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どてらい男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
どてらい奴から転送)

どてらい男』(どてらいヤツ)は、花登筺小説

週刊アサヒ芸能』(徳間書店)に連載された。山善を興した山本猛夫をモデルとした立志伝である。第一部が全6巻、第二部が全5巻の二部構成、全11巻からなる。原作者の花登が脚本を担当してテレビドラマ化されたのが好評を博し、角川文庫角川書店)から文庫化、また、映画、舞台、漫画にもなった。舞台作品は近年では、2006年10月に京都の南座で29年ぶりに再演されている。

題名にある「どてらい」とは、紀州弁で「凄い」「とんでもない」の意。近代以降の大阪ステレオタイプ化した作品の1つである[1]。山善はこの作品を社業・社史の一部に位置づけており、テレビドラマ放映中の1975年から「どてらい市」と名付けた商談会を開いている[2]

テレビドラマ

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どてらい男(ヤツ)
ドラマの収録が行われた関西テレビ旧社
ジャンル テレビドラマ
原作 花登筺
脚本 同上
出演者 西郷輝彦
国・地域 日本の旗 日本
言語 日本の旗日本語
製作
制作 関西テレビ放送
放送
放送チャンネルフジテレビ
放送国・地域日本の旗 日本
どてらい男
オープニング西郷輝彦「どてらい男」
放送期間1973年10月2日 - 1975年3月25日
放送時間火曜22:00 - 22:55
1974年12月31日放送の『総集編』のみ火曜22:00 - 23:45)
放送枠関西テレビ制作火曜夜10時枠の連続ドラマ
放送分55分
回数77回+1回
どてらい男 戦後篇・激動篇・死闘篇・総決算篇
オープニング西郷輝彦「どてらい男」
放送期間1975年4月6日 - 1977年3月27日
放送時間日曜21:00 - 21:55→21:00 - 21:54
放送枠フジテレビ系列日曜夜9時枠の連続ドラマ
放送分55→54分
回数103回
テンプレートを表示

1973年から1977年まで関西テレビの企画・制作によりフジテレビ系列で放送されたテレビドラマ。全180回(プラス『総集編』)。

もともと関西テレビ放送の開局15周年を記念して制作された。3年半にわたるヒットシリーズとなり、歌手だった西郷輝彦が俳優としての地位を確立したドラマとなった。

放送開始当初のオープニング映像では、猛造と運転手役の西川きよしが乗るクラシックカー(当時のタクシー)背後に南海電気鉄道(現在の阪堺電気軌道)の車両(モ161等)が映っており、そのシーンは堺市内で撮影されていた[3]

収録は大阪市北区西天満の関西テレビ本社(当時)スタジオで行われた。

火曜時代の1974年は元日と大晦日が火曜日となったが、元日は通常通り放送、そして大晦日は『どてらい男 総集編』と銘打った大晦日スペシャルを、この年開催の『第25回NHK紅白歌合戦』の対抗番組として、22:00 - 23:45に拡大して放送した[注釈 1]。また日曜時代の1977年1月2日が日曜日になるも、前日の元日は土曜日ゆえに『8時だョ!全員集合』(TBS系列。通常版)が放送される関係上、恒例特番『新春スターかくし芸大会』の元日放送が出来ない状態なったことで、それを1月2日に回して、本番組を翌日以降に回す可能性もあったが、最終的には『かくし芸』が1月3日の放送に決定したため、1月2日でも通常通り放送出来た。

2013年、TBSのドラマ『半沢直樹』がヒットした際に本作を思い出させるとインターネット上で話題となり、DVD化が検討された。しかし、ビデオテープが高価かつ貴重で使い回しが当たり前だった時代の作品であり、関西テレビのアーカイブ倉庫には第1話と最終話のビデオテープしか現存していなかった。その後、舞台になった山善でこのうち第7話から129話までの121回分を録画したUマチック方式のテープが発見され、東京のレトロエンタープライズの手によって修復・デジタル化が行われた[4]。関西テレビでは残る2 - 6話および130 - 180話の録画テープの提供を呼びかけた結果、神奈川県横浜市から第3話のベータマックステープが見つかり、さらに捜索の結果、13話の冒頭、1~12話のダイジェスト映像も見つかり、ほぼストーリーが追えるようになった[5][6][7]。録画テープの提供呼びかけはその後も続行されており、媒体不問、音声のみのカセットテープ等も対象である[8]。一方でプロジェクト自体は告知なく終了している。

2022年6月5日からCS放送・時代劇専門チャンネルにて、BSCS通じて初となる再放送が開始された[9][注釈 2]

放送時間

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1973年10月2日 - 1977年3月27日

タイトル 放送期間 放送時間(JST 備考
どてらい男 1973年

10月2日

1975年

3月25日

火曜日22:00 - 22:55
どてらい男
(戦後篇)
1975年

4月6日

1975年

9月28日

日曜日21:00 - 21:55 白雪劇場』(KTV制作)との枠交換で移動
どてらい男
(激動篇)
1975年

10月5日

1976年

3月28日

日曜日21:00 - 21:54 21時台ミニ番組拡大で1分縮小
どてらい男
(死闘篇)
1976年

4月4日

1976年

9月26日

どてらい男
(総決算篇)
1976年

10月3日

1977年

3月27日

スタッフ

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「どてらい男(ヤツ)」
西郷輝彦シングル
B面 祇園花見小路
リリース
ジャンル 歌謡曲
レーベル 日本クラウン
作詞・作曲 花登筐(作詞)
神津善行(作曲)
西郷輝彦 シングル 年表
かもめ
(1973年)
どてらい男
(1973年)
なにかが起きる
1974年
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  • 原作・脚本:花登筺(戦後編のみ脚本を田坂啓と共作)
  • 制作著作:関西テレビ
  • (丁稚・独立篇)1973年10月2日 -
    • プロデューサー:野添泰男、演出:内海佑治、三輪弘
  • (戦争編) - 1975年3月25日
    • プロデューサー:野添泰男、演出:山像信夫、柏原幹、岡林可典
  • (戦後篇)1975年4月6日 - 1975年9月28日
    • プロデューサー:山像信夫、演出:柏原幹、林宏樹、岡林可典
  • (激動篇)1975年10月5日 - 1976年3月28日
    • プロデューサー:山像信夫、演出:林宏樹、岡林可典、坂上勇
  • (死闘篇)第130回 - 第155回 1976年4月4日 - 1976年9月26日
    • プロデューサー:山像信夫、演出:林宏樹、岡林可典、坂上勇
  • (総決算篇)第156回 - 第181回(最終回)1976年10月3日 - 1977年3月27日
    • プロデューサー:山像信夫、演出:柏原幹、岡林可典、坂上勇
  • 主題歌: 「どてらい男」(作詞: 花登筐、作曲: 神津善行、編曲: 佐々永治、歌: 西郷輝彦、クラウンレコード

キャスト

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ドラマと小説 登場人物の違い

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登場人物等 ドラマの人物特徴等 小説の人物特徴等
山下猛造 高身長・二枚目 低身長、短足、小太り
前戸の主人(旦さん) 創業者の次男・元銀行員 父と兄の死により当代 創業者自身
前戸夫人 創業者の長男 妻 のぶ 創業者の妻 久子
弥生 前戸夫人の娘・女学校在学中 前戸夫人の歳の離れた妹・女学校卒業後前戸家に引き取られる
大石善兵衛 将軍と呼ばれ、番頭をしている 神さんと言われ大石善商店主と堀田商店の番頭を兼ねている
竹田 番頭 手代格
お秋 竹田と別れた後、堤先生と結婚 竹田と弥生の縁談話を立聞きしたのが発覚し解雇
糸路(芸妓) 前戸と男女の関係 竹田と男女の関係
猛造の母 よね ふさ
芋生 株相場で失敗その後転々 戦後は闇屋のボス(ドラマでは広田の役柄)
海野守 未婚 軍隊編・激動編~ 既婚妻有 沖縄で戦死
馬方 軍隊編から登場し、猛造を兄貴と呼んで標準語で話す 特別下番から捕虜収容所まで登場し、猛造を猛やんと呼んで関西弁で話す
坂井 ほぼ捕虜収容所のみ 捕虜収容所から登場
元陸軍中佐 白山 飯田
谷町の問屋 中西彌商店の二代目でかな子という一人娘がいる 中西商店の二代目で息子がいる
広さん 日野広之進 広山邦之助


サブタイトル

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丁稚・独立篇、戦争篇

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戦後篇

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激動篇

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死闘篇

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総決算篇

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ネット局

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映画

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どてらい男
監督 古澤憲吾
脚本 田坂啓
原作 花登筺
製作 高畠久
出演者 西郷輝彦
音楽 山本直純
撮影 逢沢譲
編集 諏訪三千男
製作会社 東京映画
配給 東宝
公開 日本の旗1975年2月1日
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

1975年2月1日に東京映画の製作、東宝の配給で公開された。カラー、シネマスコープ、上映時間87分。

かつてクレージー映画を筆頭に、『若い季節』2部作や『若大将シリーズ』を手掛けた古澤憲吾が『ユートピア』以来2年振り、東宝では『日本一のヤクザ男』以来5年振りに監督となった。

スタッフ

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キャスト

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同時上映

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告訴せず

漫画版

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本作の漫画版が、1970年代後期に『週刊漫画TIMES』(芳文社)に連載された。作画は横山まさみちで、単行本は全6巻。

脚注

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注釈

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  1. ^ なお主演の西郷は、1964年開催の『第15回NHK紅白歌合戦』から前年開催の『第24回NHK紅白歌合戦』まで10回連続して『NHK紅白歌合戦』に出場したが、この年は落選してしまったため重複にはならなかった。
  2. ^ 2022年6月5日、最初の再放送時に放送されたのは第1話、第3話「にぎりめし」、第16話「毒には毒を!」、第18話「目を開け!モーやん」の計4話。

出典

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  1. ^ 札埜和男『大阪弁「ほんまもん」講座』2006年、新潮社、p32
  2. ^ 山善ならではの出来事(2018年7月22日閲覧)。
  3. ^ 木村政雄の私的ヒストリー|木村政雄の事務所
  4. ^ もう見られなくなったビデオの修復、デジタル化、アーカイブ化レトロエンタープライズ
  5. ^ 関西テレビ「試写会 YAMAZEN presents どてらい男「第1話」上映会&トークショー」、2014年8月20日閲覧。
  6. ^ 『どてらい男(やつ)』テープ捜索プロジェクトに協賛します 山善
  7. ^ 「「どてらい男」録画テープ有りませんか」読売新聞大阪夕刊、2014年8月20日p.8。
  8. ^ YAMAZEN presents どてらい男(ヤツ)捜索プロジェクト 関西テレビ
  9. ^ どてらい男【セレクション放送】”. 時代劇専門チャンネル. 2022年6月6日閲覧。
  10. ^ 東奥日報』1974年9月テレビ欄。
  11. ^ 『東奥日報』1977年6月各日朝刊テレビ欄。
  12. ^ 北海道新聞』1974年3月、1975年12月テレビ欄。
  13. ^ 『秋田魁新報』1974年9月テレビ欄。
  14. ^ 秋田魁新報』1975年12月テレビ欄。
  15. ^ 山形新聞』1974年3月テレビ欄。
  16. ^ a b c 日刊スポーツ』1976年5月2日付テレビ欄。
  17. ^ 岩手日報』1974年3月テレビ欄。
  18. ^ 福島民報』1973年10月2日 - 1977年3月27日付朝刊テレビ欄。
  19. ^ 『福島民報』1974年1月8日 - 1977年7月2日付朝刊テレビ欄。
  20. ^ 『日刊スポーツ』1976年5月1日付テレビ欄。
  21. ^ 山梨日日新聞』1974年3月テレビ欄。
  22. ^ 信濃毎日新聞』1974年3月テレビ欄。
  23. ^ 『北國新聞』1975年10月19日付朝刊、テレビ欄。
  24. ^ a b 北國新聞』1974年9月テレビ欄。
  25. ^ a b 『北國新聞』1976年4月11日付朝刊、テレビ欄。
  26. ^ 中日新聞』1974年3月、1975年12月テレビ欄。
  27. ^ 山陰中央新報』1974年3月、1975年12月テレビ欄。
  28. ^ a b 山陽新聞』1975年12月テレビ欄。
  29. ^ 『山陽新聞』1974年3月テレビ欄。
  30. ^ 『愛媛新聞』1977年6月各日朝刊テレビ欄。
  31. ^ a b 愛媛新聞』1974年3月、1975年12月テレビ欄。
  32. ^ a b 西日本新聞』福岡版 1974年3月、1975年12月テレビ欄。
  33. ^ 『熊本日日新聞』1974年9月テレビ欄。
  34. ^ 『熊本日日新聞』1977年6月各日朝刊テレビ欄。
  35. ^ 熊本日日新聞』1974年3月テレビ欄。
  36. ^ 大分合同新聞』1974年3月テレビ欄。
  37. ^ 『宮崎日日新聞』1975年12月テレビ欄。
  38. ^ 宮崎日日新聞』1974年3月テレビ欄。
  39. ^ 『沖縄タイムス』1974年9月テレビ欄。
  40. ^ 沖縄タイムス』1975年12月テレビ欄。

関連項目

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  • 山本猛夫 (実業家) - 山下のモデルになった人物。
  • 山善 - 山本猛夫が興した会社。山下が戦後に立ち上げる「天守産業」のモデル。
  • TONE (企業) - 旧・前田軍治商店。山本が実際に丁稚に入っていた店で「前戸文治商店」のモデル。
  • 前田機工 - 旧・前田軍治商店の商社部門。後にイチネンホールディングスに買収されてイチネン前田に社名変更の後、イチネングループ内での合併でイチネンMTMを経て現在はイチネンアクセスの一部。https://www.ichinen-mtm.co.jp/pdf/company/maeda.pdf
  • 三輪タクシー - 田村亮演じる尾坂昭吉の運送会社のトラック及びタクシー(半タク)として登場。

外部リンク

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フジテレビ 火曜22時台(関西テレビ制作枠。一部地域を除く。1973.10-1975.3)
前番組 番組名 次番組
どてらい男
フジテレビ系 日曜21時台(関西テレビ制作枠。一部地域を除く。1975.4-1977.3)
どてらい男・戦後編

どてらい男・激動編

どてらい男・死闘編

どてらい男・総決算編
フジテレビ 日曜21:54-21:55枠(ここまで関西テレビ制作枠および全国ネット枠。1975.4-9)
白雪劇場
池田大助捕物日記
※21:00-21:55
どてらい男・戦後編
渡辺文雄
くいしん坊!万才
※21:54-22:00
【1分拡大して継続】
【ここからCX制作および関東ローカル枠】
フジテレビ 大晦日22:00-23:45枠(1974年)
前番組 番組名 次番組
73待ッタなし
※22:00-23:40
(1973年)
ミュージックサロン
※23:40-23:45
(1973年)
どてらい男・総集編
忠臣蔵(1958年大映版)
※21:00-23:35
(1975年)
渡辺文雄の
くいしん坊!万才
※23:35-23:39
(1975年)
あの日のヨーロッパ
※23:39-23:45
(1975年)