福田民平
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福田 民平(ふくだ みんぺい、1877年(明治10年)3月5日[1][2] - 1934年(昭和9年)3月31日[3])は、明治から昭和前期の農業経営者、政治家。衆議院議員。
経歴
[編集]山口県[3]都濃郡福川村[4](福川町(第1次)[1][5]、徳山市、福川町(第2次)、南陽町、新南陽市[4]を経て現周南市)で、福田丈之進の長男として生れた[2]。1897年(明治30年)8月、家督を相続し[2]農業を営んだ[3]。
1899年(明治32年)6月、所得税調査委員、1903年(明治36年)9月、都濃郡会議員となり、同参事会員も務めた[1][3][5]。1904年(明治37年)山口県会議員に選出され、相続税審査委員も務めた[1][3][4][5]。また、福川銀行[注釈 1]頭取に在任した[2][3][5]。
1915年(大正4年)3月の第12回衆議院議員総選挙で山口県郡部から立憲同志会所属で出馬して当選し[6]、その後憲政会に所属して衆議院議員に1期在任した[3][5]。
その他、公益事業、特に教育事業に多額の寄付を行い、1904年(明治37年)に福川尋常高等小学校建築費として1千円を、1912年(大正元年)同校附属図書館と蔵書3千冊を寄付した[1][4]。
親族
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 『現代日本の政治家』同志会252頁では福田銀行。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 細井肇『現代日本の政治家』國光社、1916年。
- 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』衆議院事務局、1918年。
- 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 山口県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会編『角川日本姓氏歴史人物大辞典 35 山口県』角川書店、1991年。