「短期騎手免許」の版間の差分
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2021年11月10日 (水) 00:19時点における版
短期騎手免許(たんききしゅめんきょ)とは騎手免許のひとつである。騎手がみずからが所属しない競馬施行体が主催する競馬の競走に騎乗するために取得する、短期間(1か月単位)の有効期間をもつ騎手免許のこと。
この項目では、短期騎手免許とは呼ばれないが、実質的に短期騎手免許と同等となっている「該当競走限定の騎手免許」、地方競馬の期間限定騎乗についても取り上げる。
日本の短期騎手免許
概要
日本国外の競馬に所属している騎手が競走馬や招待に関係なく日本に来て騎乗する場合、JRA(日本中央競馬会)とNAR(地方競馬全国協会)は、通常の騎手免許試験とは別に臨時に試験を行い、試験に合格したものに短期騎手免許を1か月単位で1年間にそれぞれ最大3か月交付する。中央競馬では同時期に5人までの騎手に発行している。
この制度は1994年にスタート[1]し、中央競馬ではニュージーランドの女性騎手リサ・クロップ(その後、同じくニュージーランドの女性騎手リサ・マンビー(現氏名:リサ・オールプレス)[2]も2002年に本制度を利用)が、地方競馬では当時ニュージーランドで活動していた日本人の道川満彦が[3]、それぞれ第1号となった。
その後はオリビエ・ペリエ(フランス)やミルコ・デムーロ(イタリア)など自国でもトップを張っている一流騎手も日本に来て騎乗するようになった。ペリエは有馬記念を3連覇、デムーロは外国人騎手として初めて日本ダービーを制覇するなど、日本でも活躍している。とくにデムーロは短期騎手免許制度の一部を変えるような活躍を見せた。ネオユニヴァースに騎乗し皐月賞・日本ダービーと牡馬の二冠を達成したデムーロは、この時点で短期騎手免許の有効期限である3か月を使い切っており、三冠目の菊花賞には騎乗できないことになっていた。しかしJRAはこの活躍を認め「1年の間に同じ馬でGI競走2勝以上を挙げ、年内に同じ馬でGIへ出走する当日に限り騎乗が可能」という、事実上デムーロによる三冠挑戦のための制度を新たに設けた。そしてデムーロは晴れて菊花賞に騎乗することが可能となった(結果は3着)。現在に至るまで、このルールで再来日できたのはデムーロの他にはダミアン・レーンのみである(2019年、リスグラシューで宝塚記念とコックスプレートを勝利の後有馬記念で再来日)。また、ペリエはシンボリクリスエス・ゼンノロブロイと騎乗した馬を3年連続で年度代表馬に導いている。
前述の道川のほかにも、日本国外で騎手免許を取得した在外日本人騎手が本制度を利用したことがあり、NARでは2002年に吉田賢司がホッカイドウ競馬、高崎競馬、宇都宮競馬で騎乗、2003年には富沢希が大井競馬で騎乗した。一方でJRAでは在外日本人騎手による短期免許制度の利用実績はまだ存在していない。
2016年4月1日より、地方競馬での短期免許が以下のように改正された。
- これまではシニアの騎手免許を取得していることだけが条件であったが、同日以降はシニアの騎手免許を取得して見習騎手卒業かつ通算250勝以上した者、および地方競馬の重賞競走あるいは中央競馬の競走で実績を挙げている騎手のいずれかの条件を満たした場合のみに、地方競馬での短期免許を発給するものとする[4]。ただし、特別な理由がある場合は、勝利数が基準に満たしていない場合であっても短期免許を発給することがある。
2017年1月より、中央競馬での短期免許制度が以下のように改正された[5][6]。
- 従来は北米エリアの所属騎手については同エリアでの賞金リーディング30位以内、イギリスおよびフランスエリアの所属騎手については同エリアでの賞金リーディング10位以内であったものを、両エリアともに賞金リーディング5位以内に変更し、アイルランドやオーストラリアエリアに所属する騎手については賞金リーディング3位以内に変更する。ただし、例外としてJRAが指定している各国のGI競走を通算2勝以上している場合は、賞金リーディングの順位は関係ないものとする。
- JRAでは、これまで通り1か月単位で1年間にそれぞれ最大3か月交付することを基本とするが、JRAで新規に短期免許を取得する騎手、または次年度以降に短期免許を取得する騎手のうち、前年の暦年の免許期間中の制裁点が15点を超えて30点以下であった場合、および1回の騎乗停止を受けた場合は、1か月単位で1年間にそれぞれ最大2か月までとなる。なお、30点を超えた場合および2回以上の騎乗停止による次年度分の短期免許の発給制限(後述)の実施に関しては変更されない。
競走限定の騎手免許
次のような場合、該当する競走に限った騎手免許を発行する。この場合には、上記の短期騎手免許とは異なり、試験は行われない。なお規則上、これは短期騎手免許とは呼ばれない。
- 地方競馬の指定競走(指定交流競走も含む)に中央競馬の競走馬が出走し、中央競馬の騎手が騎乗する場合
- 中央競馬の指定競走もしくは特別指定競走(いわゆる特指競走)に地方競馬の競走馬が出走し、地方競馬の騎手が騎乗する場合
- 国際競走で外国調教馬が出走し、外国の競馬に所属する騎手が騎乗する場合
- ワールドオールスタージョッキーズなどで騎手が招待された場合
中央地方間は当日に限り、外国の競馬に所属している騎手の場合にはその週単位で「交流競走特例規程により免許を受けた騎手が騎乗できる競走」(いわゆる□指定競走)に騎乗できる。□指定競走は現在、若手騎手限定競走などの一部の例外を除くすべての競走が指定されているため、実質的に1日もしくは週単位の短期騎手免許が交付されているのと同等である。
地方競馬の交流競走(他地区の競馬に出走する場合)の場合、地方競馬は基本的に地方競馬全国協会が発行する全国共通の騎手免許のため、短期騎手免許は必要ない。
発給制限
本制度を利用して中央競馬に参戦する外国人騎手の中にラフプレーを行う者が目立つようになったことを受け、JRAでは2010年12月に開催した免許試験委員会において「外国人の短期免許騎手で、暦年の免許期間中に騎乗停止2回以上、もしくは制裁点数30点を超過した者には、次年度免許を交付しない」という発給制限を設けることを決め、2011年より運用を開始している(次々年度以降の交付は可能)。この制限のため、2011年はクリストフ・スミヨンおよびダグラス・ホワイトの2名が短期騎手免許を取得できないことになった[7]。なおこの制限に該当した場合であっても、上記の競走限定免許については取得が可能である[8]。
事例
以下では、この項目で説明した「短期騎手免許」を取得して日本のGI,JpnIを勝利したケース、「競走限定の騎手免許」によって該当馬以外に騎乗しGI,JpnIを勝利したケース、およびその2つの混合したケースについて事例を挙げる。
「短期騎手免許」を取得して日本のGI,JpnIを勝利したケース
- マイケル・ロバーツ
- 1998年 朝日杯3歳ステークス (アドマイヤコジーン)
- オリビエ・ペリエ
- ケント・デザーモ
- ブレット・ドイル
- ルシェル・ロケット
- ミルコ・デムーロ
- ダリオ・バルジュー
- 2003年 朝日杯フューチュリティステークス (コスモサンビーム)
- クリストフ・ルメール
- クレイグ・ウィリアムズ
- クリストフ・スミヨン
- ウンベルト・リスポリ
- ニコラ・ピンナ
- 2011年 天皇賞(秋) (トーセンジョーダン)
- クリスチャン・デムーロ
- 2013年 桜花賞 (アユサン)
- 2017年 ホープフルステークス (タイムフライヤー)
- 2018年 阪神ジュベナイルフィリーズ (ダノンファンタジー)
- ライアン・ムーア
- ヒュー・ボウマン
- 2017年 ジャパンカップ (シュヴァルグラン)
- ジョアン・モレイラ
- ウィリアム・ビュイック
- ダミアン・レーン
- オイシン・マーフィー
- 2019年 ジャパンカップ (スワーヴリチャード)
「競走限定の騎手免許」によって該当馬以外に騎乗して日本のGI,JpnIを勝利したケース
- マイケル・キネーン
- 1999年 阪神3歳牝馬ステークス (ヤマカツスズラン)(ワールドスーパージョッキーズシリーズに招待されたため)
- ランフランコ・デットーリ
- 岩田康誠(当時は兵庫県競馬所属)
- 2004年 菊花賞 (デルタブルース)(当日のかえで賞でカントウブリッツに騎乗するため)
- 内田博幸(当時は大井競馬所属)
- 戸崎圭太(当時は大井競馬所属)
- クリストフ・スミヨン
- 2014年 ジャパンカップ (エピファネイア)(ワールドスーパージョッキーズシリーズに招待されたため)
複数が混合したケース
地方競馬の期間限定騎乗
多くの地方競馬では騎手は競馬場および厩舎に所属しなければならず中央競馬のようなフリー騎手は存在しないが、とくに積雪などにより冬季開催休止となる北海道、東北、北陸などの地域の騎手、あるいは北関東など廃止された競馬場所属の騎手の活躍の場を提供することを目的として他競馬場での期間限定騎乗騎手が制度化された。2005年に南関東公営競馬で施行が始まった。
日本国外の短期騎手免許
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概要
日本人騎手が、短期騎手免許制度を持つ香港、マカオ、シンガポール、韓国、ニュージーランド、オーストラリアなどの日本国外の競馬場に遠征するケースが増えている。なかには当地の重賞を優勝するなどの活躍を見せる騎手もいる。2010年に青木芳之がJRA所属騎手として初めて短期騎手免許を取得して韓国で騎乗した。2012年には上野翔も短期騎手免許を利用して韓国で騎乗している。
「短期騎手免許」を取得して日本国外の重賞を勝利したケース
- 内田利雄
- 2007年 マカオギニー(マカオ)
- 2008年 マカオ香港トロフィー(マカオ)
- 2011年 KRAカップマイル(韓国)
- 岡部誠
- 2007年 ザ・マカオスターオブザサンドステークス(マカオ)
- 倉兼育康
- 2007年 農協中央会長杯(韓国)
- 2014年 KRAカップクラシック[9](韓国)
- 西村栄喜
- 2009年 KRAカップマイル(韓国)
脚注
- ^ ただしこの制度が導入される以前にも1974年1月から3月までマイク・ベネツィアが日本の中央競馬で騎乗した記録が残っている。
- ^ リサ・オールプレス騎手に短期騎手免許交付– 日本中央競馬会、2015年5月8日閲覧
- ^ 「トピックス『道川騎手に短期騎手免許』」『ハロン』、地方競馬全国協会、1994年8月、64頁。
- ^ “美人騎手ミシェル、来年南関競馬で騎乗の可能性も”. 日刊スポーツ (2019年12月29日). 2020年3月23日閲覧。
- ^ 週刊競馬ブック 2016年5月28、29日号「ニュースぷらざ」
- ^ 週刊Gallop 2016年5月28、29日号「馬事往来」
- ^ “スミヨン、今年の来日アウト!ホワイトも”. サンケイスポーツ. (2011年6月28日). オリジナルの2011年7月1日時点におけるアーカイブ。 2014年9月8日閲覧。
- ^ “スミヨンとホワイトに今年の短期免許交付せず”. スポーツ報知. (2011年6月28日)[リンク切れ]
- ^ 倉兼育康騎手 韓国GIIIを制覇 - 地方競馬情報サイト