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片平 (川崎市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
片平
町丁大字
修廣寺
地図北緯35度35分44秒 東経139度29分21秒 / 北緯35.595628度 東経139.489258度 / 35.595628; 139.489258
日本の旗 日本
都道府県 神奈川県の旗 神奈川
市町村 川崎市
行政区 麻生区
人口情報2024年(令和6年)6月30日現在[1]
 人口 12,043 人
 世帯数 5,780 世帯
面積[2]
  1.802330894 km²
人口密度 6681.9 人/km²
設置日 1939年昭和14年)
郵便番号 215-0023[3]
市外局番 044(川崎MA[4]
ナンバープレート 川崎
ウィキポータル 日本の町・字
神奈川県の旗 ウィキポータル 神奈川県
ウィキプロジェクト 日本の町・字
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片平(かたひら)は、神奈川県川崎市麻生区地名1982年昭和57年)から2006年平成18年)にかけて住居表示実施済みの町丁としての片平1丁目から8丁目[5]と、2013年(平成25年)12月9日現在で住居表示未実施である、大字としての片平[6]が併存している。面積は1.80 km2[2]

地理

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麻生グラウンド

麻生区の西部に位置し、全体が多摩丘陵の上にある[7]麻生川の支流である片平川が域内を北西から南東へ流れ、それに沿って神奈川県道137号上麻生連光寺線が並走する[8]ほか、東端を神奈川県道3号世田谷町田線(津久井道)が通過している。北部や東部は小田急多摩線の整備に合わせて土地区画整理事業が行われ[8]住宅地となっている[7]が、南西部に残る丁目の付かない片平は市街化調整区域となっており、田畑や雑木林などの景観が残っている[8]

片平は北東端で栗平白鳥五力田と、東端で麻生川を挟んで上麻生と、南西端で東京都町田市能ヶ谷広袴町と、西端で栗木と接する(特記のない町域は神奈川県川崎市麻生区)。

地価

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住宅地の地価は、2024年令和6年)1月1日公示地価によれば、片平4丁目3-29の地点で18万5000円/m²となっている[9]

歴史

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古代

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当地からは葉積台遺跡・片平遺跡・仲町遺跡など、縄文時代の早期・前期・中期・後期に渡る遺跡が発掘されている[7]。特に、仲町遺跡からは柄鏡形敷石住居が検出されており、建築に石を用いた例として初期に当たる[10]

また、南西に「富士塚」と呼ばれる古墳があり、その名の通りかつては富士山が見渡せたといい[8]、近世には富士信仰の場ともなっていた[7]

中世

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当地に所在する修廣寺は、末寺を8箇所有する大寺院であったが、その創建は永享年間(15世紀前半)と伝わる[11]

片平は『小田原衆所領役帳』に「小机片平郷」として載っている[7]が、この時点では古沢五力田も片平郷の一部とされており、江戸時代へ移る前に分立していった[12]。なお、豊臣秀吉小田原征伐に先立って、当地など9か村に禁制を出しており、その実物も現存している[13]

江戸時代

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江戸時代の当地は当初旗本の前場氏領であったが、後に天領となり、また一部には修廣寺領もあった[14]。片平川とそこから伸びる谷戸に水田が作られ、台地上は畑地となっていた[7]

は、正保期の『武蔵田園簿』で268(別途志光寺領が3石4斗)、『元禄郷帳』で300石1斗あまり、『天保郷帳』で295石9斗あまり、幕末の『旧高旧領取調帳』で天領分が292石7斗あまり、修廣寺領が3石9斗あまりとなっていた[14]。年貢以外の賦役として、1768年明和5年)以降、布田五宿甲州街道)の助郷を務めた[14]

明治以降

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明治維新以降、当地は神奈川県に属し、行政上片平村→柿生村川崎市と推移していった。明治に入って養蚕が盛んとなり、また禅寺丸柿も広く作られるなど[14]、当地は農村として推移していった。養蚕は大正時代に全盛期を迎えるが、昭和恐慌の影響で、都市近郊にあることを生かした野菜シイタケ栽培へと主力が移っていった[6]

当地では第二次世界大戦中から住宅地化の動きが見られたが、戦後にはそれが加速していった[15]。そのような流れの中で、市は当地を市街化調整区域に指定して乱開発を抑える一方、小田急多摩線の建設に合わせて土地区画整理事業が行われ、完了した区域は市街化区域に編入した[16][17]。平成に入ってからも、尻手黒川道路と片平川の整備に合わせて土地区画整理事業が行われている[18]

地名の由来

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当地は片平川を境として、北東側が崖であるのに対し、南西側が緩やかな台地であることから、「片側が平ら」という地形から付いた地名だと考えられている[7]

沿革

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世帯数と人口

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2024年(令和6年)6月30日現在(川崎市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字丁目 世帯数 人口
片平 307世帯 593人
片平1丁目 841世帯 1,734人
片平2丁目 986世帯 1,851人
片平3丁目 932世帯 1,727人
片平4丁目 1,233世帯 2,757人
片平5丁目 869世帯 1,896人
片平6丁目 246世帯 621人
片平7丁目 246世帯 577人
片平8丁目 120世帯 287人
5,780世帯 12,043人

人口の変遷

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国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[20]
7,085
2000年(平成12年)[21]
8,800
2005年(平成17年)[22]
9,566
2010年(平成22年)[23]
10,852
2015年(平成27年)[24]
11,827
2020年(令和2年)[25]
12,668

世帯数の変遷

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国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[20]
2,898
2000年(平成12年)[21]
3,665
2005年(平成17年)[22]
3,818
2010年(平成22年)[23]
4,583
2015年(平成27年)[24]
4,980
2020年(令和2年)[25]
5,392

学区

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市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2021年12月時点)[26][27]

大字・丁目 番・番地等 小学校 中学校
片平 全域 川崎市立片平小学校 川崎市立白鳥中学校
片平1丁目 1~3番
5~20番
4番 川崎市立柿生小学校
片平2丁目 全域
片平3丁目 全域
片平4丁目 全域
片平5丁目 全域 川崎市立片平小学校
片平6丁目 全域
片平7丁目 全域
片平8丁目 全域

事業所

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2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[28]

大字丁目 事業所数 従業員数
片平 32事業所 815人
片平1丁目 24事業所 224人
片平2丁目 37事業所 338人
片平3丁目 20事業所 154人
片平4丁目 29事業所 133人
片平5丁目 27事業所 332人
片平6丁目 9事業所 34人
片平7丁目 7事業所 81人
片平8丁目 8事業所 146人
193事業所 2,257人

事業者数の変遷

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経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[29]
175
2021年(令和3年)[28]
193

従業員数の変遷

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経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[29]
1,638
2021年(令和3年)[28]
2,257

交通

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鉄道

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小田急電鉄多摩線が当地の北端を通過するが、当地に駅はない。同線の五月台駅栗平駅および、小田原線柿生駅が利用可能である。

路線バス

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小田急バス新百合ヶ丘営業所管轄)が、柿生駅と若葉台駅を結ぶバスを、神奈川県道137号上麻生連光寺線に沿って運行している。

道路

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域内を東西に神奈川県道137号上麻生連光寺線が通過するほか、都市計画道路として尻手黒川道路の計画があり、一部では県道137号と重複する。また、東端を南北に神奈川県道3号世田谷町田線(津久井道)が通過している。

施設

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教育

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その他

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日本郵便

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警察

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町内の警察の管轄区域は以下の通りである[31]

大字・丁目 番・番地等 警察署 交番・駐在所
片平 全域 麻生警察署 栗平駅前交番
片平1丁目 全域 柿生交番
片平2丁目 全域
片平3丁目 全域
片平4丁目 全域
片平5丁目 全域
片平6丁目 全域 栗平駅前交番
片平7丁目 全域
片平8丁目 全域

関連項目

[編集]

脚注

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  1. ^ a b 令和6年町丁別世帯数・人口 6月末日現在” (xls). 川崎市 (2024年7月25日). 2024年8月16日閲覧。 “(ファイル元のページ)(CC-BY-4.0)
  2. ^ a b 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)の数値」令和2年国勢調査)” (XLS). 川崎市 (2024年1月25日). 2024年3月20日閲覧。 “町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)
  3. ^ a b 片平の郵便番号”. 日本郵便. 2021年8月11日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
  5. ^ 区別町名一覧表(麻生区) 川崎市、2013年12月9日現在(2014年2月19日閲覧)。
  6. ^ a b c d e f 角川日本地名大辞典 14 神奈川県」、P.247。
  7. ^ a b c d e f g 川崎地名辞典(下)』、p.195。
  8. ^ a b c d 川崎市の町名』、p.272。
  9. ^ 不動産情報ライブラリ 国土交通省地価公示(標準地) 川崎麻生-14”. 国土交通省. 2024年4月9日閲覧。
  10. ^ 仲町遺跡”. 川崎市教育委員会. 2014年2月19日閲覧。
  11. ^ 川崎地名辞典(下)』、pp.199-200。
  12. ^ 川崎市の町名』、p.271。
  13. ^ 豊臣秀吉の禁制”. 川崎市教育委員会. 2012年6月18日閲覧。
  14. ^ a b c d e f g 川崎地名辞典(下)』、p.196。
  15. ^ a b 川崎地名辞典(下)』、p.197。
  16. ^ 第4部 分野別の基本方針 I 土地利用” (PDF). 川崎市都市計画マスタープラン 麻生区構想. 川崎市まちづくり局. p. 43 (2019年7月31日). 2022年7月30日閲覧。
  17. ^ 第4部 分野別の基本方針 II 土地利用 その3”. p. 43 (2007年10月1日). 2015年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月30日閲覧。
  18. ^ 完了地区概要”. 川崎市まちづくり局 (2018年8月2日). 2022年7月30日閲覧。
  19. ^ 沿革”. 神奈川県立麻生総合高等学校. 2014年2月19日閲覧。
  20. ^ a b 平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
  21. ^ a b 平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
  22. ^ a b 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
  23. ^ a b 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
  24. ^ a b 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
  25. ^ a b 令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) -男女別人口,外国人人口及び世帯数-町丁・字等”. 総務省統計局 (2022年2月10日). 2022年2月20日閲覧。
  26. ^ 麻生区の小学校(町丁名順)”. 川崎市 (2017年11月20日). 2021年12月12日閲覧。
  27. ^ 麻生区の中学校(町丁名順)”. 川崎市 (2017年11月20日). 2021年12月12日閲覧。
  28. ^ a b c 経済センサス‐活動調査 / 令和3年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 事業所数、従業者数(町丁・大字別結果)”. 総務省統計局 (2023年6月27日). 2023年9月15日閲覧。
  29. ^ a b 経済センサス‐活動調査 / 平成28年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
  30. ^ 郵便番号簿PDF(2023年度版) 表紙等付属資料” (PDF). 日本郵便. 2024年2月10日閲覧。 “郵便番号データダウンロード 郵便番号簿PDF(2023年度版)
  31. ^ 交番案内/麻生警察署/神奈川県警察”. 神奈川県警察. 2024年3月19日閲覧。

参考文献

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  • 『川崎の町名』日本地名研究所 編、川崎市、1995年。 
  • 『川崎地名辞典(下)』日本地名研究所 編、川崎市、2004年。 
  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』角川書店、1984年。 

関連文献

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