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| metabolism = 主にCYP3A4による肝臓<ref>{{Cite journal |last1= Hijazi |first1= Y |last2= Boulieu |first2= R |title= Contribution of CYP3A4, CYP2B6, and CYP2C9 isoforms to N-demethylation of ketamine in human liver microsomes |journal= [[Drug Metabolism and Disposition]] |volume= 30 |issue= 7 |pages= 853–8 |date= July 2002 |pmid= 12065445 |doi= 10.1124/dmd.30.7.853}}</ref>
| metabolism = 主にCYP3A4による肝臓<ref>{{Cite journal |last1= Hijazi |first1= Y |last2= Boulieu |first2= R |title= Contribution of CYP3A4, CYP2B6, and CYP2C9 isoforms to N-demethylation of ketamine in human liver microsomes |journal= Drug Metabolism and Disposition |volume= 30 |issue= 7 |pages= 853–8 |date= July 2002 |pmid= 12065445 |doi= 10.1124/dmd.30.7.853}}</ref>
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'''ケタミン'''({{lang-en|''Ketamine''}})は、[[アリルシクロヘキシルアミン系]]の[[解離性麻酔薬]]である。[[1962年]]にアメリカの[[製|製薬企業]]である[[:en:Parke-Davis|<small>英</small>:''Parke-Davis'']]社(後[[:en:Warner–Lambert|<small>英</small>:''Warner–Lambert'']]社、現[[ファイザー]]社)が開発した解離性麻酔薬[[フェンサイクリジン]]{{enlink|Phencyclidine|PCP}}の代用物として合成された<ref>[[レスー・グリンスプーン]]、ジェームズ・B. バカラー 『サイケデリック・ドラッグ-向精神物質の科学と文化』 杵渕幸子訳、妙木浩之訳、工作舎、2000年。ISBN 978-4875023210。65頁。(原著 ''Psychedelic Drugs Reconsidered'', 1979)</ref>。日本では、[[第一三共株式会社]]から麻酔薬の'''ケタラール'''として販売され、[[静脈注射]]および[[筋肉注射]]がある。規制区分は、[[劇薬]]/[[麻薬]]/[[処方箋医薬品]]であ
'''ケタミン'''({{lang-en|''Ketamine''}})は、[[アリルシクロヘキシルアミン系]]の[[解離性麻酔薬]]である。日本では[[麻酔薬]]の'''タラー'''[[第一三共株式会社|第一三共]]として[[静脈注射|静脈注射剤]][[筋肉注射|筋肉注射剤]]がある。[[医薬品医療機器等法]]におけ
[[処方箋医薬品]]・[[劇薬]]。解離性麻酔薬であるため他の一般的な麻酔薬と比較し、低用量帯では[[呼吸抑制|呼吸を抑制]]しない大きな利点がある([[呼吸停止]]しにくい)。ケタミンは世界保健機関(WHO)による[[WHO必須医薬品モデル・リスト|必須医薬品の一覧]]に加えられている。[[フェンサイクリジン]](PCP)の代用物として合成された<ref name="サイケデリック・ドラッグ65"/>。筋肉注射が可能なので、動物の[[麻酔]]にもよく使われる。


乱用のため日本では2007年より[[麻薬及び向精神薬取締法]]の麻薬に指定されている。2012年の世界保健機関薬物専門委員会は、深刻な乱用がある国でも、他の麻酔薬より使用しやすく安全なため、ヒトや動物の麻酔のために容易に利用できることを確保すべきであるとしている<ref name="who.int.dep35"/>。そのため、[[向精神薬に関する条約]]による規制はない。
解離性麻酔薬であるため他の麻酔薬と比較し、低用量帯では呼吸を抑制しない大きな利点がある。ケタミンは世界保健機関による[[WHO必須医薬品モデル・リスト|必須医薬品の一覧]]に加えられている。麻酔薬として、特に[[獣医師]]や大型動物を実験に用いる研究機関では常備薬である。


既存の治療に反応しない治療抵抗性うつ病に対し、投与から2時間での迅速な効果や<ref name="pmid16894061"/><ref name="seisin2020">精神経紙(2020)122巻6号「難治性うつ病の画期的治療薬として期待されるケタミン」</ref>、自殺念慮を大きく軽減する作用が示されている<ref name="pmid28969441"/>。アメリカの臨床現場でうつ病に対して[[適応外使用]]されている<ref name="ND2015jp"/>。イギリスでは、2014年に難治性のうつ病に対する使用が承認された<ref name="Trust2014May"/>。これに伴って製薬会社がケタミン様薬物の臨床試験を進めている<ref name="ND2015jp"/>。ケタミンの 単離した異性体の1つであるS体である[[エスケタミン]](商品名:スプラバート)が、2019年にアメリカで<ref>{{Cite news |title=J&JのエスケタミンをFDA承認-重度うつ病に即効性の治療選択肢 |newspaper=ブルームバーグ |date=2019-03-06 |url=https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-03-06/PNXBQA6S972801}}</ref>、また2020年にイギリスで医薬品として重症のうつ病の治療に承認されている。
乱用薬物でもあるため、日本では2007年1月1日より[[麻薬及び向精神薬取締法]]の[[麻薬]]に指定されている。2012年の世界保健機関薬物専門委員会は、深刻な乱用がある国でも、他の麻酔薬より使用しやすく安全なため、ヒトや動物の麻酔のために容易に利用できることを確保すべきであるとしている<ref name="who.int.dep35"/>。


==開発==
既存の治療に反応しない治療抵抗性うつ病に対する、投与から2時間での迅速な効果や<ref name="pmid16894061"/>、自殺念慮の軽減作用もみられており<ref name="pmid25169854"/>、アメリカでの臨床現場でうつ病に対して[[適応外使用]]され<ref name="ND2015jp"/>、イギリスでは2014年に、難治性のうつ病に対する使用が承認された<ref name="Trust2014May"/>。伴って製薬会社は、ケタミン様薬物の臨床試験を進めている<ref name="ND2015jp"/>。しかしながら、長期的な安全性はまだ未知である。
1962年、[[アメリカ合衆国]]の製薬会社パーク・デービス社によって、同社が開発した麻酔薬の[[フェンサイクリジン]] (PCP) の代用物として合成された<ref name="サイケデリック・ドラッグ65">{{Cite book|和書|author1=レスター・グリンスプーン|authorlink1=レスター・グリンスプーン|author2=ジェームズ・B. バカラー|translator=杵渕幸子、妙木浩之|title=サイケデリック・ドラッグ―向精神物質の科学と文化|publisher=工作舎|date=2000|isbn=4-87502-321-9|pages=62-66 }} ''Psychedelic Drugs Reconsidered'', 1979.</ref><ref name="seisin2020" />。その後、1963年にアメリカでPCPが麻酔薬として承認されたが、麻酔からの覚醒時に妄想などの副作用が起こるため2年後には人間に使用されなくなり、1969年にその副作用がほとんどないケタミンが「ケタラール」の商品名で承認された<ref name="サイケデリック・ドラッグ65"/>。PCPやケタミンのような麻酔薬は、魂が肉体から遊離された感覚を起こす解離性麻酔薬に分類され、その特徴は呼吸器や心臓血管を抑制しない麻酔薬であり、子供に対する麻酔など循環器系の機能低下を防ぐのに適している<ref name="サイケデリック・ドラッグ65"/>。(対比する参考記事:[[プロポフォール]]による死亡事故)


==特==
==化学==
常温[[常圧]]においては固体で、白い粉末状の物質。[[融点]]は314.74度で、融解性である。[[ギ酸]]に非常に解けやすく、水、エタノールに解けやすく、また、[[無水酢酸]]や[[ジエチルエーテル]]には殆ど溶けない。注射薬は塩酸塩水溶液で[[水素イオン指数|pH]]は3.5~5.5。
===化学特性===
常温[[常圧]]においては固体で、白い粉末状の物質。[[融点]]は314.74度で、融解性である。[[ギ酸]]に非常に解けやすく、水、エタノールに解けやすく、また、[[無水酢酸]]や[[ジエチルエーテル]]には殆ど溶けない。[[水素イオン指数|pH]]は3.5~5.5で、水溶液は酸性。


===代謝===
==代謝==
[[半減期_(薬学)|半減期]]はおよそ3時間。持続投与された場合、蓄積はされにくいが、代謝産物にも作用がある。
[[半減期_(薬学)|半減期]]はおよそ3時間。持続投与された場合、蓄積はされにくいが、代謝産物にも作用がある。


===使===
==機序==
ケタミンは[[イオンチャネル|開口チャネル]]および[[アロステリック]]部位の両方に結合し、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]を阻害すると考えられている<ref name="seisin2020" /><ref name="pmid9105235">{{cite journal |author=Orser BA, ''et al''. |title=Multiple mechanisms of ketamine blockade of N-methyl-D-aspartate receptors. |journal=[[:en:Anesthesiology (journal)|Anesthesiology]]. |year=1997 |volume=86 |issue=4 |pages=903-17 |url=http://journals.lww.com/anesthesiology/Fulltext/1997/04000/Multiple_Mechanisms_of_Ketamine_Blockade_of.21.aspx |doi=10.1097/00000542-199704000-00021 |pmid=9105235}}</ref>。中枢神経系のシナプス後膜にあるNMDA受容体に選択的に働き、興奮性神経伝達をブロックする。
気管支拡張作用のため、[[気管支喘息]]を持つ患者にも比較的安全に使用できるが、[[脳血管障害]]、[[虚血性心疾患]]、[[高血圧]]の患者にはあまり使用されない。呼吸抑制作用が弱く、患者は麻酔中でも自発呼吸を行うことが可能。呼吸抑制作用は少ないが分泌物が多くなるため注意が必要。ただし、大量では呼吸抑制が現れる。頭蓋内圧が上昇する<ref name=ketamine_if />。脳血流量が増加する<ref name=ketamine_if />。


S(+)とR(-)立体異性体は、NMDA受容体への結合親和性が異なっており、それぞれ[[IC50|''K''<sub>i</sub>]]=3,200nMと''K''<sub>i</sub>=1,100nMである<ref name="pmid8942324">{{cite journal |author=Hirota K, ''et al''. |title=Ketamine: Its mechanism(s) of action and unusual clinical uses |journal=[[:en:British Journal of Anaesthesia]]. |date=1996-10 |volume=77 |issue=4 |pages=441-4 |url= http://bja.oxfordjournals.org/content/77/4/441.long |doi=10.1093/bja/77.4.441 |pmid=8942324}}</ref>。[[ドーパミン受容体#D2様受容体ファミリー(抑制性)|ドーパミンD<sub>2</sub>(High)受容体]]への結合親和性は、''K''<sub>i</sub>=55nMである<ref name="pmid15852061">{{cite journal |author=Seeman P, Ko F, Tallerico T. |title=Dopamine receptor contribution to the action of PCP, LSD and ketamine psychotomimetics. |journal=[[:en:Molecular Psychiatry]]. |volume=10 |issue=9 |pages=877-83 |date=2005-9 |url=http://www.nature.com/mp/journal/v10/n9/full/4001682a.html |doi=10.1038/sj.mp.4001682 |pmid=15852061}}</ref>。
多くの麻酔薬では血圧を下げる併用があるが、ケタミンでは血圧を上げることが多い。そのため、[[プロポフォール]]や[[フェンタニル]]などの血圧を下げる麻酔薬と併用することも多い。プロポフォール、ケタミン、フェンタニルを使用する麻酔は、PKF麻酔と呼ばれる。皮膚表面の手術に使用されることが多い。


ケタミンはNMDA受容体に拮抗するだけでなく、[[モノアミン神経伝達物質|モノアミン]]トランスポーターを阻害する<ref>M.Nishimura, K.Sato et al."Ketamine Inhibits Monoamine transporters expressed in Human Embryonic Kidney 293 cells" Anesthesiology 1998; 88:768-774 {{PMID|9523822}}</ref>。このため[[カテコールアミン]]遊離作用があり、[[交感神経]]を刺激して[[気管支拡張薬|気管支拡張]]作用、頻脈、昇圧作用を示す。
脳圧、眼圧を上昇させるため、脳外科の手術や[[緑内障]]患者には使用されにくい。精神的な副作用や脳圧の上昇は[[ベンゾジアゼピン]]の併用で少なくなるともいわれる。


催眠状態を誘発して鎮痛や鎮静が得られる他、[[健忘]]を起こすことがある<ref name="pmid21256625">{{cite journal |author=Green SM, ''et al''. |title=Clinical Practice Guideline for Emergency Department Ketamine Dissociative Sedation: 2011 Update |journal=[[:en:Annals of Emergency Medicine]]. |year=2011 |volume=57 |issue=5 |pages=449-61 |url=http://www.annemergmed.com/article/S0196-0644%2810%2901827-5/fulltext |doi=10.1016/j.annemergmed.2010.11.030 |pmid=21256625}}</ref>。
一部の新生児専門家は、潜在的に脳発育への有害な作用があるかもしれないと考えており、ヒト新生児へ麻酔薬としてのケタミン使用を推奨していない。発育の初期段階における神経変性の変化は、ケタミンと同じ作用機序のNMDA拮抗薬で示されている<ref>{{cite journal |last= Patel |first= P |last2= Sun |first2= L |title= Update on neonatal anesthetic neurotoxicity: Insight into molecular mechanisms and relevance to humans |journal= [[Anesthesiology (journal)|Anesthesiology]] |date= April 2009 |volume= 110 |issue= 4 |pages= 703–8 |doi=10.1097/ALN.0b013e31819c42a4 |pmid= 19276968 |pmc= 2737718 |type= commentary}}</ref>。


また、神経保護作用が報告されている<ref>[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28079589 In Vogue: Ketamine for Neuroprotection in Acute Neurologic Injury. (2017)]</ref>。
===乱用===
[[LSD]]と同様、[[幻覚剤]]として知られる。不正な密輸入および若者の間での乱用が問題となった。


==依存性==
ヒトがこの粉末を鼻孔吸入、もしくは経口摂取、[[静脈注射]]した場合、臨死体験などの幻覚作用があり、悪夢を見るという副作用もある。一時期は、KとかスペシャルKなどという隠語で呼ばれ、[[トランス]]系の音楽を流すクラブで多く流通したこともある。だが、ケタミンは本来の用途が麻酔薬であるため、LSDとは反対に精神状態は沈静化するので、テンションを上げたい乱用者の間では不人気であった。
連用により耐性が形成されるが<ref name="who.int.dep35"/>、[[離脱]]症状を起こすという証拠はない<ref name="who.int.dep35">{{Cite report|author=世界保健機関|authorlink=世界保健機関|title=WHO Expert Committee on Drug Dependence: thirty-fifth report / WHO Technical Report Series 973 |publisher=World Health Organization|date=2012|url=https://hdl.handle.net/10665/77747 |isbn=978-92-4-120973-1|pages=8-9}}</ref>。


==精神作用==
平均して1ヶ月に20日以上の頻繁な使用者は、[[抑うつ]]状態が増加し、[[記憶力]](短期記憶と視覚的な記憶)が低下した。平均して1ヶ月に3.25日の稀な使用者と、過去の使用者は、記憶・注意・幸福度が対照群と差がなかった。頻繁な使用者、稀な使用者、使用を控えている者、全てが試験で[[妄想]]症状の得点が対照群よりも高かった<ref name="Morgan2009">{{Cite journal |doi= 10.1111/j.1360-0443.2009.02761.x |pmid= 19919593 |title= Consequences of chronic ketamine self-administration upon neurocognitive function and psychological wellbeing: A 1-year longitudinal study |year= 2009 |last1= Morgan |first1= CJA |last2= Muetzelfeldt |first2= L |last3= Curran |first3= HV |journal= [[Addiction (journal)|Addiction]] |volume= 105 |issue= 1 |pages= 121–33}}</ref>。
医薬品インタビューフォームには、15%前後の者は麻酔からの覚醒時に「夢のような状態・幻覚・興奮・錯乱状態」などの症状が現れると記載されている。通常は数時間で回復するが、24時間以内に再発することもある([[フラッシュバック (心理現象)|フラッシュバック]])<ref name="ketamine_if" />。


[[幻覚剤]]として知られ乱用が問題となった。ヒトがこの粉末を鼻孔吸入、もしくは経口摂取、[[静脈注射]]すると臨死体験などの幻覚作用があるが、悪夢となる場合もある。一時期は、「K」や「スペシャルK」などという隠語で呼ばれ、[[トランス (音楽)|トランス]]系の音楽を流すクラブで多く流通したこともある。だが、ケタミンはもともと麻酔薬であり、[[LSD (薬物)|LSD]]とは逆に精神を鎮静させるので、テンションを上げたい乱用者の間では不人気であった。
ケタミンの急性作用は、[[統合失調症]]様の[[知覚変化]]を含む、[[言語流暢]]、[[短期記憶]]の低下、[[実行機能]]の低下、[[警戒心]]の低下などの[[認知障害]]を引き起こす<ref>{{cite journal |last1= Krystal |first1= JH |last2= Karper |first2= LP |last3= Seibyl |first3= JP |last4= Freeman |first4= GK |last5= Delaney |first5= R |last6= Bremner |first6= JD |last7= Heninger |first7= GR |last8= Bowers |first8= MB, Jr |last9= Charney |first9= DS |displayauthors= 4 |title= Subanesthetic effects of the noncompetitive NMDA antagonist, ketamine, in humans. Psychotomimetic, perceptual, cognitive, and neuroendocrine responses |journal= [[JAMA Psychiatry|Archives of General Psychiatry]] |volume= 51 |issue= 3 |pages= 199–214 |date= March 1994 |pmid= 8122957 |doi= 10.1001/archpsyc.1994.03950030035004 |url=}}</ref>。催眠状態を誘発し、鎮痛や鎮静と記憶喪失が得られる<ref name="GreenRoback2011">{{cite journal |last1= Green |first1= SM |last2= Roback |first2= MG |last3= Kennedy |first3= RM |last4= Krauss |first4= B |title= Clinical Practice Guideline for Emergency Department Ketamine Dissociative Sedation: 2011 Update |journal= [[Annals of Emergency Medicine]] |volume= 57 |issue= 5 |year= 2011 |pages= 449–61 |pmid= 21256625 |doi= 10.1016/j.annemergmed.2010.11.030 |url= http://www.annemergmed.com/article/S0196-0644%2810%2901827-5/fulltext}}</ref>。


周囲の環境との結びつきを喪失させるような体験を起こし、肉体から離れ魂だけとなり浮遊する感覚、宇宙空間をさまよう、子供時代の記憶の想起などであり、その体験は強烈で現実的なため実際に自分が肉体を離れたと思い続ける傾向にある<ref name="サイケデリック・ドラッグ65"/>。
2007年1月1日、ケタミンは日本の[[麻薬及び向精神薬取締法]]の[[麻薬]]に指定が施行された。指定は、医療用等の用途に対する代換品移行措置期間も考慮された。


平均20日/月以上使用する乱用者では[[抑うつ]]状態が増加し、記憶力(短期記憶と視覚的な記憶)低下が見られたが、平均3.25回/月程度の低頻度で使用していた者や過去使用していた者では対照群と差がなかった。一方で、頻度に関わらず使用歴がある者は[[妄想]]症状のスコアが対照群よりも高かった<ref name="pmid19919593">{{Cite journal |author=Morgan CJA, ''et al''. |title= Consequences of chronic ketamine self-administration upon neurocognitive function and psychological wellbeing: A 1-year longitudinal study. |journal=[[:en:Addiction (journal)|Addiction]]. |year=2009 |volume=105 |issue=1 |pages=121-33 |doi=10.1111/j.1360-0443.2009.02761.x |pmid=19919593}}</ref>。
2012年の世界保健機関の薬物依存専門委員会の報告書では、他の麻酔薬と比較して使用しやすく安全域も広いため、国際管理下に置いた場合には、逆に使用できない場合の公衆衛生上の懸念があるとし、深刻な乱用がある国でも、ヒトや動物の麻酔のために容易に利用できることを確保すべきであるとしている<ref name="who.int.dep35"/>。ゆえに薬物規制条約による規制はない。


===作と副作用===
==医療==
===麻酔・鎮痛===
他の解離性麻酔薬と同じように大脳皮質などを抑制し、大脳辺縁系に選択的作用を示すため、その他の麻酔薬のように呼吸を抑制しない。過量投与や静注速度が早すぎる場合に呼吸抑制が起こる。なお、動物実験では中枢性呼吸麻痺によって死亡することが分かっている<ref name=ketamine_if>{{cite web |title=医薬品インタビューフォーム(2012年6月改訂 第9版)ケタラール |url=https://www.medicallibrary-dsc.info/di/lq9pde0000001fyw-att/if_kta_1207_09.pdf |format=pdf |date=2012-6 |work=www.medicallibrary-dsc.info |publisher=[[第一三共株式会社]] |accessdate=2016-7-28}}</ref>。
麻酔薬としての用量は1-2mg/kgである<ref name="ketamine_if" />。


一部の新生児専門家は、脳発育に対する潜在的な有害性がある可能性を懸念しており、ヒト新生児に対する麻酔薬としてのケタミン使用を推奨していない。発育の初期段階における神経変性の変化は、ケタミンと同じ作用機序のNMDA拮抗剤で示されている<ref name="pmid19276968">{{cite journal |author=Patel P. |title= Update on neonatal anesthetic neurotoxicity: Insight into molecular mechanisms and relevance to humans |journal=[[:en:Anesthesiology (journal)|Anesthesiology]]. |date=2009-4 |volume=110 |issue=4 |pages=703-8 |doi=10.1097/ALN.0b013e31819c42a4 |pmc=2737718 |pmid=19276968}}</ref>。
ケタミンは[[イオンチャネル|開口チャネル]]および[[アロステリック]]部位の両方に結合し、NMDA受容体を阻害すると考えられている<ref name=Orser>{{cite journal |last1= Orser |first1= BA |last2= Pennefather |first2= PS |last3= MacDonald |first3= JF |year= 1997 |title= Multiple mechanisms of ketamine blockade of N-methyl-D-aspartate receptors |journal= [[Anesthesiology (journal)|Anesthesiology]] |volume= 86 |issue= 4 |pages= 903–17 |pmid= 9105235 |url= http://journals.lww.com/anesthesiology/Fulltext/1997/04000/Multiple_Mechanisms_of_Ketamine_Blockade_of.21.aspx |doi=10.1097/00000542-199704000-00021}}</ref>。[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]拮抗薬であり、中枢神経系のシナプス後膜にあるNMDA受容体に選択的に働き、興奮性神経伝達をブロックする。


多くの麻酔薬が血圧降下作用をもつのに対し、ケタミンでは血圧上昇を伴う。そのため、[[プロポフォール]]や[[フェンタニル]]などの降圧性麻酔薬と併用することも多い。プロポフォール、ケタミン、フェンタニルを併用する麻酔は、PKF麻酔と呼ばれる。皮膚表面の手術に使用されることが多い。
S(+)とR(-)立体異性体は、NMDA受容体への異なる結合親和性を有する。それぞれ、[[IC50|K<sub>i</sub>]]=3,200nMとK<sub>i</sub>=1,100nMである<ref name=hirota>{{cite journal |last= Hirota |first= K |last2=Lambert |first2= DG |title= Ketamine: Its mechanism(s) of action and unusual clinical uses |journal= [[British Journal of Anaesthesia]] |date= October 1996 |volume= 77 |issue= 4 |pages= 441–4 |pmid= 8942324 |doi= 10.1093/bja/77.4.441 |url= http://bja.oxfordjournals.org/content/77/4/441.long}}</ref>。[[ドーパミン受容体#D2様受容体ファミリー(抑制性)|ドーパミンD<sub>2</sub>(High)受容体]]への結合親和性は、K<sub>i</sub>=55nMである<ref name="pmid15852061">{{cite journal |author=Seeman P, Ko F, Tallerico T. |title=Dopamine receptor contribution to the action of PCP, LSD and ketamine psychotomimetics. |journal=[[:en:Molecular Psychiatry]]. |volume=10 |issue=9 |pages=877-83 |date=2005-9 |url=http://www.nature.com/mp/journal/v10/n9/full/4001682a.html |doi=10.1038/sj.mp.4001682 |pmid=15852061}}</ref>。


ケタミンは血圧や呼吸を抑制せず、筋肉注射が可能であることから、静脈注射をしにくい動物用としても重宝されてきた。また、この特性から[[麻酔銃]]の麻酔としても用いられてきた。
ケタミンはNMDA受容体に対する拮抗薬として働くだけでなく、[[モノアミン輸送体]]を阻害する<ref>M.Nishimura, K.Sato et al."Ketamine Inhibits Monoamine transporters expressed in Human Embryonic Kidney 293 cells" Anesthesiology 1998; 88:768-774 PMID 9523822</ref>。そのことによる[[カテコールアミン]]遊離作用がある。そのため、[[交感神経]]を刺激し、[[気管支拡張]]作用、頻脈、昇圧作用を示す。


中枢感作症候群(小さな痛み刺激が長期間継続すると、徐々により大きな痛みとして知覚されるようになる症状。ワインドアップ現象ともいう)を抑制するため、[[神経因性疼痛]]などの慢性疼痛の治療における効果が見直されている。
内臓に対する効果よりも体の浅層における麻酔効果が高く、麻酔から覚醒した後も[[鎮痛]]作用は持続している。[[副作用]]として[[悪夢]]を引き起こすことが多いことが知られている。[[嘔吐中枢]]の[[化学受容器引き金帯]]を刺激し、[[嘔吐]]を誘発する。


他の解離性麻酔薬と同じように大脳皮質などを抑制し、大脳辺縁系に選択的作用を示すため、その他の麻酔薬のように呼吸を抑制しないが、過量投与や静注速度が早すぎる場合に呼吸抑制が起こり得る。動物実験では、中枢性呼吸麻痺によって死亡することが分かっている<ref name="ketamine_if">{{Cite web|和書|title=医薬品インタビューフォーム(2012年6月改訂 第9版)ケタラール |url=https://www.medicallibrary-dsc.info/di/lq9pde0000001fyw-att/if_kta_1207_09.pdf |format=pdf |date=2012-6 |publisher=[[第一三共株式会社]] |accessdate=2016-7-28}}</ref>。
耐性は形成される<ref name="who.int.dep35"/>。[[離脱]]症状を起こすという証拠はない<ref name="who.int.dep35">{{Cite report|author=世界保健機関|authorlink=世界保健機関|title=WHO Expert Committee on Drug Dependence: thirty-fifth report / WHO Technical Report Series 973 |publisher=World Health Organization|date=2012|url=http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/77747/1/WHO_trs_973_eng.pdf|format=pdf|isbn=978-92-4-120973-1|pages=8-9}}</ref>。


内臓などの体内深部よりも、浅部における麻酔効果が高く、麻酔から覚醒した後も鎮痛作用は持続する。副作用として悪夢を引き起こすことが多いことが知られている他、嘔吐中枢を刺激して嘔吐を誘発する。
15%前後の者は麻酔からの覚醒時に夢のような状態、幻覚、興奮、錯乱状態などが現れる。通常は数時間で回復するが、24時間以内に再発することもある<ref name=ketamine_if />。


気管支拡張作用のため、[[気管支喘息]]を持つ患者にも比較的安全に使用できるが、昇圧作用があり頭蓋内圧の上昇<ref name="ketamine_if" />や脳血流量の増加<ref name="ketamine_if" />が見られるため、[[脳血管障害]]、[[虚血性心疾患]]、高血圧の患者にはあまり使用されない。呼吸抑制作用が弱く、患者は麻酔中でも自発呼吸を行うことが可能だが、分泌物が多くなるほか大量使用時には呼吸抑制が現れるため注意が必要である。
[[モルヒネ]]の耐性形成を抑制し退薬発現を抑制することが報告されている。


脳圧、眼圧を上昇させるため、脳外科の手術や[[緑内障]]患者では使用しにくい。精神的な副作用や脳圧の上昇は[[ベンゾジアゼピン]]の併用で少なくなるともいわれる{{要出典|date=2023年12月}}。
==医療用途==
海外ではそうではないが、日本では[[麻薬及び向精神薬取締法]]の[[麻薬]]に指定されたことにより、使用は大きく制限されている。


===麻酔・鎮痛===
===抗うつ作用===
日本では[[麻薬及び向精神薬取締法]]における[[麻薬]]に指定されているため使用に大きな制限があるが、海外ではその限りではない。
ケタミンは血圧や呼吸を抑制せず、筋肉注射が可能であることから、静脈注射がやりにくい動物用としても重宝されてきた。また、この特性から[[麻酔銃]]の麻酔としても用いられてきた。


ケタミンの抗うつ作用は、正常な被験者に対し[[精神病]]をモデル化する目的でケタミンを用いた研究において急速な気分の改善が見られたことで偶然発見されたもので、これが後のうつ病に対する研究につながった<ref name="pmid25391924">{{cite journal|last1=Nutt|first1=David|authorlink1=デビッド・ナット|title=Help luck along to find psychiatric medicines|journal=Nature|volume=515|issue=7526|pages=165–165|year=2014|pmid=25391924|doi=10.1038/515165a|url=http://www.nature.com/news/help-luck-along-to-find-psychiatric-medicines-1.16311}}</ref>。2012年の時点で利用されていた30種類もの[[抗うつ薬]]はどれも6週間後に穏やかな効果を示すだけであったが、ケタミンの急速な抗うつ作用という結果は、抗うつ反応の目標を移動させるものであった<ref name="pmid23052292">{{cite journal|last=Insel|first=T. R.|authorlink=トーマス・インセル|title=Next-Generation Treatments for Mental Disorders|journal=Science Translational Medicine|volume=4|issue=155|pages=155ps19–155ps19|year=2012|month=October|pmid=23052292|doi=10.1126/scitranslmed.3004873}}</ref>。ケタミンは、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]を遮断することで抗うつ作用を発揮していると考えられているが、他の[[NMDA受容体]]遮断薬には抗うつ効果はみられない<ref name="NIMHKetamine2014">{{cite web |author=Thomas Insel |authorlink=トーマス・インセル |title=Director’s Blog: Ketamine |url=http://www.nimh.nih.gov/about/director/2014/ketamine.shtml |date=October 1, 2014 |publisher=National Institute of Mental Health (NIMH) |accessdate=2015-11-01}}</ref>。
ワインドアップ現象を抑制するため、[[神経因性疼痛]]などの慢性疼痛の治療でその効果は見直されている。


2006年の{{仮リンク|アメリカ国立精神衛生研究所|en|National Institute of Mental Health}}の[[ランダム化比較試験]]では、治療抵抗性うつに対して効果が見られた。臨床試験により、投与から2時間で効果が現われ、29%が翌日には[[寛解]]し、その効果は7-10日間に及ぶなど、速効性があり強力な効果があることが示された<ref name="pmid16894061">{{cite journal|last1=Zarate|first1=Carlos A.|last2=Singh|first2=Jaskaran B.|last3=Carlson|first3=Paul J.|last4=Brutsche|first4=Nancy E.|last5=Ameli|first5=Rezvan|last6=Luckenbaugh|first6=David A.|last7=Charney|first7=Dennis S.|last8=Manji|first8=Husseini K.|title=A Randomized Trial of an N-methyl-D-aspartate Antagonist in Treatment-Resistant Major Depression|journal=Archives of General Psychiatry|volume=63|issue=8|pages=856|year=2006|pmid=16894061|doi=10.1001/archpsyc.63.8.856|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=668195}}</ref>。投与1時間で急速に症状が緩和されるが、10-14日後には投与前のような元の症状近くまで戻ってくる<ref name="pmid22297150">[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/core/lw/2.0/html/tileshop_pmc/tileshop_pmc_inline.html?title=Click%20on%20image%20to%20zoom&p=PMC3&id=3343177_nihms346797f1.jpg 図1] は以下に含まれる。{{cite journal |authors=Zarate CA, Brutsche NE, Ibrahim L, Franco-Chaves J, Diazgranados N, Cravchik A, Selter J, Marquardt CA, Liberty V, Luckenbaugh DA |title=Replication of ketamine's antidepressant efficacy in bipolar depression: a randomized controlled add-on trial |journal=Biol Psychiatry |volume=71 |issue=11 |pages=939–46 |date=2012-6 |pmid=22297150 |pmc=3343177 |doi=10.1016/j.biopsych.2011.12.010 |url=}}</ref>。
===抗うつ作用===
抗うつ作用の発見は偶然であり、正常な被験者に対し[[精神病]]をモデル化する目的で用いられたケタミンの研究は、急速な気分の改善が誘導されたことを見出し、後のうつ病に対する研究につながった<ref name="pmid25391924">{{cite journal|last1=Nutt|first1=David|authorlink1=デビッド・ナット|title=Help luck along to find psychiatric medicines|journal=Nature|volume=515|issue=7526|pages=165–165|year=2014|pmid=25391924|doi=10.1038/515165a|url=http://www.nature.com/news/help-luck-along-to-find-psychiatric-medicines-1.16311}}</ref>。2012年に利用できる30種類もの[[抗うつ薬]]はどれも6週間後に控えめな効果を示すだけであるが、ケタミンの急速な抗うつ作用という結果は、抗うつ反応の目標を移動させる<ref name="pmid23052292">{{cite journal|last=Insel|first=T. R.|authorlink=トーマス・インセル|title=Next-Generation Treatments for Mental Disorders|journal=Science Translational Medicine|volume=4|issue=155|pages=155ps19–155ps19|year=2012|month=October|pmid=23052292|doi=10.1126/scitranslmed.3004873}}</ref>。ケタミンは、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA受容体]]を遮断する機序によって抗うつ作用を発揮しているとみなされてるが、そうした作用を持つ他の薬剤は抗うつ薬ではない<ref name="NIMHKetamine2014">{{cite web |author=Thomas Insel |authorlink=トーマス・インセル |title=Director’s Blog: Ketamine |url=http://www.nimh.nih.gov/about/director/2014/ketamine.shtml |date=October 1, 2014 |publisher=National Institute of Mental Health (NIMH) |accessdate=2015-11-01}}</ref>。


また、自殺念慮についても投与後1時間以内に低下させ、その効果が1週間にわたり継続したとする研究があるが、長期安全性や実際の自殺リスクの低減に関する研究は不足している<ref name="pmid28969441">{{cite journal|author=Wilkinson ST, Ballard ED, Bloch MH, et al.|title=The Effect of a Single Dose of Intravenous Ketamine on Suicidal Ideation: A Systematic Review and Individual Participant Data Meta-Analysis|journal=Am J Psychiatry|issue=2|pages=150–158|date=February 2018|pmid=28969441|doi=10.1176/appi.ajp.2017.17040472}}</ref>。投与6週間後まで追跡し、自殺念慮の現象が維持されていたとする研究がある<ref name="pmid29202655">{{cite journal|last1=Grunebaum|first1=Michael F.|last2=Galfalvy|first2=Hanga C.|last3=Choo|first3=Tse-Hwei|coauthors=et al.|title=Ketamine for Rapid Reduction of Suicidal Thoughts in Major Depression: A Midazolam-Controlled Randomized Clinical Trial|journal=American Journal of Psychiatry|pages=appi.ajp.2017.1|year=2017|pmid=29202655|doi=10.1176/appi.ajp.2017.17060647}}</ref>。
2006年の{{仮リンク|アメリカ国立精神衛生研究所|en|National Institute of Mental Health}}の[[ランダム化比較試験]]では、治療抵抗性うつ病に対して効果が見られており、迅速かつ堅牢な効果であり、投与から2時間で効果が現われ、29%が翌日には[[寛解]]を満たすことが臨床試験で示された<ref name="pmid16894061">{{cite journal|last1=Zarate|first1=Carlos A.|last2=Singh|first2=Jaskaran B.|last3=Carlson|first3=Paul J.|last4=Brutsche|first4=Nancy E.|last5=Ameli|first5=Rezvan|last6=Luckenbaugh|first6=David A.|last7=Charney|first7=Dennis S.|last8=Manji|first8=Husseini K.|title=A Randomized Trial of an N-methyl-D-aspartate Antagonist in Treatment-Resistant Major Depression|journal=Archives of General Psychiatry|volume=63|issue=8|pages=856|year=2006|pmid=16894061|doi=10.1001/archpsyc.63.8.856|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=668195}}</ref>。その作用は7~10日間持続する。


治療抵抗性の双極性うつ病でも、堅牢かつ迅速な抗うつ作用が見られている<ref name="pmid20679587">{{cite journal|last1=Diazgranados|first1=Nancy|last2=Ibrahim|first2=Lobna|last3=Brutsche|first3=Nancy E.|last4=Newberg|first4=Andrew|last5=Kronstein|first5=Phillip|last6=Khalife|first6=Sami|last7=Kammerer|first7=William A.|last8=Quezado|first8=Zenaide|last9=Luckenbaugh|first9=David A.|last10=Salvadore|first10=Giacomo|last11=Machado-Vieira|first11=Rodrigo|last12=Manji|first12=Husseini K.|last13=Zarate|first13=Carlos A.|title=A Randomized Add-on Trial of an N-methyl-D-aspartate Antagonist in Treatment-Resistant Bipolar Depression|journal=Archives of General Psychiatry|volume=67|issue=8|pages=793|year=2010|pmid=20679587|pmc=3000408|doi=10.1001/archgenpsychiatry.2010.90|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=210856}}</ref>。慢性的な[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)の抑うつ症状に対して、ケタミンは症状の重症度を大幅つ急速に減少させた<ref name="pmid24740528">{{cite journal|last1=Feder|first1=Adriana|last2=Parides|first2=Michael K.|last3=Murrough|first3=James W.|last4=Perez|first4=Andrew M.|last5=Morgan|first5=Julia E.|last6=Saxena|first6=Shireen|last7=Kirkwood|first7=Katherine|last8=aan het Rot|first8=Marije|last9=Lapidus|first9=Kyle A. B.|last10=Wan|first10=Le-Ben|last11=Iosifescu|first11=Dan|last12=Charney|first12=Dennis S.|title=Efficacy of Intravenous Ketamine for Treatment of Chronic Posttraumatic Stress Disorder|journal=JAMA Psychiatry|volume=71|issue=6|pages=681|year=2014|pmid=24740528|doi=10.1001/jamapsychiatry.2014.62|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleID=1860851}}</ref>。[[強迫性障害]]においても、少なくとも1週間持続する迅抗強迫効果により、強迫観念大幅に改善された<ref name="pmid23783065">{{cite journal|last1=Rodriguez|first1=Carolyn I|last2=Kegeles|first2=Lawrence S|last3=Levinson|first3=Amanda|last4=Feng|first4=Tianshu|last5=Marcus|first5=Sue M|last6=Vermes|first6=Donna|last7=Flood|first7=Pamela|last8=Simpson|first8=Helen B|title=Randomized Controlled Crossover Trial of Ketamine in Obsessive-Compulsive Disorder: Proof-of-Concept|journal=Neuropsychopharmacology|volume=38|issue=12|pages=2475–2483|year=2013|pmid=23783065|pmc=3799067|doi=10.1038/npp.2013.150|url=http://www.nature.com/npp/journal/v38/n12/full/npp2013150a.html}}</ref>
治療抵抗性の双極性うつ病でも、速攻性・持続性がありかつ強力な抗うつ作用が見られている<ref name="pmid20679587">{{cite journal|last1=Diazgranados|first1=Nancy|last2=Ibrahim|first2=Lobna|last3=Brutsche|first3=Nancy E.|last4=Newberg|first4=Andrew|last5=Kronstein|first5=Phillip|last6=Khalife|first6=Sami|last7=Kammerer|first7=William A.|last8=Quezado|first8=Zenaide|last9=Luckenbaugh|first9=David A.|last10=Salvadore|first10=Giacomo|last11=Machado-Vieira|first11=Rodrigo|last12=Manji|first12=Husseini K.|last13=Zarate|first13=Carlos A.|title=A Randomized Add-on Trial of an N-methyl-D-aspartate Antagonist in Treatment-Resistant Bipolar Depression|journal=Archives of General Psychiatry|volume=67|issue=8|pages=793|year=2010|pmid=20679587|pmc=3000408|doi=10.1001/archgenpsychiatry.2010.90|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=210856}}</ref>。慢性的な[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)の抑うつ症状に対して、ケタミンは症状の重症度を速やかに大きく減少させた<ref name="pmid24740528">{{cite journal|last1=Feder|first1=Adriana|last2=Parides|first2=Michael K.|last3=Murrough|first3=James W.|last4=Perez|first4=Andrew M.|last5=Morgan|first5=Julia E.|last6=Saxena|first6=Shireen|last7=Kirkwood|first7=Katherine|last8=aan het Rot|first8=Marije|last9=Lapidus|first9=Kyle A. B.|last10=Wan|first10=Le-Ben|last11=Iosifescu|first11=Dan|last12=Charney|first12=Dennis S.|title=Efficacy of Intravenous Ketamine for Treatment of Chronic Posttraumatic Stress Disorder|journal=JAMA Psychiatry|volume=71|issue=6|pages=681|year=2014|pmid=24740528|doi=10.1001/jamapsychiatry.2014.62|url=http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleID=1860851}}</ref>。[[強迫性障害]] (OCD) においても、投与後やかに抗強迫効果を現して強迫観念大幅に改善し、それが少なくとも1週間維持された<ref name="pmid23783065">{{cite journal|last1=Rodriguez|first1=Carolyn I|last2=Kegeles|first2=Lawrence S|last3=Levinson|first3=Amanda|last4=Feng|first4=Tianshu|last5=Marcus|first5=Sue M|last6=Vermes|first6=Donna|last7=Flood|first7=Pamela|last8=Simpson|first8=Helen B|title=Randomized Controlled Crossover Trial of Ketamine in Obsessive-Compulsive Disorder: Proof-of-Concept|journal=Neuropsychopharmacology|volume=38|issue=12|pages=2475–2483|year=2013|pmid=23783065|pmc=3799067|doi=10.1038/npp.2013.150|url=http://www.nature.com/npp/journal/v38/n12/full/npp2013150a.html}}</ref>。[[社交不安障害]] (SAD) に対しても、2週間に渡って不安が軽減されたとする研究がある<ref name="pmid28849779">{{cite journal|last1=Taylor|first1=Jerome H|last2=Landeros-Weisenberger|first2=Angeli|last3=Coughlin|first3=Catherine|coauthors=et al.|title=Ketamine for Social Anxiety Disorder: A Randomized, Placebo-Controlled Crossover Trial|journal=Neuropsychopharmacology|volume=43|issue=2|pages=325–333|year=2017|pmid=28849779|doi=10.1038/npp.2017.194|url=10.1038/npp.2017.194}}</ref>。


アメリカではケタミンをうつ病に対して[[適応外使用]]で用いることも増えている<ref name="ND2015jp">{{Cite journal |和書|author=Sara Reardon、(翻訳)船田晶子|date=2015|title=うつ病治療薬として臨床試験が進むケタミン|url=http://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n4/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85%E6%B2%BB%E7%99%82%E8%96%AC%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E8%87%A8%E5%BA%8A%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%81%8C%E9%80%B2%E3%82%80%E3%82%B1%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3/61976|format=pdf|journal=Natureダイジェスト|volume=12|issue=4|doi=10.1038/ndigest.2015.150414}}</ref><ref>{{Cite journal|last=Brown|first=Kyle A.|last2=Gould|first2=Todd D.|date=2024-04|title=Targeting metaplasticity mechanisms to promote sustained antidepressant actions|url=https://www.nature.com/articles/s41380-023-02397-1|journal=Molecular Psychiatry|volume=29|issue=4|pages=1114–1127|language=en|doi=10.1038/s41380-023-02397-1|issn=1359-4184|pmc=PMC11176041|pmid=38177353}}</ref>他、イギリスでは、2014年4月に治療抵抗性の双極性うつを含むうつ病に対する試験結果を公表し<ref name="NHS2014april">{{cite news |author= |title=Ketamine tested as severe depression treatment |url=http://www.nhs.uk/news/2014/04April/Pages/Ketamine-tested-as-severe-depression-treatment.aspx |date= |newspaper=NHS Choices |accessdate=2015-11-01}}</ref>、2014年5月には専門委員会が専門診療所における難治性うつへのケタミンの使用を承認している<ref name="Trust2014May">{{cite web |author= |title=Ketamine Update |url=http://www.slam.nhs.uk/patients-and-carers/patient-information/nice-medicines-guidance/ketamine-update |date=14 of May 2014 |publisher=South London and Maudsley NHS Foundation Trust |accessdate=2015-11-01}}</ref>。
またケタミンは自殺念慮も軽減する<ref name="pmid25169854">{{cite journal|last1=Ballard|first1=Elizabeth D.|last2=Ionescu|first2=Dawn F.|last3=Vande Voort|first3=Jennifer L.|last4=Niciu|first4=Mark J.|last5=Richards|first5=Erica M.|last6=Luckenbaugh|first6=David A.|last7=Brutsché|first7=Nancy E.|last8=Ameli|first8=Rezvan|last9=Furey|first9=Maura L.|last10=Zarate|first10=Carlos A.|title=Improvement in suicidal ideation after ketamine infusion: Relationship to reductions in depression and anxiety|journal=Journal of Psychiatric Research|volume=58|pages=161–166|year=2014|pmid=25169854|doi=10.1016/j.jpsychires.2014.07.027}}</ref>。この点でも従来の抗うつ薬では、自殺行動を誘発する[[賦活症候群]]の懸念がある。


2019年、ケタミンの異性体を単離した[[エスケタミン]]の点鼻スプレーが、米国FDAによってうつ病の治療薬として承認された<ref>{{Cite web|和書|title=うつ病のケタミン治療 - scienceblog |url=https://www.scienceblog.co.uk/ja/ketaminbehandlung-bei-depressionen/ |website=サイエンスブログ |date=2022-08-23 |access-date=2023-01-26 |language=ja |last=scienceblog}}</ref>。
アメリカではケタミンをうつ病に対して[[適応外使用]]で用いることも増えている<ref name="ND2015jp">{{Cite journal |和書|author=Sara Reardon、(翻訳)船田晶子|date=2015|title=うつ病治療薬として臨床試験が進むケタミン|url=http://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n4/%E3%81%86%E3%81%A4%E7%97%85%E6%B2%BB%E7%99%82%E8%96%AC%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E8%87%A8%E5%BA%8A%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%81%8C%E9%80%B2%E3%82%80%E3%82%B1%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3/61976|format=pdf|journal=Natureダイジェスト|volume=12|issue=4|doi=10.1038/ndigest.2015.150414}}</ref>。


====日本における臨床研究====
イギリスでは、2014年4月に、治療抵抗性の双極性障害のうつ病を含むうつ病に対する試験を公表し<ref name="NHS2014april">{{cite news |author= |title=Ketamine tested as severe depression treatment |url=http://www.nhs.uk/news/2014/04April/Pages/Ketamine-tested-as-severe-depression-treatment.aspx |date= |newspaper=NHS Choices |accessdate=2015-11-01}}</ref>、2014年5月に、専門診療所において難治性のうつ病に対してケタミンを使用することを専門委員会が承認している<ref name="Trust2014May">{{cite web |author= |title=Ketamine Update |url=http://www.slam.nhs.uk/patients-and-carers/patient-information/nice-medicines-guidance/ketamine-update |date=14 of May 2014 |publisher=South London and Maudsley NHS Foundation Trust |accessdate=2015-11-01}}</ref>。
[[杏林大学]]精神科が2022年3月7日から、「治療抵抗性うつ病におけるケタミン初期治療の実行可能性調査」という研究テーマでうつ病に対するケタミンの臨床研究を開始している<ref name=":0">{{Cite web|和書|title=杏林大学医学部付属病院 KYORIN UNIVERSITY HOSPITAL |url=https://www.kyorin-u.ac.jp/hospital/clinic/others01/front.html |website=杏林大学医学部付属病院 KYORIN UNIVERSITY HOSPITAL |access-date=2023-08-13 |language=ja}}</ref>。週に2回合計4回静注用ケタミン塩酸塩(試験薬名:ケタラール)(0.5 mg/kg)を混注した生理食塩水50mLを40分間かけて静脈内投与する方法<ref name=":0" />。


====類似薬の開発====
====類似薬の開発====
[[ジョンソン・エンド・ジョンソン]]社は光学異性体のうちS体 ([[エスケタミン]]) のみを含有する点鼻薬を開発し、2013年には[[アメリカ食品医薬品局]](FDA)から治療抵抗性うつ、2016年には自殺念慮を伴う大うつ病性障害に対する「画期的治療薬」の指定を受けた<ref name="AdisInsight">{{cite web | title = Esketamine - Johnson & Johnson - AdisInsight | url = http://adisinsight.springer.com/drugs/800037644 | access-date = 7 November 2017}}</ref>。2019年2月には専門家パネルがFDAに対しエスケタミン点鼻スプレーの承認を勧告した<ref name="urlBloomberg">{{cite web |url=https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-02-12/first-big-depression-advance-since-prozac-nears-fda-approval | last1 = Koons | first1 = Cynthia | last2 = Edney | first2 = Anna | name-list-format = vanc |title=First Big Depression Advance Since Prozac Nears FDA Approval. |work= [[ブルームバーグ (企業)|Bloomberg News]] |date=February 12, 2019 |access-date=February 12, 2019}}</ref>。商品名SPRAVATOとして承認された。治験の際に一部の被験者で鎮静や視覚障害、発話困難、錯乱、麻痺、めまい・失神が見られたことから、投与は医療機関で行い、最低2時間は経過観察するという条件が付された<ref name="urlwww.fda.gov">{{cite web | author = Psychopharmacologic Drugs Advisory Committee (PDAC) and Drug Safety and Risk Management (DSaRM) Advisory Committee |url= https://www.fda.gov/downloads/AdvisoryCommittees/CommitteesMeetingMaterials/Drugs/PsychopharmacologicDrugsAdvisoryCommittee/UCM630970.pdf |title= FDA Briefing Document | quote = Meeting, February 12, 2019. Agenda Topic: The committees will discuss the efficacy, safety, and risk-benefit profile of New Drug Application (NDA) 211243, esketamine 28 mg single-use nasal spray device, submitted by [[ヤンセン ファーマ|Janssen Pharmaceutica]], for the treatment of treatment-resistant depression. | publisher = [[Food and Drug Administration]] |date=February 12, 2019 |access-date=February 12, 2019}}</ref>。
[[ジョンソン・エンド・ジョンソン]]社の構造的異型の[[エスケタミン]]を含有する点鼻薬は、2013年に、[[アメリカ食品医薬品局]](FDA)による「画期的な治療薬」の指定を受け、2015年の早期に研究結果を発表する予定である<ref name="ND2015jp"/>。アメリカの[[:en:Naurex|<small>英</small>:''Naurex'']]社(現、[[:en:Allergan,_Plc|<small>英</small>:''Allergan, Plc'']]社)は、2014年12月に、ケタミン様薬剤GLYX-13の臨床試験の結果を発表した。それによると、同社のは、うつ病患者の約半数で症状を改善し、幻覚の副作用もなかった<ref name="ND2015jp"/>。スイスの[[ロシュ]]社も、[[グルタミン酸]]経路を標的とする[[:en:Decoglurant|<small>英</small>:''Decoglurant'']]の臨床試験の結果を、2015年春に公表する予定とされる<ref name="ND2015jp"/>。一方で精神活性作用が弱いとはいえ(既に特許の切れた)ケタミンより、特許された高額なケタミン様物質を用いることには倫理的な問題があるとも指摘されている<ref name="ND2015jp"/>。

日本では、千葉大学がケタミンのR体 (アールケタミン)、[[ヤンセンファーマ]]がエスケタミンを研究している<ref>{{cite news |author=藤井寛子 |title=麻酔薬ケタミン、抗うつ薬へ研究~即効性が強み |url=https://www.nikkei.com/article/DGXMZO17367510W7A600C1X90000/ |date=2017-06-07 |newspaper=日本経済新聞 |accessdate=2018-02-01}}</ref>。

アメリカのノーレクス社は、2014年12月に、ケタミン様薬剤GLYX-13について、うつ病患者の約半数で症状を改善し、幻覚の副作用もなかったとする臨床試験結果を発表した<ref name="ND2015jp"/>。スイスの[[エフ・ホフマン・ラ・ロシュ|ロシュ]]社も、グルタミン酸経路を標的とするdecoglurantを開発して臨床試験を行っていたが、第II相まで進めたところで期待する効果が得られないとして開発中止された<ref name="Roche2015">{{cite web | url = http://www.roche.com/irp150128-annex.pdf | title = Roche – Pipeline | year = 2015 | accessdate = 2015-05-14 | archive-url = https://web.archive.org/web/20150501063120/http://www.roche.com/irp150128-annex.pdf | archive-date = 2015-05-01 | url-status = dead }}</ref><ref name="Lawrence2015">{{cite web | url = http://www.pharmaceutical-journal.com/news-and-analysis/features/the-secret-life-of-ketamine/20068151.article | title = The Secret Life of ketamine | author = Janna Lawrence | date = March 2015 | journal = The Pharmaceutical Journal | volume = 294 | issue = 7854/5|accessdate=2020-1-24}}</ref>。こうした研究の一方で、精神活性作用が弱いとはいえ(既に特許の切れた)ケタミンより、特許が有効で高額なケタミン様物質を用いることには倫理的な問題があるとも指摘されている<ref name="ND2015jp"/>。


===薬物依存症の治療===
===薬物依存症の治療===
2018年にケタミンの薬物依存症治療への応用について、1997年から2018年までの間に実施された7研究に対するシステマティックレビューが行われた。このレビューでは、アルコールやヘロイン、アヘンを含むオピオイドについて断薬率の向上が認められ、うちアルコールとオピオイドについては1回の投与で最大2年間効果が継続したと報告された<ref name="pmid30140240">{{cite journal|author=Jones JL, Mateus CF, Malcolm RJ, Brady KT, Back SE|title=Efficacy of Ketamine in the Treatment of Substance Use Disorders: A Systematic Review|journal=Front Psychiatry|pages=277|date=2018|pmid=30140240|pmc=6094990|doi=10.3389/fpsyt.2018.00277|url=https://reftag.appspot.com/doiweb.py?doi=10.3389/fpsyt.2018.00277}}</ref>。いずれの研究も対象群のサイズやランダム性が十分でなかったり、偽薬との比較が行われていなかったりするなど試験としては必ずしも十分ではないものの、ケタミンの薬物依存症に対する有効性や、その適用についてより広範な研究を行う正当性が示唆されると結論づけている。
ロシアで薬物乱用の専門治療を行う[[精神科医]]のエフゲニー・クルピツキーは、20年間にわたり麻酔薬のケタミンを幻覚剤として利用するアルコール依存症の治療を行ってきたが、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続し、対象群では24%であった<ref>ジョン・ホーガン 『科学を捨て、神秘へと向かう理性』 [[竹内薫]]訳、徳間書店、2004年11月。ISBN 978-4198619503。210頁。(原著 Rational mysticism, 2003) </ref>などのいくつかの報告<ref>E. M. Krupitsky et al. "[http://www.eleusis.us/resource-center/references/acamethod.php The Combination of Psychedelic and Aversive Approaches in Alcoholism Treatment: The Affective Contra-Attribution Method]" ''Alcoholism Treatment Quarterly'' 9(1), 1992</ref><ref>E. M. Krupitsky et al. [http://www.eleusis.us/resource-center/references/kpt10yrs.php Ketamine Psychedelic Therapy (KPT): A Review of the Results of Ten Years of Research] ''J Psychoactive Drugs.'' 1997 Apr-Jun;29(2), pp165-83. Review.</ref>がある。また、ケタミンは[[ヘロイン]]の依存症患者に対しても薬物の利用を中断する効果が見られた<ref>

Krupitsky EM, Burakov AM, Dunaevsky IV et al. "Single versus repeated sessions of ketamine-assisted psychotherapy for people with heroin dependence" ''J Psychoactive Drugs'' 39(1), 2007 Mar, pp13-9. PMID 17523581</ref><ref>E. M. Krupitsky et al. [http://www.eleusis.us/resource-center/references/ketamine-psychotherapy-heroin.pdf Ketamine psychotherapy for heroin addiction: immediate effects and two-year follow-up] (PDF),''Journal of Substance Abuse Treatment''23, 2002, pp273-283</ref>。アヘンの禁断症状を減衰させるという報告もある<ref>Jovaisa T, Laurinenas G, Vosylius S, Sipylaite J, Badaras R, Ivaskevicius J (2006). "Effects of ketamine on precipitated opiate withdrawal". Medicina (Kaunas) 42 (8): pp625-34. PMID 16963828</ref>。
このレビューに含まれた研究のほかにも、ロシアの精神科医エフゲニー・クルピツキーが20年間にわたりケタミンを用いて[[アルコール依存症]]の治療を行ってきた結果、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続できたのに対し、対象群では24%であった<ref>ジョン・ホーガン 『科学を捨て、神秘へと向かう理性』 [[竹内薫]]訳、徳間書店、2004年11月。ISBN 978-4198619503。210頁。(原著 Rational mysticism, 2003) </ref>などのいくつかの報告がある<ref>この研究は先のシステマティックレビュー(PMID30140240)に含まれていない: E. M. Krupitsky et al. "[http://www.eleusis.us/resource-center/references/acamethod.php The Combination of Psychedelic and Aversive Approaches in Alcoholism Treatment: The Affective Contra-Attribution Method]" ''Alcoholism Treatment Quarterly'' 9(1), 1992</ref>。

==副作用==
うつ病に対するケタミン治療による副作用を研究した『[[ランセット|ランセット精神医学]]』の[[システマティックレビュー]]があり、副作用としては頭痛が最多で35%、この他 33%に目眩、28に解離が見られた<ref name="pmid28757132">{{cite journal |vauthors=Short B, Fong J, Galvez V, Shelker W, Loo CK |title=Side-effects associated with ketamine use in depression: a systematic review |journal=Lancet Psychiatry |volume=5 |issue=1 |pages=65–78 |year=2018 |pmid=28757132 |doi=10.1016/S2215-0366(17)30272-9 |url=http://www.thelancet.com/journals/lanpsy/article/PIIS2215-0366(17)30272-9/fulltext}}</ref>。

健常人を被験者とした[[偽薬]]を[[対照実験|対照]]に使った[[二重盲検法|二重盲検]]の[[ランダム化比較試験]](RCT)において、用量0.5mg/kgの静脈内投与により統合失調症(陽性症状と陰性症状)と同様の行動が発現し、[[精神病|内因性精神病]]に類似した症状が誘発されることが示された<ref name="pmid8122957">{{cite journal |author=Krystal JH, ''et al''. |title=Subanesthetic effects of the noncompetitive NMDA antagonist, ketamine, in humans. Psychotomimetic, perceptual, cognitive, and neuroendocrine responses. |journal=[[:en:JAMA Psychiatry]]. |volume=51 |issue=3 |pages=199-214 |date=1994-3 |url=http://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/article-abstract/496531 |doi=10.1001/archpsyc.1994.03950030035004 |pmid=8122957}}</ref>。


==動物麻酔の代替品==
==動物麻酔の代替品==
日本では[[麻酔銃]]に必須だったが、ケタミンが麻薬及び向精神薬取締法麻薬に指定されたことより動物捕獲に支障を来たしている。代替薬の研究が行われ、代替品が使用されるようになってきているが、ケタミン以上に便利な薬は見つかっていない。
日本では[[麻酔銃]]に必須だったが、ケタミンが麻薬及び向精神薬取締法における[[麻薬]]に指定されたために、有害鳥獣駆除を目的とした[[狩猟]]に支障を来たしている。代替薬の研究が行われ、以下のような代替品が使用されるようになってきているが、ケタミン以上に便利な[[麻酔]]は見つかっていない。
*[[プロポフォール]]による導入と[[イソフルラン]]による維持の組み合わせ。
*[[プロポフォール]]による導入と[[イソフルラン]]による維持
*塩酸[[チレタミン]]と塩酸{{仮リンク|ゾラゼパム|en|Zolazepam}}
*[[チレタミン]]と{{仮リンク|ゾラゼパム|en|Zolazepam}}


野犬捕獲等、野外で使用される塩酸ケタミンの代替薬品の検討のための室内実験において、塩酸ケタミンと[[メデトミジン|塩酸メデトミジン]]の混合注射と同等の効果が、[[キシラジン|塩酸キシラジン]]、塩酸メデトミジン、[[ミダゾラム]]の任意の2種類の組み合わせ得られたという報告がある<ref>松本広典ほか「公衆衛生獣医師領域における塩酸ケタミンの麻薬指定に伴う代替薬品の検討」『獣医畜産新報』1030号、2007年、402-406頁。</ref>。
野犬捕獲等、野外で使用されるケタミンの代替薬品の検討のための室内実験において、[[キシラジン]]、メデトミジン、[[ミダゾラム]]の任意の2種類の組み合わせにより、ケタミンと[[メデトミジン]]の混合注射と同等の効果が得られたという報告がある<ref>松本広典ほか「公衆衛生獣医師領域における塩酸ケタミンの麻薬指定に伴う代替薬品の検討」『獣医畜産新報』1030号、2007年、402-406頁。</ref>。


アメリカではスケジュールIIIであるため、獣医師や保護官などは麻薬免許無しでも取り扱えるので、問題化していない。
アメリカではスケジュールIIIに指定され、獣医師や保護官については麻薬免許無しでも取り扱えるため問題となっていない。

== 統合失調症モデル ==
[[統合失調症]]様の[[実験動物#モデル動物|モデル動物]]を作成する際に用いられる。

== 麻薬として ==
* [[2023年]](令和5年)7月6日、[[埼玉県警察]]薬物銃器対策課と[[久喜警察署]]、[[東京税関]]は、[[ハンガリー]]から約1964グラムのケタミンを国際郵便で密輸した容疑で中国籍の男を逮捕した<ref>{{Cite web |url=https://www.saitama-np.co.jp/articles/35071/postDetail |title=各国発、埼玉経由で…違法薬物輸入の男を再逮捕 |publisher=埼玉新聞 |date=2023-07-06 |accessdate=2023-10-31}}</ref>。
* 2023年(令和5年)[[10月30日]]、[[福岡県警察]]と[[門司税関]]は[[ベトナム]]からケタミン約695グラムを密輸した容疑で[[ベトナム人]]2人を逮捕した<ref>「ケタミン1400万円相当密輸容疑で2人逮捕」『西日本新聞』2023年(令和5年)10月31日朝刊23面</ref>。


==出典==
==出典==
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{{Reflist|2}}


==関連項目==
==関連項目==
*[[メトキセタミン]] - デザイナードラッグ
*[[WHO必須医薬品モデル・リスト]]
*[[亜酸化窒素]](N<sub>2</sub>O)
*[[ジゾシルピン]]
*[[ラニセミン]] - アストラゼネカが抗うつ薬として開発
*[[フェンサイクリジン]]
*[[チレタミン]]
*[[メトキセタミン]]
*[[メマンチン]]
*[[亜酸化窒素]]
*[[鎮静薬]]
*[[幻覚剤]]
*[[解離 (心理学)]]
*[[解離 (心理学)]]
*[[麻酔銃]]


==外部リンク==
==外部リンク==
* [http://www.rxlist.com/ketamine-hydrochloride-drug.htm Ketamine on RxList]
* [http://www.rxlist.com/ketamine-hydrochloride-drug.htm Ketamine on RxList]
* [http://www.justice.gov/dea/druginfo/drug_data_sheets/Ketamine.pdf DEA: Ketamine Fact Sheet]
* [http://www.justice.gov/dea/druginfo/drug_data_sheets/Ketamine.pdf DEA: Ketamine Fact Sheet]
* {{脳科学辞典|ケタミン}}


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2024年11月11日 (月) 06:44時点における最新版

ケタミン
IUPAC命名法による物質名
臨床データ
Drugs.com 患者向け情報(英語)
Consumer Drug Information
ライセンス US FDA:リンク
胎児危険度分類
法的規制
嗜癖傾向 低・穏やか[1]
薬物動態データ
代謝主にCYP3A4による肝臓[2]
作用発現英語版経静脈・筋肉内:5分以内、経口:30分以内
半減期2.5-3時間
作用持続時間1時間以内
排泄腎臓(>90%)、尿
データベースID
CAS番号
6740-88-1 チェック
ATCコード N01AX03 (WHO)
PubChem CID: 3821
IUPHAR/BPS英語版 4233
DrugBank DB01221 チェック
ChemSpider 3689 チェック
UNII 690G0D6V8H チェック
KEGG D08098  チェック
ChEBI CHEBI:6121 チェック
ChEMBL CHEMBL742 チェック
化学的データ
化学式C13H16ClNO
分子量237.725 g/mol
物理的データ
融点262 °C (504 °F)
テンプレートを表示

ケタミン英語: Ketamine)は、アリルシクロヘキシルアミン系解離性麻酔薬である。日本では麻酔薬ケタラール第一三共)として静脈注射剤筋肉注射剤がある。医薬品医療機器等法における 処方箋医薬品劇薬。解離性麻酔薬であるため他の一般的な麻酔薬と比較し、低用量帯では呼吸を抑制しない大きな利点がある(呼吸停止しにくい)。ケタミンは世界保健機関(WHO)による必須医薬品の一覧に加えられている。フェンサイクリジン(PCP)の代用物として合成された[3]。筋肉注射が可能なので、動物の麻酔にもよく使われる。

乱用のため日本では2007年より麻薬及び向精神薬取締法の麻薬に指定されている。2012年の世界保健機関薬物専門委員会は、深刻な乱用がある国でも、他の麻酔薬より使用しやすく安全なため、ヒトや動物の麻酔のために容易に利用できることを確保すべきであるとしている[4]。そのため、向精神薬に関する条約による規制はない。

既存の治療に反応しない治療抵抗性うつ病に対し、投与から2時間での迅速な効果や[5][6]、自殺念慮を大きく軽減する作用が示されている[7]。アメリカの臨床現場でうつ病に対して適応外使用されている[8]。イギリスでは、2014年に難治性のうつ病に対する使用が承認された[9]。これに伴って製薬会社がケタミン様薬物の臨床試験を進めている[8]。ケタミンの 単離した異性体の1つであるS体であるエスケタミン(商品名:スプラバート)が、2019年にアメリカで[10]、また2020年にイギリスで医薬品として重症のうつ病の治療に承認されている。

開発

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1962年、アメリカ合衆国の製薬会社パーク・デービス社によって、同社が開発した麻酔薬のフェンサイクリジン (PCP) の代用物として合成された[3][6]。その後、1963年にアメリカでPCPが麻酔薬として承認されたが、麻酔からの覚醒時に妄想などの副作用が起こるため2年後には人間に使用されなくなり、1969年にその副作用がほとんどないケタミンが「ケタラール」の商品名で承認された[3]。PCPやケタミンのような麻酔薬は、魂が肉体から遊離された感覚を起こす解離性麻酔薬に分類され、その特徴は呼吸器や心臓血管を抑制しない麻酔薬であり、子供に対する麻酔など循環器系の機能低下を防ぐのに適している[3]。(対比する参考記事:プロポフォールによる死亡事故)

化学特性

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常温常圧においては固体で、白い粉末状の物質。融点は314.74度で、融解性である。ギ酸に非常に解けやすく、水、エタノールに解けやすく、また、無水酢酸ジエチルエーテルには殆ど溶けない。注射薬は塩酸塩水溶液でpHは3.5~5.5。

代謝

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半減期はおよそ3時間。持続投与された場合、蓄積はされにくいが、代謝産物にも作用がある。

作用機序

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ケタミンは開口チャネルおよびアロステリック部位の両方に結合し、NMDA型グルタミン酸受容体を阻害すると考えられている[6][11]。中枢神経系のシナプス後膜にあるNMDA受容体に選択的に働き、興奮性神経伝達をブロックする。

S(+)とR(-)立体異性体は、NMDA受容体への結合親和性が異なっており、それぞれKi=3,200nMとKi=1,100nMである[12]ドーパミンD2(High)受容体への結合親和性は、Ki=55nMである[13]

ケタミンはNMDA受容体に拮抗するだけでなく、モノアミントランスポーターを阻害する[14]。このためカテコールアミン遊離作用があり、交感神経を刺激して気管支拡張作用、頻脈、昇圧作用を示す。

催眠状態を誘発して鎮痛や鎮静が得られる他、健忘を起こすことがある[15]

また、神経保護作用が報告されている[16]

依存性

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連用により耐性が形成されるが[4]離脱症状を起こすという証拠はない[4]

精神作用

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医薬品インタビューフォームには、15%前後の者は麻酔からの覚醒時に「夢のような状態・幻覚・興奮・錯乱状態」などの症状が現れると記載されている。通常は数時間で回復するが、24時間以内に再発することもある(フラッシュバック[17]

幻覚剤として知られ乱用が問題となった。ヒトがこの粉末を鼻孔吸入、もしくは経口摂取、静脈注射すると臨死体験などの幻覚作用があるが、悪夢となる場合もある。一時期は、「K」や「スペシャルK」などという隠語で呼ばれ、トランス系の音楽を流すクラブで多く流通したこともある。だが、ケタミンはもともと麻酔薬であり、LSDとは逆に精神を鎮静させるので、テンションを上げたい乱用者の間では不人気であった。

周囲の環境との結びつきを喪失させるような体験を起こし、肉体から離れ魂だけとなり浮遊する感覚、宇宙空間をさまよう、子供時代の記憶の想起などであり、その体験は強烈で現実的なため実際に自分が肉体を離れたと思い続ける傾向にある[3]

平均20日/月以上使用する乱用者では抑うつ状態が増加し、記憶力(短期記憶と視覚的な記憶)低下が見られたが、平均3.25回/月程度の低頻度で使用していた者や過去使用していた者では対照群と差がなかった。一方で、頻度に関わらず使用歴がある者は妄想症状のスコアが対照群よりも高かった[18]

医療用途

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麻酔・鎮痛

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麻酔薬としての用量は1-2mg/kgである[17]

一部の新生児専門家は、脳発育に対する潜在的な有害性がある可能性を懸念しており、ヒト新生児に対する麻酔薬としてのケタミン使用を推奨していない。発育の初期段階における神経変性の変化は、ケタミンと同じ作用機序のNMDA拮抗剤で示されている[19]

多くの麻酔薬が血圧降下作用をもつのに対し、ケタミンでは血圧上昇を伴う。そのため、プロポフォールフェンタニルなどの降圧性麻酔薬と併用することも多い。プロポフォール、ケタミン、フェンタニルを併用する麻酔は、PKF麻酔と呼ばれる。皮膚表面の手術に使用されることが多い。

ケタミンは血圧や呼吸を抑制せず、筋肉注射が可能であることから、静脈注射をしにくい動物用としても重宝されてきた。また、この特性から麻酔銃の麻酔としても用いられてきた。

中枢感作症候群(小さな痛み刺激が長期間継続すると、徐々により大きな痛みとして知覚されるようになる症状。ワインドアップ現象ともいう)を抑制するため、神経因性疼痛などの慢性疼痛の治療における効果が見直されている。

他の解離性麻酔薬と同じように大脳皮質などを抑制し、大脳辺縁系に選択的作用を示すため、その他の麻酔薬のように呼吸を抑制しないが、過量投与や静注速度が早すぎる場合に呼吸抑制が起こり得る。動物実験では、中枢性呼吸麻痺によって死亡することが分かっている[17]

内臓などの体内深部よりも、浅部における麻酔効果が高く、麻酔から覚醒した後も鎮痛作用は持続する。副作用として悪夢を引き起こすことが多いことが知られている他、嘔吐中枢を刺激して嘔吐を誘発する。

気管支拡張作用のため、気管支喘息を持つ患者にも比較的安全に使用できるが、昇圧作用があり頭蓋内圧の上昇[17]や脳血流量の増加[17]が見られるため、脳血管障害虚血性心疾患、高血圧の患者にはあまり使用されない。呼吸抑制作用が弱く、患者は麻酔中でも自発呼吸を行うことが可能だが、分泌物が多くなるほか大量使用時には呼吸抑制が現れるため注意が必要である。

脳圧、眼圧を上昇させるため、脳外科の手術や緑内障患者では使用しにくい。精神的な副作用や脳圧の上昇はベンゾジアゼピンの併用で少なくなるともいわれる[要出典]

抗うつ作用

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日本では麻薬及び向精神薬取締法における麻薬に指定されているため使用に大きな制限があるが、海外ではその限りではない。

ケタミンの抗うつ作用は、正常な被験者に対し精神病をモデル化する目的でケタミンを用いた研究において急速な気分の改善が見られたことで偶然発見されたもので、これが後のうつ病に対する研究につながった[20]。2012年の時点で利用されていた30種類もの抗うつ薬はどれも6週間後に穏やかな効果を示すだけであったが、ケタミンの急速な抗うつ作用という結果は、抗うつ反応の目標を移動させるものであった[21]。ケタミンは、NMDA受容体を遮断することで抗うつ作用を発揮していると考えられているが、他のNMDA受容体遮断薬には抗うつ効果はみられない[22]

2006年のアメリカ国立精神衛生研究所英語版ランダム化比較試験では、治療抵抗性うつに対して効果が見られた。臨床試験により、投与から2時間で効果が現われ、29%が翌日には寛解し、その効果は7-10日間に及ぶなど、速効性があり強力な効果があることが示された[5]。投与1時間で急速に症状が緩和されるが、10-14日後には投与前のような元の症状近くまで戻ってくる[23]

また、自殺念慮についても投与後1時間以内に低下させ、その効果が1週間にわたり継続したとする研究があるが、長期安全性や実際の自殺リスクの低減に関する研究は不足している[7]。投与6週間後まで追跡し、自殺念慮の現象が維持されていたとする研究がある[24]

治療抵抗性の双極性うつ病でも、速攻性・持続性がありかつ強力な抗うつ作用が見られている[25]。慢性的な心的外傷後ストレス障害(PTSD)の抑うつ症状に対して、ケタミンは症状の重症度を速やかに大きく減少させた[26]強迫性障害 (OCD) においても、投与後速やかに抗強迫効果を現して強迫観念を大幅に改善し、それが少なくとも1週間維持された[27]社交不安障害 (SAD) に対しても、2週間に渡って不安が軽減されたとする研究がある[28]

アメリカではケタミンをうつ病に対して適応外使用で用いることも増えている[8][29]他、イギリスでは、2014年4月に治療抵抗性の双極性うつを含むうつ病に対する試験結果を公表し[30]、2014年5月には専門委員会が専門診療所における難治性うつへのケタミンの使用を承認している[9]

2019年、ケタミンの異性体を単離したエスケタミンの点鼻スプレーが、米国FDAによってうつ病の治療薬として承認された[31]

日本における臨床研究

[編集]

杏林大学精神科が2022年3月7日から、「治療抵抗性うつ病におけるケタミン初期治療の実行可能性調査」という研究テーマでうつ病に対するケタミンの臨床研究を開始している[32]。週に2回合計4回静注用ケタミン塩酸塩(試験薬名:ケタラール)(0.5 mg/kg)を混注した生理食塩水50mLを40分間かけて静脈内投与する方法[32]

類似薬の開発

[編集]

ジョンソン・エンド・ジョンソン社は光学異性体のうちS体 (エスケタミン) のみを含有する点鼻薬を開発し、2013年にはアメリカ食品医薬品局(FDA)から治療抵抗性うつ、2016年には自殺念慮を伴う大うつ病性障害に対する「画期的治療薬」の指定を受けた[33]。2019年2月には専門家パネルがFDAに対しエスケタミン点鼻スプレーの承認を勧告した[34]。商品名SPRAVATOとして承認された。治験の際に一部の被験者で鎮静や視覚障害、発話困難、錯乱、麻痺、めまい・失神が見られたことから、投与は医療機関で行い、最低2時間は経過観察するという条件が付された[35]

日本では、千葉大学がケタミンのR体 (アールケタミン)、ヤンセンファーマがエスケタミンを研究している[36]

アメリカのノーレクス社は、2014年12月に、ケタミン様薬剤GLYX-13について、うつ病患者の約半数で症状を改善し、幻覚の副作用もなかったとする臨床試験結果を発表した[8]。スイスのロシュ社も、グルタミン酸経路を標的とするdecoglurantを開発して臨床試験を行っていたが、第II相まで進めたところで期待する効果が得られないとして開発中止された[37][38]。こうした研究の一方で、精神活性作用が弱いとはいえ(既に特許の切れた)ケタミンより、特許が有効で高額なケタミン様物質を用いることには倫理的な問題があるとも指摘されている[8]

薬物依存症の治療

[編集]

2018年にケタミンの薬物依存症治療への応用について、1997年から2018年までの間に実施された7研究に対するシステマティックレビューが行われた。このレビューでは、アルコールやヘロイン、アヘンを含むオピオイドについて断薬率の向上が認められ、うちアルコールとオピオイドについては1回の投与で最大2年間効果が継続したと報告された[39]。いずれの研究も対象群のサイズやランダム性が十分でなかったり、偽薬との比較が行われていなかったりするなど試験としては必ずしも十分ではないものの、ケタミンの薬物依存症に対する有効性や、その適用についてより広範な研究を行う正当性が示唆されると結論づけている。

このレビューに含まれた研究のほかにも、ロシアの精神科医エフゲニー・クルピツキーが20年間にわたりケタミンを用いてアルコール依存症の治療を行ってきた結果、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続できたのに対し、対象群では24%であった[40]などのいくつかの報告がある[41]

副作用

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うつ病に対するケタミン治療による副作用を研究した『ランセット精神医学』のシステマティックレビューがあり、副作用としては頭痛が最多で35%、この他 33%に目眩、28に解離が見られた[42]

健常人を被験者とした偽薬対照に使った二重盲検ランダム化比較試験(RCT)において、用量0.5mg/kgの静脈内投与により統合失調症(陽性症状と陰性症状)と同様の行動が発現し、内因性精神病に類似した症状が誘発されることが示された[43]

動物麻酔の代替品

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日本では麻酔銃に必須だったが、ケタミンが麻薬及び向精神薬取締法における麻薬に指定されたために、有害鳥獣の駆除を目的とした狩猟に支障を来たしている。代替薬の研究が行われ、以下のような代替品が使用されるようになってきているが、ケタミン以上に便利な麻酔薬は見つかっていない。

野犬捕獲等、野外で使用されるケタミンの代替薬品の検討のための室内実験において、キシラジン、メデトミジン、ミダゾラムの任意の2種類の組み合わせにより、ケタミンとメデトミジンの混合注射と同等の効果が得られたという報告がある[44]

アメリカではスケジュールIIIに指定され、獣医師や保護官については麻薬免許無しでも取り扱えるため問題となっていない。

統合失調症モデル

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統合失調症様のモデル動物を作成する際に用いられる。

麻薬として

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出典

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関連項目

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外部リンク

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