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「大宮アルディージャ」の版間の差分

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* 相馬体制2年目。2020年15位、2021年16位、2022年19位と、2020年から急激に弱体化していったチームは心機一転、一丸となって低迷からの脱却を図るため「'''UNITE ONE ~限界の先へ~'''」をクラブスローガンに掲げ、[[堅守速攻|堅守速攻フットボール]]を軸にハードワークを強調した<ref name=":6" />。クラブスローガンには「クラブが勝利するにはまず全員が団結することが必要であり、最後の一分一秒まで戦い続け、全力を出していく」という趣旨が込められている<ref>{{Cite web |title=2023シーズントップチーム体制ならびにスローガンについて|大宮アルディージャ公式サイト |url=https://web.archive.org/web/20230109041524/https://www.ardija.co.jp/news/?id=40028 |website=web.archive.org |date=2023-01-09 |access-date=2023-01-11}}</ref>。
* 相馬体制2年目。2020年15位、2021年16位、2022年19位と、2020年から急激に弱体化していったチームは心機一転、一丸となって低迷からの脱却を図るため「'''UNITE ONE ~限界の先へ~'''」をクラブスローガンに掲げ、[[堅守速攻|堅守速攻フットボール]]を軸にハードワークを強調した<ref name=":6" />。クラブスローガンには「クラブが勝利するにはまず全員が団結することが必要であり、最後の一分一秒まで戦い続け、全力を出していく」という趣旨が込められている<ref>{{Cite web |title=2023シーズントップチーム体制ならびにスローガンについて|大宮アルディージャ公式サイト |url=https://web.archive.org/web/20230109041524/https://www.ardija.co.jp/news/?id=40028 |website=web.archive.org |date=2023-01-09 |access-date=2023-01-11}}</ref>。
* スタッフ面では2019年度までヘッドコーチを担当していた[[原崎政人]]がヘッドコーチに再任。前年度まで問題のあった守備面補強に注力し、[[山岸範之]]がGKコーチに就任。選手面ではGKやDFの選手を中心に人事采配が行われた。また得点力補強のためにFWの[[ロドリゴ・ルイス・アンジェロッティ]]が完全移籍で加入し、1年ぶりに外国籍選手が所属することとなった。
* スタッフ面では2019年度までヘッドコーチを担当していた[[原崎政人]]がヘッドコーチに再任。前年度まで問題のあった守備面補強に注力し、[[山岸範之]]がGKコーチに就任。選手面ではGKやDFの選手を中心に人事采配が行われた。また得点力補強のためにFWの[[ロドリゴ・ルイス・アンジェロッティ]]が完全移籍で加入し、1年ぶりに外国籍選手が所属することとなった。
* チームは前年まで問題のあった基礎の構築や戦うための土台構築に始動日から取り掛かり、年平均練習時間の2時間を超えるハードワークを重視した強度の高い猛練習を実施し続け<ref name=":6" />、相馬はチーム始動開始に際し「我々はチャレンジャー。失敗しながら成長していきたい。ハードワークは必要になってくる。運動量で上回れるようになりたい」と力を込め、気合を語った<ref name=":6" />。
* チームは前年まで問題のあった基礎の構築に始動日から取り掛かり、年平均練習時間の2時間を超えるハードワークを重視した強度の高い猛練習を実施し続け<ref name=":6" />、相馬はチーム始動開始に際し「我々はチャレンジャー。失敗しながら成長していきたい。ハードワークは必要になってくる。運動量で上回れるようになりたい」と力を込め、気合を語った<ref name=":6" />。キャンプ初日では「チャレンジャーとして今シーズンを戦っていくチームの土台をしっかりと作り上げる」と、準備に注力した趣旨の内容を宣言し<ref name=":14">{{Cite web |title=2023沖縄キャンプレポート 1月18日(水)|大宮アルディージャ公式サイト |url=https://web.archive.org/web/20230119052630/https://www.ardija.co.jp/news/?id=40077 |website=web.archive.org |date=2023-01-19 |access-date=2023-01-22}}</ref>、例年よりも強度の高いハードなトレーニングに取り組んだ<ref name=":14" /><ref>{{Cite web |title=2023沖縄キャンプレポート 1月19日(木)|大宮アルディージャ公式サイト |url=https://web.archive.org/web/20230120041604/https://www.ardija.co.jp/news/?id=40080 |website=web.archive.org |date=2023-01-20 |access-date=2023-01-22}}</ref><ref>{{Cite web |title=2023沖縄キャンプレポート 1月20日(金)|大宮アルディージャ公式サイト |url=https://web.archive.org/web/20230122034529/https://www.ardija.co.jp/news/?id=40081 |website=web.archive.org |date=2023-01-22 |access-date=2023-01-22}}</ref>。


== 成績 ==
== 成績 ==

2023年1月22日 (日) 03:47時点における版

大宮アルディージャ
原語表記 大宮アルディージャ
呼称 大宮アルディージャ
クラブカラー     オレンジ[1]
    ネイビー[1]
創設年 1969年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J2リーグ
クラブライセンス J1リーグ
ホームタウン 埼玉県さいたま市[1]
ホームスタジアム
NACK5スタジアム大宮[1]
収容人数 15,491人[1]
運営法人 エヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ株式会社[1]
代表者 日本の旗 佐野秀彦
監督 日本の旗 相馬直樹
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
エヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ株式会社
NTT Sports Community Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 未上場
本社所在地 日本の旗 日本
330-0803
埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-20-1[1][2]
設立 1998年12月4日[2]
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブ運営
代表者 鈴木茂[1][2]
資本金 1億円
2020年1月期)[3]
売上高 34億5400万円
2020年1月期)[3]
営業利益 ▲400万円
2020年1月期)[3]
経常利益 0万円
2020年1月期)[3]
純利益 0円
2022年1月期)[4]
純資産 1056万9000円
2022年1月期)[4]
総資産 11億4448万3000円
2022年1月期)[4]
決算期 1月
主要株主 東日本電信電話[2]NTTドコモ[2]NTTデータ[2]、他
テンプレートを表示
熊谷スポーツ文化公園陸上競技場
大宮アルディージャサポーター

大宮アルディージャ(おおみやアルディージャ、Omiya Ardija)は、日本埼玉県さいたま市をホームタウンとするJリーグ加盟プロサッカークラブ。

概要

1969年に大宮アルディージャの前身である電電関東サッカー部が設立される[1]。1985年に民営化により日本電信電話公社NTTとなったことに伴い、NTT関東サッカー部へと改名。1999年にJリーグに加盟[1]

運営会社は東日本電信電話NTTドコモNTTデータなどが出資するエヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ株式会社(NTTスポーツコミュニティ)[1][2]。クラブ名の「アルディージャ(Ardija)」はスペイン語でリスを表す「Ardilla」に由来し、それを読みやすいように変更した造語であり(Ll参照)、リスは旧・大宮市が1990年の市制施行50周年記念時に制定したマスコットである[1][5]

クラブカラーであるオレンジとネイビーは大宮氷川神社の色であり、ホームスタジアムは大宮氷川神社に隣接している。大宮氷川神社のお守り御朱印帳には大宮アルディージャ柄が存在する[6][7][8][9][10][11][12][13]

クラブマスコットはリスがモチーフのアルディミーヤで、1998年にアルディ、2008年にミーヤが登場し、2009年に公式マスコットとして認定され、2012年よりゆる玉応援団のメンバーとなっている[1][5][14]

アカデミーは大宮アルディージャユース、大宮アルディージャジュニアユース、大宮アルディージャジュニアが存在し、姉妹チームは大宮アルディージャVENTUSが存在する。

同じくさいたま市が本拠地の浦和レッズとのダービーマッチである「さいたまダービー」が存在する。

スタイル

クラブの主軸や伝統は攻守共にひたむきにハードワークして走り勝つ堅守速攻フットボールであり[15]、「スピード」「アクティブ」「アグレッシブ」の三要素を提唱している[16]。エンブレム内の5本ストライプはスピード、ロゴはリスの素早い動き、エンブレム内のリスの尻尾に見立てた盾形は堅守とバランスを表現している[16]

大宮は元々は堅守速攻のクラブではなく、ピム・ファーベーク三浦俊也が構築したトータルフットボールを主軸にしていたが、守備や堅守自体はその当時から重視していた。2005年からはJ1の強豪クラブと互角に戦うために堅守速攻を主軸にし、2013年度まで堅守速攻が大宮の伝統として確立していた(2008年度のみ攻撃的ポゼッションフットボール)。堅守速攻の中でも特に守備を徹底した監督はズデンコ・ベルデニックである[17][18]

しかし2014年の大熊体制ポゼッションフットボールを使用したことを起点に毎年スタイルが変わり続けるようになり、基礎が不安定であった。その後、2022年後半に相馬体制が低迷から脱却するためにポゼッションフットボールを排除し始め、基礎・堅守・ハードワークを重視した一貫性のある堅守速攻フットボールへスタイルを回帰・固定させていった[19][20][21]

歴史

Jリーグ参入前

1969年に大宮アルディージャの前身である電電関東サッカー部(本拠地は埼玉県浦和市)が設立される。1985年に民営化により日本電信電話公社NTTとなったことに伴い、NTT関東サッカー部へと改名。1987-1992年に日本サッカーリーグ2部、1993年からはジャパンフットボールリーグに在籍した。

1997年に佐々木則夫が監督に就任後、紆余曲折を経てチームのプロ化を決定し、1998年に誘致のあった埼玉県大宮市に本拠地を移し、チーム名を「大宮アルディージャ」に改名。同年7月に佐々木が監督を退任し(普及強化部長に異動)、ピム・ファーベークが監督に就任し、トータルフットボールと組織力を重視した。同年12月にNTT東日本を中心としたNTTグループと関連企業18社の出資による運営会社である「エヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ株式会社」が設立された[1][注 1]。1999年のJリーグ2部制導入に合わせ、旧JFLからのJリーグ新参加8クラブの1クラブとしてJリーグに加盟[1]

1999 - 2004(J2)

1999年

  • ピム・ファーベーク体制2年目。序盤は首位争いをしていたが、5月に得点源・牽引役であったヨルン・ブーレが深夜に暴漢に襲われ、左眼失明の重傷を負って引退。その後に大宮は失速し、最終順位6位。

2000年

2001年

  • 三浦体制2年目。第11節から12連勝、第8節から17戦無敗を記録し、前半戦は勝点50の首位だったが、後半はジョルジーニョバルデスが重傷を負い、得点力が低下。新加入のバレーが活躍したが、チームは不調に陥り、最終順位5位。

2002年

  • ヘンク・デュットが監督に就任。年間を通じて4-8位の間を行き来する順位となり、1度も昇格圏内に入れずに最終順位6位。

2003年

  • 菅野将晃が監督に就任。序盤は6戦無敗で一時2位に上がると、その後は昇格圏に入れず、10月に菅野が退任し、ゼネラルマネージャーの清雲栄純が監督に就任。最終順位6位。

2004年

  • 三浦俊也が2001年度以来となる監督に就任。前半は一時8位であったが、第19節から6戦無敗で2位に上がると、第32節からは年度終了まで13連勝し、最終順位2位で初J1昇格を果たした。

2005 - 2014(J1)

2005年

  • クラブスローガンは「「Departure」→走り出す大宮→」。
  • 三浦体制2年目。元ブラジル代表のクリスティアンや日本代表の藤本主税などを補強したが、シーズン中のクリスティアンの移籍や故障者続出によりチームは不調に陥り、第28節時点で16位に下がったが、レアンドロ若林学の活躍により第29節より4連勝し、最終順位13位。ナビスコ杯ベスト8、天皇杯ベスト4。

2006年

  • クラブスローガンは「OMIYA EXPRESS 加速するオレンジ魂」。
  • 三浦体制3年目。各ポジションに選手を補強したが、外国人選手が機能せずに最終順位12位。

2007年

2008年

  • クラブスローガンは「シンカ NEXT~進化、真価、深化」。
  • 三浦の監督退任時から監督就任を依頼していた樋口靖洋が監督に就任。攻撃的サッカーを志向し、第5節から5戦無敗であったが、その後に5試合未勝利となり低迷。その後に連勝したが、第24節からは6連敗を喫し、降格圏の17位に下がる。しかし終盤に再度5戦無敗となり、最終順位12位。

2009年

  • クラブスローガンは「橙想心 AGGRESSIVE SHIFT 2009」。
  • 張外龍が監督に就任。開幕から5戦無敗であったが、怪我人が続出し、第6節からの8試合で4連敗と低迷し、苦境が続いた。最終順位13位。

2010年

  • クラブスローガンは「橙想心 より強く、より高く、より深く」。
  • 張体制2年目。塚本泰史の右大腿骨骨肉腫が判明。7試合未勝で17位に下がり、張が退任。鈴木淳が監督に就任すると、チーム状態は上昇し、第15節から5戦無敗となった。10月2日の浦和戦にて観客数の水増しが発覚。クラブ側は当初全面否定したが、翌日にリーグ事務局による本格調査が入ると一転して事実を認め、その後の調査で2007年11月以降の主催58試合で各試合4000人以上、合計111737人の水増しが行われていたことが明らかになった[22]。10月に渡邉誠吾の代表取締役退任と鈴木茂の代表取締役就任を発表[23][24]。11月16日に譴責(始末書提出)と制裁金2000万円の処分が課せられた[25]。最終順位12位。

2011年

  • クラブスローガンは「上昇宣言 ~リスの木登り~」。
  • 鈴木体制2年目。東日本大震災の影響でレギュレーションに変化があった。後半では第18節から5試合未勝利、第19節から5試合未勝利と15位まで下がった。最終順位13位。

2012年

  • クラブスローガンは「上昇宣言2012 ~リスの木登り~」。
  • 鈴木体制3年目。現役復帰を断念した塚本泰史が大宮アンバサダーに就任し、7年間在籍したエースの藤本主税が熊本に移籍。 第12節からの連敗で15位に下がると、鈴木とヘッドコーチの石井知幸を解任。ズデンコ・ベルデニックが監督に就任し、ユースコーチの井上卓也がヘッドコーチに就任。ベルデニックは監督就任早々に守備の立て直しに着手した[17][26][27][28]。大宮監督就任以前のベルデニックは3バックを使用していたが、大宮ではフォーメーションを4-4-2に固定した[17][27]。最前線からの守備を徹底し、選手全員が最前線からハードワークを行い、中盤を詰めてチームをコンパクトに保ち、ハイプレスでボールを奪ってシンプルにFWに繋ぐ堅守速攻スタイルの訓練を積み重ねた[17][26][27][28]。選手の役割は柔軟にさせるのではなく、予め固定し、戦い方はシンプル・簡潔で「ボールを奪ったらFWを見ろ」と選手に徹底した[17][26]アトレティコ・マドリードディエゴ・シメオネが使用する4-2-2-2の強固ブロックも採用した(ただしベルデニックはハイライン、シメオネはローラインである)[17]。夏の移籍期間に絶対的エースであったラファエルを移籍させるなどの大鉈を振るった。補強面ではスロベニア代表のズラタンノヴァコヴィッチを獲得[17]金澤慎によると、ベルデニックは短期間でチームに自分のサッカースタイルを浸透させたというが[28]、どちらも効果が早く表れず、降格圏の17位に下がった[17]。しかしその後に効果が表れ始め、リーグ戦11試合が5勝6分の無敗・複数失点0となり[17]、最終順位13位。

2013年

  • クラブスローガンは「大宮共闘」。
  • ベルデニック体制2年目。堅守速攻スタイルが昨シーズンよりも浸透した[28]曺永哲、ズラタン、ノヴァコヴィッチなどの各国代表クラスの選手が在籍していたが、日本代表未経験選手らを中心としたハードワークで勝利を積み重ね[17]、前年度終盤から続いた合計21戦無敗を記録し、当時のJ1リーグ連続無敗記録を更新した(それ以前の最高記録は2009年の鹿島による17試合連続無敗[17])。その後、真夏が近づくに連れ、ハードワークを要求される大宮の選手達の疲労が蓄積し、選手間でもハードな練習メニューに対する不満の声が出るようになった[29]。第17節 川崎戦にて逆転負けの3敗目後に首位から転落すると、ヘッドコーチの小倉勉がテクニカルディレクターに就任したが[29]、チームは連敗を続け、8月11日にベルデニックを解任[29]。ゼネラルマネージャーの岡本武行が監督代行で1試合指揮を取った後、小倉が監督に就任。しかしその後に8連敗するなど失速し、最終順位14位。シーズン終了後に岡本と強化部長の古矢武士が退任。

2014年

  • クラブスローガンは「大宮共闘」。
  • 大熊清が監督に就任。海外クラブに在籍していた日本代表の家長昭博を完全移籍で獲得するなど戦力補強を進めた。大宮は長年堅守速攻を採用していたが、大熊はポゼッションフットボールを採用し、これを起点に大宮は毎年スタイルが変わり続けるようになっていった。前半では8位となったが、その後に7戦未勝となり、降格圏に下がる。その後に10戦未勝となり、8月31日に大熊を解任。コーチの渋谷洋樹が監督に就任し、6戦で5勝1敗となったが、第29節からの5戦未勝で低迷。残留を争っていた清水が引き分けたためにJ2降格となった。

2015(J2)

  • クラブスローガンは「挑む 頂点へ、未来へ」。
  • 渋谷体制2年目。渋谷は自らがコーチとして師事した初代監督のピム・ファーベークのスタイルであるポゼッションフットボールを志向し、攻撃的スタイルを採用した[30]。前年度では不調であった家長昭博を司令塔MFからFWへ変更させ、最前線に配置し、得点力を大幅に向上させるなど、家長の潜在能力を開花させた[31]。また家長はこの年を機にFWとしてプレーすることが主となっていった。序盤はスタートダッシュに失敗したが、その後はチームが安定し、第15節に首位になると首位を一度も譲ることなく勝利を積み重ね、圧倒的な勢いで快進撃を続けた。第41節 大分戦にて家長の逆転PKで勝利し、J2優勝とJ1復帰を果たした[32]

2016 - 2017(J1)

2016年

  • クラブスローガンは「挑む より高みへ、未来へ」。
  • 渋谷体制3年目。「勝ち点48」「年間順位7位から12位」を目標に掲示し、後の日本代表である江坂任などを補強。前年度の攻撃的ポゼッションフットボールを止め、自陣へと退いて堅守し、ボールを奪ってロングカウンターで得点するロングカウンター型堅守速攻で手堅く勝利を積み重ねていった[18]。またその戦術がアトレティコ・マドリードディエゴ・シメオネの戦術と類似していたため、大宮とアトレティコは報道機関から比較されることがあった[18]。6月に鈴木茂が代表取締役を退任[33]、7月1日に森正志が代表取締役に就任[34]。2nd第10節 川崎戦の試合終了後に選手間での乱闘、サポーター間での衝突が発生[35][36]。2nd第14節 鹿島戦にて勝利し(カシマサッカースタジアムでのクラブ史上初勝利)、目標の「勝ち点48」以上の勝ち点50を達成。最終順位5位でクラブ史上最高順位を記録。Jリーグカップでは予選トーナメント2位により2005年以来の決勝トーナメント進出となり、準々決勝の横浜FM戦ではホーム第1戦は勝利、アウェー第2戦は敗北し、アウェーゴールで劣るために準々決勝敗退となった。天皇杯では2005年以来2度目のベスト4まで勝ち上がったが、川崎に敗北。

2017年

  • クラブスローガンは「挑む ~より強く、未来へ。~」。
  • 渋谷体制4年目。前年度までのエースの家長昭博川崎泉澤仁G大阪に移籍したが、家長の穴を埋める新エースの大前元紀と期限付き移籍で在籍していたマテウスを完全移籍加入で獲得。
  • この年は前年度の堅守速攻から2015年度のポゼッションフットボールにスタイルを戻したが、開幕より6連敗で最下位となり、G大阪戦では6失点の大敗を喫した。さいたまダービーの浦和戦にて年度初勝利となったが、チームは不調を脱することはできず、5月28日に渋谷とヘッドコーチの黒崎久志を解任、コーチの伊藤彰が監督、海本慶治がヘッドコーチに就任。伊藤はフォーメーションを4-1-4-1に変え、ポゼッションフットボールを継続し、1トップの江坂任が得点源となり[37]、一時は降格圏を脱出するが、中断期間に補強したカウエマルセロ・トスカーノキム・ドンスが機能せず、チームは再度降格圏に入った。残試合3節となった11月5日に伊藤と強化本部長の松本大樹の解任、石井正忠の監督、スカウトの西脇徹也の強化本部長就任を発表[38]。石井は監督就任会見時に涙を浮かべ、残留のためにポゼッションフットボールから堅守速攻へとスタイル変更するなど大舵を切ったが[38]、第32節 仙台戦と題33節 甲府戦での敗北によりJ2降格が決定[39]。最終節 川崎戦では5-0で大敗を喫し、奇しくも前年度までの大宮のエースであった家長が川崎の選手として出場しており、川崎はこの試合でJ1優勝が決定し、大宮は最下位でのJ2降格となった。

2018 -(J2)

2018年

  • クラブスローガンは「ONE 勝利のために」。
  • 石井体制2年目。スローガンは石井を中心に考案された[40]江坂任黒川淳史瀬川祐輔和田拓也などの主力選手が移籍したが、奥抜侃志笠原昂史酒井宣福佐相壱明嶋田慎太郎ロビン・シモヴィッチ富山貴光中村太亮三門雄大が加入し、シーズン途中では畑尾大翔が加入するなど、後に大宮の主力になっていった有力選手が多く加入した。
  • 石井はエースの大前元紀を軸とした4-4-2のフォーメーションを採用した[41]。前年度終盤の守備的な堅守速攻フットボールとは異なり「まずは自ら前に出てアクションを起こす」というようなアグレッシブさを徹底し、ハードワーク、ハイプレス、中央突破のショートカウンター、DFの裏を狙う事を重視し、ポゼッションフットボールカウンターアタックを取り入れたシンプルでアクティブな躍動感のある積極的フットボールを志向した[42][43][44]。前半は守備面では浸透に時間がかかり[45]、19位に下がったが、攻撃面では大前を軸とし、シモビッチや冨山なども含めた2トップが徐々に功を奏し、第10節から第12節まで3連勝したことでシーズン初連勝を記録。守備面でも三門と大山啓輔のダブルボランチが活躍し始め[46]、CBの畑尾大翔を期限付き移籍で獲得するなど守備陣を補強した。第16節から第23節まで8戦無敗を記録するなど好調を取り戻し、順位を徐々に上げていき、J1昇格プレーオフ圏内に入った。最終節 岡山戦にて数的不利の状況で勝利し、J1参入プレーオフ進出を果たしたが、1回戦で東京Vに敗れた。大前が24得点でリーグ得点王に輝き、チーム総得点も65と大分・千葉に続くリーグ3位となる一方、失点48(優勝の松本を14点下回る)と守備面の問題が浮き彫りになったシーズンであった。

2019年

  • クラブスローガンは「121%ORANGE」。
  • 高木琢也が監督に就任。大規模改革や人事異動などは行われずにコーチ陣は続投し、移籍も少数に留まった。
  • 高木は前年度の石井正忠による前線を重視するアグレッシブな積極的スタイルとは打って変わり、冷静な守備的フットボールを採用した[47]。大宮が長年採用した4バックではなく3バックを採用し、3-4-2-1をフォーメーションとした[48]。3バックへの変更によりサイド攻撃が減少し、カウンターによる中央突破が多くなり、前年度よりもポゼッション比率が減少[49]。序盤4試合はスタートダッシュに失敗したが、第5節 水戸戦から第20節 金沢戦までの3ヶ月間で16戦無敗を記録。最終順位3位で2年連続のJ1参入プレーオフ出場となったが、一回戦の山形戦にて敗北。

2020年

  • クラブスローガンは「WIN☆WIN」。
  • 高木体制2年目。原崎政人藤原寿徳がコーチを退任、北嶋秀朗松本拓也がコーチに就任。開幕前からシーズン終了までの入団選手は19名に上り、開幕前退団選手においては主将・エース・背番号10番を兼任していた大前元紀を始め、得点源のフアンマ・デルガド、ベテラン選手、成績不振の選手を放出し、合計17名の大量放出となった。補強面では期限付き移籍していた新エースの黒川淳史が復帰。基本フォーメーションは3-4-2-1を継続し、ポゼッションフットボールを採用した[50]。主力放出やポゼッションフットボールへのスタイル変更などが大きく影響し、この年からチームは最終順位を毎年大きく下げるなど、急激に弱体化をし始めることとなった。開幕から4連勝とスタートダッシュに成功したが、その後に徐々に低迷し、第9節 福岡戦から7戦未勝となった。シーズン途中でイバを補強したが、その後も低迷を続けた。後半も第24節 東京V戦から7戦未勝となり、第28節終了時点で17位まで転落。怪我人も続出し、他チームへの期限付き移籍中選手を呼び戻すなどの緊急補強が行われたが、最終順位15位でクラブ史上最低順位を記録。

2021年

  • クラブスローガンは「SHOW 勝つ、笑う、昇格する」。
  • 森正志が代表取締役を退任、2月1日付で佐野秀彦が代表取締役に就任、岩瀬健が監督に就任。岩瀬の監督歴は約2ヶ月であり、開幕前からの指揮は初経験となった。メディアからは「変革」のシーズンと評され、岩瀬は「勝利」を強く提唱し、フォーメーションを大宮の伝統4バックへ戻し、岩瀬の前所属である大分のスタイル(ポゼッションフットボール堅守速攻の二枚刃を武器にした攻撃的戦術)を採用したが[51][52]、自陣内ポゼッションが多くなり、対戦相手のカウンターアタックにより失点することが多くなり、岩瀬の志向する能動的なサッカーが機能しなかった。第7節 秋田戦にて最下位に転落し、クラブ側が緊急声明を発表する事態となった[53]
  • 第15節 北九州戦にて10試合連続未勝となり、5月25日に岩瀬と強化部長の西脇徹也を解任。大宮トータルアドバイザー・VENTUS総監督で、2011 FIFA女子ワールドカップにてサッカー日本女子代表を優勝させて世界一に導いた佐々木則夫が監督に就任し、佐々木の後任が就任するまでの間を就任期間として定めた。佐々木はJリーグ参入後の大宮トップチームの第20代監督となり、佐々木はJリーグ参入前の大宮トップチームにて監督経験があったが、Jリーグ参入後の大宮トップチームの監督就任とJリーグクラブ監督就任は初経験となった。秋元利幸が強化部長代理に就任し、代表取締役の佐野自らが本部長と強化部長を兼任する事態となった[54]。新強化部と新監督による体制強化が宣言され、前年度までの体制と比較した上では代表取締役・強化部・監督が総替え・一新されることになった[54]。佐々木は「能動的に試合を進める理想的なサッカー」から「現実的なサッカー」への転換を提唱し、前パスへの意識や球際に注視した[55][56]。佐々木は就任早々チーム再建に着手し、前への意識を出すことや声掛け徹底などの基礎的な部分からチーム再建を始めた[56]。選手には自身を「佐々木監督」ではなく「ノリさん」と呼ばせ、選手との親近感や交流を重視した[55][56]。5月28日に2020年度クラブ経営情報が先行発表され、大宮が全J2クラブ営業収益1位となった(全Jリーグクラブ中12位)[57]
  • 6月7日に霜田正浩の監督就任を発表。霜田はDFからビルドアップするポゼッションフットボールを志向し「魂を込める」「ファイト」「デュエル」という言葉を用いてチャレンジャーとしてアグレッシブ・強気に相手に向かっていく精神、躍動感、ハードワークを提唱[58][59][60][61]。6月9日の天皇杯2回戦 千葉戦にて佐々木は三門雄大をベンチキャプテンに指名したが[59]、敗戦となり、佐々木体制は全敗で終了した。その後、6月11日に主将が渡部大輔から三門へ変更された。その後に霜田体制が始動したが、霜田体制でも対戦相手のカウンターアタックにより失点することが多くなり、リーグ戦と天皇杯を含めて通算15試合未勝利となった。6月23日に北嶋秀朗のヘッドコーチ就任を発表。第20節 山口戦にてエースの黒川淳史がシーズン初の得点を入れ、16戦ぶりに勝利[62]。7月29日に3月決算クラブを含めた2020年度クラブ経営情報が正式発表され、5月28日の先行発表と同様に大宮が全J2クラブ営業収益1位となった(全Jリーグクラブ中13位)[63][64]
  • 後半では中断期間に補強した南雄太河田篤秀が活躍したが、失点が増加。第27節 松本戦にて復帰した菊地俊介を司令塔に起用し、勝利した。第28節 東京V戦にても菊池を司令塔に起用し、2連勝・シーズン初連勝し、降格圏より脱出したが、第34節 千葉戦より司令塔の菊池が離脱すると、4-4-2フォーメーションの使用が増加した。10月22日に河本裕之が2021年度を以た引退を発表。第41節 町田戦まで1勝のみの苦戦が続き、再度降格危機に立たされた。2007年より約14年間在籍したフットボール本部育成部長の中村順の契約満了を12月1日に発表。最終6試合は手堅く現実的な堅守速攻スタイルを緊急使用することでJ2残留を目指し[65]、第42節 群馬戦にて7試合ぶりに勝利したことでJ2残留が確定。最終順位16位でクラブ最低順位である昨シーズンの15位を下回った。
  • 試合終了後にクラブは声明を発表し「シーズン当初に掲げたJ1昇格という目標とはかけ離れた最終節まで残留が決まらないシーズンになり、この悔しい現実をしっかりと受け止めて2022シーズンはクラブ全体で甘い部分を全て捨てる覚悟で臨み、2022シーズンは強くて魅力的なクラブになるために大宮アルディージャは歴史的な変革へ踏み出す覚悟である」という趣旨と「J1時代の仕様が多く残った体質や継続主義を変え、筋肉質なクラブを目指し、聖域なき選択と集中・大胆な廃止を行い、最適化されたコストバランスにより、ひたむきにクラブの成長を目指し、攻守においてハードワーク・走り切るサッカースタイルに取り組み、事業面ではこれまでクラブ独自に取り組んできたチケットシステム・グッズ販売・スマートスタジアム事業を見直し、JリーグIDを基軸としたサービスへ移行し、変革へ覚悟を持ってチャレンジする」という趣旨の内容で大宮の変革を表明し、霜田は「今年の悔しさを絶対に忘れず、新しい大宮アルディージャを作っていかなくてはならなく、魂の伝わる試合をしたい」という趣旨を語り、主将の三門は試合後のインタビューにて涙を流した。河本の引退セレモニーでは三浦知良よりビデオメッセージが送られ、霜田の監督続投と秋元の強化部長就任を発表[66][67][68][69][70][71]。12月6日に霜田の会見が行われ「山口時代のつなぐサッカーは自己満足だった。最後の6試合はリスクを考えて(現実的な堅守速攻サッカーに)変えた。膿が溜まっているし、原因がわからないから膿は溜まる。まっとうなクラブにしていきたい。選手のクオリティだけでは勝てない。クラブの格やスポンサーの多寡とかも関係なく、松本がJ3に落ち、秋田はあれだけやれている。クラブの中で何が起きているか。それが順位に反映されている」という趣旨を語った[65]

2022年

  • クラブスローガンは「ひたむき」。
  • 霜田体制2年目。2021年最終戦後の変革についての声明に続き、新年の挨拶にて代表取締役である佐野が大宮の変革を再度表明し、前年度は報道機関に「変革のシーズン」と評されていたが、2022年度は本格的・公式的に変革に乗り出すこととなった[72]河本裕之、ユースを含めて2002年より約20年間在籍した渡部大輔、エースの黒川淳史イバ翁長聖笠原昂史河面旺成櫛引一紀フィリップ・クリャイッチネルミン・ハスキッチ松田詠太郎馬渡和彰、約12年間大宮に在籍したコーチの大塚真司、23年間在籍したGKコーチ渡邉英豊など多くの主力選手や長期在籍スタッフが退団し、クラブ最高開幕前退団選手数22名を記録(期限付き移籍や期限付き移籍中選手の移籍などを含む)。一方で新エースの奥抜侃志小野雅史河田篤秀菊地俊介小島幹敏柴山昌也中野誠也西村慧祐三門雄大などの主力選手が契約更新し、2016年度まで大宮に所属していた泉澤仁や元日本代表の矢島慎也が完全移籍で加入。秋元利幸が強化部長、2019年に大宮にて引退した金澤慎がコーチに就任。大宮は毎年豊富な資金力で外国籍選手を揃えていたが、2022年度はクラブ史上初となる外国籍選手の開幕時無在籍となった。霜田は「強い大宮を取り戻すリスタートの年にしたい」と語った[73]。『Ole! アルディージャ』(2003年放送開始の大宮アルディージャ関連番組)が『オレアル』に1月14日に約19年ぶりに改題された。
  • 1月15日の新体制発表会にて「攻守共にひたむきにハードワークして走り勝つフットボール」という趣旨のスタイルを提唱し、フットボールビジョンを発表[15]。霜田は前年度の12月6日の会見にて自身のポゼッションフットボールに対して批判的なコメントを述べていたが、2022年度も前年度同様に4-3-3フォーメーションのポゼッションフットボールを継続した。しかし基礎的な事や守備面が砂上の楼閣状態であったために試合の強度に耐え切れず、失点が多くなり、怪我人が続出するなど成績は低迷し、第18節終了時点で20位となり、5月26日に霜田を解任[74]相馬直樹の監督就任を発表[75]。同日に2021年度クラブ経営情報が先行発表され、大宮が2年連続で全J2クラブ営業収益1位となった(全Jリーグクラブ中13位で前年度の先行発表順位12位より下回った)[76]
  • 相馬は就任早々にチーム再建や崩壊していた基礎や守備の構築に取り掛かった[19]。大宮は2020年より高木・岩瀬・佐々木・霜田体制と4体制に渡り、主だった結果が出ないのにも関わらずにポゼッションフットボールを齟齬して使用し続けていたが、相馬はポゼッションフットボール重視を排除し、カテナチオ堅守速攻といった粘り強い守備重視のフットボールへとスタイルを変更し[20][77]、熱血指導でハードワークや切り替えの速さを重視した[19]。しかし開幕前に基礎が構築できていなかったこともあり、降格圏と残留圏を行き来するなど状況は改善しなかった。7月28日に3月決算クラブを含めた2021年度クラブ経営情報が正式発表され、5月26日の先行発表と同様に大宮が全J2クラブ営業収益1位となった(全Jリーグクラブ中14位で前年度の正式発表順位13位より下回った)[78][79]。8月にはエースの奥抜侃志が海外移籍によって離脱するなど苦境は続いたが、粘り強い堅守の激闘で最終的に残留争いに打ち勝ち、残留を勝ち取った[20][21][77]。最終順位19位でクラブ最低順位である2021・2022年の順位を下回った。

2023年

  • 相馬体制2年目。2020年15位、2021年16位、2022年19位と、2020年から急激に弱体化していったチームは心機一転、一丸となって低迷からの脱却を図るため「UNITE ONE ~限界の先へ~」をクラブスローガンに掲げ、堅守速攻フットボールを軸にハードワークを強調した[21]。クラブスローガンには「クラブが勝利するにはまず全員が団結することが必要であり、最後の一分一秒まで戦い続け、全力を出していく」という趣旨が込められている[80]
  • スタッフ面では2019年度までヘッドコーチを担当していた原崎政人がヘッドコーチに再任。前年度まで問題のあった守備面補強に注力し、山岸範之がGKコーチに就任。選手面ではGKやDFの選手を中心に人事采配が行われた。また得点力補強のためにFWのロドリゴ・ルイス・アンジェロッティが完全移籍で加入し、1年ぶりに外国籍選手が所属することとなった。
  • チームは前年まで問題のあった基礎の構築に始動日から取り掛かり、例年平均練習時間の2時間を超えるハードワークを重視した強度の高い猛練習を実施し続け[21]、相馬はチーム始動開始に際し「我々はチャレンジャー。失敗しながら成長していきたい。ハードワークは必要になってくる。運動量で上回れるようになりたい」と力を込め、気合を語った[21]。キャンプ初日では「チャレンジャーとして今シーズンを戦っていくチームの土台をしっかりと作り上げる」と、準備に注力した趣旨の内容を宣言し[81]、例年よりも強度の高いハードなトレーニングに取り組んだ[81][82][83]

成績

記録
(入場者数の上段は水増し発覚後である2010年J1第25節以降の数値で、下段は水増し発覚前である2010年J1第24節以前の数値。)
項目 数字 時期 詳細
J1リーグ戦クラブ最高・最低最終順位 最高:5位

最低:18位

最高:2016年

最低:2017年

J2リーグ戦クラブ最高・最低最終順位 最高:1位

最低:19位

最高:2015年

最低:2022年

最多連勝 13連勝 2004年 J2 第32-44節
最長無敗期間 21試合 2012年 J1 第24節-2013年 J1 第10節(引分8試合)[注 2]
最多連敗 8連敗 2013年 J1 第16-23節、第25-32節
最長未勝利期間 10試合 2003年 J2 第8-17節(引分4試合)
最多得点試合 6得点 2019年 J2 第22節 鹿児島ユナイテッドFC、6-0、NACK5スタジアム大宮
最多失点試合 6失点 2000年 J2 第14節 浦和レッズ、0-6、大宮公園サッカー場
2003年 J2 第21節 コンサドーレ札幌、2-6、札幌ドーム
2017年 J1 第8節 ガンバ大阪、0-6、市立吹田サッカースタジアム
最多入場者数 29,575人 2010年 J1 第25節 浦和レッズ、埼玉スタジアム2002
42,346人 2009年 J1 第29節 川崎フロンターレ、埼玉スタジアム2002
最少入場者数 5,627人 2011年 J1 第18節 ヴィッセル神戸、NACK5スタジアム大宮
844人 2000年 J2 第35節 モンテディオ山形、大宮公園サッカー場
タイトル・表彰
種別 内容
リーグ戦 J2リーグ:1回(2015年)
カップ戦 さいたまシティカップ:2回(2010年、2011年)
表彰 クラブ フェアプレー賞:5回(2018-2022年)
監督 J2リーグ月間優秀監督賞:高木琢也(2019年4月)
選手 J1リーグ月間MVPズラタン(2013年4月)

J2リーグ月間MVP:家長昭博(2015年6・7月)

J2リーグ月間MVP:大前元紀(2018年6月)

J2リーグ月間ベストゴール:大山啓輔(2020年8月)

J2リーグ得点王:大前元紀(2018年)

アカデミー 関東ユース (U-15)サッカーリーグ:2回(2010年、2012年)

施設

熊谷スポーツ文化公園陸上競技場
秋葉の森総合公園サッカー場

ホームスタジアムはNACK5スタジアム大宮(別名:さいたま市大宮公園サッカー場、さいたま市大宮区高鼻町 大宮公園内)[1][84]で、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場でもホームゲームが開催される[84]。練習場はさいたま市西大宮サッカー場(さいたま市西区西大宮の高木第二最終処分場跡地をさいたま市が整備して開設[85])を「アルディージャ練習場」として使用しており、敷地内にクラブハウスである「オレンジキューブ」を設けている[1][86]。2004年3月からは秋葉の森総合公園サッカー場(さいたま市西区中釘)も使用しており、2012年以前にはNTT東日本志木総合グラウンド(志木市上宗岡)も使用していたことがあった[86]

大宮アルディージャが運営するクラブ公式フットサルコートである「オレンジコート」を北区ステラタウン内に保有しており、ロングパイル人工芝のコートが2面ある(アルディコート、ミーヤコート)。

年度・スタジアム別ホーム試合[87]
リーグ Jリーグ杯 備考
大宮
NACK
駒場 埼玉ス 熊谷陸 その他
2001 21 0 0 - 鴻巣 1 大宮 1
2002 20 1 1 なし 不参加
2003 0 2
2004 19 1 J1昇格。
2005 5 2 8 3 大宮 1
埼玉ス 2
駒場 1
熊谷陸 1
大宮は当時J1規格外であったため試合数を制限し、
埼玉スを事実上準本拠地とした。
2006 - 10 5 2 駒場 3 大宮改修のため駒場が暫定本拠地。
2007 2 13 2 1 10月まで駒場を暫定本拠とし、11月よりNACKに本拠復帰した。
2008 16 0 0 NACK 2
熊谷陸 1
2009 13 3 NACK 3
2010 15 - 1
2011 16 0 NACK 1
2012 0 NACK 3
2013
2014 J2降格。
2015 20 不参加 J1昇格。
2016 16 NACK 4 当初Jリーグ杯グループリーグはNACKで5試合を行う予定だったが、
FC東京のACL本戦出場のために1試合減少した。
2017 NACK 3 J2降格。
2018 20 不参加
2019
2020 21 0
2021

ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) オレンジ ネイビー ネイビー
FP(2nd) ホワイト ホワイト ホワイト
GK(1st) 水色 水色 水色
GK(2nd) イエロー イエロー イエロー
GK(3rd) ネイビー ネイビー ネイビー
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd
GK 3rd
ユニフォームスポンサー
掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
NTTドコモ NTT
docomo
2007 2000-2006年は背中上部。
2006年9月-2007年はパンツ。
表記変遷は後述を参照。
鎖骨 武蔵野銀行 武蔵野銀行 2018 両側に掲出。
2012年-2016年はパンツ。
2016年7月-2017年は背中下部。
2018年は鎖骨左側のみ。
背中上部 東日本電信電話 NTT東日本 2007 1999年7月-2006年は胸。
2004-2006年は「FLET'S」表記。
2007-2014年は「FLET'S 光」表記。
背中下部 しまむら しまむら 2018 2017年はパンツ。
富士薬品


2005
パンツ前面 武蔵コーポレーション 武蔵コーポレーション 2020
パンツ背面 インバースネット FRONTIER 2022
ユニフォームサプライヤーの遍歴 1999 - 2006:ミズノ

2007 - 2008:ロット

2009 - 現在:アンダーアーマー

歴代ホームユニフォーム FP 1st
1999 - 2000
2001
2002 - 2003
2004 - 2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
2021
2022
2023 -
歴代アウェイユニフォーム FP 2nd
1999 - 2000
2001
2002 - 2003
2004 - 2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
2021
2022
2023 -
歴代ユニフォーム FP Other
2018 3rd
2018
20周年記念
歴代ユニフォーム スポンサー表記
年度 鎖骨左 鎖骨右 背中上部 背中下部 パンツ前面 パンツ背面 サプライヤー
1998 NTT 解禁前 - 解禁前 - - 解禁前 Mizuno
1999 NTT /
NTT東日本[注 3]
2000 NTT東日本 NTTDoCoMo Enjoy
Coca-Cola
2001 Club iT
2002 - NTTオートリース
2003
2004 FLET'S -
2005 FOMA
NTTDoCoMo
富士薬品 アイダ
設計
2006


- /
NTT
Do Co Mo
2007 DCMX
NTTDoCoMo
FLET'S 光 NTT
Do Co Mo
lotto
2008 DCMX
NTTDoCoMo
/
NTT
docomo
NTTCommunications
2009 NTT
docomo
ひかりTV UNDER ARMOUR
2010
2011 -
2012 With Gratitude NTT
20th docomo
武蔵野銀行
2013 NTT
docomo
2014
2015 NTT東日本
2016 ドコモ 光 - /
武蔵野銀行
2017 d
d POINT
武蔵野銀行 しまむら
2018 NTT
docomo

(FP 1st)
d d POINT
(FP 2nd / 3rd・GK)
武蔵野銀行 クラブ創設20周年記念ロゴ掲出。 しまむら -
2019 NTT
docomo

(1st・GK 2nd( - 途中))
d d POINT
(FP 2nd・GK 2nd(途中 - )/ 3rd)
武蔵野銀行
2020 NTT
docomo »5G
武蔵コーポレーション -
2021
2022 NTT
docomo
FRONTIER

決算

損益[88]
営業収益 営業費用 営業利益 経常利益 未処分
利益
税引前
利益
法人税
住民税等
純利益
総営業
収益
広告料 入場料 配分金 育成
関連
物販 その他 総営業
費用
事業費 人件費 試合
関連経費
トップ
運営経費
育成
運営経費
女子
運営経費
物販
関連費
販売費 一般
管理費
総営業
利益
営業外
収益
営業外
費用
総経常
利益
特別
利益
特別
損失
2005 2,242 1,359 311 256 316 2,232 1,648 584 10 9 -188 2
2006 2,376 1,470 254 231 421 2,518 2,041 1,246 477 -142 141 -146
2007 2,842 1,960 305 248 329 2,840 2,403 1,384 437 2 0 8
2008 3,059 2,165 324 228 342 3,046 2,591 1,565 455 13 1 -2
2009 3,553 2,396 379 220 558 3,546 3,090 1,954 456 7 6 0
2010 3,308 2,286 375 427 3,290 2,802 1,850 488 18 0 -1
2011 2,775 1,924 325 218 150 158 2,770 1,314 313 354 61 0 728 5 2 6 1 0 1
2012 3,344 2,172 329 208 143 492 3,348 1,787 288 387 59 827 -4 12 7 1 0
2013 3,228 2,296 341 214 142 235 3,226 1,606 226 472 68 854 2 9 10
2014 3,422 2,405 347 205 164 301 3,423 1,720 207 561 67 868 -1 20 8 11 11
2015 3,005 2,183 315 100 157 250 3,003 1,360 204 496 63 880 2 12 14 -0 0 -1
2016 3,203 2,077 398 216 174 165 173 3,194 1,411 229 487 73 142 852 9 3 12 -0
2017 3,685 2,296 397 445 189 138 220 3,675 1,792 252 548 80 99 904 10 2 8 4 4
2018 3,972 2,611 339 282 189 156 395 3,965 1,915 271 682 78 107 912 7 1 8 0 0
2019 3,454 2,464 332 151 215 129 163 3,458 1,547 272 625 78 96 840 -4 15 11
2020 3,034 2,452 96 152 162 85 87 3,046 1,300 254 315 87 98 992 -12 20 8 -0 -0
2021 3,115 2,281 200 161 225 125 123 3,082 1,354 181 309 100 50 136 952 33 19 52
資産[88]
資産 負債 資本
総資産 流動資産 固定資産 総負債 流動負債 固定負債 純資産 資本金 資本剰余金 利益剰余金
2005 753 602 151 100
2006 612 608 4 335
2007 1,044 1,031 12 327
2008 1,015 1,004 11 328
2009 661 650 329
2010 441 430 10
2011 976 409 567 966 920 46 240 -330
2012 1,505 414 1,091 1,494 853 641 11 -329
2013 1,236 324 912 1,225 587 638
2014 1,155 383 772 1,145 494 651
2015 1,184 431 753 1,174 523 10
2016 1,310 412 898 1,299 645 654 11
2017 1,670 642 1,028 1,659 981 678
2018 2,722 1,862 860 2,711 2,031 680
2019 1,512 701 811 1,501 827 674
2020 1,351 590 761 1,340 667 673
2021 1,144 547 596 1,133 460

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q クラブガイド:大宮アルディージャ”. 日本プロサッカーリーグ. 2015年10月30日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 会社概要”. 大宮アルディージャ. 2014年1月18日閲覧。
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注釈

  1. ^ 法人設立当時は持株会社移行前で日本電信電話(NTT)本体が株主だったが、1999年7月の持株会社移行後はNTT東日本が親会社となった
  2. ^ J1リーグ1位記録。この間に天皇杯で柏レイソル、ナビスコ杯でジュビロ磐田とヴァンフォーレ甲府に負けている
  3. ^ 1999年7月1日を持って持株会社移行。それに伴い7月以降の試合はNTTのロゴをNTT東日本に変更している。

関連項目

外部リンク