キング・オブ・キングス (1961年の映画)
表示
キング・オブ・キングス | |
---|---|
King of Kings | |
監督 | ニコラス・レイ |
脚本 | フィリップ・ヨーダン |
製作 | サミュエル・ブロンストン |
出演者 | 後述 |
音楽 | ロージャ・ミクローシュ |
撮影 |
マニュエル・ベレンガー ミルトン・R・クラスナー フランツ・プラナー |
編集 | ハロルド・F・クレス |
配給 | MGM映画 |
公開 |
1961年10月11日 1961年12月15日 |
上映時間 | 165分 |
製作国 | アメリカ合衆国 |
言語 | 英語 |
製作費 | $5,037,000[1] |
興行収入 |
$8,000,000 $5,400,000[1] |
『キング・オブ・キングス』(原題:King of Kings)は、1961年制作のアメリカ合衆国の映画。
イエス・キリストの生涯を描いた作品。セシル・B・デミル監督が1927年に制作した同名映画をニコラス・レイ監督がリメイクしたものと言われているが、ベルナール・エイゼンシュッツの『ニコラス・レイ‥ある反逆者の肖像』(吉村和明:訳)によれば、そもそもこの作品のアイデアとスクリプトは、プロデューサーのサミュエル・ブロンストンの前作『大海戦史』(1959年)を監督したジョン・ファロー(ミア・ファローの父)のものだったが、使えるレベルではなかったので、ニコラス・レイが旧知のフィリップ・ヨーダンを呼び、手直しさせたものであった。
題名もファロウの時は『人の子』、レイと契約するときは『剣と十字架』であった。これをヨーダンが『キング・オブ・キングス』とすることを提案した。当然デミル側から許諾を受けるという動きもあって、配給の10パーセントを提示する案もあったが、試しにアメリカ映画協会にタイトルを登録してみると、デミル側は未登録であったため、ブロンストン側は印紙代6セントでこの題名を手に入れたという。
キャスト
[編集]役名 | 俳優 | 日本語吹替 |
---|---|---|
NETテレビ版 | ||
イエス | ジェフリー・ハンター | 中田浩二 |
ヨハネ | ロバート・ライアン | 納谷悟朗 |
バラバ | ハリー・ガーディノ | 大塚周夫 |
マリア | シオバン・マッケンナ | 京田尚子 |
ピラト | ハード・ハットフィールド | 羽佐間道夫 |
ヘロデ | フランク・スリング | 家弓家正 |
ユダ | リップ・トーン | 加茂嘉久 |
マクダラのマリア | カルメン・セビル | 中西妙子 |
サロメ | ブリジット・バズレン | 鈴木弘子 |
ルシアス | ロン・ランデル | 森川公也 |
クロデア | ヴィヴェカ・リンドフォース | 平井道子 |
ヘロデア | リタ・ガム | 渡辺典子 |
ヨセフ | ジェラール・ティチー | 藤本譲 |
カヤパ | ガイ・ロルフ | 千葉順二 |
ペトロ | ロイヤル・ダノ | |
ヘロデ大王 | グレイゴル・アスラン | 塩見竜介 |
ナレーション | オーソン・ウェルズ | 矢島正明 |
不明 その他 |
大木民夫 加藤正之 八奈見乗児 田中亮一 石森達幸 藤城裕士 | |
演出 | 有村昌記 | |
翻訳 | 宇津木道子 | |
効果 | PAG | |
調整 | 遠矢征男 | |
制作 | 有村放送プロモーション | |
解説 | 淀川長治 | |
初回放送 | 1973年12月23日 『日曜洋画劇場』 |