フタバカゲロウ
フタバカゲロウ | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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フタバカゲロウの成虫
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分類 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
Cloeon dipterum[1] (Linnaeus, 1761) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
フタバカゲロウ | |||||||||||||||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
Cloeon dipterum |
フタバカゲロウ(双翅蜉蝣 学名:Cloeon dipterum)[10]は、カゲロウ目コカゲロウ科フタバカゲロウ属に属する昆虫(カゲロウ)の一種[4][9]。淡水の止水域に生息し、世界的に広く分布する種で[11][12]、日本に生息するコカゲロウ科[13]、および止水性カゲロウの代表的な種である[2]。
「フタバカゲロウ」の和名は松村松年が1904年(明治37年)に『日本千虫図解 第一巻』[注 1]で初めて提唱した[14]。
形態
[編集]成虫の体長は10 mm内外[16]ないし8 mm内外[注 2]で[9]、前翅長は9 mm内外(後翅はない)[注 3][17]。2本の尾を有する[注 4][16]。成虫の体色は個体差があり、緑色がかった体色の個体や、褐色の強い個体が知られているが、メスの場合はオスより体色が淡い[9]。成虫の交尾器は先端の尖った三角形[注 5][16]。大複眼[注 6]の上部は茶褐色、基部は黄色で、基複眼も灰色がかった黄色である[3]。前翅の外縁の間脈は1本[5]。
オス成虫の脚の基節・腿節・跗節にはそれぞれ赤褐色の輪紋があり、腹部は黄白色[9]。腹部の各節には褐色の斑紋があるが、メスの場合はオスより不明瞭である[9]。またメス成虫の前翅前縁には褐色の斑紋がある[注 7]が、メスの亜成虫では不明瞭である[9]。
幼虫は細長い円筒形で[16]、体長は約8 mm[20]ないし約10 mm[21]。体色は黄緑色で、緑褐色の斑紋がある[22]。脚は細くて淡色で、脛節末端に1箇所の褐色横帯があり、脛節・跗節の基部も褐色である[22]。頭部は小さく、複眼は側方に付き[22]、触角は長く[21]、体長の半分以上に達する[22]。前胸は後ろで開いた梯形で、左右に約4か所の淡色斑があり、中胸背面にもやや不規則な淡色紋がある[22]。腹節背面の中央部には正中線を挟んで1対の淡色点紋[注 8]があり、腹部(第1 - 7節の側方)には[22]葉状の鰓を7対有する[注 9]が、「フタバカゲロウ」の名の通り[20]、第1 - 6対はいずれも2葉よりなり[16][22]、第7対(広卵円形)のみ単一である[22]。尾は3本あり、中央の尾[注 10]はその両側に、両側のそれぞれ長毛を具える[16]。
近似種との区別
[編集]成虫はタマリフタバカゲロウと似ているが、オス成虫の把持子[注 11]の間は円錐形で、その先端が尖る点で区別できる[9]。また、フタバカゲロウ属のオス成虫はウスバコカゲロウ属 Centroptilum [注 12]およびヒメウスバコカゲロウ属 Procloeon とは異なり、把持子末端節[注 13]の形状は丸くて小さく、左右の把持子間の形状も円錐形である[注 14][9]。メス成虫の場合は先述の2属とは異なり、複眼は小さくて背面で接しない[注 15]点に加え、前翅前縁に褐色の斑紋がある[注 16]点で区別できる[9]。
幼虫もナミフタオカゲロウ・ヒメフタオカゲロウやコカゲロウ各種に似ているが、尾の帯斑の様子や、触角が長い点などで区別できる[25]。尾は内側のみに濃い褐色の帯斑が3節おきに入り[21]、尾の先には幅のある濃褐色の帯斑がある[21]ため、その点で近縁種と区別できる[注 17][20]。また腹部腹面中央部の左右には、淡褐色のやや幅広い縦条が1本ずつある[注 18][16]。コカゲロウ科の幼虫の鰓を比較した場合、本種やウスバコカゲロウ属の幼虫の鰓は菱形で、フタバコカゲロウ属[注 19][24] Baetiella [7]やコカゲロウ属[注 20][24] Baetis [7]の幼虫の鰓は単一卵円型である[24]。また、本種の幼虫はイトトンボの幼虫(ヤゴ)とも似ているが、触角が長くて頭が小さいことや、腹部側面に目立つ鰓がある点で区別できる[26]。
分布
[編集]世界的に広い分布域を持ち[4][12]、全北区の広範囲[9](日本[注 21]を含む東アジアからヨーロッパ・北アメリカ)[注 22]に分布する[28]。スウェーデンでは、冬季に氷結して無酸素状態になる小さな池(水深1.5 m)でも越冬し、実験的に完全な無酸素条件下(水温0℃)に125日間置いても半数が生存した記録がある[29]。
日本列島・朝鮮半島に分布する系統は他地域の系統と遺伝的に大きく分化していることが判明している[28]。
生態
[編集]本種を含むフタバカゲロウ類は最も身近なカゲロウ類の一群で、淡水の止水域[注 23](湖池沼や河川の淵・たまりなど[注 24])で多く見られる[4]。また、個体レベルでも高い移動分散能力を有し、人工的なもの(学校の水泳用プールなど)を含めた一時的な水域でも突然出現することがある[注 25][4]。
通常は年2化性で[32]、成虫は春 - 秋までの長期間にわたって連続的に羽化し、繁殖活動(交尾・産卵)を行う[注 26][20]。成虫・亜成虫とも灯火によく飛来する[32]。カゲロウ類の成虫は極めて短命な昆虫として知られるが[35]、本種のメス成虫はカゲロウ類としては例外的に寿命が長く、約数週間 - 1か月間にわたって生存する[注 27][4]。また世代交代のサイクルも他のカゲロウ類に比べて短く、年に数世代を有することもある[4]。カゲロウ類の口器は退化しており[36]、食物を摂ることはできない[35]。
昆虫類のほとんどは卵生だが[28]、本種は昆虫類としては珍しく卵胎生である[4]。本種の卵はタンパク質性卵黄を有さず[注 28]、母体から栄養供給を受け[28]、胚発生の大部分を(孵化間際まで)母体内で行う[4]。そしてその卵は水に産み落とされると、すぐに孵化して幼生(幼虫)になり[4]、そのまま水中生活に移行する[20]。
幼虫は水田では6月ごろから目立つようになり、冬場も水たまりなどで見られる[26]。幼虫は遊泳に適した砲弾型の体形で[37]、小魚のように巧みに泳ぎ[21]、岩・水生植物の表面に生えた藻類を食べて成長する植食性である[注 29][20]。幼虫は餌条件が良いと、幼虫期間の脱皮回数が増加し、大型化する傾向にある[40]。河川ではフタオカゲロウ類と混生していることも多い[21]。なお、若齢幼虫は有機リン系[注 30]およびカーバメート系の殺虫剤(農薬)に対する感受性が高い[注 31][43]。
カゲロウ目は不完全変態の昆虫だが、幼虫がいきなり成虫になるわけではなく、まず成虫とよく似た外見の「亜成虫」[注 32]として羽化する[44]。さらに「亜成虫」は河原周辺の梢などで1日 - 数日間を過ごしてから[36]脱皮して成虫になる[44]。幼虫は水草やヨシの周り、岸辺近くで水面羽化[注 33]する[25]。
カゲロウ目の幼虫は魚類を始めとする捕食性の水生動物にとって重要な餌で[36]、シャープゲンゴロウモドキ(種の保存法に基づく国内希少野生動植物種)[45]の幼虫は本種の幼虫を重要な餌の1つとしていると考えられる[46]。また、本種の幼虫はハリガネムシの幼虫に移動宿主として寄生される場合があり、その個体が羽化後にカマキリなどに捕食されることで移行すると考えられている[47]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 石綿進一・竹門康弘 (2005) の「フタバカゲロウ」の頁には命名者は「松村, 1904」[14]とあり、同31頁(参考文献)にてその文献は『日本千虫図解 第一巻』とされている[15]。
- ^ 伊藤修四郎 (1993) によれば成虫の体長はオスで8.5 mm内外、メスで9.5 mm内外[17]。
- ^ 類似するウスバコカゲロウ Centroptilum rotundum は小さな細長い後翅を持つ[3]。
- ^ 尾は白と濃褐色のまだら模様である[9]。尾の長さはオス成虫の場合は17 mm内外[9]ないし17.5 内外、メス成虫の場合は約9.5 mm[17]。
- ^ 同属のタマリフタバカゲロウ Cloeoll ryogokuensis Gose は交尾器の先端が尖らない[16]。
- ^ カゲロウ類の成虫の複眼は大複眼(上部)と基複眼(株)に分かれ、通常はメスよりオスの方が大きい[18]。特にコカゲロウ類の大複眼はターバンを連想させるため、「ターバン眼」とも呼ばれる[18]。
- ^ オス成虫の前翅前縁は無色透明[19]。
- ^ 第9節では不明瞭[22]。
- ^ 各葉はほぼ同型[5]。
- ^ 中央の尾は長さ約6 mm内外[22]。
- ^ 把持子 forceps とは、カゲロウ類のオス成虫の外部生殖器の一部で、交尾の際にメスを挟む際に用いられる[23]。把持子の間に陰茎がある[23]。
- ^ ウスバコカゲロウ属は河川の上流 - 中流域(川岸など流速が緩く、細かい砂が堆積した場所)に生息する[24]。
- ^ 本種の把持子末端節の幅は第2節の幅の2分の1[5]。
- ^ ウスバコカゲロウ属のオス成虫の場合、把持子末端節は細長く、左右の把持子間には中央に刺状の突起がある[9]。ヒメウスバコカゲロウ属の場合は把持子末端節はやや細長く、左右の把持子間の形状は平坦である[9]。
- ^ フタバカゲロウ属・ウスバコカゲロウ属・ヒメウスバコカゲロウ属の3属とも複眼は背面で接しないが、ヒメウスバコカゲロウ属の複眼は大きい[9]。
- ^ ウスバコカゲロウ属・ヒメウスバコカゲロウ属にはない[9]。
- ^ 本種幼虫の体型はコカゲロウと似ている[21]。
- ^ タマリフタバカゲロウの幼虫の場合、本種とは異なり尾の中央部付近の帯斑はなく、腹部腹面の縦条もない[16]。
- ^ フタバコカゲロウ属の幼虫は主に上流域 - 中流域に生息し、フタバコカゲロウ P. japonica は最も普通に出現する水生昆虫の1つである[24]。
- ^ コカゲロウ属の幼虫は河川の全域(上流 - 下流)にわたり生息する[24]。
- ^ 桑田和男 (1993) では日本国内の分布域は「本州・四国・九州」となっている[2]が、平嶋義宏・森本桂 (2008) では「北海道・本州・四国・九州・沖縄」が分布域となっている[19]。
- ^ 伊藤修四郎 (1993) は東南アジアも分布域に含めている[27]。
- ^ 一般に渓流には少ないとされる[30]。
- ^ 湖沼・湿地・水田などのほか、庭先の水たまりなどに生息している場合もある[20]。「浅い池沼の水草の間・水底の泥土上に生活し、あるいはゆるやかな流れの小川などにもいる」[22]「河川緩流部岸際や湖沼の浅い止水に生息し、水草やヨシ群落の中を好む」とする文献もある[21]。なお、日本では本種のような湖沼型のカゲロウは珍しいとされる[25]。
- ^ 本種は飛翔能力に優れ、生息適地(学校のプールなど)があれば、人工物が多い都会の孤立した環境でも産卵・生息場所として活用できると考えられる[31]。
- ^ 成虫の羽化期は長く、春から晩秋ごろまで見られる[25]。伊藤修四郎 (1993) によれば羽化期は「5月 - 7月」「8月中旬 - 9月」の2度にわたる[33]。伴幸成・桐谷圭治 (1980) によれば、1978年5月 - 10月にかけて高知県内で水田における水生昆虫の個体数の季節ごとの増減を調査した結果、本種は6月上旬・8月上旬の2回にわたり幼虫出現のピークを迎えた[34]。また「7月・8月に羽化する」とする文献もある[22]。
- ^ メス成虫は交尾後 - 産卵まで約2週間にわたり生存する[20]ほか、飼育していたメスが3週間にわたり生存していた事例もある[25]。藤谷俊仁 (2006) は「メス成虫の寿命(移動・分散に使える時間)が長いことや、世代交代サイクルが短いことが広い分布域を獲得できた要因だろう」と考察している[4]。また、メスがこのように交尾後も長期間にわたり生存する理由はその間、体内で卵を十分に成熟させるためと考えられる[20]。
- ^ これはカゲロウ類に限らず、全動物の中でも極めて特異なこととされる[4]。
- ^ 榊原有里子・大窪久美子・大石善隆 (2014) によればデトリタスおよび藻類を食する[38]。またコガタアカイエカ Culex tritaeniorhynchus の幼虫(ボウフラ)を捕食した記録もあるが、その程度は高くなかった[39]。
- ^ パラチオン・ダイアジノンに極めて弱いことが判明している[41]。
- ^ 農薬として用いられるニトロメチレン系化合物のイミダクロプリド (Imidacloprid) の水中濃度が5 μg/L-1以下では影響を受けなかったが、15 - 20 μg/L-1で影響を受ける可能性が示唆されている[42]。
- ^ 「亜成虫」は成虫と似ているが、性的には未熟で飛翔能力も低い[35]。
- ^ 「水面羽化」とはカゲロウ類の羽化方法の1つで、水中から浮き上がり、水面上で羽化すること[44]。カゲロウ類の羽化方法には「水面羽化」以外に、陸上に這い上がって石・植物の上で羽化する「陸上羽化」(フタオカゲロウ科・ヒメフタオカゲロウ科)や、水中の石・水草の表面で羽化した亜成虫が水面・岸辺に這い上がる「水中羽化」(ヒラタカゲロウ属)がある[44]。
出典
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