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キャリック伯爵 (スコットランド貴族)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

キャリック伯爵(キャリックはくしゃく、Earl of Carrick)は、スコットランド王国、のちイギリス連合王国)の伯爵位。

歴史

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キャリックスコットランド南西部の土地である。

13世紀末のダンケルド朝断絶後から14世紀初頭にかけて、スコットランド王国は国王不在の時代を過ごしたが、イングランドエドワード1世の遠征軍との戦いは前王朝の遠縁にあたるロバート・ブルースらの指揮の下で戦われた。1306年、ロバートはスコットランド王に即位してブルース朝を開くが、ロバートは即位前に母マージョリー (enからキャリック伯爵を相続しており、即位をもって国王と伯爵の家系が統合されたことになる。

当初は伯爵位は常設ではなく、国王の近親の男性王族がその都度任命され、その即位や死去と共に国王領に戻る、という状態であった。伯爵位が王統とともにステュアート家に移って以降も同様であったが、ジェームズ3世の即位後は、国王の長子が相続する慣習ができた。イングランドとの同君連合成立後もこの慣習は続き、現在に至る。

キャリック伯爵一覧

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代数 受爵者 画像 受爵期間 備考
1 ダンカン (en 1186年 - 1250年
2 ニール (en 1250年 - 1256年 先代の長男。
3 マージョリー (en 1256年 - 1292年 先代の長女。
4 ロバート・ブルース 1292年 - 1314年 先代の長男。
1306年よりスコットランド王ロバート1世。
5 エドワード・ブルース 1314年 - 1318年 先代の弟。
1315年よりアイルランド上王。
6 デイヴィッド・ブルース 1328年 - 1330年 先代の甥。
のちスコットランド王デイヴィッド2世。
7 アレグザンダー・ブルース (en 1330年 - 1333年 5代目の息子。
8 ジョン・ステュアート 1368年 - 1390年 のちスコットランド王ロバート3世。
9 デイヴィッド・ステュアート (en 1390年 - 1402年 先代の長男。
10 ジェームズ・ステュアート 1404年 - 1437年 先代の弟。
1406年よりスコットランド王ジェームズ1世。
11 ジェームズ・ステュアート 1473年 - 1488年 先代の曾孫。
のちスコットランド王ジェームズ4世。
12 ジェームズ・ステュアート (en 1507年 - 1508年 先代の長男。
13 アーサー・ステュアート (en 1509年 - 1510年 先代の弟。
14 ジェームズ・ステュアート 1512年 - 1513年 先代の弟。
のちスコットランド王ジェームズ5世。
15 ジェームズ・ステュアート (en 1540年 - 1541年 先代の長男。
16 ジェームズ・ステュアート 1566年 - 1567年 先代の甥。
のちスコットランド王ジェームズ6世。
17 ヘンリー・フレデリック・ステュアート 1594年 - 1612年 先代の長男。
18 チャールズ・ステュアート 1612年 - 1625年 先代の弟。
のちスコットランド王チャールズ1世。
19 チャールズ・ステュアート 1629年 先代の長男。
20 チャールズ・ステュアート 1630年 - 1649年 先代の弟。
のちスコットランド王チャールズ2世。
21 ジェームズ・フランシス・エドワード・ステュアート 1688年 - 1702年 先代の甥。
22 ジョージ 1714年 - 1727年 18代目の姉の曾孫。
のちグレートブリテン王ジョージ2世。
23 フレデリック 1727年 - 1751年 先代の長男。
24 ジョージ 1762年 - 1780年 先代の孫。
のち連合王国国王ジョージ4世。
25 エドワード 1841年 - 1901年 先代の弟の孫。
のち連合王国国王エドワード7世。
26 エドワード 1901年 - 1910年 先代の次男。
のち連合王国国王ジョージ5世
27 エドワード 1910年 - 1936年 先代の長男。
のち連合王国国王エドワード8世。
28 チャールズ 1948年 - 2022年 先代の弟の孫。
のち連合王国国王チャールズ3世
29 ウィリアム 2022年 - 先代の長男。

もうひとつのキャリック伯爵

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上述の系統とは別に、1628年チャールズ1世がキャリック伯爵位を創設し、ジョン・ステュアート (enに叙爵された。彼はすでに、1607年スコットランド貴族としてKincleven卿(Lord)になっている。ジョンは、スコットランド王ジェームズ5世の庶子である初代オークニー伯ロバート・ステュアートの三男であり、つまり、チャールズ1世の叔従父にあたる。
この爵位は、王位継承者が保持するエアシャー地方のキャリック伯爵領と競合しないよう考えられ、オークニー諸島エディ島を所領とした。

ジョンは、初代ノッティンガム伯チャールズ・ハワードの娘で、Sir Robert Southwellの未亡人エリザベスと結婚し、娘マーガレットを儲けた。彼にはほかに息子ヘンリーと娘1人がいたことが知られている。しかし、ジョンには嫡出の男子がなかったため、彼の死によってこのキャリック伯爵位は一代限りで断絶した。