田代博
人物情報 | |
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生誕 |
1950年3月25日 日本 広島県尾道市 |
死没 |
2021年2月19日(70歳没) 急性骨髄性白血病 |
居住 | 神奈川県横浜市 |
学問 | |
研究分野 |
人文地理学 地図学 富士山学 |
研究機関 | 日本地図センター |
学会 |
日本地理学会 日本地図学会 |
署名 | |
公式サイト | |
田代博のホームページ |
田代 博(たしろ ひろし、1950年3月25日[1] - 2021年2月19日[2])は、日本の地理学者・地理教育者。元筑波大学附属高等学校教諭[3]。日本地図センター相談役[3]。日本において、地図学習の指導者として知られていた[3]。富士山をこよなく愛した。
来歴・人物
[編集]1950年、広島県尾道市生まれ[3]。1972年に東京教育大学理学部地学科地理学教室を卒業後、神奈川県立高等学校教諭に着任した[3]。同年、通勤中の交通事故で骨折。そのリハビリで山歩きをはじめ、山に興味を持つようになる。
1997年より筑波大学附属高等学校教諭[3]。高校教員を42年間務め、2014年3月に退職した[3]。2015年6月より日本地図センター常務理事・地図研究所長、2017年6月より同相談役[3]。「山の展望と地図のフォーラム」(FYAMAP)代表。東京大学空間情報科学研究センター協力研究員。2007年よりNHK高校講座地理講師[3]、聖心女子大学非常勤講師(~2015年)、2011年より専修大学(~2012年)、2013年より明治大学、2014年よりお茶の水女子大学(~2015年)非常勤講師を務める。元地図地理検定委員会委員長。
山岳展望図の作成をはじめ、山岳展望に関する様々な事柄を調査し本にまとめている。最近は富士山展望の専門家としてマスコミに登場することも多く、特に富士山が世界遺産に登録されて以降、テレビにもしばしば出演している。2017年1月北限からの富士山撮影(福島県花塚山)がメディアで話題になったが、その際も証拠写真の「鑑定」を行っている。山岳展望、富士山に関する著作が多数ある[3]。ダイヤモンド富士やトンネル富士など富士山に関わるユニークな写真の撮影でも知られる。2016年7月、地図についての著作を11年ぶりに刊行(『地図がわかれば社会がわかる』)。
2011年2月、日本国際地図学会「功労賞」受賞[4]。2014年6月、国土地理院より「平成26年度「測量の日」における功労者感謝状」を贈呈される[4]。2017年5月、川俣町より花塚山に関する感謝状を贈呈される。
2020年1月14日、急性骨髄性白血病に罹患していることが判明。その後2月より入退院を繰り返していたが、9月4日以降ホームページやSNSの更新が止まる。2021年2月19日、逝去。
主な著書
[編集]- 田代博『富士山「発見」入門-知れば知るほど楽しい展望ガイド』光文社、2003年 ISBN 4334782590
- 田代博『知って楽しい地図の話』新日本出版社、2005年 ISBN 4406032282
- 田代博『知って楽しい山岳展望』新日本出版社、2007年 ISBN 4406050825
- 田代博『今日はなんの日、富士山の日』新日本出版社、2009年 ISBN 4406052976
- 田代博『「富士見」の謎』祥伝社、2011年 ISBN 4396112394
- 田代博『世界の「富士山」』新日本出版社、2012年 ISBN 978-4406055833
- 田代博『地図がわかれば社会がわかる』新日本出版社、2016年 ISBN 978-4406060370
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 三橋浩志「田代博先生を偲ぶ」『地図』第59巻第1号、2021年、26-27頁、doi:10.11212/jjca.59.1_26。