中華人民共和国の海上保安機関
本項では、中華人民共和国の有する海上保安機関に関して述べる。
概要
[編集]海上保安機関の乱立
[編集]2013年までは、中国には下記の5つの海上保安機関があり、それぞれの職域が錯綜している様を比喩して、米海軍大学校(NAVWARCOL)は五龍(英: Five Dragons)との総称を提唱していた[1]。なお、これらの組織が運用する艦艇・船舶に関しては、中国語では執法船と称されていた[2]。
中国海警局の発足
[編集]2013年3月の全国人民代表大会(全人代)第11期の第5回会議において、五龍の再編成計画が発表された。この計画では、最高調整機関として国家海洋委員会を設置するとともに、海監・海警・漁政・海関を整理統合して国家海洋局を再編することとされた。新編後においては、国家海洋局が一元的にフォース・ユーザーとして機能することとなる。その執法船は、洋上での取り締まりの際に中国海警局の呼称を使用し、公船の船体表示も「中国海警」となる。また、国家海洋局次官は公安次官が兼務するなど、公安部の関与が強化されることとなった[3]。新編後の国家海洋局は「第2の海軍になる」とも称されている[4]。ただし、海巡のみは統合されず、従来のまま運用される。
2013年7月22日に正式に中国海警局が発足し[5]、同月26日に中国海警局の公船「中国海警」4隻が尖閣諸島の領海を初めて領海侵犯した[6]。
2013年以前の中国の各海上保安機関(五龍)
[編集]国家海洋局 海監総隊 (海監)
[編集]国家海洋局(SOA)海監総隊(海監)は、排他的経済水域における権益保護・法執行とともに、環境保護・科学調査を担っていた。国土資源部(MOLR)の管理下におかれているが、実際に運用・管理しているのは海軍とされていた[2]。
国家海洋局(SOA)は、1964年7月22日、全人代第3期の124次会議で設立を認可された[7]。翌年、海軍の艦隊配置と一致するように北海分局(青島市)、東海分局(寧波市)、南海分局(広州市)の3個分局が設置されて、調査船の運用に着手した。また、1982年の国連海洋法条約(UNCLOS)の採択を受け、海洋管轄の強化を図るため、1983年には執法船(海監)を擁する中国海監が発足した。その後、1998年にMOLRの管理下に移され、1999年には海監総隊を創設、北京の指導機構の下に北海・東海・南海の3個海区総隊を設置するなど体制の整備がすすめられた[2]。防衛研究所のレポートでは「特に海監の建設が進んでいる」と指摘されていた[8]。
編制・装備
[編集]2011年時点で、船艇280隻(うち1000トン以上の執法船21隻)、航空機9機、海上要員8,400名を擁していた[7]。その後、2012年11月の時点で、1000トン以上の執法船28隻、航空機10機に増強されており、なお36隻の中・大型執法船(1500トン級7隻、1000トン級15隻、600トン級14隻)が建造中とされて、2014年までに運用状態に入る予定とされていた[8]。2020年までに船艇520隻、海上要員15,000名、航空機16機に増強される計画とされていた[2]。
- 北海総隊
- 東海総隊
- 第4支隊:海監40, 41, 44, 46, 47, 49
- 第5支隊:海監50, 51, 52, 53
- 第6支隊:海監61, 62, 66, 68, 69
- 東海航空支隊:Y-12洋上監視機×2機, Z-9Aヘリコプター×1機
- その他:海監137
- 南海総隊
辺防管理局 公安辺防海警総隊 (海警)
[編集]公安部辺防管理局(公安部四局)公安辺防海警部隊(海警)は、沿岸警備業務を担い、英名もChina Coast Guardとされていた[2]。
2011年時点で、1000トン以上の執法船3隻、650トン級の618B型17隻、総人員(洋上法執行要員を含む)約10,000名を有していた[2]。
海事局 (海巡)
[編集]交通運輸部海事局(CMSA; 海巡)は、洋上交通警察・港湾保安(海洋汚染除去・浚渫)・海事情報提供を担っている。いわゆる五龍のなかで、唯一国家海洋局への統合再編の対象となっていない組織である。
交通運輸部海事局は、1998年10月27日に安全監督局(港务监督局)と船舶検験局(船舶检验局)が合併して設立された。4個管区(天津・上海・広東・海南)に14個中央直属海事局(黑龙江・辽宁・河北・天津・山东・江苏・上海・浙江・福建・广东・深圳・广西・海南・长江)が設置されているほか、黒龍江省を除く全国30の省・自治区・直轄市および新疆生産建設兵団に地方海事局が設置されている[2]。
2011年時点で、船艇813隻(うち1000トン以上の執法船3隻、45~60m級執法船 約15隻)、洋上法執行要員2,000名、ヘリコプター7機(固定翼機なし)を有していた。またその後、2012年8月には、より大型の「海巡01」が就役している[10]。なお保有船艇には、執法船である「海巡」のほか、救助船である「海救」、航路標識船である「海標」などもある[2]。
漁業局 (漁政)
[編集]農業農村部漁業局(BOF)は、漁政の船名を冠する漁業取締船を運用していた。
中国の漁政検査船隊(漁業取締船)は、1983年に国務院が発出した関于発展海洋漁業若干問題的報告」に伴って、漁業資源管理を図るために設置された。その後、1986年には中華人民共和国漁業法が制定され、1995年には、各地方漁政局の船隊の名称も中国漁政に統一された。
2011年時点で、船艇1,382隻(うち15,000トン級輸送艦1隻、4,000トン級執法船1隻、2,000トン級執法船1隻、1,000トン級執法船7隻)を有していた。編制は海監と同様、黄渤・東・南の3個専属経済海区にそれぞれ漁政総隊が配置されており、またこれらはさらに海区漁政船と地方漁政船に分けられていた[2]。
緝私局 (海関)
[編集]海関総署緝私局(密輸取締警察; 海関)は、税関の水際取締組織であり、海洋法執行業務としては密輸阻止・港湾取締を担っていた。2011年時点で、船艇212隻(うち400トン級16隻)、洋上法執行要員9,000名を擁していた[2]。
なお1993年(平成5年)には、舟山海関の取締船(傭船した漁船)が日本の漁船を麻薬密輸船と誤認して威嚇射撃を加えたことから、駆け付けた海上保安庁の巡視船によって、海賊容疑船として拿捕されるという事件(中国公船拿捕事件)も生じている[11]。
五龍の保有船艇
[編集]執法船 (1000t以上) |
保有船艇 (概数) |
航空機 | |
---|---|---|---|
海巡 | 3 | 800 | 7 |
海監 | 28 | 280 | 9 |
海警 | 3 | 250 | n/a |
漁政 | 8 | 140 | |
海関 | 0 | 212 |
所属 | 隻数 | 船名 | 船級 | トン数 | 速力 | 兵装 | 搭載機 | 進水 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
海巡 | 1 | 01 | 5418 | 20 | なし | 1 | 2012 | [14] | |
1 | 11 | 3249 | 22 | 1 | 2009 | [15] | |||
1 | 21 | 1583 | 22 | 1 | 2012 | ||||
1 | 31 | 3000 | 22 | 1 | 2005 | ||||
海監 | 2 | 50,83 | (ヘリ1機搭載型) | 3980 | 18 | なし[2][16] | 1 | 2005 | |
3 | 110,137,167 | 旧海軍 拖中級航洋曳船 | 3600 | 20 | 0 | 1970s | |||
1 | 52 | 旧中国科学院調査船「実践」 | 3160 | n/a | 1967 | ||||
3 | 51,15,84 | 1500トン型 | 1740 | 18 | 2010 | ||||
3 | 28,81,169 | 旧海軍 645型海洋調査船 | 4435 | 18.2 | 1981 | ||||
4 | 23,26,66,75 | 1000トンII型 | 1125 | 20 | 2010 | ||||
4 | 46,17,71,27 | 1000トンI型 | 1150 | 15 | 2005 | ||||
4 | 18,49,72,74 | 1000トン型 | 996 | 15.5 | 1990s | ||||
1 | 111 | 旧海軍 塩冰級情報収集艦 | 5000 | 16 | 1981 | ||||
1 | 40 | 旧海軍 調査船「向陽紅01号」 | 1120 | 15 | 1970 | ||||
1 | 168 | 旧海軍 625C型測量船 | 3324 | 19 | 1981 | ||||
1 | 22 | 旧海軍 614-III型調査船 | 1170 | 18 | 1973 | ||||
1 | 112 | 旧海軍 918型機雷敷設艦 | 2300 | 18.5 | 1988 | ||||
海警 | 1 | 1001 | 718型巡視船 | 1617 | n/a | 37mm機関砲×1門 | ヘリ甲板のみ | 2006 | |
2 | 1002,1003 | 旧海軍 053H型フリゲート (728型巡視船) |
1662 | 26 | 37mm機関砲×1門, 14.5mm機銃×2~4挺 |
0 | 1977 | ||
漁政 | 1 | 88 | 旧海軍 撫仙湖級輸送艦 (福池型補給艦の派生型) |
15000 | n/a | 37mm機関砲×4門, 14.5mm機銃×4挺 |
2 | 2007 | |
1 | 206 | 旧海軍 636型調査船 | 5872 | 18 | なし | 0 | 1998 | ||
1 | 311 | 旧海軍 922-II型潜水艦救難艦 | 4450 | 20 | なし | 0 | 1973 | ||
1 | 310 | 輸出用F22型フリゲートの派生型 | 2500 | 22 | 14.5mm機銃×4挺 | 2 | 2010 | ||
7 | 116,118,201,202, 301,302,303 |
1000トン型 | 896 | 17 | 一部船は機銃装備 | 0 | n/a |
参考文献
[編集]- ^ Lyle J. Goldstein (2010年4月). “Five Dragons Stirring Up the Sea” (PDF) (英語). 2013年3月18日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k 陸易「中国のコースト・ガード組織はどうなっているのか? (特集 中国の海洋力)」『世界の艦船』第747号、海人社、2011年9月、90-95頁、NAID 40018930938。
- ^ 奥寺淳 (2013年3月19日). “中国、尖閣監視への治安部門関与を強化 国家海洋局人事”. 朝日新聞. 2013年3月23日閲覧。
- ^ 五十嵐文 (2013年3月10日). “尖閣も念頭、第2の中国海軍?国家海洋局改革案”. 読売新聞. 2013年3月23日閲覧。
- ^ 中国海警局、正式に発足…武器配備との報道も 読売新聞 2013年7月22日
- ^ 22日発足、中国海警局の船が尖閣領海侵入 日テレNEWS24 2013年7月26日
- ^ a b 佐藤考一 (2012年). “中国の海上保安機関”. 特定非営利活動法人 平和と安全ネットワーク. 2013年3月23日閲覧。
- ^ a b 防衛省防衛研究所: “中国安全保障レポート2012” (PDF) (2012年). 2013年3月18日閲覧。
- ^ 新華網 (2013年3月14日). “中国海監第10支隊、三沙入り後初めての西沙北部海域をパトロール”. 2013年3月23日閲覧。
- ^ チャイナネット (2012年8月2日). “中国最大の巡視船が進水 海軍を後ろ盾とすべき”. 2013年3月23日閲覧。
- ^ 廣瀬 肇「海上保安事件の研究(第9回)中国公船「〔ビン〕獅漁(ミン,スウ,ユー)3632」及び「公辺319」拿捕事件」『捜査研究』第54巻第10号、東京法令出版、2005年10月、89-99頁、NAID 40006990116。
- ^ 防衛省防衛研究所: “中国安全保障レポート2011” (PDF) (2011年). 2013年3月18日閲覧。
- ^ 人民網日本語版: “日本に水をあけられている中国海監の装備” (2012年4月19日). 2013年3月18日閲覧。
- ^ 人民網日本語版 (2012年7月31日). “中国最大の巡航救助船「海巡01」が進水”. 2013年3月24日閲覧。
- ^ 中国通信社 (2009年3月1日). “中国最大の巡視船「海巡11」が進水”. 2013年3月24日閲覧。
- ^ “海洋安全保障情報月報” (PDF) (2012年4月). 2013年3月24日閲覧。