酒飯論絵巻
酒飯論絵巻(しゅはんろんえまき)は、16世紀に制作されたと言われる日本の絵巻。『下戸上戸絵詞』『三論絵詞』『酒食論』『下戸上戸之巻』とも呼ばれる。1巻、詞書と絵が各4段。酒好きの男と、下戸でご飯好きの男、両方適度に嗜む男の3人がそれぞれの持論を展開するという構成で描かれている[1]。調理から配膳、飲食の様子が詳細に描かれており、当時の食文化を知る貴重な資料となっている。
概要
[編集]最も原本に近い、もしくは原本そのものの可能性がある文化庁本の大きさは、縦30.7×長さ1416cm。狩野元信の筆になるものと、土佐光元によるものがあり、その模写本や異本が多数存在する[1]。主人公の三人は、酒好きの公家・造酒正糟屋朝臣長持(みきのじょうかすやあそんながもち)、飯好きの僧侶・飯室律師好飯(いいむろりっしこうはん)、中庸派の武士・中左衛門大夫中原仲成(ちゅうざえもんだゆうなかはらなかなり)である[2]。
4部構成になっており、第一段に三人の紹介、第二段では酒の徳、第三段では飯やおかず、茶の面白さ、第四段ではどちらもほどほどがよいと語られる[1]。長持は念仏宗[3]、好飯は法華宗、仲成は天台宗のそれぞれ宗徒であり、表向きは飲食について語りながら、天台宗の中道観の優位性を説いている。また、公家と僧侶の争いを武士が仲裁するのは、室町時代の権力構造を反映しているといえる。
2009年から多分野に渡る研究者の共同研究の対象となり、2012年に研究報告がなされた。
伝本リスト
[編集]系統 | 所蔵者(所蔵番号) | 形状・員数 | 技法 | 寸法(縦 x 横cm) | 年代 | 備考 |
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詞書のみ | 神宮文庫(一六〇五) | 1冊 | 紙本墨画 | 成立年不明 | ||
詞書のみ | 金沢市立玉川図書館近世史料館 | 1冊 | 紙本墨画 | 成立年不明 | ||
土佐光元系統絵巻 | 静嘉堂文庫美術館 | 1軸1巻 | 紙本著色 | 17.5 x 1297.4 | ||
土佐光元系統絵巻 | 東京国立博物館(A-2819) | 1軸 | 紙本一部淡彩 | 25.7 | ||
土佐光元系統絵巻 | 国立国会図書館(本別七ー五六五) | 1軸 | 紙本墨画、一部著色、色指示有り | 16.6 | ||
狩野元信系統絵巻 | 文化庁[4] | 1軸 | 紙本著色 | 30.7 x 1416 | 16世紀中期 | |
狩野元信系統絵巻 | 個人(勝海船旧蔵) | 1軸 | 紙本著色、色指示有り | 28.7 x 713.2 | 16世紀(安土桃山時代) | |
フランス国立図書館本とその系統 | フランス国立図書館(Japonais 5343) | 1軸 | 紙本著色 | 31.1 x 732.5 | 近世中期 | |
フランス国立図書館本とその系統 | 群馬県立歴史博物館 | 1軸 | 紙本著色 | 31.1 x 732.5 | 江戸時代 | |
フランス国立図書館本とその系統 | 東京国立博物館(A-277)) | 1軸 | 紙本淡彩 | 40.4 x 1558 | 明治時代 | フランス国立図書館の模写か |
フランス国立図書館本とその系統 | 国立国会図書館(んー89) | 1軸 | 紙本淡彩 | 41 x 1517.9 | ||
著色他模写 | 大倉集古館 | 掛物対幅 | 紙本著色 | 24.2 x 44.2(各) | 桃山・江戸時代前期 | |
著色他模写 | 三時知恩寺 | 1軸 | 紙本著色 | 江戸時代 | ||
著色他模写 | 海の見える杜美術館(1986-145) | 2軸 | 紙本著色 | 江戸時代 | ||
著色他模写 | 茶道資料館 | 1軸 | 紙本著色 | 34.5 x 1340.5 | 江戸時代 | 詞書が流布本系統に比べて相違点が多い。 |
著色他模写 | 国立国会図書館(本別10ー39) | 1軸 | 紙本著色 | 36.2 x 583.1 | 江戸時代 | |
著色他模写 | 個人 | 2軸 | 紙本淡彩 | 32.5 x 396、32.5 x 597 | 江戸中期 | |
著色他模写 | 愛媛県歴史博物館 | 1軸 | 紙本著色 | 34.5 x 826 | 江戸後期 | |
著色他模写 | チェスター・ビーティー・ライブラリー(CJB、1121-39) | 1軸 | 紙本著色 | 34 x 1200 | 近世前期 | |
著色他模写 | ニューヨーク公共図書館(スペンサー・コレクション) | 2軸 | 紙本著色 | 江戸中期 | 狩野探信 (守政)筆 | | |
著色他模写 | 大英博物館(アンダーソン・コレクション 177) | 1軸 | 紙本著色 | 36 x 1187.5 | 江戸中期 | |
著色他模写 | ボストン美術館(フェノロサ・ウェルド・コレクション) | 1軸 | 紙本著色 | 36.6 x 1272 | 17世紀 | 伝勝田竹翁筆 | |
著色他模写 | 京都大学文学部(別置449<152736>)(田中尚房旧蔵) | 1軸 | 紙本著色 | 1914年(大正3年) | ||
白描写本 | 茶道資料館 | 1軸 | 紙本淡彩 | 32.1 x 599.9 | 室町時代(?) | |
白描写本 | 東京文化財研究所 | 1軸 | 墨画 | 27.2 x 1534.3 | 1795年(寛政7年) | |
白描写本 | 文化庁 | 1軸 | 墨画 | 30.2 x 812 | 1820年(文政3年)外箱 | |
白描写本 | T家本 | 1軸 | 紙本墨画 | |||
白描写本 | 西尾市岩瀬文庫(141-42) | 1冊 | 墨画 | 27.2 x 19.2 | 1847年(弘化4年)序文 | |
白描写本 | 早稲田大学図書館(請求記号:チ04-00510) | 1冊 | 一部朱書 | 28 | 1851年(嘉永3年) | |
白描写本 | 慶應義塾大学魚菜文庫(旧称石泰文庫)(242x-169) | 1軸 | ||||
著色粉本 | 金沢市立玉川図書館近世史料館加越能文庫(特16-03-1) | 1軸 | 紙本著色 | 39 x 1020 | 19世紀 | |
未詳写本 | 「酒飯論絵巻画稿」の名前で2009年京都国立博物館に出品されたもの | | |||||
蔀関月筆本系統 | ギメ美術館 | 紙本著色 | 29.5 x 990.1 | 1846年 |
※ ヴェロック・ベランジュ 「『酒飯論絵巻』伝本リスト」(『『酒飯論絵巻』影印と研究 文化庁本・フランス国立図書館本とその周辺』pp.18-21、2015年、臨川書店 ISBN 978-4653041153)を元に作成。
脚注
[編集]- ^ a b c 並木誠士「酒飯論絵巻考 : 原本の確定とその位置付け」『美学』第45巻第1号、美学会、1994年、64-74頁、doi:10.20631/bigaku.45.1_64、ISSN 0520-0962、NAID 110003714082。
- ^ 伊藤信博「『酒飯論絵巻』に描かれる食物について--第三段、好飯の住房を中心に」『言語文化論集』第32巻第2号、名古屋大学大学院国際言語文化研究科、2011年、63-75頁、doi:10.18999/stulc.32.2.63、ISSN 03886824、NAID 120002933890。
- ^ 文化庁本第二段詞書末尾より。詞書には「念仏宗をぞ深く頼める」とあるだけで、絵からも念仏宗のうちのどれなのかは判別できない。
- ^ 並木(1994)では、N家A本と表記。
参考文献
[編集]- 阿部泰郎・伊藤信博編 『【アジア遊学172】 『酒飯論絵巻』の世界―日仏共同研究』 勉誠出版、2014年3月20日
- 伊藤信博 クレール=碧子・ブリッセ 増尾伸一郎編 『『酒飯論絵巻』影印と研究 文化庁本・フランス国立図書館本とその周辺』 臨川書店、2015年2月28日、ISBN 978-4-653-04115-3
- 並木誠士 『日本絵画の転換点 酒飯論絵巻―「絵巻」の時代から「風俗画」の時代へ』 昭和堂、2017年8月4日、ISBN 978-4-8122-1631-6
外部リンク
[編集]- フランス国立図書館所蔵 酒飯論絵巻デジタルデータ
- 近世初期風俗画の源流としての酒飯論絵巻並木誠士、藝術研究 no.12 (1999)
- 日中の酒にまつわる論争について:「酒飯論」を中心に三瓶はるみ、お茶の水女子大学(2008)