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Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/道教 20240823

選考終了日時:2024年9月6日 (金) 15:33 (UTC)

  1. 冒頭文の定義「外来宗教を除く中国の宗教形式をすべて「道教」の名で呼称する場合もある」ですが、これを読んだ感想は「では儒教も道教の一種なのか?」です。私の認識やこの定義の是非はともかく、かかる重要な記述が無出典(本文にもこれに関連する解説はないと思います)は看過できません。
  2. 加筆されたGynaecocracyさんの考えに反することになるのですが、「教義・技術・文化の側面を主に整理」したのでは本項目として、良質な記事の基準を満たすことはないと思います。大項目であるがゆえに道教を知らない閲覧者に「道教とはなにか」のアウトラインを明確にすることが重要と考えます。それに対し現在の内容はやや細かすぎて、本来目指すべき方向性から逸脱していると感じます。たとえばコトバンクの『改訂新版 世界大百科事典』や『日本大百科全書(ニッポニカ) 』内容と比較すれば、内容の差異は一目瞭然でしょう。残念ながらGynaecocracyさんの志向された歴史節の分離は、「道教とはなにか」を説明するという本来の目的からすればマイナスの方向に働いたと感じています。その弊害としてたとえば冒頭文の定義「道教は(略)概念規定は確立しておらず、さまざまな要素を含んだ宗教である」とされているにもかかわらず、本文では淡々とその教理が説明されており、何をもってして「概念規定が確立していない」と考えられているのか全くわかりません。一般論として宗教の概念があいまいであるケースは3点あると考えます。1.立場(たとえば教団)によって解釈が異なる。コトバンクには「道教の概念は、「民衆道教」と「教会道教」の二つに大別することができる」(重要な視点と思いますが、これも本文で解説できていません)がこれに当たるでしょう。2.時代によって概念が異なる。歴史ある宗教ではよくあることです。たとえばこちらでそのような経緯が端的に解説されていますが、本記事では歴史節を分離してしまった故にそのような記述はなく、時間軸という奥行きを失った平面的な解説のように感じます。3.学術的に定義できていない。あるいは論争がある。そもそも「宗教」は西洋の概念なので、日本を含む東洋の信仰を説明する際に難儀することは多々あります。日本でいえば神道がこれに当たるでしょう。コトバンクにも「道教とは何か--この問題に対しては研究者のあいだで見解がまだ一致していない」とこれが示唆されています。あるいは哲学としての道家を道教から分離することへの是非も歴史的に議論がある所でしょう。これらの要因が複合して「概念があいまい」とされているのだと想像しますが、こうした解説は本文にはないと感じました。もう一つ例を挙げます。たとえば仏教はインド哲学の一派ですが「釈迦を開祖」とすることで明確に定義できています。いっぽうで本記事では春秋時代からの民間信仰を源流としつつ「後漢末頃に生まれ」と結論だけ書かれているだけです。すなわち何が源流とされる信仰と道教を分け隔てるのか説明されていません。これはすなわち「道教とはなにか」が解説できていないことになります。コトバンクの内容との比較、あるいは現在の道教教団についての解説が「道教の歴史」に記されていることを考慮すれば、むしろ分割された「道教の歴史」のほうが「道教」の内容に相応しく、本記事の内容は、たとえば「道教の教理」や「道教の思想哲学」などに変更したほうが良いのではと感じました。
  3. 三教の関係節。ここでまとめられているのは、道教が三教に与えた影響が主になっていますが、影響とは一方的ではなく相互的に起こるものです。たとえば道教が教団化したのは仏教の影響であることは無視できません。儒教も同様で、そもそも儒教と道教がどのように棲み分けされていたのか記述されていません(コトバンクでは明確に説明されています)。ゆえに網羅できているとは思えません。
  4. 中国外における道教節。古い時代のみに限定して書かれているように感じます。コトバンクによれば朝鮮半島では11世紀ごろに宮廷に道観が設けられ、その後に朝鮮半島の民俗信仰と融合し独自に発展したことは触れておくべきでしょう。--あずきごはん会話) 2024年8月28日 (水) 12:31 (UTC)誤記修正--あずきごはん会話2024年8月28日 (水) 13:14 (UTC)[返信]
返信 詳しくコメントいただいて、誠にありがとうございます。また、指摘内容を丁寧に整理して教えていただき、感謝します。特に、本記事が「道教とは何か」を説明できなくなっている要因に、「道教の歴史」を分離したことがあるというご指摘はもっともだと思いました(例えば③で指摘された仏教→道教、儒教→道教の影響も、「道教の歴史」には書いてあります)。この指摘は、両方の記事を同時に書いていた私には気づきにくいポイントで、たいへん参考になりました。
この問題を根本的に解決するためには、あずきごはんさんが提案されているように、記事の割り振りを戦略的に考える必要がありそうです。ひとまず思い浮かんだ案を書いておきます。(以下を実現する際には各記事のノートでの合意形成が必要になりますかね)
  1. 道教の歴史」の節略版(1/2ぐらいにしたもの)を作って、「道教」に掲載する。
  2. 「道教の歴史」の内容をそのまま「道教」に戻し、歴史以外の部分を整理して分量を減らす。
  3. 両記事をそのまま統合して「道教」とし、重複する箇所について調整する。
他の方のご意見次第ですが、両記事を合わせても13万バイトほどなので、何も意見がなければ③の手段を取ろうかと思います。なお、ほかに指摘された点については、以下の方法で別途加筆を試みます。
  • 民間信仰と道教、道家と道教といった区別について記述する。(仰る通りで非常に難しい問題なのですが、せめて「難しい問題である」「議論がある」ということを記述する。)
  • 「中国外への影響」節の加筆。特に朝鮮半島への影響。(なお、この話にも「道家と道教の区別の曖昧さ」が絡むところで、たとえば老荘思想が西洋に与えた影響なども、少し言及したほうがいいのかもしれません。)
  • 冒頭の出典なし記述は、私が書いたものではないので、何か出典が見つかれば出典を付けますし、見つからなければ削除します。(古くに「道の教え」の意味で儒教を含めて広く「道教」と呼ぶことがあるので、そのことを指しているのではないかと思いますが、分からないです。)
もしご意見ありましたら、お願いいたします。--Gynaecocracy会話2024年8月28日 (水) 13:58 (UTC)[返信]
  • 返信 (Gynaecocracyさん宛) ご返答ありがとうございます。方向性としては私の考えと齟齬はないのですが、歴史に特化した記事を作ることには反対の立場ではありません。その上でどこまで歴史を記述すべきかという話になるのですが、なにぶん知見がありませんので大変申し訳ありませんが判断は出来ません。が、私としては前述した各百科事典が一つの目安になろうかと考えています。--あずきごはん会話2024年8月29日 (木) 12:50 (UTC)[返信]
報告 上の議論を受けて、本記事内部で道教についての一貫した説明を作るため、道教の歴史の内容を節略して、「道教#成立」と「道教#歴史」を書き、他の部分を若干削りました(上の案で言えば①+他の部分の整理)。結局、自分が提案した両記事をそのまま結合するという方法(③)を取らなかったのは、作業しているうちに、この方が全体としてよりすっきりまとまると考えたからです。また、歴史についてはまだまだ書けることがあり、今後の加筆で長大になる可能性があるので、やはり独立記事が欲しいと考えたという理由もあります。なお、指摘された点のうち、以下の点はまだ不足しているので、数日中に加筆したいと思います。
  1. 「民衆道教」と「教会道教」の概念(手元の資料に前者の説明しかなく加筆できませんでした)
  2. 信仰・宗教の区別、西洋的な宗教概念との齟齬(なお、道教概念の多層性については成立・歴史の章に書けました)
  3. 中国外における道教に、古代以外の例を追加する。特に朝鮮半島での展開。
  • 返信 (Gynaecocracyさん宛) ご対応いただき有難うございました。当初の指摘では意図していなかったことですが、歴史節を充実させたことで儒教を論じるうえでの重要人物も網羅する内容になったと思います。まだ課題もあるようですが、前述した百科事典と比較しても十分な内容になったとおもいますので賛成とさせていただきます。--あずきごはん会話2024年8月31日 (土) 05:42 (UTC)[返信]
賛成 現在の内容で良質な記事の要件は満たしていると思いますので賛成票を投じます。以下の意見は今後、更にこの記事をブラッシュアップするために参考になれば幸いであるとして述べるものです(なお私自身が道教に対して全く不勉強、かつ参照した文献がかなり古めあるいはネット上の代物であるので頓珍漢な意見になっていることかもしれないことを考慮してください。)。
  1. 教会道教・民衆道教
    こちら(吉元昭治「道教と中国医学(第25回)『功過格』」、「日本医史学会」51巻2号)を読みますと「教会道教の同義語に成立道教・教団道教・道観道教」、「民衆道教の同義語として民俗道教・民間道教」があるととれます。更に『民衆道教の周辺』(可児弘明、2004年、風響社)の本人による内容紹介の中に「道教研究者の間で一九七七年以降成立道教・民間道教の二分法的枠組みに否定的な見解が提起されているのであればなおのことである。否定論とは民衆の信仰には民衆儒教、民衆仏教としての側面があり、かつ道教は民衆から皇帝まで同じような信仰をもつなどの理由から、民衆道教の語は現実に妥当しないとして異議をはさみ、成立道教以外は民間信仰であるとする見解がその代表である(窪徳忠『道教史』山川出版社 一九七七年、四〇頁。『道教の神々』平河出版社 一九八六年、五七─六七頁)」という言葉があります。以上のことからこの二分法を記事に取り入れることは慎重な態度が必要であると思われます。もちろん上記出版の後20年の間に学界の状況状態は変わっているでしょうが、変わっていたとしてもそれを担保する文献が無い限りは少なくとも「良質な記事」の段階ではそこまで深く突っ込む必要はないと思います。
  2. 道教の神
    道教の神について。道教#神仙の中で少し書いてありますが、もうちょっとそこのところ詳しく書いていただくとありがたいかなと思います。
  3. 道教自体の説明について
    上であずきごはんさんが述べられている「『道教とはなにか』の解説」ということについて。一応私は中国史に対してそれなりの知識を持っていると自負しておりますが「道教って何?」と質問された場合にキチンと答えられる自信がありません。
    >「ところが明治時代になると、儒・仏二教の研究が、江戸時代の伝統を踏まえてなんの滞りもなく順調に進展したのに対して、道教だけは取り残され、わずかに数人の先覚者によって、学界の片隅で細々と行われるにすぎないという寂しい状態となってしまった。(中略)一言でいえば、当時の学界は、道教は研究する価値のないものと軽視したわけだ。」(『道経史』、窪徳忠、1977年。ISBN4634430908)。
    2、30年ほど前までは「道教なんて迷信の固まり、真面目に考える必要のない代物だ」という認識があったように思います。中国でも文化大革命の最中では道教は弾圧の対象となっていたはずです。現在ではそれを克服した研究が多数存在していると思われますが私はその辺に関しては無知です。そういったような認識(その認識自体が私が思い込んでいただけのものではある可能性もありますが)が過去にあったということを記述してもらえると良いのではないか、と思います。
    上記の「民衆道教」なのか「民間信仰」なのかといったことも含めて。「道教って何?」ということに対して「ガッチリとした定義ができるものではない」ということを書けたら良いのではないかと思います。もちろん信頼できる情報源を基にして。
  4. 民族的宗教について
    上に挙げた『道経史』(窪徳忠、1977年。ISBN4634430908)に「道教は中国の民族的宗教か」(民族的宗教=民族宗教)という一節が設けられており、その中で道教は民族的宗教であるのが学界の通説であるとしています(そして筆者はこれに疑問を呈している)。このあたりの状況を道教#中国外における道教に加筆できればもっと深みのある記事になるかと思います。
    以上。ぐだぐたの長文。大変失礼しました。--らりた会話2024年8月31日 (土) 13:53 (UTC)[返信]
返信 詳しくコメントいただいてありがとうございます。助かります。
  1. なるほど、そういう議論の流れがあるんですね。手元の日原利国編『中国思想辞典』を眺めた感じでは、王朝側が認めた道士・道館などが中心となるものを教会道教と呼び、民衆側に主体があるものを民衆道教と呼ぶようです。むろんこういう用語があるからといって道教を完全な二分法で説明することは不可能でしょうが、そういう概念の相違を示す用語があることについては簡単な説明を入れておきたいと思います。
  2. 神仙の章については、現状だと章題は「神仙」なのに、小節が「外丹」「内丹」で、「仙人になる方法」だけにフォーカスされてしまっているのがしっくり来ないですね。よい整理の仕方を考えます。
  3. 学界の認識の変化については、研究史の章に書くのがよいですかね。これも今は日本の研究史が主になってしまっているので、理想的には世界的な研究を踏まえた内容にしたいです。
  4. このことも考えにありませんでした。道教を民族宗教と主張したがる方向性は、なんとなく漢民族主義的なものを感じますね。確かにこれを盛り込めると、かなり深みが出ますね。頭に入れておきます。

--Gynaecocracy会話2024年8月31日 (土) 16:20 (UTC)[返信]


賛成のみ3票以上の状態が48時間継続のため、早期終了・通過。--Family27390会話2024年9月2日 (月) 13:36 (UTC)[返信]