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Wikipedia:コメント依頼/頭痛20131028

頭痛さんのこれまでの行為について、コメントを依頼します。--Kinno Angel会話2013年10月28日 (月) 10:18 (UTC)[返信]

報告 2013年11月5日(JST)まで少しお休みさせて頂きます。皆様からのコメントをお待ちする事に専念します。--Kinno Angel会話2013年10月29日 (火) 02:59 (UTC)[返信]

報告 まとめ節にも詳細を書きましたが、依頼者(私:Kinno Angel)の目的は、皆様の御協力により一定程度達成されたと考え、当コメント依頼そのものはこれにて一区切り、閉じさせて頂きたく存じます。議論に参加して下さった皆様、その意見の内容を問わず感謝申し上げます。ありがとうございました。--Kinno Angel会話2013年11月13日 (水) 15:10 (UTC)[返信]

これまでの経緯

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  • 散々問題視してコミュニティに意見を求めておいて、反対意見が出たら「誤魔化し」「粗雑」と中傷し「切り上げでいいでしょう」。じゃあ何で提起したんですかと。
  • 御自分への中傷は除去(これ自体は問題ではない、問題は相手に対しては簡単に「誤魔化し」「粗雑」と簡単に言い放つのに、他人には異常に厳しい姿勢)

取り敢えず以上の行為が問題無いと言えるかどうかについてコミュニティからのコメントを求めます。「無問題」「問題有りだが些末な問題で反省必要無し」「問題有りで反省は必要だが重大問題でもない」「問題有りでブロック等も視野に入れるべき」「むしろ依頼者にも問題が」等意見を求めます。--Kinno Angel会話2013年10月28日 (月) 10:18 (UTC)[返信]

頭痛さんのコメント

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  • ここまででいただいているコメントを見て。ダブルスタンダードが見られるのであればそのときその都度指摘してください。急にコイツはダブルスタンダードだと言われて今思えばあれもそうだった、これもそうだったなどとやられてもなんだ突然という感じです。ikedat76氏が挙げられている事例についても具体性がなさすぎて何がどう二重基準なのかわかりません。--頭痛会話2013年10月29日 (火) 01:27 (UTC)[返信]
  • (あなた確か活動をやめられたのでは・・・)という、議論中の丸括弧書きは、その上でKinno Angelさんがやられていたような、議論態度だけを問題にしたコメントを議論中に展開するものと同一ではないと思います。私はこのとき「論点をずらさないでくれ」ということを書いたのであって「余談を書かないでくれ」と書いたのではないし、特にその点を論点としてその場で議論を展開するつもりはありませんでした。ikedat76氏の指摘の通り、余計なコメントであるのは確かなのでその後素直に会話ページに行ったというわけですが、なにをそう過大に問題視されているのかわかりません。--頭痛会話2013年10月29日 (火) 01:27 (UTC)[返信]
  • 「アクティブな利用者が利用者ページにリタイアテンプレートに貼り付けていること」を問題視した者が「利用者の会話ページにおける特定の利用者の書き込みを無視すること」を宣言するのは矛盾である、という主張はまったく意味がわかりません。-頭痛会話2013年10月29日 (火) 01:27 (UTC)[返信]
  • Pemoさんの追加コメントを読んでですが、私がHman氏の会話ページに書き込んだ時点で「テンプレートの除去の拒否」など予測できるわけがないのですから「Hman氏の意見を無視するために会話ページで議論をはじめた」などというのは不当な推測です。「引退表明したままの利用者」が議論参加することが議論の正常な進行を妨げる要因になる可能性があったことはPemoさんも指摘していたと思います。私は要するに議論参加するなら「普通に」参加して欲しかったというだけです。しかし李下に冠を正すような真似をすべきでないということなら今後はもう少し配慮を考えます。--頭痛会話2013年10月29日 (火) 02:42 (UTC)[返信]
    • 「議論終了後に言うこともできた」というのは井戸端で他の見解を聞いた今だから言えることなのであって、その時点では私は今まさに進行中の議論正常の妨げになりうる、と考えていたのだから上のような判断ができるわけはないでしょう。Hman氏の会話ページの詳しい内容も井戸端でPemoさん自身が提供してくれたから今知っているのであってその時点では精査していません。アナクロニズムに陥らないでください。
    • まあそもそもHman氏の引退表明のきっかけが私とHman氏との意見対立だった気がするので、たしかに感情的な反発などからこちらの希望がはねつけられる、というような可能性は他の利用者より高かったことは確かですが。2,3のやり取りで済む可能性も十分あったのだから、あらかじめ反発されることを考慮に入れて意見を無視するために会話ページに書き込みを行った、などというのはいくらなんでも悪意に取りすぎです。Wikipedia:善意にとるWikipedia:腕ずくで解決しようとしないと同じガイドラインなのですが。
    • 実際にHman氏の意見を無視して議論を進め始めたのであればともかく、結果的にはそちらの議論は中断してコミュニティの判断を仰ぐという方を取ったのですからWikipedia:腕ずくで解決しようとしないに違反した行動を取ったとは考えていません。じゃあ考慮からはずしますよ、というのは余計な挑発であったとは見られるでしょうが、この点は特に深刻な反省はしていないのでその点を重要視されるのであればいつまでもここでやり取りを続けるのではなくブロック依頼を出されるのがよろしいと思います。--頭痛会話2013年10月29日 (火) 08:34 (UTC)[返信]

コメント

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  • コメント 問題が全くないわけではなく、議論をする上での言葉遣いに気をつけて頂ければそれで十分だと思います。それは被依頼者さんにも、依頼者さんにも、もちろん自省も込めてお願いいたします。また、ブロック依頼に値するほど礼節に欠けてるとは思いません。「私の会話ページへのあなたの書き込みはまったく読んでいないので」発言は、今回の井戸端の問題とは関係のないことだと思います。頭痛さんも、基本利用者ページの使用については自由を認識されていると思うので(「自分の利用者ページというのはある程度自由にいじくっていい空間だとは思いますが、活動の実態と合わない、周囲を惑わせるようなテンプレートを掲げたりするべきものではないと思います」→ 2013年10月16日 (水) 17:14 (UTC)の頭痛さんのコメントより転記)、他者からのコメントにどう反応するは自由だと思いますし。とはいえ、時折言い回しや言葉の選び方で誤解を与えることもあるかと思います(例えばこういうやりとりなど)ので、そのあたりは気をつけて頂きたいですし、お互い気をつけて行くようなことだと思います。--Megevand (会話) 2013年10月28日 (月) 10:36 (UTC)(--Megevand (会話) 2013年10月28日 (月) 15:00 (UTC)コメントテンプレとコメントの立場がすぐ分かるよう加筆 )[返信]
  • コメント「自分に甘く、他人に厳しい」を自他で二重基準を用いることと理解しました。事例として比較的近い時期のもので、Wikipedia:削除依頼/Algenによって作成されたクルアーン記事群Wikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考/笠懸 20130619を思い出しました。ご自身の意に染まない意見は、議論の焦点ではなく相手の態度を云々する不適切な態度とみなすことが常でおられるようです。
  • 過去の履歴を探してみましたが、Wikipedia:コメント依頼/みしまるももでは高圧的な姿勢で執筆者との間に無用な対立を生んでいることについて、Wikipedia:コメント依頼/Szk7788、頭痛 20130517での特定のスタイルの押し付けについて、それぞれ問題視されたこともあるようです。
  • 編集の過程で意見の相違が生まれるのはある程度やむを得ませんし、そのために議論をすることを否定するものではありません。しかし、異見の持ち主に対して 異見ではなく相手の態度が云々という発言に安易に及ぶことを止められないのであれば、共同作業を続けるのに障害となると言わざるを得ません。Wikipedia:井戸端/subj/引退宣言を掲げながら参加することについての、ある意味で発端になった関係ないですが、あなた確か活動をやめられたのでは・・・などは、そうした恣意的な「議論」のやり様の最たるもので、なぜこれをご自身が問題としないの かよく分かりませんし、恣意的に他者の意見を無視したり意見を無視するために参加態度や姿勢が云々とすぐ言い始めるというのでは、つまるところ「俺が正し い、お前は間違い」と言っているに等しく、ウィキペディアにおける意思決定の仕方(Wikipedia:合意形成)にも方針 (Wikipedia:礼儀を忘れない)にも沿ったものではありません。
  • 提起者が意見として求める4つの例を示しておられますが、「問題有りでブロック等も視野に入れるべき」という結論に至ったとしても異論を唱える気になりません。--ikedat76会話2013年10月28日 (月) 10:55 (UTC)[返信]
  • 「議論を提起」について、明確なルール違反でない行為について議論をはじめてはいけないという法はないので、「無問題」。「切り上げ」発言についても、当該議論が役割を終えたとの判断根拠が示されており、「じゃあ何で提起したんですか」との批判は的を射ていません。これについても「無問題」。「対話拒否宣言」は、まあ余計な発言ではあろうと思います。頭痛さんの発言は時として生硬に見えることがあり、無用な軋轢を読んでいる側面はありそうです(おまえが言うなと言われそうだが)。また、Template‐ノート:Infobox Filmのやりとりで感じたことですが、被依頼者はテンプレート系の運用に非常に厳格な規範を求めておられるようです。井戸端での議論も、そのような意見をもつ参加者とそうでもない他の参加者との間で一種の宗教論争が勃発してしまったもののように見えます。しかし被依頼者に対してブロックがどうとかいうようなレベルの話ではないと考えます。--Kojidoi会話2013年10月28日 (月) 11:11 (UTC)[返信]
  • 全く問題ない。むしろこんなことで軽々とコメント依頼を書く依頼者のほうが問題あり。--220.108.252.205 2013年10月28日 (月) 12:03 (UTC)[返信]
  • コメント①頭痛さんがガイドライン明文に触れるでも無い行為について広く意見を求めること自体には問題はなかったと判断します。②その結果、頭痛さんが言ってもないことに反論などがあり、頭痛さんが「誤魔化し」「粗雑」といったことには何の根拠もないこととは言えないので、口にすべき言葉ではなかったが中傷とまで言い切れるか微妙と判断します。③収拾がつかなくなった状況で、コメントをもらった事に感謝をせず、きちんとまとめないで、「切り上げでいいでしょう」と言うのはいささか誠実さに欠けると思うが、質問の場が「コメント依頼」ではなく、「井戸端」なら良く見かける光景です。④Hman氏の会話ページには、活動する気ならテンプレートを外したらどうかと提案したり、どういうつもりなのか本人の意思を聞くくらいは良いけれども、今回の場合は頭痛氏はHman氏に食い下がりすぎだったと思います。⑤対話拒否というのは複数回その行為をやめてくれと言われているのに、まだやってくることであって、相手の意見を読んでいないと言ったり、場所を変えてくれというのは対話拒否行為とは言わないと思います。 私の結論は今回の件(活動停止テンプレートをつけた状態で若干の議論、管理、編集をする行為)については、「なるべく避けるべきだが一律な結論は出ず」ということでペンディングとし、これ以上やっても疲弊するだけなので関係者は収拾に努め、呼びかけにもかかわらずことさら議論拡散したり、いつまでも煽るユーザーには投稿ブロック(1日)。 頭痛さんは複数の意見を良く聞いて、他人に厳しいところを改めるべきです。ただちにブロックの必要はないが、今後も問題が小さいにもかかわらず、食い下がりすぎの態度を改められないなら投稿ブロック(1日)--Gyulfox会話2013年10月28日 (月) 12:16 (UTC)[返信]
  • コメント 自分の会話ページに寄せられたコメントを読まずコメント依頼を使って物申せという自由があるなら、引退テンプレートを自分の利用者ページで自由に使うことが何故咎められなければいけないのか。可とするのも不可とするのもありとは思うが、自分がやるのはよくて相手が似たようなことをやるのはダメというのはダブルスタンダードではないだろうか。ブーメラン効果の発生を感じる。--T_suzu (Talk/History) 2013年10月28日 (月) 13:20 (UTC)[返信]
  • コメント問題なし。編集者の個性の範囲内と解釈。引退テンプレートを自由自在に使用すると引退テンプレートの意味がなくなるので頭痛氏の主張も一理ある。--かがわじろ会話2013年10月28日 (月) 14:40 (UTC)[返信]
  • コメント 敢えて、今回の件について思うところを述べます。ですので依頼文の趣旨とはちょっと外れてしまうかも知れません。
はじめたのが井戸端だったのは、結果としては微妙だったかなと。利用者のコメント依頼でやるべきだったという意見も複数ありましたから、見極めを間違えた感は多少あります。が、提起自体は、意味があったんじゃないでしょうか(だからこそあれだけ盛り上がった)。そこは、責めるべきではないと思います。そして、あれだけ盛り上がってしまったのを提起者として収束させるのは、かなり困難だったと思います。もちろん、その困難さとは別に、ややクローズが粗雑だったことは否めません。私はそれを、「お前が言うな感」と表現しましたが、これは、特に井戸端での提起そのものを重要視しない方にとっては、色濃く感じられる印象だったと想像します。
個人的に、今回の件を通してお願いしたいのは、「できれば相手の感情を慮って欲しい」というところです。そも、Hmanさんへのお話にしても、やや直球に過ぎる感がしますし、クローズの方法についても、「自分はこれを重要だと思うけれども、そう思っていない人がいて、そういう人たちがこの文章をみてどう思うか」という点が考慮されていれば、たぶんああいう言い方にはならんのだろうと思います。直接的に考えを伝えることと、相手を「刺してしまう」ことは、イコールではないと思います。ぶつかりそうになったら、もうひとりの自分を相手の立場においてロールプレイング・シミュレーションして、一呼吸おいてもらえていたら、結果が違うのではないかなあ、という印象を持ちました。以上です。 -- いすか (talk/wikimail/contributions) 2013年10月28日 (月) 14:56 (UTC) 署名展開の誤りを修正。失礼しました。-- いすか (talk/wikimail/contributions) 2013年10月28日 (月) 15:13 (UTC)[返信]
  • コメント 依頼対象者の行動に関しては、口調の強さや相手に行動を要求する性急さ執拗さに問題がない訳ではないが、理屈が通っていない主張でもなく概ね些末な問題であると思います。ダブルスタンダードと言われると思い当たる節も多々ありますが、自分を省みても誰にでも大なり小なりあることなので、取り立てて問題視するつもりはありません。「反省」というか、今後もう少し気を付けて頂ければよいとは思いますが、重大問題とまでは言えないと思います。--ろう(Law soma) 2013年10月29日 (火) 00:54 (UTC)[返信]
  • コメント被依頼者さんに対するコメントに先立ち、一点。本件の該当行為が「特定利用者の、ガイドライン明文に触れるでも無い行為」であるというのが依頼者さんの主張であるのは理解しますが、その点には合意できません。詳細はWikipedia:井戸端/subj/引退宣言を掲げながら参加することについてのこちら[1]などの通りです。以下、個別案件に関しまして。
    • 「…井戸端で特定利用者の、ガイドライン明文に触れるでも無い行為について広く意見を求める。」 → 本件は、特定利用者の行動、テンプレートの使用法、利用者ページのルール等、検討対象が多岐に渡る事案であったため、各所でたらい回しにされた結果、井戸端へ持ち込まれるという可能性は十分にあったと思います。しかしながら、当初、被依頼者がそこまで想定していたと推定できる根拠が見当たりません。その件は、特に特定利用者さんに密接に関わる話であり、特に、最初に議論相手であった特定利用者さん自身が、コメント依頼に誘導している以上、いきなり井戸端に持ち込むのは、大変に悪意のあるいやがらせであったと考えます。そのような行動は特定利用者さんの態度を硬化させ、問題解決を遠ざけるものであり、被依頼者さんが井戸端へいきなり話を持ち込んだのは、大変に軽率であったと考えます。二度とするべきではありません。ただし、とはいえ、井戸端は、どこに話を持っていっていいか分からない人の最後の砦であると考えます。そのため二度とするべきではないとは思いますが、「問題有りで反省は必要だが重大問題でもない」をはるかに超えるが、「問題有りでブロック等も視野に入れるべき」には到らない、であると思います。
    • 「誤魔化し」「粗雑」といった中傷とともに、「こっちの議論はもう切り上げでいいじゃないですか」と」 → 依頼者さんの意見は、私が行った、既存のルールや実際の現象といった客観的な根拠に基づいて行った意見に対し、客観的な根拠を一切示さず、主観のみに基づいて「「道に飴玉の包み紙が落ちていた、大問題だ!」と騒がれている程度にしか思えません」と断じるものです。これを被依頼者さんが「論理的な繋がりを誤魔化した粗雑なアナロジー」と評価することは、内容としては妥当であると考えます。ただ、口調は失礼であったかもしれないと思いますので。「問題有りだが些末な問題で反省必要無し」だと思います。「切り上げで」に関しては、次で論じます。
      (何で私自身が我慢しているのに、被依頼者さんが口論を仕掛けてしまうのかというのが正直な気持ちです。被依頼者さんは私のためにと思って庇っていただいたのだとは思うのであり、その義侠心には感謝します。ですが、そういうことをすると、こういう形で取り上げられるのですから、刺激的な言葉はやめましょうよ、というのが本心です。依頼者さんが、本件を取り上げたのは、口調が失礼という点の指摘としては妥当だと思います。)
    • 散々問題視してコミュニティに意見を求めておいて、反対意見が出たら「誤魔化し」「粗雑」と中傷し「切り上げでいいでしょう」。じゃあ何で提起したんですかと。」 → 実際に「問題を感じないという意見が優勢であり、とはいえ利用者ページは誤解のないようにしておいたほうがいいとか、アクティブに参加するならできればリタイアテンプレートは取っておいたほうがよいというような意見も一定数あり、より少数ではあるが問題があり強制的にでもはずすべきだという意見が一人二人から出た」は妥当な分析だと思います。依頼者さんの主張自体も依頼者さんの主観が主張のベースであり、これが許されるのであれば、当然に実際存在した「利用者ページは誤解のないようにしておいたほうがいいとか、アクティブに参加するならできればリタイアテンプレートは取っておいたほうがよいというような意見」も依頼者さんは否定することができません。そのため、当該議論の結果は、議論の結果が出なかったという物であり、依頼者さんの意見のみが通ったというものではありません。そのため被依頼者さんが現状に満足し、またテンプレートのルール改定が開始されたことをもって、当初提案した目的を達したと考えるのは、おかしな話ではありません。そのため、むしろ依頼者さんがその点を問題視することこそ、Wikipedia:腕ずくで解決しようとしない#印象操作の「他の編集者の行動や言動を、無分別であるかのように印象操作する」に該当すると考えます。被依頼者さんに関しては、とげとげしくない口調を心がける必要があったかなという点で「問題有りだが些末な問題で反省必要無し」。依頼者さんに関しては「むしろ依頼者にも問題が」でありますが、まだ、繰り返しているとは言えないので「問題有りで反省は必要だが重大問題でもない」だと思います。
    • 御自分への中傷は除去(これ自体は問題ではない、問題は相手に対しては簡単に「誤魔化し」「粗雑」と簡単に言い放つのに、他人には異常に厳しい姿勢)」 → 「誤魔化し」「粗雑」に関しては、その根拠を十分に説明しておらずWikipedia:個人攻撃はしない#個人攻撃の例の「根拠無く相手を非難する行為」に該当するともいえなくもないですが、被依頼者さんが依頼者さんが客観的な根拠を一切示さず、主観のみに基づいて「「道に飴玉の包み紙が落ちていた、大問題だ!」と騒がれている程度にしか思えません」と断じた事に対する指摘であるのは、文脈を見れば明らかですので、実体としては「根拠無く相手を非難する行為」では無く、また、そもそも繰り返されてはいないわけですから、Wikipedia:個人攻撃はしない#個人攻撃の例に該当するとまでは言えません。一方、被依頼者さんが削除した文[2]は「小学校の国語の教科書を復習するのも一つの方法ではないでしょうか」や「根本的に歪んだ性格は家庭教育の失敗の所産なのでどうしようもないが、さしあたって論理性の欠如を直すためには、小学校の算数の教科書を復習するのも一つの方法ではないでしょうか。」は、あまりにも明らかにWikipedia:個人攻撃はしない#個人攻撃の例「個人の性格や経験を決めつけて攻撃する」に該当します。そのため、前者と後者の対応が異なるのはいたって当然であって「無問題」に該当します。依頼者さんに関しては、この両者の質の差が理解できていないということはWikipedia:個人攻撃はしない自体の理解が不十分であると考えます。依頼者さんがその点を問題視することこそ、Wikipedia:腕ずくで解決しようとしない#印象操作の「他の編集者の行動や言動を、無分別であるかのように印象操作する」に該当すると考えます。「むしろ依頼者にも問題が」でありますが、まだ、繰り返しているとは言えないので「問題有りで反省は必要だが重大問題でもない」だと思います。
    • そして他人の利用者ページについて色々言っていたのに、「貴方の自分の会話ページへの書き込みは読んで居ません」と対話拒否宣言。→他人の利用者ページをあれだけ問題視していたのは何だったのか。」 → 前者に関しては、コメント依頼に誘導しており、読まなかった事、自体は、被依頼者さんの不利にはなるでしょうが、読まない事、自体が対話拒否とまでは言えません。ただ、口調は失礼であったかもしれないと思いますので。「問題有りだが些末な問題で反省必要無し」だと思います。依頼者さんに関しましては「他人の利用者ページ」でのテンプレートの問題と、「自分の会話ページ」での応答に関する問題を同一線上で議論していますが、両者は共に「利用者スペース」の問題である以外、全く関連がありません。これを前者が偽であれば、後者も偽かのように絡めて論じることは、全く論理的関連性がありません。依頼者さんがその点を問題視することこそ、Wikipedia:腕ずくで解決しようとしない#印象操作の「他の編集者の行動や言動を、無分別であるかのように印象操作する」に該当すると考えます。上記の他の件と比べても、最も悪質であると考えます。「むしろ依頼者にも問題が」でありますが、まだ、繰り返しているとは言えないので「問題有りで反省は必要だが重大問題でもない」だと思います。

以上--Pemo会話2013年10月29日 (火) 01:30 (UTC)[返信]

  • コメント二回目。ikedat76さんのコメントを読んで追加で。
    • ikedat76さんの挙げられた例を精査したわけではありませんが、少なくとも今回、被依頼者さんが、井戸端に議論を持ち込むに至った最初の発端はTemplate‐ノート:See alsoでの議論を継続中に、議論参加者のうちの一人である特定利用者さんが{{Retired}}テンプレートを付けたまま活動していることに対し、注文を(特定利用者さんの会話ページで)付けたことに始まります。そこでは、引退宣言をしていることを理由に無視しても良いか聞いており、仮に、{{Retired}}テンプレートを付けて活動していたとしても、議論に参加した以上、それを無視して良い道理がありません。これは、議論の最中に相手を牽制する目的で行われた事と推認します。真に{{Retired}}テンプレートが問題であるなら、そのテンプレートの有無とは全く問題ない議論は、そのまま進め、議論が終わってから、{{Retired}}テンプレートに関して、申し入れに行けばよい話しです。これはikedat76さんが言うところの「意見を無視するために参加態度や姿勢が云々とすぐ言い始めるという」指摘が大変に的確であると考えます。これは、多くの人がついついやってしまう事であり(今回の依頼者さんの行動も、その大部分はWikipedia:腕ずくで解決しようとしない#印象操作であると思いますし、まだ議論中であることを考えると、依頼者さんの行動も「意見を無視するために参加態度や姿勢が云々とすぐ言い始めるという」ではあると考えます)難しいとこですが、他者がやっているから、やっていいと言う問題ではありませんので、現状「問題有りで反省は必要だが重大問題でもない」をはるかに超えるが、「問題有りでブロック等も視野に入れるべき」には到らない、であると思います。もし、その点に問題が無いと被依頼者さんが言い張るのであれば、それは「問題有りでブロック等も視野に入れるべき」に該当すると思います。論争相手に注意する場合、議論そのものに関する問題でなければ、議論が終わるまでは、放置し、議論終了後、改めて指摘するべきです。また同じく、論争相手に注意する場合、議論上の阻害になる場合であっても、まずは、ガイドラインWikipedia:腕ずくで解決しようとしないWikipedia:個人攻撃はしないなど(いろりろありますが)を、きちんと示し、どの行動が、それに該当したかを明示し、その上で、それが繰り返されてから、初めて、コメント依頼等に進むべきだと考えます。(Wikipedia:個人攻撃はしないに関してなど、即時除去すべき処理、即刻対処すべき事項に関してを除きます。これは、忠告抜きで、除去自体はすぐ行動に移るべきですし、悪質であれば、すぐブロック依頼などのケースも十分にありえると思います)。

以上--Pemo会話2013年10月29日 (火) 02:10 (UTC)[返信]

コメント
コメント依頼なので極小に止めます。一点のみ。
客観的な根拠を一切示さず、主観のみに基づいて
いる、とPemoさんは私につき批判されておいでですが、かなりここまで詳細に深く考察されておいでなのに、御理解頂けないのは少々不思議です。私は最初から「程度問題、主観」と申して居ます。聊かも、全く、自分の判断を「客観的」とは一切申しておりません。ですから「主観だ」と言われましたら「はいその通りです、それが私の主観です」としか応えられませんし(その意味ではPemoさん仰る通りであり異論無いです)、だからこそ主観を絶対視するわけにも参りませんので(出来ませんので)「多くの方が飴玉包み紙ではなく麻薬だと仰るならそれに従います」と申しているわけです。そこを御理解頂ければ「主観だ」を繰り返される事は無いでしょう。これを「非論理的だ粗雑だ」と言うのは、「この問題は客観的である」という御自分の意見を無条件に前提にしてしまっているからに他なりません(その前提を共有できていないところこそがそもそもの相違点なのですよ)。なお、井戸端についてはそろそろうんざりしている人が出て居るようですので、私はあれ以上の意見表明を控えたいところです(何かの決議がされることになるでもなければ)。もしどうしても私からの返信を御希望であれば、お手数をお掛けして誠に恐縮ですが、当方会話ページに御催促を頂いてから、参ります。--Kinno Angel会話2013年10月29日 (火) 02:37 (UTC)[返信]
ご指摘に対しまして。まず、主観と客観に関しまして、客観は証拠になりますが、主観は証拠になりません。そのため主観はのみを根拠とする意見は、Wikipedia:論争の解決#ステップ3: 第三者を交えて議論するの図における「意見表明」にしかならないため、議論に使えない(「反論は上位3つの方法で」というキャプションの通り)という一般論を述べているのみです。そうしないと、主観でも証拠になるという事になると、どんなルールであっても「私の主観によれば、これは問題ない」という主張が可能であり、ルールそのものの存在意義が、全て失われます。もちろん、ほぼ全ての利用者が「私の主観によれば、これは問題ない」というならば(元のルールが明文化されていようが、されてなかろうが、それが主観であろうが、無かろうが)それが新しい合意、すなわち暗黙の新ルールですので、それはそれでいいのですが、その点に関して考えてみると、今回の件は、私や、被依頼者さんなどを除いたとしても「とはいえ利用者ページは誤解のないようにしておいたほうがいいとか、アクティブに参加するならできればリタイアテンプレートは取っておいたほうがよいというような意見も一定数あり」であったのは、事実であり、「私の主観によれば、これは問題ない」という意見で(私などを極論者として排除したと仮定しても)合意が形成できたという状態でもありません。
一方(話を最初に戻して)キャプションはあくまでキャプションだという意見もあろうかと思いますので、私が議論に勝ったなどと馬鹿な事は申しませんが、依頼者さんの意見で全面的に合意が形成されたとも思っておりません。ゆえにまさに「その前提を共有できていないところこそがそもそもの相違点」であって、現在相違点が存在するというのが、私の認識です。その場合、相違点、すなわち異なる観点が存在する以上、それぞれの異なる観点を持つ論者は、その観点に基づき発言します。実際に依頼者さんは、依頼者さんの観点に立って、私や、他の利用者に対し、発言をしています。当然のように他の利用者(この場合は被依頼者さんは)依頼者さんとは異なる観点に立って、その観点に基づき発言します(依頼者さんの観点が合意によりただ一つの観点になったわけではないので、他の論者は異なる観点に立脚して発言するのは当然の話です)。それをだめだというのは、おかしな話です。まだ、合意は形成されていないのですから、依頼者さんが自分の発言で自分の観点に基づき発言するように、他者にも、その権利を認めるべきです。そういう考え方から、被依頼者さんの発言は、その内容自体は、依頼者さんの観点に立てば、あるいは不当なのでしょう。しかし、被依頼者さんの観点に立てば、ただ単純に、あたりまえの事を言っているのであり、その内容自体を問題化するのは、不当であるという意見です。ただ口調、表現は失礼であったと思いますので、その点は被依頼者さんは改善すべきと考えています。
井戸端に関しては、最後に頂いた意見に対する反論のみ行い、後は終了に合意する旨、すでに表明済みです。既に、これ以上、何か返答を要求することで、依頼者さんの時間を浪費させようとは考えていません。--Pemo会話2013年10月29日 (火) 05:46 (UTC)[返信]
  • コメント三回目。頭痛さんの 2013年10月29日 (火) 02:42 (UTC)コメント[3]を読んで追加で。[返信]
    • 「引退表明したままの利用者」が議論参加することが議論の正常な進行を妨げる要因になる可能性があった」 → もちろんそういう意見ですが、一般論ですが、議論の場で実際にトラブルが起きたわけではないのですから、そこは我慢して、議論終了後、言うこともできたでしょうという話です。
    • 私がHman氏の会話ページに書き込んだ時点で「テンプレートの除去の拒否」など予測できるわけがないのですから」 → しかし、会話ページの上を見れば、既に同様の指摘があり、なおかつ、断っていたというのは、見ることが出来たはずです、ならば、今まさに議論を行っている相手が、それを主張しにくれば、トラブルが発生するであろうことは、それなりに予測可能であったと思います。また、そこが問題なのではなく「無視して良いか」聞いたことを問題視しています。Wikipedia:腕ずくで解決しようとしないの「あるいは相手の傲慢で一方的な行動に対して何か意見や問題点があったとしても、誠実な行動で対応する」から鑑み、たとえテンプレートの扱いが変であっても、議論に参加している以上、無視することはWikipedia:腕ずくで解決しようとしないに反する行動であり、ありえないという立場です。Hmanさんに無視して良いか聞くこと自体が、議論の論争相手のHmanさんに対する牽制になるのであって、実際にそれを被依頼者さんが、それを行っている以上、ikedat76さんが言うところの「意見を無視するために参加態度や姿勢が云々とすぐ言い始めるという」指摘は的確だという意見です。実際に行っているのですから。Wikipedia:腕ずくで解決しようとしないは非常に大事なルールであって被依頼者さんは、これを破った状態だったと考えます。ですので、李下に冠を正す(=疑われる余地もあった)というレベルの話ではなく、本当に、ルール違反の行動を取ったのだという認識の元、改善することを望みます。
以上--Pemo会話2013年10月29日 (火) 06:32 (UTC)[返信]
  • コメントもの言いやその根底にある思考とかは個性の範囲内。コメントされてすぐに変わるようなものでもないし、編集や議論に深刻な影響が出てしまうレベルになるまでは、多少気に入らない部分があったとしても、そんな人だと思って互いに許容していればよい。そういった感覚で、今回のHman氏への問題提起と井戸端でのコメントといったところを見ると、無用な摩擦を生んでいる感があるものの、警告とかブロックとかのレベルではない。2013年10月29日 (火) 15:07 (UTC) --以上の署名のないコメントは、Fuji 3会話投稿記録)さんが 2013年10月29日 (火) 15:07 (UTC) に投稿したものです。[返信]
  • コメント当座は、直近ご本人の利用者ページで標榜されていたスタンスをとって頂くのがご本人にも周囲にも一番良いと感じております。問題発見には高い関心がお有りのようですが、解決に至るコミュニケーションや議論が上手に行えないのでは。まず、きちんとご自分の長所、短所を把握なさって頂いてから、他者の行動の批評や批判、改善を要請される事や、その方法については一度検討された方が宜しいかと。自己評価と他者評価の差分の問題では、ご本人も同種のものを抱えている気がします。そういった問題には周囲の方々も巻き込んでしまうので正直勿体無い印象です。もう少しスマートに進めて下さい。今後同種の衝突が続くようならコミュニティーもその損失を無視できなくなると思いますよ。--116.65.53.176 2013年11月3日 (日) 04:25 (UTC)[返信]
反論は上位3つの方法で
  • コメント被依頼者の問題は、自分の意見と相容れない意見を尊重する意思がないことだと思います。自分が立ち上げた議論にわざわざコメントをくれた人に対して平気で「誤魔化し」とか「粗雑」といった中傷ができてしまうところなどは、まさにその表れと言えます。普通は、例えば下の「依頼者からのコメント」の欄でKinnno Angelさんがおっしゃっているように、「納得できるもの、参考になるもの、逆に承服出来かねるもの、色々あります・・・いずれについてもまずは感謝申し上げ、(現時点では承服出来ませんものも含めて)今後の参考にさせて頂きます」のように言うものですが、被依頼者さんからはそういう感謝の言葉を一度も聞いたことがないように思います。また、被依頼者は「同じ説明の繰り返しを厭わない」をモットーにしておられ[4]、今でもその考えは変わっておられないようです[5]。ウィキペディアにおける対話はお互いに歩み寄って妥協点を探るためのものですが、「同じ説明の繰り返しを厭わない」というのは、要するに相手が何を言っても自分の意見は変わらないという宣言にほかなりません(実際、非依頼者の言動を見ると、正にそのような態度で一貫しています)。こちらが何を言っても相手からは「同じ説明」では、そもそも議論が成立しません。非依頼者は「同じ説明の繰り返し」で相手を説得しているつもりなのでしょうが、最初の説明で納得しない人が「同じ説明」で納得することはありません。「同じ説明の繰り返し」は相手にとって迷惑ですし、リソースの無駄使いでもあります。是非とも考えを改めて即刻やめていただきたいと思います。--Dwy会話2013年11月10日 (日) 17:30 (UTC)[返信]
    • 同じ説明の繰り返し、は十分な説明を行っているにもかかわらず相手がそれを理解できないような場合には有効な方法です。説明が理解できるほかの利用者に対し、不合理なことを述べているのが誰かということを示すことができますから。何度も説明を行っているのに理解できないのは怠惰ではないのか、と他者に指摘された直後によく平気で上のようなことが書けるものですね。--頭痛会話2013年11月10日 (日) 19:01 (UTC)[返信]
      • 十分な説明を行っているのであれば、同じ説明を繰り返さなくても、他の利用者には分かるはずです。同じ説明をしつこく繰り返すのは、ウィキペディアのリソースを浪費し、議論の相手を無駄に消耗させ、新規に議論に参加しようとする人を躊躇させる効果しかありません。
      • それから、上のコメントの後半部分は人身攻撃で、またまた論点のすり替えですね。こういうのも、議論を進めていくのに有害ですから、やめていただきたい。--Dwy会話2013年11月12日 (火) 15:52 (UTC)[返信]
        • 「十分な説明を行っているのであれば、同じ説明を繰り返さなくても、他の利用者には分かるはず」なのに「わからない」のは、パターンとしてはふたつ。「実は説明が足りていない」か「相手が(何らかの理由で)理解するに至っていない」かのいずれかです。後者であれば、その気がないのか、能力がないのかは、相手によるでしょう。そして、それが結局のところ「話し手の説明不足」なのか「受け手のリソース不足」なのかは、他者によって判断されると思います。で、ここしばらくのDwyさんについては、私は残念ながら後者だと感じますし、したがって、頭痛さんは別に人身攻撃をおこなっているわけではないと思います。Dwyさんは頭痛さんを「人身攻撃」と一方的に非難できる状況にないと思いますし、そういう方からコメントが付けば、被依頼者として「それは違う」と言うでしょう。個別な話をするなら、申し訳ないけれど、しばらくDwyさんは頭痛さんに対してのアプローチを自重してもらえませんか(頭痛さんに対しても同様のことを申し上げます)。議論を進めていくのに有害というより、コミュニティにとって有害です(議論がグダグダになるから)。よろしくご検討ください。 -- いすか (/) 2013年11月13日 (水) 00:25 (UTC)[返信]

依頼者からのコメント

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  • 2013年11月5日 (火) 17:36 (UTC)のコメント
    • まず、コメントを下さいました皆様にお礼を申し上げます。Pemoさんとの派生議論についてはノートに返信申し上げました。
    • 私に対する苦言、厳しい御言葉については、納得できるもの、参考になるもの、逆に承服出来かねるもの、色々あります。一々にコメントは致しませんが、いずれについてもまずは感謝申し上げ、(現時点では承服出来ませんものも含めて)今後の参考にさせて頂きます。ありがとうございました。
    • 頭痛さんについてのコメントですが、「問題あるがブロックにまでは至らない」「無問題」のいずれかが大勢のようですね。私的には前者なのですが、それなりに「無問題」もあって正直驚きました。共感は致しませんが、コミュニティの意思傾向を確認出来ました事は収穫でしたし、今後の参考にさせて頂きます。
    • 頭痛さんには指摘された問題については謙虚に受け止めて頂く事を依頼者としては希望します。
    • 今回の件でウィキブレイクしつつ色々考えておりましたが、結局Wikipedia:礼儀を忘れないについて、頭痛さんと私の双方に理解が足りないのかな、と思った次第です。
      • Wikipedia:礼儀を忘れないとは、「ルールを順守し敬語を使って表面的に無礼で無ければ良い」というルールなのでしょうか。そうではないようです。今回、精読して見ました(もっと前にそうするべきでしたね)。Wikipedia:礼儀を忘れない#礼儀を守るためのヒントにはこうあります。「「お願いします」「ありがとう」「ごめんなさい」「どういたしまして」「こんにちは」。ちょっとした挨拶を大切にし、仲間の編集者を、大きなプロジェクトに共同で携わっている尊敬し、敬愛する同僚として扱う。
      • この「尊敬し、敬愛する同僚として扱う」という所は大変重要なのではないでしょうか。単に外形的に敬語を使えば良い、では無いのですね。申し訳ありませんがこれまでの頭痛さんの態度にはこの理解が非常に薄いと見えてしまいますし、私も頭痛さんに対して「尊敬・敬愛する同僚」という思いに欠けていた事は否めません。
      • 正直言って頭痛さんについては「ルールを振りかざして自分に対しては善意の解釈を期待しつつ、他人には善意の解釈を全くしない人」というように見えたのは確かです(この観方自体は残念ながら今でもあまり変わっていません)。
      • しかしながらWikipedia:削除依頼/Algenによって作成されたクルアーン記事群等、個別の議論では頭痛さんに賛同出来ることも少なくありませんし(頭痛さんの会話ページで「頭痛さんに全て反対しているわけではない」旨書き込んだのですが、多分それも読んで頂けていないのでしょう、読んで頂けて居ないことを知った時はしょげました)、もうちょっと「尊敬・敬愛する同僚」という思いを厚くする事で、より議論が生産的に成る事もあったのかなと思いました。
    • とりとめのないお話になり恐縮ですが、以上が「依頼者(私)へのコメントと、頭痛さんについて今依頼者として考えること」です。
  • もう少々、コメントをお待ちしますが、依頼者へのコメント、被依頼者へのコメントは一通り参考材料として出揃ったと思えますので、ブロック依頼等次の段階へ進むべきとの意見は少なかったですし、何か新たな問題提起でも無い限りは、1週間程しましたら当コメント依頼を閉じさせて頂きたく存じます。重ねて、依頼者として皆様のコメントに感謝申し上げます。ありがとうございました。--Kinno Angel会話2013年11月5日 (火) 17:36 (UTC)[返信]

まとめ

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  • 依頼者ですが、本コメント依頼についての(依頼者の視点からの)まとめとしては、 2013年11月5日 (火) 17:36 (UTC)のコメントに現時点で基本的に付け加えるものは御座いません。
  • 依頼者、被依頼者の双方に対しての問題点の指摘がありました。被依頼者に対するブロックの要を認める見解は極めて少数に止まりました。ブロック依頼を必ずしも依頼者は志向していたものではありませんが、この結果を受け、投稿ブロック依頼等へ移行する事を、今回依頼者は見送ります。
  • 「何か新たな問題提起でも無い限りは、1週間程しましたら当コメント依頼を閉じさせて頂きたく」と申しました後で、第三者と被依頼者の間で議論が始まりました。
    • 正直、判断が難しいところですが、もはや議論内容が依頼者と被依頼者の関係を離れ、特定第三者と被依頼者の間に起きた問題が論じられている模様です。
    • 一括してコメント依頼で扱われても良い所かもしれませんが、ここはひとつ区切りを付けませんと、議論が拡散する虞があります。
    • 特定第三者と被依頼者の双方に自重を求める書き込みもなされました。必ずしも常に「自重」を是とするものでは依頼者はありませんが、仮に議論を継続するにしても、本件とは切り離して別個に、別の場所でなさった方が、より議論がすっきりするのではないかと思います(ただし依頼者も「議論を継続した方が良い」とは必ずしも考えません。自重を求める意見にも理は大いにあると思います…尤も、コミュニティが疲弊するというよりは、該当されるお二人が疲弊されると心配するからですが)。
  • 以上を踏まえ、当コメント依頼は、依頼者(私:Kinno Angel)の目的(被依頼者につき「無問題」「問題有りだが些末な問題で反省必要無し」「問題有りで反省は必要だが重大問題でもない」「問題有りでブロック等も視野に入れるべき」「むしろ依頼者にも問題が」等意見を求める)は、皆様の御協力により一定程度達成されたと考え、当コメント依頼そのものはこれにて一区切り、閉じさせて頂きたく存じます。議論に参加して下さった皆様、その意見の内容を問わず感謝申し上げます。ありがとうございました。--Kinno Angel会話2013年11月13日 (水) 15:09 (UTC)[返信]