コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

源氏物語における写本記号

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
源氏物語 > 源氏物語における写本記号

源氏物語における写本記号(げんじものがたりにおけるしゃほんきごう)では、源氏物語の写本版本などを含む)を特定するために使用する記号について説明する。

概要

[編集]

源氏物語の校本や伝本(写本・版本)研究においては多くの写本・版本が取り扱われる。そのためこれらの写本・版本を毎回すべて正式名称で表記したりすると極めて煩雑なものとなる。そのため源氏物語の校本や伝本(写本・版本)研究においては一般的に一文字で写本・版本を特定する記号が使用されている。源氏物語における写本記号または写本略号は通常一文字の漢字から構成されている。概ね写本の名称の中(多くは冒頭)から一文字を取り出したものである。これは池田亀鑑校異源氏物語及び源氏物語大成に繋がる校本作成作業にあたって西洋正文批判に関する研究成果を取り入れる中で使用されるようになったものであり、校異源氏物語及び源氏物語大成校異編に使用されている写本については同書で使用されている写本記号が他の校本などでもそのまま使用されることが多い。ただし元となる写本の名称とともに学会などで公式に定めたものではないために時として異なる記号が使用されることもある。

主要な校本における写本記号

[編集]

『源氏物語大成』における写本記号

[編集]

源氏物語大成校異編において使用されている写本記号は以下の通りである[1]。これは校異源氏物語で定められたものをそのまま受け継いだものである。校異源氏物語及び源氏物語大成校異編では、全体の冒頭に全体を通した凡例があり、そこで写本の名称と写本記号が列挙されているとともに、各巻の冒頭で改めてその巻で取り上げている写本とその記号を説明している。冒頭にある校異編全体の凡例でも巻ごとの凡例でも青表紙本河内本別本に分けて写本が取り上げられており、一つの写本の中で本文系統の異なる巻が含まれているときには全体の凡例ではその写本の多くが属すると考えられる本文系統のところに写本の名称と記号が掲げられ、巻ごとの凡例ではその写本のその巻の本文が属すると考えられる本文系統のところに写本の名称と記号が掲げられている。なお、写本記号「大」のみは同じ巻の青表紙本と河内本(初音のみ別本と河内本)に同時に写本記号「大」で示される「大島本」が存在するが、この二つは別のものであり、青表紙本(初音のみ別本)の欄に掲げられている大島本は現在古代学協会に所蔵されている「大島本」であり、河内本の欄に掲げられている大島本は現在中京大学に所蔵されている「大島河内本」である。

『源氏物語別本集成』での写本記号

[編集]

源氏物語別本集成において使用されている写本記号は以下の通りである。源氏物語別本集成では、全体を通しての写本名や写本記号の列挙は行われておらず、各巻ごとにその冒頭でその巻で校合している写本の名称・所蔵者と写本記号を挙げている。源氏物語大成校異編に使用されている写本については概ね同じ写本記号を使用しているが、高松宮家本源氏物語が「宮」から「高」に変更されており、また源氏物語大成では現在日本大学に所蔵されている三条西家本に使用されている「三」を宮内庁書陵部に所蔵されている三条西家本に使用するといったわずかな変更もある。

『源氏物語別本集成 続』での写本記号

[編集]

『源氏物語別本集成 続』では写本記号は、原則として『源氏物語別本集成』のものをそのまま受け継いでいるが、前田家蔵言経本を源氏物語大成と同じ「言」から「前」に変更したような例もある[2]

『河内本源氏物語校異集成』等での写本記号

[編集]

河内本源氏物語校異集成において使用されている写本記号は以下の通りである。源氏物語大成校異編に使用されている写本については全て同じものになっている。

『河内本源氏物語校異集成』の著者加藤洋介は、同書と同様の作業を、『源氏物語大成』校異篇の青表紙本校異および別本校異について行っており、それら「定家本源氏物語校異集成(稿)」及び「別本源氏物語校異集成(稿)」において使用されている伝本の略号を示す[4]

  • 定家本源氏物語校異集成(稿)
    • 『源氏物語大成』校異篇 青表紙本校異所収伝本
      • 定 定家自筆本(花散里・柏木・早蕨)
      • 大島本(古代学協会蔵)
      • 横 横山本(未確認)
      • 前田本(尊経閣文庫蔵、椎本)
      • 榊 榊原家本(国文学研究資料館蔵、『源氏物語 榊原本』(勉誠出版))
      • 池 池田本(天理図書館蔵)
      • 肖 肖柏本(天理図書館蔵)
      • 三条西家本日本大学蔵、『日本大学蔵 源氏物語』(八木書店))
      • 松 伝藤原為家筆本(天理図書館蔵、帚木、『源氏物語諸本集 一』(八木書店))
      • 秀 伝冷泉為秀筆本(静嘉堂文庫蔵、帚木・空蝉)
      • 長 伝花山院長親筆本(未確認、花宴)
      • 為 伝二条為明筆本(天理図書館蔵イ181、花散里、『大成』略号「明」を変更)
      • 家 伝藤原家隆筆本(静嘉堂文庫蔵、澪標)
      • 氏 伝二条為氏筆本(日本大学蔵、松風、『日本大学蔵 源氏物語』(八木書店))
      • 耕 耕雲書入本(天理図書館蔵、薄雲・朝顔、『源氏物語諸本集 一』(八木書店))
      • 冬 伝津守国冬筆本(天理図書館蔵イ173、朝顔)
      • 慈 伝慈鎭筆本(静嘉堂文庫蔵、初音)
      • 佐 伝二条為明筆本(天理図書館蔵イ33、常夏)
      • 高 伝二条為藤筆本(天理図書館蔵イ163、野分)
      • 鎭 伝慈鎭筆本(天理図書館蔵、藤袴、『源氏物語諸本集 二』(八木書店))
      • 島 伝二条為氏筆本(日本大学蔵、鈴虫、『日本大学蔵 源氏物語』(八木書店))
      • 西 西下経一氏旧蔵本(国文学研究資料館蔵、鈴虫)
      • 二 伝二条為氏筆本(静嘉堂文庫蔵、手習)
      • 勝 桃園文庫旧蔵本(夢浮橋、未見)
      • 明 伝明融等筆本(東海大学附属図書館蔵、東海大学蔵桃園文庫影印叢書『源氏物語』(東海大学出版会))
      • 各 各筆源氏(東山御文庫蔵、『大成』略号「御」を変更、『御物 各筆源氏』(貴重本刊行会))
      • 陽 陽明文庫本(陽明叢書『源氏物語』(思文閣出版))
      • 為 伝藤原為家筆本(静嘉堂文庫蔵・尊経閣文庫蔵)
      • 平 平瀬本(文化庁蔵)
      • 国 国冬本(天理図書館蔵)
    • 『源氏物語大成』校異篇 青表紙本校異未収伝本
      • 穂 穂久邇文庫蔵本
      • 吉 伏見天皇本(『源氏物語』古典文庫)
      • 徹 正徹本(宮内庁書陵部蔵、554-14)
      • 証 三条西家本(宮内庁書陵部蔵、原色版青表紙本『源氏物語』(新典社))
      • 正 大正大学蔵本
      • 枝 蓬左文庫蔵本(三条西家本 伝貞敦親王等寄合書、164-4)
      • 保 保坂本
      • 明 伝明融等筆本(実践女子大学蔵)
      • 歴 国立歴史民俗博物館蔵本(帚木)
      • 尼 伝阿仏尼筆本
      • 飯 飯島本
      • 理 天理図書館蔵本
      • 玉 玉里文庫本
      • 紹 紹巴本(蓬左文庫蔵、天正紹巴本)
      • 巴 紹巴本(今治河野記念館蔵 慶長紹巴本)
      • 湖 湖月抄
      • 学 学習院大学蔵本(藤袴)
      • 曼 曼殊院本(橋姫)
      • 蓬 蓬左文庫蔵本(総角)
      • 資 国文学研究資料館蔵本(総角)
      • 相 伝為相筆本(天理図書館蔵、末摘花、『源氏物語諸本集 一』(八木書店))
  • 別本源氏物語校異集成(稿)
    • 『源氏物語大成』校異篇 別本校異所収伝本
      • 陽 陽明文庫蔵本(定家本の項参照)
      • 保 保坂本(定家本の項参照)
      • 国 国冬本(定家本の項参照)
      • 麦 麦生本(天理図書館蔵)
      • 阿 阿里莫本(天理図書館蔵)
      • 飯 飯島本(定家本の項参照)
      • 氏 伝二条為氏筆本(日本大学蔵、紅葉賀、『日本大学蔵 源氏物語』(八木書店))
      • 相 伝冷泉為相筆本(静嘉堂文庫蔵、賢木)
      • 坂 伝二条為氏筆本(定家本耕参照、薄雲・朝顔)
      • 讃 伝二条院讃岐筆本(天理図書館蔵、少女、『源氏物語諸本集 一』(八木書店))
      • 長 長谷場純敬氏旧蔵本(天理図書館蔵、真木柱、『源氏物語諸本集 二』(八木書店))
      • 言 山科言経書入本(尊経閣文庫蔵、鈴虫・匂宮、竹河)
      • 大 伝西行筆本(天理図書館蔵、竹河、『源氏物語諸本集 二』(八木書店))
      • 西 伝西行筆本(静嘉堂文庫蔵、竹河)
      • 桃 桃園文庫旧蔵本(未確認、空蝉・梅枝・宿木・浮舟・手習・夢浮橋)
      • 図 宮内庁書陵部蔵本(東屋)
      • 各 各筆源氏(定家本の項参照)
      • 大 大島本(初音、定家本の項参照)
      • 高 高松宮旧蔵本(国立歴史民俗博物館蔵、橋姫・宿木・東屋・浮舟・蜻蛉・手習・夢浮橋、『大成』略号「宮」を変更)
      • 平 平瀬本(定家本の項参照)
      • 池 池田本(定家本の項参照)
    • 『源氏物語大成』校異篇 別本校異未収伝本
      • 穂 穂久邇文庫蔵本(定家本の項参照)
      • 玉 玉里文庫本(定家本の項参照)
      • 頼 伝源三位頼政筆本(天理図書館蔵、柏木、『源氏物語諸本集 二』(八木書店))
      • 哈 ハーバード大学蔵本(『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(新典社))
      • 角 角屋保存会蔵本(末摘花、『角屋研究』第18号、2009年2月)
      • 歴 国立歴史民俗博物館蔵本(手習、国立歴史民俗博物館蔵『貴重典籍叢書』(臨川書店))
      • 中 中山家旧蔵本(若紫・幻、国立歴史民俗博物館蔵『貴重典籍叢書』(臨川書店))
      • 鶴 鶴見大学蔵本(花散里・澪標)

『日本古典文学大系源氏物語』での写本記号

[編集]

山岸徳平による日本古典文学大系の源氏物語において使用されている写本記号は以下の通りである。同書では宮内庁書陵部所蔵の三条西家本を底本にしており、以下のような諸本で校合を行っている。

『日本古典文学全集源氏物語』での写本記号

[編集]

日本古典文学全集 源氏物語』及び『新編日本古典文学全集 源氏物語』では、「源氏物語大成で使用されている写本記号はそのまま使用する。」として改めて掲載することはせず、その上で源氏物語大成に取り上げられていない写本について取り上げ以下のように説明を加えている。

その他の写本記号

[編集]

上記のような校本への採用はない写本についても本文研究の論文などにおいて考察の対象とされることがあり、それにともなって写本記号が定められることがある。これに該当する写本記号として以下のようなものがある[5][6][7]

版本の記号

[編集]

版本についてもその本文を比較する際には写本と同様に記号が使用されることがある。整版本は同じ版木を使う限り同じ物が印刷されるのに対して古活字版は印刷の度に毎回人の手で活字を組み直す関係で印刷の結果(本文)が少しずつ異なることになるために厳密に比較するためには刊記や所蔵場所によって区別する必要がある[8]

なお、絵入源氏物語については「絵」や「入」が使用されることもある。

注釈書に引用された本文の記号

[編集]

注釈書(特に源氏釈)に引用された本文については、青表紙本や河内本が成立する前の平安時代の本文を反映していると考えられるという重要性から本文研究の場においてしばしば取り上げられており、以下のような記号で示されていることがある[9]

特殊な事例

[編集]

概ね同じ写本には同じ写本記号が使用されているが、まれに同じ一つの写本に対して文献によって異なる写本記号が使用されたり、同じ写本記号が文献によって異なる写本を示したりすることがあるので注意を要する。

二文字の写本記号

[編集]

ここまで述べたように、ほとんどの写本記号は漢字一文字で表されているが、しばしば混同される「宮内庁書陵部蔵三条西家本」と「日本大学蔵三条西家本」とをそれぞれ「書三」・「日三」と二文字を使用して混同しないようにしている例も存在する[10]

同じ写本等に別の記号が使われている事例

[編集]
  • 高松宮家本源氏物語は「源氏物語大成」及び「河内本源氏物語校異集成」では「宮」、「源氏物語別本集成」及び「源氏物語別本集成 続」では「高」を使用している。
  • 宮内庁書陵部に所蔵されている三条西家本は「源氏物語別本集成」では「三」であるが、新編日本古典文学全集源氏物語では「証」を使用している。
  • 日本大学に所蔵されている三条西家本は「源氏物語大成」では「三」であるが、「源氏物語別本集成 続」では「日」を使用している。
  • 源氏物語大成において現在古代学協会に所蔵されている大島本と同じ「大」の写本記号を使用されている「大島河内本」について、旧所有者である大島雅太郎名前の一文字「雅」を使用しているものがある。

同じ記号が別の写本等に使用されている事例

[編集]
  • 「三」 「源氏物語大成」では現在日本大学に所蔵されている三条西家本に使用されているが、「源氏物語別本集成」では宮内庁書陵部に所蔵されている三条西家本に使用している。
  • 「絵」 「源氏物語別本集成」では源氏物語絵巻絵詞であるが版本「絵入源氏物語」を指している例がある。
  • 「玉」 「河内本源氏物語校異集成」及び「新編日本古典文学全集源氏物語」では 鹿児島大学付属図書館玉里文庫蔵本であるが、「源氏物語別本集成」では国冬本2として採録された天理図書館蔵国冬本の玉鬘後半部分に綴じられた紅梅後半部分のことである。
  • 「家」 「源氏物語大成」では静嘉堂文庫蔵伝藤原家隆筆本のことであるが、「河内本源氏物語校異集成」では國學院大學図書館蔵 (花宴)及び彦根城博物館蔵 (明石)の伝藤原為家筆本のことである。
  • 「為」 「源氏物語大成」及び「源氏物語別本集成」では尊経閣文庫静嘉堂文庫蔵伝藤原為家筆写本のことであるが、「源氏物語別本集成 続」では天理図書館蔵伝二条為明筆本のことである。
  • 「高」 「源氏物語大成」では高野辰之蔵伝二条為藤筆本のことであるが、「源氏物語別本集成」及び「源氏物語別本集成 続」では高松宮家本源氏物語のことである。
  • 「中」 「源氏物語別本集成」では若紫、鈴虫、幻の3帖については 中山本のことであり、若菜上、若菜下、橋姫、総角、早蕨の5帖については中京大本のことである。また「河内本源氏物語校異集成」では中山本のことである。
  • 「天」 「源氏物語別本集成 続」では天理河内本源氏物語のことであるが、「河内本源氏物語校異集成」では天理図書館蔵甘露寺親長筆本(梅枝)及び天理図書館蔵伝藤原為家筆本(蓬生)のことであり、新全集では天理図書館蔵伝二条為氏筆本 (東屋)のことである。
  • 「東」 「源氏物語別本集成」では東京大学本源氏物語のことであり、「源氏物語別本集成 続」では阿仏尼本とされている東洋大学図書館蔵本(帚木)のことであり、「河内本源氏物語校異集成」では(少女玉鬘)のみの東洋大学図書館蔵本のことである。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 現天理図書館蔵

出典

[編集]
  1. ^ 池田亀鑑『源氏物語大成 巻一 校異篇』中央公論社、pp.. 1-5。
  2. ^ 「凡例ⅥC」『源氏物語別本集成 続 第1巻』p. 14
  3. ^ 源氏物語大成では「富田仙助蔵」とされている
  4. ^ 源氏物語校異集成(稿)
  5. ^ 伊藤鉃也著国文学研究資料館編『源氏物語の異本を読む 鈴虫の場合 原典講読セミナー 7』臨川書店、2001年(平成13年)8月。 ISBN 978-4-6530-3724-8
  6. ^ 伊藤鉃也「源氏物語の諸本 別本について」『国文学解釈と鑑賞 別冊 源氏物語の鑑賞と基礎知識 29 花散里』至文堂、2003年(平成15年)7月8日、pp.. 213-222。
  7. ^ 伊藤鉃也「河内本群を指向した下田歌子の校訂本文 -『源氏物語講義(桐壺)』の検討を通して-」伊井春樹監修伊藤鉃也編『講座源氏物語研究 第7巻 源氏物語の本文』おうふう、2008年(平成20年)3月、pp.. 156-202。 ISBN 978-4-2730-3457-3
  8. ^ 今西裕一郎(九州大学)「古活字版を中心とする版本『源氏物語』本文総覧(抄)」『文部科学省科学研究費補助金研究成果報告書 新出本による古活字版『源氏物語』本文の研究』2005年(平成17年)3月、p. 83。
  9. ^ 伊藤鉃也「源氏物語本文に関する問題点 -大島本・陽明本・平瀬本の場合-」代表者(豊島秀範)國學院大學『文部科学省科学研究費補助金研究成果報告書 源氏物語の研究支援体制の組織化と本文関係資料の再検討及び新提言のための共同研究』第1号、2008年(平成20年)3月、pp.. 131-140 。
  10. ^ 新美哲彦「源氏物語諸本分類試案」『国語と国文学』至文堂、第84巻第10号、2007年(平成19年)10月、pp.. 13-26。 のち新美哲彦『 源氏物語の受容と生成』武蔵野書院、2008年(平成20年)9月、pp.. 45-62 。 ISBN 978-4-8386-0227-8

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]