/nieuws/detail/5052/jon-dahl-tomasson-twee-seizoenen-assistent-trainer-bij-vitesse 19 June 2015閲覧。 
  13. ^ Jon Dahl Tomasson appointed as Denmark assistant coach”. 2016年8月28日閲覧。
  14. ^ a b c ヨン・ダル・トマソン”. デンマーク大使館. 2012年1月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月21日閲覧。
  15. ^ 少年とストライカーと約束 著:上井建治 株式会社双葉社
  16. ^ NHK BS1 2010年5月22日(土)放送 ジャパンブルーに託す夢 徹底解剖!! FIFAワールドカップ
  17. ^ NHK総合 2010年5月30日(日)放送 ワールドカップが生んだ絆「和歌山・デンマーク代表が残した思い出」
  18. ^ Køge Boldklub A/S. “Køge Boldklubs statistikbase”. Data shown at Køge boldklub>Historie>Statistik>Holdopstillinger 1990-2000. 2011年8月1日閲覧。
  19. ^ Voetbal International. “Jon Dahl Tomasson paspoort”. Datasheet with all domestic league appearances for the player. 2011年8月1日閲覧。
  20. ^ Worldfootball.net. “Jon Dahl Tomasson: Club Matches”. Database with all appearances for the player (all inclusive since 2005). 2011年8月1日閲覧。
  21. ^ Transfermarkt. “Jon Dahl Tomasson - Performance data”. Database includes all cup games of Jon Dahl Tomasson in 2005-2010. 2011年8月1日閲覧。
  22. ^ Footballdatabase.eu. “Jon Dahl Tomasson - All time playing career”. Database with all appearances for the player (all inclusive since 2002). 2011年8月1日閲覧。
  23. ^ Voetbal International. “KNVB-beker uitslagen/statistieken”. Database with all results and goals scored in the Dutch cup, since 1992/93. 2011年8月1日閲覧。
  24. ^ a b c Dansk Boldspil Union. “Landsholdsdatabasen spiller information”. Database with all appearances for the Denmark national football team. 2011年8月1日閲覧。

外部リンク

[編集]
先代
レネ・ヘンリクセン
デンマーク代表 キャプテン
2004-2010
次代
クリスティアン・ポウルセン