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「アイディア・表現二分論」の版間の差分

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{{Pathnav|知的財産権|著作権|frame=1|hide=1}}
'''アイディア・表現二分論'''(あいでぃあ・ひょうげんにぶんろん)とは、思想(アイディア)をその思想の表現または表明と区別することによって、[[著作権]]保護の範囲を制限すべきとする考え方をいう。
{{特殊文字|説明=[[Microsoftコードページ932]]([[はしご高]])}}
[[File:Duchamp Fountaine.jpg|250px|thumb|[[マルセル・デュシャン|デュシャン]]作『[[泉 (デュシャン)|泉]]』は既製品の小便器に署名しただけの作品。このような[[コンセプチュアル・アート]]はアイディアとみなされ、著作権保護が発生しない場合がある{{R|Stanford-ConcpArt}}{{Sfn|井奈波|2006|pp=4–6}}。]]


'''アイディア・表現二分論'''(アイディア・ひょうげんにぶんろん、別称: アイディアと表現の二分法理{{Efn2|「アイディア・表現二分論」が多く見受けられるものの、日本語の定訳はない。別称には「アイディアと表現の二分法理」(日本の[[文化庁]]){{R|BunkaRep}}、「表現とアイディアの二分法」(弁護士・山本){{R|YamamotoRep}}、「思想・表現二分論」(判事・髙部){{Sfn|髙部|2012|p=102}}などがある。}}、{{Lang-en-short|Idea-expression dichotomy}} または {{Lang|en|Idea-expression divide}})とは、[[知的財産権]]の一種である[[著作権]]によって何を保護するか、その対象範囲を定める法律上の原理原則 ([[法理]]) である。思想、概念や事実発見などを含む「アイディア」そのものは保護の対象外とした上で、そのアイディアを何らかの形で創作的に「表現」した[[著作物]]のみを著作権法で保護する{{Sfnm|髙部|2012|1pp=102–103, 106|島並・上野・横山|2009|2pp=20–21|作花 第4版|2010|3p=755}}。この法理に基づき、アイディアとみなされて著作権法で保護されない例には、平均株価を示す単純データ{{Sfn|作花 第5版|2018|p=66}}、スポーツのルール{{Sfn|作花 第5版|2018|p=66}}、新薬の製法{{Efn2|新薬の製法を発明し、それを論文の形式で表現していれば、その論文は著作物として著作権法で保護される。しかし製法そのものは著作権の対象外であり、一般的には特許出願の上で特許権で保護される{{Sfn|岡本|2003|pp=22–23}}。}}、一般的な単語だけを含むお笑い芸人の一発ギャグ{{Sfn|岡本|2003|pp=22–23}}などが挙げられる。ただしこれらの一部は、要件を満たせば[[特許権]]や[[商標権]]、[[意匠権]]といった[[産業財産権]]、ないし[[不正競争防止法|不正競争防止]]など別の法律制度で保護されることもある。
例えば、欧州連合ソフトウェア指令第1.2条は、コンピュータプログラムの何らかの要素の基礎となる思想及び原理(操作系の基礎となるものを含む)を著作権から明示的に除外している。 <ref>quoted in {{Cite web|author=Mylly, Ulla=Maija|title=Harmonizing Copyright Rules for Computer Program Interface Protection|publisher=University of Louisville Louis D. Brandeis School of Law|page=14|url=http://www.law.louisville.edu/sites/www.law.louisville.edu/files/cicl2-mylly.pdf|archiveurl=https://web.archive.org/web/20100605051113/http://www.law.louisville.edu/sites/www.law.louisville.edu/files/cicl2-mylly.pdf|archivedate=5 June 2010|accessdate=2019年4月30日}}</ref> <ref>{{Cite web|title=Directive 2009/24/EC of the European Parliament and of the Council of 23 April 2009 on the legal protection of computer programs|publisher=欧州連合公報|url=http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:111:0016:0022:EN:PDF|accessdate=2019年4月30日}}</ref> SAS Institute Inc. 対 World Programming Ltd. 事件で欧州司法裁判所は次のように述べている。「コンピュータプログラムの機能を著作権で保護できることを認めれば、思想を独占することが可能となり、技術の進歩及び産業の発展に対してマイナスになるであろう。」<ref>{{Cite web|title=EUR-Lex - 62010CJ0406 - EN - EUR-Lex|url=http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1446134154470&uri=CELEX:62010CJ0406|website=eur-lex.europa.eu|accessdate=2 February 2019}}</ref>


アイディア・表現二分論の根底には、多様な表現の創出によって社会全体を活性化させようとの価値観{{Sfn|島並・上野・横山|2009|p=22}}、すなわち「アイディア自由の原則」が存在する{{Sfn|山本|2008|p=45}}。著作権には著作者に独占を許す性質があることから、著作権法によって表現の大元となるアイディアにまで過度な独占がおよんで社会発展が妨げられないよう、著作権の範囲を制限する狙いがアイディア・表現二分論にある{{Sfn|山本|2008|p=45}}。
合衆国では、1879年に[[合衆国最高裁判所|最高裁判所]]が Baker 対 Seldon 事件<ref>{{Ussc|101|99|1879}}</ref>の意見でこの原理をさらに進め、書物に記述された「有用な技術」(同事件では[[簿記]])には特許によって排他的な権利が与えられ得るのに対して、著作権によって保護されるのは(アイディアではなく)記述そのものだけであると判示した。 Harper & Row Publishers, Inc. 対 Nation Enters. 事件 471 U.S. 539, 556 (1985) において、最高裁判所は、「著作権におけるアイディア・表現二分論は、事実の自由な伝達を許す一方で、著作者の表現を保護することによって、[[アメリカ合衆国憲法修正第1条|憲法修正第1条]]と[[著作権法 (アメリカ合衆国)|著作権法]]との定義上のバランスをとる。」(内部引用は省略)と判示した。さらに、 Mazer 対 Stein 事件 347 U.S. 201, 217 (1954) において、最高裁判所は、「特許とは異なり、著作権は公開された技術に対して排他的権利を与えるものではない。保護が与えられるのは思想の表現に対してのみであって、思想そのものに対してではない。」と判示した。


アイディア・表現二分論の概念は既に19世紀には成立しており{{Sfn|Colombet|1990|p=22}}、著作権の各種基本条約でも規定されて国際的に認められているものの{{Sfnm|髙部|2012|1pp=102&ndash;103|島並・上野・横山|2009|2p=21}}、時代によって、そして判例によって幾度もなく原則が歪められてきた{{Sfn|Colombet|1990|p=22}}。特に「'''{{仮リンク|額の汗の法理|en|Sweat of the brow}}'''」({{Lang-en-short|Sweat of the brow}}){{Efn2|name=SoB|「額に汗の法理」や「額に汗の理論」の訳語が充てられることもある{{R|METI-SofB}}{{Sfn|田村|1998|pp=24&ndash;25}}。}}はアイディア・表現二分論と相反する概念でありながら、一部の司法判断で長らく支持された過去がある{{Sfnm|Leaffer|2008|1p=94|山本|2008|2p=30}}。また、時としてアイディアと表現が融合して分離が困難なケースがある。その際には、アイディア・表現二分論から派生した「'''マージ理論'''」({{Lang-en-short|Merger doctrine}}){{Efn2|name=Merger}}や「'''ありふれた情景の理論'''」({{Lang-fr-short|Scènes à faire}}){{Efn2|フランス語読みをそのままカタカナ表記した「シーン・ア・フェール法理」と呼ばれる場合もある{{R|松澤}}。}} が適用されることがある。
知的財産権に対する批判の中には、一般的な思想及び概念が方法論として解釈されるときに思想・概念自体に独占的な権利を与える「特許」と、そのような権利を与え得ない「著作権」との混同に基づくものがある。{{要出典|date=November 2015}}[[冒険小説]]を例にとって説明しよう。著作権は、全体としての作品に、特定のストーリーや登場人物に、あるいは本に含まれる[[挿絵]]に存在することがあり得るが、通常は、そのストーリーのアイディアや[[ジャンル]]には存在し得ない。したがって著作権は、「ある男が冒険に出掛けて探検する」というアイディアには存在し得ないが、このパターンに沿った特定のストーリーには存在し得る。同様に、ある著作物内に述べられている方法論や手順に[[特許|特許要件]]があれば、それらは各種の[[特許請求の範囲|特許請求]]の対象となり得、それは同じアイディアに基づく他の方法論や手順を包摂できる広さを持つこともあれば、そうでないこともある。例えば、 [[アーサー・C・クラーク|アーサー・C・クラーク]]が1945年の論文で通信衛星([[電気通信]]中継器として使用される[[静止軌道|静止衛星]])の概念を十分に記述していたため、1954年に[[ベル研究所]]で(独立に{{要出典|date=February 2009}})通信衛星が開発されたが特許要件があるとはされなかった。


アイディア・表現二分論やその関連諸理論を実際に活用するにあたり、普遍的で機械的に判断しうる基準の確立は困難であり、ケースバイケースでアイディアと表現を慎重に切り分ける必要がある{{Sfnm|Weinstein|1990|1p=44|髙部|2012|2p=105|白鳥|2004|3pp=96&ndash;98|中山|2014|4p=123}}。本項では、のちに強い批判を受けた判例も含め、各国の判例事情を概観しながら諸理論を解説していく。
イギリスの判例である Donoghue 対 Allied Newspapers Limited (1938) Ch 106 において、裁判所は、この概念を「絵画、戯曲、書籍のいずれかの手段で思想に形を与えた者」が著作権を有すると述べて説明した。オーストラリアの判例である Victoria Park Racing and Recreation Grounds Co. Ltd 対 Taylor (1937) 事件 58 CLR 479 at 498 において、 Latham 裁判長は、ある人がバスから転落したことを報道するという例を用いた。すなわち、最初にこの事実を報道した人は、他の人がこの事実を公表することを著作権法を用いて阻止することはできないというのである。


== 定義と意義 ==
==必然の一致 ''Scènes à faire''==
著作権法で保護される範囲に関し、以下の原理原則が (特に[[大陸法]]系の国々で) 伝統的に認められている{{Sfn|Colombet|1990|p=21}}。
一部の裁判所は、特定の思想をうまく表現するにはある要素又は背景を用いざるを得ないことを認めてきた。この原理を[[フランス語]]で ''Scènes à faire ''と言う。したがって、このような状況では表現であっても保護されないか、保護されるのは文字通りの丸写しのみに非常に限定されることになる。これはイギリス及びほとんどの[[イギリス連邦|コモンウェルス諸国]]に当てはまる。<ref>{{Cite book|last=Lai, Stanley|year=1999|chapter=Chapter V: The Position of ''Scenes a Faire'' in English Law|title=The Copyright Protection of Computer Software in the United Kingdom|location=Oxford, England|publisher=Hart Publishing|pages=54–56|isbn=978-1-84113-087-3}}</ref>
# 思想や感情の「表現」のみを保護 (アイディア・表現二分論){{Efn2|頭の中に思い描いただけでは「表現」したとみなせないため、著作権保護されない{{Sfn|田村|1998|p=13}}。}}
# 「創作性」({{Lang-en-short|originality}}) を有した著作物のみを保護
# よって、著作物のジャンル (小説・音楽など)、表現形式 (文章・描画・口頭など)、価値、用途は不問{{Efn2|先進国諸国におけるレアケースとして、[[英米法]]系に分類される米国連邦著作権法では、著作権保護に著作物の媒体への「固定」の要件を用いている{{Sfn|山本|2008|p=13}}。ただし、連邦法とは別に州法で未固定の著作物も保護される場合があり、州によって異なる。たとえば口述インタビューやジャズの即興演奏などが未固定の例として挙げられる{{Sfn|Leaffer|2008|p=49}}。<br>また同じく英米法系の英国でも、著作権法第3条 (2) に従い、言語著作物・演劇著作物・音楽著作物に関しては媒体に固定されていることを著作権保護の要件としている (美術著作物は固定要件の対象から除く){{Sfn|Flint & Thorne|1999|pp=39, 53}}。<br>大陸法から影響を受けた日本の著作権法では、固定要件は要求されない。これは日本の伝統文化として[[短歌]]や[[俳句]]、即興演奏といった未固定で伝承されうる著作物が存在することが一因だとの説がある{{Sfn|田村|1998|pp=13&ndash;14}}。}}


(1) アイディア・表現二分論は、もう一つの原理である (2) 創作性と不可分の関係にあり、起点は単なるアイディアであっても個人の思想・感情をもって表現すれば、それは自ずと創作性を満たして著作権法の保護に値するとも考えられている{{Efn2|著作物の定義や著作権の保護要件について言及する専門文献を見渡しても、アイディア・表現二分論と創作性の要件をセットにして論じるものが多い{{Sfnm|金井|2015|1p=36|中山|2014|2p=72|Colombet|1990|3p=21}}{{R|Merger-Yamamoto}}。}}。極端な例を挙げれば、たとえ幼児が描いた平凡な似顔絵であっても、本人の感性が「表現」されていれば著作物として認められ、著作権法で保護される。その表現や創作性に、高い芸術性や斬新さといった価値は要求されない{{R|BunkaQA}}{{Efn2|幼児の描いた平凡な絵にも著作権保護を認めるのは、主に2つの理由からである。まず、このような平凡な絵を第三者が複製して利益を得ようとしないため、著作権で保護しておいても社会的な利益バランスを損なうことがないからである。また、著作物の価値に基づいて保護対象を線引きするとなると、裁判所がどの著作物や文化を振興・保護すべきか選別する役割を担うことになり、その判断の妥当性や正統性に疑問が生じるためである{{Sfn|田村|1998|p=14}}。}}。
合衆国では、ある種の著作物においてはある種の背景要素が常にある、あるいは少なくともよくあることが認められている。例えば、 Walker 対 Time Life Films, Inc. 事件 784 F.2d 44([[合衆国控訴裁判所|第2巡回区控訴裁判所]]、1986年)において、同裁判所は、[[サウス・ブロンクス]]の警察官を描いた映画では、背景に酔っ払い、部品を盗まれた車、売春婦、ネズミが登場することは不可避であると述べた。 Gates Rubber Co. 対 Bando Chemical Industries 事件 9 F.3d 823(第10巡回区控訴裁判所、1993年)において、同裁判所は、ハードウェアの規格と機械的仕様、ソフトウェアの規格と互換性要件、コンピュータメーカーの設計規格、ターゲット業界の慣行や需要、コンピュータ産業におけるプログラミングの慣行は、コンピュータプログラムにおいては保護されない「必然の一致」であると判示した。ただし、サウス・ブロンクスの映画において「必然の一致」原理から外れるものが存在するように、この原理には限界がなければならない。ゴキブリ、ギャング、強盗は、やはりサウス・ブロンクスにおいては「必然の一致」かもしれないが、映画が「優しい心を持ったスラムの家主と、禅宗の門徒で車庫暮らしの警官、というところまで似ていれば間違いなくサウス・ブロンクスの『必然の一致』を超えるだろう。お約束の多いジャンルでも、何か可能な表現があるはずである」


=== アイディアとは何か ===
==融合==
ここでの「アイディア」という法的な言葉は、一般的な意味とは少々異なることに注意が必要である。例えば、
より広範な関連概念として、[[融合理論]](マージ理論)がある。思想の中には、明瞭に表現する方法が一つないし少数しかないものがある。たとえばゲームのルールがそうだ。<ref>''Morrissey対Proctor&Gamble Co.'' 、379 F 2 ''d'' 675(第1巡回区控訴裁判所、1967年)</ref>このような場合、表現とアイデアは分かちがたく融合し、したがって保護されない。<ref>''Data East USA、Inc。対Epyx、Inc。'' 、862 F.2d 204(第9巡回区控訴裁判所、1988年)を参照せよ。</ref>
* フィクション作品のかなり詳細で具体的な設定を考え出すことも日常的には「アイディアを思いついた」などと言うが、一定以上に詳細で具体的な設定はアイディア・表現二分論における「アイディア」ではなく「表現」に該当する{{R|松澤}}。
* 論文に記された「事実」や「発見」それ自体はアイディアに含まれる{{Sfn|山本|2008|pp=45&ndash;46}}。したがって、論文内のアイディア (事実や発見) を他者が利用したとしても、著作権侵害には当たらない{{Sfn|作花 第4版|2010|p=82}}。
* [[コンピュータ・プログラム]]の一つであるインターネットの検索エンジンを例にとると、プログラムの[[アルゴリズム]]や基本設計、つまり検索キーワードに基づき、どのサイトを検索結果に含める・含めないかや、検索表示順を決めるロジックは、新たに発見するものであることから「アイディア」である{{Sfn|山本|2008|pp=47}}{{Efn2|欧州連合 (EU) の著作権関連指令の一つである通称ソフトウェア指令 (91/250) や、世界貿易機関 (WTO) 加盟国に適用される[[TRIPS協定]]においても、コンピュータ・プログラムの一部は著作権保護が認められている。そのうえで、EUのソフトウェア指令ではロジックやアルゴリズムは著作権保護の対象外と明記している{{R|Synodinou}}。}}。しかし、その検索エンジンの使い方を示したフローチャートなどの説明文書は、アイディアに基づく「表現」である{{Sfn|山本|2008|pp=47}}。
* 収集にどれだけ労苦と資金を要しようが、データそのものはアイディアであり、著作権保護されない。しかし個々のデータを取捨選択し、何らかの知的なロジックで並べているデータベース (つまりデータの集合体) はアイディアの表現であり、[[データベース権]]として著作権保護されることがある{{R|SoB2014}}。


=== 独占とアイディア自由の原則 ===
合衆国の連邦裁判所の判例は、融合が侵害に対する抗弁を構成するのか、そもそも著作物該当性を阻却するのかで分かれているが、<ref>{{Cite web|title=Oracle Am., Inc. v. Google, Inc., 750 F.3d 1339, 1358 (Fed. Cir. 2014)|url=https://scholar.google.com/scholar_case?case=15197092051369647665&q=oracle+v.+google&hl=en&as_sdt=2006|accessdate=2019年4月30日|publisher=}}</ref>いずれにせよ、融合は[[著作権侵害]]に対する積極的抗弁としてよく申し立てられている。
アイディア・表現二分論が適用される根拠の一つに、著作権の保護が著作者に与える「独占」的な支配の特性がある。つまり、アイディアのような抽象的なものまで特定の人物あるいは法人に独占させると、第三者の表現活動を阻害することになり得るためである{{R|松澤}}{{Sfn|駒田・潮海・山根|2016|p=20}}。アイディアは表現に先立ち、表現を生み出す元である。そのため、アイディアを万人が利用可能な状態に置くことが、多様な表現の創出が社会全体で活性化することに繋がる{{Sfn|島並・上野・横山|2009|p=22}}。これを「アイディア自由の原則」とも呼ぶ{{Sfn|山本|2008|p=45}}。


では著作権と同じ[[知的財産権]]の一種である[[特許権]]や[[商標権]]はどうであろうか。特許権や商標権がアイディアそれ自体を法的に保護しているにもかかわらず、著作権による保護では強力すぎる{{Sfn|島並・上野・横山|2009|pp=22&ndash;23}}とみなされるのはなぜか。その違いは、手続・審査の厳格さにある{{Sfn|山本|2008|p=45}}。世界の多くの国々の著作権法では、著作物が創作された時点で、自動的に著作権が発生する「[[著作権#方式主義と無方式主義|無方式主義]]」を採用している{{Efn2|著作権の基本条約である[[ベルヌ条約]]で無方式主義を採用しており、ベルヌ条約の締結国は2019年6月時点で世界180ヶ国以上に上る{{R|BerneConv-WIPO-2}}。}}。一方、特許や商標などの[[産業財産権]]は、権利者の独占が著作権より強い分、政府当局に申請して許可されなければ、その権利が認められない「方式主義」である。仮にアイディアと表現を明確に切り分けず、容易に権利が認められる著作権を笠にして、アイディアそのものまで広く独占保護を求める者が出てくると、アイディア自由の原則がないがしろにされたり、特許などの手続・審査の抜け道として著作権保護が悪用されるおそれがある。したがって、アイディア・表現二分論には、著作権で保護される範囲を制限するという側面がある{{Sfn|山本|2008|p=45}}。裏を返せば、特定の具体的表現を独占させたとしても、通常は一つのアイディアから無数の具体的表現が可能なので、著作権法が表現活動を不当に妨げることにはならないと考えられる{{Sfn|島並・上野・横山|2009|p=22}}。
==ルック・アンド・フィール(全体的印象)==
{{main|ルック・アンド・フィール}}
2013年8月、 [[ロビン・シック]]、[[ファレル・ウィリアムス]]、[[T.I.]]は、彼らの曲である「[[ブラード・ラインズ (曲)|ブラード・ラインズ]]」に関して[[マーヴィン・ゲイ]]の家族及び相続財産から訴訟を起こされた。ゲイの家族は、「ブラード・ラインズ」がマービン・ゲイの曲である "[[Got to Give It Up]]"の「フィーリング」と「音」とをまねたものだと主張していた(シックは、この曲を「ブラード・ラインズ」に影響を与えた作品をして名前を挙げていた。)。<ref name="thr-blurredripoff">{{Cite news|title=Robin Thicke Sues to Protect 'Blurred Lines' from Marvin Gaye's Family (Exclusive)|url=http://www.hollywoodreporter.com/thr-esq/robin-thicke-sues-protect-blurred-607492|newspaper=The Hollywood Reporter|accessdate=18 August 2013|first=Eriq|last=Gardner|date=August 15, 2013}}</ref> <ref>{{Cite news|url=http://www.latimes.com/entertainment/music/la-et-ms-blurred-lines-reaction-brian-wilson-bonnie-mckee-20150314-story.html#page=1|title=Brian Wilson, Bonnie McKee and others react to 'Blurred Lines' verdict – LA Times|first=Randy|last=Lewis|newspaper=[[Los Angeles Times]]|date=2015-03-14|publisher=[[Tribune Publishing]]|location=[[Los Angeles]]|issn=0458-3035|accessdate=14 March 2015}}</ref>2015年3月、裁判所は、同じコード、歌詞など著作物性のある要素を共有していないにもかかわらず、「ブラード・ラインズ」はそのフィーリングと音とをまねることで "Got to Give It" の著作権を侵害したと判定した。<ref> [http://www.leagle.com/decision/In%20FDCO%2020151203A30/Williams%20v.%20Bridgeport%20Music,%20Inc. ''Williams v. Bridgeport Music, Inc.'']</ref> <ref>この事案における法的問題を論じる動画として、 [https://www.youtube.com/watch?v=DgLCz0M6bF0 ''Blurred Lines Video''] 及び[https://law.duke.edu/news/obrien-16-honored-grammy-foundation/ 動画の記事版]を参照せよ。</ref>


さらに、アイディアは「抽象的」なアイディアと「具体的」なアイディアに分類され、特許権や商標権であっても前者を独占することはできない。例えば化学の基礎知識は「抽象的なアイディア」であり、独占は許されない。しかし、この万人が共有する基礎知識に基づいて科学者が新薬を開発すれば、それは「具体的なアイディア」であり、特許申請手続ののちに開発者に特許 (独占) が認められる。この結果、特許保有者以外は一定の期間、その新薬を製造・販売できなくなる。さらにその新薬に関する科学論文や、新薬を飲んだ患者の体験本は、アイディアの「表現」であることから、その執筆者には著作権が認められる。このように、アイディアと表現は階層化している{{Sfn|山本|2008|pp=12, 46}}。
==注釈==

<references group="" responsive="1"></references>
== 額の汗の法理と創作性 ==
アイディア・表現二分論と相反するのが「{{仮リンク|額の汗の法理|en|Sweat of the brow}}」{{Efn2|name=SoB}}である。額の汗の法理に基づくと、額に汗したその労力の賜物を保護するのが著作権法の目的であると考えられ、たとえそこに個人の視座やスキルが欠如し、創作性の要件が満たされていなくとも、著作者は利益保護されるべきだとの結論に達する{{R|SoB-Sreenivasulu}}。実際の判例を具体例として挙げると、電話帳の作成には多数の電話番号を収集する労力を要する。額の汗の法理をとれば、この電話帳は著作権保護されるため、第三者が複製して再出版すれば著作権侵害に当たる。しかしアイディア・表現二分論に立脚すれば、電話番号は単なるデータ (アイディア) であり、番号の並べ方も表現の工夫は限られていることから、いくらコピーしようが著作権で保護されない (詳細は後述の「ファイスト出版対ルーラル電話サービス裁判」1991年米国最高裁判決を参照){{R|Telephone-Cornell|SfB-Ito}}。

額の汗の法理は、英国においては1900年の「{{仮リンク|ウォルター対レーン裁判|en|Walter v Lane}}」(Walter v Lane; AC 539) が初出とされている{{R|Originality-India}}。そしてアイディア・表現二分論や創作性の要件を否定する傾向は、同じく[[英米法]]系のカナダ、オーストラリアやインドにまで波及した{{R|Originality-India}}。米国においても、上述の電話帳をめぐる1991年最高裁判決で額の汗の法理が否定され、アイディア・表現二分論が再支持されるまでの間、実に約90年も額の汗の法理が用いられ、著作権法上の混乱をもたらしたと言われている{{Sfnm|Leaffer|2008|1p=94|山本|2008|2p=30}}。

なお、欧州連合 (EU) では[[データベース権|データベースのコンテンツ保護]]に限っては、額の汗の法理に類似の基準を適用しているとの指摘もある{{R|EU-DBDirec-Shimizu}}。EUでは1996年に{{仮リンク|データベース指令|en|Database Directive}} (Directive 96/9/EC) が成立してデータベースの著作権保護を規定している{{R|DB-TAL}}。EUではデータベースを「内容物」(コンテンツ) と「データ構造」に分類の上、前者はスイ・ジェネリス権で、後者は狭義の著作権でそれぞれ別個に保護すると定めている{{R|DB-EUOfficial|DB-TAL}}。狭義の著作権で保護されるには、知的な「創作性」({{Lang-en-short|originality}}) が要件として求められる一方、スイ・ジェネリス・データベース権は保護に値するだけの「実質的投資」({{Lang-en-short|substantial investment}}) があるかが問われる{{R|DB-TAL|}}。ここでの「実質的投資」であるが、データベース作成にかかった投資であり、作成されたデータベースの評価額ではない{{R|DBPrtc-Yoshida}}。

== マージ理論 ==
アイディアと表現を切り分けるのが理想である。しかし、ある表現を使用しなければ、その大元にあるアイディアも使用できないほどに結合 (マージ、merge) が強い場合、アイディア自由の原則と表現の保護という二つの考え方は両立できなくなる。この際、アイディア自由の原則を優先し、著作権による保護は制限されるという考え方がマージ理論 ({{Lang-en|Merger doctrine}}){{Efn2|name=Merger|日本語では、混同理論{{Sfn|中山|2014|p=72}}、融合理論{{Sfn|金井|2015|p=44}}、融合法理{{Sfn|白鳥|2004|p=79}}などとも呼ぶ。他のカナ転写としてはマージャー理論{{Sfn|中山|2014|p=72}}もある。}}である{{Sfn|山本|2008|pp=47&ndash;49}}。マージ理論が問われたリーディング・ケースとしては、後述する1879年のアメリカ合衆国最高裁判決「{{仮リンク|ベーカー対セルデン裁判|en|Baker v. Selden}}」(101 U.S. 99) や、1971年の第9巡回区控訴裁判決「ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判」(446 F.2d 738) などが知られている。

== ありふれた情景の理論 ==
(狭義の) マージ理論を発展させたものとして、「ありふれた情景の理論」(フランス語でScènes à faire、英語圏でもフランス語がそのまま使用される) がある。マージ理論はアイディアと表現が1対1 (ないしごく限られた数) で結合しているのに対し、ありふれた情景の理論は1対Nであり、かつNの中でもお決まりの表現が一つに定まるケースである。このような場合、お決まり、つまり平凡な表現は著作権保護されないという考え方である{{Sfn|山本|2008|pp=49&ndash;50}}。ありふれた情景の理論に関するリーディング・ケースとしては、後述する1988年のアメリカ合衆国第9巡回区控訴裁判決「{{仮リンク|データイースト対エピックス裁判|en|Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc.}}」(862 F.2d 204) がある。本件は、空手対戦ゲームの雰囲気や設定が似ているとして日本と米国のゲーム会社間で争ったケースである{{R|RAVEL-DataEast|Graham1999}}。

ここで注意すべきは、単に平凡な表現だからと言って、それだけを理由に法的に保護されないわけではないことである。アイディア自由の原則がまず優先的にあり、表現の保護によって大元となるアイディアまで利用を制限されてはならないからこそ、(狭義の) マージ理論もありふれた情景の理論も導き出されている{{Sfn|山本|2008|pp=49&ndash;50}}。

なお、ありふれた情景の理論は、文学や映像などの芸術性や物語性を主に対象とし、マージ理論はコンピュータ・プログラムなどの実用的な著作物を対象として使い分けるべきとの主張もあるが{{Sfn|Leaffer|2008|p=115}}、両者は密接に関係し、法廷ではマージ理論のこともありふれた情景の理論と呼ばれることが多い{{Sfn|Leaffer|2008|p=115}}。

== 各国の適用状況 ==
上述の諸理論が国際条約や各国の著作権法条文としてどのように表記され、実際の司法判断がなされているかを見ていく。

=== 国際条約 ===
{{Quote box
|title = TRIPS協定 第9条第2項
|quote = Copyright protection shall extend to expressions and not to ideas, procedures, methods of operation or mathematical concepts as such.{{R|TRIPS9-2}}<br>著作権の保護は、表現されたものに及ぶものとし、思想、手続、運用方法又は数学的概念自体には及んではならない (日本国外務省訳){{R|MOFA-TRIPS}}。
|width = 40%
|align = right
|quoted = 1
}}

{{Quote box
|title = WIPO著作権条約 第2条: 著作権の保護の範囲
|quote = Copyright protection extends to expressions and not to ideas, procedures, methods of operation or mathematical concepts as such.{{R|OriText-WCT}}<br>著作権の保護は、表現されたものに及ぶものとし、思想、手続、運用方法又は数学的概念自体に及ぶものではない (著作権情報センター訳){{R|CRIC-WCT}}。
|width = 40%
|align = right
|quoted = 1
}}

著作権に関する主な国際条約には、基本条約たる[[ベルヌ条約]] (1887年発効)、[[世界貿易機関]] (WTO) 加盟国に適用される[[TRIPS協定]] (1995年発効)、およびベルヌ条約を発展させた[[WIPO著作権条約]] (2002年発効) がある{{R|Bunka2007}}。このうち、ベルヌ条約の[[s: 1971年ベルヌ条約パリ改正#2条|第2条]]には言及がないものの、TRIPS協定とWIPO著作権条約の条文内にはアイディア・表現二分論に関する規定が、ほぼ同一の文章表現で盛り込まれている。

2020年6月現在、TRIPS協定には164か国{{R|TRIPS-WTO-1}}、WIPO著作権条約には107か国が加盟しており{{R|WCT-WIPO-2}}、アイディア・表現二分論は、国際的にも広く受け入れられている原則と言える{{Sfnm|髙部|2012|1pp=102&ndash;103|島並・上野・横山|2009|2p=21}}。

{{For2|国際条約の各国加盟状況|ベルヌ条約#加盟国と施行時期の一覧}}

=== 各国の相違点まとめ ===
後述する各国の判例を概観すると、アイディア・表現二分論は大きく以下のいずれかの文脈で争点となる。
* 著作「物」の法的保護範囲 -- 著作物の盗用が問われる際、真似たのはアイディア (着想) だけなのか、その表現性まで含むのかを切り分ける裁判。
* 著作「者」の認定範囲 -- 著作物を複数人で共作した際、(アイディア出しや素材提供を超えて) どこまで寄与すれば[[共同著作者]]として認められるかを問う裁判。

前者の著作「物」に関する争点であるが、アイディアと表現の線引きは実際には簡単ではない{{Sfnm|Weinstein|1990|1p=44|髙部|2012|2p=105|白鳥|2004|3pp=96&ndash;98|中山|2014|4p=123, 158}}。ある著作物の著作権侵害が問題となったとき、「アイディアの表現」が複製されたのか、それとも「アイディア」のみが複製されたに過ぎないのか、といったことが議論になる{{Sfn|Weinstein|1990|p=44}}。抽象的アイディアと具体的表現の間には、表現の抽象度の高低に応じてさまざまな段階があると考えられる{{Sfn|島並・上野・横山|2009|p=31}}。アイディアと表現を線引きできる一般的基準を確立することは困難である{{Sfn|髙部|2012|p=105}}。実情としては、それぞれの事案ごとに、その創作物におけるアイディアと表現とは何かを個別に検討しなければならない{{Sfnm|髙部|2012|1p=105|白鳥|2004|2p=98}}。

また、各国の著作権法では著作物と認めて保護される種類を条文上に列記しているが、一部はたとえ表現性・創作性があっても、以下のとおり著作権保護を拒否する場合がある。

:; 応用美術・実用品デザイン
: イアリングやおもちゃ、椅子やランプなどの応用美術・実用品デザインについては、以下のとおり各国で法的保護のアプローチが異なる{{Sfn|Goldstein & Hugenholtz|2013|p=215}}。
:* 実用品も他の著作物と同様に保護対象に含める -- フランスなど
:* 実用品も一部保護に含めるものの、ほかの著作物よりも保護要件の水準を高く設定する -- ドイツなど
:* 実用品は意匠法など別の法律で保護する、あるいは著作権法と二重で保護する -- 米国、過去のイタリアなど{{Efn2|E.C. Design Protection Directive (1993年のデザイン保護指令) に基づき、イタリアは著作権法を改正しており、第2条 (4) を廃止している{{Sfn|Goldstein & Hugenholtz|2013|p=215}}。}}{{Efn2|イギリスについては米国に類似点もあるものの、ハイブリッド型のアプローチをとっている。デザインと機能性が物理的に分離可能であれば、米国同様に著作権保護の対象内としているが、米国と異なり、イギリスでは概念的に分離可能な場合は保護対象外としている{{Sfn|Goldstein & Hugenholtz|2013|p=217}}。}}

:; 題号 (タイトル)
: 小説などの言語著作物は著作権法で保護されるのが一般的であるが、小説の中身だけでなくその題号も著作権法で保護されるのかは国によって差がある。
:* 創作性が認められれば、題号も著作権法で保護されるほか、商標権との二重保護も可能 -- フランス (L112条-4{{R|LF-CPI-L112}}){{Efn2|フランスの場合、その題名が汎用的で一般的な用語の場合、判例では著作権保護の対象外と判示されており、題名における創作性の具体的な線引きは司法判断に任されている。たとえば、小説『[[アンジェリク (小説)|アンジェリク]]』は主人公女性の名前から付けられた題名だが、著作権保護の対象となっている{{Sfn|井奈波|2006|p=9}}。また、題名は商標登録できる場合があり、このようなケースでは商標権と著作権で二重保護される{{Sfn|井奈波|2006|p=9}}。なおEUでは、加盟国すべてに通用する商標登録制度である{{仮リンク|欧州連合商標|en|European Union trade mark}} (略称: EUTM、旧称: 欧州共同体商標 (CTM)) がある。登録先はスペインにある[[欧州連合知的財産庁]] (略称: EUIPO、旧称: 共同体商標意匠庁 (OHIM)) である。したがって、フランスのみで通用する国内商標登録以外に、EU全域での一括商標登録の方法も選択できる{{R|Okuda}}。}}
:* 題号は著作権法の範疇外であり{{Sfn|山本|2008|p=23}}、不正競争防止法など、別の法的根拠を求める必要がある{{Sfn|Leaffer|2008|p=143}} -- 米国

:; ファッション
: ファッションには手に届かない憧れの奢侈品の側面があり、そのブランド価値は希少性から生み出される{{Sfn|高林・三村・竹中|2012|p=18|loc=第1章 ファッションの法についての基礎的考察 |ps=-- 小島立 執筆パート}}。したがって知的財産権ないし不正競争防止 (模倣品対策) の観点で各国の法的保護体制は以下のとおり異なる。しかしながらファッション業界固有の問題として、ブランド品のように定番もあれば、流行に合わせて次々と商品サイクルを急回転させる[[ファスト・ファッション]]もあり、著作権法ないし商標法などの知的財産法で保護するのは「割に合わない」ケースも出てくる{{Sfn|高林・三村・竹中|2012|pp=22&ndash;23|loc=第1章 ファッションの法についての基礎的考察 |ps=-- 小島立 執筆パート}}。
:* 著作権法上でファッションの保護を明記 -- フランス (L112条-2に婦人服、下着、刺繍、帽子、靴、革製品など列記{{R|LF-CPI-L112}})
:* 商標法ないし[[不正競争防止法]]で一部保護 -- 日本{{Sfn|高林・三村・竹中|2012|p=22|loc=第1章 ファッションの法についての基礎的考察 |ps=-- 小島立 執筆パート}}
:* 伝統的に欧州・日本と比べてファッション全般の法的保護水準が低いものの、2010年代に入ってから保護強化の検討議論に動きがあり、流動的 -- 米国{{Sfn|高林・三村・竹中|2012|pp=23&ndash;24|loc=第1章 ファッションの法についての基礎的考察 |ps=-- 小島立 執筆パート}}

=== アメリカ合衆国 ===
[[File:Copyright IdeaExpDivide Ja.png|米国著作権法におけるアイディア・表現二分論の解説例{{Sfn|山本|2008|pp=11&ndash;12}}。|thumb|350px]]
アイディア・表現二分論は、[[合衆国法典]]第17編 (17 U.S.C.) に収録された[[米国著作権法|米国連邦著作権法]]の[http://uscode.house.gov/view.xhtml?req=granuleid:USC-prelim-title17-section102&num=0&edition=prelim 第102条(b)項]で明文化されている。当条文ではアイディアに並んで、「手続」「過程」「方式」「操作方法」「概念」「原理」「発見」について著作権による保護を否定している{{Sfn|Weinstein|1990|p=43}}。

米国においてアイディア・表現二分論は「公共性」の高低によって整理されている。米国では「産業政策理論」と呼ばれる考え方が著作権法の基盤となっており、これが公共性の概念とリンクする。産業政策理論とは、モノの発明者や創作者に対し、政府が法律によって独占的な権利を無制限に与えたり、私的な恩恵を与えるのではなく、発明者や創作者を一定の期間に限って動機付け、期限が切れた後はその天才たちの成果物を社会が利用できるようにすることで、公共の利益を達成しようという発想である。さらにその背景には、競争の自由を阻害する市場の独占は悪であり、これに対する警戒心が強いという思想がある{{Sfn|山本|2008|pp=9&ndash;11}}。

; {{仮リンク|ベーカー対セルデン裁判|en|Baker v. Selden}} ({{Lang|en|Baker v. Selden}}, {{Ussc|101|99|1879}})
: 会計の[[簿記]]に関する書籍を巡って争われた裁判であり、1879年の[[合衆国最高裁判所|最高裁]]判決文は多くに引用されている。セルデンは自著数冊の中で、簿記の改良手法について解説している。しかし、著作は商業的なヒットには至らなかった。セルデンの書から数年後、ベーカーが類似の簿記手法について記し、こちらは全米広域にわたって好調な売れ行きを記録した。セルデンの死後、相続人である妻がベーカーを相手取って著作権侵害で提訴したのが本件である。一審のオハイオ地方裁は、二者の著作物が酷似していることから、著作権侵害を認めて[[著作権法 (アメリカ合衆国)#著作権侵害と救済手段|終局的差止命令]]を出した。しかし最高裁では、セルデンの簿記手法そのものに著作性はなく、簿記手法を表現した書籍にのみ著作性を認めた。また、簿記手法に独占的権利を主張するには、著作権法ではなく特許法の範疇で議論すべきと判示した{{R|Baker-Cornell}}。

: 同裁判ではまた、「薬の組成や使用方法について書かれた論文や、耕作用具の作成と使用方法について書かれた論文などは、著作権法の対象となる。しかしその論文に書かれた内容の新規性 (誰が最初に発見したか) と、著作権はまったくの無関係である。そして新規性は特許庁によって審査された上で、独占性が認めなければならない。このような審査手続を経ずに独占性が認められると、他者にとって不意打ちとなってしまう」との主旨を述べている{{Sfn|山本|2008|pp=12&ndash;13}}{{Sfn|Leaffer|2008|pp=107&ndash;111}}。

; {{仮リンク|ファイスト出版対ルーラル電話サービス裁判|en|Feist Publications, Inc. v. Rural Telephone Service Co.}} ({{Lang|en|Feist Publications, Inc. v. Rural Telephone Service Co.}}, {{Ussc|499|340|1991}})
: 額の汗の法理を米国最高裁で初めて否定した判決として、国内外に知られる{{Sfn|田村|1998|pp=24&ndash;25}}。ルーラル社は[[カンザス州]]北西の一部地域で独占営業を認められた電話サービス事業者で、加入者の電話番号を電話帳として編纂して無料配布する法令義務を負っていた。一方のファイスト社は、カンザス州広域で電話帳の発行を専業とする出版社である。ファイストがルーラルの無料電話帳から自社の発行する電話帳に電話番号を転載したことから、著作権侵害が問われた。一審と二審は侵害を認めたが、最高裁では一転し、著作権保護には単なるデータ配列 (額に汗をかいてデータ収集すること) だけでなく独自の創作性 (オリジナリティを持つ表現性) が必要だと合衆国憲法の{{仮リンク|特許・著作権条項|en|Copyright Clause}}が解釈された結果、電話帳に著作権は認められずファイストの行為は合法と判示された{{R|Telephone-Cornell|SfB-Ito}}。

; [[ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判]] ({{Lang|en|Herbert Rosenthal Jewelry Corporation v. Kalpakian}}, 446 F.2d 738 (9th Cir. 1971))
: 1971年の第9巡回区控訴裁判決である。原告・被告ともに宝飾メーカーであり、原告ハーバート・ローゼンタールは、宝石に金をあしらったミツバチ型の宝飾ピンを著作権登録済みであった。被告カルパキアンが類似デザインのピンを商品化したことから、ハーバート・ローゼンタールが著作権侵害で提訴した。裁判所は、カルパキアンは自然界のミツバチを研究してデザインしており、両社とも実物のミツバチに似てはいるものの、カルパキアンがハーバート・ローゼンタールを真似たわけではないとして、類似性の訴えを棄却した{{R|LN-HerbertKalpakian}}。

: この判決では、特許権と著作権の違いについても言及されている。被告には、原告の商品の「アイディア」から学ぶ自由があるものの、アイディアの「表現」を盗むことはできないと指摘した。その上で、このケースではアイディア (ミツバチ型のピンを作る発想) とその表現 (出来上がったピンのデザイン) が不可分であることから、表現を模倣しても著作権侵害に当たらないと判示した{{R|LN-HerbertKalpakian}}。これはベーカー対セルデン裁判でも判示されたように、アイディアと表現が結合していて切り離せない場合、表現に市場独占権を与えてしまうと、特許権で保護されるべきアイディアにまで影響が及んでしまう。しかし、特許権なしに市場を独占する権利を著作権者に与えるために、連邦議会は著作権法を制定しているわけではないため、ミツバチ型ピンのデザインを模倣しても著作権侵害には当たらないとされる{{Sfn|山本|2008|pp=47&ndash;49}}。

; {{仮リンク|データイースト対エピックス裁判|en|Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc.}} ({{Lang|en|Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc.}}, 862 F.2d 204 (9th Cir. 1988))
: ありふれた情景の理論のなかでも[[ルック・アンド・フィール]]に関連する、1988年の第9巡回区控訴裁判決である。日本の[[データイースト]]社はゲームセンターの[[アーケードゲーム]]や家庭用ゲームに作品を提供するゲームメーカーである。1984年に日本で「[[空手道 (ゲーム)|空手道]]」をリリースし、米国を含む日本国外では「カラテチャンプ」(Karate Champ) の名称で流通していた。翌年1985年には、イギリスのシステムⅢソフトウェア社が「International Karate」をリリースし、米国市場向けの開発および販売は、ライセンス契約に基づいて[[カリフォルニア州]]企業のエピックス社が担っていた。1986年、海軍バージョンの「World Karate Champion」を発売した。白と赤の空手着を身にまとった対戦相手、主審による勝者宣言、対戦ごとに異なる背景シーン、ボーナス・フェーズなどの設定が似ているとして、データイーストがエピックスを提訴した。一審では著作権侵害を認め、終局的差止命令を出したが、二審の控訴裁ではこれを覆している。その理由として、与えられたアイディアから必然的に発生する標準的な表現にまで、著作権の保護を与えられないとしている{{R|RAVEL-DataEast|Graham1999}}。

; [[ハーパー & ロー対Nation誌裁判]] ({{Lang|en|Harper & Row v. Nation Enterprises}}, {{Ussc|471|539|1985}})
: 出版大手[[ハーパーコリンズ|ハーパー & ロー]] (現ハーパーコリンズ) が[[ジェラルド・R・フォード|フォード元大統領]]の未発表回想録の出版権を獲得したものの、雑誌『Nation』が引用して先行報道した争いである{{Sfn|山本|2008|p=111}}。最高裁は1985年、元原稿から逐語的に引用されたのは、計20万語のうちわずか300語だったが、その内容が決定的な箇所だと指摘した。また、「著作権におけるアイディア・表現二分論は、事実の自由な伝達を許す一方で、著作者の表現を保護することによって、[[アメリカ合衆国憲法修正第1条|憲法修正第1条]]と[[著作権法 (アメリカ合衆国)|著作権法]]との定義上のバランスをとる」と判示した{{Sfn|Leaffer|2008|p=682}}。

; {{仮リンク|メイザー対スタイン裁判|en|Mazer v. Stein}} ({{Lang|en|Mazer v. Stein}}, {{Ussc|347|201|1954}})
: 実用品デザインの著作権保護を巡るリーディング・ケースとして知られる。本件以前は、実用品デザインを著作権法で保護できるのか、それとも意匠特許法でしか保護されないのか、判然としなかった。本件では、卓上ランプを模倣したとして著作権侵害が問われた。原告の卓上ランプの台には、[[バリ島]]のダンサー男女の像が用いられていたことから、実用品の機能面としてのランプには著作権性はないが、ダンサー像には著作権性があるとして、最高裁は1954年、著作権侵害を認めた。「特許とは異なり、著作権は公開された技術に対して排他的権利を与えるものではない。保護が与えられるのは思想の表現に対してのみであって、思想そのものに対してではない」と判示している{{Sfn|Leaffer|2008|pp=164&ndash;166}}。さらに最高裁は、美しい流線型のチェアは著作権保護が認められないと例示している。その違いであるが、実用性の表現と芸術性の表現が分離できるか否かである。本件における卓上ランプの場合は、ランプの柄の部分にダンサーの像がついており、そのダンサー像だけ取り出して純粋美術としての立像を創作できることから、著作権保護されると判示された{{Sfn|山本|2008|pp=56&ndash;57}}。この物理的な分離性について別の例を挙げると、英国車ジャガーのボンネットについている、ジャガーのマスコット彫刻は分離可能なため、著作権保護されるとも説明されている{{R|KottoLaw}}。

: 本件以降も、旧式電話機型の鉛筆削り、犬形の貯金箱といった量産型の商材や、繊維製品のグラフィックデザインにまで著作権性が認められる判決が続いている{{Efn2|鉛筆削りはTed Arnold Ltd. v. Silvercraft Co. (259 F.Supp 733 (S.D.N.Y. 1956))、貯金箱はRoyalty Designs, Inc. v. Thrifticheck Serv. Corp. (204 F.Supp 702 (S.D.N.Y. 1962))、繊維製品はPeter Pan Fabrics, Inc. v. Martin Weiner Corp. (274 F.2d 489 (2nd Cir. 1960)) などが挙げられる{{Sfn|Leaffer|2008|pp=164&ndash;166}}。}}。

; {{仮リンク|スター・アスレティカ対ヴァーシティ・ブランズ裁判|en|Star Athletica, LLC v. Varsity Brands, Inc.}} ({{Lang|en|Star Athletica, LLC v. Varsity Brands, Inc.}}, {{Ussc|580|15-866|2017}})
: スポーツ・アパレル企業同士の訴訟である。メイザー判決が物理的な分離性について言及したのに対し、本件では概念的な分離性が問われた。[[チアリーディング]]のユニフォームデザイン (縞・ジグザグ・逆さV字模様など) が似ているとして大手ヴァ―シティ社がスター社を提訴した。これに対しスターは、実用品向けのデザインのため著作権は発生しないとして、マージ理論と[[フェアユース]] (公正利用) で抗弁したものの、最高裁はヴァーシティのデザイン独創性を認め、抗弁を棄却した。

: この判決では、ユニフォームの装飾デザインと、衣類繊維は物理的に分離できないものの、概念的に分離可能であるとし、その具体的な判断基準を5点示した。(1) 著作権法第102条が定めるところの「絵画・図形・彫刻の著作物」に該当するか、(2) 第101条の定義で定められた、実用的デザイン (useful article) か、(3) その実用的側面とは何か、(4) デザインを見る者が (1) の特徴と (3) の側面を分離して識別できるか、(5) さらに分離識別できるだけでなく、独立して存在できる特徴を有しているか、の5点である{{R|KottoLaw}}。

; [[モリシー対P&G裁判]] ({{Lang|en|Morrissey v. Procter & Gamble Co.}}, 379 F.2d 675 (1st Cir. 1967))
: 第1巡回区控訴裁が1967年に下したこの判決は、「混同法理」(マージ理論) のリーディング・ケースである。マージ理論も、先述のベーカー対セルデン裁判の判示に依拠する。ベーカー対セルデン裁判では、アイディアを利用するにあたって、作品の複製を必要とする場合は、その複製行為は著作権侵害にあたらないとしている。一方で、複製せずともアイディアの解釈だけで済むならば、複製は著作権侵害となる{{Sfn|Leaffer|2008|pp=109&ndash;111}}。

: モリシーは販売促進用の宝くじの企画を運営していたが、その運用方法がP&G主催の宝くじと類似しているとして提訴した裁判である。その運用方法とは、応募者が氏名、住所、[[社会保障番号]]などを記入する必要があるというものである{{R|CB-Morrissey|Morrissey-Cornell}}。販促用の宝くじのように、既にくじの引き方というアイディアが枯渇しているものにまで独占的な権利を与えてしまっては、社会的な損失になると考えられている{{Sfn|Leaffer|2008|pp=109&ndash;111}}。

; [[ウォーカー対タイム・ライフ・フィルムズ裁判]] ({{Lang|en|Walker v. Time Life Films Inc.}}, 784 F.2d 44 (2d Cir. 1986))
: ありふれた情景の理論の判例である。1976年出版・ウォーカー著『''Fort Apache''』が、1981年映画『[[アパッチ砦・ブロンクス]]』 (原題: ''Fort Apache, The Bronx'') に盗用されたとして提訴した。両作とも、黒人と白人警官の死亡事件で始まり、闘鶏、飲酒、部品を盗まれた車、売春、ネズミが登場する。第2巡回区控訴裁は1986年、これらのシーンはニューヨーク州[[サウス・ブロンクス]]でたびたび報道されている事実であり、その設定に著作物性はないとした{{R|Walker-OpenJurist}}。

; {{仮リンク|ゲイツ・ラバー対バンドー化学裁判|en|Gates Rubber Company v. Bando Chemical Industries, Ltd., et al}} ({{Lang|en|Gates Rubber Company v. Bando Chemical Industries, Ltd., et al}}, 9 F.3d 823 (10th Cir. 1993))
: 機械用ベルト製造の競合同士の争いである。同業界では全米で主力のゲイツ社は、個々の機械に合ったベルト製品を適切に選んで効率的に販売するため、さまざまな変数を考慮して計算できるソフトウェアを開発し、合衆国著作権局に著作権登録を済ませていた。ところが、このソフトウェアに関する詳細設計やソースコードなどを元ゲイツ従業員が持ち出し、転職先のバンドー (日系企業の米国支部) で類似ソフトウェアを開発した。これを受け、不正競争防止法違反、企業秘密の不正流用および著作権侵害でゲイツがバンドーを提訴した{{R|Gates-Harvard}}。本件では著作権法上の{{仮リンク|実質的類似性|en|Substantial similarity}}を検証する上で、{{仮リンク|抽象化・排除・比較テスト|en|Abstraction-Filtration-Comparison test}} (別称: 3ステップ・テスト) の手法を確立させたとして知られている{{Sfn|山本|2008|pp=192&ndash;195}}{{Sfn|Leaffer|2008|pp=589, 137}}。

: 第10巡回区控訴裁は1993年、ハードウェアの規格と機械的仕様、ソフトウェアの規格と互換性要件、コンピュータメーカーの設計規格、ターゲット業界の慣行や需要、コンピュータ産業におけるプログラミングの慣行は、コンピュータプログラムにおいては保護されない「ありふれた情景の理論」に該当すると判示した{{R|Gates-Harvard}}。

; {{仮リンク|Oracle対Google裁判|en|Oracle America, Inc. v. Google, Inc.}} ({{Lang|en|Oracle America, Inc. v. Google, Inc.}}, 2020年6月時点で係争中)
: 企業買収によって[[Java]] [[アプリケーションプログラミングインタフェース|API]]の権利を獲得した[[オラクル (企業)|Oracle]]が、同技術をモバイル用OSの[[Android (オペレーティングシステム)|Android]]に利用されたとして、[[Google]]を特許権および著作権侵害で提訴し、約1兆円相当の損害賠償を求めた裁判である{{R|OracleGoogle-Case|OracleGoogle-Diamond|OracleGoogle-Patest|OracleGoogle-Harvard2019}}。GoogleがAndroid用に使用したのは、11,500行にわたるソースコード、そして37個のJava API (アプリケーション・プログラミング・インターフェース) であり、完全な形での複製である{{R|OshaLiang}}。APIとは、外部の既成プログラムから汎用的な機能を呼び出して内部利用するための「手続」であり、インターフェース (外部と内部プログラムのつなぎ) は、単に「外部からの呼び出し方を規定した決まりごと」にすぎない{{R|eWord-API}}。そして米国著作権法 [http://uscode.house.gov/view.xhtml?req=granuleid:USC-prelim-title17-section102&num=0&edition=prelim 第102条(b)項]で手続 (プロセス) や操作方法はアイディアに分類されて著作権保護の対象外と記されている。インターフェースの一種であるJava APIはアイディア・表現二分論に従うとアイディアなのか、また仮に表現だとみなされても、自由な利用を許可する[[フェアユース]] (公正利用) の範囲を超えた著作権侵害に該当するのかが問われた{{R|OshaLiang}}。

: 一審では陪審と裁判所で著作権性を認めるかで意見が分かれたが、最終的にアイディアのみを使用したとしてGoogle支持の判決となった。しかし二審では逆転し、著作権侵害を認めている。2019年1月、Googleは連邦最高裁に事件移送命令 ({{Lang|en|certiorari}}) を請求し{{R|OshaLiang|OracleGoogle-Case|OracleGoogle-Diamond|OracleGoogle-Patest|OracleGoogle-Harvard2019}}、2019年11月に事件移送命令が受理された{{R|OracleGoogle-Harvard2019b}}。

; [[ウィリアムス対ブリッジポート・ミュージック裁判]] ({{Lang|en|Williams v. Bridgeport Music, Inc.}})
: ルック・アンド・フィールに関する判例である。2013年8月、[[ロビン・シック]]、[[ファレル・ウィリアムス]]、[[T.I.]]は、彼らの曲である「[[ブラード・ラインズ (曲)|ブラード・ラインズ]]」に関して[[マーヴィン・ゲイ]]の家族及び相続財産から訴訟を起こされた。ゲイの家族は、「ブラード・ラインズ」がマービン・ゲイの曲である "[[Got to Give It Up]]"の「フィーリング」と「音」とをまねたものだと主張していた(シックは、この曲を「ブラード・ラインズ」に影響を与えた作品をして名前を挙げていた){{R|thr-blurredripoff|Williams-LATimes}}。

: 2015年3月、裁判所は、同じコード、歌詞など著作物性のある要素を共有していないにもかかわらず、「ブラード・ラインズ」はそのフィーリングと音とをまねることで "Got to Give It" の著作権を侵害したと判定した{{R|Williams-Leagle|Williams-Duke}}。その後の2019年1月には、最終的に約500万米ドルで賠償金の金額が確定した{{R|Williams-CL}}。

=== 欧州連合 ===
[[欧州連合]] (EU) では、加盟各国の著作権法の保護水準を揃える目的から、[[著作権法 (欧州連合)|著作権に関する数々のEU指令]] ({{Lang|en|directive}}) が出されている。EU指令が出されてから一定期間以内に、国内著作権法を必要に応じて改正するなどの[[国内法化]]義務をEU加盟国は負っている。なお、著作権関連のEU指令の一種である{{仮リンク|コンピュータ・プログラムの法的保護に関する指令|en|Computer Programs Directive}} (91/250/EEC、通称: ソフトウェア指令{{R|Synodinou}}) の第1.2条では、コンピュータ・プログラムの何らかの要素の基礎となる思想及び原理 (操作系の基礎となるものを含む) を著作権から明示的に除外している{{R|Louisville2010|EUOJ-2009}}。

; {{仮リンク|Infopaq対DDF裁判|en|Infopaq International A/S v Danske Dagblades Forening}} ({{Lang|en|Infopaq International A/S v Danske Dagblades Forening}}, Case C-5/08, (2009) ECR I-6569, paras 41 and 42)
: 通称「Infopaq判決」。著作物性を問うEUの重要判例の一つとして知られる{{R|Stokes2019}}{{Sfn|Spitz|2014|pp=14, 70}}。Infopaqは2011年に設立され、他社メディア掲載情報の収集やニュース評論を行う[[デンマーク]]の情報系企業である{{R|Infopaq-Bloomberg}}。同社は新聞・雑誌各社の掲載記事を無断でスキャンし、顧客がキーワード入力するとそれに該当する記事を紹介するデジタル検索サービスを提供していた。抽出表示するのはキーワードおよびキーワード前後の5単語、つまりたった11単語のみである{{R|Infopaq-Fredenslund|Infopaq-EURLex|Inoue2017}}。これに対し、{{Lang|da|Danske Dagblades Forening}} (略称: DFF、デンマークの日刊紙各社で構成される業界団体{{R|Infopaq-Fredenslund}}) が著作権侵害の苦情を申し立てたことから、Infopaqが同社の行為の合法性を確認するため、デンマークの裁判所に出訴した事件である{{R|Infopaq-Fredenslund|Infopaq-EURLex|Inoue2017}}。この行為が[[情報社会指令]] (Directive 2001/29/EC) 第2条で定められた複製権の侵害に当たるか、またこのような短文かつ金融関連の情報であっても[[欧州連合域内における著作権保護期間の調和に関する指令|著作権保護期間指令]] ({{Lang|en|Directive 93/98/EEC}}) 前文 第39項および第88項で述べられた「創作性」を満たして著作権保護の対象に含まれるかが問われた{{R|Infopaq-Fredenslund|Infopaq-EURLex|Inoue2017}}{{Sfn|Spitz|2014|pp=14, 70}}。

: 本件はデンマーク国内で8年にも渡って司法の場で争われ、デンマーク最高裁はEU法の最高裁にあたる[[欧州司法裁判所]] (CJEU) に意見を求めた。CJEUはたとえ11単語であっても著作者の知的創造活動の結果として生み出されたものであり、著作物性があるとして複製権侵害を認めた。単語そのものは著作権保護の対象外であるとした上で、複数の単語を選択・配列・組み合わた文章は保護されるとして、文の一部であっても知的創作性が生じると判断されたためである。これを受けてデンマーク最高裁は、デジタル検索用のデータ処理プロセスについても、情報社会指令 第5条第1項 (著作権侵害に当たらない例外規定) の要件を満たさないとして、DDF有利の判決を下した{{R|Infopaq-Fredenslund|Inoue2017}}。

; [[ペイナー対Standard Verlags他裁判]] ({{Lang|en|Eva-Maria Painer v Standard Verlags GmbH and Others}}; Case C-145/10, (2011) ECR-00000)
{{External media
| align=right
| width = 310px
| image1 = [http://copyrightblog.kluweriplaw.com/2011/05/03/opinion-of-the-advocate-general-of-the-ecj-in-the-kampusch-case-1-applicable-exceptions-and-limitations/?doing_wp_cron=1598235101.8032939434051513671875 ナターシャのポートレート] (エヴァ・マリア・ペイナー撮影作品を無断加工。欧州司法裁判所に証拠提出された画像を学術出版社[[Wolters Kluwer]]が転載)
}}
: 通称「ペイナー判決」。[[オーストリア少女監禁事件]]の被害者ナターシャ・カンプッシュ (Natascha Kampusch) を被写体とした[[人物写真|ポートレート]] (人物写真) の著作物性が問われた判例であり、上述のInfopaq判決を踏襲している{{Sfn|Spitz|2014|p=14}}。ナターシャは10歳の時に誘拐され、犯人自宅に監禁されて8年半後に逃走に成功した{{R|Guardian2010|ABC2024}}。ナターシャ発見当時のメディア各社は報道に適したナターシャの[[人物写真|ポートレート]] (人物写真) に欠いており、誘拐される前に[[フリーランス]]の写真家エヴァ・マリア・ペイナー (Eva-Maria Painer) が撮影したナターシャの写真をペイナーに無断・無償で報道各社が利用したことから、ペイナーが著作権侵害を主張したのである{{R|WIPO2018|IPKat2011|Kluwer2011}}。誘拐前 (10歳以前) の写真を逃走当時の18歳現在に見えるよう、無断で加工が施されていた{{R|Kluwer2011}}。

: 特に争点となったのが、(1) ポートレートに創作性が認められるか (仮に認められるとしても他の著作物より厳格な保護要件が要求されるのか)、また (2) 情報社会指令が著作権の例外規定として定めている「公共の防犯目的」に該当するのか{{Efn2|2点目の公共目的であるが、メディア企業にこのような無断での著作物利用の例外は認められず、EU加盟国の政府のみであるとされた{{R|Painer-Harbottle}}。}}、および (3) 同指令の「批評・評論目的」に該当するのか{{Efn2|3点目については、言語著作物だけでなく写真の著作物についても例外規定は適用されうるとした。その上で、本件ではメディア各社は通信社から写真画像を入手しており、誰が著作者なのかは通信社経由で確認可能であったことから、著作者名を非表示でメディア媒体に転載したことが問題視された{{R|Painer-Harbottle}}。}}、の3点である。アイディア・表現二分論にも関連する1点目については、背景や被写体のポーズ、明暗や角度、雰囲気や撮影技術といった創造的な選択の自由が写真家に認められるならば、それは個人の思想・感情を表現した作品であり、著作権法が求めている「創作性」の要件を満たすと判示された{{R|Painer-Harbottle}}。

: なお、ポートレートに限らず写真全般がそもそも著作物なのかは、古くから世界的に論じられてきた。これは、写真家が思想・感情を通じて創作性を発揮したというよりは、カメラという機械 (人間以外) による創作品ともみなせたからである。そして世界の国際条約などでは狭義の著作権 (著作者本人の権利) と著作隣接権 (実演家や放送事業者など、他者の著作物を伝達する者の権利) で二分した上で、著作隣接権は狭義の著作権よりも法的保護を低く設定する構成をとっている。そのため、他の著作物よりも創作性が乏しい写真についても、狭義の著作権ではなく著作隣接権で軽度の保護に留めるべきではないかとの議論が出た。しかしながら最終的に、写真は映画の著作物と類似した性質を有することから、大陸法諸国では映画同様に狭義の著作権で保護することになった経緯がある{{Sfn|Goldstein & Hugenholtz|2013|p=22}}。

; {{仮リンク|SAS Institute対ワールド・プログラミング裁判|en|SAS Institute Inc v World Programming Ltd}} ({{Lang|en|SAS Institute Inc v. World Programming Ltd}})
: ワールド・プログラミング社のソフトウェア製品{{仮リンク|World Programming System|label=WPS|en|World Programming System}}が[[SAS Institute|SAS]]社のデータ分析・処理製品群に類似しているとして、SASは製品およびマニュアル類の著作権侵害で提訴した。[[リバース・エンジニアリング]]によってSAS製品が解読されたとSASは主張していた{{R|SAS-Harvard}}。しかしながらソースコードの入手経路が不明であり、解読したとの証拠がなかった。さらには仮にワールド・プログラミングがSAS製品をそっくり真似たとして、それがシステム「機能」にとどまるのであれば、アイディア・表現二分論上にアイディアに該当するのではないか、との疑問が呈された{{R|Synodinou}}。

: そこで本件を担当した英国の{{仮リンク|イングランド・ウェールズ高等裁判所|en|Courts_of_England_and_Wales#High_Court}}は、CJEUに意見を求めている{{R|Synodinou}}。これに対し、CJEUは次のように述べている。「コンピュータプログラムの機能を著作権で保護できることを認めれば、思想を独占することが可能となり、技術の進歩及び産業の発展に対してマイナスになるであろう」{{R|EUOJ-SAS-Judge}}。

=== フランス ===
「著作権先進国」{{Sfn|Colombet|1990|loc=裏表紙}}とも評されるフランスは、[[フランス革命]]期の1791年および1793年に近代的な著作権法を成立させ{{Sfn|Colombet|1990|pp=6&ndash;7}}、文化・芸術の発信地として他国の著作権法に多大なる影響を与えながら{{R|Kidana}}、以降多くの判例を積み重ねてきた。

フランスにおいてアイディア・表現二分論の適用が困難となりやすい領域として、翻案、インタビュー、学術著作物、広告などが挙げられる。たとえば学術的な発見を記した論文の場合、通常はその表現性よりも、発見 (アイディア) そのものに価値があるためである。また広告であれば、そのアイディアのみを提供した者が、完成した広告作品の共同著作者として権利を主張したケースなどが複数存在する。判例全体の傾向として、このような主張はアイディア・表現二分論の観点から否定されているものの、一部には肯定する判決も下されている{{Sfn|Colombet|1990|p=23}}。

アイディアとみなされた創作物の一部は、不正競争法、特許法、意匠法、商標法のいずれかで保護されることがある{{Sfn|Colombet|1990|pp=21, 23&ndash;24}}。不正競争法については、自身のアイディアを他者が使用しただけでは不正競争防止訴訟を起こすことはできない原則があるものの、以下に合致する場合は不正競争防止が認められる{{Sfn|Colombet|1990|p=23}}。
* 消費者が類似アイディアの商品どうしを混同して購入するおそれのある場合 (すなわち消費者保護の観点)
* アイディア料を支払った者と、そのアイディアをタダ乗り状態で使用した者との間で不公平な競争環境に陥った場合 (すなわち寄生虫的競争)
特に広告のアイディア使用においては、多くのケースで不正競争法による保護が認められ、民事訴訟によって損害賠償請求の対象となる。その際、アイディアが芸術的な価値なのか、工業的・商業的な価値なのかは問われない。したがって、いわゆる「ノウハウ」の保護の延長線上で、アイディアも不正競争法で保護されうる{{Sfn|Colombet|1990|pp=23&ndash;24}}。

以下、アイディア・表現二分論に関連するリーディング・ケースを紹介する。

; ブーブーロッシュ事件
: 劇作家{{仮リンク|ジョルジュ・クルトリーヌ|en|Georges Courteline|fr|Georges Courteline}}の代表的な喜劇『ブーブーロッシュ』(''{{Lang|fr|Boubouroche}}''{{Efn2|『ブブロッシュ』の表記もある{{Sfn|Colombet|1990|p=36}}。}}、1893年初演) で描かれたテーマ性などが、映画『{{仮リンク|不貞な妻|it|Ta femme nous trompe}}』(''{{Lang|fr|Ta femme nous trompe}}''、1907年配給) に盗用されたとする事件である。クルトリーヌ作品の内容であるが、愛人の男がクローゼットに身を隠していたところ、不貞妻の夫がそのクローゼットを開けてしまう。その不作法に不倫をされた側であるはずの夫が許しを乞う滑稽なストーリーである{{Sfn|Colombet|1990|p=36}}。被告はクローゼットに隠れた愛人という設定はクルトリーヌ固有のものではなく、一般的なアイディアだと主張した{{R|Boubouroche-Persee}}。しかし映画はこのテーマ性だけでなく、さらに構成や筋書き (すなわち場面の展開や結末) までもが極端に酷似していた{{Sfn|Colombet|1990|p=36}}。

: セーヌ裁判所は盗用を認めて有罪としたものの、パリ控訴院は映画ではセリフの重要度が低いことを理由に、一審セーヌ裁判所の判決を覆した。最高裁にあたる[[破毀院]]においても、酷似度の事実評価は行われなかったことから、のちに「やや軽率にも、クルトリーヌの請求を棄却」したと法学者{{仮リンク|ルネ・サヴァティエ|fr|René Savatier}} (1892 - 1984年) などから非難された。ただし破毀院は事実評価を投げ出したものの、作品の構成は一般的なアイディアの「展開」であるとして、著作権法下の保護対象であると認めている{{Sfn|Colombet|1990|p=36}}。

; マルコス・セスシオスの航海日誌事件 <!-- フランス語のスペル不明のため、判決年と裁判所名が調査できず。-->
: 学術雑誌に掲載された考古学者の仮説 (つまり「アイディア」) に基づき、別の小説家がフィクション性を持たせた作品を創作したことから、考古学者が提訴した。原告たる考古学者の勝訴判決に激しい非難が寄せられたことから、現在では当判決は「過去の話」となっている{{Sfn|Colombet|1990|p=22}}。

; 児童向け音階発声練習の挿絵入り教則法に関する判決 (1960年11月29日、破毀院判決)
: アイディアおよび教育法自体は、排他的権利による保護対象ではないことを明確に断定した{{Sfn|Colombet|1990|p=22}}。

; 円形劇場の設計図に関する判例 (破毀院判決) <!-- 「最近の判例」とのみ書かれ、判決年不明。-->
: 円形劇場の設計図を作成するために、舞台装置のアイディアと知識を使用したとして、被告は著作権侵害ではないと主張した。上述の教則法の判例で示された原則を間接的に再確認した判例と言える。被告は元となった舞台装置のアイディアを提供したほか、略図を用いて示唆する形で原著作物である設計図の創作に参加した共同著作者であると破毀院は認めている{{Sfn|Colombet|1990|p=22}}。

; 香水に関する判例
: フランスは元来、香水を著作物として判例上で認めてきた珍しい国として知られていた{{Sfn|井奈波|2006|p=5}}。ところが21世紀に入ってから、破毀院が香水の著作権保護を否定する判決が相次いでおり、有識者や下級裁判所から批判されている{{Sfn|Spitz|2014|p=18}}{{R|Perfume-Spitz}}。

: 2006年の判例では、[[ドイツ]]の「香りの街」として知られる[[ホルツミンデン]]に本社を構える香水会社{{仮リンク|Haarmann & Reimer|de|Haarmann & Reimer}}が提訴された。これは、調香師の女性がH&R社のために香水を複数開発したものの、正当な報酬を得ていないとして著作権侵害でフランスの裁判所に出訴した事件である。フランス著作権法は「精神の著作物」を保護する目的であり (L112条-1)、その表現形態や作品の価値は不問 (L112条-2) と定めているためである。下級裁判所は原告の主張を支持していたものの、破毀院は「香水は単なるノウハウの具現化に過ぎない」として原告の訴えを退けた{{R|LegFR-HR|Perfume-Spitz}}。

: 2008年には、ファッションブランドの[[ジャン・ポール・ゴルティエ]]の香水「{{Lang|fr|Le Mâle}}」に対しても、下級裁を覆して著作権保護を否定する破毀院判決が下されている{{R|LegFR-Gaultier|Perfume-Spitz}}。また、2013年の[[ランコム]]の香水も同様の判決となっている。ランコム判決では「何らかの具体的な形態で表現されて伝達されたもの対し、法は著作権の保護を与える。しかし香水はその開発や製法そのものは著作物性がなく、さらに伝達の要件も満たしていない」と理由が述べられている{{R|LegFR-Lancom|Perfume-Spitz}}。

; 写真に関する判例
: フランスでも上述のEU「ペイナー判決」が踏襲されており、フレーミングや明暗、撮影タイミング、その他技術的な選択の組み合わせによって写真は撮影されていることから、著作権保護が判例で認められてきた。写真の用途は問われず、たとえばカタログ用に撮影された美術作品の写真であっても保護が認められた判決がある (Court of Appeal of Paris, 27 January 2010, 08/04978)。これは著作者個人の人格が写真に投影されているからである{{Sfn|Spitz|2014|pp=15&ndash;16}}。

: ところが一部の下級裁、特に{{仮リンク|パリ大審裁判所|en|Tribunal de grande instance de Paris}} (第一審と第二審を兼ねる裁判所{{R|FR-CourtSystem}}) では、写真の著作権保護に新たな要件を追加する傾向がある。これは明言されているわけではないものの、「創作性」({{Lang|en|originality}}) 有無の線引きが難しいケースにおいて、写真の価値や目的を追加考慮するものである。たとえば、オークションカタログに掲載された美術品の写真8,779点の著作権保護を棄却した判決があるが、これは撮影を委託された際に、写真家が自身の感情を表現するよう要求されなかったためである。また、被写体をオークションで販売することが目的であり、著作者の人格を写真に投影したものではないと判断されたためである (The High Court of First Instance of Paris, 30 November 2010, No. 09/04437)。しかしその後、控訴審でこの判決は覆されている (The Court of Appeal of Paris (26 June 2013, No. 10/24329, Lamyline)){{Sfn|Spitz|2014|pp=15&ndash;16}}。

; 通称「パショ事件」
: 本事件 (''Babolat Maillot Witt c. J. Pachot'', Cour de cassation, Assemblée Plénière, du 7 mars 1986, {{Légifrance|url=https://www.legifrance.gouv.fr/juri/id/JURITEXT000007016934/|texte=83-10.477}}) は、コンピュータ・プログラムにも著作物性を認めた画期的な判決として知られている{{Sfn|Derclaye|2009|p=120}}{{Sfn|井奈波|2006|pp=5&ndash;6}}。本事件は、コンピュータ・プログラムを開発したパショが、その後に勤務先のBabolat Maillot Witt (BMW) 社から解雇されたため不当解雇で提訴した事件である{{Sfn|井奈波|2006|pp=5&ndash;6}}。さらに、当該プログラムの著作権がパショ個人に帰属するのかも併せて問われることとなった{{R|LF-CasePachot-1986}}。コンピュータ・プログラムはL112-1条が定義する「精神的な著作物」とは厳密には言い難いものの、破毀院は1986年、「著作者による知的な創作活動が創作性の要件を満たす」と判示している{{R|Software-Spitz-2013}}。

; 通称「Isermatic France事件」
: 本事件 (Cour de Cassation, Chambre civile 1, du 16 avril 1991, {{Légifrance|url=https://www.legifrance.gouv.fr/juri/id/JURITEXT000007026128/|texte=89-21.071}}) では「著作者個人の寄与の賜物としての創作性」がコンピュータ・プログラムの著作権保護の要件として挙げられた{{R|Software-Spitz-2013}}。"Graphix" と呼ばれるシステムには電子署名のカットや調整といったグラフィック・デザイン機能 (モジュール) が実装されており、原告のGerber Scientific Products社は被告のIsermatic France社をこれらモジュールの偽造および競争法違反で提訴した。しかしIsermatic側はモジュールは「アイディア・表現二分論」でいうところのアイディアでしかなく、著作権保護の対象外であると抗弁した。このモジュール群は創作的な選択のもとに構築されており、著作者個人の創作性が発揮されていると判示された{{R|LF-Case-Isermatic}}。

=== イギリス ===
イギリスは1710年、世界初の近代的な著作権法である[[アン法]]を成立させた国であり、フランス同様に世界各国に多大な影響を与えてきた{{R|Miyazawa2017}}{{Sfn|Flint & Thorne|1999|p=iii (翻訳者によるイギリス著作権法の解説)}}。その後、イギリス国内では大幅な改正が幾度も行われており、アイディア・表現二分論に関連する法改正は1911年に起こっている (同改正以前から司法判断で用いられていた実績がある){{Sfn|Jain|2012|p=7}}。直近の全面改廃は「{{仮リンク|1988年著作権、意匠及び特許法|en|Copyright, Designs and Patents Act 1988}}」({{Lang|en|Copyright, Designs and Patents Act 1988}}、略称: CDPA、1989年8月1日施行{{R|CRIC-UK-Web}}) であり、「{{仮リンク|1949年登録意匠法|en|Registered Designs Act 1949}}」などもCDPAに包含されることとなった{{Sfn|Flint & Thorne|1999|p=43}}。1989年以降もこのCDPAをベースに追加改正が頻繁に起こっている{{Sfn|Flint & Thorne|1999|pp=45&ndash;49}}{{Efn2|1988年CDPAはその後2016年3月までの間に、1990年、1992年、1994年、1995年、1996年、1997年、1999年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2012年、2013年、2014年及び2015年の改正法が成立している{{R|CRIC-UK-PDF}}。}}。また、EU (および前身の[[EC]]) 著作権指令を履行するにあたり、CDPA (つまり[[立法府]]たる[[イギリスの議会|議会]]での可決を必要とする法律) ではなく、[[行政委任立法]] ({{Lang|en|statutory instruments}}) の一種である「規則」({{Lang|en|regulations}}) を用いて柔軟に改正対応している{{Sfn|Flint & Thorne|1999|pp=iv (翻訳者によるイギリス著作権法の解説), 43&ndash;44}}。アイディア・表現二分論に関連する一例を取り上げると、1991年のEU{{仮リンク|コンピュータ・プログラムの法定保護に関する指令|en|Computer Programs Directive}} (91/250/EEC) を受け、イギリスでは「1992年著作権 (コンピュータ・プログラム) 規則」({{Lang|en|Copyright (Computer Programs) Regulations 1992}}、1993年1月1日施行{{R|LegUK-Computer1992}}) を発してコンピュータ・プログラムを言語著作物の一種として追加し、法的保護の対象とした{{R|LegUK-LiteraryWork}}{{Sfn|Flint & Thorne|1999|pp=4, 43}}。

何に著作物性を認めるかについては、イギリス著作権法 (CDPA、規則および判例の総称) は「創作性」({{Lang|en|originality}}) を有していること、そして「技能と労苦」({{Lang|en|skill and labor}}) を用いていることを要件に挙げている{{Sfn|Flint & Thorne|1999|pp=39, 63&ndash;64}}。

前者の創作性については他国と同様の要件であり、先述の通り平凡で新規性のない作品であっても、個人の思想・感情が反映されていれば、それは創作性があると認められる。英語の名詞 {{Lang|en|originality}} に派生する動詞の {{Lang|en|originate}} には「生まれる」の意味があり、つまり著作者個人の中から生まれていて、それは他者からコピーしたものではないとの用語解釈がなされている{{Efn2|originalityの用語解釈は、University Press London Ltd. v Universal Tutorial Press Ltd. ([1916] 2Ch 601) を担当したペターソン判事の言葉などに表れている{{Sfn|Flint & Thorne|1999|p=63}}。また、アイディアの斬新さを保護するのが著作権法ではないとの見解は、著作権法改正準備を担ったグレゴリー委員会が提出した「1952年著作権法に関するグレゴリー委員会報告書」(通称: グレゴリー勧告) にも表れている{{Sfn|Flint & Thorne|1999|p=41}}。}}。これは著作権が英語では{{Lang|en|copyright}}、つまり著作物を第三者に無断でコピー (複製) されない権利だと文字通り定義されていることからもうかがえる。他者からコピーせず、自ら生み出しているかが「創作性」有無の判断基準となる{{Sfn|Flint & Thorne|1999|p=42}}。

一方、後者の「技能と労苦」については、他国とイギリスで様相がやや異なる。イギリスの判例では、住民名簿、株式取引の価格表、数表といったデータが著作権保護の対象であると認めている。これはデータベース、つまり個々のデータ (アイディア・表現二分論上のアイディア) を技能と労苦を用いて選択・配列させた[[集合著作物]]である、とイギリス司法ではみなされているためである。EU著作権指令では、[[データベース権]]は著作者本人の権利でも[[著作隣接権]]者の権利でもなく、第三の{{仮リンク|スイ・ジェネリス|label=スイ・ジェネリス権|en|Sui generis}}として認められている。これに対してイギリスは、EU指令が出される以前からデータベースはスイ・ジェネリス権ではなく著作者本人の権利とみなされてきた経緯の違いがある{{Sfn|Flint & Thorne|1999|pp=51&ndash;52}}。

なお、ありふれた情景の理論が想定するシチュエーションにおいて、イギリス及びほとんどの[[イギリス連邦|コモンウェルス諸国]]では、表現であっても保護されないか、保護されるのは文字通りの丸写しのみと非常に限定されている{{R|Lai}}。以下、イギリスの判例を紹介する。

; {{仮リンク|ウォルター対レーン裁判|en|Walter v Lane}} ({{Lang|en|Walter v Lane}}; AC 539, 1900)
{{External media
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| image1 = [https://www.cipil.law.cam.ac.uk/virtual-museum/walter-v-lane-1900-ac-539 ウォルター対レーン裁判で盗作が問われた書籍の画像] (英国議会文書館所蔵)
}}
: アイディア・表現二分論に反し、額の汗の法理を支持した英国初期の判例である{{R|Originality-India}}。日刊紙[[タイムズ]]のオーナー陣が{{仮リンク|ボッドリー・ヘッド|en|The Bodley Head}} (現[[ペンギン・ランダムハウス]]子会社) の創業者として知られる{{仮リンク|ジョン・レーン (出版業界)|label=ジョン・レーン|en|John Lane (publisher)}}を告訴した。レーンが1899年に出版した書籍 "''Appreciations and Addresses delivered by Lord Rosebery''" の内容が、タイムズ紙に掲載された報道内容のほぼ丸写しだとして、著作権侵害と認定された。その内容は、[[アーチボルド・プリムローズ (第5代ローズベリー伯爵)|ローズベリー伯爵]] (1847 - 1929年) の演説 (事実報道) である{{R|WalterLane-Cambridge}}。

; [[ドノヒュー対アライド新聞社裁判]] ({{Lang|en|Donoghue v. Allied Newspapers Limited}}; (1938) Ch. 106 at 109(UK))
: 共同著作者の定義、およびアイディア・表現二分論が問われた裁判である。プロのジャーナリストS. T. フェルステッドが、当時世界的に活躍していた競馬騎手のステファン・ドノヒューに対してインタビューを実施し、新聞「The News of the World」にドノヒューの特集記事が複数掲載された。掲載前に、記事の内容すべてにドノヒューは合意をしている。さらにフェルステッドは、焼き直してコンパクト化した上で、別の新聞「Guides and Ideas」への記事掲載を試みた。しかし、この編集著作物についてはドノヒューは事前に感知しておらず、新聞社に対して出版差止を求めた裁判である。本件では、インタビューを受けたドノヒューが共同著作者として認められるかが争点となった{{R|IPIustitia-Donoghue}}{{Sfn|Jain|2012|pp=7&ndash;8}}。

: 1938年、ファーウェル判事は「アイディアは著作権では保護されない」と述べている。つまり「物語であれ、写真であれ、戯曲であれ、素晴らしい作品を自分のものだと思う者がいたとする。しかし、その者が第三者にそのアイディアを伝えただけで、作品の制作はその第三者によってなされたのであれば、アイディアの主が著作者として著作権を主張することはできない」との理由からである{{R|UoDelhi-Donoghue|IPIustitia-Donoghue}}{{Sfn|Jain|2012|pp=7&ndash;8}}。

; [[タヴェナー・ラトリッジ対トレクサパルム裁判]] ({{Lang|en|Tavener Rutledge Ltd. v Trexapalm Ltd.}}; [1977] RPC275)
: 連続テレビドラマ『[[刑事コジャック]]』の主人公名コジャック ({{Lang|en|Kojak}}) の利用が不正競争防止法、商標法および著作権法上の不法行為に当たるかが問われた裁判である。作中でコジャック刑事は[[ロリポップ]] (棒のついた飴) を舐めるキャラクターとして描かれており、これにあやかって被告のトレクサパルム社が ''KOJAK LOLLIES'' の商品名でロリポップを販売した。一方、原告のタヴェナー・ラトリッジ社は ''KOJAKPOPS'' の商品名で同じくロリポップを取り扱っており、テレビドラマの権利者からライセンス供与された上で KOJAK の名称を使用していると主張した。原告は差止命令を求めたが、フィクション作品の名前や登場人物は米国著作権法では保護される可能性があるものの、イギリス著作権法では認められないと判示された。ただし別途、不正競争防止法で保護される可能性も残している{{Sfn|Flint & Thorne|1999|pp=60&ndash;61}}{{R|Kojak-OUP}}。

; [[ハーマン・ピクチャーズ対オズボーン裁判]] ({{Lang|en|Harman Pictures NV v Osborne}}; [1967] 2ALL. ER324)
: 史実を元にした映画製作に関する訴訟であり、史実 (アイディア) の表現性がどこまで類似していれば著作権侵害に該当するかが問われた。[[アイルランド]]出身の{{仮リンク|セシル・ウッドハム=スミス|en|Cecil Woodham-Smith}}は[[ヴィクトリア朝]]時代を主題とした歴史家・伝記作家であり、[[クリミア戦争]]について綴った書籍 "''The Reason Why''" (1953年出版) には、竜騎兵の突撃とその背景となる史実が描かれていた。この書籍を元に1968年映画『[[遥かなる戦場]]』(原題: ''The Charge of the Light Brigade'') が企画され、原告のハーマン・ピクチャーズがこの映画権を獲得済である。被告であり[[脚本家]]の[[ジョン・オズボーン (劇作家)|ジョン・オズボーン]]らは、映画権を原告から獲得すべく交渉したが決裂した。そこでオズボーンが同テーマの別映画を製作する意図を示したことから、ハーマン・ピクチャーズが別映画に対する差止命令を求めて提訴に踏み切った事件である{{Sfn|Flint & Thorne|1999|p=61}}{{R|Lloyd2014}}。

: 2つの映画は登場人物に始まり、ストーリーの展開などに至るまで類似性が認められたことから、オズボーンの映画は差止となっている。この判例では、史実の出来事 (戦争) そのものは著作権保護の対象外であるとした上で、オズボーンの映画はその出来事の「表現」を複製したと判定された{{Sfn|Flint & Thorne|1999|p=61}}{{R|Lloyd2014}}。

; [[イブコス・コンピューターズ対バークレー裁判]] ({{Lang|en|Ibcos Computers Ltd. v. Barclays Finance Ltd.}}; [1994] F.S.R. 275)
: コンピュータ・プログラムがイギリスにおいて著作権保護の対象となるかが問われたリーディングケースとして知られている{{Sfn|Jain|2012|p=9}}。原告と被告のコンピュータ・プログラムが全くの同一製品であるとして訴訟に至った。この2製品を開発したプログラマは同一人物であり、この人物が原告の企業を退社する際に、同一ないし類似製品を他所で設計・開発しない誓約書に署名済であった。過去の下級裁ではプログラムが著作権保護の対象外としていたが、これを覆して「アイディアが具体的に表現されていれば、創作性 ({{Lang|en|originality}}) を有し、技能と労苦 ({{Lang|en|skill and labor}}) が用いられていることから著作権保護の要件を満たす」と判示した。ここでの保護対象にはプログラムだけでなく、設計構造も含まれる{{Sfn|Jain|2012|p=9}}。

=== オーストラリア ===
; {{仮リンク|ヴィクトリア・パーク・レーシング対テイラー裁判|en|Victoria Park Racing & Recreation Grounds Co Ltd v Taylor}} ({{Lang|en|Victoria Park Racing & Recreation Grounds Co Ltd v Taylor}}; 58 CLR 479 at 498)
: {{仮リンク|ヴィクトリア・パーク競馬場|en|Victoria Park Racecourse, Sydney}}は高いフェンスで覆われていたが、私人のテイラーは自身の所有する土地に台を建て、無料で競馬レースが観戦できるようにした。その結果、競馬場の入場者と入場料収入が減少したため、運営会社のVPR社が不法侵入罪で提訴した。

: Latham 裁判長は1937年、たとえ損害が発生するとしても、景観には所有権はないとした。さらに、仮に競馬レースがテレビ放送された場合、著作権法上の公衆送信権に該当するとした。その上で、ある人がバスから転落しようが、ある馬が競馬レースで勝利しようが、最初にこれら事実を報道した人は、他の人が同じ事実を公表することを著作権法を用いて阻止することはできないと判示した{{R|Victoria-Summary|Victoria-Full}}。

: なお、このような景観を巡っては日本の著作権法でも同様に、一般的な所有権との観点で解説されることがある。競馬場やテーマパークのような施設の運営者は、その土地・建物という財産を所有しており、所有権を行使して中に入ってくる客に対して対価を請求できる。しかしその所有権は、外から施設を眺めることができる景観にまでは及ばず、仮に外から眺めるのを阻止したければ、所有権を行使して施設全体を屋根で覆えば良いと解されている。つまり、土地・建物に対する所有権はあくまで「有体」を対象としており、景観という「無体」なものまでは含まれないとして、一般的な所有権と著作権を峻別している{{Sfn|田村|1998|pp=2&ndash;4}}。

=== インド ===
イギリス植民地時代を経て英米法の流れを汲むインドであるが、アイディア・表現二分論の概念についてはインド著作権法の条文上で明文化されておらず、また司法判断でも同法理に関連する判例数が少ないことから、曖昧さを残している (2012年時点){{Sfn|Jain|2012|p=11}}。

; {{仮リンク|R.G. アナンド対デラックス・フィルムズ裁判|en|RG Anand v. Deluxe Films}} ({{Lang|en|R.G. Anand v. Deluxe Films}}; AIR 1978 SC 1613)
{{Wikisourcelang|en|Page:R. G. Anand vs. Delux Films.djvu/10|R.G. アナンド対デラックス・フィルムズ裁判のインド最高裁判決文}}
: 1956年公開の[[ヒンディー語]]映画『{{仮リンク|ニューデリー (1956年の映画)|label=ニューデリー|en|New Delhi (1956 film)}}』("''{{Lang|en|New Delhi}}''") を巡って争われた事件であり、インドにおけるアイディア・表現二分論のリーディングケースとして知られる1978年のインド最高裁判決である。原告のR.G. アナンドは "''{{Lang|hi|Hum Hindustani}}''" と題した戯曲の作者であり、自身の戯曲と映画が全般に渡って酷似していることから、著作権侵害で提訴した。被告であるデラックス・フィルムズ社 (Deluxe以外にDeluxと綴ることもある) は、アナンドの作品が知名度も評価も低く、その存在を知らなかったと抗弁した。しかしながら映画公開の2年前、この映画の監督は映画製作のコンセプトについて他の脚本家と議論する過程でアナンドの作品を知り、アナンドに映画化したい旨、書面で許諾を要請していたことが判明した{{R|Anand-WS}}。

: さらに被告は、映画で扱われたテーマは一般的な題材であることから、アイディアに該当して著作権保護に該当しないと主張した。一審および二審では著作権侵害なしの判定であった。最高裁は、テーマや物語の[[プロット (物語)|プロット]]、歴史的事実を使ったからといって著作権侵害には該当しないとした上で、同じテーマを扱っても表現まで類似するものなのか、慎重に見極める必要性を指摘した。そしてこのような選別にあたっては、一般の読者・観客・視聴者の視点に立って、盗作と言えるほどの類似性が認められるのかを判断軸に用いることができるとした。その際、演劇と映画では用いることのできる表現や舞台設定などの制約が大きく異なることから、原告が盗作を立証するのが困難なケースであるとも指摘している。最終的に一部に相違点が認められたことから、最高裁も著作権侵害の訴えを退けた。同判決で挙げられた7つの観点は、その後の類似判例でもたびたび用いられている{{Sfn|Jain|2012|pp=11&ndash;13}}。

=== 日本 ===
{{Quote box
|title = 日本国著作権法{{R|eGov}}
|quote = 第1条 (目的) この法律は、著作物並びに...(中略)...、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。<br>第2条第1項 (定義) 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
|width = 40%
|align = right
|quoted = 1
}}

アイディアを万人が共有することを意図するアイディア・表現二分論は、[[日本国著作権法]]が目的とする「文化の発展」と適合する{{Sfn|髙部|2012|p=103}}。

日本においてマージ理論は、アイディア・表現二分論からの帰結ではなく、もう一つの著作物要件である[[創作性]]を根拠において理解することもある{{Sfnm|金井|2015|1p=36|中山|2014|2p=72}}。すなわち、あるアイディアを表現する場合に同一または類似の表現とならざるをえないのならば、そこに著者の創作性が発揮される余地はなく、創作性が欠如していることから著作物ではないとする{{Sfnm|金井|2015|1p=36|中山|2014|2p=72}}。しかしいずれにせよ、マージ理論を創作性の延長上で捉える考え方でも、米国著作権法に由来する元来の考え方でも、実際の著作権保護の範囲に大差はないといえる{{R|Merger-Yamamoto}}。

上述のとおり、EUではわずか11単語であっても著作物性を認めた「Infopaq判決」があるが、これに対して日本では、短文であれば著作物性を否定する見解がある。[[川端康成]]の長編小説『雪国』を例にとると、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」との冒頭文が知られているが、このようなフレーズは日本の著作権法上ではアイディアに該当し、この短文だけでは著作権保護されないと解されている。これは、トンネルを抜けると雪国の景色が広がっているという小説の設定はアイディアでしかなく、このアイディアに則れば誰でも思いつきうる表現であるため、特定の著者に独占が許されないからである。しかし小説から3 - 4文程度をまとまって転載すれば、それは著作者固有の表現としてまとまった意味を持っていることから、著作権侵害となりうる{{Sfn|田村|1998|pp=16&ndash;17}}{{R|Tamura97a}}。

日本の判例において、アイディア・表現二分論やマージ理論が判旨に現れたものには、以下のようなものがある。

; 万年カレンダー事件 (大阪地裁昭和59・1・26判、無体集16巻1号13頁)
: アイディアの独創性が著作権法における表現とは異なることを明確にした判例の一つである{{R|田村2010|西井2019}}{{Sfn|田村|1998|pp=19&ndash;20}}。原告は、1917年から2084年までのある年月日の曜日を調べることができる特殊なカレンダーを考案・制作し、実用新案権を取得した。調べたい年月日の年と月をもとに別の索引表を調べると、ある色が決まる。そして、数種類の色付きカレンダーの内、その色に対応するカレンダーを見ると調べたい年月日の曜日を知ることができるという手法である{{R|田村2010}}。被告は、色彩や文字の一部は異なるが、曜日特定の手法や特定可能な年の範囲は同一であるカレンダーを製造・販売した。これに対して、原告が著作権侵害と実用新案権侵害を訴えた事件である{{R|西井2019}}。
: 判決では、実用新案権侵害は認めたが、著作権侵害は認めなかった{{R|昭和55(ワ)2009}}。判決では、日本国著作権法第10条1項が著作物として例示する美術あるいは図表の著作物に該当するかが検討され、いずれの面からも原告のカレンダーは著作物に該当しないと結論付けた{{R|西井2019}}。判決は「(前略)本件において原告が著作物性を有すると主張するもの(中略)が、(中略)万年カレンダーの構成及びその標識体に色彩を採用した着想(アイデア)そのものに帰着するところ、法はかかる着想(アイデア)そのものには著作物性を与えていないために他ならないからである。したがつて、カレンダーとは別に索引表を設ける考案が実用新案権の対象となることは別として、本件カレンダーに著作物性を認めることはできない。」と述べ、アイディアが著作物性(著作物となり得る性質)を与えないことを述べた上で、原告のカレンダーの著作物性を否定した{{R|昭和55(ワ)2009}}。
: アイディアそのものを著作権法は保護しないという前提を念頭に置いた判例といえる{{R|西井2019}}。原告のカレンダーのアイディアが独創的であるかどうかと無関係に、そのアイディアに立って実際の表現物を作ろうとすれば、誰でも同一または類似の表現物にならざるを得ないと考えられ、その点からも判決は妥当と評される{{R|田村2010}}。

; 脳波数理解析論文事件(大阪高裁平成6・2・25判)
: 脳波に関する数理モデルについての研究成果がある研究者(原告)ともう一人の研究者(被告)を含む共同研究の形で発表された後、そこから派生した研究成果の論文を被告が原告の了解を得ないまま投稿し、原告を著者として含まない形で学術雑誌に掲載され、原告が著作権侵害を訴えた事件である{{R|上野2009}}。原告の主張は明瞭でない点もあるが、その主張において「数理科学の世界では、専門著作物性が、形式的異同ではなく、数理科学における学問的意義により決定されている以上、そこでの著作権侵害は、その学問的実質により判断されなければならない。そこでの学術論文は、表現形式や表現方法には格別の意味もなく、一般に、そこに盛られた科学的思考が、著作権による保護を受ける。」などと述べ、学術論文におけるアイディアの重要性と著作権保護の必要性を主張した{{R|上野2009|平成2(ネ)2615}}。
: 判決では、この主張に応える形で、「ところで、数学に関する著作物の著作権者は、そこで提示した命題の解明過程及びこれを説明するために使用した方程式については、著作権法上の保護を受けることができないものと解するのが相当である。一般に、科学についての出版の目的は、それに含まれる実用的知見を一般に伝達し、他の学者等をして、これを更に展開する機会を与えるところにあるが、この展開が著作権侵害となるとすれば、右の目的は達せられないことになり、科学に属する学問分野である数学に関しても、その著作物に表現された、方程式の展開を含む命題の解明過程などを前提にして、更にそれを発展させることができないことになる。このような解明過程は、その著作物の思想(アイデア)そのものであると考えられ、命題の解明過程の表現形式に創作性が認められる場合に、そこに著作権法上の権利を主張することは別としても、解明過程そのものは著作権法上の著作物に該当しないものと解される。」と述べ、アイディアは著作物ではないことを判示した{{R|上野2009|平成2(ネ)2615}}。
: 本判例は、技術的思想ないし学術的知見がアイディアに属することを示した一種であり、著作権法の基本原則に関する判決として意義を持つ{{Sfnm|髙部|2012|1pp=104&ndash;105|島並・上野・横山|2009|2p=21}}{{R|上野2009}}。他にも、特に学術論文に関する判例では、アイディアのみが共通するに過ぎないことから著作権侵害を否定したものは比較的多い{{R|上野2009}}。

; 城の定義事件(東京地裁平成6・4・25判)
: 日本の城に関する書籍を出版した著者と会社(原告)が、その書籍の模倣を含む書籍を出版した会社を著作権侵害で訴えた事件である。判決では、一部は著作権侵害が認められ、一部では認められなかった。著作権侵害が認められなかった記述が、「城とは人によって住居、軍事、政治目的をもって選ばれた一区画の土地と、そこに設けられた防御的構築物をいう」という、原告の著者が考案した城を定義する一文である{{R|清水2009}}。
: 判決は、定義文について「原告が長年の調査研究によって到達した、城の学問的研究のための基礎としての城の概念の不可欠の特性を簡潔に言語で記述したもの」であり、同時に「原告の学問的思想そのもの」とした。そして、「本件定義のような簡潔な学問的定義では、城の概念の不可欠の特性を表す文言は、思想に対応するものとして厳密に選択採用されており、原告の学問的思想と同じ思想に立つ限り同一又は類似の文言を採用して記述する外はなく、全く別の文言を採用すれば、別の学問的思想による定義になってしまう」と述べ、件の定義文を著作物として認めることはできないと判示した{{R|清水2009}}。
:本判例は、学術定義をマージ理論の観点から著作物保護を否定した判例といえる{{R|清水2009}}{{Sfn|中山|2014|p=72}}。問題となった定義文は学問的思想そのものであった。同様の「情報量がきわめて小さく、ある考え方の骨子に相当するといわざるをえないもの」は、著作権法上のアイディアと見なされると考えられる{{Sfn|駒田・潮海・山根|2016|p=21}}。

; 会社パンフ事件(東京高裁平成7・1・31判)
: [[編集著作物]]の著作権侵害が争われた事件である。会社案内パンフレットを作り変える予定だったある会社(被告)に、広告企画・制作の会社(原告)がラフ案を示したが、被告は金額が高いことを理由に採用しなかった。その後、被告は別の会社に依頼してパンフレットを完成させたところ、そのパンフレットは原告のラフ案に似た物であった。これに対して、原告が被告を複製権の侵害で訴えた{{R|茶園2009|蘆立2019}}。原告のラフ案と被告のパンフレットには、具体的な文章や写真は異なるものの、同じ計23ページから成り、各ページの内容のテーマは共通し、各ページのレイアウト、各写真・イラストから受ける印象はよく似た印象を与えるものだった{{R|田村2013}}。
: 本判例は、編集著作物におけるアイディアと表現の分別判断の貴重な事例の一つといえる。アイディア・表現二分論にもとづき、編集著作物における素材の選択方針や編集方法自体はアイディアの一種とみなされ、著作権保護の対象ではない。しかし、具体的な素材の同一性・類似性のみならず、配列の同一性・類似性も編集著作物の侵害として含める場合には、アイディア自体の保護とならないように注意を要する{{R|蘆立2019}}。この事件の一審では、このパンフレットという編集著作物における「素材」と見なせる各ページの具体的な文章や写真が、原告のラフ案と被告のパンフレットでは異なることから著作権侵害を否定した{{R|田村2013}}。
: しかし二審の判決では、パンフレット中の具体的な文章や写真は異なっていても、「両会社案内は、記事内容の配列及び各種記事に対する配当頁数の同一という基礎的な共通性に立脚した上で、同一頁の同一箇所におけるイメージ写真の選択及び特徴的イメージ写真(3、4頁)の強度の類似性並びに同一箇所における余白ないし白地部分の活用といった両会社案内を特徴づける構成の類似性からみて、具体的な素材の選択及び配列に強度の共通性がある」と述べ、この共通性は単なるアイデアの共通性ではないと判断し、被告のパンフレットは原告の複製権を侵害していると認めた{{R|蘆立2019}}。ただし、個別のページだけであれば、同程度の類似性があってもアイディア自体の共通に留まったであろうとも推定される。計23ページに亘って共通性が連続したことが、アイディアではなく表現の共通であるという判断に妥当性を与えたと考えられる{{R|田村2013}}。

; ラストメッセージin最終号事件 (東京地裁平成7・12・18判、知的裁集27巻4号787頁ほか)
: 雑誌の休廃刊に際して告知挨拶文が公表されるが、このような挨拶文はアイディアなのか、創作性を伴う表現なのかが問われた事件である。被告は複数の雑誌の休廃刊挨拶文を無断転載し、1冊の書籍として発行した。大半の挨拶文は著作物性が認められたものの、日常的でありふれた言い回しで構成されていることを理由に、一部の挨拶文については著作権保護が否定された。たとえば野菜と健康の雑誌『VEGETA・ベジタ』の休刊挨拶文では、「突然ではございますが、諸般の事情により...」「...5年の永きにわたりご愛読いただきました読者の皆様...」などのフレーズが使われており、「紋切り型」でしかないと判断された。一方でライフスタイル雑誌『NESPA』では、読者から寄せられた激励や批判の投書を一部引用しつつ、休刊を決めてもなお投書ハガキを大切に保管していることなどを綴っており、創作性が認められた (ただし挨拶文全文ではなく、保護範囲は一部に限定している){{Sfn|田村|1998|pp=17&ndash;18}}{{R|Tamura97a}}。

=== 中国 ===
欧州のグーテンベルクによる印刷技術に数百年も先駆けて、中国では印刷技術が発明・発展してきたものの、「著作権」を意味する用語は20世紀初頭まで中国の法制史には登場していない{{Sfn|McIntyre|2010|p=69}}{{Efn2|ただし[[唐]]の時代 (618年 - 907年) には既に今日の著作権侵害に該当する行為を処罰した記録が残っており、著作権法として確立はしていなかったものの、権利概念は古くから存在した{{Sfn|McIntyre|2010|p=69}}。法制度として公式に著作権の用語が登場したのは、1903年の米中間の不平等条約と見られており、これを受けて[[清]]朝の末年である1910年に初めて著作権に関する規則を発している{{Sfn|McIntyre|2010|pp=70&ndash;71}}。}}。その後、欧米諸国にならって中国でも著作権を含む知的財産権の法整備は進んでいるものの{{Efn2|[[中国共産党]]支配による国政 (中華人民共和国 (PRC) の時代) に入ってからは、著作権擁護が謳われたのは1986年であり、制定法としては1990年に初めて著作権法が成立している。その後、[[WTO]]の加盟に向けて、中国では著作権を含む知的財産権の法制度を2001年に大幅改正しており、国際水準に近づいた{{Sfn|McIntyre|2010|pp=71&ndash;72}}。}}、中国の成文化された著作権法上では、直接的にアイディア・表現二分論が明文化されていない (2010年時点)。これは、欧米を始めとする先進国では憲法上で表現の自由が保障され、その結果としてアイディアの独占に制限がかかっているが、中国はそもそも憲法上の表現の自由擁護が不十分であることから、アイディア・表現二分論の適用にあたっては先進国以上に複雑な事情を抱えているためである{{Sfn|McIntyre|2010|pp=64&ndash;65}}。また、欧米のアイディア・表現二分論を英語から中国語に翻訳するに際し、「アイディア」や「表現」の意味するところを的確に言い表す中国語の概念が存在しなかったことから、中国における同法理の定着・普及を阻害したとも考えられている{{Sfn|McIntyre|2010|p=76}}。このような背景もあり、20世紀後半から21世紀初頭にかけて、法学者や立法府の間でアイディア・表現二分論の位置づけを巡る論争が起こっている{{Sfn|McIntyre|2010|pp=64&ndash;65}}。しかしながら実際の司法判断の局面においては、一定の制約を設けつつも、アイディア・表現二分論が適用される判例が1980年代頃から見受けられ{{Sfn|McIntyre|2010|pp=64&ndash;65, 75}}、2008年には中国の法学においてアイディア・表現二分論はホットトピックの1つである、とも言われている{{Sfn|McIntyre|2010|p=74|ps=-- Chen Jiaqiang著 "''An Interpretation and Reconstruction of the Idea/Expression Dichotomy in Copyright Law''" の孫引き}}。

直接明記はされていないものの、中国においてアイディア・表現二分論の法源として参照されている文書がいくつか存在する。まず著作権法本体の第5条では、著作権保護されない創作物を列挙している{{Sfn|McIntyre|2010|pp=80&ndash;81}}。また、著作権法 (立法府によって可決・制定されるもの) 本体ではないものの、その下位法である「規則」の一つである1991年の「コンピュータ・ソフトウェア保護規則」ではソフトウェアに限って著作権保護を明記している{{Sfn|McIntyre|2010|p=72}}。他にも「著作権法実施規則」では、その第5条において複製権・翻案権について言及されており、ここからアイディア・表現二分論が演繹的に導かれている{{Sfn|McIntyre|2010|pp=80&ndash;81}}。

; 北京のレストランを舞台にした戯曲 (1989年)
: 中国・[[北京]]で北京ダックなどを提供する店として知られているレストラン「全聚徳」を描いた戯曲を巡って、アイディア・表現二分論が争点となった。原告は全聚徳に関する書籍の中で事実・情報を述べており、被告はこのノンフィクション書籍から情報を得て戯曲を創作したとされる。先進国では「アイディア」とみなされるこのような事実・情報が、中国の著作権法上で保護の対象になるかが問われたものの、当訴訟を担当した北京著作権局は、アイディアと表現の線引きを明確にしないまま、「書籍からごく一部を借用した」とだけ事実認定した{{Sfn|McIntyre|2010|pp=77&ndash;78}}。

: なお、当判決が出た1989年当時は中華人民共和国では著作権法そのものが制定されておらず{{Sfn|McIntyre|2010|pp=71&ndash;72}}、当判決は著作権法起草委員会にも影響を与えた{{Sfn|McIntyre|2010|pp=77&ndash;78}}(著作権法は翌年1990年に初めて制定されている{{Sfn|McIntyre|2010|pp=71&ndash;72}})。中国の著作権法起草委員会は、米国著作権法の判例を参照しており、{{Lang|en|total concept and feel}} (全体コンセプトおよび感性) に関して著作権保護を認める判決が複数米国で出されていたことから、どこまでが法的保護される「表現」なのか、その線引きを巡って中国側が混乱したと言われている{{Sfn|McIntyre|2010|pp=77&ndash;78}} (先述の通り、米国ではアイディア・表現二分論と額の汗の法理の間で司法判断が混乱しており、前者を再確認した最高裁「ファイスト判決」が出たのは1991年のことである)。起草委員会はアイディア・表現二分論の概念を中国著作権法に盛り込む姿勢であったが、結局は成文化が見送られることとなった{{Sfn|McIntyre|2010|p=79}}。

; 李淑賢対賈英華裁判 ({{Lang|en|Li Shuxian v. Jia Yinghua}})
: 中国の司法で初めてアイディア・表現二分論が明確に意識された判決とされる。清朝最後の皇帝である[[愛新覚羅溥儀]]の2番目の正妻、[[李淑賢]]は、夫の没後に回想録の出版を検討していた。李淑賢は当初、著述家で溥儀の伝記作家としても知られる[[賈英華]]と共著を検討していたものの、そこに第三者の王 ({{Lang|en|Wang Qingxiang}}) が割って入り、最終的に李淑賢は王と回想録を1987年に出版した。しかしながら賈英華は単独で執筆調査を続け、溥儀の伝記本を別途出版した。賈の単独本が、先に出版された李・王共著本の著作権を侵害しているとして、訴訟に至ったケースである。しかし賈は溥儀の家族にインタビューするなど、別の情報源を使用しており、かつ歴史的事実を元に別々の著作物が創作されていると認められ、中国の裁判所は著作権侵害の訴えを退けた{{Sfn|McIntyre|2010|pp=85&ndash;86}}。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Notelist2|2}}
=== 出典 ===
{{Reflist|25em|refs=

<ref name=Stanford-ConcpArt>{{Cite web |title=May I Copyright My Shovel? Intellectual Property Incentives and Conceptiual Art |trans-title=私のショベルは著作権保護の対象か? 知的財産権とコンセプチュアル・アートの関係性 |last=Hinks |first=Sarah Fenton |url=https://scholarship.shu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1236&context=student_scholarship |publisher=[[スタンフォード大学]]ロースクール |date=2013 |accessdate=2019-08-04 |language=en}}</ref>

<ref name=BunkaRep>{{Cite report|url=https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h30_02/pdf/r1407928_03.pdf |title=インターネット情報検索サービスの法的責任に関する我が国及び諸外国の状況 |publisher=[[文化庁]] |page=4}}</ref>

<ref name=YamamotoRep>{{Cite journal|url=http://www.itlaw.jp/USCCLIV.pdf |journal=米国著作権法の判例法理 |title=マージ理論 |author=山本隆司 (弁護士) |year=1997 |publisher=インフォテック法律事務所 |page=1}}</ref>

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<ref name=Synodinou>{{Cite web |url=http://copyrightblog.kluweriplaw.com/2012/05/07/decrypting-the-code-cjeu-sas-vs-world-programming/?doing_wp_cron=1592210151.4402129650115966796875 |title=Decrypting the code: CJEU SAS vs. World Programming |trans-title=コード解読: SAS社対ワールドプログラミング社 欧州司法裁判所判決 |last=Synodinou |first=Tatiana (University of Cyprus) |date=2012-05-07 |publisher=[[Wolters Kluwer]] |accessdate=2020-06-29 |language=en}}</ref> <!-- ブログと書かれていますが、Kluwerは日本で言う有斐閣みたいな法学に強い出版社、かつ著者が知的財産法専門のため、問題なしと判断して使用。-->

<ref name=SoB2014>{{Cite journal |url=https://rss.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1111/j.1740-9713.2014.00737.x |title=Data and the law: Beyond the sweat of the brow {{!}} Who owns published data? And what is data? |trans-title=データと法: 額の汗の法理を超えて {{!}} 公表データの所有権者とは? データとは何か? |first1=Gerald |last1=van Belle |first2=Leslie |last=Ruiter |date=2014-04 |journal=significance |pages=28-31 |publisher=The Royal Statistical Society |language=en}}</ref>

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<ref name="上野2009">{{Cite book|和書|title=著作権判例百選 |series=別冊ジュリスト 198号 |chapter=1 アイディアと表現 |pages=4&ndash;5 |edition=第4版 |author=上野達弘 |editor=中山信弘・大渕哲也・小泉直樹・田村善之 |publisher=有斐閣 |year=2009 |isbn=978-4-641-11498-2 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641114982}}</ref>

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<ref name="清水2009">{{Cite book|和書|title=著作権判例百選 |series=別冊ジュリスト 198号 |chapter=2 定義の著作物性 |pages=6&ndash;7 |edition=第4版 |author=清水節 |editor=中山信弘・大渕哲也・小泉直樹・田村善之 |publisher=有斐閣 |year=2009 |isbn=978-4-641-11498-2 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641114982}}</ref>

<ref name="茶園2009">{{Cite book|和書|title=著作権判例百選 |series=別冊ジュリスト 198号 |chapter=23 編集著作物(3)―会社案内 |pages=48&ndash;49 |edition=第4版 |author=茶園成樹 |editor=中山信弘・大渕哲也・小泉直樹・田村善之 |publisher=有斐閣 |year=2009 |isbn=978-4-641-11498-2 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641114982}}</ref>

<ref name="蘆立2019">{{Cite book|和書|title=著作権判例百選 |series=別冊ジュリスト 198号 |chapter=47 アイディアと表現の区別(2)―選択と配列の相補性 |pages=96&ndash;97 |edition=第6版 |author=蘆立順美 |editor=小泉直樹・田村善之・駒田泰土・上野達弘 |publisher=有斐閣 |year=2019 |isbn=978-4-641-11542-2 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641114982}}</ref>

<ref name="田村2013">{{Cite journal |和書|author=田村善之 |title=著作権の保護範囲に関し著作物の「本質的な特徴の直接感得性」基準に独自の意義を認めた裁判例(2・完) : 釣りゲータウン 2 事件 |date= 2013-03 |publisher=北海道大学情報法政策学研究センター |journal=知的財産法政策学研究 |volume=42 |pages=112-118 |url=https://hdl.handle.net/2115/52393 }}</ref>

<ref name=TRIPS-WTO-1>{{Cite web |title=Overview: the TRIPS Agreement |trans-title=TRIPS協定の概要 |url=https://www.wto.org/english/tratop_e/trips_e/intel2_e.htm |publisher=[[WTO]] |accessdate=2020-06-28 |language=en}}</ref>

<ref name=WCT-WIPO-2>{{Cite web |title=Contracting Parties > WIPO Copyright Treaty (Total Contracting Parties : 107) |trans-title=WIPO著作権条約の加盟国 (閲覧時点で107か国加盟済) |url=https://www.wipo.int/treaties/en/ShowResults.jsp?lang=en&treaty_id=16 |publisher=[[WIPO]] |accessdate=2020-06-20 |language=en}}</ref>

<ref name=Inoue2017>{{Cite journal|和書|author=井上淳 |title=EUにおける新聞等の発行者に対する著作隣接権の付与の動向について |url=https://doi.org/10.11430/jsicr.35.3_35 |journal=情報通信学会誌 |publisher=情報通信学会 |volume=35 |issue=3 |year=2017 |pages=41-50 |naid=130006320322 |doi=10.11430/jsicr.35.3_35|issn=0289-4513 }}</ref>

<ref name=Tamura97a>{{Cite report |url=https://lex.juris.hokudai.ac.jp/coe/articles/tamura/casenote97a.pdf |title=雑誌の休廃刊の際の挨拶文の創作性が問題となった事例――ラストメッセージ in 最終号事件 |author=[[田村善之]] |format=PDF |publisher=[[北海道大学]]}}</ref>

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<ref name=Guardian2010>{{Cite web |url=https://www.theguardian.com/world/2010/sep/11/natascha-kampusch-interview |title=Interview {{!}} Natascha Kampusch: Inside the head of my torturer |trans-title=インタビュー {{!}} ナターシャ・カンプッシュ: 犯人の思想を探る |publisher=[[The Guardian]] |date=2010-09-11 |last=Ronson |first=Jon |accessdate=2024-11-02 |language=en}}</ref>

<ref name=ABC2024>{{Cite web |url=https://www.abc.net.au/news/2024-05-26/natascha-kampusch-kidnapping/103868978 |title=Natascha Kampusch's kidnapping began a 'choreography of terror' that lasted eight years |trans-title=ナターシャ・カンプッシュ誘拐事件は綿密な計画に基づき8年にもおよんだ |publisher=[[ABCニュース (オーストラリア)|ABC News]] (Australia) |date=2024-05-26 |last=Morris-Grant |first=Brianna |accessdate=2024-11-02 |language=en}}</ref>

<ref name=WIPO2018>{{Cite web |url=https://www.wipo.int/wipo_magazine/en/2018/01/article_0007.html |title=Can the monkey selfie case teach us anything about copyright law? |trans-title=サルの自撮り事件から学ぶ著作権法への示唆とは? |publisher=[[WIPO]] |date=2018-02 |last=Guadamuz |first=Andres (Senior Lecturer in Intellectual Property Law, University of Sussex, United Kingdom) |accessdate=2024-11-02 |language=en}}</ref>

<ref name=IPKat2011>{{Cite web |url=https://ipkitten.blogspot.com/2011/12/all-photos-are-created-equal-painer.html |title=All photos are created equal – the Painer case in the CJEU |trans-title=全ての写真は平等である - 欧州司法裁判所のペイナー判決 |website=The IPKat (知的財産法に通じる学者・識者複数名で運営されているウェブサイト) |date=2011-12-07 |last=Brophy |first=David (欧州知的財産権専門弁護士) |accessdate=2024-11-02 |language=en}}</ref><!--見た目は素人ブログっぽいですが、執筆者は全員法学者・弁護士などの専門家で、記事内での引用も出典明記してあり信頼性あり-->

<ref name=Kluwer2011>{{Cite web |url=https://copyrightblog.kluweriplaw.com/2011/05/03/opinion-of-the-advocate-general-of-the-ecj-in-the-kampusch-case-2-the-notion-of-originality-in-photographs/ |title=Opinion of the Advocate General of the ECJ in the Painer case (2): the notion of originality in photographs |trans-title=ペイナー事件での欧州司法裁判所判旨 (2): 写真著作物の創作性 |publisher=[[Wolters Kluwer]] |date=2011-05-03 |last=van Gompel |first=Stef (Institute for Information Law (IViR)) |accessdate=2024-11-02 |language=en}}</ref>

<ref name=DBPrtc-Yoshida>{{Cite journal |author=吉田英広 (知財研研究員) |title=欧米のデジタルコンテンツ保護法制の最近の動向に関する調査研究 |journal=知財権紀要 |pages=62&ndash;67 |publisher=[[知的財産研究所]] |year=1999 |url=https://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail99j/11_08.pdf |format=PDF |language=ja}}</ref>

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<ref name=DB-TAL>{{Cite web |url=https://www.transatlantic-lawyer.com/the-protection-of-databases-eu/ |title=The Protection of Databases in the EU and under French Law: a "sui generis" right |trans-title=欧州連合およびフランスにおけるデータベースの法的保護: スイ・ジェネリス権 |first=Stephan (フランス、イギリス、米国弁護士) |publisher=Law Office of S. Grynwajc, PLLC |website=The Transatlantic Lawyer |last=Grynwajc |accessdate=2024-11-02 |language=en}}</ref>

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* {{Cite book|和書|title=実務詳説 著作権訴訟 |author=髙部眞規子 |authorlink=高部眞規子 |publisher=金融財政事情研究会 |year=2012 |isbn=978-4-322-11981-7 |ref={{SfnRef|髙部|2012}}}} <!-- 高の字が新旧字体混在なのでauthorlink使いました。2012年が初版、2019年には第2版が発行されてます。https://store.kinzai.jp/public/item/book/B/13514/ ISBN=978-4-322-13514-5 -->
* {{Cite book|和書|title=著作権法概説 |author=田村善之|authorlink=田村善之 |publisher=[[有斐閣]] |year=1998 |edition=初版 |isbn=4-641-04473-2 |url=http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/4641044732 |ref={{SfnRef|田村|1998}}}}
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* {{Cite book |和書 |trans-title=著作権と隣接権 |title=著作権と隣接権 |last=Colombet |first=Claude (クロード・コロンベ) |translator=宮澤溥明 |date=1990-05-25 |publisher=[[第一書房]] |origyear=1988 |year=1990 |url=https://www.daiichishobo.co.jp/shinkan/shokai/1.shtml |isbn=978-4-8042-0001-9 |postscript=著者は[[ソルボンヌ大学]]法学部教授。日本語版本文中の条約および法律は、大山幸房 (西東京科学大学 (現: 帝京科学大学) 教授) の訳出に準拠 |ref={{SfnRef|Colombet|1990}}}} -- "''{{Lang|fr|Propriété Littéraire et artistique et droits voisins}}''" の日本語訳 <!-- 書籍の裏表紙に書かれているISBNは下1桁が「0」と表記されていますが、誤り。Cite bookで表示しようとすると「存在しません」となりますのでご注意を。出版書誌DB https://www.books.or.jp/books/detail/335037 で検索しなおし、「9」に訂正しました。-->
* {{Cite book|和書|title=イギリス著作権法 |last1=Flint |first1=Michael F. (マイケル・F・フリント) |last2=Thorne |first2=Clive D. (クライブ・D・ソーン) |translator=高橋典博 |others=内藤篤 (監修) |publisher=[[木鐸社]] |origyear=1997 |year=1999 |isbn=9784833222716 |ref={{SfnRef|Flint & Thorne|1999}}}} - 原著 "''{{Lang|en|A User's Guide to Copyright, 4th edition}}''" の日本語訳
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* {{Cite book|title=International copyright: principles, law, and practice |trans-title=国際著作権法: 法理、実定法と実務 |edition=3 |last1=Goldstein |first1=Paul |last2=Hugenholtz |first2=P. Bernt |publisher=Oxford University Press |year=2013 |isbn=9780199794294 |language=en |url=https://global.oup.com/academic/product/international-copyright-9780199794294 |ref={{SfnRef|Goldstein & Hugenholtz|2013}}}}<!-- 2019年10月に第4版が出版 -->
* {{Cite journal |first=Sankalp (弁護士、デリー高等裁担当) |last=Jain |title=The Principle of Idea-Expression Dichotomy: A Comparative Study of US, UK & Indian Jurisdictions |journal={{仮リンク|Social Science Research Network|en|Social Science Research Network}} (SSRN) |date=2012-03-26 |url=https://ssrn.com/abstract=2229628 |ref={{SfnRef|Jain|2012}}}}
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== 関連文献 ==
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== 関連項目 ==
* [[産業財産権]]
* [[著作物]]
* [[著作権法の判例一覧 (アメリカ合衆国)]]

{{著作権 (法学)|state=expanded}}
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[[Category:法理]]
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2024年12月17日 (火) 14:34時点における最新版

デュシャン作『』は既製品の小便器に署名しただけの作品。このようなコンセプチュアル・アートはアイディアとみなされ、著作権保護が発生しない場合がある[1][2]

アイディア・表現二分論(アイディア・ひょうげんにぶんろん、別称: アイディアと表現の二分法理[注 1]: Idea-expression dichotomy または Idea-expression divide)とは、知的財産権の一種である著作権によって何を保護するか、その対象範囲を定める法律上の原理原則 (法理) である。思想、概念や事実発見などを含む「アイディア」そのものは保護の対象外とした上で、そのアイディアを何らかの形で創作的に「表現」した著作物のみを著作権法で保護する[6]。この法理に基づき、アイディアとみなされて著作権法で保護されない例には、平均株価を示す単純データ[7]、スポーツのルール[7]、新薬の製法[注 2]、一般的な単語だけを含むお笑い芸人の一発ギャグ[8]などが挙げられる。ただしこれらの一部は、要件を満たせば特許権商標権意匠権といった産業財産権、ないし不正競争防止など別の法律制度で保護されることもある。

アイディア・表現二分論の根底には、多様な表現の創出によって社会全体を活性化させようとの価値観[9]、すなわち「アイディア自由の原則」が存在する[10]。著作権には著作者に独占を許す性質があることから、著作権法によって表現の大元となるアイディアにまで過度な独占がおよんで社会発展が妨げられないよう、著作権の範囲を制限する狙いがアイディア・表現二分論にある[10]

アイディア・表現二分論の概念は既に19世紀には成立しており[11]、著作権の各種基本条約でも規定されて国際的に認められているものの[12]、時代によって、そして判例によって幾度もなく原則が歪められてきた[11]。特に「額の汗の法理英語版」(: Sweat of the brow)[注 3]はアイディア・表現二分論と相反する概念でありながら、一部の司法判断で長らく支持された過去がある[15]。また、時としてアイディアと表現が融合して分離が困難なケースがある。その際には、アイディア・表現二分論から派生した「マージ理論」(: Merger doctrine)[注 4]や「ありふれた情景の理論」(: Scènes à faire)[注 5] が適用されることがある。

アイディア・表現二分論やその関連諸理論を実際に活用するにあたり、普遍的で機械的に判断しうる基準の確立は困難であり、ケースバイケースでアイディアと表現を慎重に切り分ける必要がある[17]。本項では、のちに強い批判を受けた判例も含め、各国の判例事情を概観しながら諸理論を解説していく。

定義と意義

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著作権法で保護される範囲に関し、以下の原理原則が (特に大陸法系の国々で) 伝統的に認められている[18]

  1. 思想や感情の「表現」のみを保護 (アイディア・表現二分論)[注 6]
  2. 「創作性」(: originality) を有した著作物のみを保護
  3. よって、著作物のジャンル (小説・音楽など)、表現形式 (文章・描画・口頭など)、価値、用途は不問[注 7]

(1) アイディア・表現二分論は、もう一つの原理である (2) 創作性と不可分の関係にあり、起点は単なるアイディアであっても個人の思想・感情をもって表現すれば、それは自ずと創作性を満たして著作権法の保護に値するとも考えられている[注 8]。極端な例を挙げれば、たとえ幼児が描いた平凡な似顔絵であっても、本人の感性が「表現」されていれば著作物として認められ、著作権法で保護される。その表現や創作性に、高い芸術性や斬新さといった価値は要求されない[26][注 9]

アイディアとは何か

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ここでの「アイディア」という法的な言葉は、一般的な意味とは少々異なることに注意が必要である。例えば、

  • フィクション作品のかなり詳細で具体的な設定を考え出すことも日常的には「アイディアを思いついた」などと言うが、一定以上に詳細で具体的な設定はアイディア・表現二分論における「アイディア」ではなく「表現」に該当する[16]
  • 論文に記された「事実」や「発見」それ自体はアイディアに含まれる[28]。したがって、論文内のアイディア (事実や発見) を他者が利用したとしても、著作権侵害には当たらない[29]
  • コンピュータ・プログラムの一つであるインターネットの検索エンジンを例にとると、プログラムのアルゴリズムや基本設計、つまり検索キーワードに基づき、どのサイトを検索結果に含める・含めないかや、検索表示順を決めるロジックは、新たに発見するものであることから「アイディア」である[30][注 10]。しかし、その検索エンジンの使い方を示したフローチャートなどの説明文書は、アイディアに基づく「表現」である[30]
  • 収集にどれだけ労苦と資金を要しようが、データそのものはアイディアであり、著作権保護されない。しかし個々のデータを取捨選択し、何らかの知的なロジックで並べているデータベース (つまりデータの集合体) はアイディアの表現であり、データベース権として著作権保護されることがある[32]

独占とアイディア自由の原則

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アイディア・表現二分論が適用される根拠の一つに、著作権の保護が著作者に与える「独占」的な支配の特性がある。つまり、アイディアのような抽象的なものまで特定の人物あるいは法人に独占させると、第三者の表現活動を阻害することになり得るためである[16][33]。アイディアは表現に先立ち、表現を生み出す元である。そのため、アイディアを万人が利用可能な状態に置くことが、多様な表現の創出が社会全体で活性化することに繋がる[9]。これを「アイディア自由の原則」とも呼ぶ[10]

では著作権と同じ知的財産権の一種である特許権商標権はどうであろうか。特許権や商標権がアイディアそれ自体を法的に保護しているにもかかわらず、著作権による保護では強力すぎる[34]とみなされるのはなぜか。その違いは、手続・審査の厳格さにある[10]。世界の多くの国々の著作権法では、著作物が創作された時点で、自動的に著作権が発生する「無方式主義」を採用している[注 11]。一方、特許や商標などの産業財産権は、権利者の独占が著作権より強い分、政府当局に申請して許可されなければ、その権利が認められない「方式主義」である。仮にアイディアと表現を明確に切り分けず、容易に権利が認められる著作権を笠にして、アイディアそのものまで広く独占保護を求める者が出てくると、アイディア自由の原則がないがしろにされたり、特許などの手続・審査の抜け道として著作権保護が悪用されるおそれがある。したがって、アイディア・表現二分論には、著作権で保護される範囲を制限するという側面がある[10]。裏を返せば、特定の具体的表現を独占させたとしても、通常は一つのアイディアから無数の具体的表現が可能なので、著作権法が表現活動を不当に妨げることにはならないと考えられる[9]

さらに、アイディアは「抽象的」なアイディアと「具体的」なアイディアに分類され、特許権や商標権であっても前者を独占することはできない。例えば化学の基礎知識は「抽象的なアイディア」であり、独占は許されない。しかし、この万人が共有する基礎知識に基づいて科学者が新薬を開発すれば、それは「具体的なアイディア」であり、特許申請手続ののちに開発者に特許 (独占) が認められる。この結果、特許保有者以外は一定の期間、その新薬を製造・販売できなくなる。さらにその新薬に関する科学論文や、新薬を飲んだ患者の体験本は、アイディアの「表現」であることから、その執筆者には著作権が認められる。このように、アイディアと表現は階層化している[36]

額の汗の法理と創作性

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アイディア・表現二分論と相反するのが「額の汗の法理英語版[注 3]である。額の汗の法理に基づくと、額に汗したその労力の賜物を保護するのが著作権法の目的であると考えられ、たとえそこに個人の視座やスキルが欠如し、創作性の要件が満たされていなくとも、著作者は利益保護されるべきだとの結論に達する[37]。実際の判例を具体例として挙げると、電話帳の作成には多数の電話番号を収集する労力を要する。額の汗の法理をとれば、この電話帳は著作権保護されるため、第三者が複製して再出版すれば著作権侵害に当たる。しかしアイディア・表現二分論に立脚すれば、電話番号は単なるデータ (アイディア) であり、番号の並べ方も表現の工夫は限られていることから、いくらコピーしようが著作権で保護されない (詳細は後述の「ファイスト出版対ルーラル電話サービス裁判」1991年米国最高裁判決を参照)[38][39]

額の汗の法理は、英国においては1900年の「ウォルター対レーン裁判英語版」(Walter v Lane; AC 539) が初出とされている[40]。そしてアイディア・表現二分論や創作性の要件を否定する傾向は、同じく英米法系のカナダ、オーストラリアやインドにまで波及した[40]。米国においても、上述の電話帳をめぐる1991年最高裁判決で額の汗の法理が否定され、アイディア・表現二分論が再支持されるまでの間、実に約90年も額の汗の法理が用いられ、著作権法上の混乱をもたらしたと言われている[15]

なお、欧州連合 (EU) ではデータベースのコンテンツ保護に限っては、額の汗の法理に類似の基準を適用しているとの指摘もある[41]。EUでは1996年にデータベース指令英語版 (Directive 96/9/EC) が成立してデータベースの著作権保護を規定している[42]。EUではデータベースを「内容物」(コンテンツ) と「データ構造」に分類の上、前者はスイ・ジェネリス権で、後者は狭義の著作権でそれぞれ別個に保護すると定めている[43][42]。狭義の著作権で保護されるには、知的な「創作性」(: originality) が要件として求められる一方、スイ・ジェネリス・データベース権は保護に値するだけの「実質的投資」(: substantial investment) があるかが問われる[42]。ここでの「実質的投資」であるが、データベース作成にかかった投資であり、作成されたデータベースの評価額ではない[44]

マージ理論

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アイディアと表現を切り分けるのが理想である。しかし、ある表現を使用しなければ、その大元にあるアイディアも使用できないほどに結合 (マージ、merge) が強い場合、アイディア自由の原則と表現の保護という二つの考え方は両立できなくなる。この際、アイディア自由の原則を優先し、著作権による保護は制限されるという考え方がマージ理論 (英語: Merger doctrine)[注 4]である[48]。マージ理論が問われたリーディング・ケースとしては、後述する1879年のアメリカ合衆国最高裁判決「ベーカー対セルデン裁判英語版」(101 U.S. 99) や、1971年の第9巡回区控訴裁判決「ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判」(446 F.2d 738) などが知られている。

ありふれた情景の理論

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(狭義の) マージ理論を発展させたものとして、「ありふれた情景の理論」(フランス語でScènes à faire、英語圏でもフランス語がそのまま使用される) がある。マージ理論はアイディアと表現が1対1 (ないしごく限られた数) で結合しているのに対し、ありふれた情景の理論は1対Nであり、かつNの中でもお決まりの表現が一つに定まるケースである。このような場合、お決まり、つまり平凡な表現は著作権保護されないという考え方である[49]。ありふれた情景の理論に関するリーディング・ケースとしては、後述する1988年のアメリカ合衆国第9巡回区控訴裁判決「データイースト対エピックス裁判英語版」(862 F.2d 204) がある。本件は、空手対戦ゲームの雰囲気や設定が似ているとして日本と米国のゲーム会社間で争ったケースである[50][51]

ここで注意すべきは、単に平凡な表現だからと言って、それだけを理由に法的に保護されないわけではないことである。アイディア自由の原則がまず優先的にあり、表現の保護によって大元となるアイディアまで利用を制限されてはならないからこそ、(狭義の) マージ理論もありふれた情景の理論も導き出されている[49]

なお、ありふれた情景の理論は、文学や映像などの芸術性や物語性を主に対象とし、マージ理論はコンピュータ・プログラムなどの実用的な著作物を対象として使い分けるべきとの主張もあるが[52]、両者は密接に関係し、法廷ではマージ理論のこともありふれた情景の理論と呼ばれることが多い[52]

各国の適用状況

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上述の諸理論が国際条約や各国の著作権法条文としてどのように表記され、実際の司法判断がなされているかを見ていく。

国際条約

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TRIPS協定 第9条第2項
Copyright protection shall extend to expressions and not to ideas, procedures, methods of operation or mathematical concepts as such.[53]
著作権の保護は、表現されたものに及ぶものとし、思想、手続、運用方法又は数学的概念自体には及んではならない (日本国外務省訳)[54]
WIPO著作権条約 第2条: 著作権の保護の範囲
Copyright protection extends to expressions and not to ideas, procedures, methods of operation or mathematical concepts as such.[55]
著作権の保護は、表現されたものに及ぶものとし、思想、手続、運用方法又は数学的概念自体に及ぶものではない (著作権情報センター訳)[56]

著作権に関する主な国際条約には、基本条約たるベルヌ条約 (1887年発効)、世界貿易機関 (WTO) 加盟国に適用されるTRIPS協定 (1995年発効)、およびベルヌ条約を発展させたWIPO著作権条約 (2002年発効) がある[57]。このうち、ベルヌ条約の第2条には言及がないものの、TRIPS協定とWIPO著作権条約の条文内にはアイディア・表現二分論に関する規定が、ほぼ同一の文章表現で盛り込まれている。

2020年6月現在、TRIPS協定には164か国[58]、WIPO著作権条約には107か国が加盟しており[59]、アイディア・表現二分論は、国際的にも広く受け入れられている原則と言える[12]

各国の相違点まとめ

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後述する各国の判例を概観すると、アイディア・表現二分論は大きく以下のいずれかの文脈で争点となる。

  • 著作「物」の法的保護範囲 -- 著作物の盗用が問われる際、真似たのはアイディア (着想) だけなのか、その表現性まで含むのかを切り分ける裁判。
  • 著作「者」の認定範囲 -- 著作物を複数人で共作した際、(アイディア出しや素材提供を超えて) どこまで寄与すれば共同著作者として認められるかを問う裁判。

前者の著作「物」に関する争点であるが、アイディアと表現の線引きは実際には簡単ではない[60]。ある著作物の著作権侵害が問題となったとき、「アイディアの表現」が複製されたのか、それとも「アイディア」のみが複製されたに過ぎないのか、といったことが議論になる[61]。抽象的アイディアと具体的表現の間には、表現の抽象度の高低に応じてさまざまな段階があると考えられる[62]。アイディアと表現を線引きできる一般的基準を確立することは困難である[63]。実情としては、それぞれの事案ごとに、その創作物におけるアイディアと表現とは何かを個別に検討しなければならない[64]

また、各国の著作権法では著作物と認めて保護される種類を条文上に列記しているが、一部はたとえ表現性・創作性があっても、以下のとおり著作権保護を拒否する場合がある。

応用美術・実用品デザイン
イアリングやおもちゃ、椅子やランプなどの応用美術・実用品デザインについては、以下のとおり各国で法的保護のアプローチが異なる[65]
  • 実用品も他の著作物と同様に保護対象に含める -- フランスなど
  • 実用品も一部保護に含めるものの、ほかの著作物よりも保護要件の水準を高く設定する -- ドイツなど
  • 実用品は意匠法など別の法律で保護する、あるいは著作権法と二重で保護する -- 米国、過去のイタリアなど[注 12][注 13]
題号 (タイトル)
小説などの言語著作物は著作権法で保護されるのが一般的であるが、小説の中身だけでなくその題号も著作権法で保護されるのかは国によって差がある。
  • 創作性が認められれば、題号も著作権法で保護されるほか、商標権との二重保護も可能 -- フランス (L112条-4[67])[注 14]
  • 題号は著作権法の範疇外であり[70]、不正競争防止法など、別の法的根拠を求める必要がある[71] -- 米国
ファッション
ファッションには手に届かない憧れの奢侈品の側面があり、そのブランド価値は希少性から生み出される[72]。したがって知的財産権ないし不正競争防止 (模倣品対策) の観点で各国の法的保護体制は以下のとおり異なる。しかしながらファッション業界固有の問題として、ブランド品のように定番もあれば、流行に合わせて次々と商品サイクルを急回転させるファスト・ファッションもあり、著作権法ないし商標法などの知的財産法で保護するのは「割に合わない」ケースも出てくる[73]
  • 著作権法上でファッションの保護を明記 -- フランス (L112条-2に婦人服、下着、刺繍、帽子、靴、革製品など列記[67])
  • 商標法ないし不正競争防止法で一部保護 -- 日本[74]
  • 伝統的に欧州・日本と比べてファッション全般の法的保護水準が低いものの、2010年代に入ってから保護強化の検討議論に動きがあり、流動的 -- 米国[75]

アメリカ合衆国

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米国著作権法におけるアイディア・表現二分論の解説例[76]

アイディア・表現二分論は、合衆国法典第17編 (17 U.S.C.) に収録された米国連邦著作権法第102条(b)項で明文化されている。当条文ではアイディアに並んで、「手続」「過程」「方式」「操作方法」「概念」「原理」「発見」について著作権による保護を否定している[77]

米国においてアイディア・表現二分論は「公共性」の高低によって整理されている。米国では「産業政策理論」と呼ばれる考え方が著作権法の基盤となっており、これが公共性の概念とリンクする。産業政策理論とは、モノの発明者や創作者に対し、政府が法律によって独占的な権利を無制限に与えたり、私的な恩恵を与えるのではなく、発明者や創作者を一定の期間に限って動機付け、期限が切れた後はその天才たちの成果物を社会が利用できるようにすることで、公共の利益を達成しようという発想である。さらにその背景には、競争の自由を阻害する市場の独占は悪であり、これに対する警戒心が強いという思想がある[78]

ベーカー対セルデン裁判英語版 (Baker v. Selden, 101 U.S. 99 (1879))
会計の簿記に関する書籍を巡って争われた裁判であり、1879年の最高裁判決文は多くに引用されている。セルデンは自著数冊の中で、簿記の改良手法について解説している。しかし、著作は商業的なヒットには至らなかった。セルデンの書から数年後、ベーカーが類似の簿記手法について記し、こちらは全米広域にわたって好調な売れ行きを記録した。セルデンの死後、相続人である妻がベーカーを相手取って著作権侵害で提訴したのが本件である。一審のオハイオ地方裁は、二者の著作物が酷似していることから、著作権侵害を認めて終局的差止命令を出した。しかし最高裁では、セルデンの簿記手法そのものに著作性はなく、簿記手法を表現した書籍にのみ著作性を認めた。また、簿記手法に独占的権利を主張するには、著作権法ではなく特許法の範疇で議論すべきと判示した[79]
同裁判ではまた、「薬の組成や使用方法について書かれた論文や、耕作用具の作成と使用方法について書かれた論文などは、著作権法の対象となる。しかしその論文に書かれた内容の新規性 (誰が最初に発見したか) と、著作権はまったくの無関係である。そして新規性は特許庁によって審査された上で、独占性が認めなければならない。このような審査手続を経ずに独占性が認められると、他者にとって不意打ちとなってしまう」との主旨を述べている[80][81]
ファイスト出版対ルーラル電話サービス裁判英語版 (Feist Publications, Inc. v. Rural Telephone Service Co., 499 U.S. 340 (1991))
額の汗の法理を米国最高裁で初めて否定した判決として、国内外に知られる[14]。ルーラル社はカンザス州北西の一部地域で独占営業を認められた電話サービス事業者で、加入者の電話番号を電話帳として編纂して無料配布する法令義務を負っていた。一方のファイスト社は、カンザス州広域で電話帳の発行を専業とする出版社である。ファイストがルーラルの無料電話帳から自社の発行する電話帳に電話番号を転載したことから、著作権侵害が問われた。一審と二審は侵害を認めたが、最高裁では一転し、著作権保護には単なるデータ配列 (額に汗をかいてデータ収集すること) だけでなく独自の創作性 (オリジナリティを持つ表現性) が必要だと合衆国憲法の特許・著作権条項英語版が解釈された結果、電話帳に著作権は認められずファイストの行為は合法と判示された[38][39]
ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判 (Herbert Rosenthal Jewelry Corporation v. Kalpakian, 446 F.2d 738 (9th Cir. 1971))
1971年の第9巡回区控訴裁判決である。原告・被告ともに宝飾メーカーであり、原告ハーバート・ローゼンタールは、宝石に金をあしらったミツバチ型の宝飾ピンを著作権登録済みであった。被告カルパキアンが類似デザインのピンを商品化したことから、ハーバート・ローゼンタールが著作権侵害で提訴した。裁判所は、カルパキアンは自然界のミツバチを研究してデザインしており、両社とも実物のミツバチに似てはいるものの、カルパキアンがハーバート・ローゼンタールを真似たわけではないとして、類似性の訴えを棄却した[82]
この判決では、特許権と著作権の違いについても言及されている。被告には、原告の商品の「アイディア」から学ぶ自由があるものの、アイディアの「表現」を盗むことはできないと指摘した。その上で、このケースではアイディア (ミツバチ型のピンを作る発想) とその表現 (出来上がったピンのデザイン) が不可分であることから、表現を模倣しても著作権侵害に当たらないと判示した[82]。これはベーカー対セルデン裁判でも判示されたように、アイディアと表現が結合していて切り離せない場合、表現に市場独占権を与えてしまうと、特許権で保護されるべきアイディアにまで影響が及んでしまう。しかし、特許権なしに市場を独占する権利を著作権者に与えるために、連邦議会は著作権法を制定しているわけではないため、ミツバチ型ピンのデザインを模倣しても著作権侵害には当たらないとされる[48]
データイースト対エピックス裁判英語版 (Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc., 862 F.2d 204 (9th Cir. 1988))
ありふれた情景の理論のなかでもルック・アンド・フィールに関連する、1988年の第9巡回区控訴裁判決である。日本のデータイースト社はゲームセンターのアーケードゲームや家庭用ゲームに作品を提供するゲームメーカーである。1984年に日本で「空手道」をリリースし、米国を含む日本国外では「カラテチャンプ」(Karate Champ) の名称で流通していた。翌年1985年には、イギリスのシステムⅢソフトウェア社が「International Karate」をリリースし、米国市場向けの開発および販売は、ライセンス契約に基づいてカリフォルニア州企業のエピックス社が担っていた。1986年、海軍バージョンの「World Karate Champion」を発売した。白と赤の空手着を身にまとった対戦相手、主審による勝者宣言、対戦ごとに異なる背景シーン、ボーナス・フェーズなどの設定が似ているとして、データイーストがエピックスを提訴した。一審では著作権侵害を認め、終局的差止命令を出したが、二審の控訴裁ではこれを覆している。その理由として、与えられたアイディアから必然的に発生する標準的な表現にまで、著作権の保護を与えられないとしている[50][51]
ハーパー & ロー対Nation誌裁判 (Harper & Row v. Nation Enterprises, 471 U.S. 539 (1985))
出版大手ハーパー & ロー (現ハーパーコリンズ) がフォード元大統領の未発表回想録の出版権を獲得したものの、雑誌『Nation』が引用して先行報道した争いである[83]。最高裁は1985年、元原稿から逐語的に引用されたのは、計20万語のうちわずか300語だったが、その内容が決定的な箇所だと指摘した。また、「著作権におけるアイディア・表現二分論は、事実の自由な伝達を許す一方で、著作者の表現を保護することによって、憲法修正第1条著作権法との定義上のバランスをとる」と判示した[84]
メイザー対スタイン裁判英語版 (Mazer v. Stein, 347 U.S. 201 (1954))
実用品デザインの著作権保護を巡るリーディング・ケースとして知られる。本件以前は、実用品デザインを著作権法で保護できるのか、それとも意匠特許法でしか保護されないのか、判然としなかった。本件では、卓上ランプを模倣したとして著作権侵害が問われた。原告の卓上ランプの台には、バリ島のダンサー男女の像が用いられていたことから、実用品の機能面としてのランプには著作権性はないが、ダンサー像には著作権性があるとして、最高裁は1954年、著作権侵害を認めた。「特許とは異なり、著作権は公開された技術に対して排他的権利を与えるものではない。保護が与えられるのは思想の表現に対してのみであって、思想そのものに対してではない」と判示している[85]。さらに最高裁は、美しい流線型のチェアは著作権保護が認められないと例示している。その違いであるが、実用性の表現と芸術性の表現が分離できるか否かである。本件における卓上ランプの場合は、ランプの柄の部分にダンサーの像がついており、そのダンサー像だけ取り出して純粋美術としての立像を創作できることから、著作権保護されると判示された[86]。この物理的な分離性について別の例を挙げると、英国車ジャガーのボンネットについている、ジャガーのマスコット彫刻は分離可能なため、著作権保護されるとも説明されている[87]
本件以降も、旧式電話機型の鉛筆削り、犬形の貯金箱といった量産型の商材や、繊維製品のグラフィックデザインにまで著作権性が認められる判決が続いている[注 15]
スター・アスレティカ対ヴァーシティ・ブランズ裁判英語版 (Star Athletica, LLC v. Varsity Brands, Inc., 580 U.S. 15-866 (2017))
スポーツ・アパレル企業同士の訴訟である。メイザー判決が物理的な分離性について言及したのに対し、本件では概念的な分離性が問われた。チアリーディングのユニフォームデザイン (縞・ジグザグ・逆さV字模様など) が似ているとして大手ヴァ―シティ社がスター社を提訴した。これに対しスターは、実用品向けのデザインのため著作権は発生しないとして、マージ理論とフェアユース (公正利用) で抗弁したものの、最高裁はヴァーシティのデザイン独創性を認め、抗弁を棄却した。
この判決では、ユニフォームの装飾デザインと、衣類繊維は物理的に分離できないものの、概念的に分離可能であるとし、その具体的な判断基準を5点示した。(1) 著作権法第102条が定めるところの「絵画・図形・彫刻の著作物」に該当するか、(2) 第101条の定義で定められた、実用的デザイン (useful article) か、(3) その実用的側面とは何か、(4) デザインを見る者が (1) の特徴と (3) の側面を分離して識別できるか、(5) さらに分離識別できるだけでなく、独立して存在できる特徴を有しているか、の5点である[87]
モリシー対P&G裁判 (Morrissey v. Procter & Gamble Co., 379 F.2d 675 (1st Cir. 1967))
第1巡回区控訴裁が1967年に下したこの判決は、「混同法理」(マージ理論) のリーディング・ケースである。マージ理論も、先述のベーカー対セルデン裁判の判示に依拠する。ベーカー対セルデン裁判では、アイディアを利用するにあたって、作品の複製を必要とする場合は、その複製行為は著作権侵害にあたらないとしている。一方で、複製せずともアイディアの解釈だけで済むならば、複製は著作権侵害となる[88]
モリシーは販売促進用の宝くじの企画を運営していたが、その運用方法がP&G主催の宝くじと類似しているとして提訴した裁判である。その運用方法とは、応募者が氏名、住所、社会保障番号などを記入する必要があるというものである[89][90]。販促用の宝くじのように、既にくじの引き方というアイディアが枯渇しているものにまで独占的な権利を与えてしまっては、社会的な損失になると考えられている[88]
ウォーカー対タイム・ライフ・フィルムズ裁判 (Walker v. Time Life Films Inc., 784 F.2d 44 (2d Cir. 1986))
ありふれた情景の理論の判例である。1976年出版・ウォーカー著『Fort Apache』が、1981年映画『アパッチ砦・ブロンクス』 (原題: Fort Apache, The Bronx) に盗用されたとして提訴した。両作とも、黒人と白人警官の死亡事件で始まり、闘鶏、飲酒、部品を盗まれた車、売春、ネズミが登場する。第2巡回区控訴裁は1986年、これらのシーンはニューヨーク州サウス・ブロンクスでたびたび報道されている事実であり、その設定に著作物性はないとした[91]
ゲイツ・ラバー対バンドー化学裁判英語版 (Gates Rubber Company v. Bando Chemical Industries, Ltd., et al, 9 F.3d 823 (10th Cir. 1993))
機械用ベルト製造の競合同士の争いである。同業界では全米で主力のゲイツ社は、個々の機械に合ったベルト製品を適切に選んで効率的に販売するため、さまざまな変数を考慮して計算できるソフトウェアを開発し、合衆国著作権局に著作権登録を済ませていた。ところが、このソフトウェアに関する詳細設計やソースコードなどを元ゲイツ従業員が持ち出し、転職先のバンドー (日系企業の米国支部) で類似ソフトウェアを開発した。これを受け、不正競争防止法違反、企業秘密の不正流用および著作権侵害でゲイツがバンドーを提訴した[92]。本件では著作権法上の実質的類似性英語版を検証する上で、抽象化・排除・比較テスト英語版 (別称: 3ステップ・テスト) の手法を確立させたとして知られている[93][94]
第10巡回区控訴裁は1993年、ハードウェアの規格と機械的仕様、ソフトウェアの規格と互換性要件、コンピュータメーカーの設計規格、ターゲット業界の慣行や需要、コンピュータ産業におけるプログラミングの慣行は、コンピュータプログラムにおいては保護されない「ありふれた情景の理論」に該当すると判示した[92]
Oracle対Google裁判英語版 (Oracle America, Inc. v. Google, Inc., 2020年6月時点で係争中)
企業買収によってJava APIの権利を獲得したOracleが、同技術をモバイル用OSのAndroidに利用されたとして、Googleを特許権および著作権侵害で提訴し、約1兆円相当の損害賠償を求めた裁判である[95][96][97][98]。GoogleがAndroid用に使用したのは、11,500行にわたるソースコード、そして37個のJava API (アプリケーション・プログラミング・インターフェース) であり、完全な形での複製である[99]。APIとは、外部の既成プログラムから汎用的な機能を呼び出して内部利用するための「手続」であり、インターフェース (外部と内部プログラムのつなぎ) は、単に「外部からの呼び出し方を規定した決まりごと」にすぎない[100]。そして米国著作権法 第102条(b)項で手続 (プロセス) や操作方法はアイディアに分類されて著作権保護の対象外と記されている。インターフェースの一種であるJava APIはアイディア・表現二分論に従うとアイディアなのか、また仮に表現だとみなされても、自由な利用を許可するフェアユース (公正利用) の範囲を超えた著作権侵害に該当するのかが問われた[99]
一審では陪審と裁判所で著作権性を認めるかで意見が分かれたが、最終的にアイディアのみを使用したとしてGoogle支持の判決となった。しかし二審では逆転し、著作権侵害を認めている。2019年1月、Googleは連邦最高裁に事件移送命令 (certiorari) を請求し[99][95][96][97][98]、2019年11月に事件移送命令が受理された[101]
ウィリアムス対ブリッジポート・ミュージック裁判 (Williams v. Bridgeport Music, Inc.)
ルック・アンド・フィールに関する判例である。2013年8月、ロビン・シックファレル・ウィリアムスT.I.は、彼らの曲である「ブラード・ラインズ」に関してマーヴィン・ゲイの家族及び相続財産から訴訟を起こされた。ゲイの家族は、「ブラード・ラインズ」がマービン・ゲイの曲である "Got to Give It Up"の「フィーリング」と「音」とをまねたものだと主張していた(シックは、この曲を「ブラード・ラインズ」に影響を与えた作品をして名前を挙げていた)[102][103]
2015年3月、裁判所は、同じコード、歌詞など著作物性のある要素を共有していないにもかかわらず、「ブラード・ラインズ」はそのフィーリングと音とをまねることで "Got to Give It" の著作権を侵害したと判定した[104][105]。その後の2019年1月には、最終的に約500万米ドルで賠償金の金額が確定した[106]

欧州連合

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欧州連合 (EU) では、加盟各国の著作権法の保護水準を揃える目的から、著作権に関する数々のEU指令 (directive) が出されている。EU指令が出されてから一定期間以内に、国内著作権法を必要に応じて改正するなどの国内法化義務をEU加盟国は負っている。なお、著作権関連のEU指令の一種であるコンピュータ・プログラムの法的保護に関する指令英語版 (91/250/EEC、通称: ソフトウェア指令[31]) の第1.2条では、コンピュータ・プログラムの何らかの要素の基礎となる思想及び原理 (操作系の基礎となるものを含む) を著作権から明示的に除外している[107][108]

Infopaq対DDF裁判英語版 (Infopaq International A/S v Danske Dagblades Forening, Case C-5/08, (2009) ECR I-6569, paras 41 and 42)
通称「Infopaq判決」。著作物性を問うEUの重要判例の一つとして知られる[109][110]。Infopaqは2011年に設立され、他社メディア掲載情報の収集やニュース評論を行うデンマークの情報系企業である[111]。同社は新聞・雑誌各社の掲載記事を無断でスキャンし、顧客がキーワード入力するとそれに該当する記事を紹介するデジタル検索サービスを提供していた。抽出表示するのはキーワードおよびキーワード前後の5単語、つまりたった11単語のみである[112][113][114]。これに対し、Danske Dagblades Forening (略称: DFF、デンマークの日刊紙各社で構成される業界団体[112]) が著作権侵害の苦情を申し立てたことから、Infopaqが同社の行為の合法性を確認するため、デンマークの裁判所に出訴した事件である[112][113][114]。この行為が情報社会指令 (Directive 2001/29/EC) 第2条で定められた複製権の侵害に当たるか、またこのような短文かつ金融関連の情報であっても著作権保護期間指令 (Directive 93/98/EEC) 前文 第39項および第88項で述べられた「創作性」を満たして著作権保護の対象に含まれるかが問われた[112][113][114][110]
本件はデンマーク国内で8年にも渡って司法の場で争われ、デンマーク最高裁はEU法の最高裁にあたる欧州司法裁判所 (CJEU) に意見を求めた。CJEUはたとえ11単語であっても著作者の知的創造活動の結果として生み出されたものであり、著作物性があるとして複製権侵害を認めた。単語そのものは著作権保護の対象外であるとした上で、複数の単語を選択・配列・組み合わた文章は保護されるとして、文の一部であっても知的創作性が生じると判断されたためである。これを受けてデンマーク最高裁は、デジタル検索用のデータ処理プロセスについても、情報社会指令 第5条第1項 (著作権侵害に当たらない例外規定) の要件を満たさないとして、DDF有利の判決を下した[112][114]
ペイナー対Standard Verlags他裁判 (Eva-Maria Painer v Standard Verlags GmbH and Others; Case C-145/10, (2011) ECR-00000)
画像外部リンク
ナターシャのポートレート (エヴァ・マリア・ペイナー撮影作品を無断加工。欧州司法裁判所に証拠提出された画像を学術出版社Wolters Kluwerが転載)
通称「ペイナー判決」。オーストリア少女監禁事件の被害者ナターシャ・カンプッシュ (Natascha Kampusch) を被写体としたポートレート (人物写真) の著作物性が問われた判例であり、上述のInfopaq判決を踏襲している[115]。ナターシャは10歳の時に誘拐され、犯人自宅に監禁されて8年半後に逃走に成功した[116][117]。ナターシャ発見当時のメディア各社は報道に適したナターシャのポートレート (人物写真) に欠いており、誘拐される前にフリーランスの写真家エヴァ・マリア・ペイナー (Eva-Maria Painer) が撮影したナターシャの写真をペイナーに無断・無償で報道各社が利用したことから、ペイナーが著作権侵害を主張したのである[118][119][120]。誘拐前 (10歳以前) の写真を逃走当時の18歳現在に見えるよう、無断で加工が施されていた[120]
特に争点となったのが、(1) ポートレートに創作性が認められるか (仮に認められるとしても他の著作物より厳格な保護要件が要求されるのか)、また (2) 情報社会指令が著作権の例外規定として定めている「公共の防犯目的」に該当するのか[注 16]、および (3) 同指令の「批評・評論目的」に該当するのか[注 17]、の3点である。アイディア・表現二分論にも関連する1点目については、背景や被写体のポーズ、明暗や角度、雰囲気や撮影技術といった創造的な選択の自由が写真家に認められるならば、それは個人の思想・感情を表現した作品であり、著作権法が求めている「創作性」の要件を満たすと判示された[121]
なお、ポートレートに限らず写真全般がそもそも著作物なのかは、古くから世界的に論じられてきた。これは、写真家が思想・感情を通じて創作性を発揮したというよりは、カメラという機械 (人間以外) による創作品ともみなせたからである。そして世界の国際条約などでは狭義の著作権 (著作者本人の権利) と著作隣接権 (実演家や放送事業者など、他者の著作物を伝達する者の権利) で二分した上で、著作隣接権は狭義の著作権よりも法的保護を低く設定する構成をとっている。そのため、他の著作物よりも創作性が乏しい写真についても、狭義の著作権ではなく著作隣接権で軽度の保護に留めるべきではないかとの議論が出た。しかしながら最終的に、写真は映画の著作物と類似した性質を有することから、大陸法諸国では映画同様に狭義の著作権で保護することになった経緯がある[122]
SAS Institute対ワールド・プログラミング裁判英語版 (SAS Institute Inc v. World Programming Ltd)
ワールド・プログラミング社のソフトウェア製品WPS英語版SAS社のデータ分析・処理製品群に類似しているとして、SASは製品およびマニュアル類の著作権侵害で提訴した。リバース・エンジニアリングによってSAS製品が解読されたとSASは主張していた[123]。しかしながらソースコードの入手経路が不明であり、解読したとの証拠がなかった。さらには仮にワールド・プログラミングがSAS製品をそっくり真似たとして、それがシステム「機能」にとどまるのであれば、アイディア・表現二分論上にアイディアに該当するのではないか、との疑問が呈された[31]
そこで本件を担当した英国のイングランド・ウェールズ高等裁判所英語版は、CJEUに意見を求めている[31]。これに対し、CJEUは次のように述べている。「コンピュータプログラムの機能を著作権で保護できることを認めれば、思想を独占することが可能となり、技術の進歩及び産業の発展に対してマイナスになるであろう」[124]

フランス

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「著作権先進国」[125]とも評されるフランスは、フランス革命期の1791年および1793年に近代的な著作権法を成立させ[126]、文化・芸術の発信地として他国の著作権法に多大なる影響を与えながら[127]、以降多くの判例を積み重ねてきた。

フランスにおいてアイディア・表現二分論の適用が困難となりやすい領域として、翻案、インタビュー、学術著作物、広告などが挙げられる。たとえば学術的な発見を記した論文の場合、通常はその表現性よりも、発見 (アイディア) そのものに価値があるためである。また広告であれば、そのアイディアのみを提供した者が、完成した広告作品の共同著作者として権利を主張したケースなどが複数存在する。判例全体の傾向として、このような主張はアイディア・表現二分論の観点から否定されているものの、一部には肯定する判決も下されている[128]

アイディアとみなされた創作物の一部は、不正競争法、特許法、意匠法、商標法のいずれかで保護されることがある[129]。不正競争法については、自身のアイディアを他者が使用しただけでは不正競争防止訴訟を起こすことはできない原則があるものの、以下に合致する場合は不正競争防止が認められる[128]

  • 消費者が類似アイディアの商品どうしを混同して購入するおそれのある場合 (すなわち消費者保護の観点)
  • アイディア料を支払った者と、そのアイディアをタダ乗り状態で使用した者との間で不公平な競争環境に陥った場合 (すなわち寄生虫的競争)

特に広告のアイディア使用においては、多くのケースで不正競争法による保護が認められ、民事訴訟によって損害賠償請求の対象となる。その際、アイディアが芸術的な価値なのか、工業的・商業的な価値なのかは問われない。したがって、いわゆる「ノウハウ」の保護の延長線上で、アイディアも不正競争法で保護されうる[130]

以下、アイディア・表現二分論に関連するリーディング・ケースを紹介する。

ブーブーロッシュ事件
劇作家ジョルジュ・クルトリーヌ英語版フランス語版の代表的な喜劇『ブーブーロッシュ』(Boubouroche[注 18]、1893年初演) で描かれたテーマ性などが、映画『不貞な妻イタリア語版』(Ta femme nous trompe、1907年配給) に盗用されたとする事件である。クルトリーヌ作品の内容であるが、愛人の男がクローゼットに身を隠していたところ、不貞妻の夫がそのクローゼットを開けてしまう。その不作法に不倫をされた側であるはずの夫が許しを乞う滑稽なストーリーである[131]。被告はクローゼットに隠れた愛人という設定はクルトリーヌ固有のものではなく、一般的なアイディアだと主張した[132]。しかし映画はこのテーマ性だけでなく、さらに構成や筋書き (すなわち場面の展開や結末) までもが極端に酷似していた[131]
セーヌ裁判所は盗用を認めて有罪としたものの、パリ控訴院は映画ではセリフの重要度が低いことを理由に、一審セーヌ裁判所の判決を覆した。最高裁にあたる破毀院においても、酷似度の事実評価は行われなかったことから、のちに「やや軽率にも、クルトリーヌの請求を棄却」したと法学者ルネ・サヴァティエフランス語版 (1892 - 1984年) などから非難された。ただし破毀院は事実評価を投げ出したものの、作品の構成は一般的なアイディアの「展開」であるとして、著作権法下の保護対象であると認めている[131]
マルコス・セスシオスの航海日誌事件
学術雑誌に掲載された考古学者の仮説 (つまり「アイディア」) に基づき、別の小説家がフィクション性を持たせた作品を創作したことから、考古学者が提訴した。原告たる考古学者の勝訴判決に激しい非難が寄せられたことから、現在では当判決は「過去の話」となっている[11]
児童向け音階発声練習の挿絵入り教則法に関する判決 (1960年11月29日、破毀院判決)
アイディアおよび教育法自体は、排他的権利による保護対象ではないことを明確に断定した[11]
円形劇場の設計図に関する判例 (破毀院判決)
円形劇場の設計図を作成するために、舞台装置のアイディアと知識を使用したとして、被告は著作権侵害ではないと主張した。上述の教則法の判例で示された原則を間接的に再確認した判例と言える。被告は元となった舞台装置のアイディアを提供したほか、略図を用いて示唆する形で原著作物である設計図の創作に参加した共同著作者であると破毀院は認めている[11]
香水に関する判例
フランスは元来、香水を著作物として判例上で認めてきた珍しい国として知られていた[133]。ところが21世紀に入ってから、破毀院が香水の著作権保護を否定する判決が相次いでおり、有識者や下級裁判所から批判されている[134][135]
2006年の判例では、ドイツの「香りの街」として知られるホルツミンデンに本社を構える香水会社Haarmann & Reimerドイツ語版が提訴された。これは、調香師の女性がH&R社のために香水を複数開発したものの、正当な報酬を得ていないとして著作権侵害でフランスの裁判所に出訴した事件である。フランス著作権法は「精神の著作物」を保護する目的であり (L112条-1)、その表現形態や作品の価値は不問 (L112条-2) と定めているためである。下級裁判所は原告の主張を支持していたものの、破毀院は「香水は単なるノウハウの具現化に過ぎない」として原告の訴えを退けた[136][135]
2008年には、ファッションブランドのジャン・ポール・ゴルティエの香水「Le Mâle」に対しても、下級裁を覆して著作権保護を否定する破毀院判決が下されている[137][135]。また、2013年のランコムの香水も同様の判決となっている。ランコム判決では「何らかの具体的な形態で表現されて伝達されたもの対し、法は著作権の保護を与える。しかし香水はその開発や製法そのものは著作物性がなく、さらに伝達の要件も満たしていない」と理由が述べられている[138][135]
写真に関する判例
フランスでも上述のEU「ペイナー判決」が踏襲されており、フレーミングや明暗、撮影タイミング、その他技術的な選択の組み合わせによって写真は撮影されていることから、著作権保護が判例で認められてきた。写真の用途は問われず、たとえばカタログ用に撮影された美術作品の写真であっても保護が認められた判決がある (Court of Appeal of Paris, 27 January 2010, 08/04978)。これは著作者個人の人格が写真に投影されているからである[139]
ところが一部の下級裁、特にパリ大審裁判所英語版 (第一審と第二審を兼ねる裁判所[140]) では、写真の著作権保護に新たな要件を追加する傾向がある。これは明言されているわけではないものの、「創作性」(originality) 有無の線引きが難しいケースにおいて、写真の価値や目的を追加考慮するものである。たとえば、オークションカタログに掲載された美術品の写真8,779点の著作権保護を棄却した判決があるが、これは撮影を委託された際に、写真家が自身の感情を表現するよう要求されなかったためである。また、被写体をオークションで販売することが目的であり、著作者の人格を写真に投影したものではないと判断されたためである (The High Court of First Instance of Paris, 30 November 2010, No. 09/04437)。しかしその後、控訴審でこの判決は覆されている (The Court of Appeal of Paris (26 June 2013, No. 10/24329, Lamyline))[139]
通称「パショ事件」
本事件 (Babolat Maillot Witt c. J. Pachot, Cour de cassation, Assemblée Plénière, du 7 mars 1986, 83-10.477) は、コンピュータ・プログラムにも著作物性を認めた画期的な判決として知られている[141][142]。本事件は、コンピュータ・プログラムを開発したパショが、その後に勤務先のBabolat Maillot Witt (BMW) 社から解雇されたため不当解雇で提訴した事件である[142]。さらに、当該プログラムの著作権がパショ個人に帰属するのかも併せて問われることとなった[143]。コンピュータ・プログラムはL112-1条が定義する「精神的な著作物」とは厳密には言い難いものの、破毀院は1986年、「著作者による知的な創作活動が創作性の要件を満たす」と判示している[144]
通称「Isermatic France事件」
本事件 (Cour de Cassation, Chambre civile 1, du 16 avril 1991, 89-21.071) では「著作者個人の寄与の賜物としての創作性」がコンピュータ・プログラムの著作権保護の要件として挙げられた[144]。"Graphix" と呼ばれるシステムには電子署名のカットや調整といったグラフィック・デザイン機能 (モジュール) が実装されており、原告のGerber Scientific Products社は被告のIsermatic France社をこれらモジュールの偽造および競争法違反で提訴した。しかしIsermatic側はモジュールは「アイディア・表現二分論」でいうところのアイディアでしかなく、著作権保護の対象外であると抗弁した。このモジュール群は創作的な選択のもとに構築されており、著作者個人の創作性が発揮されていると判示された[145]

イギリス

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イギリスは1710年、世界初の近代的な著作権法であるアン法を成立させた国であり、フランス同様に世界各国に多大な影響を与えてきた[146][147]。その後、イギリス国内では大幅な改正が幾度も行われており、アイディア・表現二分論に関連する法改正は1911年に起こっている (同改正以前から司法判断で用いられていた実績がある)[148]。直近の全面改廃は「1988年著作権、意匠及び特許法英語版」(Copyright, Designs and Patents Act 1988、略称: CDPA、1989年8月1日施行[149]) であり、「1949年登録意匠法英語版」などもCDPAに包含されることとなった[150]。1989年以降もこのCDPAをベースに追加改正が頻繁に起こっている[151][注 19]。また、EU (および前身のEC) 著作権指令を履行するにあたり、CDPA (つまり立法府たる議会での可決を必要とする法律) ではなく、行政委任立法 (statutory instruments) の一種である「規則」(regulations) を用いて柔軟に改正対応している[153]。アイディア・表現二分論に関連する一例を取り上げると、1991年のEUコンピュータ・プログラムの法定保護に関する指令英語版 (91/250/EEC) を受け、イギリスでは「1992年著作権 (コンピュータ・プログラム) 規則」(Copyright (Computer Programs) Regulations 1992、1993年1月1日施行[154]) を発してコンピュータ・プログラムを言語著作物の一種として追加し、法的保護の対象とした[155][156]

何に著作物性を認めるかについては、イギリス著作権法 (CDPA、規則および判例の総称) は「創作性」(originality) を有していること、そして「技能と労苦」(skill and labor) を用いていることを要件に挙げている[157]

前者の創作性については他国と同様の要件であり、先述の通り平凡で新規性のない作品であっても、個人の思想・感情が反映されていれば、それは創作性があると認められる。英語の名詞 originality に派生する動詞の originate には「生まれる」の意味があり、つまり著作者個人の中から生まれていて、それは他者からコピーしたものではないとの用語解釈がなされている[注 20]。これは著作権が英語ではcopyright、つまり著作物を第三者に無断でコピー (複製) されない権利だと文字通り定義されていることからもうかがえる。他者からコピーせず、自ら生み出しているかが「創作性」有無の判断基準となる[160]

一方、後者の「技能と労苦」については、他国とイギリスで様相がやや異なる。イギリスの判例では、住民名簿、株式取引の価格表、数表といったデータが著作権保護の対象であると認めている。これはデータベース、つまり個々のデータ (アイディア・表現二分論上のアイディア) を技能と労苦を用いて選択・配列させた集合著作物である、とイギリス司法ではみなされているためである。EU著作権指令では、データベース権は著作者本人の権利でも著作隣接権者の権利でもなく、第三のスイ・ジェネリス権英語版として認められている。これに対してイギリスは、EU指令が出される以前からデータベースはスイ・ジェネリス権ではなく著作者本人の権利とみなされてきた経緯の違いがある[161]

なお、ありふれた情景の理論が想定するシチュエーションにおいて、イギリス及びほとんどのコモンウェルス諸国では、表現であっても保護されないか、保護されるのは文字通りの丸写しのみと非常に限定されている[162]。以下、イギリスの判例を紹介する。

ウォルター対レーン裁判英語版 (Walter v Lane; AC 539, 1900)
画像外部リンク
ウォルター対レーン裁判で盗作が問われた書籍の画像 (英国議会文書館所蔵)
アイディア・表現二分論に反し、額の汗の法理を支持した英国初期の判例である[40]。日刊紙タイムズのオーナー陣がボッドリー・ヘッド英語版 (現ペンギン・ランダムハウス子会社) の創業者として知られるジョン・レーン英語版を告訴した。レーンが1899年に出版した書籍 "Appreciations and Addresses delivered by Lord Rosebery" の内容が、タイムズ紙に掲載された報道内容のほぼ丸写しだとして、著作権侵害と認定された。その内容は、ローズベリー伯爵 (1847 - 1929年) の演説 (事実報道) である[163]
ドノヒュー対アライド新聞社裁判 (Donoghue v. Allied Newspapers Limited; (1938) Ch. 106 at 109(UK))
共同著作者の定義、およびアイディア・表現二分論が問われた裁判である。プロのジャーナリストS. T. フェルステッドが、当時世界的に活躍していた競馬騎手のステファン・ドノヒューに対してインタビューを実施し、新聞「The News of the World」にドノヒューの特集記事が複数掲載された。掲載前に、記事の内容すべてにドノヒューは合意をしている。さらにフェルステッドは、焼き直してコンパクト化した上で、別の新聞「Guides and Ideas」への記事掲載を試みた。しかし、この編集著作物についてはドノヒューは事前に感知しておらず、新聞社に対して出版差止を求めた裁判である。本件では、インタビューを受けたドノヒューが共同著作者として認められるかが争点となった[164][165]
1938年、ファーウェル判事は「アイディアは著作権では保護されない」と述べている。つまり「物語であれ、写真であれ、戯曲であれ、素晴らしい作品を自分のものだと思う者がいたとする。しかし、その者が第三者にそのアイディアを伝えただけで、作品の制作はその第三者によってなされたのであれば、アイディアの主が著作者として著作権を主張することはできない」との理由からである[166][164][165]
タヴェナー・ラトリッジ対トレクサパルム裁判 (Tavener Rutledge Ltd. v Trexapalm Ltd.; [1977] RPC275)
連続テレビドラマ『刑事コジャック』の主人公名コジャック (Kojak) の利用が不正競争防止法、商標法および著作権法上の不法行為に当たるかが問われた裁判である。作中でコジャック刑事はロリポップ (棒のついた飴) を舐めるキャラクターとして描かれており、これにあやかって被告のトレクサパルム社が KOJAK LOLLIES の商品名でロリポップを販売した。一方、原告のタヴェナー・ラトリッジ社は KOJAKPOPS の商品名で同じくロリポップを取り扱っており、テレビドラマの権利者からライセンス供与された上で KOJAK の名称を使用していると主張した。原告は差止命令を求めたが、フィクション作品の名前や登場人物は米国著作権法では保護される可能性があるものの、イギリス著作権法では認められないと判示された。ただし別途、不正競争防止法で保護される可能性も残している[167][168]
ハーマン・ピクチャーズ対オズボーン裁判 (Harman Pictures NV v Osborne; [1967] 2ALL. ER324)
史実を元にした映画製作に関する訴訟であり、史実 (アイディア) の表現性がどこまで類似していれば著作権侵害に該当するかが問われた。アイルランド出身のセシル・ウッドハム=スミス英語版ヴィクトリア朝時代を主題とした歴史家・伝記作家であり、クリミア戦争について綴った書籍 "The Reason Why" (1953年出版) には、竜騎兵の突撃とその背景となる史実が描かれていた。この書籍を元に1968年映画『遥かなる戦場』(原題: The Charge of the Light Brigade) が企画され、原告のハーマン・ピクチャーズがこの映画権を獲得済である。被告であり脚本家ジョン・オズボーンらは、映画権を原告から獲得すべく交渉したが決裂した。そこでオズボーンが同テーマの別映画を製作する意図を示したことから、ハーマン・ピクチャーズが別映画に対する差止命令を求めて提訴に踏み切った事件である[169][170]
2つの映画は登場人物に始まり、ストーリーの展開などに至るまで類似性が認められたことから、オズボーンの映画は差止となっている。この判例では、史実の出来事 (戦争) そのものは著作権保護の対象外であるとした上で、オズボーンの映画はその出来事の「表現」を複製したと判定された[169][170]
イブコス・コンピューターズ対バークレー裁判 (Ibcos Computers Ltd. v. Barclays Finance Ltd.; [1994] F.S.R. 275)
コンピュータ・プログラムがイギリスにおいて著作権保護の対象となるかが問われたリーディングケースとして知られている[171]。原告と被告のコンピュータ・プログラムが全くの同一製品であるとして訴訟に至った。この2製品を開発したプログラマは同一人物であり、この人物が原告の企業を退社する際に、同一ないし類似製品を他所で設計・開発しない誓約書に署名済であった。過去の下級裁ではプログラムが著作権保護の対象外としていたが、これを覆して「アイディアが具体的に表現されていれば、創作性 (originality) を有し、技能と労苦 (skill and labor) が用いられていることから著作権保護の要件を満たす」と判示した。ここでの保護対象にはプログラムだけでなく、設計構造も含まれる[171]

オーストラリア

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ヴィクトリア・パーク・レーシング対テイラー裁判英語版 (Victoria Park Racing & Recreation Grounds Co Ltd v Taylor; 58 CLR 479 at 498)
ヴィクトリア・パーク競馬場英語版は高いフェンスで覆われていたが、私人のテイラーは自身の所有する土地に台を建て、無料で競馬レースが観戦できるようにした。その結果、競馬場の入場者と入場料収入が減少したため、運営会社のVPR社が不法侵入罪で提訴した。
Latham 裁判長は1937年、たとえ損害が発生するとしても、景観には所有権はないとした。さらに、仮に競馬レースがテレビ放送された場合、著作権法上の公衆送信権に該当するとした。その上で、ある人がバスから転落しようが、ある馬が競馬レースで勝利しようが、最初にこれら事実を報道した人は、他の人が同じ事実を公表することを著作権法を用いて阻止することはできないと判示した[172][173]
なお、このような景観を巡っては日本の著作権法でも同様に、一般的な所有権との観点で解説されることがある。競馬場やテーマパークのような施設の運営者は、その土地・建物という財産を所有しており、所有権を行使して中に入ってくる客に対して対価を請求できる。しかしその所有権は、外から施設を眺めることができる景観にまでは及ばず、仮に外から眺めるのを阻止したければ、所有権を行使して施設全体を屋根で覆えば良いと解されている。つまり、土地・建物に対する所有権はあくまで「有体」を対象としており、景観という「無体」なものまでは含まれないとして、一般的な所有権と著作権を峻別している[174]

インド

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イギリス植民地時代を経て英米法の流れを汲むインドであるが、アイディア・表現二分論の概念についてはインド著作権法の条文上で明文化されておらず、また司法判断でも同法理に関連する判例数が少ないことから、曖昧さを残している (2012年時点)[175]

R.G. アナンド対デラックス・フィルムズ裁判英語版 (R.G. Anand v. Deluxe Films; AIR 1978 SC 1613)
1956年公開のヒンディー語映画『ニューデリー英語版』("New Delhi") を巡って争われた事件であり、インドにおけるアイディア・表現二分論のリーディングケースとして知られる1978年のインド最高裁判決である。原告のR.G. アナンドは "Hum Hindustani" と題した戯曲の作者であり、自身の戯曲と映画が全般に渡って酷似していることから、著作権侵害で提訴した。被告であるデラックス・フィルムズ社 (Deluxe以外にDeluxと綴ることもある) は、アナンドの作品が知名度も評価も低く、その存在を知らなかったと抗弁した。しかしながら映画公開の2年前、この映画の監督は映画製作のコンセプトについて他の脚本家と議論する過程でアナンドの作品を知り、アナンドに映画化したい旨、書面で許諾を要請していたことが判明した[176]
さらに被告は、映画で扱われたテーマは一般的な題材であることから、アイディアに該当して著作権保護に該当しないと主張した。一審および二審では著作権侵害なしの判定であった。最高裁は、テーマや物語のプロット、歴史的事実を使ったからといって著作権侵害には該当しないとした上で、同じテーマを扱っても表現まで類似するものなのか、慎重に見極める必要性を指摘した。そしてこのような選別にあたっては、一般の読者・観客・視聴者の視点に立って、盗作と言えるほどの類似性が認められるのかを判断軸に用いることができるとした。その際、演劇と映画では用いることのできる表現や舞台設定などの制約が大きく異なることから、原告が盗作を立証するのが困難なケースであるとも指摘している。最終的に一部に相違点が認められたことから、最高裁も著作権侵害の訴えを退けた。同判決で挙げられた7つの観点は、その後の類似判例でもたびたび用いられている[177]

日本

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日本国著作権法[178]
第1条 (目的) この法律は、著作物並びに...(中略)...、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。
第2条第1項 (定義) 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

アイディアを万人が共有することを意図するアイディア・表現二分論は、日本国著作権法が目的とする「文化の発展」と適合する[179]

日本においてマージ理論は、アイディア・表現二分論からの帰結ではなく、もう一つの著作物要件である創作性を根拠において理解することもある[180]。すなわち、あるアイディアを表現する場合に同一または類似の表現とならざるをえないのならば、そこに著者の創作性が発揮される余地はなく、創作性が欠如していることから著作物ではないとする[180]。しかしいずれにせよ、マージ理論を創作性の延長上で捉える考え方でも、米国著作権法に由来する元来の考え方でも、実際の著作権保護の範囲に大差はないといえる[25]

上述のとおり、EUではわずか11単語であっても著作物性を認めた「Infopaq判決」があるが、これに対して日本では、短文であれば著作物性を否定する見解がある。川端康成の長編小説『雪国』を例にとると、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」との冒頭文が知られているが、このようなフレーズは日本の著作権法上ではアイディアに該当し、この短文だけでは著作権保護されないと解されている。これは、トンネルを抜けると雪国の景色が広がっているという小説の設定はアイディアでしかなく、このアイディアに則れば誰でも思いつきうる表現であるため、特定の著者に独占が許されないからである。しかし小説から3 - 4文程度をまとまって転載すれば、それは著作者固有の表現としてまとまった意味を持っていることから、著作権侵害となりうる[181][182]

日本の判例において、アイディア・表現二分論やマージ理論が判旨に現れたものには、以下のようなものがある。

万年カレンダー事件 (大阪地裁昭和59・1・26判、無体集16巻1号13頁)
アイディアの独創性が著作権法における表現とは異なることを明確にした判例の一つである[183][184][185]。原告は、1917年から2084年までのある年月日の曜日を調べることができる特殊なカレンダーを考案・制作し、実用新案権を取得した。調べたい年月日の年と月をもとに別の索引表を調べると、ある色が決まる。そして、数種類の色付きカレンダーの内、その色に対応するカレンダーを見ると調べたい年月日の曜日を知ることができるという手法である[183]。被告は、色彩や文字の一部は異なるが、曜日特定の手法や特定可能な年の範囲は同一であるカレンダーを製造・販売した。これに対して、原告が著作権侵害と実用新案権侵害を訴えた事件である[184]
判決では、実用新案権侵害は認めたが、著作権侵害は認めなかった[186]。判決では、日本国著作権法第10条1項が著作物として例示する美術あるいは図表の著作物に該当するかが検討され、いずれの面からも原告のカレンダーは著作物に該当しないと結論付けた[184]。判決は「(前略)本件において原告が著作物性を有すると主張するもの(中略)が、(中略)万年カレンダーの構成及びその標識体に色彩を採用した着想(アイデア)そのものに帰着するところ、法はかかる着想(アイデア)そのものには著作物性を与えていないために他ならないからである。したがつて、カレンダーとは別に索引表を設ける考案が実用新案権の対象となることは別として、本件カレンダーに著作物性を認めることはできない。」と述べ、アイディアが著作物性(著作物となり得る性質)を与えないことを述べた上で、原告のカレンダーの著作物性を否定した[186]
アイディアそのものを著作権法は保護しないという前提を念頭に置いた判例といえる[184]。原告のカレンダーのアイディアが独創的であるかどうかと無関係に、そのアイディアに立って実際の表現物を作ろうとすれば、誰でも同一または類似の表現物にならざるを得ないと考えられ、その点からも判決は妥当と評される[183]
脳波数理解析論文事件(大阪高裁平成6・2・25判)
脳波に関する数理モデルについての研究成果がある研究者(原告)ともう一人の研究者(被告)を含む共同研究の形で発表された後、そこから派生した研究成果の論文を被告が原告の了解を得ないまま投稿し、原告を著者として含まない形で学術雑誌に掲載され、原告が著作権侵害を訴えた事件である[187]。原告の主張は明瞭でない点もあるが、その主張において「数理科学の世界では、専門著作物性が、形式的異同ではなく、数理科学における学問的意義により決定されている以上、そこでの著作権侵害は、その学問的実質により判断されなければならない。そこでの学術論文は、表現形式や表現方法には格別の意味もなく、一般に、そこに盛られた科学的思考が、著作権による保護を受ける。」などと述べ、学術論文におけるアイディアの重要性と著作権保護の必要性を主張した[187][188]
判決では、この主張に応える形で、「ところで、数学に関する著作物の著作権者は、そこで提示した命題の解明過程及びこれを説明するために使用した方程式については、著作権法上の保護を受けることができないものと解するのが相当である。一般に、科学についての出版の目的は、それに含まれる実用的知見を一般に伝達し、他の学者等をして、これを更に展開する機会を与えるところにあるが、この展開が著作権侵害となるとすれば、右の目的は達せられないことになり、科学に属する学問分野である数学に関しても、その著作物に表現された、方程式の展開を含む命題の解明過程などを前提にして、更にそれを発展させることができないことになる。このような解明過程は、その著作物の思想(アイデア)そのものであると考えられ、命題の解明過程の表現形式に創作性が認められる場合に、そこに著作権法上の権利を主張することは別としても、解明過程そのものは著作権法上の著作物に該当しないものと解される。」と述べ、アイディアは著作物ではないことを判示した[187][188]
本判例は、技術的思想ないし学術的知見がアイディアに属することを示した一種であり、著作権法の基本原則に関する判決として意義を持つ[189][187]。他にも、特に学術論文に関する判例では、アイディアのみが共通するに過ぎないことから著作権侵害を否定したものは比較的多い[187]
城の定義事件(東京地裁平成6・4・25判)
日本の城に関する書籍を出版した著者と会社(原告)が、その書籍の模倣を含む書籍を出版した会社を著作権侵害で訴えた事件である。判決では、一部は著作権侵害が認められ、一部では認められなかった。著作権侵害が認められなかった記述が、「城とは人によって住居、軍事、政治目的をもって選ばれた一区画の土地と、そこに設けられた防御的構築物をいう」という、原告の著者が考案した城を定義する一文である[190]
判決は、定義文について「原告が長年の調査研究によって到達した、城の学問的研究のための基礎としての城の概念の不可欠の特性を簡潔に言語で記述したもの」であり、同時に「原告の学問的思想そのもの」とした。そして、「本件定義のような簡潔な学問的定義では、城の概念の不可欠の特性を表す文言は、思想に対応するものとして厳密に選択採用されており、原告の学問的思想と同じ思想に立つ限り同一又は類似の文言を採用して記述する外はなく、全く別の文言を採用すれば、別の学問的思想による定義になってしまう」と述べ、件の定義文を著作物として認めることはできないと判示した[190]
本判例は、学術定義をマージ理論の観点から著作物保護を否定した判例といえる[190][45]。問題となった定義文は学問的思想そのものであった。同様の「情報量がきわめて小さく、ある考え方の骨子に相当するといわざるをえないもの」は、著作権法上のアイディアと見なされると考えられる[191]
会社パンフ事件(東京高裁平成7・1・31判)
編集著作物の著作権侵害が争われた事件である。会社案内パンフレットを作り変える予定だったある会社(被告)に、広告企画・制作の会社(原告)がラフ案を示したが、被告は金額が高いことを理由に採用しなかった。その後、被告は別の会社に依頼してパンフレットを完成させたところ、そのパンフレットは原告のラフ案に似た物であった。これに対して、原告が被告を複製権の侵害で訴えた[192][193]。原告のラフ案と被告のパンフレットには、具体的な文章や写真は異なるものの、同じ計23ページから成り、各ページの内容のテーマは共通し、各ページのレイアウト、各写真・イラストから受ける印象はよく似た印象を与えるものだった[194]
本判例は、編集著作物におけるアイディアと表現の分別判断の貴重な事例の一つといえる。アイディア・表現二分論にもとづき、編集著作物における素材の選択方針や編集方法自体はアイディアの一種とみなされ、著作権保護の対象ではない。しかし、具体的な素材の同一性・類似性のみならず、配列の同一性・類似性も編集著作物の侵害として含める場合には、アイディア自体の保護とならないように注意を要する[193]。この事件の一審では、このパンフレットという編集著作物における「素材」と見なせる各ページの具体的な文章や写真が、原告のラフ案と被告のパンフレットでは異なることから著作権侵害を否定した[194]
しかし二審の判決では、パンフレット中の具体的な文章や写真は異なっていても、「両会社案内は、記事内容の配列及び各種記事に対する配当頁数の同一という基礎的な共通性に立脚した上で、同一頁の同一箇所におけるイメージ写真の選択及び特徴的イメージ写真(3、4頁)の強度の類似性並びに同一箇所における余白ないし白地部分の活用といった両会社案内を特徴づける構成の類似性からみて、具体的な素材の選択及び配列に強度の共通性がある」と述べ、この共通性は単なるアイデアの共通性ではないと判断し、被告のパンフレットは原告の複製権を侵害していると認めた[193]。ただし、個別のページだけであれば、同程度の類似性があってもアイディア自体の共通に留まったであろうとも推定される。計23ページに亘って共通性が連続したことが、アイディアではなく表現の共通であるという判断に妥当性を与えたと考えられる[194]
ラストメッセージin最終号事件 (東京地裁平成7・12・18判、知的裁集27巻4号787頁ほか)
雑誌の休廃刊に際して告知挨拶文が公表されるが、このような挨拶文はアイディアなのか、創作性を伴う表現なのかが問われた事件である。被告は複数の雑誌の休廃刊挨拶文を無断転載し、1冊の書籍として発行した。大半の挨拶文は著作物性が認められたものの、日常的でありふれた言い回しで構成されていることを理由に、一部の挨拶文については著作権保護が否定された。たとえば野菜と健康の雑誌『VEGETA・ベジタ』の休刊挨拶文では、「突然ではございますが、諸般の事情により...」「...5年の永きにわたりご愛読いただきました読者の皆様...」などのフレーズが使われており、「紋切り型」でしかないと判断された。一方でライフスタイル雑誌『NESPA』では、読者から寄せられた激励や批判の投書を一部引用しつつ、休刊を決めてもなお投書ハガキを大切に保管していることなどを綴っており、創作性が認められた (ただし挨拶文全文ではなく、保護範囲は一部に限定している)[195][182]

中国

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欧州のグーテンベルクによる印刷技術に数百年も先駆けて、中国では印刷技術が発明・発展してきたものの、「著作権」を意味する用語は20世紀初頭まで中国の法制史には登場していない[196][注 21]。その後、欧米諸国にならって中国でも著作権を含む知的財産権の法整備は進んでいるものの[注 22]、中国の成文化された著作権法上では、直接的にアイディア・表現二分論が明文化されていない (2010年時点)。これは、欧米を始めとする先進国では憲法上で表現の自由が保障され、その結果としてアイディアの独占に制限がかかっているが、中国はそもそも憲法上の表現の自由擁護が不十分であることから、アイディア・表現二分論の適用にあたっては先進国以上に複雑な事情を抱えているためである[199]。また、欧米のアイディア・表現二分論を英語から中国語に翻訳するに際し、「アイディア」や「表現」の意味するところを的確に言い表す中国語の概念が存在しなかったことから、中国における同法理の定着・普及を阻害したとも考えられている[200]。このような背景もあり、20世紀後半から21世紀初頭にかけて、法学者や立法府の間でアイディア・表現二分論の位置づけを巡る論争が起こっている[199]。しかしながら実際の司法判断の局面においては、一定の制約を設けつつも、アイディア・表現二分論が適用される判例が1980年代頃から見受けられ[201]、2008年には中国の法学においてアイディア・表現二分論はホットトピックの1つである、とも言われている[202]

直接明記はされていないものの、中国においてアイディア・表現二分論の法源として参照されている文書がいくつか存在する。まず著作権法本体の第5条では、著作権保護されない創作物を列挙している[203]。また、著作権法 (立法府によって可決・制定されるもの) 本体ではないものの、その下位法である「規則」の一つである1991年の「コンピュータ・ソフトウェア保護規則」ではソフトウェアに限って著作権保護を明記している[204]。他にも「著作権法実施規則」では、その第5条において複製権・翻案権について言及されており、ここからアイディア・表現二分論が演繹的に導かれている[203]

北京のレストランを舞台にした戯曲 (1989年)
中国・北京で北京ダックなどを提供する店として知られているレストラン「全聚徳」を描いた戯曲を巡って、アイディア・表現二分論が争点となった。原告は全聚徳に関する書籍の中で事実・情報を述べており、被告はこのノンフィクション書籍から情報を得て戯曲を創作したとされる。先進国では「アイディア」とみなされるこのような事実・情報が、中国の著作権法上で保護の対象になるかが問われたものの、当訴訟を担当した北京著作権局は、アイディアと表現の線引きを明確にしないまま、「書籍からごく一部を借用した」とだけ事実認定した[205]
なお、当判決が出た1989年当時は中華人民共和国では著作権法そのものが制定されておらず[198]、当判決は著作権法起草委員会にも影響を与えた[205](著作権法は翌年1990年に初めて制定されている[198])。中国の著作権法起草委員会は、米国著作権法の判例を参照しており、total concept and feel (全体コンセプトおよび感性) に関して著作権保護を認める判決が複数米国で出されていたことから、どこまでが法的保護される「表現」なのか、その線引きを巡って中国側が混乱したと言われている[205] (先述の通り、米国ではアイディア・表現二分論と額の汗の法理の間で司法判断が混乱しており、前者を再確認した最高裁「ファイスト判決」が出たのは1991年のことである)。起草委員会はアイディア・表現二分論の概念を中国著作権法に盛り込む姿勢であったが、結局は成文化が見送られることとなった[206]
李淑賢対賈英華裁判 (Li Shuxian v. Jia Yinghua)
中国の司法で初めてアイディア・表現二分論が明確に意識された判決とされる。清朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀の2番目の正妻、李淑賢は、夫の没後に回想録の出版を検討していた。李淑賢は当初、著述家で溥儀の伝記作家としても知られる賈英華と共著を検討していたものの、そこに第三者の王 (Wang Qingxiang) が割って入り、最終的に李淑賢は王と回想録を1987年に出版した。しかしながら賈英華は単独で執筆調査を続け、溥儀の伝記本を別途出版した。賈の単独本が、先に出版された李・王共著本の著作権を侵害しているとして、訴訟に至ったケースである。しかし賈は溥儀の家族にインタビューするなど、別の情報源を使用しており、かつ歴史的事実を元に別々の著作物が創作されていると認められ、中国の裁判所は著作権侵害の訴えを退けた[207]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 「アイディア・表現二分論」が多く見受けられるものの、日本語の定訳はない。別称には「アイディアと表現の二分法理」(日本の文化庁)[3]、「表現とアイディアの二分法」(弁護士・山本)[4]、「思想・表現二分論」(判事・髙部)[5]などがある。
  2. ^ 新薬の製法を発明し、それを論文の形式で表現していれば、その論文は著作物として著作権法で保護される。しかし製法そのものは著作権の対象外であり、一般的には特許出願の上で特許権で保護される[8]
  3. ^ a b 「額に汗の法理」や「額に汗の理論」の訳語が充てられることもある[13][14]
  4. ^ a b 日本語では、混同理論[45]、融合理論[46]、融合法理[47]などとも呼ぶ。他のカナ転写としてはマージャー理論[45]もある。
  5. ^ フランス語読みをそのままカタカナ表記した「シーン・ア・フェール法理」と呼ばれる場合もある[16]
  6. ^ 頭の中に思い描いただけでは「表現」したとみなせないため、著作権保護されない[19]
  7. ^ 先進国諸国におけるレアケースとして、英米法系に分類される米国連邦著作権法では、著作権保護に著作物の媒体への「固定」の要件を用いている[20]。ただし、連邦法とは別に州法で未固定の著作物も保護される場合があり、州によって異なる。たとえば口述インタビューやジャズの即興演奏などが未固定の例として挙げられる[21]
    また同じく英米法系の英国でも、著作権法第3条 (2) に従い、言語著作物・演劇著作物・音楽著作物に関しては媒体に固定されていることを著作権保護の要件としている (美術著作物は固定要件の対象から除く)[22]
    大陸法から影響を受けた日本の著作権法では、固定要件は要求されない。これは日本の伝統文化として短歌俳句、即興演奏といった未固定で伝承されうる著作物が存在することが一因だとの説がある[23]
  8. ^ 著作物の定義や著作権の保護要件について言及する専門文献を見渡しても、アイディア・表現二分論と創作性の要件をセットにして論じるものが多い[24][25]
  9. ^ 幼児の描いた平凡な絵にも著作権保護を認めるのは、主に2つの理由からである。まず、このような平凡な絵を第三者が複製して利益を得ようとしないため、著作権で保護しておいても社会的な利益バランスを損なうことがないからである。また、著作物の価値に基づいて保護対象を線引きするとなると、裁判所がどの著作物や文化を振興・保護すべきか選別する役割を担うことになり、その判断の妥当性や正統性に疑問が生じるためである[27]
  10. ^ 欧州連合 (EU) の著作権関連指令の一つである通称ソフトウェア指令 (91/250) や、世界貿易機関 (WTO) 加盟国に適用されるTRIPS協定においても、コンピュータ・プログラムの一部は著作権保護が認められている。そのうえで、EUのソフトウェア指令ではロジックやアルゴリズムは著作権保護の対象外と明記している[31]
  11. ^ 著作権の基本条約であるベルヌ条約で無方式主義を採用しており、ベルヌ条約の締結国は2019年6月時点で世界180ヶ国以上に上る[35]
  12. ^ E.C. Design Protection Directive (1993年のデザイン保護指令) に基づき、イタリアは著作権法を改正しており、第2条 (4) を廃止している[65]
  13. ^ イギリスについては米国に類似点もあるものの、ハイブリッド型のアプローチをとっている。デザインと機能性が物理的に分離可能であれば、米国同様に著作権保護の対象内としているが、米国と異なり、イギリスでは概念的に分離可能な場合は保護対象外としている[66]
  14. ^ フランスの場合、その題名が汎用的で一般的な用語の場合、判例では著作権保護の対象外と判示されており、題名における創作性の具体的な線引きは司法判断に任されている。たとえば、小説『アンジェリク』は主人公女性の名前から付けられた題名だが、著作権保護の対象となっている[68]。また、題名は商標登録できる場合があり、このようなケースでは商標権と著作権で二重保護される[68]。なおEUでは、加盟国すべてに通用する商標登録制度である欧州連合商標英語版 (略称: EUTM、旧称: 欧州共同体商標 (CTM)) がある。登録先はスペインにある欧州連合知的財産庁 (略称: EUIPO、旧称: 共同体商標意匠庁 (OHIM)) である。したがって、フランスのみで通用する国内商標登録以外に、EU全域での一括商標登録の方法も選択できる[69]
  15. ^ 鉛筆削りはTed Arnold Ltd. v. Silvercraft Co. (259 F.Supp 733 (S.D.N.Y. 1956))、貯金箱はRoyalty Designs, Inc. v. Thrifticheck Serv. Corp. (204 F.Supp 702 (S.D.N.Y. 1962))、繊維製品はPeter Pan Fabrics, Inc. v. Martin Weiner Corp. (274 F.2d 489 (2nd Cir. 1960)) などが挙げられる[85]
  16. ^ 2点目の公共目的であるが、メディア企業にこのような無断での著作物利用の例外は認められず、EU加盟国の政府のみであるとされた[121]
  17. ^ 3点目については、言語著作物だけでなく写真の著作物についても例外規定は適用されうるとした。その上で、本件ではメディア各社は通信社から写真画像を入手しており、誰が著作者なのかは通信社経由で確認可能であったことから、著作者名を非表示でメディア媒体に転載したことが問題視された[121]
  18. ^ 『ブブロッシュ』の表記もある[131]
  19. ^ 1988年CDPAはその後2016年3月までの間に、1990年、1992年、1994年、1995年、1996年、1997年、1999年、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年、2009年、2010年、2012年、2013年、2014年及び2015年の改正法が成立している[152]
  20. ^ originalityの用語解釈は、University Press London Ltd. v Universal Tutorial Press Ltd. ([1916] 2Ch 601) を担当したペターソン判事の言葉などに表れている[158]。また、アイディアの斬新さを保護するのが著作権法ではないとの見解は、著作権法改正準備を担ったグレゴリー委員会が提出した「1952年著作権法に関するグレゴリー委員会報告書」(通称: グレゴリー勧告) にも表れている[159]
  21. ^ ただしの時代 (618年 - 907年) には既に今日の著作権侵害に該当する行為を処罰した記録が残っており、著作権法として確立はしていなかったものの、権利概念は古くから存在した[196]。法制度として公式に著作権の用語が登場したのは、1903年の米中間の不平等条約と見られており、これを受けて朝の末年である1910年に初めて著作権に関する規則を発している[197]
  22. ^ 中国共産党支配による国政 (中華人民共和国 (PRC) の時代) に入ってからは、著作権擁護が謳われたのは1986年であり、制定法としては1990年に初めて著作権法が成立している。その後、WTOの加盟に向けて、中国では著作権を含む知的財産権の法制度を2001年に大幅改正しており、国際水準に近づいた[198]

出典

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  192. ^ 茶園成樹 著「23 編集著作物(3)―会社案内」、中山信弘・大渕哲也・小泉直樹・田村善之 編『著作権判例百選』(第4版)有斐閣〈別冊ジュリスト 198号〉、2009年、48–49頁。ISBN 978-4-641-11498-2http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641114982 
  193. ^ a b c 蘆立順美 著「47 アイディアと表現の区別(2)―選択と配列の相補性」、小泉直樹・田村善之・駒田泰土・上野達弘 編『著作権判例百選』(第6版)有斐閣〈別冊ジュリスト 198号〉、2019年、96–97頁。ISBN 978-4-641-11542-2http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641114982 
  194. ^ a b c 田村善之「著作権の保護範囲に関し著作物の「本質的な特徴の直接感得性」基準に独自の意義を認めた裁判例(2・完) : 釣りゲータウン 2 事件」『知的財産法政策学研究』第42巻、北海道大学情報法政策学研究センター、2013年3月、112-118頁。 
  195. ^ 田村 1998, pp. 17–18.
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  202. ^ McIntyre 2010, p. 74-- Chen Jiaqiang著 "An Interpretation and Reconstruction of the Idea/Expression Dichotomy in Copyright Law" の孫引き
  203. ^ a b McIntyre 2010, pp. 80–81.
  204. ^ McIntyre 2010, p. 72.
  205. ^ a b c McIntyre 2010, pp. 77–78.
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参考文献

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関連文献

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関連項目

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