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{{出典の明記|date=2012年7月}} |
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{{otheruses|漫画などの一ジャンルであるスポ'''根'''|その他の用法|スポコン}} |
{{otheruses|漫画などの一ジャンルであるスポ'''根'''|その他の用法|スポコン}} |
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'''スポ根'''(スポこん)とは、「'''[[スポーツ]]'''」と「'''[[根性]]'''」を合成した語で、日本の[[漫画]]、[[アニメ]]、[[ドラマ]]におけるジャンルの一つ。このジャンルの作品を「スポ根漫画」「スポ根アニメ」「スポ根ドラマ」と呼ぶ。 |
'''スポ根'''(スポこん)とは、「'''[[スポーツ]]'''」と「'''[[機根|根性]]'''」を合成した「スポーツ根性もの」の略語<ref name="大衆文化事典">{{Cite book|和書 |author=[[石川弘義]] |title=大衆文化事典 |publisher=[[弘文堂]] |year=1991 |page=416-417 |isbn=4-335-55046-4 }}</ref><ref name="戦後史大事典">{{Cite book|和書 |author=[[佐々木毅]]、[[鶴見俊輔]]、[[富永健一]] |title=戦後史大事典 1945-2004 |publisher=[[三省堂]] |year=2005 |page=490-491 |isbn=4-385-15433-3 }}</ref>で、[[日本]]の[[漫画]]、[[アニメ]]、[[ドラマ]]におけるジャンルの一つである。このジャンルの作品を「スポ根漫画」「スポ根アニメ」「スポ根ドラマ」と呼ぶ。 |
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== 概要 == |
== 概要 == |
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=== 背景 === |
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スポ根は[[スポーツ漫画]]の一種であるが、その中でも、努力と根性でひたむきにスポーツに取り組みあらゆる艱難辛苦を乗り越えて選手としての能力向上への努力を続けるその過程を、試合結果の勝利以上に価値のある美しいものと位置づけ、これを主眼に描く作品ジャンルのことをいう。 |
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{{main|精神論|根性論}} |
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「[[機根|根性]]」とは元々は仏教用語で「その人が生まれながらに持ち合わせる性質」を意味する言葉だが<ref name="森田130">[[#森田 2011|森田 2011]]、130頁</ref>、日本のスポーツ界において「困難な状況にあっても屈することなく物事をやり通す意思や精神力」を意味する言葉として用いられてきた<ref name="森田129">[[#森田 2011|森田 2011]]、129頁</ref>。肯定的な用法には「根性で勝ち取った」、否定的な用法には「根性が足りない」「根性を鍛えなおす」などがある<ref name="スポーツ学のみかた94-96">{{Cite book|和書 |author=猪俣公宏 |chapter=トレーニング最前線1 メンタルトレーニング|title=スポーツ学のみかた |publisher=[[朝日新聞社]] |year=1997 |page=94-96 |isbn=978-4022740731 }}</ref>。 |
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日本には[[明治時代]]から欧米発祥の様々なスポーツが輸入されてきたが社会的交流の手段としての側面に関心は払われず、技術向上と勝利の追求のみに関心が払われた<ref name="スポーツ学のみかた130-131">{{Cite book|和書 |author=中村敏雄 |chapter=スポーツワンダーランド1 日本人のスポーツ観|title=スポーツ学のみかた |publisher=朝日新聞社 |year=1997 |page=130-131 |isbn=978-4022740731 }}</ref>。それらを実現するための指導法と強化体制の確立が重視されてきたが<ref name="スポーツ学のみかた130-131"/>、その中で登場したのが「根性」という言葉だった。精神に訴えかける言葉自体は[[第二次世界大戦]]後に非科学的として敬遠されていたが<ref name="web R25">{{cite web |url=http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/rxr_detail/?id=20080918-90005063-r25 |title=1968年に「スポ根漫画」が続々と生まれた背景とは? |publisher=web R25 |date=2008年9月18日 |accessdate=2013年8月25日}}</ref>、[[1964年]]に行われた[[東京オリンピック]]において[[バレーボール全日本女子]]を率いた[[大松博文]]やレスリング日本代表を率いた[[八田一朗]]が精神論を前面に出した厳格な練習方法を導入して成果を挙げた<ref name="web R25"/><ref name="Number Web">{{cite web |url=http://number.bunshun.jp/articles/-/14242 |title=日本レスリング界に息づく、「八田イズム」とは何か。|publisher=Number Web : ナンバー |date=2008年9月18日 |accessdate=2013年8月25日}}</ref>。大松や八田の影響により厳しさに耐え抜き努力する姿勢を尊ぶ風潮が生まれ、スポーツ界のみならず一般社会においても「根性」という言葉が普及するに至った<ref name="web R25"/>。 |
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[[1960年代]]から[[1970年代]]に隆盛した[[劇画]]の影響を受けて大流行した。主人公と仲間はどんな困難や逆境にも耐えて練習に明け暮れ、努力で最後にはライバルから勝利を掴み取る。ただし、この種の漫画では努力と根性こそが至上であり、勝利は結果に付随する要素でしかなく、勝利が努力を超越することがないというのも大きな特徴といえる。 |
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一方、「根性」という言葉は時には競技に関わる上での動機づけ、厳しい練習に耐えうる忍耐力、試合に挑む上での集中力の意味で用いられるなど抽象的かつ多義的なものであった<ref name="スポーツ学のみかた94-96"/><ref name="最新スポーツ科学事典">{{Cite book|和書|author=[[日本体育学会]] |title=最新スポーツ科学事典|publisher=[[平凡社]] |year=2006|isbn=978-4582135015 |page=199-200}}</ref>。スポーツ分野において精神的要素は不可欠なもので競技のレベルが高くなるほど勝敗や記録に影響を及ぼす傾向があるものの十分な科学的検証がなされてこなかったが<ref name="最新スポーツ科学事典"/>、[[1990年代]]頃から選手が競技の場において最高の状態で能力を発揮するための自己管理を目的としたメンタルトレーニングの研究開発が行われている<ref name="最新スポーツ科学事典"/>。 |
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主に取り上げられる対象は、“'''血と汗と泥にまみれて自己を鍛え上げ、泣きながらも全てを犠牲にして'''<ref>英語にも“sweat, blood, tears and mad”という同様の言い回しが存在する</ref>'''練習に打ち込みひたすら努力を続ければいつか必ず大きな大会'''([[日本選手権]]、著名な国際大会、[[世界選手権]]、[[近代オリンピック|オリンピック]])'''で勝利を掴める'''”という日本人好みの情に訴える筋で描きやすい、[[野球]]・[[サッカー]]・[[ラグビー]](古くは[[バレーボール]]や[[テニス]]も)・[[柔道]]・[[レスリング]]・[[相撲]]など[[球技]]・[[武道]]・[[格闘技]]に限られる。 |
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=== 定義 === |
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狭義のスポ根とは、[[1960年代]]から[[1970年代]]の日本の[[高度経済成長|高度経済成長期]]に一般大衆の人気を獲得したジャンルであり<ref name="大衆文化事典"/>、[[メキシコシティオリンピック|メキシコ五輪]]が開催された[[1968年]]前後に人気のピークを迎えた<ref name="大衆文化事典"/>。定義としては以下のものが挙げられる。 |
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[[1945年]]夏に[[太平洋戦争]]が“[[日本の降伏]]”で終結し、荒廃した日本の復興に国民は力を注いだ。その復興中の日本に[[1953年]]、全く新しいメディアである[[テレビ]](テレビ放送)が登場する。[[街頭テレビ]]が中心のテレビ放送初期に於いて[[プロレス]]・[[ボクシング|プロボクシング]]・[[プロ野球]]などの[[スポーツ中継]]は、荒廃から立ち上がる日本と重ね合わせて国民の間で熱狂的に受け入れられ、この時期に困難に立ち向かい努力を積み重ねることの美徳が「'''根性'''」や「'''努力'''」といったキーワードとなって形成された。 |
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{{Quotation| |
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# 努力型の主人公と天才型のライバルの対比<ref name="大衆文化事典"/><ref name="現代風俗史年表">{{Cite book|和書 |author=世相風俗観察会編 |title=現代風俗史年表 |publisher=[[河出書房新社]] |year=1999 |page=211 |isbn=4-309-22308-7 }}</ref> |
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# 血のにじむ様な特訓を繰り返し、その成果として人間離れした必殺技を生み出す<ref name="大衆文化事典"/><ref name="現代風俗史年表"/> |
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# 努力型主人公の最終的な勝利<ref name="大衆文化事典"/><ref name="現代風俗史年表"/> |
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主人公が努力と根性でひたむきに競技に取り組み、特訓を重ね、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて成長を遂げてライバルとの勝負に打ち勝っていくのだが<ref name="東京20130506">{{Cite book|和書 |chapter=絶滅危惧ものがたり 5 スポ根漫画 |title=[[東京新聞]] |volume=2013年5月6日 11版 20面}}</ref>、主人公が背負った苦労を強調させるために、スポーツ選手としての天性の素質を持ち容易く主人公を打ち破ることが出来るライバルの存在は必須であり、[[貧困|貧困層]]出身の主人公に対し[[富裕層]]出身のライバル、といった対比構図も盛り込まれた<ref name="井上、菊130">[[#井上、菊 2012|井上、菊 2012]]、130"頁</ref>。こうした弱者が強者に努力と根性で立ち向かうストーリー構成は高度成長期に一般大衆が抱いていた「欧米諸国に追いつき追い越せ」という価値観と一致するものであり<ref name="大衆文化事典"/><ref name="東京20130506"/>、当時の読者に支持をされた<ref name="大衆文化事典"/>。 |
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広義のスポ根とは、「スポーツに熱中して取り組む青春物語<ref>{{cite web |url=http://www.asahi.com/edu/suisogaku/contest/TKY201009250240.html |title=(オトコン・上)ソロ支えた親友の音 千葉・千城台高校吹奏楽 - 教育 |publisher=asahi.com |date=2010年8月16日 |accessdate=2013年6月8日}}</ref>」や「友情・努力・勝利<ref>{{cite web |url=http://mantan-web.jp/2013/06/09/20130609dog00m200039000c.html |title=ガルパン:3分で分かる人気の理由 |publisher=MANTANWEB(まんたんウェブ) |date=2013年6月09日 |accessdate=2013年8月31日}}</ref>」とされるなど多様である。なかには「スポ根風青春コメディ」「スポ根コメディ」などの言葉で紹介されている作品もあるが<ref>{{cite web |url=http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011072701090.html |title=音楽と文学の対位法 著・青柳いづみこ |publisher=BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト |date=2006年11月19日 |accessdate=2013年6月8日}}</ref><ref>{{cite web |url=http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK201006110059.html |title=貴乃花親方が佐々木希と“土俵”で共演 |publisher=asahi.com |date=2010年6月11日 |accessdate=2013年6月8日}}</ref>、本記事では狭義のスポ根作品について紹介する。 |
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戦後日本の復興の総決算を象徴する国家的イベントとなった[[1964年]]の[[東京オリンピック]]の成功を受けて、日本国民の多くがスポーツイベントに関心を寄せるようになり、とりわけ戦後の[[ベビーブーム]]により増加した若年層(いわゆる[[団塊の世代]])に「スポ根」は漫画文化と共に一気に浸透した。その後も「欧米に追いつき追い越せ」という国家的スローガンがあったこともあり、団塊の世代以降にも「スポ根」は受け入れられ[[高度経済成長期]]の60年代後半から70年代にかけて一大ブームとなり、スポーツもの以外でも『[[アテンションプリーズ]]』([[1970年]])の様な、主に女性向けの職業根性もの製作され、コメディ作品でも『[[ど根性ガエル]]』(1970年 - [[1976年]])や『[[がんばれ!!ロボコン]]』([[1974年]] - [[1977年]])などの派生作品も生まれた。 |
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== 歴史 == |
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=== 梶原一騎とスポ根 === |
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=== 前史 === |
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「スポ根」を語る上で避けては通れない存在が[[漫画原作者]]'''[[梶原一騎]]'''であり、[[1960年代]]後半から1970年代までの梶原の全盛期は「スポ根」の全盛期とも重なる。 |
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[[1952年]]に[[福井英一]]の柔道漫画『[[イガグリくん]]』が『[[冒険王 (漫画雑誌)|冒険王]]』で連載された。柔道だけでなく[[異種格闘技戦]]の要素も含んだこの作品は熱血スポーツ漫画のルーツとも呼ばれ、後の作品群に影響を与えることになった<ref name="池田45">[[#池田 2003|池田 2003]]、45頁</ref>。『イガグリくん』のキャラクター設定や必殺技を擁した対決シーンは、[[貝塚ひろし]]の野球漫画『[[くりくり投手]]』へと引き継がれ、これ以降のスポーツ漫画における定石となった<ref name="池田45"/>。『くりくり投手』では『イガグリくん』の手法を更に極端化し、必殺技を身に付けるための過激な特訓の描写も登場した<ref>[[#池田 2003|池田 2003]]、46頁</ref>。 |
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[[1961年]]に『[[週刊少年マガジン]]』では野球漫画『[[ちかいの魔球]]』(原作:[[福本和也]]、作画:[[ちばてつや]])が連載された。この作品では実在のプロ野球の世界と必殺技の要素を併せた内容となり<ref name="池田47">[[#池田 2003|池田 2003]]、47頁</ref>、後に同誌で連載された『[[黒い秘密兵器]]』(原作:福本和也、作画:[[一峰大二]])や『[[巨人の星]]』へと踏襲された<ref name="池田47"/>。 |
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梶原の作品表現の手段として根幹を成すものが「スポ根」であり、梶原原作の『[[巨人の星]]』、『[[あしたのジョー]]』の2作品は『[[週刊少年マガジン]]』の発行部数を飛躍的に向上させ、少年誌をそれまでの単純な子供向け雑誌から脱皮させ青年期以降の世代にまで購買層を拡大させた。 |
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=== 誕生と発展 === |
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梶原の作品には「貧困層」と「富裕層」という対比の構造がしばしば描かれ、スポーツという舞台で貧困層出身の主人公が様々な困難や差別と闘いながら究極の達成感を勝ち得るという「スポ根」のパターンを定着させた。立身出世ストーリーともいえるが、主人公がこの境地に至るには悲劇的あるいは破滅的な代償を払うことが多く「サクセスストーリー」と「悲劇」が混在するのが梶原作品の特徴である。 |
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[[ファイル:Musashi ts pic.jpg|180px|thumb|「スポ根」の誕生には[[吉川英治]]の小説『[[宮本武蔵 (小説)|宮本武蔵]]』が影響を与えている。図は[[歌川国芳]]作『報讐忠孝伝 宮本武蔵』。]] |
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一般的に「スポ根」の発祥となった作品や元祖と呼ばれる作品は『週刊少年マガジン』で[[1965年]]から[[1971年]]にかけて連載された『巨人の星』(原作:[[梶原一騎]]、作画:[[川崎のぼる]])である<ref name="大衆文化事典"/><ref name="斉藤40">[[#斉藤 2011|斉藤 2011]]、40頁</ref><ref name="夏目6">[[#夏目 1991|夏目 1991]]、6頁</ref>。この作品は[[1930年代]]に人気を獲得した[[吉川英治]]の小説『[[宮本武蔵 (小説)|宮本武蔵]]』のような、一つの道を究めライバルとの対決に打ち勝っていく人物を主人公とする構想をもつ編集部と<ref name="宮原219">[[#宮原 2005|宮原 2005]]、219頁</ref>、[[アレクサンドル・デュマ・ペール]]の小説『[[モンテ・クリスト伯]]』のような悲劇的な運命を背負った人物を主人公とする構想を持つ梶原とが結びついたことにより誕生した<ref name="宮原219"/>。これらの要素に1960年代に社会問題となっていた苛烈な[[入学試験|受験競争]]を後押しする[[教育ママ]]の存在を反映し<ref name="宮原220-221">[[#宮原 2005|宮原 2005]]、220-221頁</ref>、人間教育には父親の存在は欠かせないものとし、「教育ママに対するアンチテーゼ」として父権的なキャラクターを登場させ、主人公・[[星飛雄馬]]と父・[[星一徹]]の戦いと葛藤が物語の軸となった<ref name="宮原220-221"/>。 |
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この作品の特徴である、作画を担当した川崎の発案による過剰な表現手法や、原作を担当した梶原による大仰な台詞まわしは当時から批判の声もあったが<ref name="米沢106-107">[[#米沢 2002|米沢 2002]]、106-107頁</ref>、作品自体は徐々に人気を高め『週刊少年マガジン』の部数を100万部に押し上げた<ref name="米沢106-107"/>。 |
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1980年代に入っても梶原は全盛期こそ過ぎたものの漫画業界では大きなネームバリューを誇ったが、[[1983年]]5月に[[講談社]]の編集者に対する傷害事件で逮捕されたことをきっかけに、そのネームバリューや作品の売上実績故に隠されまた語られずに来た過去のスキャンダルが一気に噴出し表舞台からの退場を余儀なくされ、これに呼応するように「スポ根」というジャンルは衰退した。 |
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梶原は、その後も[[柔道]]を題材とした『[[柔道一直線]]』(作画:[[永島慎二]]・[[ダイナマイト鉄|斎藤ゆずる]])、[[プロレス]]を題材とした『[[タイガーマスク]]』(作画:[[辻なおき]])、[[ボクシング]]を題材とした『[[あしたのジョー]]』(作画:[[ちばてつや]])の原作を務めたが人生論的な要素が強い『巨人の星』とは異なる趣向を取り入れた<ref name="劇画一代">{{Cite book|和書|author=[[梶原一騎]] |title=劇画一代 梶原一騎自伝|publisher=[[小学館クリエイティブ|小学館クリエイティブ]] |year=2011|isbn=978-4778031602 |page=73-78}}</ref>。梶原の自伝によれば『柔道一直線』では技と技の応酬といったエンターテインメント性に焦点を充てる一方で立ち技優先の傾向があった当時の日本柔道界へのアンチテーゼを<ref name="劇画一代"/>、『タイガーマスク』では往年の『[[黄金バット]]』のプロレス版を標榜し善と悪の二面性のあるヒーローを<ref name="劇画一代"/>、『あしたのジョー』では『巨人の星』の主人公・星飛雄馬のような模範的な人物へのアンチテーゼとして野性的な不良少年・[[あしたのジョーの登場人物|矢吹丈]]を主人公とし[[アウトロー]]ぶりを意図したという<ref name="劇画一代"/>。 |
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=== 反スポ根とあだち充作品 === |
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[[1980年代]]になると日本社会全体が豊かになるに従って、努力や根性が汗臭い、泥臭い、古臭いものと見なされるようになり、根性と努力だけで障害を克服する古典的なスポ根ものは敬遠され確実に衰退してゆく。 |
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また「スポ根」の手法は[[少女漫画]]にも伝播したが従来、品行方正で内向的な傾向の強かった少女漫画の作品世界に競争の原理を導入したと評される<ref>[[#夏目 1991|夏目 1991]]、96頁</ref>。[[バレーボール]]を題材とした『[[アタックNo.1]]』([[浦野千賀子]])や『[[サインはV]]』(原作:[[神保史郎]]、作画:[[望月あきら]])では少年誌さながらの必殺技の応酬や根性的要素が描かれると共に、恋や友情や家庭の問題、思春期の悩みといった少女漫画の主要テーマが盛り込まれた<ref>{{Cite book|和書|author=二上洋一 |title=少女漫画の系譜|publisher=[[ぺんぎん書房]] |year=2005|isbn=978-4901978576 |page=154-158}}</ref>。 |
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スポ根衰退のひとつの契機として、[[あだち充]]の『[[タッチ (漫画)|タッチ]]』([[1981年]] - [[1986年]])の成功がよく挙げられる。「タッチ」は、[[高校野球]]を題材に[[全国高等学校野球選手権大会]]出場を目標とした作品。「素質は恵まれながら執着心の薄い性格のために芽の出なかった主人公・[[上杉達也]]が、甲子園出場を目標としていた弟・[[上杉和也]]の不慮の死をきっかけに、自らも甲子園出場を目指す」という、スポ根から派生した定番とも言えるストーリーであるが、甲子園出場という目標を「幼馴染である[[浅倉南]]との約束」という[[恋愛]]要素に設定した点、またその目標を果たした後の描写があまりに淡白であることなどから、本作はしばしばスポ根の対極の作品の様に評される。また、それまでの行き過ぎた感もある努力・根性などの[[精神論]]的描写を排した作風により物語がスタイリッシュになったことが、1980年代という時代にマッチし、これに追随する作品が続出したことも、古典的なスポ根を時代後れという位置づけに追い込んでいった。 |
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これらの作品は「スポ根」の代表的作品と評価されており<ref name="大衆文化事典"/>、人気作品は[[1969年]]前後に次々と[[アニメ]]化や[[テレビドラマ]]化された<ref name="夏目94-95">[[#夏目 1991|夏目 1991]]、94-95頁</ref>。 |
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主人公・上杉達也も、あだち充のはぐらかしを好む演出やなかなか本音を明かさないキャラクターのため、「才能だけで成功してしまう、[[星飛雄馬]]などと正反対の主人公」と評されることが多い。実際には、一卵性双生児であるがゆえに才能に恵まれつつ、努力を怠ったせいで努力家の弟の影に隠れる存在だった時期が描かれている。また、主人公の目標だった甲子園出場そのものも苦戦して強豪を退けた結果であり、最終話ではドクターストップを受けるほどの投球により甲子園での優勝を果たしたことが語られている。また、あだち充は才能に恵まれ努力も惜しまない者同士が苦難の末に、甲子園の舞台でまみえる、ある意味『タッチ』の自己リメイクともいえる『[[H2 (漫画)|H2]]』で、彼なりのスポ根を提示している。 |
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=== 沈静化 === |
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[[1972年]]から[[1981年]]にかけて連載された[[水島新司]]の野球漫画『[[ドカベン]]』では、スポ根の特徴の一つである「貧困」や「必殺技」と呼ばれる描写は存在したものの、野球漫画の手法として主流だった「[[魔球]]」の描写は排除され、現実的な試合展開が重視された<ref name="斉藤42">[[#斉藤 2011|斉藤 2011]]、42頁</ref>。[[ちばあきお]]の野球漫画『[[キャプテン (漫画)|キャプテン]]』や『[[プレイボール (漫画)|プレイボール]]』では根性や努力といった要素を残しつつも『ドカベン』と同様に「魔球」を排除し、野球に打ち込む少年たちの姿に焦点を当てた<ref name="斉藤42"/>。 |
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『タッチ』以降、前時代な価値観と見なされることが多くなったスポ根であるが、以降はさらに、スポ根漫画の主たる読者層である少年・青年層を取り巻く社会環境・経済環境の変化や、当時の[[文部省]]の教育政策の方針転換、さらにはスポ根的な思考・行動・物語描写に対して[[スポーツ医学]]・[[人間工学]]などの見地からの批判が行われるようになったことなど、時代や読者層の価値観の急激な変化による違和感も追い討ちとなって、旧来のシリアスなスポ根は成立する土壌そのものが失われていった。 |
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「スポ根」からの脱却の動きは少女誌でも起こり、[[1973年]]から[[1980年]]にかけて連載された[[山本鈴美香]]のテニス漫画『[[エースをねらえ!]]』や、1971年から[[1975年]]にかけて連載された[[山岸凉子]]のバレエ漫画『[[アラベスク (漫画)|アラベスク]]』では、作品序盤は旧来的な主人公とライバルとの対比構図や精神主義といった要素を残していたが、作品が進行するに従って、それらの枠組みから脱却し登場人物たちが自立し成長する内容へと転化していった<ref name="大衆文化事典"/>。 |
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さらにはこの時期、スポーツ界には、[[イチロー]]、[[中田英寿]]といった(成功に至るまでの努力の過程を大々的に[[マスコミ]]にひけらかさない)『天才型』のスター選手が次々と登場し、プロスポーツ界の台風の目になり持て囃された。スポーツ漫画においてもこれの影響を受けた天才型の主人公というパターンが発生し、その生まれ持った才能と実戦の経験で会得した能力で強敵を倒してゆくというストーリーが人気を集めるようになる。 |
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「スポ根」における特徴の一つだった「魔球」や「必殺技」の要素は1972年から[[1976年]]にかけて連載された野球漫画『[[アストロ球団]]』(原作:[[遠崎史朗]]、作画:[[中島徳博]])においていっそう過激化し<ref name="斉藤41">[[#斉藤 2011|斉藤 2011]]、41頁</ref>、作品終盤では超人選手によって次々に生み出された「必殺技」により多数の死傷者を生み出す、[[デスマッチ]]の場と化した<ref name="夏目34-37">[[#夏目 1991|夏目 1991]]、34-37頁</ref>。一方、『ドカベン』の作者である水島は野球漫画『[[野球狂の詩]]』の中で「魔球」を「[[存在]]」ではなく「[[情報]]」として扱い<ref name="夏目38-39">[[#夏目 1991|夏目 1991]]、38-39頁</ref>、「魔球」という言葉により相手に精神的重圧を与える、試合における「駆け引き」の道具として描くことによって「魔球」を否定した<ref name="夏目38-39"/>。これらの作品によって「スポ根」の特徴だった荒唐無稽な要素は退潮し<ref name="米沢130-134">[[#米沢 2002|米沢 2002]]、130-134頁</ref>、スポーツ漫画は現実的な作風へと転換していった<ref name="夏目38-39"/>。 |
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その中にあってはスポ根的な努力をして実力を得たライバルキャラクターが天才肌の主人公にあえなく倒され敗退するパターンも目立つようになるなど、スポ根型努力一辺倒で強くなったストイックなキャラクターが、倒されるライバルや悪役を担うという、かつての梶原一騎の時代とは逆のパターンも珍しくなくなった。上記の実在人物などにも見られる「'''『優れた努力』とは愚直な根性ではなく効率性の追求にある'''」という現代的・実利的な考え方を反映、肥大したのがいわゆる'''「天才」という一種の[[オカルト]]'''として描かれていくようになったといえる。また同時に、“うさぎ跳び”、“千本ノック”などに象徴され“腕・脚に過重な負荷を付けて動けばそこが鍛えられる”といった[[根性論]]に根ざした闇雲な鍛錬によるものではない、科学的・理論的なトレーニング手法を描く作品も増えてきているため<ref>もっとも、『巨人の星』におけるスプリングを多用した「大リーグボール養成ギブス」とて、それまでの錘一辺倒の描写から比べればまだ斬新な描写であったことは事実である。</ref>、努力・トレーニングを巡る物語描写はかつてのスポ根型のそれとはおよそ異質のものとなってきている。 |
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=== テレビドラマ === |
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スポ根自体に前時代的ともいえるネガティブなイメージが付加されていき、それを変化させた新たな要素が登場していった状況下である現在においては、梶原一騎の作品群を正統なスポ根と位置づけるならば、もはや正統なスポ根を商業作品として成功させることは極めて困難なものとなっている。結果として、現在のスポーツ漫画に於けるスポ根はかつて梶原が意図した様な目的で用いられることは少なくなり、友情物語や結果の「勝利」を彩る一要素、あるいは勘違いにも近い度を越した愚直なまでの根性論をギャグとして笑いに転化させるネタとしての使用が中心で、梶原の全盛期の様な成長や勝利を掴み取る為の'''スポ根そのものが主眼という作品はほぼ見られなくなっている'''。 |
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[[ファイル:1964 Cauldron.JPG|left|180px|thumb|テレビドラマとして「スポ根」が扱われた背景には[[東京オリンピックにおけるバレーボール競技|東京オリンピック]]での[[バレーボール全日本女子]]の活躍が影響を与えている。写真は[[国立霞ヶ丘陸上競技場]]に設置されている聖火台。]] |
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スポ根漫画の誕生と前後して[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列では[[ラグビー]]やサッカーといった集団スポーツを通じた教師と生徒たちの交流を描いた『[[青春とはなんだ]]』『[[これが青春だ]]』『[[でっかい青春]]』などの青春ドラマ(一部で「東宝青春学園ドラマシリーズ」と呼ばれる)が放送された<ref name="大衆文化事典"/>。この背景には、[[1964年]]に行われた[[東京オリンピックにおけるバレーボール競技|東京オリンピック]]において[[バレーボール全日本女子]]を優勝に導いた[[大松博文]]の影響があるとされている<ref name="大衆文化事典"/>。 |
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1960年代後半から1970年代初頭にかけてスポ根漫画を原作としたテレビドラマが登場し、[[TBSテレビ|TBS]]系列で放送された柔道を題材とした『柔道一直線』やバレーボールを題材とした『サインはV』や[[水泳]]を題材とした『[[金メダルへのターン!]]』などが人気作品となるなどのスポ根番組ブームとなった<ref name="夏目94-95"/>。その中で、『サインはV』は原作と同様に特訓による根性的要素が描かれたが、番組収録時には出演者に対して長時間に渡る練習を課しリハーサルを経て消耗し切った所で撮影に挑んだという<ref name="テレビドラマ">{{Cite book|和書 |year=1994 |title=テレビドラマ全史 1953-1994 |publisher=[[東京ニュース通信社]] |page=184-185}}{{ASIN|B008ORMEFK}}</ref>。 |
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== 典型的なキャラクター == |
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=== 主人公 === |
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シリアスなスポ根における[[主人公]]の多くは、良くいえば生真面目で[[禁欲]]的、逆に悪くいえば没個性的で“特訓”などと称するトレーニングに盲目的に依存する性格が与えられる。これは過酷で猛烈なトレーニングの過程で、簡単に手抜きや挫折をする様な性格では物語が成立しないためである。ただし、一部には最初はおよそスポ根型とは程遠い性格であった人物が、物語中のできごとや挫折をきっかけとして、スポ根型の性格へと変貌してゆくという展開も少なくない。 |
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日本国内でスポ根番組ブームが終息していた1970年代後半に[[テレビ朝日]]系列でバレーボールを題材とした『[[燃えろアタック]]』(原作:[[石ノ森章太郎]])が放送された。スポ根の要素を前面に出したこの作品は後に[[中華人民共和国]]でも放送され人気を獲得した<ref>{{cite web |url=http://www.asahi.com/world/china/manpo/TKY200808160177.html |title=日本で見る北京五輪 - 漫歩寄語 |publisher=asahi.com |date=2008年8月16日 |accessdate=2013年6月8日}}</ref>。 |
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スポ根とコメディ・ギャグが並行して繰り広げられる作品の主人公では、直情径行の「熱血バカ」で決して理知的でも禁欲的でもないが、一方で情に厚く、その筋の通った言動ゆえに周囲からの共感を集めるという、シリアスな作品の主人公と比べてもより親しみやすい人物像が与えられることが多い。この様な主人公の前には異能のライバルが次々と登場して勝負になり、時に自身の無思慮で力任せの戦い方から無残な敗戦や絶体絶命のピンチに追い込まれるが、そこからの必勝([[リベンジ]])を期して“特訓”に猪突猛進してゆくというのが定型である。また、試合中でも極限の[[根性論]]を用いた精神の昇華によるパワーアップなどということも起きる。ギャグ要素のより色濃い作品では、時にその“特訓”が非人道的なまでのハチャメチャな内容や単に[[精神論]]に根ざしたギャグとして描写されていたり、特訓の課程で超人的な“[[必殺技]]”まで考案することもある。 |
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[[1985年]]から[[1986年]]にTBS系列でラグビーを題材とした『[[スクール☆ウォーズ]]』が放送された。元[[ラグビー日本代表]]の[[山口良治]]が赴任した高校の弱小ラグビー部を就任から7年で全国優勝に導いた実話を基にした作品で、放送当時すでにスポ根的手法は「時代遅れ」という評価もあったが<ref name="傷だらけのヒーロー">{{Cite book|和書 |author=山口純一 |title=傷だらけのヒーロー・滝沢賢治--ドラマ「スクール・ウォーズ」の「通」な楽しみ方 |publisher=朱鳥社 |year=2006 |page=3 |isbn=978-4434084904 }}</ref>、いわゆる[[大映テレビ|大映ドラマ]]の特徴でもある過剰な演出や台詞回しにより、当時の学生たちの人気を獲得した<ref name="傷だらけのヒーロー"/><ref>{{cite web |url=http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/item/d0074/ |title=スクール・ウォーズ |publisher=[[TBSチャンネル]] |accessdate=2013年6月8日}}</ref>。[[1990年]]には主人公・滝沢賢治の6年後の姿を描いた続編『スクール☆ウォーズ2』が放送されたが、全16話で終了した<ref>{{cite web |url=http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/item/d0411/ |title=スクール・ウォーズ2 |publisher=TBSチャンネル |accessdate=2013年6月8日}}</ref>。 |
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家庭環境については、プロスポーツに絡むシリアスな作品である場合、[[貧困|貧困家庭]]や[[下位中産階級|中流家庭]]の育ちであり、[[中産階級|アッパーミドル]]以上の裕福な家庭に生まれついている者は少なく、[[母子家庭]]・[[父子家庭]]、梶原作品などでは更生を目指す非行少年(『あしたのジョー』)や[[孤児]]も見られる。だが、スポ根においては貧困からの脱出、豊かな家庭や富を築く立身出世が最重要のテーマになることは少なく、むしろ恵まれない環境でさらには時に逆境に追い込まれながらも比類なき努力で自力強化した主人公が、豊富な資金を背景に[[英才教育]]を受けたライバルをトレーニングの成果で打ち倒し勝利するまでを描くことが多く、スポ根というジャンルにとってはその努力と勝負の経過が最大の主眼点となる(なお、資金力に物をいわせる存在としては昔から野球の[[読売ジャイアンツ|巨人軍]]が例えにあげられることが多いが、1970年代までの巨人軍は圧倒的すぎる子供人気が背景にあるため、物語上での扱いではむしろ例外的な存在とあり、資金にものをいわせ外国人選手を連れてくるという役回りは他球団が担った)。 |
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=== テレビアニメ === |
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体格については基本的にはそのスポーツの世界におけるごく平均的なものか平均を下回る小兵選手が多く、恵まれた体格の持ち主は少ない。多くはその体格と体力の不利を、そのストイックさ、根性、そして時に非人間的なまでのトレーニングで補い、これを武器にして独自の技を身に付け、ライバルたちと激闘を繰り広げる。 |
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漫画におけるスポ根人気と東京オリンピック開催の影響もありアニメの世界でもスポ根が扱われることになった<ref name="アニメ全史">{{Cite book|和書|author=山口康男 |year=2004 |title=日本のアニメ全史--世界を制した日本アニメの奇跡 |publisher=テン・ブックス |isbn=4-88696-011-1 |page=105-106}}</ref>。1968年から放送されたアニメ版の『[[巨人の星 (アニメ)|巨人の星]]』が人気を博すと<ref name="アニメ全史"/>、この当時の少女の人気スポーツであるバレーボールが着目され<ref name="アニメ全史"/>、製作者側の「『巨人の星』の少女版を」との思惑や、バレーボールを題材としたテレビドラマの『サインはV』の人気が追い風となり<ref name="アニメ全史"/>、『アタックNo.1』の放送が始まった。アニメでも漫画やドラマと同様にスポ根特有の過剰な表現が多用されたが<ref name="アニメ全史"/>、同時に「[[スローモーション]]」や「[[アニメ|止め絵]]」といった表現手法や演出法の研究開発が行われたことにより、アニメとしての技術力が進歩した<ref name="アニメ全史"/>。 |
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アニメ作品は漫画作品に比べて進行が速く漫画の連載状況に容易に追いついてしまうことからオリジナルの登場人物やエピソードが新たに追加された<ref name="闘いと青春の1954日">{{Cite book|和書|author=[[ちばてつや]]、豊福きこう |year=2004 |title=ちばてつやとジョーの闘いと青春の1954日 |publisher=[[講談社]] |isbn=978-4063647938 |page=190-193}}</ref>。こうした事情について『あしたのジョー』の作画を担当した漫画家の[[ちばてつや]]は「自分の手元から離れた世界。親元から離れた子供のように向うの世界で良い人生を送れたらいいと割りきっていた」と証言しているが<ref name="闘いと青春の1954日"/>、反対にアニメの演出が自身の連載作品に影響を受けることもあったという<ref name="闘いと青春の1954日"/>。『タイガーマスク』でも原作を追い越した際のオリジナルストーリーが追加されたほか原作とは異なる結末が描かれている<ref name="タイガーマスク">{{Cite book|和書 |year=2003 |title=タイガーマスク 虎だ!お前は虎になるのだ!! |publisher=[[河出書房新社]] |isbn=978-4309266770 |page=96-104}}</ref>。また、主人公・伊達直人を支える人物として[[吉川英治]]の小説『[[宮本武蔵 (小説)|宮本武蔵]]』における[[沢庵宗彭|沢庵和尚]]をイメージした師匠の嵐虎之介や<ref name="タイガーマスク"/>、[[虎の穴]]時代からの親友である大門大吾、弟分の高岡拳太郎といった登場人物が新たに創作され準レギュラーとなった<ref name="タイガーマスク"/>。 |
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また、その容姿については美形ということは少なく、どこか垢抜けないが親しみやすい顔であることが多い。対して、最大のライバルとなる人物は男女ともに美形に描かれることが多い(例:『巨人の星』の花形満、『エースをねらえ!』のお蝶夫人)。 |
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=== ギャグ化による衰退 === |
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主人公は決して恵まれているとはいえない環境と才能を、比類なき根性・並外れた努力とトレーニング(他人が5で終わるところを10、10で終われば100こなす)で補いつつ、チーム内の競争、チーム外のライバルとの戦いを繰り返しながら、ただひたすらにそのスポーツにおけるトップへと上り詰めてゆく。同時にライバルとの友情物語も時に描かれるが、逆に父親やコーチなどそれまで自身を指導する立場にあった者や、バッテリーの様なコンビを組む相方などが移籍して敵となることもある。また、物語後半になると、高負荷のトレーニングの連続による自身の肉体の限界や疲労による負傷も大きな壁となる。主人公はそれら全てを乗り越えて、また自身の全てを駆使して最後の勝利を掴まなければならない。一部作品では、最後の勝利を掴むために選手生命さえ引き換えにする主人公もいる。 |
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「スポ根」漫画の全盛期である1960年代には多くの読者の支持を得たが<ref name="米沢154-156">[[#米沢 2002|米沢 2002]]、154-156頁</ref>、その一方で精神主義や芝居がかった演出には当時から批判的な意見があった<ref name="米沢154-156"/>。1975年から1978年にかけて『[[週刊少年ジャンプ]]』で連載された野球漫画『[[1・2のアッホ!!]]』([[コンタロウ]])や、[[1977年]]から[[1980年]]にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された野球漫画『[[すすめ!!パイレーツ]]』([[江口寿史]])では、そうした批判的視点を背景に従来のスポーツ漫画に[[ギャグ漫画]]の要素を取り入れ、スポ根的な価値観を風刺した<ref name="米沢154-156"/>。[[1980年代]]に入ると、「直向きさ」「努力」「根性」といった価値観は格好の悪いもの、[[ダサい]]ものとして見做されるようになっていたが<ref name="米沢157">[[#米沢 2002|米沢 2002]]、157頁</ref>、[[1984年]]に少女誌の『[[花とゆめ]]』で連載された野球漫画『[[甲子園の空に笑え!]]』([[川原泉]])では、かつてのスポ根漫画における「感動のあまり涙を流す」「男同士による抱擁」といった表現を「常軌を逸した行為」として扱った<ref>{{Cite book|和書|author=高井昌吏 |year=2005 |title=マネージャーの誕生とメディア--スポーツ文化におけるジェンダー形成|publisher=ミネルヴァ書房|isbn=978-4623043774 |page=128-130}}</ref>。 |
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かつて一般大衆の価値観を反映したといわれた「スポ根」は、1970年代末から勃興したギャグ化の流れにより「[[笑い|嘲笑]]」の対象となり、ジャンルとしての「スポ根」を衰退させる結果となった<ref name="戦後史大事典"/>。 |
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なお、選手としての活動を終えた主人公のその後の人生が描かれることはそれほど多くない。ただし、スポ根の王道とされる梶原の作品に限れば、主人公にまつわる最後の描写は決して幸福とは言いがたいものが多い。 |
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=== 終焉 === |
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1981年から『[[週刊少年サンデー]]』で連載された野球漫画『[[タッチ (漫画)|タッチ]]』([[あだち充]])は、スポーツ漫画および少年漫画の世界に少女漫画的な手法を導入した作品と評される<ref>{{Cite book|和書|author=[[大塚英志]] |year=1994 |title=戦後まんがの表現空間--記号的身体の呪縛 |publisher=[[法藏館]] |isbn=978-4831872050 |page=62}}</ref><ref>[[#小学館漫画賞事務局 2006|小学館漫画賞事務局 2006]]、400頁</ref>。この作品は、登場人物間の三角関係や野球についての深刻な局面において、明るさや軽妙さを挟むことで敬遠させる「間を外す」手法が特徴的であるが<ref name="夏目80-81">[[#夏目 1991|夏目 1991]]、80-81頁</ref>、最終話では、主人公・[[上杉達也]]に対してライバル・新田明男が新しいステージでの再戦を仄めかす台詞を語りかけるのに対して「疲れるから」と拒否する台詞を語らせている<ref name="夏目83-84">[[#夏目 1991|夏目 1991]]、83-84頁</ref>。漫画コラムニストの[[夏目房之介]]は[[1991年]]に出版した『消えた魔球--熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』の中で、この場面を取り上げ、「この台詞で熱血スポーツものはコケた(終焉した<ref name="斉藤43">[[#斉藤 2011|斉藤 2011]]、43頁</ref>)」と評している<ref name="夏目83-84"/>。 |
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スポ根の多くで見られる「[[ストックキャラクター]]」に、主人公を育成するために過酷なトレーニングを課す「鬼コーチ」がいる。主に男子が主人公となる作品で登場し、概して強面、若しくは常に[[サングラス]]をかけており表情の読めない男である(これに対し女子が主人公となる作品では、コーチはハンサムな男で、主人公の淡い恋の対象になることが多い)。 |
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同じく1981年から『週刊少年ジャンプ』で連載されたサッカー漫画『[[キャプテン翼]]』([[高橋陽一]])では、従来の「スポ根」の構造を逆転させ、天才型の主人公が貧困や努力に支えられた精神主義を基盤とするライバル達と対峙し打ち破っていく作品となった<ref>[[#海老原 2001|海老原 2001]]、810頁</ref>。この作品では努力や特訓の成果ではなく「サッカーの楽しさ」「自由な発想」が勝敗を決定する価値基準となり<ref name="海老原811">[[#海老原 2001|海老原 2001]]、810頁</ref>、天才型主人公の[[大空翼]]の壁を越えられずに葛藤する努力型ライバルの[[日向小次郎]]に「特訓の成果」ではなく「自由な発想」という作品内の価値基準に気付かせることで、追いつかせる描写がなされた<ref name="海老原811"/>。[[小谷憲一]]は『テニスボーイ』(週刊少年ジャンプ、1979年〜1982年)最終エピソードで、主人公・飛鷹翔に、勝つための秘訣として「“Enjoy tennis”(テニスを楽しめ)さ!」と言わせている(当初は非現実的なトレーニング法やスーパーショットを描くなど、やはりスポ根路線だった)。 |
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鬼コーチは程度の差はあっても、どこか「変わり者」の要素を持つ。一般的な意味とは異なるが、主人公を深く愛しており、その成長のためにあらゆる手を尽くす。時に度が過ぎて主人公自身から疎まれることもある。しかし、主人公は容易には鬼コーチの影響下から逃れることはできない。 |
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1970年代後半から続くギャグ化<ref name="東京20130506"/>、根性の要素を打ち消した爽やかな作品群の登場<ref name="東京20130506"/>、数々のスポ根作品を生み出した[[梶原一騎]]の傷害事件とスキャンダルによる漫画界からの撤退<ref name="東京20130506"/>、[[安定成長期]]に生まれ育った読者層との価値観の断絶<ref name="東京20130506"/>、スポーツ界での伝統的な指導法に代わる科学的理論に基づいた指導法の研究開発<ref name="東京20130506"/>、などといった社会情勢の変化により「スポ根」というジャンルは終息した<ref name="東京20130506"/>。 |
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鬼コーチは多くの場合強い父性の持ち主として描かれる。代表例が『巨人の星』における[[星一徹]]と、『[[エースをねらえ!]]』の宗方仁である。鬼コーチの登場するスポ根作品は、父と息子あるいは娘の物語の側面も持つ。主人公・飛雄馬を鍛えそだてた後、彼が自分の手を離れたと見るや、最も恐るべき強敵の立場へまわる(これ自体は同じ梶原一騎作品の『[[柔道一直線]]』などに先駆がある)一徹というキャラクタは、時に教育論や社会心理学などの視点から研究対象とされることもある。 |
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=== 2000年代以降の状況 === |
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『エースをねらえ』は当初、父・宗方の寵愛を競い合う三姉妹(岡・竜崎・緑川)の物語として展開するが、宗方の死と前後してそれぞれ恋愛の対象となる相手が登場して「父からの自立」を果たすことになる。 |
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その後も、競技そのものの魅力を伝える作品、競技をとりまく登場人物の日常や個々の内面を描く作品などといったスポーツ漫画の傾向は続いている<ref name="井上、菊131">[[#井上、菊 2012|井上、菊 2012]]、131頁</ref>。より日常生活に立脚した作品が主流となり、貧富の格差による対立軸に基づく上昇志向や、それを実現させるための過度の根性や努力といった要素が描かれることは少ない<ref name="井上、菊131"/><ref name="朝日20130313">{{cite web|url=http://book.asahi.com/booknews/update/2013031400003.html |title=ど根性なき「スポ根」まんが 名言で導き、冷めた現実描写も |publisher=BOOK.asahi.com 朝日新聞社の書評サイト |date=2013年3月13日 |accessdate=2013年8月31日}}</ref>。 |
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[[2003年]]から『[[月刊アフタヌーン]]』で連載されている野球漫画『[[おおきく振りかぶって]]』([[ひぐちアサ]])はスポーツ漫画の世界にはじめて[[関係主義]]を全面的に導入した作品と評されているが<ref name="斎藤20081225">{{cite web |autur=[[斎藤環]]|cite web |url=http://shuchi.php.co.jp/article/1082 |title=あらゆる関係はS-Mである |publisher= PHPビジネスオンライン 衆知 |date=2008年12月25日 |accessdate=2013年9月3日}}</ref>、才能や努力よりも先に他者との関係性が第一にありチームメイト同士や周囲を取り巻く人々の細やかな日常や心理描写が描かれた<ref name="斎藤20081225"/>。[[精神科医]]の[[斎藤環]]は『おおきく振りかぶって』以降に登場した作品のひとつで、[[2006年]]から『[[イブニング]]』で連載されているバレーボール漫画『[[少女ファイト]]』([[日本橋ヨヲコ]])の傾向について「根性とは異なる「他者への配慮」という精神性を有する」と評し、かつてのスポ根における精神性と明確に区別している<ref name="斎藤20081225"/>。また、多くの野球漫画を発表している[[三田紀房]]は「スポ根の持ち合わせた情動は、もはや読者に届かない」と明言し、自身の作品『[[砂の栄冠]]』では「関係性や他者との交流を描いた上で登場人物の才能を開花させたい」と語っている<ref name="朝日20130313"/>。 |
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現実社会で[[父権]]の喪失が叫ばれる様になった1980年代になって、こうした父性系鬼コーチも減少したが、『[[はじめの一歩]]』の鴨川会長<!--(ただし徹底した理論派であり、特訓と称して非科学的で無茶なトレーニングを施す「鬼コーチ」とはこの点一線を画す)-->や『[[グラップラー刃牙]]』の範馬勇次郎にその名残を見ることができる。 |
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== 必殺技の開発 == |
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特殊な例としては、[[水島新司]]の『[[ドカベン]]』で主人公たちの明訓高校の監督をつとめた三人の登場人物があげられる。 |
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{{main|必殺技|魔球}} |
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* 徳川家康-飲んだくれの変人だが、いざという時には頼りになる変則的「父性キャラ」 |
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スポ根作品において血のにじむ様な特訓や、その結果として編み出される必殺技や魔球の存在は欠かすことが出来ないが完成に至るまでの過程は様々である。スポ根成立以前のスポーツ漫画では必殺技や魔球は主に[[忍者]]を出自に持つ競技者が取扱う[[忍術]]として描かれ、競技者はそれらの能力を当然のように身に付けているため開発の経緯も定かではなかったが<ref name="夏目172-173">[[#夏目 1991|夏目 1991]]、172-173頁</ref>、後のスポ根作品群では特訓の成果として編み出されることが一般化した<ref name="夏目172-173"/>。漫画コラムニストの[[夏目房之介]]はスポ根作品と必殺技や魔球の関係性を[[カレーライス]]と[[福神漬]]に例えているが、本格的なスポーツ漫画を標榜すれば必殺技や魔球の存在は作品を台無しにするとも指摘している<ref name="夏目172-173"/>。 |
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* [[土井垣将]]-徳川のあとをうけて明訓監督に就任、主人公たちにとっては「兄弟子」のポジションで、星一徹同様強敵サイドにまわった「父親」徳川と死闘を演じる |
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; 偶然型 |
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* 大平-試合に関しては主人公たちにまかせきりの昼行灯的な「顧問教師」に徹した監督 |
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: 無意識のうちに必殺技を編み出すスタイル。本人に自覚がなく理論的裏付けがない<ref name="夏目172-173"/>。 |
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と、[[少年漫画]]における「鬼コーチ」キャラの位置づけの推移をなぞるかのような配列となっている。 |
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; 理論型 |
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: ある理論に基づきそれを具現化するために特訓を行うスタイル。必殺技を編み出すために山などに籠り極限状態に至るまで特訓を試みる<ref name="夏目172-173"/>。特に[[梶原一騎]]の作品では競技の勝敗以上に必殺技の開発と自己の修練に重点が置かれ<ref name="池田208-209">[[#池田 2003|池田 2003]]、208-209頁</ref><ref name="斎藤1996">{{Cite book| 和書| author =斎藤次郎| title =「少年ジャンプ」の時代--子どもと教育 | year = 1996| publisher = [[岩波書店]]| isbn=978-4000039536 |page =56 }}</ref>、必殺技を生み出すための理論、対戦相手の必殺技に対抗するための理論を事細かく構築する傾向が強い<ref name="池田208-209"/>。ただし、その理論が現実の競技の特性に沿わない場合や<ref name="池田208-209"/>限度を超えて身体を酷使し精神を抑圧するなど狂信的な手段に訴える場合がある<ref>[[#夏目 1991|夏目 1991]]、6-7頁</ref>。 |
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; 指導者教示型 |
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: 指導者の教示の下で必殺技を編み出すスタイル。即時の習得が可能なものから特訓を必要とするものまで難易度は様々であり、実戦の中で編み出す場合もある<ref name="夏目172-173"/>。 |
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; 特訓中の偶然型 |
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: 「理論型」特訓の最中に発生した突発的な事象により必殺技を編み出すスタイル<ref name="夏目172-173"/>。 |
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なお、1970年代後期にはボクシング漫画『[[リングにかけろ]]』([[車田正美]])のように理論構築、必殺技の開発、自己の修練などの過程を省略し勝利という結果のみを誇張して伝える作品が登場した<ref name="夏目144-145">[[#夏目 1991|夏目 1991]]、144-145頁</ref>。 |
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== 影響 == |
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母性系鬼コーチというキャラクターは、スポ根ものでは少ない。たとえば『[[リングにかけろ]]』の高嶺菊は、文字通り母でなく姉として登場する。息子が目指すべき父はすでにこの世にない理想化された目標として位置づけられ、菊はその橋渡しの役割を担いつつ、主人公の最大のライバルと恋模様を演じもする。スポーツもの以外では、『[[ガラスの仮面]]』の月影千草という代表例がある。 |
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=== 社会的影響 === |
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日本国内のスポーツ競技の集団主義や精神主義といった事情と「スポ根」を結びつける指摘があり<ref name="大衆文化事典"/><ref name="井上、菊142">[[#井上、菊 2012|井上、菊 2012]]、142頁</ref>、スポ根作品がそうした価値観を推奨した影響により[[学生スポーツ]]において過度の練習や体罰を後押しする結果となった、との風潮が生まれた<ref name="東京20130506"/>。 |
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例えば漫画やドラマの影響により[[ウサギ跳び]]のような筋肉に負担が掛かるばかりで実質的な効果の少ない運動法が運動生理学を知らない指導者達から部員に対して常態的に行われていたとされる<ref name="t-baby">{{Cite book|和書 |author=t-baby |title=奇跡が起きる筋肉トレーニング |publisher=[[PHP研究所]] |year=2008 |isbn=978-4569699325 |page=116-117}}</ref>。また、スポ根ブームの渦中にあった[[1970年]]に学校の部活動において練習中の事故や、退部を申し出た生徒が部員から暴行を受けるなどの事件が多発したが<ref>「女生徒リンチを調査 墨田区教委」『[[読売新聞]]』1970年7月21日 夕刊 4版 8面</ref>、そのうちの[[東京都]]の中学校で[[バスケットボール]]部に所属する1年生の女子生徒が部員から暴行を受けて重傷を負った事件について、スポ根の影響とする報道がなされた<ref>「シツケ怠った大人 ゆがめられた根性 女子中リンチ」『読売新聞』1970年7月22日 14版 4面</ref>。また、日本人のスポーツに対する「きつい」「つらい」などといった否定的なイメージ構築に「スポ根」作品が影響している、とする指摘もある<ref>{{Cite book|和書 |author=[[森本貴義]] |title=カラダ×ココロ改善計画 |publisher=PHP研究所 |year=2009 |isbn=978-4569773131 |page=17 }}</ref>。 |
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その他特殊なケースでは、特撮番組『[[ウルトラマンレオ]]』のMAC隊長・モロボシダン(正体はウルトラセブン)が挙げられる。ダン隊長は、負傷し戦えなくなった自分の代わりに、地球防衛の任務をおおとりゲン隊員(正体はウルトラマンレオ)に託すが、未熟と経験の少なさ故にレオはしばしば敗北する。そこでダンはゲンに過酷な特訓を課すことによって敵を倒す突破口を開いてゆく。 |
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一方、日本国内のスポーツ競技における集団主義や精神主義は[[明治時代]]に政府がスポーツを奨励したことを契機に各学校内に[[体育会と文化会|体育会]]が組織された当時からの伝統であり<ref name="井上、菊142"/>、スポ根作品が支持を得た1960年から1970年代当時の日本のスポーツ界では集団主義や精神主義を基盤とした厳しい指導が常態化していた<ref name="東京20130506"/>。こうした経緯からスポ根作品は単に世相を反映したに過ぎず厳しい指導の実践は漫画やドラマの影響というより成果を重視する指導者の側の問題である、とも指摘されている<ref name="東京20130506"/>。 |
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この他、『[[スチュワーデス物語]]』の養成講師・村沢浩、これは人間ではないが『[[夏子の酒]]』の[[酒米]]「龍錦」らも、スポ根における「鬼コーチ」のキャラクター造詣を受け継ぐものである。 |
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1980年代以降、科学的トレーニングの研究開発や導入によりスポーツ界の内情も変化を遂げているが<ref name="東京20130506"/>、一部の現場では「[[体罰|しごき]]」の強要といった古典的な指導法が残されている<ref name="井上、菊143">[[#井上、菊 2012|井上、菊 2012]]、143頁</ref>。2013年5月、[[文部科学省]]の有識者会議は[[大阪市立桜宮高等学校]]のバスケットボール部員が指導者から体罰を受けたことを苦に自殺した事件を受けて、部活動中において指導者が部員に対して過度な肉体的、精神的負荷を与える行為を禁止するガイドラインを示した<ref name="スポニチ20130511">{{cite web |url=http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/05/11/kiji/K20130511005779720.html7 |title=消える星飛雄馬 炎天下の“スポ根”ランニングは禁止 |publisher=スポニチ Sponichi Annex |date=2013年5月11日 |accessdate=2013年8月31日}}</ref>。このガイドラインについて『[[スポーツニッポン]]』紙は「往年の『[[巨人の星]]』のような限度を超えたスポ根ヒーローの出現は難しくなった」と報じた<ref name="スポニチ20130511"/>。 |
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=== ライバル === |
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物語を彩る強力な[[ライバル]]キャラクターもスポ根作品にとっては欠かすことはできない存在である。多くはその天賦の才能を持って主人公の前に立ちはだかる。また、主人公よりも遥かに恵まれた環境に生まれ育っている者や、あるいはその才能を見込んだ金持ちなどが強力な[[パトロン]]になっているという背景設定が多い。 |
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=== 文化的影響 === |
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物語にあって主人公と長い宿敵となるライバルの場合、基本的に主人公よりも選手としての基礎能力全般に優れており、性格的には主人公より明るく、楽観的に描かれる者が多い。 |
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漫画家の[[手塚治虫]]は様々な題材の漫画作品を発表したがスポーツの世界を描くことはなかった<ref name="手塚治虫155-158">{{Cite book|和書 |author=[[桜井哲夫 (社会学者)|桜井哲夫]] |title=手塚治虫 時代と切り結ぶ表現者 |publisher=講談社 |year=1990 |isbn=978-4061490048 |page=155-158}}</ref>。1960年代後半のスポ根ブームの際、[[室町時代]]を舞台とした作品『[[どろろ]]』の中で父親の権威欲のために生まれながらに身体的なハンデを背負う百鬼丸という主人公を描いたが、社会学者の[[桜井哲夫 (社会学者)|桜井哲夫]]は百鬼丸の設定はスポ根の代表的作品である『巨人の星』に対する作品に仮託した批判であると指摘している<ref name="手塚治虫155-158"/>。また、この時期を境に[[パターナリズム|父権的]]な価値観に反する登場人物を描く傾向が強まったともいう<ref name="手塚治虫155-158"/>。 |
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スポ根における「問題を解消するために特訓を繰り返し、その成果として必殺技を生み出す」といった手法は漫画においても[[料理・グルメ漫画]]の分野へと伝播した<ref name="斉藤172-173">[[#斉藤 2011|斉藤 2011]]、43頁</ref>。「必殺技」の要素は「アイデア料理」「アイデア料理法」へと形を変え、1970年代に『週刊少年ジャンプ』で連載された『[[包丁人味平]]』(原作:[[牛次郎]]、作画:[[ビッグ錠]])や1980年代に『週刊少年マガジン』で連載された『[[ミスター味っ子]]』([[寺沢大介]])などの作品に受け継がれた<ref name="斉藤172-173"/>。 |
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また、物語スタート当初に登場し、主人公と共に人気となったライバルについては、その後の様々な試合や経緯を経て仲間となったり、あるいは互いに勝ったり負けたりを繰り返す事になる。その性格付け次第では、立場上は悉く対立しながらも、ある意味では主人公にとって友人以上の価値を持ち、多くの価値観を共有し、場合によっては壁となって立ちはだかる共通の敵を前に、共に涙さえする存在となることもある。このライバルの多くは当初こそ主人公を圧倒するが、過酷なトレーニングで強化された主人公の前にほとんどが倒されることとなる。そして、人気キャラクターとなったライバルの多くは、一旦は主人公に破れ挫折することで、これもまた主人公と同様のスポ根的な特訓を積むようになり、主人公の前に再び立ちはだかる存在となる。また、主人公の特訓や新たな技の解説役を担当することも多い。 |
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[[東映]]制作の特撮番組ではスポ根の影響を受け『タイガーマスク』のような子供の変身願望を満たす仮面ヒーロー作品を企画し<ref>[[#池田、高橋 1993|池田、高橋 1993]]、22-23頁</ref>1971年から1973年にかけて[[MBSテレビ|毎日放送]]・[[テレビ朝日|NET]]系列で『[[仮面ライダー]]』が放送された。この作品では優れた身体能力を有する主人公・本郷猛が国際的秘密組織・[[ショッカー]]に改造手術を受けたことにより人間離れした能力を手にし、未知の能力を引き出す手段として特訓に挑む姿が描かれた<ref>[[#池田、高橋 1993|池田、高橋 1993]]、40-43頁</ref>。作品自体はスポ根ものだけでなく既存の[[第一次怪獣ブーム|怪獣もの]]や妖怪ものの要素を取り入れたもので、以降の[[仮面ライダーシリーズ]]においても視聴者層の少年達が好む様々な要素が取り入れられた<ref>[[#池田、高橋 1993|池田、高橋 1993]]、202-203頁</ref>。 |
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一方、ライバルでも憎まれ役タイプの場合、能力は優れていても、性格的に屈折していたり、主人公を目の敵にしたり格下と見て挑発を繰り返してくることも多い。そして、このタイプのキャラクターの多くは、一度は主人公を楽に倒すものの、その役割はあくまで単に主人公のレベルアップの踏み台であり、後に必ず主人公が身に付けた新たな技などにより倒される。その後、時を経て再登場することがあっても、この場合ほとんどが主人公の足下にも及ばぬただのやられ役となる。 |
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[[円谷プロダクション]]制作の特撮番組でも1970年代当時の「スポ根ブーム」の影響を受けて、1971年から1972年にTBS系列で放送された『[[帰ってきたウルトラマン]]』の第4話では主人公・郷秀樹が特訓の末に新必殺技を生み出し敵怪獣の弱点を突いて勝利する場面が描かれた<ref name="ウルトラ">{{Cite book|和書|author=ブレインナビ |year=2012 |title=ウルトラマンは時代を映す鏡だ! |publisher=[[PHP研究所]] |isbn=978-4569677248 |page=65-66頁、110-111頁}}</ref>。また、1974年から1975年に放送された『[[ウルトラマンレオ]]』ではスポ根的な手法が定番となり、主人公・おゝとりゲンが特訓を重ねて必殺技を身に付けると共に精神的に成長する姿が描かれた<ref name="ウルトラ"/>。 |
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ただし、憎まれ役のライバルであっても、一部には最初に主人公を圧倒的な能力差で打ちのめし、その後は主人公の一歩先を常に行き、主人公は「いつかは倒さなければならない相手」としてその背中を追い続け、クライマックスで対峙するというパターンもある。 |
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アニメでは、[[1988年]]に[[ガイナックス]]により『[[トップをねらえ!]]』という[[サイエンス・フィクション|SF]][[ロボットアニメ]]が制作されたが、[[美少女]]・[[ロボットアニメ|巨大ロボット]]・スポ根という3つの要素を組み合わせた作品となった<ref>{{cite web |url=http://www.b-ch.com/ttl/index.php?ttl_c=247 |title=トップをねらえ! |publisher=バンダイチャンネル |accessdate=2013年6月8日}}</ref>。 |
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プロスポーツを舞台としている物語においては、重要な仲間がトレードによってライバルチームに移籍し、強力なライバルとして主人公の前に出現することもある。この有名な例は『巨人の星』の伴宙太である。 |
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== 主な作品 == |
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ただし、ライバルの多く(特に、宿敵に位置付けられた者)も主人公との極限の勝負で肉体を損耗して、主人公が表舞台から去るのと前後して勝負の舞台から去ってゆくことが少なくない。 |
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!作品名!!種目||連載期間||ドラマ化||アニメ化||出典 |
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|[[赤き血のイレブン]]||[[サッカー]]||1970-1971||-||1970-1971||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="東京20130506"/> |
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|[[あしたのジョー]]||[[ボクシング]]||1968-1973||-||1970-1971 他||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="東京20130506"/> |
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|[[アストロ球団]]||[[野球]]||1972-1976||2005||-||<ref name="東京20130506"/> |
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|[[アタックNo.1]]||[[バレーボール]]||1968-1970||2005||1969-1971||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="現代風俗史年表"/><ref name="東京20130506"/> |
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|[[アニマル1]]||[[レスリング]]||1967-1968||-||1968||<ref name="テレビ文化">{{Cite book|和書 |author=[[井上宏]] |title=テレビ文化の社会学 |publisher=[[世界思想社]] |year=1987 |isbn=4-7907-0312-6 |page=162}}</ref> |
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|[[美しきチャレンジャー]]||[[ボウリング]]||1971||1971||-||<ref name="ウルトラ"/> |
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|[[エースをねらえ!]]||[[テニス]]||1973-1980||2004||1973-1974 他||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="東京20130506"/> |
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|[[男どアホウ甲子園]]||野球||1970-1975||-||1970-1971||<ref name="テレビ文化"/> |
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|[[空手バカ一代]]||[[空手]]||1971-1977||-||1973-1974||<ref name="東京20130506"/><ref name="井上、菊142">[[#井上、菊 2012|井上、菊 2012]]、142頁</ref> |
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|[[キックの鬼]]||[[キックボクシング]]||1969-1971||-||1970-1971||<ref name="大衆文化事典"/> |
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|[[巨人の星]]||野球||1966-1971||-||1968-1971 他 ||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="戦後史大事典"/><ref name="東京20130506"/> |
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|[[金メダルへのターン!]]||[[水泳]]||1969-1970||1970-1971||-||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="現代風俗史年表"/> |
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|くたばれ!!涙くん||サッカー||1969-1970||-||-||<ref name="現代風俗史年表"/> |
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|[[コートにかける青春]]<br />[[スマッシュをきめろ!]]||テニス||1969||1971-1972||-||<ref name="現代風俗史年表"/> |
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|[[サインはV]]||バレーボール||1968-1970||1969-1970||-||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="現代風俗史年表"/><ref name="東京20130506"/> |
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|[[侍ジャイアンツ]]||野球||1971-1974||-||1973-1974||<ref name="東京20130506"/> |
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|[[柔道一直線]]||[[柔道]]||1967-1971||1969-1971||-||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="現代風俗史年表"/> |
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|[[柔道讃歌]]||柔道||1972-1975||-||1974|| |
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|[[タイガーマスク]]||[[プロレス]]||1968-1971||-||1969-1971||<ref name="大衆文化事典"/><ref name="東京20130506"/> |
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|ビバ!バレーボール||バレーボール||1968-1971||-||-||<ref>[[#小学館漫画賞事務局 2006|小学館漫画賞事務局 2006]]、117頁</ref> |
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|} |
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== 脚注 == |
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{{Reflist|2}} |
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現代の日本では「スポ根」を前面に出した作品は少数派だが、そのコンセプト自体は変遷を遂げながら以下の理由で脈々と受け継がれていると思われる。 |
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* 現代においても、依然として「スポーツもの」と「対決もの」は[[少年誌]]の看板的存在であり、その随所にスポ根的要素が見受けられる。現代の「スポ根」はその要素を踏まえたうえで、『はじめの一歩』(週刊少年マガジン連載中:[[森川ジョージ]]作)のようなシリアスな方向性のものと、『[[Mr.FULLSWING]]』([[週刊少年ジャンプ]]:[[鈴木信也]]作)のような「スポ根」をネタにした[[ギャグ]]的方向性のものに大別される。 |
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** 現代の「スポ根」の表現として、日常生活を描く場面では梶原作品のような悲壮感は薄れ、ライバル達との戦いの場面でいかに感動的な場面設定をするかによって「スポ根度」はそれぞれ異なる。またかつての様な、努力や根性そのものがテーマという作品は減ってはいるが、勝利を彩り盛り上げる付随要素としては現在でも多く用いられている。 |
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** また『はじめの一歩』の作中でも[[鷹村守]]の様なギャグ要員となるキャラクターが存在している様に、シリアス基調の作品であっても、ただひたすらにシリアス一辺倒に「スポ根」を突き詰めてゆく作品は、現在では読者にあまり受け入れられない傾向がある。 |
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* 現実のスポーツイベントにおいて、一度敗れても特訓の過程を経て勝利すると「[[リベンジ]]を果たした」と評価され、感情移入がより高まる。これは「スポ根」の重要な要素のひとつであり、困難を乗り越えたところに価値観を見出すという「スポ根」の[[洗礼]]を受けた者にとっては感動のツボを衝かれるものである。 |
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** 例:[[K-1]]、[[PRIDE]]([[格闘技]]:多数のリベンジ劇が展開され、演出される) |
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**: [[ドーハの悲劇]]([[サッカー]]:翌大会で[[FIFAワールドカップ|ワールドカップ]]初出場を果たす) |
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**: [[谷亮子]]([[柔道]]:[[金メダル]]確実といわれながら2大会連続で銀メダル→リベンジを果たし2大会連続で金メダル獲得) |
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**: [[浜口京子]]([[レスリング]]:金メダル確実といわれながら銅メダル→[[北京オリンピック]]でリベンジを果たすべく父子特訓を行うもやはり銅メダル) |
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**: [[高橋尚子]]([[マラソン]]:[[アテネオリンピック (2004年)|アテネオリンピック]]落選→過酷な高地トレーニングを経て2005年東京国際女子マラソンで復活優勝、北京オリンピック目指して名古屋国際女子マラソンへ→完走したのみで自己ワースト記録、北京オリンピック代表の選考からはずれる) |
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**: [[2006 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表]]([[野球]]:[[2006 ワールド・ベースボール・クラシック|第1回ワールド・ベースボール・クラシック]]にて1次予選、2次予選ともに[[2006 ワールド・ベースボール・クラシック韓国代表|韓国]]に敗れたが、準決勝で韓国との3度目の対決に勝利) |
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**: [[2009 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表]]([[野球]]:[[2009 ワールド・ベースボール・クラシック|第2回ワールド・ベースボール・クラシック]]にて[[2009 ワールド・ベースボール・クラシック韓国代表|韓国]]代表が『永遠のライバル』として立ちはだかる。結果的に韓国とは腐れ縁のように5回も対戦するが、決勝戦では延長の死闘を制し、優勝) |
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== 参考文献 == |
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その一方、スポーツにおける「強さ」を単に[[精神論]]や[[根性論]]に基づく猛特訓だけに求めず、[[人間工学]]や[[スポーツ医学]]などにも配慮する傾向も見られる。根性論ではしばしば特訓と称して非科学的・非論理的な訓練方法も(コーチの思い付きや誤解にも絡んで)編み出され、これによって傷跡や[[後遺障害]]が残るようなケースも現実社会では発生している。 |
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* {{Cite book|和書|author=池田啓晶 |year=2003 |title=一騎主義宣言 |publisher=[[実業之日本社]] |isbn=4-408-61234-0 |ref=池田 2003}} |
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* {{Cite book|和書|author=[[池田憲章]]、[[高橋信之 (出版プロデューサー)|高橋信之]] 編著 |year=1993 |title=ウルトラマン対仮面ライダー メガヒーロー 光と影の神話 |publisher=[[文藝春秋]] |isbn=978-4163471709 |ref=池田、高橋 1993}} |
|||
* {{Cite book|和書|author=[[井上俊]]、菊幸一 編著 |year=2012 |title=よくわかるスポーツ文化論 |publisher=[[ミネルヴァ書房]] |isbn=978-4623061181 |ref=井上、菊 2012}} |
|||
* {{Cite book|和書|author=海老原修|chapter=スポーツ漫画にみる努力と才能の葛藤 |year=2001 |title=体育の科学 |volume=51巻10月号 |publisher=杏林書院 |ref=海老原 2001}} |
|||
* {{Cite book|和書|author=斎藤宣彦|year=2011|title=マンガの遺伝子|publisher=[[講談社]] |isbn=978-4062881371|ref=斉藤 2011}} |
|||
* {{Cite book|和書|author=[[小学館漫画賞]]事務局編、[[竹内オサム]]監修 |year=2006 |title=現代漫画博物館 |publisher=[[小学館]] |isbn= 978-4091790033 |ref=小学館漫画賞事務局 2006}} |
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* {{Cite book|和書|author=[[夏目房之介]] |year=1991 |title=消えた魔球--熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか |publisher=[[双葉社]] | isbn=978-4575281170 |ref=夏目 1991}} |
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* {{Cite book|和書|author=三ツ屋誠 |year=2009 |title=「少年ジャンプ」資本主義 |publisher=NTT出版 |isbn=ISBN 978-4757122451 |ref=三ツ屋 2009}} |
|||
* {{Cite book|和書|author=宮原照夫 |year=2005 |title=実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記 |publisher=講談社 | isbn=978-4063646542 |ref=宮原 2005}} |
|||
* {{Cite book|和書|author=森田六郎 |year=2011 |title=日本人の心がわかる日本語 |publisher=[[アスク]] | isbn=978-4872177862 |ref=森田 2011}} |
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* {{Cite book|和書|author=米沢嘉博 |year=2002 |title=戦後野球マンガ史--手塚治虫のいない風景 |publisher=[[平凡社]] | isbn=978-4582851540 |ref=米沢 2002}} |
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== 関連項目 == |
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他方、現実のボクシングの世界では『[[あしたのジョー]]』の影響がいまだに根強い。これもあり日本人の選手・関係者、テレビ中継のアナウンサー・解説者の言動には、「燃え尽きて灰になるまで闘う」ことを至上の美学とした、まさにスポ根的思想に根ざした言動が見られることが珍しくない。だが、その美学を貫こうとした著名ボクサーが脳にダメージを蓄積した挙げ句に[[パンチドランカー]]的なおかしな言動を見せたり、あるいはボクサーの選手生命にとっては致命傷である[[網膜剥離]]を押し隠して試合を強行するといったケースも起こしているなど、スポ根的な思想の弊害は顕著に現れている。 |
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こういった事情に絡むのか、あるいは漫画の表現技法の進化によるリアリティの追求によるものかは一概には言い切れないが、2000年前後からは漫画でもスポーツ医学上の理論などへの配慮が見られ、一例を挙げれば『[[アイシールド21]]』では過酷な特訓の中にも、給水や休息の重要性を訴える描写が行われている。また[[ウサギ跳び]]は古くスポーツ漫画で好んで描写された基礎練習方法であったが、近年になって負担が掛かるばかりで実質的な効果の薄い運動であるとして避けられるようになり、昨今のスポーツ漫画でも同様の理由から『過激な負荷とそれに耐える根性のみが、さらなる高みを切り開く』という形でのトレーニング描写は行われない傾向にある。 |
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だが、マスコミ報道や雑誌記事などの全国メディアでは、現在でもなお選手の故障・スランプ・挫折からの復活や、その復活によって選手が得たであろう充足感を、スポ根調に描き上げ過度に美化して報道していることが珍しくない(「[[上野由岐子|上野]]の318球」など)。特に[[日本の高校野球|高校野球]]の地方大会などで、地域面が強豪校ではない「普通の学校」をトピックとして取り上げる際には、記事として使用できる話題が不足しがちなこともあって、この様な傾向が一層強くなり、新聞の紙面・新聞社のホームページの地方欄・高校野球コーナーなどでも全国各地から発信されたスポ根調の文面の記事が並ぶことになる。さらには、選手自身のみならず、監督やマネージャーなど周囲の人物に癌や白血病で闘病している、果ては郷里が大[[災害]]で被災したなどのお誂え向きな状況が存在していた場合、郷里や当人の為に全力で勝利しようとする(または、努力したが無念にも試合で敗退して涙する)若者たち、という構図を作り出し、感動を煽ろうとする事も多いが、これなどはまさにスポ根物語的な発想に根ざしたものといえる。 |
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== 主な作品 == |
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* [[あしたのジョー]] |
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* [[巨人の星]] |
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* [[1・2の三四郎]] |
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* [[タイガーマスク]] |
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* [[アタックNo.1]] |
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* [[柔道一直線]] |
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* [[柔道讃歌]] |
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* [[アニマル1]] |
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* [[赤き血のイレブン]] |
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* [[キックの鬼]] |
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* [[空手バカ一代]] |
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* [[侍ジャイアンツ]] |
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* [[エースをねらえ!]] |
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* [[サインはV]] |
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* [[コートにかける青春]] |
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* [[金メダルへのターン!]] |
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* [[美しきチャレンジャー]] |
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* [[アストロ球団]] |
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* [[キャプテン (漫画)|キャプテン]] |
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* [[プレイボール (漫画)|プレイボール]] |
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* [[スクール☆ウォーズ]] |
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* [[はじめの一歩]] |
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== 関連用語 == |
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* [[根性論]] |
* [[根性論]] |
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* [[体育会系]] |
* [[体育会系]] |
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* [[日本の高校野球]]([[全国高等学校野球選手権大会]]・[[選抜高等学校野球大会]]) |
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* [[熱闘甲子園]] |
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* [[がんばれベアーズ]] - [[少年野球]]において「落ちこぼれ」とされる選手達と、[[マイナーリーグ]]を[[ドロップアウト]]した監督の奮闘を描いており、スポ根の変型とも取れる[[アメリカ映画]]。 |
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== 脚注 == |
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<references /> |
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== 関連図書 == |
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* [[夏目房之介]]『消えた魔球:熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』([[双葉社]]、タイトルは『巨人の星』の消える魔球のパロディ)ISBN 4575281174 |
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* [[ホイチョイ・プロダクションズ]]『OTV』 |
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2013年9月3日 (火) 10:13時点における版
スポ根(スポこん)とは、「スポーツ」と「根性」を合成した「スポーツ根性もの」の略語[1][2]で、日本の漫画、アニメ、ドラマにおけるジャンルの一つである。このジャンルの作品を「スポ根漫画」「スポ根アニメ」「スポ根ドラマ」と呼ぶ。
概要
背景
「根性」とは元々は仏教用語で「その人が生まれながらに持ち合わせる性質」を意味する言葉だが[3]、日本のスポーツ界において「困難な状況にあっても屈することなく物事をやり通す意思や精神力」を意味する言葉として用いられてきた[4]。肯定的な用法には「根性で勝ち取った」、否定的な用法には「根性が足りない」「根性を鍛えなおす」などがある[5]。
日本には明治時代から欧米発祥の様々なスポーツが輸入されてきたが社会的交流の手段としての側面に関心は払われず、技術向上と勝利の追求のみに関心が払われた[6]。それらを実現するための指導法と強化体制の確立が重視されてきたが[6]、その中で登場したのが「根性」という言葉だった。精神に訴えかける言葉自体は第二次世界大戦後に非科学的として敬遠されていたが[7]、1964年に行われた東京オリンピックにおいてバレーボール全日本女子を率いた大松博文やレスリング日本代表を率いた八田一朗が精神論を前面に出した厳格な練習方法を導入して成果を挙げた[7][8]。大松や八田の影響により厳しさに耐え抜き努力する姿勢を尊ぶ風潮が生まれ、スポーツ界のみならず一般社会においても「根性」という言葉が普及するに至った[7]。
一方、「根性」という言葉は時には競技に関わる上での動機づけ、厳しい練習に耐えうる忍耐力、試合に挑む上での集中力の意味で用いられるなど抽象的かつ多義的なものであった[5][9]。スポーツ分野において精神的要素は不可欠なもので競技のレベルが高くなるほど勝敗や記録に影響を及ぼす傾向があるものの十分な科学的検証がなされてこなかったが[9]、1990年代頃から選手が競技の場において最高の状態で能力を発揮するための自己管理を目的としたメンタルトレーニングの研究開発が行われている[9]。
定義
狭義のスポ根とは、1960年代から1970年代の日本の高度経済成長期に一般大衆の人気を獲得したジャンルであり[1]、メキシコ五輪が開催された1968年前後に人気のピークを迎えた[1]。定義としては以下のものが挙げられる。
主人公が努力と根性でひたむきに競技に取り組み、特訓を重ね、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて成長を遂げてライバルとの勝負に打ち勝っていくのだが[11]、主人公が背負った苦労を強調させるために、スポーツ選手としての天性の素質を持ち容易く主人公を打ち破ることが出来るライバルの存在は必須であり、貧困層出身の主人公に対し富裕層出身のライバル、といった対比構図も盛り込まれた[12]。こうした弱者が強者に努力と根性で立ち向かうストーリー構成は高度成長期に一般大衆が抱いていた「欧米諸国に追いつき追い越せ」という価値観と一致するものであり[1][11]、当時の読者に支持をされた[1]。
広義のスポ根とは、「スポーツに熱中して取り組む青春物語[13]」や「友情・努力・勝利[14]」とされるなど多様である。なかには「スポ根風青春コメディ」「スポ根コメディ」などの言葉で紹介されている作品もあるが[15][16]、本記事では狭義のスポ根作品について紹介する。
歴史
前史
1952年に福井英一の柔道漫画『イガグリくん』が『冒険王』で連載された。柔道だけでなく異種格闘技戦の要素も含んだこの作品は熱血スポーツ漫画のルーツとも呼ばれ、後の作品群に影響を与えることになった[17]。『イガグリくん』のキャラクター設定や必殺技を擁した対決シーンは、貝塚ひろしの野球漫画『くりくり投手』へと引き継がれ、これ以降のスポーツ漫画における定石となった[17]。『くりくり投手』では『イガグリくん』の手法を更に極端化し、必殺技を身に付けるための過激な特訓の描写も登場した[18]。
1961年に『週刊少年マガジン』では野球漫画『ちかいの魔球』(原作:福本和也、作画:ちばてつや)が連載された。この作品では実在のプロ野球の世界と必殺技の要素を併せた内容となり[19]、後に同誌で連載された『黒い秘密兵器』(原作:福本和也、作画:一峰大二)や『巨人の星』へと踏襲された[19]。
誕生と発展
一般的に「スポ根」の発祥となった作品や元祖と呼ばれる作品は『週刊少年マガジン』で1965年から1971年にかけて連載された『巨人の星』(原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる)である[1][20][21]。この作品は1930年代に人気を獲得した吉川英治の小説『宮本武蔵』のような、一つの道を究めライバルとの対決に打ち勝っていく人物を主人公とする構想をもつ編集部と[22]、アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『モンテ・クリスト伯』のような悲劇的な運命を背負った人物を主人公とする構想を持つ梶原とが結びついたことにより誕生した[22]。これらの要素に1960年代に社会問題となっていた苛烈な受験競争を後押しする教育ママの存在を反映し[23]、人間教育には父親の存在は欠かせないものとし、「教育ママに対するアンチテーゼ」として父権的なキャラクターを登場させ、主人公・星飛雄馬と父・星一徹の戦いと葛藤が物語の軸となった[23]。
この作品の特徴である、作画を担当した川崎の発案による過剰な表現手法や、原作を担当した梶原による大仰な台詞まわしは当時から批判の声もあったが[24]、作品自体は徐々に人気を高め『週刊少年マガジン』の部数を100万部に押し上げた[24]。
梶原は、その後も柔道を題材とした『柔道一直線』(作画:永島慎二・斎藤ゆずる)、プロレスを題材とした『タイガーマスク』(作画:辻なおき)、ボクシングを題材とした『あしたのジョー』(作画:ちばてつや)の原作を務めたが人生論的な要素が強い『巨人の星』とは異なる趣向を取り入れた[25]。梶原の自伝によれば『柔道一直線』では技と技の応酬といったエンターテインメント性に焦点を充てる一方で立ち技優先の傾向があった当時の日本柔道界へのアンチテーゼを[25]、『タイガーマスク』では往年の『黄金バット』のプロレス版を標榜し善と悪の二面性のあるヒーローを[25]、『あしたのジョー』では『巨人の星』の主人公・星飛雄馬のような模範的な人物へのアンチテーゼとして野性的な不良少年・矢吹丈を主人公としアウトローぶりを意図したという[25]。
また「スポ根」の手法は少女漫画にも伝播したが従来、品行方正で内向的な傾向の強かった少女漫画の作品世界に競争の原理を導入したと評される[26]。バレーボールを題材とした『アタックNo.1』(浦野千賀子)や『サインはV』(原作:神保史郎、作画:望月あきら)では少年誌さながらの必殺技の応酬や根性的要素が描かれると共に、恋や友情や家庭の問題、思春期の悩みといった少女漫画の主要テーマが盛り込まれた[27]。
これらの作品は「スポ根」の代表的作品と評価されており[1]、人気作品は1969年前後に次々とアニメ化やテレビドラマ化された[28]。
沈静化
1972年から1981年にかけて連載された水島新司の野球漫画『ドカベン』では、スポ根の特徴の一つである「貧困」や「必殺技」と呼ばれる描写は存在したものの、野球漫画の手法として主流だった「魔球」の描写は排除され、現実的な試合展開が重視された[29]。ちばあきおの野球漫画『キャプテン』や『プレイボール』では根性や努力といった要素を残しつつも『ドカベン』と同様に「魔球」を排除し、野球に打ち込む少年たちの姿に焦点を当てた[29]。
「スポ根」からの脱却の動きは少女誌でも起こり、1973年から1980年にかけて連載された山本鈴美香のテニス漫画『エースをねらえ!』や、1971年から1975年にかけて連載された山岸凉子のバレエ漫画『アラベスク』では、作品序盤は旧来的な主人公とライバルとの対比構図や精神主義といった要素を残していたが、作品が進行するに従って、それらの枠組みから脱却し登場人物たちが自立し成長する内容へと転化していった[1]。
「スポ根」における特徴の一つだった「魔球」や「必殺技」の要素は1972年から1976年にかけて連載された野球漫画『アストロ球団』(原作:遠崎史朗、作画:中島徳博)においていっそう過激化し[30]、作品終盤では超人選手によって次々に生み出された「必殺技」により多数の死傷者を生み出す、デスマッチの場と化した[31]。一方、『ドカベン』の作者である水島は野球漫画『野球狂の詩』の中で「魔球」を「存在」ではなく「情報」として扱い[32]、「魔球」という言葉により相手に精神的重圧を与える、試合における「駆け引き」の道具として描くことによって「魔球」を否定した[32]。これらの作品によって「スポ根」の特徴だった荒唐無稽な要素は退潮し[33]、スポーツ漫画は現実的な作風へと転換していった[32]。
テレビドラマ
スポ根漫画の誕生と前後して日本テレビ系列ではラグビーやサッカーといった集団スポーツを通じた教師と生徒たちの交流を描いた『青春とはなんだ』『これが青春だ』『でっかい青春』などの青春ドラマ(一部で「東宝青春学園ドラマシリーズ」と呼ばれる)が放送された[1]。この背景には、1964年に行われた東京オリンピックにおいてバレーボール全日本女子を優勝に導いた大松博文の影響があるとされている[1]。
1960年代後半から1970年代初頭にかけてスポ根漫画を原作としたテレビドラマが登場し、TBS系列で放送された柔道を題材とした『柔道一直線』やバレーボールを題材とした『サインはV』や水泳を題材とした『金メダルへのターン!』などが人気作品となるなどのスポ根番組ブームとなった[28]。その中で、『サインはV』は原作と同様に特訓による根性的要素が描かれたが、番組収録時には出演者に対して長時間に渡る練習を課しリハーサルを経て消耗し切った所で撮影に挑んだという[34]。
日本国内でスポ根番組ブームが終息していた1970年代後半にテレビ朝日系列でバレーボールを題材とした『燃えろアタック』(原作:石ノ森章太郎)が放送された。スポ根の要素を前面に出したこの作品は後に中華人民共和国でも放送され人気を獲得した[35]。
1985年から1986年にTBS系列でラグビーを題材とした『スクール☆ウォーズ』が放送された。元ラグビー日本代表の山口良治が赴任した高校の弱小ラグビー部を就任から7年で全国優勝に導いた実話を基にした作品で、放送当時すでにスポ根的手法は「時代遅れ」という評価もあったが[36]、いわゆる大映ドラマの特徴でもある過剰な演出や台詞回しにより、当時の学生たちの人気を獲得した[36][37]。1990年には主人公・滝沢賢治の6年後の姿を描いた続編『スクール☆ウォーズ2』が放送されたが、全16話で終了した[38]。
テレビアニメ
漫画におけるスポ根人気と東京オリンピック開催の影響もありアニメの世界でもスポ根が扱われることになった[39]。1968年から放送されたアニメ版の『巨人の星』が人気を博すと[39]、この当時の少女の人気スポーツであるバレーボールが着目され[39]、製作者側の「『巨人の星』の少女版を」との思惑や、バレーボールを題材としたテレビドラマの『サインはV』の人気が追い風となり[39]、『アタックNo.1』の放送が始まった。アニメでも漫画やドラマと同様にスポ根特有の過剰な表現が多用されたが[39]、同時に「スローモーション」や「止め絵」といった表現手法や演出法の研究開発が行われたことにより、アニメとしての技術力が進歩した[39]。
アニメ作品は漫画作品に比べて進行が速く漫画の連載状況に容易に追いついてしまうことからオリジナルの登場人物やエピソードが新たに追加された[40]。こうした事情について『あしたのジョー』の作画を担当した漫画家のちばてつやは「自分の手元から離れた世界。親元から離れた子供のように向うの世界で良い人生を送れたらいいと割りきっていた」と証言しているが[40]、反対にアニメの演出が自身の連載作品に影響を受けることもあったという[40]。『タイガーマスク』でも原作を追い越した際のオリジナルストーリーが追加されたほか原作とは異なる結末が描かれている[41]。また、主人公・伊達直人を支える人物として吉川英治の小説『宮本武蔵』における沢庵和尚をイメージした師匠の嵐虎之介や[41]、虎の穴時代からの親友である大門大吾、弟分の高岡拳太郎といった登場人物が新たに創作され準レギュラーとなった[41]。
ギャグ化による衰退
「スポ根」漫画の全盛期である1960年代には多くの読者の支持を得たが[42]、その一方で精神主義や芝居がかった演出には当時から批判的な意見があった[42]。1975年から1978年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された野球漫画『1・2のアッホ!!』(コンタロウ)や、1977年から1980年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された野球漫画『すすめ!!パイレーツ』(江口寿史)では、そうした批判的視点を背景に従来のスポーツ漫画にギャグ漫画の要素を取り入れ、スポ根的な価値観を風刺した[42]。1980年代に入ると、「直向きさ」「努力」「根性」といった価値観は格好の悪いもの、ダサいものとして見做されるようになっていたが[43]、1984年に少女誌の『花とゆめ』で連載された野球漫画『甲子園の空に笑え!』(川原泉)では、かつてのスポ根漫画における「感動のあまり涙を流す」「男同士による抱擁」といった表現を「常軌を逸した行為」として扱った[44]。
かつて一般大衆の価値観を反映したといわれた「スポ根」は、1970年代末から勃興したギャグ化の流れにより「嘲笑」の対象となり、ジャンルとしての「スポ根」を衰退させる結果となった[2]。
終焉
1981年から『週刊少年サンデー』で連載された野球漫画『タッチ』(あだち充)は、スポーツ漫画および少年漫画の世界に少女漫画的な手法を導入した作品と評される[45][46]。この作品は、登場人物間の三角関係や野球についての深刻な局面において、明るさや軽妙さを挟むことで敬遠させる「間を外す」手法が特徴的であるが[47]、最終話では、主人公・上杉達也に対してライバル・新田明男が新しいステージでの再戦を仄めかす台詞を語りかけるのに対して「疲れるから」と拒否する台詞を語らせている[48]。漫画コラムニストの夏目房之介は1991年に出版した『消えた魔球--熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』の中で、この場面を取り上げ、「この台詞で熱血スポーツものはコケた(終焉した[49])」と評している[48]。
同じく1981年から『週刊少年ジャンプ』で連載されたサッカー漫画『キャプテン翼』(高橋陽一)では、従来の「スポ根」の構造を逆転させ、天才型の主人公が貧困や努力に支えられた精神主義を基盤とするライバル達と対峙し打ち破っていく作品となった[50]。この作品では努力や特訓の成果ではなく「サッカーの楽しさ」「自由な発想」が勝敗を決定する価値基準となり[51]、天才型主人公の大空翼の壁を越えられずに葛藤する努力型ライバルの日向小次郎に「特訓の成果」ではなく「自由な発想」という作品内の価値基準に気付かせることで、追いつかせる描写がなされた[51]。小谷憲一は『テニスボーイ』(週刊少年ジャンプ、1979年〜1982年)最終エピソードで、主人公・飛鷹翔に、勝つための秘訣として「“Enjoy tennis”(テニスを楽しめ)さ!」と言わせている(当初は非現実的なトレーニング法やスーパーショットを描くなど、やはりスポ根路線だった)。
1970年代後半から続くギャグ化[11]、根性の要素を打ち消した爽やかな作品群の登場[11]、数々のスポ根作品を生み出した梶原一騎の傷害事件とスキャンダルによる漫画界からの撤退[11]、安定成長期に生まれ育った読者層との価値観の断絶[11]、スポーツ界での伝統的な指導法に代わる科学的理論に基づいた指導法の研究開発[11]、などといった社会情勢の変化により「スポ根」というジャンルは終息した[11]。
2000年代以降の状況
その後も、競技そのものの魅力を伝える作品、競技をとりまく登場人物の日常や個々の内面を描く作品などといったスポーツ漫画の傾向は続いている[52]。より日常生活に立脚した作品が主流となり、貧富の格差による対立軸に基づく上昇志向や、それを実現させるための過度の根性や努力といった要素が描かれることは少ない[52][53]。
2003年から『月刊アフタヌーン』で連載されている野球漫画『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ)はスポーツ漫画の世界にはじめて関係主義を全面的に導入した作品と評されているが[54]、才能や努力よりも先に他者との関係性が第一にありチームメイト同士や周囲を取り巻く人々の細やかな日常や心理描写が描かれた[54]。精神科医の斎藤環は『おおきく振りかぶって』以降に登場した作品のひとつで、2006年から『イブニング』で連載されているバレーボール漫画『少女ファイト』(日本橋ヨヲコ)の傾向について「根性とは異なる「他者への配慮」という精神性を有する」と評し、かつてのスポ根における精神性と明確に区別している[54]。また、多くの野球漫画を発表している三田紀房は「スポ根の持ち合わせた情動は、もはや読者に届かない」と明言し、自身の作品『砂の栄冠』では「関係性や他者との交流を描いた上で登場人物の才能を開花させたい」と語っている[53]。
必殺技の開発
スポ根作品において血のにじむ様な特訓や、その結果として編み出される必殺技や魔球の存在は欠かすことが出来ないが完成に至るまでの過程は様々である。スポ根成立以前のスポーツ漫画では必殺技や魔球は主に忍者を出自に持つ競技者が取扱う忍術として描かれ、競技者はそれらの能力を当然のように身に付けているため開発の経緯も定かではなかったが[55]、後のスポ根作品群では特訓の成果として編み出されることが一般化した[55]。漫画コラムニストの夏目房之介はスポ根作品と必殺技や魔球の関係性をカレーライスと福神漬に例えているが、本格的なスポーツ漫画を標榜すれば必殺技や魔球の存在は作品を台無しにするとも指摘している[55]。
- 偶然型
- 無意識のうちに必殺技を編み出すスタイル。本人に自覚がなく理論的裏付けがない[55]。
- 理論型
- ある理論に基づきそれを具現化するために特訓を行うスタイル。必殺技を編み出すために山などに籠り極限状態に至るまで特訓を試みる[55]。特に梶原一騎の作品では競技の勝敗以上に必殺技の開発と自己の修練に重点が置かれ[56][57]、必殺技を生み出すための理論、対戦相手の必殺技に対抗するための理論を事細かく構築する傾向が強い[56]。ただし、その理論が現実の競技の特性に沿わない場合や[56]限度を超えて身体を酷使し精神を抑圧するなど狂信的な手段に訴える場合がある[58]。
- 指導者教示型
- 指導者の教示の下で必殺技を編み出すスタイル。即時の習得が可能なものから特訓を必要とするものまで難易度は様々であり、実戦の中で編み出す場合もある[55]。
- 特訓中の偶然型
- 「理論型」特訓の最中に発生した突発的な事象により必殺技を編み出すスタイル[55]。
なお、1970年代後期にはボクシング漫画『リングにかけろ』(車田正美)のように理論構築、必殺技の開発、自己の修練などの過程を省略し勝利という結果のみを誇張して伝える作品が登場した[59]。
影響
社会的影響
日本国内のスポーツ競技の集団主義や精神主義といった事情と「スポ根」を結びつける指摘があり[1][60]、スポ根作品がそうした価値観を推奨した影響により学生スポーツにおいて過度の練習や体罰を後押しする結果となった、との風潮が生まれた[11]。
例えば漫画やドラマの影響によりウサギ跳びのような筋肉に負担が掛かるばかりで実質的な効果の少ない運動法が運動生理学を知らない指導者達から部員に対して常態的に行われていたとされる[61]。また、スポ根ブームの渦中にあった1970年に学校の部活動において練習中の事故や、退部を申し出た生徒が部員から暴行を受けるなどの事件が多発したが[62]、そのうちの東京都の中学校でバスケットボール部に所属する1年生の女子生徒が部員から暴行を受けて重傷を負った事件について、スポ根の影響とする報道がなされた[63]。また、日本人のスポーツに対する「きつい」「つらい」などといった否定的なイメージ構築に「スポ根」作品が影響している、とする指摘もある[64]。
一方、日本国内のスポーツ競技における集団主義や精神主義は明治時代に政府がスポーツを奨励したことを契機に各学校内に体育会が組織された当時からの伝統であり[60]、スポ根作品が支持を得た1960年から1970年代当時の日本のスポーツ界では集団主義や精神主義を基盤とした厳しい指導が常態化していた[11]。こうした経緯からスポ根作品は単に世相を反映したに過ぎず厳しい指導の実践は漫画やドラマの影響というより成果を重視する指導者の側の問題である、とも指摘されている[11]。
1980年代以降、科学的トレーニングの研究開発や導入によりスポーツ界の内情も変化を遂げているが[11]、一部の現場では「しごき」の強要といった古典的な指導法が残されている[65]。2013年5月、文部科学省の有識者会議は大阪市立桜宮高等学校のバスケットボール部員が指導者から体罰を受けたことを苦に自殺した事件を受けて、部活動中において指導者が部員に対して過度な肉体的、精神的負荷を与える行為を禁止するガイドラインを示した[66]。このガイドラインについて『スポーツニッポン』紙は「往年の『巨人の星』のような限度を超えたスポ根ヒーローの出現は難しくなった」と報じた[66]。
文化的影響
漫画家の手塚治虫は様々な題材の漫画作品を発表したがスポーツの世界を描くことはなかった[67]。1960年代後半のスポ根ブームの際、室町時代を舞台とした作品『どろろ』の中で父親の権威欲のために生まれながらに身体的なハンデを背負う百鬼丸という主人公を描いたが、社会学者の桜井哲夫は百鬼丸の設定はスポ根の代表的作品である『巨人の星』に対する作品に仮託した批判であると指摘している[67]。また、この時期を境に父権的な価値観に反する登場人物を描く傾向が強まったともいう[67]。
スポ根における「問題を解消するために特訓を繰り返し、その成果として必殺技を生み出す」といった手法は漫画においても料理・グルメ漫画の分野へと伝播した[68]。「必殺技」の要素は「アイデア料理」「アイデア料理法」へと形を変え、1970年代に『週刊少年ジャンプ』で連載された『包丁人味平』(原作:牛次郎、作画:ビッグ錠)や1980年代に『週刊少年マガジン』で連載された『ミスター味っ子』(寺沢大介)などの作品に受け継がれた[68]。
東映制作の特撮番組ではスポ根の影響を受け『タイガーマスク』のような子供の変身願望を満たす仮面ヒーロー作品を企画し[69]1971年から1973年にかけて毎日放送・NET系列で『仮面ライダー』が放送された。この作品では優れた身体能力を有する主人公・本郷猛が国際的秘密組織・ショッカーに改造手術を受けたことにより人間離れした能力を手にし、未知の能力を引き出す手段として特訓に挑む姿が描かれた[70]。作品自体はスポ根ものだけでなく既存の怪獣ものや妖怪ものの要素を取り入れたもので、以降の仮面ライダーシリーズにおいても視聴者層の少年達が好む様々な要素が取り入れられた[71]。
円谷プロダクション制作の特撮番組でも1970年代当時の「スポ根ブーム」の影響を受けて、1971年から1972年にTBS系列で放送された『帰ってきたウルトラマン』の第4話では主人公・郷秀樹が特訓の末に新必殺技を生み出し敵怪獣の弱点を突いて勝利する場面が描かれた[72]。また、1974年から1975年に放送された『ウルトラマンレオ』ではスポ根的な手法が定番となり、主人公・おゝとりゲンが特訓を重ねて必殺技を身に付けると共に精神的に成長する姿が描かれた[72]。
アニメでは、1988年にガイナックスにより『トップをねらえ!』というSFロボットアニメが制作されたが、美少女・巨大ロボット・スポ根という3つの要素を組み合わせた作品となった[73]。
主な作品
作品名 | 種目 | 連載期間 | ドラマ化 | アニメ化 | 出典 |
---|---|---|---|---|---|
赤き血のイレブン | サッカー | 1970-1971 | - | 1970-1971 | [1][11] |
あしたのジョー | ボクシング | 1968-1973 | - | 1970-1971 他 | [1][11] |
アストロ球団 | 野球 | 1972-1976 | 2005 | - | [11] |
アタックNo.1 | バレーボール | 1968-1970 | 2005 | 1969-1971 | [1][10][11] |
アニマル1 | レスリング | 1967-1968 | - | 1968 | [74] |
美しきチャレンジャー | ボウリング | 1971 | 1971 | - | [72] |
エースをねらえ! | テニス | 1973-1980 | 2004 | 1973-1974 他 | [1][11] |
男どアホウ甲子園 | 野球 | 1970-1975 | - | 1970-1971 | [74] |
空手バカ一代 | 空手 | 1971-1977 | - | 1973-1974 | [11][60] |
キックの鬼 | キックボクシング | 1969-1971 | - | 1970-1971 | [1] |
巨人の星 | 野球 | 1966-1971 | - | 1968-1971 他 | [1][2][11] |
金メダルへのターン! | 水泳 | 1969-1970 | 1970-1971 | - | [1][10] |
くたばれ!!涙くん | サッカー | 1969-1970 | - | - | [10] |
コートにかける青春 スマッシュをきめろ! |
テニス | 1969 | 1971-1972 | - | [10] |
サインはV | バレーボール | 1968-1970 | 1969-1970 | - | [1][10][11] |
侍ジャイアンツ | 野球 | 1971-1974 | - | 1973-1974 | [11] |
柔道一直線 | 柔道 | 1967-1971 | 1969-1971 | - | [1][10] |
柔道讃歌 | 柔道 | 1972-1975 | - | 1974 | |
タイガーマスク | プロレス | 1968-1971 | - | 1969-1971 | [1][11] |
ビバ!バレーボール | バレーボール | 1968-1971 | - | - | [75] |
脚注
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