「痩果」の版間の差分
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[[File:The Achenes of a Strawberry pit its red skin with green. Roughly 4.25x Magnification.jpg|thumb|[[イチゴ]]([[バラ科]])の花托上の痩果]] |
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{{出典の明記|date=2011年5月}} |
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'''痩果'''(そうか、[[英語|英]]: achene, akene, achaenium{{efn2|name="achaenium"|複数形は achaenia<ref name="WordSense" />。}}, achenium{{efn2|name="achenium"|複数形は acheniums または achenia<ref name="WordSense" />。}}, achenocarp)<ref name="WordSense">{{Cite web|author=|date=|url=https://www.wordsense.eu/achene/|title=achene|website=WordSense Online Dictionary|publisher=|accessdate=2022-05-02}}</ref>とは、[[果実]]の1型であり、[[果皮]]が乾燥して1個の[[種子]]を包み、[[裂開 (植物)|裂開]]しない果実のことである。[[カヤツリグサ]]、[[ニリンソウ]]、[[ヤブマオ]]などに見られる。外見上は1個の種子のように見えるためしばしば「種(たね)」とよばれるが(例: [[ヒマワリ]]の種)、実際には種子ではなく1個の種子を含む果実である。 |
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[[File:Taraxacum sect. Ruderalia MHNT.jpg|thumb|right|200px|タンポポの痩果]] |
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'''痩果'''(そうか、[[英語]]:achene、akene、achenium、achenocarp)は、多くの[[被子植物]]に見られる、単純で乾いた[[果実]]の一種である。 |
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このような実のつき方をする植物の[[雌蕊]]は1つであり、成熟しても種を飛ばすことはない。痩果の種子は果皮にくるまれている。種子と思われていたものが、実は痩果だったということはよくあることである。 |
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狭義には[[子房上位]]([[雌しべ]]において[[種子]]のもととなる[[胚珠]]を含む部分である[[子房]]が、[[花弁]]や[[雄しべ]]基部よりも上部についていること)で1枚の[[心皮]](雌しべを構成する葉的要素)からなるものに限られるが、ふつう[[子房下位]]や複数の心皮からなるものでも同様の特徴をもつものは痩果とよばれる。 |
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== 代表例 == |
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このような実のつき方をする植物には[[ウマノアシガタ|キンポウゲ]]、[[ソバ]]、[[タンポポ]]などがある。 |
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これとよく似たものに[[イチゴ]]があり、イチゴは[[花托]]の上に痩果が乗っている。 |
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[[カヤツリグサ科]]の植物の果実は、子房が1つのloculeで構成されているため痩果の部類に入るとされている。同じ理由で[[キク科]]の果実も痩果の一部とされている。殻に入ったヒマワリの『種』は、実際の『種』ではなく、痩果である。つまり、[[ヒマワリ]]の『種』の殻は果皮である。 |
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== 定義 == |
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[[File:Sagittaria sagittifolia sl18.jpg|thumb|120px|[[オモダカ属]]([[オモダカ科]])の痩果]] |
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[[カエデ]]の種子など、羽のついた痩果は[[翼果]]と呼ばれる。 |
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狭義には、[[子房上位]]で1[[心皮]]からなり、成熟した状態で[[果皮]]は乾燥しており、1[[種子]]を密に包んでいるが果皮と種皮は合着しておらず、[[裂開 (植物)|裂開]]しない[[果実]]は'''痩果'''とよばれる<ref name="清水2001">{{cite book|author=清水建美|year=2001|chapter=|editor=|title=図説 植物用語事典|publisher=八坂書房|isbn=978-4896944792|pages=96–108}}</ref><ref name="生物学辞典_痩果">{{cite book|author=巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一 (編)|year=2013|chapter=痩果|editor=|title=岩波 生物学辞典 第5版|publisher=岩波書店|isbn=978-4000803144|page=822}}</ref><ref name="平凡社">{{Cite book|author=|year=2015|chapter=植物用語の図解|editor=大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編)|title=改訂新版 日本の野生植物 1|publisher=平凡社|isbn=978-4582535310|pages=10–17}}</ref><ref name="山崎1984" /><ref name="清水2004">{{Cite book|author=清水晶子|year=2004|chapter=果実と種子|editor=大場秀章|title=絵でわかる植物の世界|publisher=講談社|isbn=978-4061547544|pages=95–106}}</ref><ref name="原1986">{{Cite book|author=原襄・西野栄正・福田泰二|year=1986|chapter=果実|editor=|title=植物観察入門 花・茎・葉・根|publisher=培風館|isbn=978-4563038427|pages=47–68}}</ref><ref name="矢野2012">{{Cite book|author= |
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[[バラ]]もまた痩果をもっており、バラの「実」の中に痩果が数個入っている。穀物も痩果に近いところがあるが、種皮が薄い種の殻とつながっている。 |
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矢野興一|year=2012|chapter=果実|editor=|title=観察する目が変わる 植物学入門|publisher=ベレ出版|isbn=978-4860643195|pages=150–165}}</ref><ref name="コトバンク_痩果" />。このような痩果は、[[ロウバイ]]([[ロウバイ科]])、[[オモダカ]]([[オモダカ科]])、[[ヒルムシロ]]([[ヒルムシロ科]])などに見られる<ref name="鈴木2012">{{cite book|author=鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文|year=2012|chapter=|editor=|title=草木の種子と果実|publisher=誠文堂新光社|isbn=978-4-416-71219-1|pages=22–249}}</ref><ref name="伊藤2016">{{cite book|author=伊藤元巳|year=2016|chapter=マツモ|editor=大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編)|title=改訂新版 日本の野生植物 2|publisher=平凡社|isbn=978-4582535396|page=101}}</ref>。 |
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utricle([[スゲ属|スゲ]]などの薄い袋状の胞果)も痩果に近いところがあるが、子房は複数あり、子房はコルク状になっているか、穴がたくさんあくようになる。 |
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[[File:Dandelionseed.JPG|thumb|120px|[[タンポポ]]([[キク科]])の冠毛をつけた痩果(下位痩果)]] |
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しかし複数の[[心皮]]からなるものでも、類似した特徴をもつ果実はふつう痩果とよばれる<ref name="生物学辞典_痩果" /><ref name="平凡社" /><ref name="鈴木2012" /><ref name="Wayne'sFruit2">{{Cite web|author=Armstrong, W.P.|date=|url=https://www2.palomar.edu/users/warmstrong/termfr2.htm|title=Fruit Terminology Part 2|website=Wayne's Word|publisher=|accessdate=2022-05-06}}</ref>。このような果実は、[[コウボウムギ]]、[[ワタスゲ]]、[[ヒメクグ]]([[カヤツリグサ科]]){{efn2|name="カヤツリグサ科"|カヤツリグサ科の果実は、[[堅果]](小堅果)とされることもある<ref name="清水2001" /><ref name="勝山2015">{{cite book|author=勝山輝男・早坂英介|year=2015|chapter=カヤツリグサ科|editor=大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編)|title=改訂新版 日本の野生植物 1|publisher=平凡社|isbn=978-4582535327|page=294}}</ref>。}}、[[イヌタデ]]([[タデ科]]){{efn2|name="タデ科"|タデ科の果実は、[[堅果]](小堅果)とされることもある<ref name="清水2001" />。}}などに見られる<ref name="鈴木2012" /><ref name="米倉2017">{{cite book|author=米倉浩司|year=2017|chapter=タデ科|editor=大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編)|title=改訂新版 日本の野生植物 4|publisher=平凡社|isbn=978-4582535341|page=84}}</ref>。 |
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また[[ノアザミ]]、[[タンポポ]]、[[ノゲシ]]など[[キク科]]の[[果実]]も複数の[[心皮]]からなる痩果であるが<ref name="平凡社" /><ref name="鈴木2012" /><ref name="Wayne'sFruit2" />、[[子房下位]]([[子房]]が[[花弁]]や[[雄しべ]]基部よりも下部についており、子房は[[花托]]で囲まれている)であることから、特に'''下位痩果'''(菊果、cypsela{{efn2|name="cypsela"|複数形は cypselae または cypselas<ref>{{Cite web|author=|date=|url=https://www.wordsense.eu/cypsela/|title=cypsela|website=WordSense Online Dictionary|publisher=|accessdate=2022-05-02}}</ref>。}})とよばれることがある<ref name="清水2001" /><ref name="生物学辞典_痩果" /><ref name="山崎1984" /><ref name="清水2004" /><ref name="原1986" /><ref name="矢野2012" />。下位痩果では、子房に由来する[[果皮]]が花托で覆われていることになる。下位痩果は、[[ツルカノコソウ]]や[[オミナエシ]]、[[マツムシソウ]]([[スイカズラ]])などにも見られる。 |
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[[イネ科]]の[[果実]]も痩果の一型であるが<ref name="コトバンク_痩果">{{Cite Kotobank|word=痩果|encyclopedia=|accessdate=2022-04-29}}</ref>、[[果皮]]と[[種皮]]が密接してふつう合着しており、内穎や護穎(花を包んでいた[[萼]]や[[苞]])に包まれている点で特異であるため、特に[[穎果]](caryopsis{{efn2|name="caryopsis"|複数形は caryopses または caryopsides<ref>{{Cite web|author=|date=|url=https://www.wordsense.eu/caryopsis/|title=caryopsis|website=WordSense Online Dictionary|publisher=|accessdate=2022-05-02}}</ref>。}}, grain)とよばれる<ref name="清水2001" /><ref name="平凡社" />。痩果や穎果と同様に1[[種子]]を含む非裂開性の乾果として[[堅果]](nut, glans)があるが、堅果は[[果皮]]が堅く木質化する点で区別される<ref name="清水2001" /><ref name="平凡社" />。ただし痩果と堅果の区分は明瞭ではなく、[[カヤツリグサ科]]や[[タデ科]]の果実は痩果とされることも堅果(または小堅果)とされることもある<ref name="清水2001" /><ref name="生物学辞典_痩果" /><ref name="鈴木2012" /><ref name="勝山2015" /><ref name="米倉2017" />。また1種子を含む非裂開性(または裂開性)の乾果として、他に[[ヒユ科]]に見られる[[胞果]](utricle)があるが、胞果は果皮が種子をゆるく包んでいる点で痩果と区別される<ref name="清水2001" /><ref name="平凡社" />。 |
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[[ユリノキ]]([[モクレン科]])や[[フサザクラ]]([[フサザクラ科]])、[[ニレ]]([[ニレ科]])、[[ニワウルシ]]([[ニガキ科]])などの果実は上記の痩果の定義に合う果実を形成するが、[[果皮]]が発達して翼状の構造を形成するため、特に[[翼果]](samara{{efn2|name="samara"|複数形は samaras または samarae<ref name="WordSense_samara">{{Cite web|author=|date=|url=https://www.wordsense.eu/samara/|title=samara|website=WordSense Online Dictionary|publisher=|accessdate=2022-05-03}}</ref>。}})とよばれる<ref name="清水2001" /><ref name="山崎1984" /><ref name="鈴木2012" />。 |
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== 痩果からなる集合果と複合果 == |
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[[File:Atlas roslin pl Strzałka wodna 9758 7822.jpg|thumb|120px| [[オモダカ属]]([[オモダカ科]])の集合痩果]] |
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1つの[[花]]の複数の[[雌しべ]]に由来する複数の[[果実]]がまとまった構造を形成する場合、これを[[集合果]]という<ref name="清水2001" /><ref name="清水2004" /><ref name="原1994">{{Cite book|author=原襄|year=1994|chapter=果実と種子の多様性|editor=|title=植物形態学|publisher=朝倉書店|isbn=978-4254170863|pages=166–169}}</ref>。[[オモダカ科]]や[[キンポウゲ科]]、[[バラ科]]では、1つの花の複数の雌しべがそれぞれ痩果となり、これが集合果を形成する例がある('''集合痩果''' achenetum, aggregate fruit of achenes, etaerio of achenes)<ref name="清水2001" />。[[オランダイチゴ]]や[[ヘビイチゴ]](バラ科)では、[[花托]]が大きくなって多肉質の可食部になり、その表面についた多数の雌しべがそれぞれ痩果となる<ref name="原1986" />(下図4d)。このような果実は、特に'''イチゴ状果'''とよばれる<ref name="清水2001" /><ref name="平凡社" /><ref name="清水2004" /><ref name="矢野2012" />。また[[バラ属]](バラ科)では、花托が壷状で肉質に発達し、その中の複数の雌しべがそれぞれ痩果になる<ref name="原1986" />(下図4e)。このような果実は、'''バラ状果'''(cynarrhodium{{efn2|name="cynarrhodium"|複数形は cynarrhodia<ref>{{Cite web|author=|date=|url=https://www.wordsense.eu/cynarrhodium/|title=cynarrhodium|website=WordSense Online Dictionary|publisher=|accessdate=2022-05-02}}</ref>。}})とよばれる<ref name="清水2001" /><ref name="平凡社" /><ref name="清水2004" /><ref name="矢野2012" />。 |
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[[File:Galium spurium fruit (03).jpg|thumb|120px|[[ヤエムグラ]]([[アカネ科]])の分離果]] |
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1個の[[雌しべ]]に由来する1個の[[果実]]が、[[種子]]を含む複数の部分に分離することがある。このような果実は[[分離果]](schizocarp)とよばれ、分離する個々の部分は分果(mericarp, coccus{{efn2|name="coccus"|複数形は cocci<ref>{{Cite web|author=|date=|url=https://www.wordsense.eu/coccus/|title=coccus|website=WordSense Online Dictionary|publisher=|accessdate=2022-05-06}}</ref>。}})とよばれる<ref name="清水2001" /><ref name="平凡社" />。分果はふつう1個の種子を含み裂開せず、痩果的であることが多い。このような分離果は、[[ヤエムグラ]]([[アカネ科]])、[[キュウリグサ]]([[ムラサキ科]])、[[ホトケノザ]]([[シソ科]])、[[ヤブジラミ]]([[セリ科]])などに見られる<ref name="鈴木2012" />。 |
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複数の[[花]]に由来する複数の[[果実]]がまとまった構造を形成する場合、これを[[複合果]](多花果)という<ref name="清水2001" /><ref name="清水2004" /><ref name="原1994" />。個々の花の[[雌しべ]]が痩果となり、これが集まっている複合果('''痩果型多花果''' achenoconum, multiple fruit of achenes)<ref name="清水2001" />は、[[プラタナス]]([[スズカケノキ科]])や[[マツムシソウ]]([[スイカズラ科]])に見られる<ref name="鈴木2012" /><ref name="山崎1984">{{Cite book|author=|year=1984|chapter=1. 果実|editor=山崎敬 (編集), 本田正次 (監修)|title=現代生物学大系 7a2 高等植物A2|publisher=中山書店|isbn=978-4521121710|pages=101–110}}</ref>。下記のクワ状果やイチジク状果も、多数の花に由来する痩果が関わる複合果である。 |
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== 痩果が関わる偽果 == |
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[[File:Chimonanthus praecox MHNT.BOT.2008.1.43.jpg|thumb|120px|[[ロウバイ]]([[ロウバイ科]])の偽果とそれに含まれる痩果(下)]] |
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[[果実]]は基本的に[[雌しべ]]の[[子房]]に由来する器官であるが、それに[[花托]]や[[花被]]など子房以外の部分に由来する構造が多く加わることもあり、このような果実は[[偽果]]とよばれる<ref name="清水2001" />。[[ロウバイ]]([[ロウバイ科]])や[[キンミズヒキ]]、[[ワレモコウ]]([[バラ科]])、[[グミ属]]([[グミ科]])などでは、子房に由来する部分は痩果となり、これが花托または萼筒に囲まれて偽果を形成している<ref name="鈴木2012" />。上記のバラ状果もこのタイプの偽果である。また上記のイチゴ状果は、花後に花托が大きく成長し、その表面についた多数の子房が痩果になった偽果である。[[ドクウツギ]]([[ドクウツギ科]])や[[イシミカワ]]、[[イタドリ]]([[タデ科]])などでは、子房は痩果(または小堅果)となり、これが花被で包まれている<ref name="鈴木2012" />。[[カヤツリグサ科]]の[[スゲ属]]では、痩果(または小堅果)が特殊化した葉である果胞(perigynium)に包まれている<ref name="勝山2015" />{{efn2|name="utricle"|このような果実は胞果(嚢果、utricle)ともよばれるが<ref name="山崎1984" />、[[胞果]](utricle)はふつう[[ヒユ科]]などに見られる[[果皮]]が[[種子]]をゆるく包んだ[[果実]]を意味しており<ref name="清水2001" />、果実が果胞で包まれた[[スゲ属]]のものとは構造的に異なる。}}。 |
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[[File:Mûre noire (Morus nigra).jpg|thumb|120px|[[クロミグワ]]([[クワ科]])のクワ状果]] |
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[[File:Higo en vista superficial y corte transversal.jpg|thumb|120px|イチジクのイチジク状果(左)とその断面(右): 果梗 (p)、頂孔 (aa)、花床 (r)、痩果 (aq)]] |
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[[クワ]]や[[カジノキ]]、[[ヒメコウゾ]]([[クワ科]])では多数の[[雌花]]が集まってつくが、それぞれの花の[[雌しべ]]が痩果となり、これが肉質になった[[花被]]で包まれて偽果となる。さらにこれが多数密集して'''クワ状果'''とよばれる[[複合果]](多花果)になる<ref name="清水2001" /><ref name="平凡社" /><ref name="鈴木2012" /><ref name="原1986" /><ref name="矢野2012" />。[[イチジク属]](クワ科)では茎の先端が壷状になり、この中に小さな花(雄花、雌花)が多数ついている(花嚢、隠頭花序)。個々の雌花は痩果を形成するが、花床は肉質化して壷状の花序全体が偽果となり、'''イチジク状果'''(syconium{{efn2|name="syconium"|複数形は syconia<ref>{{Cite web|author=|date=|url=https://www.wordsense.eu/syconium/|title=syconium|website=WordSense Online Dictionary|publisher=|accessdate=2022-05-16}}</ref>。}})とよばれる<ref name="清水2001" /><ref name="平凡社" /><ref name="原1986" /><ref name="矢野2012" />。[[オナモミ属]]([[キク科]])ではふつう2個の雌花が総苞に包まれており、それぞれ痩果を形成、表面に多数のトゲをもつ総苞(果苞)が発達して痩果を包み、偽果となる<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007かぎ" />。 |
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== 種子散布 == |
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[[File:Dandelion seed head closeup.jpg|thumb|120px|[[タンポポ属]]([[キク科]])の痩果(下位痩果)]] |
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痩果は1個の[[種子]]を含み裂開しないため、[[種子散布]]の際には種子を含んだ[[果実]]の形で散布される。 |
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[[ノアザミ]]や[[タンポポ]]、[[ノゲシ]]、[[セイタカアワダチソウ]]、[[ノボロギク]]、[[フキ]]、[[ハルジオン]]、[[ノコンギク]]など[[キク科]]の痩果(下位痩果)の多くは、[[萼]]が変形した毛状の[[冠毛]]が発達しており、風による散布(風散布)に適している<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007毛">{{Cite book|author=小林正明|year=2007|chapter=毛で飛ぶ|editor=|title=花からたねへ 種子散布を科学する|publisher=全国農村教育協会|isbn=978-4881371251|pages=49–63}}</ref><ref name="多田2010風">{{Cite book|author=多田多恵子|year=2010|chapter=風散布|editor=|title=身近な草木の実とタネハンドブック|publisher=文一総合出版|isbn=978-4829910757|pages=9–11, 15–18, 26}}</ref>。類似した構造は、[[ツルカノコソウ]]など[[スイカズラ科]]の一部にも見られる<ref name="鈴木2012" />。[[オキナグサ]]や[[センニンソウ]]([[キンポウゲ科]])の痩果に残った長く羽毛状の[[花柱]]や、[[プラタナス]]([[スズカケノキ科]])の[[複合果]]を構成する個々の痩果の基部に密生した多数の毛、[[ワタスゲ]]([[カヤツリグサ科]])の痩果(または[[小堅果]])に付随した花被に由来する綿毛なども、風散布のための構造であると考えられている<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007毛" /><ref name="多田2010風" />。 |
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[[File:Seed of Eclipta prostrata closeup view 02.jpg|thumb|120px|[[タカサブロウ属]]([[キク科]])の痩果(下位痩果)の集合]] |
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[[ヤブマオ]]([[イラクサ科]])などでは痩果の縁が薄く翼状になり、[[スイバ]]や[[イタドリ]]([[タデ科]])では痩果が翼状の花被で包まれ、[[オトコエシ]]([[スイカズラ科]])では花後に苞(花の基部の特殊化した葉)が発達して痩果を取り巻く翼になるが、これらの構造も風散布のためと考えられている<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007翼">{{Cite book|author=小林正明|year=2007|chapter=|editor=|title=花からたねへ 種子散布を科学する|publisher=全国農村教育協会|isbn=978-4881371251|pages=81–89}}</ref>。また[[ケヤキ]]([[ニレ科]])では痩果と枯葉がついた小枝が散布単位となり、枯葉が風を受けて小枝ごと痩果が散布される<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007翼" /><ref name="多田2010風" />。 |
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[[タカサブロウ]]([[キク科]])などの痩果(下位痩果)は軽くコルク質であり、水で流されて散布(水流散布)される<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007水">{{Cite book|author=小林正明|year=2007|chapter=水に浮いて移動する|editor=|title=花からたねへ 種子散布を科学する|publisher=全国農村教育協会|isbn=978-4881371251|pages=200–209}}</ref>。[[オナモミ属]]では2個の痩果がコルク質で刺をもつ総苞につつまれており、動物付着に加えて(下記参照)水に浮いて流されることで散布されると考えられている<ref name="小林2007水" />。また[[水生植物]]である[[オモダカ]]([[オモダカ科]])の痩果は周囲が扁平で翼状になっており、水中を流れて散布される<ref name="小林2007水中">{{Cite book|author=小林正明|year=2007|chapter=水中に浮遊したり、沈む|editor=|title=花からたねへ 種子散布を科学する|publisher=全国農村教育協会|isbn=978-4881371251|pages=209–214}}</ref>。 |
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[[ミズヒキ]]([[タデ科]])や[[ダイコンソウ]]([[バラ科]])では痩果に残った[[花柱]]の先端がカギ状になり、[[キンミズヒキ]](バラ科)では複数の痩果を包んだ[[花托]]筒(萼筒)の前縁にカギ状の刺が多数あり、[[センダングサ属]]([[キク科]])の痩果(下位痩果)には[[萼]]に由来する考えられている刺がある<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007かぎ">{{Cite book|author=小林正明|year=2007|chapter=かぎで動物にくっ付いて|editor=|title=花からたねへ 種子散布を科学する|publisher=全国農村教育協会|isbn=978-4881371251|pages=172–184}}</ref><ref name="多田2010付着" />。これらの構造は、動物に付着して散布(付着散布)されることに用いられる。また[[ノブキ]]や[[ヤブタバコ]]、[[ヌマダイコン]](キク科)の痩果(下位痩果)は粘液質を分泌し、動物付着散布される<ref name="鈴木2012" /><ref name="多田2010付着" /><ref name="小林2007粘液">{{Cite book|author=小林正明|year=2007|chapter=粘液で動物にくっ付いて|editor=|title=花からたねへ 種子散布を科学する|publisher=全国農村教育協会|isbn=978-4881371251|pages=185–194}}</ref>。キク科では、[[メナモミ]]のように痩果を取り囲む[[総苞片]]に粘液質の腺毛をもつ例や、[[オナモミ属]]のように痩果を完全に包んだ総苞に刺をもつ例もあり、これによって動物に付着する<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007かぎ" /><ref name="小林2007粘液" /><ref name="多田2010付着">{{Cite book|author=多田多恵子|year=2010|chapter=付着散布|editor=|title=身近な草木の実とタネハンドブック|publisher=文一総合出版|isbn=978-4829910757|pages=70–84}}</ref>。 |
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[[イチゴ]]や[[ヘビイチゴ]]([[バラ科]])のイチゴ状果では発達した多肉質の[[花托]]上に多数の痩果がついており、動物に食べられて種子を含む痩果が排出されることで種子散布(被食散布)される<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007被食">{{Cite book|author=小林正明|year=2007|chapter=|editor=|title=花からたねへ 種子散布を科学する|publisher=全国農村教育協会|isbn=978-4881371251|pages=139–154}}</ref><ref name="多田2010被食">{{Cite book|author=多田多恵子|year=2010|chapter=被食散布|editor=|title=身近な草木の実とタネハンドブック|publisher=文一総合出版|isbn=978-4829910757|pages=89, 91, 102–103, 122}}</ref>。壷状になった多肉質の花托中に痩果を含む[[バラ属]]のバラ状果や、痩果が多肉質の萼筒に包まれた[[グミ属]]の果実<ref name="鈴木2012" /><ref name="多田2010被食" />、痩果が多肉質の花被に包まれた[[イシミカワ]]や[[ドクウツギ]]の果実<ref name="鈴木2012" /><ref name="多田2010被食" />、多肉質の花被に包まれた痩果が多数集まったクワ状果、痩果を含む壷状の花床が多肉質になったイチジク状果なども、被食散布される<ref name="鈴木2012" /><ref name="小林2007被食" /><ref name="多田2010被食" />。いずれも、痩果以外の部位が可食部になっている。 |
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== ギャラリー == |
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ファイル:Sagittaria sagittifolia sl17.jpg|{{Snamei||Sagittaria sagittifolia}}([[オモダカ科]])の花托についた多数の痩果 |
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ファイル:Thalictrum aquilegifolium Rutewka orlikolistna 2007-08-11 02.jpg|{{Snamei||Thalictrum aquilegifolium}}([[キンポウゲ科]])の痩果 |
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ファイル:Ahornblättrige Platane02.jpg|[[プラタナス]]([[スズカケノキ科]])の痩果型多花果 |
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ファイル:Platbuf1.JPG|プラタナスの多花果を崩したもの |
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ファイル:Forsskaolea angustifolia achenes, by Omar Hoftun.jpg|{{Snamei||Forsskaolea angustifolia}}([[イラクサ科]])の痩果 |
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ファイル:Strawberry_surface_close_up_macro.jpg|[[イチゴ]]([[バラ科]])の痩果 |
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ファイル:Rose hip 02 ies.jpg|バラの花の断面: [[花托]]筒中に複数の[[雌しべ]]があり、それぞれ痩果になる |
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ファイル:Aran7 002 lhp.jpg|[[エゾツルキンバイ]](バラ科)の痩果 |
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ファイル:Feige-Schnitt.png|[[イチジク]]([[クワ科]])のイチジク状果断面 |
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ファイル:20160902Elaeagnus angustifolia3.jpg|[[ヤナギバグミ]]([[グミ科]])の果実 |
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ファイル:Valerian seed - Flickr - S. Rae.jpg|[[セイヨウカノコソウ]]([[スイカズラ科]])の痩果(下位痩果) |
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== 関連項目 == |
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*{{Cite Kotobank|word=痩果|encyclopedia=|accessdate=2022-05-16}} |
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*{{Cite web|author=Armstrong, W.P.|date=|url=https://www2.palomar.edu/users/warmstrong/termfr2.htm|title=Fruit Terminology Part 2|website=Wayne's Word|publisher=|accessdate=2022-05-16}} |
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2024年9月6日 (金) 11:30時点における最新版
痩果(そうか、英: achene, akene, achaenium[注 1], achenium[注 2], achenocarp)[1]とは、果実の1型であり、果皮が乾燥して1個の種子を包み、裂開しない果実のことである。カヤツリグサ、ニリンソウ、ヤブマオなどに見られる。外見上は1個の種子のように見えるためしばしば「種(たね)」とよばれるが(例: ヒマワリの種)、実際には種子ではなく1個の種子を含む果実である。
狭義には子房上位(雌しべにおいて種子のもととなる胚珠を含む部分である子房が、花弁や雄しべ基部よりも上部についていること)で1枚の心皮(雌しべを構成する葉的要素)からなるものに限られるが、ふつう子房下位や複数の心皮からなるものでも同様の特徴をもつものは痩果とよばれる。
定義
[編集]狭義には、子房上位で1心皮からなり、成熟した状態で果皮は乾燥しており、1種子を密に包んでいるが果皮と種皮は合着しておらず、裂開しない果実は痩果とよばれる[2][3][4][5][6][7][8][9]。このような痩果は、ロウバイ(ロウバイ科)、オモダカ(オモダカ科)、ヒルムシロ(ヒルムシロ科)などに見られる[10][11]。
しかし複数の心皮からなるものでも、類似した特徴をもつ果実はふつう痩果とよばれる[3][4][10][12]。このような果実は、コウボウムギ、ワタスゲ、ヒメクグ(カヤツリグサ科)[注 3]、イヌタデ(タデ科)[注 4]などに見られる[10][14]。
またノアザミ、タンポポ、ノゲシなどキク科の果実も複数の心皮からなる痩果であるが[4][10][12]、子房下位(子房が花弁や雄しべ基部よりも下部についており、子房は花托で囲まれている)であることから、特に下位痩果(菊果、cypsela[注 5])とよばれることがある[2][3][5][6][7][8]。下位痩果では、子房に由来する果皮が花托で覆われていることになる。下位痩果は、ツルカノコソウやオミナエシ、マツムシソウ(スイカズラ)などにも見られる。
イネ科の果実も痩果の一型であるが[9]、果皮と種皮が密接してふつう合着しており、内穎や護穎(花を包んでいた萼や苞)に包まれている点で特異であるため、特に穎果(caryopsis[注 6], grain)とよばれる[2][4]。痩果や穎果と同様に1種子を含む非裂開性の乾果として堅果(nut, glans)があるが、堅果は果皮が堅く木質化する点で区別される[2][4]。ただし痩果と堅果の区分は明瞭ではなく、カヤツリグサ科やタデ科の果実は痩果とされることも堅果(または小堅果)とされることもある[2][3][10][13][14]。また1種子を含む非裂開性(または裂開性)の乾果として、他にヒユ科に見られる胞果(utricle)があるが、胞果は果皮が種子をゆるく包んでいる点で痩果と区別される[2][4]。
ユリノキ(モクレン科)やフサザクラ(フサザクラ科)、ニレ(ニレ科)、ニワウルシ(ニガキ科)などの果実は上記の痩果の定義に合う果実を形成するが、果皮が発達して翼状の構造を形成するため、特に翼果(samara[注 7])とよばれる[2][5][10]。
痩果からなる集合果と複合果
[編集]1つの花の複数の雌しべに由来する複数の果実がまとまった構造を形成する場合、これを集合果という[2][6][18]。オモダカ科やキンポウゲ科、バラ科では、1つの花の複数の雌しべがそれぞれ痩果となり、これが集合果を形成する例がある(集合痩果 achenetum, aggregate fruit of achenes, etaerio of achenes)[2]。オランダイチゴやヘビイチゴ(バラ科)では、花托が大きくなって多肉質の可食部になり、その表面についた多数の雌しべがそれぞれ痩果となる[7](下図4d)。このような果実は、特にイチゴ状果とよばれる[2][4][6][8]。またバラ属(バラ科)では、花托が壷状で肉質に発達し、その中の複数の雌しべがそれぞれ痩果になる[7](下図4e)。このような果実は、バラ状果(cynarrhodium[注 8])とよばれる[2][4][6][8]。
1個の雌しべに由来する1個の果実が、種子を含む複数の部分に分離することがある。このような果実は分離果(schizocarp)とよばれ、分離する個々の部分は分果(mericarp, coccus[注 9])とよばれる[2][4]。分果はふつう1個の種子を含み裂開せず、痩果的であることが多い。このような分離果は、ヤエムグラ(アカネ科)、キュウリグサ(ムラサキ科)、ホトケノザ(シソ科)、ヤブジラミ(セリ科)などに見られる[10]。
複数の花に由来する複数の果実がまとまった構造を形成する場合、これを複合果(多花果)という[2][6][18]。個々の花の雌しべが痩果となり、これが集まっている複合果(痩果型多花果 achenoconum, multiple fruit of achenes)[2]は、プラタナス(スズカケノキ科)やマツムシソウ(スイカズラ科)に見られる[10][5]。下記のクワ状果やイチジク状果も、多数の花に由来する痩果が関わる複合果である。
痩果が関わる偽果
[編集]果実は基本的に雌しべの子房に由来する器官であるが、それに花托や花被など子房以外の部分に由来する構造が多く加わることもあり、このような果実は偽果とよばれる[2]。ロウバイ(ロウバイ科)やキンミズヒキ、ワレモコウ(バラ科)、グミ属(グミ科)などでは、子房に由来する部分は痩果となり、これが花托または萼筒に囲まれて偽果を形成している[10]。上記のバラ状果もこのタイプの偽果である。また上記のイチゴ状果は、花後に花托が大きく成長し、その表面についた多数の子房が痩果になった偽果である。ドクウツギ(ドクウツギ科)やイシミカワ、イタドリ(タデ科)などでは、子房は痩果(または小堅果)となり、これが花被で包まれている[10]。カヤツリグサ科のスゲ属では、痩果(または小堅果)が特殊化した葉である果胞(perigynium)に包まれている[13][注 10]。
クワやカジノキ、ヒメコウゾ(クワ科)では多数の雌花が集まってつくが、それぞれの花の雌しべが痩果となり、これが肉質になった花被で包まれて偽果となる。さらにこれが多数密集してクワ状果とよばれる複合果(多花果)になる[2][4][10][7][8]。イチジク属(クワ科)では茎の先端が壷状になり、この中に小さな花(雄花、雌花)が多数ついている(花嚢、隠頭花序)。個々の雌花は痩果を形成するが、花床は肉質化して壷状の花序全体が偽果となり、イチジク状果(syconium[注 11])とよばれる[2][4][7][8]。オナモミ属(キク科)ではふつう2個の雌花が総苞に包まれており、それぞれ痩果を形成、表面に多数のトゲをもつ総苞(果苞)が発達して痩果を包み、偽果となる[10][22]。
種子散布
[編集]痩果は1個の種子を含み裂開しないため、種子散布の際には種子を含んだ果実の形で散布される。
ノアザミやタンポポ、ノゲシ、セイタカアワダチソウ、ノボロギク、フキ、ハルジオン、ノコンギクなどキク科の痩果(下位痩果)の多くは、萼が変形した毛状の冠毛が発達しており、風による散布(風散布)に適している[10][23][24]。類似した構造は、ツルカノコソウなどスイカズラ科の一部にも見られる[10]。オキナグサやセンニンソウ(キンポウゲ科)の痩果に残った長く羽毛状の花柱や、プラタナス(スズカケノキ科)の複合果を構成する個々の痩果の基部に密生した多数の毛、ワタスゲ(カヤツリグサ科)の痩果(または小堅果)に付随した花被に由来する綿毛なども、風散布のための構造であると考えられている[10][23][24]。
ヤブマオ(イラクサ科)などでは痩果の縁が薄く翼状になり、スイバやイタドリ(タデ科)では痩果が翼状の花被で包まれ、オトコエシ(スイカズラ科)では花後に苞(花の基部の特殊化した葉)が発達して痩果を取り巻く翼になるが、これらの構造も風散布のためと考えられている[10][25]。またケヤキ(ニレ科)では痩果と枯葉がついた小枝が散布単位となり、枯葉が風を受けて小枝ごと痩果が散布される[10][25][24]。
タカサブロウ(キク科)などの痩果(下位痩果)は軽くコルク質であり、水で流されて散布(水流散布)される[10][26]。オナモミ属では2個の痩果がコルク質で刺をもつ総苞につつまれており、動物付着に加えて(下記参照)水に浮いて流されることで散布されると考えられている[26]。また水生植物であるオモダカ(オモダカ科)の痩果は周囲が扁平で翼状になっており、水中を流れて散布される[27]。
ミズヒキ(タデ科)やダイコンソウ(バラ科)では痩果に残った花柱の先端がカギ状になり、キンミズヒキ(バラ科)では複数の痩果を包んだ花托筒(萼筒)の前縁にカギ状の刺が多数あり、センダングサ属(キク科)の痩果(下位痩果)には萼に由来する考えられている刺がある[10][22][28]。これらの構造は、動物に付着して散布(付着散布)されることに用いられる。またノブキやヤブタバコ、ヌマダイコン(キク科)の痩果(下位痩果)は粘液質を分泌し、動物付着散布される[10][28][29]。キク科では、メナモミのように痩果を取り囲む総苞片に粘液質の腺毛をもつ例や、オナモミ属のように痩果を完全に包んだ総苞に刺をもつ例もあり、これによって動物に付着する[10][22][29][28]。
イチゴやヘビイチゴ(バラ科)のイチゴ状果では発達した多肉質の花托上に多数の痩果がついており、動物に食べられて種子を含む痩果が排出されることで種子散布(被食散布)される[10][30][31]。壷状になった多肉質の花托中に痩果を含むバラ属のバラ状果や、痩果が多肉質の萼筒に包まれたグミ属の果実[10][31]、痩果が多肉質の花被に包まれたイシミカワやドクウツギの果実[10][31]、多肉質の花被に包まれた痩果が多数集まったクワ状果、痩果を含む壷状の花床が多肉質になったイチジク状果なども、被食散布される[10][30][31]。いずれも、痩果以外の部位が可食部になっている。
ギャラリー
[編集]-
Sagittaria sagittifolia(オモダカ科)の花托についた多数の痩果
-
プラタナスの多花果を崩したもの
-
エゾツルキンバイ(バラ科)の痩果
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 複数形は achaenia[1]。
- ^ 複数形は acheniums または achenia[1]。
- ^ カヤツリグサ科の果実は、堅果(小堅果)とされることもある[2][13]。
- ^ タデ科の果実は、堅果(小堅果)とされることもある[2]。
- ^ 複数形は cypselae または cypselas[15]。
- ^ 複数形は caryopses または caryopsides[16]。
- ^ 複数形は samaras または samarae[17]。
- ^ 複数形は cynarrhodia[19]。
- ^ 複数形は cocci[20]。
- ^ このような果実は胞果(嚢果、utricle)ともよばれるが[5]、胞果(utricle)はふつうヒユ科などに見られる果皮が種子をゆるく包んだ果実を意味しており[2]、果実が果胞で包まれたスゲ属のものとは構造的に異なる。
- ^ 複数形は syconia[21]。
出典
[編集]- ^ a b c “achene”. WordSense Online Dictionary. 2022年5月2日閲覧。
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関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 「痩果」 。コトバンクより2022年5月16日閲覧。
- Armstrong, W.P.. “Fruit Terminology Part 2”. Wayne's Word. 2022年5月16日閲覧。