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「バーナード・フィッツアラン=ハワード (第16代ノーフォーク公)」の版間の差分

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== 栄典 ==
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=== 爵位 ===
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*:([[1627年]]の議会法によるイングランド貴族爵位)
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*'''第13代{{仮リンク|テレグレスのヘリーズ卿|en|Lord Herries of Terregles}}''' <small>(13th Lord Herries of Terregles)</small>

2020年12月4日 (金) 05:09時点における版

第16代ノーフォーク公
バーナード・フィッツアラン=ハワード
Bernard Fitzalan-Howard
16th Duke of Norfolk
ノーフォーク公フィッツアラン=ハワード家
続柄 第15代ノーフォーク公ヘンリーの次男

称号 第16代ノーフォーク公、第13代テレグレスのヘリーズ卿英語版
敬称 Your Grace(公爵閣下)
出生 1908年5月30日
死去 (1975-01-31) 1975年1月31日(66歳没)
配偶者 ラヴィニア英語版
子女 長女:第14代テレグレスのヘリーズ女卿アン英語版
父親 第15代ノーフォーク公ヘンリー
母親 第12代テレグレスのヘリーズ女卿グウェンドリン英語版
役職 軍務伯(1917-1975)
貴族院議員(1929-1975)
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第16代ノーフォーク公爵バーナード・マーマデューク・フィッツアラン=ハワード: Bernard Marmaduke Fitzalan-Howard, 16th Duke of Norfolk, KG, GCVO, GBE, TD, PC1908年5月30日 - 1975年1月31日)は、イギリスの貴族、地主、政治家。

爵位を継承する1917年までアランデル・サリー伯爵(Earl of Arundel and Surrey)の儀礼称号を使用した。

経歴

1908年5月30日、第15代ノーフォーク公爵ヘンリー・フィッツアラン=ハワードとその妻第12代テレグレスのヘリーズ卿英語版グウェンドリン英語版の間の嫡男として生まれる(異母兄がいるが、バーナードが誕生した時にはすでに死去していた)[1]

1917年2月11日に父が死去したため、9歳にして第16代ノーフォーク公爵位とノーフォーク公爵家の世襲職軍務伯を継承した。成長するまで叔父にあたる初代ダーウェントのフィッツアラン子爵英語版エドムンド・フィッツアラン=ハワード英語版が後見役となり、徹底した帝王教育を施された結果、貴族というよりも「アランデル王国国王」とも言うべき存在に成長した。領民たちからも絶大な崇拝を受け、彼の1929年の成人式や1937年の結婚式は国王のそれに匹敵するほどの規模で行われた[2]

1945年8月には母からスコットランド貴族爵位テレグレスのヘリーズ卿英語版の爵位を継承した[3]

軍務伯(紋章院総裁)として皇太子エドワード(エドワード8世)のプリンス・オブ・ウェールズ叙位式、ジョージ5世の大葬などの王室儀式を取り仕切った。これに自信を得た公爵は、ジョージ6世の戴冠式では公爵家や紋章院に残る古文書を徹底的に調べつくして、式次第のうちこれまで不明瞭だった部分を定めていった。この時に彼が制定した式次第は次代のエリザベス2世戴冠式にも継承された。しかし公爵は仕切り屋すぎて宮内官からは嫌われていたという[4]

彼の代から財産税・相続税攻勢で家計が苦しくなり始めた[5]。公爵位を継承した1917年に5万エーカーあった所有地は[5]1966年までに1万5000エーカーに激減している[6]1937年にはロンドンセント・ジェイムズ・スクエア英語版にあったノーフォーク・ハウス英語版を売却した(後に取り壊される)[5]。またアランデル城を出て、同城を一般公開し、観光客から見物料を徴収するようにした[5]

1975年1月30日に死去。男子がなかったため、ノーフォーク公爵位をはじめとする男系男子のみ継承可能な爵位は分家の第4代グロソップのハワード男爵マイルス・フィッツアラン=ハワードが継承した。女系継承が可能なスコットランド貴族爵位テレグレスのヘリーズ卿のみ長女アン英語版が継承した。

これに先立つ1956年に公爵は男子限嗣相続を法律的に破棄しており、公爵家の財産の一部を娘たちに残した。またマイルスの承諾を得てアランデル城を独立トラストとした[7]

栄典

爵位

1917年2月11日に死去した父ヘンリー・フィッツアラン=ハワードから以下の爵位を継承した[3][8]

1945年8月28日に死去した母グウェンドリン・フィッツアラン=ハワード英語版から以下の爵位を継承した[3][9]

勲章

その他名誉職

家族

1937年ラヴィニア・ストラット英語版(第3代ベルパー男爵英語版アルジャーノン・ストラット英語版の娘)と結婚し、彼女との間に以下の4女を儲けた[3]

競馬

ノーフォーク公爵は、1945年から1972年の間、エリザベス2世の代理人としてアスコット競馬場の開催責任者を務めた。アスコット競馬場では、ノーフォーク公爵を記念して、ロイヤルアスコット開催の名物競走のひとつである「ニューステークス」を「ノーフォークステークス」と改称した。この競走はかつてイギリスの歴史的名馬を何頭も輩出しており、2014年現在はG2レースとして行われている[10]

脚注

注釈

出典

  1. ^ Lundy, Darryl. “Henry Fitzalan-Howard, 15th Duke of Norfolk” (英語). thepeerage.com. 2014年11月14日閲覧。
  2. ^ 森(1987) p.54-55
  3. ^ a b c d Lundy, Darryl. “Bernard Marmaduke Fitzalan-Howard, 16th Duke of Norfolk” (英語). thepeerage.com. 2014年11月14日閲覧。
  4. ^ 森(1987) p.55-57
  5. ^ a b c d 森(1987) p.58
  6. ^ 海保(1999) p.248
  7. ^ 海保(1999) p.249
  8. ^ Heraldic Media Limited. “Norfolk, Duke of (E, 1483)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2011年8月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月1日閲覧。
  9. ^ Heraldic Media Limited. “Herries of Terregles, Lord (S, 1489/90)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2016年7月1日閲覧。
  10. ^ FRIXO Norfolk Stakes Betting2014年11月16日閲覧。

参考文献

  • 海保眞夫『イギリスの大貴族』平凡社平凡社新書020〉、1999年。ISBN 978-4582850208 
  • 森護『英国の貴族 遅れてきた公爵』大修館書店、1987年。ISBN 978-4469240979 
公職
先代
第15代ノーフォーク公爵
軍務伯
1917年 - 1975年
次代
第17代ノーフォーク公爵
宮廷職
先代
第2代ダルゼルのハミルトン男爵英語版
女王陛下のアスコットの代理人英語版
1945年 - 1972年
次代
第5代アバーガヴェニー侯爵
名誉職
先代
第3代レコンフィールド男爵英語版
サセックス知事英語版
1949年 - 1974年
廃止
先代
新設
ウェストサセックス知事英語版
1974年 - 1975年
次代
ノーフォーク公爵夫人英語版
イングランドの爵位
先代
ヘンリー・フィッツアラン=ハワード
第16代ノーフォーク公爵
1917年 - 1975年
次代
マイルス・フィッツアラン=ハワード
スコットランドの爵位
先代
グウェンドリン・フィッツアラン=ハワード英語版
第13代テレグレスのヘリーズ卿英語版
1945年 - 1975年
次代
アン・カードレイ英語版