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椋本伊三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

椋本 伊三郎(むくもと いさぶろう、1918年 - 2002年)は、日本外交官。駐エチオピア特命全権大使や、駐ウルグアイ特命全権大使を務めた。金大中第15代大韓民国大統領の恩師。

人物・経歴

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福岡県築上郡椎田町生まれ。中津商業学校(現岐阜県立中津商業高等学校)を経て[1]、1939年長崎高等商業学校(現長崎大学本科卒業[2][1]

朝鮮総督府木浦公立商業学校教諭などを経て[3][1]、1944年東京商科大学(現一橋大学)卒業[1]。1948年九州連絡調整地方事務局小倉連調事務所長代理[4][5]

在シドニー日本国総領事館領事[6]在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官等を経て、1964年外務省欧亜局中近東アフリカ部中近東課長[7]。1965年外務省中近東アフリカ局中近東課長[8]。1966年アラブ連合共和国クウェイトサウディ・アラビア及びパキスタン特派大使随員[9]

1968年初代オークランド領事[10][1][11]。1971年在フィリピン日本国大使館参事官マニラ総領事[1][12]。1972年在トルコ日本国大使館公使。1976年駐エティオピア特命全権大使。1978年駐ウルグァイ特命全権大使[1]。1991年勲二等瑞宝章受章[13]

木浦商業学校時代の教え子に金大中がおり、大統領就任後迎賓館で恩師として再会した[1][14][15]。晩年は横浜市篠原北で過ごし[1]、2002年に虚血性心不全のため目黒区の病院で死去。霊源寺で葬儀が行われた[16]。同年叙従三位[17]

親族

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娘の松子は、香港のTrans Global Logistics(TGL)創業者の呉仲連(Donald Woo)の妻[15]

著書

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  • 『私のメモワール 上巻』黎明同人会 2023年
  • 『私のメモワール 下巻』黎明同人会 2023年

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i ☆ 「私のメモワール(上/下巻)椋本伊三郎著・A5 判 P1118・黎明同人会(R5/6 刊)を読む ☆ (23/7/24―K.A)瓊林会
  2. ^ 官報 1939年04月07日
  3. ^ 朝鮮総督府及所属官署職員録 昭和16年7月1日現在
  4. ^ サムネイル画像ユネスコの理想と実践書籍松尾邦之助著組合書店、1948年
  5. ^ 官報昭和23年本紙第6532号 175頁
  6. ^ 職員録 昭和31年 上
  7. ^ 官報昭和39年本紙第11398号 5頁
  8. ^ 官報昭和40年本紙第11517号 17頁
  9. ^ 官報昭和41年本紙第11735号 10頁
  10. ^ 大洋州地域外務省
  11. ^ 官報昭和43年本紙第12322号 13頁
  12. ^ 官報昭和46年本紙第13229号 13頁
  13. ^ 官報平成3年号外第59号 16頁
  14. ^ 佐々江賢一郎「金大中韓国大統領訪日の成果と日韓関係の前途〔含 質疑応答〕」 ,世界経済評論 = 世界経済評論 43(1)(521) 定期刊行物 (国際貿易投資研究所、1999-01)
  15. ^ a b おもてなしは日本人を越えてANAホールディングス
  16. ^ 椋本伊三郎氏死去/元駐ウルグアイ大使四国新聞2002/12/03 21:01
  17. ^ 官報平成15年本紙第3526号 7頁