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オートザムAZ-3

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
AZ-3から転送)
オートザムAZ-3
EC5SA/ECPSA型
フロント
レフト
概要
販売期間 1991年6月1998年6月[1]
デザイン 荒川健
ボディ
乗車定員 4名
ボディタイプ 3ドアハッチバッククーペ
エンジン位置 フロント
駆動方式 前輪駆動
プラットフォーム マツダ・Eプラットフォーム
パワートレイン
エンジン B5-ZE型 直列4気筒 1.5L
K8-ZEV型6気筒 1.8L
最高出力 B5-ZE型 115/120PS/6,500rpm
K8-ZE型 145PS/7,000rpm
最大トルク B5-ZE型 13.5kg·m/5,000rpm 13.5kg·m/5,500rpm
K8-ZE型 16.2kg·m/5,000rpm
変速機 4速AT/5速MT
前 マクファーソン・ストラット式独立懸架
後 ストラット式独立懸架
前 マクファーソン・ストラット式独立懸架
後 ストラット式独立懸架
車両寸法
ホイールベース 2,455mm
全長 4,215mm
全幅 1,695mm
全高 1,310mm
車両重量 1,030-1,160kg
その他
姉妹車 ユーノス・プレッソ
生産台数 22万64台(プレッソ含む)
系譜
先代 マツダ・エチュード(事実上)
後継 無し
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AZ-3(エーゼットスリー)は、マツダが製造し、オートザムで販売していたハッチバッククーペである。ユーノス店で販売されていたユーノス・プレッソ姉妹車

概要

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オートザムチャンネルで販売されたため、オートザムAZ-3を名乗っていた。当初は1.5L直4エンジンのみのラインナップであった。 1993年9月のマイナーチェンジで1.8LV6エンジンを搭載したモデル(グレード名GT-AおよびGT-X)が追加された。

リアウインドウは3次曲面。プレッソとの外観上の違いは、各部のエンブレム程度である。キャッチコピーは「僕に、感じやすい。プラットフォームは、マツダ・Eプラットフォームが用いられた。 当時マツダの別チャンネル系列で販売されていたRX-7をそのまま小さくしたような外観が特徴的である。

初代 EC5SA/ECPSA型(1991年-1998年)

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  • 1991年6月 - 販売開始。
  • 1993年9月 - 姉妹車であるユーノス・プレッソにのみ設定されていた、1.8LV6エンジンがAZ-3にも追加された。
  • 1996年4月 - 全車運転席SRSエアバッグが標準装備される。
  • 1998年
    • 3月[2] - 折からのスペシャルティカー市場の販売不振やファミリアのモデルチェンジによる車種整理のためプレッソと共に生産中止。それ以後は流通在庫のみの販売となる。
    • 6月 - プレッソと共に流通在庫の完売により販売終了。プレッソ同様、後継はなく既存の小型オープンカーである2代目ロードスターが事実上の代替車種となった。

生産台数:22万64台(プレッソを含む。)

車名の由来

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  • AZはオートザムの略称、3は車格を表していた。

デザイン

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三菱自動車から移籍しチーフデザイナーを務めていた荒川健ユーノス500と共に手がけたもので、AZ-3のエクステリアデザインはプレッソ同様にジョルジェット・ジウジアーロベルトーネ時代に手がけたデザイン提示用の試作車であるアルファロメオ・カングーロ英語版に多大な影響を受けている。

アフターパーツ

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短命に終わったモデルであったが、当時4WDターボを武器に活躍したBG系ファミリアと車台が共通だったため、足回りやシートレールなどはファミリア用が使用できた。また1.5L B5エンジン車は駆動系、排気系なども流用可能であったため改造範囲は比較的広かった。ただしV6のK8エンジンについてはマツダスピード(A-Spec)以外からのアフターパーツ供給はほとんど望めなかった。

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ デアゴスティーニジャパン週刊日本の名車第36号14ページより。
  2. ^ AZ-3(マツダ)のカタログ”. リクルート株式会社 (2020年1月24日). 2020年1月24日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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