清雲孝子洞
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位置 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 청운효자동 |
漢字: | 淸雲孝子洞 |
片仮名転写: | チョンウニョジャ=ドン |
ローマ字転写 (RR): | Cheongunhyoja-dong |
統計(2012年) | |
面積: | 2.57 km2 |
総人口: | 15,219[1] 人 |
男子人口: | 7,320[1] 人 |
女子人口: | 7,899[1] 人 |
人口密度: | 5,922 人/km2 |
世帯数: | 6,023[1] 世帯 |
行政 | |
国: | 大韓民国 |
上位自治体: | 鐘路区 |
行政区域分類コード: | 1111051500 |
自治体公式サイト: | 清雲孝子洞 |
清雲孝子洞(チョンウニョジャドン、韓国語:청운효자동 )は、ソウル特別市鐘路区に位置する行政洞である。2008年11月1日に、清雲洞と孝子洞が統合されて誕生した。青瓦台や景福宮などの名所がある。
洞名の由来
[編集][2] 清雲孝子洞の「清雲」という名前は、清雲小学校の裏の清風渓(チョンプンゲ)という渓谷がある村の「清」という字と、白雲洞という村の「雲」という字が合わさってつけられた。清風渓と白雲洞は、仁王山の澄んだ風と水、白い雲に覆われた自然環境に由来している。
朝鮮時代初期は、漢城府北部順化坊地域だった。1914年には、京城府北部の白雲洞、清風洞、朴井洞、新橋の各一部と統合され、清雲洞となり、1936年には、清雲町に改称された。1943年には、鐘路区に編入され、1946年には、再び清雲洞に改称された。
「孝子」という名前は、宣祖の時代に、趙瑗(チョ・ウォン)という学者の息子のヒシンとヒチョル兄弟が、孝行者だったことから、双孝子ッコルまたは孝谷という名前になり、それから孝子洞という名前になった。
歴史
[編集]- 朝鮮時代初期 漢城府北部順化坊地域となる。
- 1914年 京城府北部の白雲洞、清風洞、朴井洞、新橋の各一部と統合、清雲洞となる。
- 1936年 清雲町に改称。
- 1943年 鐘路区に編入。
- 1946年 清雲洞に再改称。
- 2008年11月1日 清雲洞と孝子洞が統合され清雲孝子洞となる。
法定洞
[編集]清雲孝子洞管轄の法定洞は以下のとおりである。[3]
- 清雲洞(チョンウンドン)
- 新橋洞(シンギョドン)
- 宮井洞(クンジョンドン)
- 孝子洞(ヒョジャドン)
- 昌成洞(チャンソンドン)
- 通仁洞(トンインドン)
- 楼上洞(ヌサンドン)
- 楼下洞(ヌハドン)
- 玉仁洞(オギンドン)
- 世宗路(セジョンノ)1番地