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エクスカリバー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
コールブランドから転送)
エクスカリバー『Ballads of bravery』(1877年)
アーサー王にエクスカリバーを授ける湖の乙女。アルフレッド・カップス(Alfred Kappes, 1880年)
エクスカリバー(Howard Pyleの描画、1903年)

エクスカリバー英語: Excalibur)は、アーサー王伝説に登場する、アーサー王が持つとされる剣。魔法の力が宿るとされ、ブリテン島の正当な統治者(=イングランド王)の象徴とされることもある。

エクスカリバーはアーサー王伝説の初期から登場している。アーサー王伝説が発展するにつれ、「アーサーが石から引き抜いて血筋を証明した剣」と「王となった後に湖の乙女から与えられた魔法の剣」の二振りが登場するようになったが、そのいずれも「エクスカリバー」と呼ばれている[1](例えばトマス・マロリーアーサー王の死』。詳細は#石から抜いた剣と湖の乙女に与えられた剣の節を参照)。後代の作品には、後者の方をエクスカリバーとし、前者を別物とするものもある。

エクスカリバーには、エクスキャリバー、エスカリボール、カリバーン、カレトヴルッフなど様々な異称・異表記があるが(詳細は#表記の節を参照)、基本的には言語間の発音の違いや、カナ表記の揺れ、写本間の綴りの揺れ、あるいはアーサー王伝説を構成する諸作品翻訳翻案・改作・増補を繰り返される中で生まれた異称などであり、すべて同じ剣を指す言葉である。

表記

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表記について、言語ごとにまとめると以下のようになる。概ね成立年代が古い順に並べている。

言語圏 カナ表記 原語表記 登場する作品
ウェールズ語 カラドヴルフ、
カレトヴルッフ[2]
カレドヴルフ[3]
カレドヴルッフ、
カレドヴールッハ
Caledfwlch[2][3]
など
マビノギオン』の『キルッフとオルウェン』(11世紀末[4]
ラテン語 カリブルヌス[5] Caliburnus[6] ジェフリー・オブ・モンマスブリタニア列王史』(1138年[7]
フランス語 カリボール[5]
カリボルヌ
Calibore[6],
Calibuerne[6],
Caliburn[6],
Chaliburn[6]
ウァースブリュ物語』(1155年[8][注 1]
エスカリボール[9][10]
エクスカリボール、
イクスカリボール
Escalibor[10],
Excalibor
クレティアン・ド・トロワペルスヴァルまたは聖杯の物語』(1181年[11])、
ランスロ=聖杯サイクル』の『メルラン物語英語版』(1200 - 1212年[12])、
など
英語 カリベオルネ[6] Calibeorne[6] ラヤモン英語版ブルート英語版』(1200年頃[13][注 2]
コルブランド、
コールブランド
Collbrande[14] 頭韻詩アーサーの死英語版』(1360年[15][注 3]
カリバーン[16]
キャリバーン
Caliburn[17][注 4]
エクスカリバー[16]
エクスキャリバー、
イクスカリバー、
イクスキャリバー
Excalibur[18] 八行連詩アーサーの死英語版』(1400年[15])、
トマス・マロリーアーサー王の死』(1469 - 1470年[19][注 5]

カレトヴルッフ

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ウェールズの伝承にはアルスル(アーサー)の剣としてカレトヴルッフが登場する。これは「caled」(硬い)+「bwlch」(切っ先、溝)の意味であるという[21]。この剣は、タリエシン作とされる詩『アンヌヴンの略奪』(Preiddeu Annwfn)、および後世にマビノギオンに集録される『キルッフとオルウェン』(Culhwch ac Olwen, 1100年頃)に名前が見え、後者ではアルスルの最も重要な持ち物の一つとされている[22]。同書ではアルスルの戦士スェンスェアウクがアイルランドの王ディウルナッハを殺すのに使用している[23]。同じくマビノギオンに収められた『ロナブイの夢』(Breuddwyd Rhonabwy)には、カレトヴルッフと明記されていないもののアルスルの剣が鮮やかに描かれている。

 見よ、彼は立ち上がった。手にはアルスルの剣を持っていた。剣身には黄金で打ち出された二匹の蛇の姿があって、鞘ばしると、蛇の首から二筋の炎が立ち上るのが見え、それがあまりにも恐ろしいありさまだったので、だれ一人として目を向けて見る者もないほどだった[24]。(中野節子訳)

後に外国の文献(モンマスをもとにした詩『ブリュ物語』など)がウェールズ語に訳される際、カレトヴルッフはエクスカリバーの訳語として使用された。

カリブルヌスからエクスカリバーへ

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12世紀ジェフリー・オブ・モンマスラテン語偽史ブリタニア列王史』において、アーサーの剣をカリブルヌス(Caliburnus)とした[25]。これは中世ラテン語で鋼を意味する「calibs」(古典ラテン語ではchalybs)の影響を受けているといわれる。モンマスによると、この剣はアヴァロンで鍛えられたもので、アルトゥルス(アーサー)はこの剣を手にサクソン人の軍勢470人を打ち倒したという。

アーサー王伝説がアングロ=ノルマン詩人ウァースの『ブリュ物語』を経由してフランス吟遊詩人に取り入れられた際、ラテン語の格語尾「us」が落ち、起源不明の「es」や「ex」が加わって古仏語のエスカリボール(Escalibor)、エクスカリボール(Excalibor)などに変化した。これらがのちに英語に入り最終的にエクスカリバー(Excalibur)となった。

フランスの詩人クレティアン・ド・トロワの『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』では、ゴーヴァン(ガウェイン)がなぜかエスカリボール(エクスカリバー)を持っており、次のような記述がある。「なにせ、彼(ゴーヴァン)が腰に下げているのは、まるで木を断つかのように鉄を断つ、当世最高の剣エスカリボールなのだから[26]。」この話はランスロ=聖杯サイクルの『メルラン物語』にも見られ、さらにエスカリボールという語は「鉄、鋼(achier)、木を斬るもの、という意味のヘブライ語である」という民間語源説が書き加えられている[27][注 6]。『アーサー王の死』を書いたトマス・マロリーはこの珍妙な説を取り入れて、エクスカリバーを「鋼を斬るもの」という意味とした[28]

なお、カリブルヌスの英語形であるカリバーン(Caliburne)は『ブリュ物語』などのマロリー以前の英語作品に見える。また、この剣の別名とされることがあるコールブランド(Collbrande)は『頭韻詩アーサー王の死』にカリバーンの異称として登場する[29]

石から抜いた剣と湖の乙女に与えられた剣

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エクスカリバーとアーサー(1917年の図面)

アーサー王を題材にした中世ロマンスでは、アーサーがエクスカリバーを手に入れる経緯として様々な説明がされてきた。

ロベール・ド・ボロンの詩『メルラン英語版』では、アーサーは石に刺さった剣を引き抜いて王になるという伝承が語られている[30][注 7]。石に刺さった剣を引き抜くことは、「本当の王」、すなわち神により王に任命された、ユーサー・ペンドラゴンの正当な跡継ぎにしか出来ない行為だったという。ボロンの詩にはこの剣の名前は明記されていないが[31]、多くの人がこれを有名なエクスカリバーのことだと考え、その後書かれたランスロ=聖杯サイクルの一部『メルラン続伝』でそのことが明記された[32][33]

ところが、さらにその後に書かれた後期流布本サイクルの『メルラン続伝』では、エクスカリバーはアーサーが王になったあと、ペリノア王との戦いの中でそれまで使っていた剣を切られたあとに、湖の乙女によって与えられるものとされた[34][35]

アーサー王伝説の集大成ともされるトマス・マロリーアーサー王の死』で、マロリーはこの二つのエピソード(石に刺さった剣を抜いて王になる、湖の乙女から魔法の剣を受け取る)の両方を取り入れており、その結果生まれた二本の剣をともにエクスカリバーとした[36][1]ため、混乱を招いている[注 8]。なお、「一本目の石に刺さった剣はカリブルヌスといい、二本目の湖の乙女によって鍛え直された剣がエクスカリバーである」という説明がされることがあるが[38]、マロリーにそのような記述は見られない[注 9][注 10]

エクスカリバーの返還

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エクスカリバーを水に投げ入れるベディヴィアオーブリー・ビアズリー1894年

ランスロ=聖杯サイクルの『アルテュの死』で、傷付いたアーサーは騎士ギルフレ(グリフレット)にエクスカリバーを魔法の湖に投げ入れるよう命じる。二回失敗したのち、ギルフレは王の望みを果たし、湖から手が現れて剣を掴む。これを引き継いだマロリーと他の英語の作品では、ギルフレの代わりに騎士ベディヴィアが剣を湖に投げ入れることになっている。

魔法の鞘

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マロリーでは、エクスカリバーの鞘は身につけているとどんなに傷を受けても血を失わない魔法であるという[40][注 11][41][注 12]。しかし、のちにアーサーの異父姉モーガン・ル・フェイが盗みだして湖に沈めてしまう[42][43]。鞘を失ったことで、アーサーはその人生の終焉を避け得ぬようになっていく。

映像作品

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脚注

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注釈

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  1. ^ ウァース『ブリュ物語』は『ブリタニア列王史』の翻訳[5]であり、伝承を概ね踏襲している。
  2. ^ ラヤモン『ブルート』は『ブリュ物語』の翻訳[6]であり、『ブリタニア列王史』の伝承を概ね踏襲している。
  3. ^ コルブランドは『頭韻詩アーサーの死』の前半部のみにみられる表記。
  4. ^ 『頭韻詩アーサーの死』におけるカリバーンの綴りについて、Brock校訂版 (Brock (1871)) では、本文は Calaburne (p. 125, 4230行目), Caliburne (p. 124, 4193行目), Calyburne (p. 125, 4242行目)という綴りにしているが、名称索引(p. 130, "INDEX OF NAMES")では Caliburn に寄せている。
  5. ^ マロリー『アーサー王の死』は、『後期流布本サイクル』の『メルラン続伝』(湖の乙女からエクスカリバーを受け取る伝承)[20]や、『ランスロ=聖杯サイクル』の『メルラン物語』(石に刺さった剣をエクスカリバーとする伝承)[1]、『八行連詩アーサーの死』(死の直前にエクスカリバーを湖に返す伝承)[16]の影響を受けているとみられ、表記もそれらの影響下にあると考えられる。
  6. ^ なお、ここでの鋼 achier という語は刃ないし剣も意味し、中世ラテン語の aciarium (鋭い acies の派生語)に由来する。
  7. ^ 「石に刺さった」部分の詳細な描写として、ロベール・ド・ボロンの『メルラン』では「石の上の鉄床に刺さった剣」、ランスロ=聖杯サイクルでは「石の上の鉄床を貫いて石にまで刺さった剣」として描かれている(小路 2006, pp. 73–74, 75)。
  8. ^ 『アーサー王の死』を抄訳した厨川文夫は、注で石に刺さった剣をエクスカリバーとしたのはマロリーの誤りだとしている[37][1]
  9. ^ 石から剣を引き抜く件は冶金術の暗喩ではないかとする説もある[39]
  10. ^ 2011年アメリカStarz局で放送が開始された『Camelot』では、滝の最上部の石に刺さった剣をアーサーが抜くが、それはエクスカリバーとは別物という設定になっている。後日、魔術師マーリンがエクスカリバーを入手してアーサーに届ける際、「湖の乙女に授かった」と報告するが、その乙女とは実は、マーリン自身が魔法を制御できずに溺死させてしまった、鍛冶屋の娘のことである。
  11. ^ BOOK I.CHAPTER XXV.の"be ye never so sore wounded" は、「どれほどひどく傷を受けても」という意味であると北村一真は解説する(『英文解体新書 2』p.236 研究社 2021年)。
  12. ^ BOOK II.CHAPTER XI.の "though ye have as many wounds upon you as ye may have."は「どんなにたくさん傷をうけても」という意味になる。

出典

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  1. ^ a b c d 小路 2006, p. 82.
  2. ^ a b 小路 2006, p. 72.
  3. ^ a b ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 75(項目「エスカリボール」)
  4. ^ ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 432.
  5. ^ a b c 小路 2006, p. 70.
  6. ^ a b c d e f g h 小路 2006, p. 71.
  7. ^ ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 434.
  8. ^ ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 450.
  9. ^ 小路 2006, p. 73.
  10. ^ a b 小路 2006, p. 75.
  11. ^ ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 438.
  12. ^ ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 446.
  13. ^ ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 459, 出典では「13世紀初め」の表記。
  14. ^ Brock 1871, p. 63(2123行目), p. 65(2201行目); p. 130("INDEX OF NAMES" (名称索引)).
  15. ^ a b ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 429.
  16. ^ a b c 小路 2006, p. 84.
  17. ^ Brock 1871, p. 130("INDEX OF NAMES" (名称索引)).
  18. ^ Malory & Rhys (ed.) 1893, vol. 1, pp. 15, 55, etc..
  19. ^ ヴァルテール & 渡邉・渡邉訳 2018, p. 460.
  20. ^ 小路 2006, p. 81.
  21. ^ R. Bromwich and D. Simon Evans, Culhwch and Olwen. An Edition and Study of the Oldest Arthurian Tale (Cardiff: University of Wales Press, 1992), pp.64-5
  22. ^ 中野節子訳『マビノギオン』JULA出版局、2000年 p.164
  23. ^ 同 p.206
  24. ^ 同 p.225
  25. ^ ジェフリー・オブ・モンマス『ブリタニア列王史』第9巻147章など
  26. ^ Bryant, Nigel (trans., ed.), Perceval: The Story of the Grail, DS Brewer, 2006, p. 69 ("Qu'il avoit cainte Escalibor, la meillor espee qui fust, qu'ele trenche fer come fust.")
  27. ^ Loomis, R. S., Arthurian Tradition and Chretien de Troyes, Columbia, 1949, p. 424 ("c'est non Ebrieu qui dist en franchois trenche fer & achier et fust")
  28. ^ Vinaver, Eugene (ed.), The works of Sir Thomas Malory, Volume 3, Clarendon, 1990, p. 1301 ("the name of it said the lady is Excalibur that is as moche to say as cut stele.")
  29. ^ Alliterative Morte Arthure, 2123行
  30. ^ 小路 2006, pp. 73–74.
  31. ^ 小路 2006, pp. 74–75.
  32. ^ Merlin: roman du XIIIe siècle ed. M. Alexandre (Geneva: Droz, 1979)
  33. ^ 小路 2006, p. 75 ただしこちらの出典では『メルラン物語』の方とされている。
  34. ^ Lancelot-Grail: The Old French Arthurian Vulgate and Post-Vulgate in Translation trans. N. J. Lacy (New York: Garland, 1992-6), 5 vols
  35. ^ 小路 2006, p. 78.
  36. ^ トマス・マロリー『アーサー王の死(キャクストン版)』第1巻9章、第2巻3章
  37. ^ 厨川文夫・圭子編訳 『中世文学集1 アーサー王の死』 ちくま文庫
  38. ^ 剣と魔法の博物館(2010年11月閲覧)等
  39. ^ デイヴィッド・デイ著/山本史郎訳:『アーサー王の世界』原書房 46頁
  40. ^ The Project Gutenberg eBook of Le Morte D’Arthur, Volume I (of II), by Thomas Malory”. www.gutenberg.org. 2021年5月2日閲覧。BOOK I.CHAPTER XXV. How Arthur by the mean of Merlin gat Excalibur his sword of the Lady of the Lake.
  41. ^ The Project Gutenberg eBook of Le Morte D’Arthur, Volume I (of II), by Thomas Malory”. www.gutenberg.org. 2021年5月2日閲覧。
  42. ^ トマス・マロリー『アーサー王の死』第4巻14章
  43. ^ The Project Gutenberg eBook of Le Morte D’Arthur, Volume I (of II), by Thomas Malory”. www.gutenberg.org. 2021年5月2日閲覧。

参考文献

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原典 - 『頭韻詩アーサーの死』
原典 - トマス・マロリー『アーサー王の死』
研究書・事典類
  • 小路, 邦子 著「エクスカリバーの変遷」、中央大学人文科学研究所 編『続 剣と愛と : 中世ロマニアの文学』中央大学出版部〈中央大学人文科学研究所研究叢書40〉、2006年11月10日、69-92頁。ISBN 4-8057-5329-3 
  • ヴァルテール, フィリップ『アーサー王神話大事典』渡邉浩司(訳)、渡邉裕美子(訳)、原書房、2018年2月10日。ISBN 978-4-562-05446-6 

外部リンク

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