李芳雨
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李芳雨 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 이방우 |
漢字: | 李芳雨 |
発音: | イ・バンウ |
日本語読み: | り ほうう |
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李 芳雨(イ・バンウ、至正14年(1354年) - 洪武26年12月13日(1394年1月15日))は、李氏朝鮮初代国王太祖李成桂の長男。
賛成事の池奫の娘と結婚、早くから官位につき、礼儀判書を務めた。1392年に朝鮮が建国されると鎮安君に冊封された。しかし、田園で隠遁生活を送り、持病により39歳で亡くなった。長男が早世したことで、「第一次王子の乱」「第二次王子の乱」と呼ばれる李成桂の後継者争いが激化した。
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