マルコ・マリン
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セビージャ時代 (2013年) | ||||||
名前 | ||||||
愛称 | ジャーマンメッシ | |||||
ラテン文字 | Marko MARIN | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
ドイツ ボスニア・ヘルツェゴビナ セルビア | |||||
生年月日 | 1989年3月13日(35歳) | |||||
出身地 | ユーゴスラビア グラディシュカ | |||||
身長 | 170cm | |||||
体重 | 64kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF / FW (OMF, WG) | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
-1996 | ヘーヒスト | |||||
1996-2005 | フランクフルト | |||||
2005-2006 | メンヒェングラートバッハ | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2006-2007 | メンヒェングラートバッハII | 16 | (3) | |||
2007-2009 | メンヒェングラートバッハ | 68 | (8) | |||
2009-2012 | ブレーメン | 87 | (8) | |||
2012-2016 | チェルシー | 6 | (1) | |||
2013-2014 | → セビージャ (loan) | 18 | (0) | |||
2014-2015 | → フィオレンティーナ (loan) | 0 | (0) | |||
2015 | → アンデルレヒト (loan) | 6 | (0) | |||
2015-2016 | → トラブゾンスポル (koan) | 24 | (2) | |||
2016-2018 | オリンピアコス | 37 | (11) | |||
2018-2019 | レッドスター | 34 | (9) | |||
2020-2021 | アル・アハリ | 18 | (1) | |||
2021 | → アル・ラーイド (loan) | 10 | (0) | |||
2021-2022 | フェレンツヴァーロシュ | 17 | (2) | |||
通算 | 341 | (45) | ||||
代表歴 | ||||||
2004-2005 | ドイツ U-16 | 9 | (0) | |||
2005-2006 | ドイツ U-17 | 16 | (5) | |||
2006-2007 | ドイツ U-18 | 4 | (2) | |||
2007-2009 | ドイツ U-21 | 12 | (1) | |||
2009-2010 | ドイツ | 16 | (1) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
マルコ・マリン(Marko Marin, 1989年3月13日 - )は、ユーゴスラビア (現ボスニア・ヘルツェゴビナ)出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはMFまたはFW。現在はレッドスター・ベオグラードのテクニカルディレクターを務める。
来歴
[編集]ドイツ時代
[編集]SG01ヘーヒストとアイントラハト・フランクフルトのユースに所属、2006年にフランクフルトを去り、ボルシア・メンヒェングラートバッハのユースへ移籍した。1年後に3年契約を結び、メンヒェングラートバッハでプロデビューする。2008年8月9日、DFBポカールのファーストラウンド・VfBフィヒテ・ビーレフェルト(7部リーグ)戦では17分間でハットトリックを達成した。
2009年6月24日にヴェルダー・ブレーメンへ加入。移籍金は840万ユーロと報道され、4年契約を締結した[1]。ジエゴが去った後のチームの中核をメスト・エジルと共に担った[2]。
チェルシー
[編集]2012年4月には、来季よりプレミアリーグのチェルシーFCに加入することで合意。移籍金は800万ユーロと報道された[3]。移籍後も故障で長期離脱が続いたがFIFAクラブワールドカップ2012決勝戦に後半42分から途中出場した。しかしクラブは南米王者のSCコリンチャンスに1対0で惜敗し優勝を逃した[4]。2013年ウィガン・アスレティックFC戦に出場しリーグ初ゴールを記録した[5][6][7]。
2013年6月、セビージャFCへ期限付き移籍[8]。ここでは2013-14シーズンのUEFAヨーロッパリーグ優勝を経験。異なるクラブでのUEL連続優勝は、ラダメル・ファルカオに次いで歴代2人目となった。
2014年8月18日、ACFフィオレンティーナにレンタル移籍した[9]。
2015年1月20日、ヴィオラへのローンを打ち切り、RSCアンデルレヒトへレンタル移籍した[10]。
2015年8月25日、トラブゾンスポルへレンタル移籍[11]。
オリンピアコス
[編集]2016年8月24日、ギリシャのオリンピアコスFCに完全移籍することが発表された[12]。加入初年度の2016-17シーズンにリーグ優勝を経験。2シーズンで公式戦59試合出場12得点10アシストを記録した。
レッドスター
[編集]2018年9月1日、セルビアのレッドスター・ベオグラードへ移籍。ゴラン・チャウシッチやリッチモンド・ボアキエらとともに加入が発表され、1年延長オプション付きの2年契約を締結した[13]。加入初年度でリーグ戦22試合に出場すると6ゴール8アシストを挙げ、2018-19シーズンのリーグベストイレブン及び最優秀選手に選出される。1年半の在籍で公式戦58試合出場11得点24アシストを記録した。
アル・アハリ
[編集]2020年1月5日、サウジアラビアのアル・アハリ・ジッダに完全移籍することが発表された[14]。
2021年2月8日、アル・ラーイドFCへシーズン終了までのローンとなる[15]。ここではオリンピアコス時代の指揮官であるベスニク・ハシと再会した。
フェレンツヴァーロシュ
[編集]2021年9月、フェレンツヴァーロシュTCに加入した[16]。
代表
[編集]出身地のボスニア・ヘルツェゴビナでプレーすることも出来たが、ドイツ代表を選択。2007年からU-21ドイツ代表でプレーし、6試合に出場する。
2008年5月16日、ユーロ2008の代表候補26名に選ばれるが、本大会メンバーからは落選した[17]。A代表初出場は2008年5月27日のベラルーシ戦で、ハーフタイムにバスティアン・シュヴァインシュタイガーとの交代で出現。ユーロ2008終了後の最初の代表戦となるベルギー戦に招集され、代表2試合目で初得点を決める[18]。
- 2008年5月27日 - A代表初出場(親善試合) - ベラルーシ代表戦(フリッツ・ヴァルター・シュタディオン)
- 2008年8月20日 - A代表初得点(親善試合) - ベルギー代表戦(イージークレジット・シュタディオン)
人物
[編集]レッドスター在籍時の2019年10月、脳腫瘍を抱えるセルビア人女児の手術費用を募るため、自身とディナーを共にする権利をオンライン・オークションへ出品した[19]。
代表歴
[編集]出場大会
[編集]試合数
[編集]- 国際Aマッチ 16試合 1得点(2008年-2010年)[20]
ドイツ代表 | 国際Aマッチ | |
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年 | 出場 | 得点 |
2008 | 4 | 1 |
2009 | 3 | 0 |
2010 | 9 | 0 |
通算 | 16 | 1 |
タイトル
[編集]- クラブ
- メンヒェングラートバッハ
- 2. ブンデスリーガ : 2007-08
- チェルシー
- セビージャ
- UEFAヨーロッパリーグ : 2013-14
- オリンピアコス
- ギリシャ・スーパーリーグ : 2016-17
- レッドスター
- セルビア・スーペルリーガ : 2018-19
- フェレンツヴァローシュ
- ネムゼティ・バイノクシャーグI : 2021-22
- マジャル・クパ : 2021-22
- ドイツ代表
- 個人
- フリッツ・ヴァルター・メダル : 2006 (U-17), 2007 (U-18)
- セルビア・スーペルリーガベストイレブン : 2018-19
- セルビア・スーペルリーガ年間最優秀選手 : 2018-19
脚注
[編集]- ^ “Werder Bremen Complete Marko Marin Signing”. Goal.com (2009年6月24日). 2021年2月8日閲覧。
- ^ “Sind Özil & Marin noch stärker als Diego?”. Bild (2009年9月1日). 2021年2月8日閲覧。
- ^ “Chelsea agree deal to sign Marko Marin from Werder Bremen”. The Guardian (2012年4月28日). 2021年2月8日閲覧。
- ^ Sportsmail (2012年8月10日). “Injured Marin misses out as Chelsea face Manchester City in Community Shield”. Mail Online. Daily Mail. 2020年7月3日閲覧。
- ^ “Marko Marin finally leaves Chelsea after 143 Premier League minutes, four loan spells and one goal”. Daily Mail (2016年8月22日). 2020年7月3日閲覧。
- ^ “Chelsea 4 Wigan Athletic 1: match report”. The Telegraph (2013年2月9日). 2020年7月3日閲覧。
- ^ “Premier League: Chelsea defeat Wigan with Frank Lampard closing on record”. skysports. 2014年6月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
- ^ “Chelsea's Marko Marin set to join Sevilla on loan”. BBC Sport (2013年6月28日). 2021年2月8日閲覧。
- ^ Goal (2014年8月19日). “フィオレンティーナ、マリン獲得を正式発表”. 2014年8月29日閲覧。
- ^ Goal (2015年1月21日). “チェルシーMFマリン、今度はアンデルレヒトへ”. 2015年1月21日閲覧。
- ^ Qoly (2015年8月26日). “3年間で6クラブも…元ドイツ代表マリンの「移籍遍歴」がすごいことに”. 2015年9月11日閲覧。
- ^ “Παίκτης του Ολυμπιακού ο Μάρκο Μάριν” (ギリシア語). オリンピアコスFC (2016年8月22日). 2020年7月3日閲覧。
- ^ FC Crvena zvezda official web site (2018年9月1日). “Triple transfer swoop”. 2018年9月9日閲覧。
- ^ Soccerking (2020年1月5日). “元チェルシーMFマリン、セルビア王者からサウジ1部アル・アハリへ移籍”. 2020年1月6日閲覧。
- ^ “Marin wechselt zum FC Al-Read”. kicker (2021年2月8日). 2021年2月8日閲覧。
- ^ “Ferencváros on Twitter”. Twitter. (18 September 2021) 2022年1月5日閲覧。
- ^ euro2008.uefa.com (2008年5月16日). “ドイツがEURO代表候補発表”. 2009年2月17日閲覧。
- ^ uefa.com (2008年8月21日). “ドイツのマリンが華麗にアピール”. 2009年2月18日閲覧。
- ^ “元ドイツ代表マリン、女の子の手術費のため「食事権」をオークション”. kicker (2019年10月12日). 2021年2月8日閲覧。
- ^ マルコ・マリン - National-Football-Teams.com
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- マルコ・マリン - National-Football-Teams.com
- マルコ・マリン - Soccerway.com
- マルコ・マリン - Soccerbase.comによる選手データ
- マルコ・マリン - FootballDatabase.eu
- マルコ・マリン - WorldFootball.net
- マルコ・マリン - Transfermarkt.comによる選手データ
- マルコ・マリン - Transfermarkt.comによる指導者データ
- マルコ・マリン - FIFA主催大会成績
- マルコ・マリン - UEFA
- マルコ・マリン - トルコサッカー連盟 (player)
- ドイツのサッカー選手
- ボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー選手
- セルビアのサッカー選手
- サッカードイツ代表選手
- ボルシアMGの選手
- ヴェルダー・ブレーメンの選手
- チェルシーFCの選手
- セビージャFCの選手
- ACFフィオレンティーナの選手
- RSCアンデルレヒトの選手
- トラブゾンスポル・クラブ (サッカー) の選手
- オリンピアコスFCの選手
- レッドスター・ベオグラードの選手
- アル・アハリ・ジッダの選手
- アル・ラーイドの選手
- フェレンツヴァーロシュの選手
- FIFAワールドカップドイツ代表選手
- 2010 FIFAワールドカップ出場選手
- ボスニア・ヘルツェゴビナ系ドイツ人
- セルビア系ドイツ人
- スルプスカ共和国の人物
- 帰化ドイツ人のサッカー選手
- 1989年生
- 存命人物
- ジルバーネス・ロールベアブラット受賞者