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{{by|2015年}}は[[オープン戦]]で中継ぎとして結果を残すと、前年に新人ながら[[クローザー]]を務めた[[三上朋也]]が故障したため、公式戦の開幕直前に一軍監督の[[中畑清]]からクローザーに任命された。開幕後、[[3月28日]]の[[読売ジャイアンツ]]戦でプロ初登板を果たした。[[3月31日]]の対[[広島東洋カープ]]戦([[横浜スタジアム]])でプロ初[[セーブ]]を記録した。[[4月22日]]の対[[阪神タイガース]]戦から[[5月8日]]の対巨人戦にかけて、9試合連続セーブ([[NPB]]の新人投手による一軍公式戦記録)を達成。5月には、月間10セーブのNPB新人投手記録を樹立するとともに、[[5月22日|22日]]の対阪神戦(いずれも横浜)でチームのサヨナラ勝利によってプロ初勝利を挙げた。このような活躍を背景に、[[2015年のオールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]にも、[[セントラル・リーグ|セントラル・リーグ(セ・リーグ)]]抑え投手部門のファン投票1位で出場。[[7月17日]]の第1戦(東京ドーム)では、セ・リーグ選抜のクローザー(5番手投手)として初登板を果たした<ref>[http://npb.jp/bis/scores/allstargame/boxscore2015_1.html 2015年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第1戦)] NPB日本野球機構公式サイト(2015年7月17日) 2016年10月6日閲覧</ref>。後半戦に三上が一軍へ復帰した後も、クローザーとしてセーブを量産。[[8月20日]]の対[[東京ヤクルトスワローズ]]戦では、シーズン2度目の8試合連続セーブを達成するとともに、一軍公式戦シーズン32セーブのNPB新人投手記録を樹立した。[[9月4日]]の対巨人戦(いずれも横浜)でプロ入り後初の救援失敗を経験する<ref>[http://www.sanspo.com/baseball/news/20150905/den15090505050003-n1.html DeNA・山崎康、セーブ機会初失敗・・・九回1点リード守れず]SANSPO.COM.2015年9月5日</ref>が、シーズン通算では2勝4敗37セーブ7[[ホールド]]、防御率1.92を記録。その結果、セ・リーグの[[新人王]]に選ばれた。DeNA選手の新人王獲得は初めての事例で、前身球団を含めれば、[[横浜ベイスターズ]]時代({{by|2000年}})の[[金城龍彦]](入団2年目の[[内野手]])以来15年振り。新人選手および投手からの選出は、[[大洋ホエールズ]]時代({{by|1977年}})の[[斉藤明雄]]以来28年振りであった。シーズン終了後には、[[2015 WBSCプレミア12 日本代表|第1回WBSCプレミア12の日本代表]]に選出<ref>[http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20151009_1.html 「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!!] ''野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト'' (2015年10月9日) 2015年10月9日閲覧</ref>。しかし、チーム事情で中継ぎを命じられたことから、大会では2試合の登板に終わった。オフの契約交渉では、推定年俸5,000万円(球団の新人選手では最大の3,500万円増)という条件で契約を更改<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1575259.html DeNA山崎康3500万↑球団新人の史上最高額だ]日刊スポーツ(2015年12月4日) 2016年10月6日閲覧</ref>。さらに、コンディショニング管理や[[英語]]を学ぶ目的で、12月上旬から2週間にわたって単身で[[ロサンゼルス]]への短期留学を敢行した<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1576076.html 山崎康ベイ修行 ロスで3週間語学&トレーニング]日刊スポーツ (2015年12月6日) 2016年10月6日閲覧</ref>。 |
{{by|2015年}}は[[オープン戦]]で中継ぎとして結果を残すと、前年に新人ながら[[クローザー]]を務めた[[三上朋也]]が故障したため、公式戦の開幕直前に一軍監督の[[中畑清]]からクローザーに任命された。開幕後、[[3月28日]]の[[読売ジャイアンツ]]戦でプロ初登板を果たした。[[3月31日]]の対[[広島東洋カープ]]戦([[横浜スタジアム]])でプロ初[[セーブ]]を記録した。[[4月22日]]の対[[阪神タイガース]]戦から[[5月8日]]の対巨人戦にかけて、9試合連続セーブ([[NPB]]の新人投手による一軍公式戦記録)を達成。5月には、月間10セーブのNPB新人投手記録を樹立するとともに、[[5月22日|22日]]の対阪神戦(いずれも横浜)でチームのサヨナラ勝利によってプロ初勝利を挙げた。このような活躍を背景に、[[2015年のオールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]にも、[[セントラル・リーグ|セントラル・リーグ(セ・リーグ)]]抑え投手部門のファン投票1位で出場。[[7月17日]]の第1戦(東京ドーム)では、セ・リーグ選抜のクローザー(5番手投手)として初登板を果たした<ref>[http://npb.jp/bis/scores/allstargame/boxscore2015_1.html 2015年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第1戦)] NPB日本野球機構公式サイト(2015年7月17日) 2016年10月6日閲覧</ref>。後半戦に三上が一軍へ復帰した後も、クローザーとしてセーブを量産。[[8月20日]]の対[[東京ヤクルトスワローズ]]戦では、シーズン2度目の8試合連続セーブを達成するとともに、一軍公式戦シーズン32セーブのNPB新人投手記録を樹立した。[[9月4日]]の対巨人戦(いずれも横浜)でプロ入り後初の救援失敗を経験する<ref>[http://www.sanspo.com/baseball/news/20150905/den15090505050003-n1.html DeNA・山崎康、セーブ機会初失敗・・・九回1点リード守れず]SANSPO.COM.2015年9月5日</ref>が、シーズン通算では2勝4敗37セーブ7[[ホールド]]、防御率1.92を記録。その結果、セ・リーグの[[新人王]]に選ばれた。DeNA選手の新人王獲得は初めての事例で、前身球団を含めれば、[[横浜ベイスターズ]]時代({{by|2000年}})の[[金城龍彦]](入団2年目の[[内野手]])以来15年振り。新人選手および投手からの選出は、[[大洋ホエールズ]]時代({{by|1977年}})の[[斉藤明雄]]以来28年振りであった。シーズン終了後には、[[2015 WBSCプレミア12 日本代表|第1回WBSCプレミア12の日本代表]]に選出<ref>[http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20151009_1.html 「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!!] ''野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト'' (2015年10月9日) 2015年10月9日閲覧</ref>。しかし、チーム事情で中継ぎを命じられたことから、大会では2試合の登板に終わった。オフの契約交渉では、推定年俸5,000万円(球団の新人選手では最大の3,500万円増)という条件で契約を更改<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1575259.html DeNA山崎康3500万↑球団新人の史上最高額だ]日刊スポーツ(2015年12月4日) 2016年10月6日閲覧</ref>。さらに、コンディショニング管理や[[英語]]を学ぶ目的で、12月上旬から2週間にわたって単身で[[ロサンゼルス]]への短期留学を敢行した<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1576076.html 山崎康ベイ修行 ロスで3週間語学&トレーニング]日刊スポーツ (2015年12月6日) 2016年10月6日閲覧</ref>。 |
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⚫ | {{by|2016年}}は[[アレックス・ラミレス]]新監督の方針で、前年に続いてクローザーを任された。オープン戦期間中の[[3月6日]]には、[[京セラドーム大阪]]で開かれた「[[侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ]]」第2戦に、日本代表の5番手投手として8回裏に登板。1イニングを三者凡退に抑えた<ref>[http://www.japan-baseball.jp/jp/team/topteam/score/20160306_1/table.html 侍ジャパン強化試合 チャイニーズ・タイペイvs日本 2016年03月06日(日)京セラドーム大阪 試合詳細] ''野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト'' (2016年3月6日) 2016年10月6日閲覧</ref>。レギュラーシーズンの前半戦では、2度の救援失敗があったものの、32試合の登板で2勝2敗4ホールド20セーブを記録。2年連続で[[2016年のオールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]ファン投票でセ・リーグ抑え投手部門の1位を獲得すると、本拠地・横浜スタジアムでの第2戦([[7月16日]])9回表に、6番手投手として「凱旋登板」を果たした(試合は5 - 5のスコアで引き分け)<ref>[http://npb.jp/bis/scores/allstargame/boxscore2016_2.html 2016年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第2戦)] NPB日本野球機構公式サイト(2016年7月16日) 2016年10月6日閲覧</ref>。なお、この球宴での登板は、帝京高校時代の1学年先輩である[[原口文仁]]と、7年ぶりにバッテリーの再結成が叶う舞台にもなった<ref>{{Cite web|publisher=デイリースポーツ|url=http://www.daily.co.jp/tigers/2016/07/17/0009292219.shtml|title=原口代打同点打!夢舞台満喫、De山崎康と高校以来のバッテリー|accessdate=2016-10-24}}</ref>。しかし、8月に入ると、公式戦4日連続の救援登板でいずれも失点<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1690090.html DeNA山崎康、志願も4戦連続失点…配置転換なし]日刊スポーツ (2016年8月6日) 2016年10月6日閲覧</ref>。4試合で合計10失点を喫したり、月間の防御率が15.12に達するほどの不振に陥ったが、ラミレスの方針でプロ入り後初の出場選手登録抹消は免れた。一時は[[セットアッパー]]の三上や[[田中健二朗]]がクローザーを務めたり、ビハインドの場面からの救援登板を経験したりした<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1703077.html DeNA山崎康「きっかけに」今季初ビハインド登板]日刊スポーツ (2016年8月6日) 2016年10月6日閲覧</ref>が、9月以降は復調。レギュラーシーズン全体では、防御率(3.59)が前年より悪化したものの、通算33セーブで2年連続のシーズン30セーブを達成した。新人扱いでNPBの球団へ入った後に、入団1年目から2年続けて一軍公式戦で30セーブを記録した投手は山崎が初めてである。なお、不調に苦しんでいる間も、ラミレス監督は一貫して山崎への強い信頼を強調し続けていた<ref>{{Cite web|publisher=サンケイスポーツ|url=http://www.sanspo.com/baseball/news/20160812/den16081222120004-n1.html|title=DeNA・山崎康、8月は6登板中5試合で失点…ラミレス監督「抑えは変わらない」|accessdate=2016-10-24}}</ref>。[[ポストシーズン]]では、巨人とのクライマックスシリーズ ファーストステージ第1戦([[10月8日]])と第3戦([[10月10日|10日]]、いずれも東京ドーム)でセーブを挙げた。チームの1勝1敗で迎えた第3戦では、1点を勝ち越した直後の延長11回裏に登板。嶺井とのバッテリーで巨人打線を無失点に抑えたことによって、チームは勝利とともにファイナルステージへの進出を決めた。オフの10月18日に「[[侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合]]」の日本代表に選出された<ref>[http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20161018_1.html 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定] ''野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト'' (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧</ref>。 |
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{{by|2016年}}は[[アレックス・ラミレス]]新監督の方針で、前年に続いてクローザーを任された。オープン戦期間中の[[3月6日]]には、[[京セラドーム大阪]]で開かれた「[[侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ]]」第2戦に、日本代表の5番手投手として8回裏に登板。1イニングを三者凡退に抑えた<ref>[http://www.japan-baseball.jp/jp/team/topteam/score/20160306_1/table.html 侍ジャパン強化試合 |
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⚫ | チャイニーズ・タイペイvs日本 2016年03月06日(日)京セラドーム大阪 試合詳細] ''野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト'' (2016年3月6日) 2016年10月6日閲覧</ref>。レギュラーシーズンの前半戦では、2度の救援失敗があったものの、32試合の登板で2勝2敗4ホールド20セーブを記録。2年連続で[[2016年のオールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]ファン投票でセ・リーグ抑え投手部門の1位を獲得すると、本拠地・横浜スタジアムでの第2戦([[7月16日]])9回表に、6番手投手として「凱旋登板」を果たした(試合は5 - 5のスコアで引き分け)<ref>[http://npb.jp/bis/scores/allstargame/boxscore2016_2.html 2016年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第2戦)] NPB日本野球機構公式サイト(2016年7月16日) 2016年10月6日閲覧</ref>。なお、この球宴での登板は、帝京高校時代の1学年先輩である[[原口文仁]]と、7年ぶりにバッテリーの再結成が叶う舞台にもなった<ref>{{Cite web|publisher=デイリースポーツ|url=http://www.daily.co.jp/tigers/2016/07/17/0009292219.shtml|title=原口代打同点打!夢舞台満喫、De山崎康と高校以来のバッテリー|accessdate=2016-10-24}}</ref>。しかし、8月に入ると、公式戦4日連続の救援登板でいずれも失点<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1690090.html DeNA山崎康、志願も4戦連続失点…配置転換なし]日刊スポーツ (2016年8月6日) 2016年10月6日閲覧</ref>。4試合で合計10失点を喫したり、月間の防御率が15.12に達するほどの不振に陥ったが、ラミレスの方針でプロ入り後初の出場選手登録抹消は免れた。一時は[[セットアッパー]]の三上や[[田中健二朗]]がクローザーを務めたり、ビハインドの場面からの救援登板を経験したりした<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/1703077.html DeNA山崎康「きっかけに」今季初ビハインド登板]日刊スポーツ (2016年8月6日) 2016年10月6日閲覧</ref>が、9月以降は復調。レギュラーシーズン全体では、防御率(3.59)が前年より悪化したものの、通算33セーブで2年連続のシーズン30セーブを達成した。新人扱いでNPBの球団へ入った後に、入団1年目から2年続けて一軍公式戦で30セーブを記録した投手は山崎が初めてである。なお、不調に苦しんでいる間も、ラミレス監督は一貫して山崎への強い信頼を強調し続けていた<ref>{{Cite web|publisher=サンケイスポーツ|url=http://www.sanspo.com/baseball/news/20160812/den16081222120004-n1.html|title=DeNA・山崎康、8月は6登板中5試合で失点…ラミレス監督「抑えは変わらない」|accessdate=2016-10-24}}</ref>。[[ポストシーズン]]では、巨人とのクライマックスシリーズ ファーストステージ第1戦([[10月8日]])と第3戦([[10月10日|10日]]、いずれも東京ドーム)でセーブを挙げた。チームの1勝1敗で迎えた第3戦では、1点を勝ち越した直後の延長11回裏に登板。嶺井とのバッテリーで巨人打線を無失点に抑えたことによって、チームは勝利とともにファイナルステージへの進出を決めた。オフの10月18日に「[[侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合]]」の日本代表に選出された<ref>[http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20161018_1.html 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定] ''野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト'' (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧</ref>。 |
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== 選手としての特徴 == |
== 選手としての特徴 == |
2016年11月15日 (火) 13:48時点における版
横浜DeNAベイスターズ #19 | |
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2015年3月14日 横浜スタジアムにて | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 東京都荒川区 |
生年月日 | 1992年10月2日(32歳) |
身長 体重 |
177 cm 83 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | 2014年 ドラフト1巡目 |
初出場 | 2015年3月28日 |
年俸 | 5,000万円(2016年) |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
国際大会 | |
代表チーム | 日本代表 |
プレミア12 | 2015年 |
この表について
|
山﨑 康晃(やまさき やすあき、1992年10月2日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手(投手)。横浜DeNAベイスターズ所属。
愛称は「小さな大魔神」。新人連続セーブ機会成功、新人シーズンセーブ数の最多記録保持者。
経歴
プロ入り前
帝京高等学校時代には、2年生だった2009年の第91回全国高等学校野球選手権大会と、3年生だった2010年の第82回選抜高等学校野球大会でいずれも準々決勝まで進出した。3年生の秋には、プロ野球ドラフト会議の指名に必要なプロ志望届を日本学生野球協会に提出。しかし、2010年のドラフト会議でどの球団からも指名されなかったことを受けて、亜細亜大学へ進学した。
亜細亜大学では、1年生だった2011年に、東都大学野球の春季リーグ戦に救援投手としてデビュー。デビュー戦では、当時の自己最速記録であった149km/hをストレートで計測した。秋季リーグ戦では、中継ぎや抑えでチームの5年振り優勝に貢献。チームがこの優勝から6季連覇を達成したため、2年生だった2012年の第61回全日本大学野球選手権大会で準優勝、3年生だった2013年の第44回明治神宮野球大会で優勝を経験した。3年生から先発投手に転向。4年生の東都大学春季リーグ戦では、オール完投でリーグ最多の5勝を挙げるとともに、防御率1.94でMVPに選ばれた。同リーグでは、通算で38試合に登板。203回1/3を投げて、15勝(10完投4完封)6敗、171奪三振、防御率1.95という成績を残した。 ちなみに、後に横浜DeNAベイスターズでもチームメイトになる嶺井博希捕手は1年先輩で、在学中に バッテリーを組んだこともあった。
また、大学3年生の夏には、第39回日米大学野球選手権大会の日本代表に選出。大会では、クローザーとしてチームの優勝に貢献するとともに、4試合(通算6イニング)無失点9奪三振という内容で最優秀投手賞を受賞した。4年生夏のハーレム国際大会でも、日本代表のクローザーとして、チーム最多の3勝を挙げている。
DeNA時代
2014年、プロ野球ドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズと阪神タイガースから1巡目で指名された。両球団とも有原航平の重複指名による抽選に外れた末の再指名であったが、抽選の結果、DeNAが交渉権を獲得。会議の前から『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』(TBSテレビ制作の特別番組)の取材を受けていたため、会議当日の10月23日には、同番組の生放送にも出演した。DeNAとの交渉の結果、出来高分を含めた契約金1億5,000万円、年俸1,500万円(金額は推定)という条件で入団した[1]。背番号は「19」。
2015年はオープン戦で中継ぎとして結果を残すと、前年に新人ながらクローザーを務めた三上朋也が故障したため、公式戦の開幕直前に一軍監督の中畑清からクローザーに任命された。開幕後、3月28日の読売ジャイアンツ戦でプロ初登板を果たした。3月31日の対広島東洋カープ戦(横浜スタジアム)でプロ初セーブを記録した。4月22日の対阪神タイガース戦から5月8日の対巨人戦にかけて、9試合連続セーブ(NPBの新人投手による一軍公式戦記録)を達成。5月には、月間10セーブのNPB新人投手記録を樹立するとともに、22日の対阪神戦(いずれも横浜)でチームのサヨナラ勝利によってプロ初勝利を挙げた。このような活躍を背景に、オールスターゲームにも、セントラル・リーグ(セ・リーグ)抑え投手部門のファン投票1位で出場。7月17日の第1戦(東京ドーム)では、セ・リーグ選抜のクローザー(5番手投手)として初登板を果たした[2]。後半戦に三上が一軍へ復帰した後も、クローザーとしてセーブを量産。8月20日の対東京ヤクルトスワローズ戦では、シーズン2度目の8試合連続セーブを達成するとともに、一軍公式戦シーズン32セーブのNPB新人投手記録を樹立した。9月4日の対巨人戦(いずれも横浜)でプロ入り後初の救援失敗を経験する[3]が、シーズン通算では2勝4敗37セーブ7ホールド、防御率1.92を記録。その結果、セ・リーグの新人王に選ばれた。DeNA選手の新人王獲得は初めての事例で、前身球団を含めれば、横浜ベイスターズ時代(2000年)の金城龍彦(入団2年目の内野手)以来15年振り。新人選手および投手からの選出は、大洋ホエールズ時代(1977年)の斉藤明雄以来28年振りであった。シーズン終了後には、第1回WBSCプレミア12の日本代表に選出[4]。しかし、チーム事情で中継ぎを命じられたことから、大会では2試合の登板に終わった。オフの契約交渉では、推定年俸5,000万円(球団の新人選手では最大の3,500万円増)という条件で契約を更改[5]。さらに、コンディショニング管理や英語を学ぶ目的で、12月上旬から2週間にわたって単身でロサンゼルスへの短期留学を敢行した[6]。
2016年はアレックス・ラミレス新監督の方針で、前年に続いてクローザーを任された。オープン戦期間中の3月6日には、京セラドーム大阪で開かれた「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」第2戦に、日本代表の5番手投手として8回裏に登板。1イニングを三者凡退に抑えた[7]。レギュラーシーズンの前半戦では、2度の救援失敗があったものの、32試合の登板で2勝2敗4ホールド20セーブを記録。2年連続でオールスターゲームファン投票でセ・リーグ抑え投手部門の1位を獲得すると、本拠地・横浜スタジアムでの第2戦(7月16日)9回表に、6番手投手として「凱旋登板」を果たした(試合は5 - 5のスコアで引き分け)[8]。なお、この球宴での登板は、帝京高校時代の1学年先輩である原口文仁と、7年ぶりにバッテリーの再結成が叶う舞台にもなった[9]。しかし、8月に入ると、公式戦4日連続の救援登板でいずれも失点[10]。4試合で合計10失点を喫したり、月間の防御率が15.12に達するほどの不振に陥ったが、ラミレスの方針でプロ入り後初の出場選手登録抹消は免れた。一時はセットアッパーの三上や田中健二朗がクローザーを務めたり、ビハインドの場面からの救援登板を経験したりした[11]が、9月以降は復調。レギュラーシーズン全体では、防御率(3.59)が前年より悪化したものの、通算33セーブで2年連続のシーズン30セーブを達成した。新人扱いでNPBの球団へ入った後に、入団1年目から2年続けて一軍公式戦で30セーブを記録した投手は山崎が初めてである。なお、不調に苦しんでいる間も、ラミレス監督は一貫して山崎への強い信頼を強調し続けていた[12]。ポストシーズンでは、巨人とのクライマックスシリーズ ファーストステージ第1戦(10月8日)と第3戦(10日、いずれも東京ドーム)でセーブを挙げた。チームの1勝1敗で迎えた第3戦では、1点を勝ち越した直後の延長11回裏に登板。嶺井とのバッテリーで巨人打線を無失点に抑えたことによって、チームは勝利とともにファイナルステージへの進出を決めた。オフの10月18日に「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に選出された[13]。
選手としての特徴
クロスステップ[14]のオーバースローから投げる最速152km/h[15]のストレートとスプリットのように落差の大きいツーシーム[14]を軸に、カーブや稀にナックルボールも混ぜる[16]。ナックルは握りを変えて球速が遅いものと速いものの2種類を投げ分ける。前者は一般的なナックルに見られるような不規則な変化を、後者は縦に鋭く落ちるような変化をする[17]。
人物
日本人の父とフィリピン人の母との間に生まれたハーフである。
野球を始めたきっかけに、森本稀哲を挙げている。
横浜スタジアムでの登板時は、ファンが登場曲に合わせてスキャットと「康晃」コールをしながらジャンプする、「康晃ジャンプ」と呼ばれる応援が行われる。 これは、フリーアナウンサーの節丸裕一が、山﨑から「NBAの試合の雰囲気が好き」と聞いていたことから、実況を務めていたニコニコ生放送の野球中継で提案したもので、[18] 、放送の翌日にはすでに行われていた。また、ビジターでの試合やオールスターゲーム、代表戦など登場曲が流れない場合でも行われることがある。新人最多セーブを達成した試合では、2死になった所で「あと一人」コールに代わるような形で行われた。
詳細情報
年度別投手成績
年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2015 | DeNA | 58 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 37 | 7 | .333 | 215 | 56.1 | 38 | 2 | 11 | 0 | 1 | 66 | 4 | 1 | 13 | 12 | 1.92 | 0.87 |
2016 | 59 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 5 | 33 | 7 | .286 | 252 | 57.2 | 57 | 7 | 23 | 0 | 0 | 61 | 2 | 0 | 27 | 23 | 3.59 | 1.39 | |
通算:2年 | 117 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 9 | 70 | 14 | .308 | 467 | 114.0 | 95 | 9 | 34 | 0 | 1 | 127 | 6 | 1 | 40 | 35 | 2.76 | 1.13 |
- 2016年度シーズン終了時
表彰
- 新人王 (2015年)
- セントラル・リーグ特別賞:1回(2015年)
- 日本プロスポーツ大賞最高新人賞(2015年)
記録
- 投手記録
- 初登板:2015年3月28日、対読売ジャイアンツ2回戦(東京ドーム)、9回裏に2番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初奪三振:同上、9回裏に高橋由伸から空振り三振
- 初セーブ:2015年3月31日、対広島東洋カープ1回戦(横浜スタジアム)、9回表に5番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初ホールド:2015年4月12日、対中日ドラゴンズ3回戦(ナゴヤドーム)、9回裏に3番手で救援登板、1回無失点
- 初勝利:2015年5月22日、対阪神タイガース6回戦(横浜スタジアム)、9回表に5番手で救援登板・完了、1回無失点
- その他の記録
- 9試合連続セーブ:2015年4月22 - 5月8日 ※新人記録
- 月間10セーブ:2015年5月 ※新人記録
- シーズン32セーブ:2015年8月20日 ※新人記録
- オールスターゲーム出場:2回 (2015年、2016年)
背番号
- 19 (2015年 - )
登場曲
- Zombie Nation「Kernkraft400」 (2015年 - )
代表歴
- 2013年日米大学野球選手権大会日本代表
- 2014 ハーレムベースボールウィーク 日本代表
- 2015 WBSCプレミア12 日本代表
- 侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ
- 侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合
脚注
- ^ “亜大・山崎がDeNAと入団合意 三浦目標に「日々成長して力に」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年11月7日) 2015年1月8日閲覧。
- ^ 2015年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第1戦) NPB日本野球機構公式サイト(2015年7月17日) 2016年10月6日閲覧
- ^ DeNA・山崎康、セーブ機会初失敗・・・九回1点リード守れずSANSPO.COM.2015年9月5日
- ^ 「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!! 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年10月9日) 2015年10月9日閲覧
- ^ DeNA山崎康3500万↑球団新人の史上最高額だ日刊スポーツ(2015年12月4日) 2016年10月6日閲覧
- ^ 山崎康ベイ修行 ロスで3週間語学&トレーニング日刊スポーツ (2015年12月6日) 2016年10月6日閲覧
- ^ 侍ジャパン強化試合 チャイニーズ・タイペイvs日本 2016年03月06日(日)京セラドーム大阪 試合詳細 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2016年3月6日) 2016年10月6日閲覧
- ^ 2016年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第2戦) NPB日本野球機構公式サイト(2016年7月16日) 2016年10月6日閲覧
- ^ “原口代打同点打!夢舞台満喫、De山崎康と高校以来のバッテリー”. デイリースポーツ. 2016年10月24日閲覧。
- ^ DeNA山崎康、志願も4戦連続失点…配置転換なし日刊スポーツ (2016年8月6日) 2016年10月6日閲覧
- ^ DeNA山崎康「きっかけに」今季初ビハインド登板日刊スポーツ (2016年8月6日) 2016年10月6日閲覧
- ^ “DeNA・山崎康、8月は6登板中5試合で失点…ラミレス監督「抑えは変わらない」”. サンケイスポーツ. 2016年10月24日閲覧。
- ^ 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧
- ^ a b “DeNA山崎康の底知れぬ魅力 ツーシームは大魔神のフォークに匹敵する!?”. Full-count フルカウント. (2015年6月2日)
- ^ “90年与田超え!DeNA山崎康新人新9戦連続S 3者連続三振締め”. スポニチ Sponichi Annex (2015年5月9日). 2015年5月10日閲覧。
- ^ “DeNAドラ1山崎康は“ナックル王子” 本田のブレ球FKも分析”. スポニチ. (2015年1月19日)
- ^ “DeNA山崎康2種ナックルで大谷斬りへ”. 日刊スポーツ. (2015年2月14日) 2015年2月14日閲覧。
- ^ “山崎康晃投手の登場曲は今季サイコーに盛り上がる!絶対やりたいDeNAベイスターズの応援”. AOL News. (2015年8月20日) 2016年4月27日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 個人年度別成績 山﨑康晃 - NPB.jp 日本野球機構
- 山崎 康晃 (@19yasuaki) - X(旧Twitter)