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2020年9月19日 (土) 21:15時点における版
からゆきさん(唐行きさん)は九州で使われていた言葉で、19世紀後半、主に東アジア・東南アジアに渡って、娼婦として働いた日本人女性のことを指す(「唐」は、広く「外国」を意味する)。
女性たちは長崎県島原半島・熊本県天草諸島出身が多く、海外渡航には斡旋業者(女衒)が介在していた。
概要
からゆきさんとして海外に渡航した日本人女性の多くは、農村、漁村などの貧しい家庭の娘たちだった。彼女たちを海外の娼館へと橋渡ししたのは嬪夫(ぴんぷ)などと呼ばれた斡旋業者、女衒たちである。女衒の記録として長崎出身の村岡伊平治による『自伝』がある。女衒たちは貧しい農村などをまわって年頃の娘を探し、海外で奉公させるなどといって、その親に現金を渡した。女衒たちは彼女たちを売春業者に渡すことで手間賃を得た。そうした手間賃を集めたり、投資を受けたりすることによって、みずから海外で娼館の経営に乗り出す者もいた。
こうした日本人女性の海外渡航は、当初世論においても「娘子軍」[1]として喧伝され、明治末期にその最盛期をむかえたが、国際的に人身売買に対する批判が高まり、日本国内でも彼女らの存在は「国家の恥」として非難されるようになった。英領マラヤの日本領事館は1920年に日本人娼婦の追放を宣言し、やがて海外における日本人娼館は姿を消していった[2]。からゆきさんの多くは日本に帰ったが、更生策もなく残留した人もいる。
からゆきさんの主な渡航先は、シンガポール、中国、香港、フィリピン、ボルネオ、タイ、インドネシアなどアジア各地である。特に当時、アジア各国を殖民支配していた欧米の軍隊からの強い要望があった所へ多く派遣された。[要出典] また、さらに遠くシベリア、満州、ハワイ、北米(カリフォルニアなど)、アフリカ(ザンジバルなど)に渡った日本人女性の例もある。
からゆきさんの労働条件
『サンダカン八番娼館』に描かれた大正中期から昭和前期のボルネオの例では、娼婦の取り分は50%、その内で借金返済分が25%、残りから着物・衣装などの雑費を出すのに、月20人の客を取る必要があった。「返す気になってせっせと働けば、そっでも毎月百円ぐらいずつは返せたよ」というから、検査費を合わせると月130人に相当する(余談だが、フィリピン政府の衛生局での検査の場合、週1回の淋病検査、月1回の梅毒検査を合わせると、その雑費の二倍が娼婦負担にさせられていた)。
普段の客はさほど多くないが港に船が入ったときが、どこの娼館も満員で、一番ひどいときは一晩に30人の客を取ったという。一泊10円、泊まり無しで2円。客の一人あたりの時間は、3分か5分、それよりかかるときは割り増し料金の規定だった。
現地人を客にすることは好まれず、かなり接客拒否ができたと見られる。しかし、月に一度は死にたくなると感想を語り、そんなときに休みたくても休みはなかったという。
語源
森崎和江によれば明治時代の九州で、娼婦に限らず海外へ出稼ぎに行った男女を「からゆき」と呼んでいた(シベリア鉄道建設の工夫やハワイ移民も含む)。大正時代頃から主に東南アジアへ行った娼婦を呼ぶようになった[3]。
昭和10年代には映画『からゆきさん』[4](1937年)の上映があり、また第2次世界大戦後は評論家大宅壮一のルポに「からゆきさん」の紹介があるが[5]、一般的に知られた言葉ではなかった。広く知られるようになるのは山崎朋子『サンダカン八番娼館』(1972年)以降である。
その他
- 派生語の「ジャパゆきさん」は1980年代初めの造語で、20世紀後半、逆にアジア諸国から日本に渡航して、ダンサー、歌手、ホステス、ストリッパーなどとして働く外国人女性を指して使われた。
- 1972年8月1日、タイの入管当局は日本人女性が観光客を装って入国し、マッサージで荒稼ぎをしているとして批難している[6]
関連文献
- 村岡伊平治 『村岡伊平治自伝』、南方社、1960年(講談社文庫、1987年、ISBN 978-4061840379)
- 山崎朋子 『サンダカン八番娼館 - 底辺女性史序章』、筑摩書房、1972年(ISBN 978-4480810267)
- 矢野暢 『「南進」の系譜』、中央公論社<中公新書>、1975年
- 森崎和江 『からゆきさん』、朝日新聞社、1976年(朝日文庫、1980年、ISBN 978-4022602350)
- 山崎朋子 『あめゆきさんの歌 : 山田わかの数奇なる生涯』文芸春秋、1978年
- 山谷哲夫 『じゃぱゆきさん - 女たちのアジア』、情報センター出版局、1983年(講談社文庫、1992年、ISBN 978-4061853225)
- 倉橋正直 『北のからゆきさん』、共栄書房、1989年(ISBN 4-7634-1005-9)
- 倉橋正直 『からゆきさんの唄』、共栄書房、1990年(ISBN 4-7634-1009-1)
- 倉橋正直 『島原のからゆきさん - 寄僧・広田言証と大師堂』、共栄書房、1993年(ISBN 4-7634-1012-1)
- 白石顕二 『ザンジバルの娘子軍』、社会思想社、1995年(ISBN 978-4390115339)
- 山田盟子 『波よ語っておくれ - 北米からゆきさん物語』、リトルガリヴァー、2001年(ISBN 978-4947683502)
- 工藤美代子 『カナダ遊妓楼に降る雪は』』 (晶文社 1983年、のち集英社文庫)
- 嶽本新奈『からゆきさん - 海外〈出稼ぎ〉女性の近代』、共栄書房、2015年(ISBN 978-4-7634-1064-1)
脚註
関連項目
- ジャパゆきさん
- 人身売買
- 日本人墓地
- 女衒
- 人買
- 売春
- 慰安婦 - 日本の慰安婦
- 棄民
- 南進論
- サンダカン八番娼館 望郷 - からゆきさんを題材にした映画。
- 羅紗緬
- 日本の売買春
- ポルトガルの奴隷貿易
外部リンク
- からゆきさんの小部屋
- ヤンゴンの日本人墓地
- からゆきさんの唄
- 南洋及び東洋に於ける賣笑婦 日本娘子軍の發展 『姦淫及び売笑婦』沢田順次郎著 (新興社, 1935)