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「21世紀の資本」の版間の差分

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{{基礎情報 書籍
『'''21世紀の資本論'''』(21せいきのしほんろん、{{lang-fr-short|''Le Capital au XXIe siecle''}} 、{{lang-en-short|''Capital in the Twenty-First Century''}})は、[[フランス]]の経済学者[[トマ・ピケティ]]の著書。[[2013年]]にフランス語で公刊され、[[2014年]]4月には英語訳版が発売されるや[[Amazon.com]]の売上総合1位に輝くなど大ヒットした<ref>{{Cite news|url=http://www.nikkei.com/money/features/29.aspx?g=DGXNASFZ0800P_14052014K15600|title=「21世紀の資本論」 富裕税巡り米で論戦|newspaper=日本経済新聞|accessdate=2014-05-29}}</ref>。アメリカでは2014年春の発売以降、半年で50万部のベストセラーとなっており、多くの言語で翻訳されている<ref>[http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_1017.html 格差論争 ピケティ教授が語る]NHK NEWS WEB 2014年10月17日</ref>。
| title = 21世紀の資本
| orig_title = Le Capital au XXIe siècle
| image = Le Capital au XXIe siècle.jpg
| image_size = 250px
| image_caption = 原著の表紙
| author = [[トマ・ピケティ]]<ref name="PR"/>
| translator = [[山形浩生]]<ref name="PR"/><br/>[[守岡桜]]<ref name="PR"/><br/>[[森本正史]]<ref name="PR"/>
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| published = {{Flagicon|FRA}} [[2013年]][[8月30日]]<br/>{{Flagicon|USA}} [[2014年]][[4月15日]]<br/>{{Flagicon|JPN}} [[2014年]][[12月8日]]
| publisher = {{Flagicon|FRA}} [[:en:Éditions du Seuil|Seuil]]<br/>{{Flagicon|USA}} [[:en:Belknap Press|Belknap Press]]<br/>{{Flagicon|JPN}} [[みすず書房]]
| genre = [[経済学]]
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| language = [[フランス語]]<ref>[https://kotobank.jp/word/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E8%B3%87%E6%9C%AC%E8%AB%96-896833#E6.9C.9D.E6.97.A5.E6.96.B0.E8.81.9E.E6.8E.B2.E8.BC.89.E3.80.8C.E3.82.AD.E3.83.BC.E3.83.AF.E3.83.BC.E3.83.89.E3.80.8D 朝日新聞掲載「キーワード」] [[コトバンク]]. 2019年1月28日閲覧。</ref>
| type = [[ハードカバー|上製本]]
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『'''21世紀の資本'''』(21せいきのしほん、{{lang-fr-short|Le Capital au XXIe siècle}})とは、[[フランス]]の[[経済学者]]である[[トマ・ピケティ]]の著書。


[[2013年]]に[[フランス語]]で公刊され、[[2014年]]4月には[[英語]]訳版({{lang-en-short|Capital in the Twenty-First Century}})が発売されるや、[[Amazon.com]]の売上総合1位に輝くなど大ヒットした<ref>{{Cite news|url=http://www.nikkei.com/money/features/29.aspx?g=DGXNASFZ0800P_14052014K15600|title=「21世紀の資本論」 富裕税巡り米で論戦|newspaper=日本経済新聞|accessdate=2014-05-29}}</ref>。[[アメリカ合衆国]]では2014年春の発売以降、半年で50万部のベストセラーとなっており、多くの[[言語]]で翻訳されている<ref>[https://web.archive.org/web/20141017063755/http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_1017.html 格差論争 ピケティ教授が語る]NHK NEWS WEB 2014年10月17日(2014年10月17日時点の[[インターネットアーカイブ]])</ref>。2015年1月現在、世界10数カ国で累計100万部を突破し<ref name="toyo2015126">[https://toyokeizai.net/articles/-/58906 ピケティが指摘するアベノミクスの弱点]東洋経済オンライン 2015年1月26日</ref>、世界的なベストセラーとなった<ref>[https://kotobank.jp/word/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E8%B3%87%E6%9C%AC-1717641#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89.E3.83.97.E3.83.A9.E3.82.B9 デジタル大辞泉プラス] [[コトバンク]]. 2019年1月28日閲覧。</ref>。
日本での版権を持つ[[みすず書房]]によれば、日本語版は[[2014年]]12月出版される予定<ref>{{Cite news|url=https://twitter.com/asahi_book/statuses/484608080898838528|title=朝日新聞読書面|newspaper=朝日新聞Twitter|accessdate=2014-07-05}}</ref>。


長期的にみると、[[資本]][[:en:Rate of return|収益率]](r)は[[経済成長率]](g)よりも大きい。資本から得られる収益率が経済成長率を上回れば上回るほど、それだけ富は[[資本家]]へ蓄積される。そして、[[富の再分配|富が公平に再分配]]されないことによって、[[貧困]]が[[社会]]や[[経済]]の不安定を引き起こすということを主題としている。この格差を是正するために、[[累進課税]]の[[富裕税]]を、それも[[世界]]的に導入することを提案している。
== 内容 ==
[[資本主義]]の特徴は一握りの[[資本家]]が多くの資産を蓄えることのできる[[格差社会]]である。資本から得られる収益率が経済成長率を上回れば上回るほど富はより資本家へ蓄積される。そして蓄積された資産は子に相続され、労働者には分配されない。この格差を是正するために[[富裕税]]を、それも世界的に導入しなければならないと主張。ピケティは過去200年以上ものデータを分析し、現代の欧米は「第二の[[ベル・エポック]]」に突入していると指摘する。


[[日本]]での版権を持つ[[みすず書房]]は、[[日本語]]版 (ISBN 978-4-622-07876-0) を[[2014年]](平成26年)[[12月8日]]に出版した<ref name="PR">{{Cite press release |和書 |url=https://www.msz.co.jp/book/detail/07876/ |title=21世紀の資本 |publisher=[[みすず書房]] |accessdate=2014-12-12 }} (2019年1月28日再閲覧)</ref><ref>{{Cite news|url=https://twitter.com/asahi_book/statuses/484608080898838528|title=朝日新聞読書面|newspaper=朝日新聞Twitter|accessdate=2014-07-05}}</ref>。それ以前の紹介では『'''21世紀の資本論'''』(21せいきのしほんろん)と表記したものが多い<ref name="Special library No.273">{{cite journal|和書|title= ピケティ『21世紀の資本』概要と需要、そして環境づくり|author= 山形浩生|journal= 専門図書館|issue= 273|date= 2015-09-25|publisher= 専門図書館協議会|pages= 15-16}}</ref>。2015年1月現在、日本語版は[[定価]]5,500円([[消費税]]別)にもかかわらず、売上部数が13万部に迫っている<ref name="toyo2015126" />。
== 評価 ==
2008年[[ノーベル経済学賞]]を受賞者した[[ポール・クルーグマン]]は「この10年で最も重要な経済書籍」と評価。


[[2019年]]に[[マシュー・メトカルフ]]製作、{{仮リンク|ジャスティン・ペンバートン|en|Justin Pemberton}}監督で映画化された<ref>映画21世紀パンフレット6ページ</ref>。
[[ジョージ・メイソン大学]]教授の[[タイラー・コーエン]]は「資本家を「金利生活者」のように扱っているが、収益を得るための様々なリスクについては触れられていない」と非難している。


== 本書の内容 ==
[[オノレ・ド・バルザック]]や[[ジェーン・オースティン]]の小説が多々引用されており女性の読者や学生からはわかりやすいと評判である。
[[資本主義]]の特徴は、資本の効率的な配分であり、公平な配分を目的としていない。そして、富の不平等は、干渉主義([[富の再分配]])を取り入れることで、解決することができる。これが、本書の主題である<ref name="cooper">{{cite news |author=Ryan Cooper |title=Why everyone is talking about Thomas Piketty's Capital in the Twenty-First Century |url=http://theweek.com/article/index/258666/why-everyone-is-talking-about-thomas-pikettys-capital-in-the-twenty-first-century |newspaper=The Week |location= |publisher= |date=March 25, 2014 |accessdate= }}</ref>。資本主義を作り直さなければ、まさに庶民階級そのものが危うくなるだろう<ref name="cooper"/>。

議論の出発点となるのは、資本収益率(r)と経済成長率(g)の関係式である。rとは、利潤、配当金、利息、貸出料などのように、資本から入ってくる収入のことである。そして、gは、給与所得などによって求められる。

過去200年以上のデータを分析すると、資本収益率(r)は平均で年に5%程度であるが、経済成長率(g)は1%から2%の範囲で収まっていることが明らかになった<ref name="toyokeizai38">[[#週刊東洋経済(2014)|週刊東洋経済(2014)]] p.38</ref>。このことから、[[経済的不平等]]が増していく基本的な力は、{{mvar|r>g}} という不等式にまとめることができる。

すなわち、資産によって得られる富の方が、労働によって得られる富よりも速く蓄積されやすいため、資産金額で見たときに上位10%、1%といった位置にいる人のほうがより裕福になりやすく、結果として格差は拡大しやすい。また、この式から、次のように相続についても分析できる。すなわち、蓄積された資産は、子に相続され、労働者には分配されない。

たとえば、19世紀後半から20世紀初頭にかけての[[ベル・エポック]]の時代は、華やかな時代といわれているが、この時代は資産の9割が相続によるものだった。また、格差は非常に大きく、フランスでは上位1%が6割の資産を所有していた<ref name="toyokeizai38"/><ref>[[#島村(2014)|島村(2014)]] p.91</ref>。

一方で、1930年から1975年のあいだは、いくつかのかなり特殊な環境によって、格差拡大へと向かう流れが引き戻された。特殊な環境とは、つまり2度の[[世界大戦]]や[[世界恐慌]]のことである。そして、こうした出来事によって、特に上流階級が持っていた富が、失われたのである<ref name="Pearlstein">{{cite news |author=Steven Pearlstein |title=‘Capital in the Twenty-first Century’ by Thomas Piketty |url=https://www.washingtonpost.com/opinions/capital-in-the-twenty-first-century-by-thomas-piketty/2014/03/28/ea75727a-a87a-11e3-8599-ce7295b6851c_story.html |newspaper=The Washington Post |location= |publisher= |date=March 28, 2014 |accessdate= }}</ref>。また、戦費を調達するために、[[相続税]]や累進課税の所得税が導入され、富裕層への課税が強化された<ref>[[#中野(2014)|中野(2014)]] pp.147-148</ref><ref>[[#広岡(2014)|広岡(2014)]] pp.236-237</ref>。さらに、[[第二次世界大戦]]後に起こった高度成長の時代も、高い経済成長率(g)によって、相続などによる財産の重要性を減らすことになった<ref name="Pearlstein"/><ref>[[#島村(2014)|島村(2014)]] p.92</ref>。

しかし、1970年代後半からは、富裕層や大企業に対する減税などの政策によって、格差が再び拡大に向かうようになった<ref>[[#中野(2014)|中野(2014)]] p.148</ref><ref>[[#広岡(2014)|広岡(2014)]] p.237</ref>。そしてデータから、現代の欧米は「第二のベル・エポック」に突入し、中産階級は消滅へと向かっていると判断できる<ref name="toyokeizai39">[[#週刊東洋経済(2014)|週刊東洋経済(2014)]] p.39</ref>。

つまり、今日の世界は、経済の大部分を相続による富が握っている「世襲制資本主義」に回帰しており、これらの力は増大して、[[寡頭制]]を生みだす<ref name="Krugman">{{cite news |author=Paul Krugman |title=Wealth Over Work |url=https://www.nytimes.com/2014/03/24/opinion/krugman-wealth-over-work.html |newspaper=The New York Times |location= |publisher= |date=March 23, 2014 |accessdate= }}</ref>。

また、今後は経済成長率が低い世界が予測されるので、資本収益率(r)は引き続き経済成長率(g)を上回る。そのため、何も対策を打たなければ、富の不平等は維持されることになる<ref>[[#ピケティ(2014)|ピケティ(2014)]] p.32</ref>。[[科学技術]]が急速に発達することによって、経済成長率が20世紀のレベルに戻るという考えは受け入れがたい。我々は「[[技術]]の気まぐれ」に身を委ねるべきではない<ref name="Pearlstein"/>。

不平等を和らげるには、最高税率年2%の[[累進課税]]による[[財産税]]を導入し、最高80%の累進[[所得税]]と組み合わせればよい<ref name="Pearlstein"/>。その際、[[富裕層]]が資産を[[タックス・ヘイヴン]]のような場所に移動することを防ぐため、この税に関して[[国家]]間の[[国際条約]]を締結する必要がある。しかし、このような[[世界]]的な課税は、夢想的なアイディアであり、実現は難しい<ref name="toyokeizai39"/>。

== 特徴 ==
フランス語版は、総ページ数950ページ以上、厚さ44[[ミリメートル]]という大部である。英語版は、活字を小さくするなどの変更を施したが、それでもページ数は700ページ近くになる<ref name="hirooka232">[[#広岡(2014)|広岡(2014)]] p.232</ref>。

特徴的なのは、200年以上の膨大な資産や所得の[[データ]]を積み上げて分析したことで、それが本書を長大なものにしている<ref name="hirose128">[[#広瀬(2014)|広瀬(2014)]] p.128</ref><ref name="yamagata">{{Cite web|和書|date=2014-07-11 |url=https://cruel.hatenablog.com/entry/20140711/1405091495 |title=ピケティ『21世紀の資本』:せかすから、頑張って急ぐけれど、君たちちゃんと買って読むんだろうねえ…… |accessdate=2014-10-19}}</ref>。ピケティは、この[[ビッグデータ]]を収集、分析するのに15年の歳月を費やした<ref name="hirose128"/><ref>[[#ピケティ(2014)|ピケティ(2014)]] p.31</ref>。[[ローレンス・サマーズ]]は、「この[[統計]]データだけで、[[ノーベル賞]]に値する」と述べている<ref name="hirose129">[[#広瀬(2014)|広瀬(2014)]] p.129</ref>。使用された全てのデータ・グラフ・表は、[[ウェブサイト]]で公開されており、フランス語・英語・日本語で参照できる<ref name="Special library No.273" />。

内容面での特徴としては『[[アメリカン・ドリーム]]の否定』が挙げられる。すなわち、[[アメリカ合衆国]]では、生まれが貧しくても努力することで、出世し裕福になれると信じられていたが、ピケティは、現在のアメリカ合衆国は他国と比べてそのような流動性は高くないことを実証した。さらに、大学への入学においても、両親の経済力が大いに物を言うことを指摘している<ref>[[#広岡(2014)|広岡(2014)]] pp.232-233</ref><ref>[[#カッツ(2014)|カッツ(2014)]] pp.44-45</ref>。

さらに、ピケティは、[[サイモン・クズネッツ]]の仮説『[[クズネッツ曲線]]』をも否定している。クズネッツの仮説とは、クズネッツ曲線で「逆U字型仮説」と呼ばれるもので、「資本主義経済では経済成長の初期には格差が拡大するが、その後格差は縮小に向かう」という仮説である。実際、クズネッツがこの仮説を発表した1955年の時点では、格差は縮小していた。しかし、ピケティは、1980年代になると格差が再び拡大していることを示した。ピケティは、クズネッツの仮説について「[[冷戦]]時代に[[共産主義]]に対抗するために作られたものにすぎない」と述べている<ref>[[#広岡(2014)|広岡(2014)]] p.233</ref><ref name="toyokeizai38"/>。

一般的な経済論文とは異なり、この本には、[[数式]]は殆ど登場しない<ref name="hirose129"/>。代わりに、[[オノレ・ド・バルザック]]、[[ジェーン・オースティン]]、[[ヘンリー・ジェイムズ]]の[[小説]]などを[[引用]]して、[[19世紀]]初期の[[イギリス]]や[[フランス]]に存在した、相続財産によって固定された階級を説明している<ref name="Pearlstein"/><ref>[[#トッド(2014)|トッド(2014)]] p.242</ref>。たとえば、バルザックの『[[ゴリオ爺さん]]』では、登場人物が、[[裁判官]]や[[弁護士]]、[[検事]]として働くのと、[[銀行家]]の娘と[[結婚]]するのとでは、どちらが早く富を得られるかについて語る場面を紹介している。そしてピケティは、その時代の歴史データを分析し、銀行家と結婚した方が、早く富を得られることを実証している<ref>[[#ピケティ(2014)|ピケティ(2014)]] p.34</ref>。

『21世紀の資本論』という書名は、[[カール・マルクス]]の『[[資本論]]』を思い起こさせる。実際、[[ビジネスウィーク]]誌での特集の書き出しは、「一匹の妖怪が、[[ヨーロッパ]]と[[アメリカ合衆国|アメリカ]]を徘徊している。富裕層という妖怪が」という、マルクスの『[[共産党宣言]]』を意識した記述で始まっており<ref name="yamai48">[[#山井(2014)|山井(2014)]] p.48</ref>、ピケティを批判する人の中には、彼を[[共産主義]]者だと言う声もある<ref>[[#山井(2014)|山井(2014)]] p.49</ref><ref>[[#広岡(2014)|広岡(2014)]] p.234</ref><ref>[[#カッツ(2014)|カッツ(2014)]] p.44</ref><ref>{{Cite web|和書|author=ポール・クルーグマン |date=2014-05-19 |url=https://gendai.media/articles/-/39245 |title=「ピケティ・パニック」---格差問題の言及者に「マルクス主義」のレッテルを貼る保守派はこれにまっとうに対抗できるのか? |publisher=講談社 |accessdate=2014-10-21 |ref=クルーグマン(2014 現代ビジネス) }}</ref>。しかし、ピケティは『[[ニュー・リパブリック]]』誌とのインタビューにおいて、『資本論』は難解であまり影響を受けていないと述べており<ref>{{Cite journal |first=Isaac |last=Chotiner |date=2014-05-06 |url=https://newrepublic.com/article/117655/thomas-piketty-interview-economist-discusses-his-distaste-marx |title=Thomas Piketty: I Don't Care for Marx: An interview with the left's rock star economist|journal=The New Republic |accessdate=2020-08-27 }}{{Cite web|和書|author=齋藤精一郎 |date=2014-05-20 |url=http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20140519/397924/?ST=business&P=2 |title=ピケティ『21世紀の資本論』はなぜ論争を呼んでいるのか |publisher=日経BP社 |accessdate=2014-10-21 |ref=齋藤(2014) }}。ただし、ピケティは著作のなかで『資本論』を引用しており、この発言はアメリカにおける批判に対する自己防衛に過ぎないとの指摘もある({{Cite journal |first=John B. |last=Judis |date=2014-05-07 |url=https://newrepublic.com/article/117673/piketty-read-marx-doesnt-make-him-marx |title=Thomas Piketty Is Pulling Your Leg: He clearly read Karl Marx. But don't call him a Marxist.|journal=The New Republic |accessdate=2020-08-27}})</ref>、[[資本主義]]も否定していない<ref>[[#ピケティ(2014)|ピケティ(2014)]] pp.35-36</ref>。

== 出版と当初の反応 ==
2013年8月に、[[フランス]]で最初に出版されたときは、あまり注目されていなかった<ref name="yamai48"/><ref name="piketty37">[[#ピケティ(2014)|ピケティ(2014)]] p.37</ref>。しかし、発売後は1週間で6,000部を売り上げた<ref name="hirooka232"/>。ローラン・モデュイは「政治的思想的[[ブルドーザー]]」と喩え<ref>Laurent Mauduit, ‘Piketty ausculte le capitalisme, ses contradictions et ses violentes inégalités,’ Mediapart, 03 Septembre 2013: ‘un bulldozer théorique et politique’</ref><ref name="Edsall" >Thomas B. Edsall, [https://www.nytimes.com/2014/01/29/opinion/capitalism-vs-democracy.html 'Capitalism vs.Democracy.'] New York Times, 28 January 2014.</ref>、週刊誌{{仮リンク|レクスプレス|en|L'Express (France)}}は「経済問題はフランス人を熱中させる」と報じた<ref name="hirooka232"/>。

本書の主題がニュースとして英語圏に広がると、『エコノミスト』は「権威ある」と称して歓迎した<ref name = "The Economist1">[http://www.economist.com/news/finance-and-economics/21592635-revisiting-old-argument-about-impact-capitalism-all-men-are-created ‘All men are created unequal: revisiting an old argument about the impact of capitalism,’] The Economist, 4 January, 2014.</ref>。[[ポール・クルーグマン]]は本書を「画期的」と呼び<ref name = "Krugman1" > Paul Krugman. [https://www.nytimes.com/2014/03/28/opinion/krugman-americas-taxation-tradition.html America’s Taxation Tradition,’ ] in New York Times, 27 March 2014 .</ref>、元[[世界銀行]]のリードエコノミストである{{仮リンク|ブランコ・ミラノヴィッチ|en|Branko Milanović}}は、「経済の考えにおいて分岐点となる本の1つ」ととらえた<ref name="Cassidy" > John Cassidy,
[http://www.newyorker.com/arts/critics/books/2014/03/31/140331crbo_books_cassidy ‘Forces of Divergence:Is surging inequality endemic to capitalism?,’ ] in The New Yorker, 31 March, 2014</ref>。

フランス語版の書評が、広く興奮を引き起こしたのに応えて、英語への翻訳は急ピッチで進められ、[[ハーバード大学]]出版は発売日を前倒しし、2014年5月とした。[[アメリカ合衆国]]ではその日、本書は一夜にしてスターになり<ref name = "The Economist2"> [http://www.economist.com/news/leaders/21601512-thomas-pikettys-blockbuster-book-great-piece-scholarship-poor-guide-policy&rct=j&frm=1&q=&esrc=s 'Thomas Piketty’s blockbuster book is a great piece of scholarship, but a poor guide to policy,'] Economist 3 May 2014.</ref>、[[マイケル・ルイス]]の『{{仮リンク|フラッシュ・ボーイズ|en|Flash Boys}}』から全米ベストセラーリスト1位の座を奪い取った<ref> John Lanchester [http://www.lrb.co.uk/v36/n11/john-lanchester/scalpers-inc ‘Flash Boys’] in London Review of Books Vol. 36 No. 11, 5 June 2014 pages 7-9 </ref>。同年、[[ステファニー・ケルトン]]は「ピケティ現象」について語り<ref name="Moore" >Heidi Moore, [http://www.theguardian.com/money/2014/sep/21/-sp-thomas-piketty-bestseller-why 'Why is Thomas Piketty's 700-page book a bestseller?,'] The Guardian 21 September 2014-09-21</ref>、[[ドイツ]]でも、ピケティに関する書籍が3冊出版された<ref>Heinz-J. Bontrup, [http://www.labournet.de/wp-content/uploads/2014/06/piketty_bontrup2.pdf ''Pikettys Krisen-Analyse. Warum die Reichen immer reicher und die Armen immer ärmer werden,''] pad-verlag. Bergkamen 2014, ISBN 978-3-88515-260-6.</ref><ref>Albert F. Reiterer, [http://www.labournet.de/wp-content/uploads/2014/06/piketty_reiterer2.pdf ''Der Piketty-Hype – "The great U-Turn". Piketty's Kapital und die neoliberale Vermögenskonzentration'',] pad-Verlag, Bergkamen 2014, ISBN 978-3-88515-259-0.</ref><ref>Stephan Kaufmann, Ingo Stützle, [http://www.bertz-fischer.de/product_info.php%3FcPath%3D1_33%26products_id%3D447&rct=j&frm=1&q=&esrc=s ''Kapitalismus: Die ersten 200 Jahre. Thomas Pikettys "Das Kapital im 21. Jahrhundert": Einführung, Debatte, Kritik'',] Bertz + Fischer Verlag, Berlin 2014, ISBN 978-3-86505-730-3.</ref>。今後、31の言語への翻訳が予定されている<ref name="piketty37"/>。

== 評価 ==
[[ノーベル経済学賞]]受賞者の[[ポール・クルーグマン]]は本書を「素晴らしい」「不平等についての考え方を一新するもの」<!-- 原文:magnificent, sweeping meditation on inequality --><ref name="gilded age">Paul Krugman (May 8, 2014). [http://www.nybooks.com/articles/archives/2014/may/08/thomas-piketty-new-gilded-age/ Why We’re in a New Gilded Age]. ''New York Review of Books.'' Retrieved April 14, 2014.</ref>さらには「今年、そしておそらくこの10年間で最も重要な経済書」と称している<ref name="Krugman"/>。彼は本書を、ベストセラーになった他の経済書と比較して、「重大で、これまでとは異なる研究方法」で成り立っている点が異なるとしている<ref>Paul Krugman (April 24, 2014). [https://www.nytimes.com/2014/04/25/opinion/krugman-the-piketty-panic.html?hp&rref=opinion&_r=0 The Piketty Panic]. ''The New York Times.'' Retrieved April 26, 2014</ref>。また、次のようにも述べている。
{{Quotation|富や収入が、少数の人の手に集まっていることが、中央政府の課題として再び問題視される様になってきたとき、ピケティは歴史的に見て、一体どんなおかしなことが起きているかについて、資料を出して教えてくれるだけではない。彼はまた、不平等問題、すなわち平等な経済成長、資本家と労働者の所得の分配、個々人の間での富と収入の分配、といった「問題の統一的な理論」となるものをも提示しているのだ。

『21世紀の資本』は、あらゆる面でとてつもなく重要である。ピケティは、我々の経済言説を変えてしまった。我々はもはや、かつてのような切り口で、富や不平等について語ることなど決してないであろう<ref name="gilded age"/>。|ポール・クルーグマン}}

ノーベル経済学賞の受賞歴がある[[ロバート・ソロー]]は、
{{Quotation|ピケティは、古い主題に対して新しく力強い貢献をした。それは、利益率が経済成長率を上回っている限り、金持ちの収入と富は、普通に働いている人の収入よりも増加しやすいということである。|ロバート・ソロー}}
と評している<ref>Robert M. Solow. [http://www.newrepublic.com/article/117429/capital-twenty-first-century-thomas-piketty-reviewed Thomas Piketty Is Right]. ''The New Republic.''</ref>。

フランスの歴史学者・政治学者の[[エマニュエル・トッド]]は本書を「傑作」と呼び、「経済学にとっても、地球社会の発展にとっても影響力の大きい本」と評している<ref>Emmanuel Todd (September 14, 2013). [http://www.marianne.net/Piketty-decrypte-le-come-back-des-heritiers_a231808.html Piketty décrypte le come-back des héritiers]. ''Marianne.''</ref>。また、ピケティについて、「[[アナール学派]]を代表する最良の歴史家として記憶されるだろう」と評価している<ref>[[#トッド(2014)|トッド(2014)]] pp.241-242</ref>。

[[ジョセフ・スティグリッツ]]は、格差は資本主義固有の問題だという見方は本書の表面的な評価に過ぎないとして、それに加えて、本書について格差が拡大したことについての制度的な分析という点から評価を加えている<ref>{{Cite web|和書|author=ジョセフ・スティグリッツ |date=2014-08-25|url=https://gendai.media/articles/-/40123|title=格差は必然的なものではない|publisher=講談社|accessdate=2014-10-23|ref=スティグリッツ(2014 現代ビジネス) }}</ref>。

[[ローレンス・サマーズ]]は、ピケティが集計した統計については評価したが、一方で、ピケティは資本から得られる見返りが減少することについて過小評価していると批判している。すなわち、サマーズの考えによれば、資本を増やすことによって得られる利益は少なくなってゆくものであるから([[収穫逓減|収穫逓減の法則]])、不平等の拡大には上限があるということになる。さらにサマーズは、ピケティのもう1つの仮定にも疑問を投げかけている。それは、利益の多くは再投資に回るというものである。貯蓄率が低下することになるため、これに関しても社会的には不平等の上限というものが存在することになる<ref>{{cite news|url=http://www.theatlantic.com/business/archive/2014/05/thomas-piketty-is-right-about-the-past-and-wrong-about-the-future/370994/|title=Thomas Piketty Is Right About the Past and Wrong About the Future|date=May 16, 2014|work=The Atlantic|last=Summers|first=Lawrence}}</ref>。

また、サマーズは、1982年におけるアメリカの富裕者上位に名を連ねていた400人のうち、2012年にもその地位を維持していたのはわずか10人に1人だった事も指摘している。富裕者層の財産は増加していない。さらに、富裕者上位1%の収入は現在大半が給与所得であり、資本から得られる収入ではない。他の多くの経済評論家は上位1%の収入の増加をグローバリゼーションと技術革新で説明している<ref name=ls>[http://www.democracyjournal.org/32/the-inequality-puzzle.php The Inequality Puzzle], Lawrence H. Summers, Democracy Journal, Issue #33, Summer 2014.</ref><ref>[[#広瀬(2014)|広瀬(2014)]] p.130</ref>。

[[マルクス主義|マルクス主義者]]であり[[批判地理学]]の研究者である[[デヴィッド・ハーヴェイ]]は、「自由市場型資本主義(free market capitalism)によって皆が豊かになった、それは個人の自由と権利を守る偉大な防波堤だ、などという広くいわれている見解」を本書が覆したという面では評価しているが、他の面に関しては総じて批判的である。ピケティの「資本」(Capital)の定義について、ハーヴェイは次のように記している。
{{Quotation|ピケティは資本(capital)というものを、個人、企業、政府が所有するあらゆる資産(asset)からなるストックと定義しており、そして、それが使用されようと使用されまいと、市場で取引することができるものと定義している。

これには土地、不動産、知的財産権、そして私〔ハーヴェイ〕の〔所有する〕アートや宝石類のコレクションが含まれている。

これらすべてのものの価値を決定するのは複雑で難しい問題であり、解決策において合意は存在しない。
|デヴィッド・ハーヴェイ}}

ハーヴェイは、ピケティの「不平等を是正するための提案は、空想的とまでは言わないにせよ、考えが甘い。しかもピケティは、21世紀における資本についての実用的なモデルというものを少しも作りだしていない。だから我々にはまだマルクスか、あるいはその現代版が必要なのだ」と述べている。ハーヴェイはピケティがマルクスの『資本論』を読まずに退けていることを批判している。また、ピケティの考え方の根底には[[新古典派経済学]]があることを指摘している{{efn|ピケティは左派からの批判を受けてインタビューでは自分は新古典派理論を信じていないと述べている:「私は基礎的な新古典派モデルを信じていません。しかし、世界がそのような仕組みで動けば、すべてが上手くいくと信じている人々に応答するために使用する大事な言語だと思っています。」<!-- 原文:I do not believe in the basic neoclassical model. But I think it is a language that is important to use in order to respond to those who believe that if the world worked that way everything would be fine. --><ref>Antoine Dolcerocca & Gokhan Terzioglu (Jan 2015). [https://web.archive.org/web/20160326004821/http://www.potemkinreview.com/pikettyinterview.html Interview: Thomas Piketty Responds to Criticisms from the Left], ''Potemkin Review.''</ref>}}<ref>David Harvey (May 20, 2014). [https://davidharvey.org/2014/05/afterthoughts-pikettys-capital/ Afterthoughts on Piketty’s Capital]. ''Reading Marx's Capital with David Harvey.'' Retrieved March 4, 2022.</ref>。(実際、ピケティは本書の中で{{仮リンク|ケンブリッジ資本論争|en|Cambridge_capital_controversy}}について言及し、[[ジョーン・ロビンソン|J. ロビンソン]]、[[ニコラス・カルドア|カルドア]]たち[[ポスト・ケインズ派経済学|ポスト・ケインズ派]]側ではなく、新古典派側に軍配を上げている{{Sfn|石塚|2015|pp=18-19}}。)

[[ジョージ・メイソン大学]]教授の[[タイラー・コーエン]]は「資本家を『金利生活者』のように扱っているが、収益を得るための様々なリスクについては触れられていない」と非難している<ref>[[#コーエン(2014)|コーエン(2014)]] p.18</ref>。

格差の拡大を解消するための財産税(富裕税)については、ピケティ自身も実現の可能性はないと述べているが、批判が多い。[[アラン・グリーンスパン]]は、「それは資本主義のやり方ではない」と述べ<ref>[[#グリーンスパン(2014)|グリーンスパン(2014)]] p.14</ref>、タイラー・コーエンも、この税を導入すれば政治や経済が不安定になると述べている<ref>[[#コーエン(2014)|コーエン(2014)]] p.22</ref>。コロンビア大学教授のウォジシェック・コップザックとエコノミストのアリソン・シュレージャーは、富裕者は資産をオフショアの[[タックス・ヘイヴン]]に移動することもできることを指摘し、また、富裕層はいろいろな手法を使って、他の人々よりも多くの投資配当を得ることが多いので、富裕税は格差の縮小につながらす、また、格差を縮小したいのであれば、富よりも資本所得に課税する方が好ましいとしている<ref>[[#コップザック、シュレージャー(2014)|コップザック、シュレージャー(2014)]] pp.25-26</ref>。

日本語版の翻訳を担当している[[山形浩生]]は、本書に書かれている内容はとても単純なことだが、それをデータで裏付けできるようにしたことが優れていると評している<ref name="yamagata"/>。

[[中野剛志]]は、本書の主張は欧米などで主流の「[[新自由主義]]を支持する人々」にとって、不都合な内容であると指摘している<ref>[[#中野(2014)|中野(2014)]] pp.145-146</ref>。そのため、こうした内容の本がアメリカ合衆国で「ベストセラーになること」は驚くべき現象であって、アメリカ合衆国において30年以上続いた[[新保守主義 (アメリカ合衆国)|新保守主義]]の支配が終わりを迎えようとしていることを意味すると述べている<ref>[[#中野(2014)|中野(2014)]] pp.146,151-152</ref>。

岩井克人([[東京大学]]名誉教授)は、著書「経済学の宇宙」(2015年)で「21世紀の資本」には誤りがあるが、詳細は後日論じるとしていた。具体的な説明は、[[日本経済新聞]]「経済教室」(2016年8月9日火曜日)に掲載された。
{{Quotation|私はピケティ氏の仕事を尊敬しているが、以上(ピケティ氏)の議論には誤りがあると思う。資本の成長率は{{mvar|r}}ではなく、貯蓄率{{mvar|s}}をかけた「{{mvar|s×r}}」であるから、{{mvar|r>g}}ではなく、{{mvar|s×r>g}}という不等式が成り立つことが、資本家に所得や富が集中する条件であるが、実際には、{{mvar|s×r<g}}であり、条件を満たさない。|岩井克人}}
としている。

== データエラー問題 ==
2014年5月23日、[[フィナンシャル・タイムズ]]の経済記者であるクリス・ジャイルズは、ピケティのデータの中で、特に「富の不平等が[[1970年代]]以降拡大している」という箇所に「説明できないエラー」を確認したと発表した<ref>Chris Giles (May 23, 2014). [http://www.ft.com/intl/cms/s/0/c9ce1a54-e281-11e3-89fd-00144feabdc0.html Thomas Piketty’s exhaustive inequality data turn out to be flawed]. ''Financial Times.'' Retrieved May 23, 2014.</ref><ref>Mark Gongloff (May 23, 2014). [https://www.huffpost.com/entry/piketty-data-flaw_n_5380947 Thomas Piketty's Inequality Data Contains 'Unexplained' Errors: FT]. ''The Huffington Post.'' Retrieved May 23, 2014.</ref><ref>Kevin Drum (May 23, 2014). [http://www.motherjones.com/kevin-drum/2014/05/chris-giles-challenges-thomas-pikettys-data-analysis Chris Giles Challenges Thomas Piketty's Data Analysis]. ''Mother Jones.'' Retrieved May 23, 2014.</ref><ref>{{cite web |first=Neil |last=Irwin |url=https://www.nytimes.com/2014/05/24/upshot/did-piketty-get-his-math-wrong.html |title=Did Thomas Piketty Get His Math Wrong? |work=The New York Times |date=May 23, 2014 |accessdate=May 25, 2014}}</ref><ref>{{cite web |first=Jamie |last=Doward |title=Thomas Piketty's economic data 'came out of thin air' |url=http://www.theguardian.com/business/2014/may/24/thomas-picketty-economics-data-errors |work=The Guardian |date=May 24, 2014 |accessdate=May 25, 2014}}</ref>。

{{Quotation|ここ数週間のベストセラーリストを席巻しているピケティ教授の577ページからなる本は、土台となるデータに、彼の研究結果をゆがめることになる幾つかの誤りが含まれている。フィナンシャル・タイムズは、ピケティの集計表に誤りと説明のつかない入力内容を発見した。これは昨年名声を損ねることになった[[カーメン・ラインハート]]と[[ケネス・ロゴフ]]による公的債務と成長率に関する論文<ref group="注釈">ラインハートとロゴフは、国家債務がGDPの90%を上回るとGDP成長率は低下するという論文を2010年に発表した。この論文はしばしば緊縮財政を主張する根拠として使用されていたが、2013年、この論文のデータには誤りがあることが明らかになった([https://gendai.media/articles/-/35572][https://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYE93H04720130418/])。</ref>と似たような事例である。

ピケティ教授の本で書かれている主要テーマは、富の不平等が「[[第一次世界大戦]]前の水準まで上昇する」ということである。今回の調査は、この主張の価値を低下させることになる。というのも、この調査で、ピケティ論文の参照元には、富の総量が増えた分の分け前は「少数の金持ちの手に渡る」という彼の主張を裏付ける証拠が、殆ど書かれていないことが分かったからである<ref>{{cite web |first=Jordan |last=Weissmann |title=Financial Times: Piketty’s Data Is Full of Errors |url=http://www.slate.com/blogs/moneybox/2014/05/23/financial_times_on_piketty_his_data_is_wrong.html |work=Slate |date=May 23, 2014 |accessdate=May 25, 2014}}</ref>。|フィナンシャル・タイムズ}}

ピケティは自分の研究結果は正しいと反論し、そして、その後の研究でも「富の不平等が拡大している」という自分の結論は裏付けられている(ピケティは[[エマニュエル・サエズ]]と{{仮リンク|ガブリエル・ザックマン|de|Gabriel Zucman}}による発表[http://gabriel-zucman.eu/files/SaezZucman2014Slides.pdf The Distribution of US Wealth, Capital Income and Returns since 1913]を引いている)、実際問題として、アメリカ合衆国では、本に書いた以上の不平等の拡大が見られていると主張した<ref>Thomas Piketty (May 23, 2014). [http://blogs.ft.com/money-supply/2014/05/23/piketty-response-to-ft-data-concerns/ Piketty response to FT data concerns]. ''[[Financial Times]].'' May 23, 2014</ref>。

[[フランス通信社]]のインタビューでは、フィナンシャル・タイムズの記事を「真実味の無い批判」と責め、同紙について、「[[馬鹿]]げたものだ。この時代に生きる全ての人が、巨大な財産が益々大きくなっている事に気付いているというのに」と述べている<ref name="JenniferRankin">Jennifer Rankin (May 26, 2014). [http://www.theguardian.com/business/2014/may/26/thomas-piketty-financial-times-dishonest-criticism-economics-book-inequality Thomas Piketty accuses Financial Times of dishonest criticism]. ''The Guardian.'' Retrieved May 26, 2014.</ref>。

フィナンシャル・タイムズの告発は各紙で広く取り上げられた。幾つかの記事では、フィナンシャル・タイムズは事を大げさに述べていると報じた。例えば、フィナンシャル・タイムズの姉妹誌である[[エコノミスト]]は次のように書いている。

{{Quotation|ジャイルズ氏の分析には心動かされるものがある。この先、ジャイルズ氏、ピケティ氏、あるいは他の誰かによる追加調査で、間違いがあったかどうか、どのようにしてこれを発表するに到ったのか、効果は何なのかをはっきりさせることを強く望む。ジャイルズ氏が提供した資料を見る限りでは、しかし、資料はフィナンシャル・タイムズによる主張の多くを支持しているようには思えないし、『21世紀の資本』における議論が間違いだと結論付けられるとも思えない<ref>{{cite web |last=R.A. |url=http://www.economist.com/blogs/freeexchange/2014/05/inequality-0 |work=The Economist |title=A Piketty problem? |date=May 24, 2014 |accessdate=May 25, 2014}}</ref>。|エコノミスト}}

ピケティは1つ1つの反証を{{PDFlink|[http://piketty.pse.ens.fr/files/capital21c/en/Piketty2014TechnicalAppendixResponsetoFT.pdf ウェブサイト]}}で公開している<ref>Ryan Grim (May 29, 2014). [https://www.huffpost.com/entry/thomas-piketty-response_n_5412036 Thomas Piketty Rebuts FT Charges: 'Criticism For The Sake Of Criticism']. ''The Huffington Post.'' Retrieved May 29, 2014.</ref>。

日本語版の翻訳を担当している[[山形浩生]]は、フィナンシャル・タイムズの批判は、税務に基づくデータに最近だけは自主申告の家計サーベイデータを繋ぐという手法を使っており、種類の違うデータを繋ぐというやり方がそもそも問題で、家計サーベイのデータはみんな過少申告するのが通例であてにならない。このメインの批判が論破されてしまったので、このフィナンシャル・タイムズによる批判はほぼ総崩れで、もはや批判として紹介するにも値しない、と述べている<ref>[https://cruel.hatenablog.com/entry/20150127/1422336759 山形浩生の「経済のトリセツ」 2015年01月27日 読売新聞のピケティ話] 2015年02月03日閲覧 </ref>。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
=== 注釈 ===
<references group="注釈"/>
=== 参照元 ===
{{脚注ヘルプ}}
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{{Reflist}}<!--注:新しい注をつける場合はここに書き加えるのではなく、本文中に<ref>と</ref>で囲んで挿入すること -->
{{Reflist|2}}<!--注:新しい注をつける場合はここに書き加えるのではなく、本文中に<ref>と</ref>で囲んで挿入すること -->

== 参考文献 ==
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|ref=島村(2014)}}
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|url=https://www.senshu-u.ac.jp/~off1009/PDF/150320-geppo621/smr621.pdf
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|ref={{SfnRef|石塚|2015}}}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[資本論]]
* [[資本論]]
* [[金ぴか時代]]
* [[金ぴか時代]]
* [[ウォール街を占拠せよ]]
* [[タックス・ヘイヴン]] - [[パナマ文書]]

== 外部リンク ==
*[http://www.seuil.com/livre-9782021082289.htm Le Capital au XXIe siècle] 仏語原書
**[http://piketty.pse.ens.fr/en/capital21c Thomas Piketty - capital21c]
<!--
**[https://cruel.org/books/capital21c/index.html ピケティ『21世紀の資本』オンラインページ]
**[http://piketty.pse.ens.fr/en/capital21c2 Thomas Piketty - capital21cen]
-->
*[https://www.msz.co.jp/book/detail/07876/ 21世紀の資本] 日本語訳書
**[https://cruel.org/books/capital21c/jindex.html Piketty "Capital in the 21st Century" Japanese Errata]
*[http://www.hup.harvard.edu/catalog.php?isbn=9780674430006 Capital in the Twenty-First Century] 英語訳書
*[https://toyokeizai.net/articles/-/43050 「21世紀の資本論」が問う、中間層への警告 日本に広がる貧困の芽とは何か] - 東洋経済ONLINE(2014年07月21日)
*[https://toyokeizai.net/articles/-/56137 トマ・ピケティ「21世紀の資本」が指摘したこと なぜ1%への富の集中が加速するのか] - 東洋経済ONLINE(2014年12月19日)
*[https://diamond.jp/articles/-/207229 3分でわかる! ピケティ『21世紀の資本』] - ダイヤモンドオンライン(2019年8月2日)


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2024年12月5日 (木) 00:13時点における最新版

21世紀の資本
Le Capital au XXIe siècle
原著の表紙
原著の表紙
著者 トマ・ピケティ[1]
訳者 山形浩生[1]
守岡桜[1]
森本正史[1]
発行日 フランスの旗 2013年8月30日
アメリカ合衆国の旗 2014年4月15日
日本の旗 2014年12月8日
発行元 フランスの旗 Seuil
アメリカ合衆国の旗 Belknap Press
日本の旗 みすず書房
ジャンル 経済学
フランスの旗 フランス
言語 フランス語[2]
形態 上製本
ページ数 728(日本語版)
公式サイト www.msz.co.jp
コード ISBN 978-4-622-07876-0
ISBN 978-2-021-08228-9(原書)
ウィキポータル 経済学
ウィキポータル フランス
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21世紀の資本』(21せいきのしほん、: Le Capital au XXIe siècle)とは、フランス経済学者であるトマ・ピケティの著書。

2013年フランス語で公刊され、2014年4月には英語訳版(: Capital in the Twenty-First Century)が発売されるや、Amazon.comの売上総合1位に輝くなど大ヒットした[3]アメリカ合衆国では2014年春の発売以降、半年で50万部のベストセラーとなっており、多くの言語で翻訳されている[4]。2015年1月現在、世界10数カ国で累計100万部を突破し[5]、世界的なベストセラーとなった[6]

長期的にみると、資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも大きい。資本から得られる収益率が経済成長率を上回れば上回るほど、それだけ富は資本家へ蓄積される。そして、富が公平に再分配されないことによって、貧困社会経済の不安定を引き起こすということを主題としている。この格差を是正するために、累進課税富裕税を、それも世界的に導入することを提案している。

日本での版権を持つみすず書房は、日本語版 (ISBN 978-4-622-07876-0) を2014年(平成26年)12月8日に出版した[1][7]。それ以前の紹介では『21世紀の資本論』(21せいきのしほんろん)と表記したものが多い[8]。2015年1月現在、日本語版は定価5,500円(消費税別)にもかかわらず、売上部数が13万部に迫っている[5]

2019年マシュー・メトカルフ製作、ジャスティン・ペンバートン英語版監督で映画化された[9]

本書の内容

[編集]

資本主義の特徴は、資本の効率的な配分であり、公平な配分を目的としていない。そして、富の不平等は、干渉主義(富の再分配)を取り入れることで、解決することができる。これが、本書の主題である[10]。資本主義を作り直さなければ、まさに庶民階級そのものが危うくなるだろう[10]

議論の出発点となるのは、資本収益率(r)と経済成長率(g)の関係式である。rとは、利潤、配当金、利息、貸出料などのように、資本から入ってくる収入のことである。そして、gは、給与所得などによって求められる。

過去200年以上のデータを分析すると、資本収益率(r)は平均で年に5%程度であるが、経済成長率(g)は1%から2%の範囲で収まっていることが明らかになった[11]。このことから、経済的不平等が増していく基本的な力は、r>g という不等式にまとめることができる。

すなわち、資産によって得られる富の方が、労働によって得られる富よりも速く蓄積されやすいため、資産金額で見たときに上位10%、1%といった位置にいる人のほうがより裕福になりやすく、結果として格差は拡大しやすい。また、この式から、次のように相続についても分析できる。すなわち、蓄積された資産は、子に相続され、労働者には分配されない。

たとえば、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのベル・エポックの時代は、華やかな時代といわれているが、この時代は資産の9割が相続によるものだった。また、格差は非常に大きく、フランスでは上位1%が6割の資産を所有していた[11][12]

一方で、1930年から1975年のあいだは、いくつかのかなり特殊な環境によって、格差拡大へと向かう流れが引き戻された。特殊な環境とは、つまり2度の世界大戦世界恐慌のことである。そして、こうした出来事によって、特に上流階級が持っていた富が、失われたのである[13]。また、戦費を調達するために、相続税や累進課税の所得税が導入され、富裕層への課税が強化された[14][15]。さらに、第二次世界大戦後に起こった高度成長の時代も、高い経済成長率(g)によって、相続などによる財産の重要性を減らすことになった[13][16]

しかし、1970年代後半からは、富裕層や大企業に対する減税などの政策によって、格差が再び拡大に向かうようになった[17][18]。そしてデータから、現代の欧米は「第二のベル・エポック」に突入し、中産階級は消滅へと向かっていると判断できる[19]

つまり、今日の世界は、経済の大部分を相続による富が握っている「世襲制資本主義」に回帰しており、これらの力は増大して、寡頭制を生みだす[20]

また、今後は経済成長率が低い世界が予測されるので、資本収益率(r)は引き続き経済成長率(g)を上回る。そのため、何も対策を打たなければ、富の不平等は維持されることになる[21]科学技術が急速に発達することによって、経済成長率が20世紀のレベルに戻るという考えは受け入れがたい。我々は「技術の気まぐれ」に身を委ねるべきではない[13]

不平等を和らげるには、最高税率年2%の累進課税による財産税を導入し、最高80%の累進所得税と組み合わせればよい[13]。その際、富裕層が資産をタックス・ヘイヴンのような場所に移動することを防ぐため、この税に関して国家間の国際条約を締結する必要がある。しかし、このような世界的な課税は、夢想的なアイディアであり、実現は難しい[19]

特徴

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フランス語版は、総ページ数950ページ以上、厚さ44ミリメートルという大部である。英語版は、活字を小さくするなどの変更を施したが、それでもページ数は700ページ近くになる[22]

特徴的なのは、200年以上の膨大な資産や所得のデータを積み上げて分析したことで、それが本書を長大なものにしている[23][24]。ピケティは、このビッグデータを収集、分析するのに15年の歳月を費やした[23][25]ローレンス・サマーズは、「この統計データだけで、ノーベル賞に値する」と述べている[26]。使用された全てのデータ・グラフ・表は、ウェブサイトで公開されており、フランス語・英語・日本語で参照できる[8]

内容面での特徴としては『アメリカン・ドリームの否定』が挙げられる。すなわち、アメリカ合衆国では、生まれが貧しくても努力することで、出世し裕福になれると信じられていたが、ピケティは、現在のアメリカ合衆国は他国と比べてそのような流動性は高くないことを実証した。さらに、大学への入学においても、両親の経済力が大いに物を言うことを指摘している[27][28]

さらに、ピケティは、サイモン・クズネッツの仮説『クズネッツ曲線』をも否定している。クズネッツの仮説とは、クズネッツ曲線で「逆U字型仮説」と呼ばれるもので、「資本主義経済では経済成長の初期には格差が拡大するが、その後格差は縮小に向かう」という仮説である。実際、クズネッツがこの仮説を発表した1955年の時点では、格差は縮小していた。しかし、ピケティは、1980年代になると格差が再び拡大していることを示した。ピケティは、クズネッツの仮説について「冷戦時代に共産主義に対抗するために作られたものにすぎない」と述べている[29][11]

一般的な経済論文とは異なり、この本には、数式は殆ど登場しない[26]。代わりに、オノレ・ド・バルザックジェーン・オースティンヘンリー・ジェイムズ小説などを引用して、19世紀初期のイギリスフランスに存在した、相続財産によって固定された階級を説明している[13][30]。たとえば、バルザックの『ゴリオ爺さん』では、登場人物が、裁判官弁護士検事として働くのと、銀行家の娘と結婚するのとでは、どちらが早く富を得られるかについて語る場面を紹介している。そしてピケティは、その時代の歴史データを分析し、銀行家と結婚した方が、早く富を得られることを実証している[31]

『21世紀の資本論』という書名は、カール・マルクスの『資本論』を思い起こさせる。実際、ビジネスウィーク誌での特集の書き出しは、「一匹の妖怪が、ヨーロッパアメリカを徘徊している。富裕層という妖怪が」という、マルクスの『共産党宣言』を意識した記述で始まっており[32]、ピケティを批判する人の中には、彼を共産主義者だと言う声もある[33][34][35][36]。しかし、ピケティは『ニュー・リパブリック』誌とのインタビューにおいて、『資本論』は難解であまり影響を受けていないと述べており[37]資本主義も否定していない[38]

出版と当初の反応

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2013年8月に、フランスで最初に出版されたときは、あまり注目されていなかった[32][39]。しかし、発売後は1週間で6,000部を売り上げた[22]。ローラン・モデュイは「政治的思想的ブルドーザー」と喩え[40][41]、週刊誌レクスプレス英語版は「経済問題はフランス人を熱中させる」と報じた[22]

本書の主題がニュースとして英語圏に広がると、『エコノミスト』は「権威ある」と称して歓迎した[42]ポール・クルーグマンは本書を「画期的」と呼び[43]、元世界銀行のリードエコノミストであるブランコ・ミラノヴィッチ英語版は、「経済の考えにおいて分岐点となる本の1つ」ととらえた[44]

フランス語版の書評が、広く興奮を引き起こしたのに応えて、英語への翻訳は急ピッチで進められ、ハーバード大学出版は発売日を前倒しし、2014年5月とした。アメリカ合衆国ではその日、本書は一夜にしてスターになり[45]マイケル・ルイスの『フラッシュ・ボーイズ英語版』から全米ベストセラーリスト1位の座を奪い取った[46]。同年、ステファニー・ケルトンは「ピケティ現象」について語り[47]ドイツでも、ピケティに関する書籍が3冊出版された[48][49][50]。今後、31の言語への翻訳が予定されている[39]

評価

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ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンは本書を「素晴らしい」「不平等についての考え方を一新するもの」[51]さらには「今年、そしておそらくこの10年間で最も重要な経済書」と称している[20]。彼は本書を、ベストセラーになった他の経済書と比較して、「重大で、これまでとは異なる研究方法」で成り立っている点が異なるとしている[52]。また、次のようにも述べている。

富や収入が、少数の人の手に集まっていることが、中央政府の課題として再び問題視される様になってきたとき、ピケティは歴史的に見て、一体どんなおかしなことが起きているかについて、資料を出して教えてくれるだけではない。彼はまた、不平等問題、すなわち平等な経済成長、資本家と労働者の所得の分配、個々人の間での富と収入の分配、といった「問題の統一的な理論」となるものをも提示しているのだ。 『21世紀の資本』は、あらゆる面でとてつもなく重要である。ピケティは、我々の経済言説を変えてしまった。我々はもはや、かつてのような切り口で、富や不平等について語ることなど決してないであろう[51] — ポール・クルーグマン

ノーベル経済学賞の受賞歴があるロバート・ソローは、

ピケティは、古い主題に対して新しく力強い貢献をした。それは、利益率が経済成長率を上回っている限り、金持ちの収入と富は、普通に働いている人の収入よりも増加しやすいということである。 — ロバート・ソロー

と評している[53]

フランスの歴史学者・政治学者のエマニュエル・トッドは本書を「傑作」と呼び、「経済学にとっても、地球社会の発展にとっても影響力の大きい本」と評している[54]。また、ピケティについて、「アナール学派を代表する最良の歴史家として記憶されるだろう」と評価している[55]

ジョセフ・スティグリッツは、格差は資本主義固有の問題だという見方は本書の表面的な評価に過ぎないとして、それに加えて、本書について格差が拡大したことについての制度的な分析という点から評価を加えている[56]

ローレンス・サマーズは、ピケティが集計した統計については評価したが、一方で、ピケティは資本から得られる見返りが減少することについて過小評価していると批判している。すなわち、サマーズの考えによれば、資本を増やすことによって得られる利益は少なくなってゆくものであるから(収穫逓減の法則)、不平等の拡大には上限があるということになる。さらにサマーズは、ピケティのもう1つの仮定にも疑問を投げかけている。それは、利益の多くは再投資に回るというものである。貯蓄率が低下することになるため、これに関しても社会的には不平等の上限というものが存在することになる[57]

また、サマーズは、1982年におけるアメリカの富裕者上位に名を連ねていた400人のうち、2012年にもその地位を維持していたのはわずか10人に1人だった事も指摘している。富裕者層の財産は増加していない。さらに、富裕者上位1%の収入は現在大半が給与所得であり、資本から得られる収入ではない。他の多くの経済評論家は上位1%の収入の増加をグローバリゼーションと技術革新で説明している[58][59]

マルクス主義者であり批判地理学の研究者であるデヴィッド・ハーヴェイは、「自由市場型資本主義(free market capitalism)によって皆が豊かになった、それは個人の自由と権利を守る偉大な防波堤だ、などという広くいわれている見解」を本書が覆したという面では評価しているが、他の面に関しては総じて批判的である。ピケティの「資本」(Capital)の定義について、ハーヴェイは次のように記している。

ピケティは資本(capital)というものを、個人、企業、政府が所有するあらゆる資産(asset)からなるストックと定義しており、そして、それが使用されようと使用されまいと、市場で取引することができるものと定義している。

これには土地、不動産、知的財産権、そして私〔ハーヴェイ〕の〔所有する〕アートや宝石類のコレクションが含まれている。

これらすべてのものの価値を決定するのは複雑で難しい問題であり、解決策において合意は存在しない。

— デヴィッド・ハーヴェイ

ハーヴェイは、ピケティの「不平等を是正するための提案は、空想的とまでは言わないにせよ、考えが甘い。しかもピケティは、21世紀における資本についての実用的なモデルというものを少しも作りだしていない。だから我々にはまだマルクスか、あるいはその現代版が必要なのだ」と述べている。ハーヴェイはピケティがマルクスの『資本論』を読まずに退けていることを批判している。また、ピケティの考え方の根底には新古典派経済学があることを指摘している[注釈 1][61]。(実際、ピケティは本書の中でケンブリッジ資本論争英語版について言及し、J. ロビンソンカルドアたちポスト・ケインズ派側ではなく、新古典派側に軍配を上げている[62]。)

ジョージ・メイソン大学教授のタイラー・コーエンは「資本家を『金利生活者』のように扱っているが、収益を得るための様々なリスクについては触れられていない」と非難している[63]

格差の拡大を解消するための財産税(富裕税)については、ピケティ自身も実現の可能性はないと述べているが、批判が多い。アラン・グリーンスパンは、「それは資本主義のやり方ではない」と述べ[64]、タイラー・コーエンも、この税を導入すれば政治や経済が不安定になると述べている[65]。コロンビア大学教授のウォジシェック・コップザックとエコノミストのアリソン・シュレージャーは、富裕者は資産をオフショアのタックス・ヘイヴンに移動することもできることを指摘し、また、富裕層はいろいろな手法を使って、他の人々よりも多くの投資配当を得ることが多いので、富裕税は格差の縮小につながらす、また、格差を縮小したいのであれば、富よりも資本所得に課税する方が好ましいとしている[66]

日本語版の翻訳を担当している山形浩生は、本書に書かれている内容はとても単純なことだが、それをデータで裏付けできるようにしたことが優れていると評している[24]

中野剛志は、本書の主張は欧米などで主流の「新自由主義を支持する人々」にとって、不都合な内容であると指摘している[67]。そのため、こうした内容の本がアメリカ合衆国で「ベストセラーになること」は驚くべき現象であって、アメリカ合衆国において30年以上続いた新保守主義の支配が終わりを迎えようとしていることを意味すると述べている[68]

岩井克人(東京大学名誉教授)は、著書「経済学の宇宙」(2015年)で「21世紀の資本」には誤りがあるが、詳細は後日論じるとしていた。具体的な説明は、日本経済新聞「経済教室」(2016年8月9日火曜日)に掲載された。

私はピケティ氏の仕事を尊敬しているが、以上(ピケティ氏)の議論には誤りがあると思う。資本の成長率はではなく、貯蓄率をかけた「s×r」であるから、r>gではなく、s×r>gという不等式が成り立つことが、資本家に所得や富が集中する条件であるが、実際には、s×r<gであり、条件を満たさない。 — 岩井克人

としている。

データエラー問題

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2014年5月23日、フィナンシャル・タイムズの経済記者であるクリス・ジャイルズは、ピケティのデータの中で、特に「富の不平等が1970年代以降拡大している」という箇所に「説明できないエラー」を確認したと発表した[69][70][71][72][73]

ここ数週間のベストセラーリストを席巻しているピケティ教授の577ページからなる本は、土台となるデータに、彼の研究結果をゆがめることになる幾つかの誤りが含まれている。フィナンシャル・タイムズは、ピケティの集計表に誤りと説明のつかない入力内容を発見した。これは昨年名声を損ねることになったカーメン・ラインハートケネス・ロゴフによる公的債務と成長率に関する論文[注釈 2]と似たような事例である。 ピケティ教授の本で書かれている主要テーマは、富の不平等が「第一次世界大戦前の水準まで上昇する」ということである。今回の調査は、この主張の価値を低下させることになる。というのも、この調査で、ピケティ論文の参照元には、富の総量が増えた分の分け前は「少数の金持ちの手に渡る」という彼の主張を裏付ける証拠が、殆ど書かれていないことが分かったからである[74] — フィナンシャル・タイムズ

ピケティは自分の研究結果は正しいと反論し、そして、その後の研究でも「富の不平等が拡大している」という自分の結論は裏付けられている(ピケティはエマニュエル・サエズガブリエル・ザックマンドイツ語版による発表The Distribution of US Wealth, Capital Income and Returns since 1913を引いている)、実際問題として、アメリカ合衆国では、本に書いた以上の不平等の拡大が見られていると主張した[75]

フランス通信社のインタビューでは、フィナンシャル・タイムズの記事を「真実味の無い批判」と責め、同紙について、「馬鹿げたものだ。この時代に生きる全ての人が、巨大な財産が益々大きくなっている事に気付いているというのに」と述べている[76]

フィナンシャル・タイムズの告発は各紙で広く取り上げられた。幾つかの記事では、フィナンシャル・タイムズは事を大げさに述べていると報じた。例えば、フィナンシャル・タイムズの姉妹誌であるエコノミストは次のように書いている。

ジャイルズ氏の分析には心動かされるものがある。この先、ジャイルズ氏、ピケティ氏、あるいは他の誰かによる追加調査で、間違いがあったかどうか、どのようにしてこれを発表するに到ったのか、効果は何なのかをはっきりさせることを強く望む。ジャイルズ氏が提供した資料を見る限りでは、しかし、資料はフィナンシャル・タイムズによる主張の多くを支持しているようには思えないし、『21世紀の資本』における議論が間違いだと結論付けられるとも思えない[77] — エコノミスト

ピケティは1つ1つの反証をウェブサイト (PDF) で公開している[78]

日本語版の翻訳を担当している山形浩生は、フィナンシャル・タイムズの批判は、税務に基づくデータに最近だけは自主申告の家計サーベイデータを繋ぐという手法を使っており、種類の違うデータを繋ぐというやり方がそもそも問題で、家計サーベイのデータはみんな過少申告するのが通例であてにならない。このメインの批判が論破されてしまったので、このフィナンシャル・タイムズによる批判はほぼ総崩れで、もはや批判として紹介するにも値しない、と述べている[79]

脚注

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注釈

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  1. ^ ピケティは左派からの批判を受けてインタビューでは自分は新古典派理論を信じていないと述べている:「私は基礎的な新古典派モデルを信じていません。しかし、世界がそのような仕組みで動けば、すべてが上手くいくと信じている人々に応答するために使用する大事な言語だと思っています。」[60]
  2. ^ ラインハートとロゴフは、国家債務がGDPの90%を上回るとGDP成長率は低下するという論文を2010年に発表した。この論文はしばしば緊縮財政を主張する根拠として使用されていたが、2013年、この論文のデータには誤りがあることが明らかになった([1][2])。

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  • 島村力「アメリカ二一世紀の『資本』論争 : トマ・ピケティの挑戦」『海外事情』第62巻第9号、拓殖大学海外事情研究所、2014年9月、pp.85-101、ISSN 0453-0950 
  • 「特集 21世紀の資本論 : ピケティは問う あなたはいつまで中間層か」『週刊東洋経済』第6540巻、東洋経済新報社、2014年7月、pp.467-491、ISSN 0918-5755 
    • トマ・ピケティ「格差の現実を直視せよ:『21世紀の資本論』著者 トマ・ピケティ独占インタビュー」。 
    • 「5分で読んだ気になる! 『21世紀の資本論』3つのポイント」。 
    • 池田信夫「もっと理解するための視点 成長理論で読み解く 富める者がますます富む構造」。 
    • リチャード・カッツ「米国はなぜピケティに熱狂するのか」。 
  • エマニュエル・トッド「トマ・ピケティ 鮮やかな「歴史家」の誕生」『文藝春秋special』第8巻第3号、文藝春秋、2014年、pp.240-245。 
  • 中野剛志「「21世紀の資本論」新自由主義への警告」『文藝春秋』第92巻第12号、文藝春秋、2014年10月、pp.144-152。 
  • 広岡裕児「オバマも注目『21世紀の資本論』が米国で40万部も売れた理由」『文藝春秋special』第8巻第3号、文藝春秋、2014年、pp.232-239。 
  • 広瀬英治「『21世紀の資本論』が米国で読まれる理由』」『中央公論』第129巻第8号、中央公論新社、2014年8月、pp.126-131、ISSN 0529-6838 
  • 「特集 先進国経済と資本主義の未来」『フォーリン・アフェアーズ・ジャパン』第2014巻第6号、フォーリン・アフェアーズ・ジャパン、2014年6月、pp.6-26、ISSN 1883-7093 
    • アラン・グリーンスパン「CFR Meeting 世界経済の現状をどうみるか : アラン・グリーンスパンとの対話」。 
    • タイラー・コーエン「21世紀の資本主義を考える : 富に対するグローバルな課税?」。 
    • ウォジシェック・コップザック、アリソン・シュレージャー「不平等という幻想:なぜ富裕税は機能しないか」。 
  • 山井俊「経済学に事件『21世紀の資本論』 資本と格差とシリコンバレーと」『ニューリーダー』第27巻第7号、はあと出版、2014年7月、pp.48-51。 
  • 石塚良次「資本とは何か:トマ・ピケティ『21世紀の資本』を読む」『専修大学社会科学研究所月報』第621巻、専修大学社会科学研究所、2015年3月、pp.1-37。 

関連項目

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外部リンク

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