「住吉町 (鹿児島市)」の版間の差分
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2020年9月14日 (月) 22:26時点における版
住吉町 | |
---|---|
北緯31度35分28.8秒 東経130度33分39.9秒 / 北緯31.591333度 東経130.561083度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 鹿児島県 |
市町村 | 鹿児島市 |
地域 | 中央地域 |
地区 | 中央地区 |
人口 (2020年(令和2年)4月1日現在) | |
• 合計 | 379人 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
892-0823 |
住吉町(すみよしちょう Sumiyoshi-Chō)は、鹿児島県鹿児島市の町名。旧鹿児島城下下町住吉町。郵便番号は892-0823。人口は379人、世帯数は251世帯(2020年4月1日現在)[1]。住吉町の全域で住居表示を実施している。
地理
鹿児島市中部に位置している。町域の北方には泉町、南方には南林寺町、海を隔てて城南町、西方には堀江町、東方には本港新町がそれぞれ接している。町域の中央を南北に鹿児島県道214号鹿児島港線が通っている。
町域内には1935年(昭和10年)に九州初の青果・水産併設の市場として鹿児島市中央卸売市場が設置されたが、敷地が手狭になったことから、1968年(昭和43年)に水産部門が魚類市場として独立し、城南町に移転、1976年(昭和51年)には青果部門が青果市場となり、東開町に移転した[2]。
また、国鉄鹿児島臨港線(貨物線)が通っており、鹿児島港駅も所在していたが[3]、1984年(昭和59年)に貨物線が廃止された。
歴史
江戸期は、鹿児島城下下町のうちであった。南方は文政から天保年頃に諸郷公役によって埋め立てられた屋久島岸岐から、北方は名山堀に至る区域に成立した[4]。
1889年(明治22年)に市制が施行されたのに伴い、鹿児島府下47町3村の区域より鹿児島市が成立。江戸期の住吉町は鹿児島市の町名「住吉町」となった[4]。1963年(昭和38年)には住吉町の全域で住居表示が実施された[5]。
人口の変遷
統計年次〔年〕 | 総人口〔人〕 | 世帯数〔世帯〕 | 備考 |
明治10年代 | 541 | [4] | |
明治20年頃 | 221 | [4] | |
1908年(明治41年) | 1,186 | 226 | [4] |
1922年(大正11年) | 1,126 | 129 | [4] |
1935年(昭和10年) | 944 | 148 | [4] |
施設
- 公共
-
- 鹿児島北社会保険事務所
- 住吉町公民館
- 日本海事検定協会
- 商業
-
- 鹿児島荷役海陸運輸
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[6]。
町丁 | 番・番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
住吉町 | 5-11、15 | 鹿児島市立松原小学校 | 鹿児島市立甲東中学校 |
住吉町 | その他 | 鹿児島市立名山小学校 | 鹿児島市立長田中学校 |
交通
道路
- 市道
-
- ボサド通り
脚注
座標: 北緯31度35分28.8秒 東経130度33分39.9秒 / 北緯31.591333度 東経130.561083度