洪淳學
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名前 | ||||||
カタカナ | ホン・スンハク | |||||
ラテン文字 | Hong Soon-Hak | |||||
ハングル | 홍순학 | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 韓国 | |||||
生年月日 | 1980年9月19日(44歳) | |||||
身長 | 178cm[1] | |||||
体重 | 72kg[1] | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF | |||||
背番号 | 41 | |||||
ユース | ||||||
培材高等学校 | ||||||
延世大学校 | ||||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2003-2005 | 大邱FC | 48 | (3) | |||
2006 | グラーツァーAK | 3 | (0) | |||
2007-2014 | 水原三星ブルーウィングス | 89 | (2) | |||
2015 | 高陽Hi FC | 12 | (0) | |||
2016 | プルシジャ・ジャカルタ | 27 | (1) | |||
2017-2018 | PS TNI | 20 | (3) | |||
2018- | FC大阪 | |||||
代表歴 | ||||||
2005 | 韓国 | 1 | (0) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
洪 淳學(ホン・スンハク、朝鮮語: 홍순학、1980年9月19日 - )は、大韓民国出身のサッカー選手。日本フットボールリーグ(JFL)・FC大阪所属。ポジションはミッドフィールダー。
経歴
[編集]クラブ
[編集]培材高等学校、延世大学校を経て、2003年に同年よりKリーグに新規参入する大邱FCに加入、創設メンバーの1人となる[2]。2004シーズンに18試合で6アシストを記録し、Kリーグアシスト王を受賞した[3]。3シーズン在籍した大邱での通算成績は48試合出場3ゴール11アシスト[4]。
2006年5月、オーストリアのグラーツァーAKに2年半の契約期間で加入[5][6]。オーストリア・ブンデスリーガで3試合に出場した。
2007年3月、Kリーグの水原三星ブルーウィングスに移籍[7]。2014年まで8シーズンにわたって在籍し、守備的ミッドフィールダーおよびサイドバックをこなした[8]。水原ではKリーグに1回(2008年)、FAカップに2回(2009年、2010年)、サムスンハウゼンカップに1回(2008年)優勝し、通算成績は89試合出場2ゴール4アシスト[4]。
2015年、Kリーグチャレンジの高陽Hi FCに移籍[9]。
2016年、インドネシアのプルシジャ・ジャカルタに移籍。翌年、35歳以上の選手の保有は1クラブにつき2人までとするリーグ規則の影響で退団を余儀なくされる[10][11][12][13]。2017年4月、PS TNIに移籍[13]。
2018年7月、日本フットボールリーグ(JFL)のFC大阪に完全移籍で加入[1]。
代表
[編集]東アジアサッカー選手権2005に参加する韓国代表のメンバーに選出され、2005年8月7日に行われた日本戦で81分から途中出場した[14]。所属していた大邱FCにとってクラブ史上初の代表選手となった[15]。
出典
[編集]- ^ a b c 『MFホン・スンハク選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)FC大阪、2018年7月27日 。2018年8月14日閲覧。
- ^ “고양H i FC, 베테랑 국대출신 미드필더 홍순학 영입”. 国民日報. (2015年2月25日) 2018年8月14日閲覧。
- ^ “홍순학,한국축구대상 '올해의 AS왕'”. 朝鮮日報. (2004年12月5日) 2018年8月15日閲覧。
- ^ a b Kリーグ出場記録 - kleague.com
- ^ 聯合ニュース (2006年5月10日). “[축구] 홍순학도 오스트리아로”. ハンギョレ 2018年8月15日閲覧。
- ^ 박성민(聯合ニュース) (2007年2月1日). “오스트리아서 뛰던 홍순학, K-리그 복귀”. ハンギョレ 2018年8月15日閲覧。
- ^ 이지석 (2007年3月15日). “수원, 2004 K리그 도움왕 홍순학 '깜짝 영입'”. 조이뉴스24 2018年8月15日閲覧。
- ^ 박재림 (2018年7月30日). “베테랑 홍순학, 일본 4부서 선수 생활 계속”. 축구저널 2018年8月15日閲覧。
- ^ 박정운 (2015年2月26日). “고양 Hi FC, 수원삼성에서 홍순학 영입”. 스포티안 2018年8月15日閲覧。
- ^ “홍순학, ‘노장 선수 보유 제한 룰’에 밀려 페르시자와 결별 –”. 김대령의 아시아 축구. (2017年4月5日) 2018年8月15日閲覧。
- ^ Muhamad Rais Adnan (2017年4月1日). “Persija Jakarta Resmi Lepas Hong Soon Hak”. Goal.com 2018年8月15日閲覧。
- ^ “Hong Soon Hak Antusias Jumpa Persija Jakarta”. FourFourTwo. (2017年5月23日) 2018年8月15日閲覧。
- ^ a b Muhamad Rais Adnan (2017年4月9日). “Dicoret Persija Jakarta, Hong Soon Hak Merapat Ke PS TNI”. Goal.com 2018年8月15日閲覧。
- ^ https://web.archive.org/web/20160303185013/http://eaff.com/2002_2005/eafc2005/match/report/men/record/eafc2005m_6th.pdf
- ^ 전현진 (2008年11月3日). “대구가 키워낸 국가대표 하대성”. xportsnews 2018年8月15日閲覧。