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2021年8月29日 (日) 00:05時点における版
元叟行端 | |
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宝祐3年2月16日-至正元年8月4日 1255年3月25日-1341年9月15日 | |
尊称 | 慧文正辨禅師、佛日普照禅師 |
生地 | 台州臨海(浙江省台州市臨海市) |
宗派 | 臨済宗大慧派 |
師 | 蔵叟善珍 |
弟子 |
古鼎祖銘、楚石梵琦、愚庵智及 性原慧明、天鏡元瀞、夢堂曇噩 復元福報、竹泉法林、帰庵祖闡 愚仲善如、我庵本無、仏初智滈 一庵道如、用堂子楩 |
元叟行端(げんそうぎょうたん、宝祐3年2月16日(1255年3月25日)-至正元年8月4日(1341年9月15日))は、唐代末から元代に活動した臨済宗大慧派の禅僧である。大慧下5世。
宝祐3年2月16日(1255年3月25日)に台州臨海(現在の浙江省台州市臨海市)にて儒家の家に生まれる。俗姓何氏。余杭化城院で叔父の茂上人に就いて出家し、蔵叟善珍の法を嗣ぐ。大徳4年(1300年)に湖州翔鳳山資福禅寺の住持となり、同8年に勅により中天竺万寿寺の住持を勤めて慧文正辨禅師の号を賜る。さらに霊隠景徳寺の住持となった際に佛日普照禅師の号を得た。至治2年(1322年)径山興聖万寿寺の住持に就き、至正元年8月4日(1341年9月15日)に遷化した。
法嗣は古鼎祖銘、楚石梵琦ならびに愚庵智及ら14名を数えた。語録として慧文正辨佛日普照元叟端禅師語録が編まれている。
参考文献
- 禅学大辞典編纂所 編 『新版 禅学大辞典』p.226 1985年