牛田八幡社
表示
牛田八幡社 | |
---|---|
南の鳥居 | |
所在地 | 愛知県知立市牛田町宮本14 |
位置 | 北緯35度00分3.2秒 東経137度04分7.6秒 / 北緯35.000889度 東経137.068778度座標: 北緯35度00分3.2秒 東経137度04分7.6秒 / 北緯35.000889度 東経137.068778度 |
主祭神 | 誉田別尊 |
社格等 | 旧村社 |
本殿の様式 | 一間社流造 |
牛田八幡社(うしだはちまんしゃ)は、愛知県知立市牛田町宮本14にある神社。社格は旧村社。
覆殿と拝殿の間に中殿を設ける社殿配置は極めて珍しいとされる[1]。本殿、覆殿、中殿及び袖廊、拝殿が登録有形文化財[1]。
祭神
[編集]歴史
[編集]鎌倉時代の建久年間(1190年-1199年)、源頼朝の目代が猿渡川の南側に城を築いた際、現在地に鎌倉の鶴岡八幡宮から勧請して祀ったのが起源とされる[2]。
元禄8年(1695年)には泉蔵寺の住職が八幡大菩薩像を神殿に安置し、牛田八幡社は泉蔵寺の守護神という扱いだった[3]。
かつての三河国碧海郡牛田村にある。隣接する来迎寺村には寛政年間(1789年-1801年)まで村社は存在せず、牛田八幡社を氏神として祀っていたが、その後来迎寺を氏神にしたとされる[4]。
境内
[編集]旧東海道の南側に位置する。境内の南側から順に、拝殿、中殿及び袖廊、本殿と本殿を覆う覆殿が一列に並んでいる[1]。中殿及び袖廊、覆殿を築地塀が囲んでいる[1]。
- 本殿 - 江戸時代中期竣工[1]。一間社流造、杮葺[1]。松と鶴の彫刻を有する[1]。知立市最古の神社本殿[1]。
- 覆殿 - 安政3年(1856年)竣工[1]。三間社入母屋造、桟瓦葺[1]。平入、一間向拝付[1]。西三河地方の神社には本殿を風雨から守る覆殿が多いとされるが、本殿形式の覆殿は珍しいとされる[1]。
- 中殿 - 1909年(明治42年)竣工[1]。入母屋造、妻入、桟瓦葺[1]。桁行三間、梁間一間[1]。正面の東側に波と龍、西側に竹と虎の彫刻を有する[1]。両脇には神饌所と神具庫を備える袖廊を有する[1]。覆殿と拝殿の間に中殿を有する配置は極めて珍しいとされる[1]。
- 拝殿(神楽殿) - 1882年(明治15年)竣工[1]。入母屋造、桟瓦葺[1]。平入[1]。桁行三間、梁間三間[1]。正面と側面には竹や牡丹と獅子の彫刻、正面中央の虹梁には雲と双龍の彫刻を有する[1]。
- 築地塀 - 文久3年(1863年)竣工[1]。
- 手水舎 - 1899年(明治32年)竣工[1]。
- 社務所 - 1926年(大正15年)竣工[1]。
-
覆殿
-
中殿
-
拝殿(神楽殿)
-
西の鳥居
摂末社
[編集]-
境内社
-
境内社の内部
-
清霊社
文化財
[編集]登録有形文化財
[編集]- 本殿 - 2024年(令和6年)3月6日登録[5]。
- 覆殿 - 2024年(令和6年)3月6日登録[6]。
- 中殿及び袖廊 - 2024年(令和6年)3月6日登録[7]。
- 拝殿 - 2024年(令和6年)3月6日登録[8]。
年中行事
[編集]- 1月 新年祭
- 3月 祈年祭
- 5月 清霊社祭
- 7月 新年祭
- 10月 例大祭
- 12月 新嘗祭
- 12月31日 厄払祈願祭
現地情報
[編集]- 所在地
- 交通アクセス
脚注
[編集]外部リンク
[編集]- 牛田八幡社本殿 文化遺産オンライン