立道團造
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立道 團造(たてみち だんぞう、1922年(大正11年)2月24日[1][2] - 1978年(昭和53年)12月31日[1])は日本の政治家。京都府舞鶴市長(1期)。
来歴
[編集]京都府福知山市出身。1936年(昭和11年)金山尋常高等小学校卒[注 1]。卒業後は舞鶴要港部工作部造兵部機械工場に入り、見習職工の傍ら教習所見習科に入学[1]。1938年(昭和13年)同所卒業[1]、舞鶴工廠造兵部で働く。1945年(昭和20年)終戦により工廠解体。管業部造船部で働く[1]。
1946年(昭和21年)舞鶴市役所に入所[1]。戸籍係、文書統計課、総務課勤務を経て、庶務課財政係長代理、財務課長、助役となる[1]。1974年(昭和49年)に市功労者として舞鶴市から表彰される[1]。
1977年(昭和52年)舞鶴市長佐谷靖が6期途中で辞職、これによる市長選挙に立候補し当選した。
当選後は佐谷市政を継承し、幅広い各界各層の意見を市政に反映させ、市民の生活と権利を守り、公正で清潔な住民本位の市政の推進、市民の融和と協調を図り、平和で豊かな進めるという市政の目標を立て、市総合計画の実現を目指した。
しかし、1978年(昭和53年)秋に胃癌で市内の病院に入院。手術を受けたが、同年12月31日に死去した[1]。翌年1月に市葬が行われた[1]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 『日本歴代の市長』第2巻 729頁には「金山尋常高等学校」と書かれてあるが、年齢から見て「高等小学校」の誤記と思われる。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第2巻、歴代知事編纂会、1983年。
- 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年。