コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

杉浦美香

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
すぎうら みか

杉浦 美香
生誕 (1965-09-27) 1965年9月27日(59歳)[1]
日本の旗 日本兵庫県尼崎市
国籍 日本の旗 日本
出身校 立命館大学法学部法学科卒業
職業 ジャーナリスト
著作家
活動期間 1988年 -
団体産経新聞記者
自民党大阪市福島区此花区府政対策委員長
「日本筋ジストロフィー協会」監事
「倫理委員会」委員
著名な実績 著書『政治家 中山泰秀』
政党 自民党
受賞 アップジョン医学記事特別賞
公式サイト https://sugiuramika.com
テンプレートを表示

杉浦 美香(すぎうら みか、1965年9月27日 - )は、日本ジャーナリスト著作家、元産経新聞記者、自民党大阪市福島区此花区府政対策委員長。「日本筋ジストロフィー協会」監事「倫理委員会」委員兵庫県尼崎市出身、立命館大学法学部法学科卒業。

経歴

[編集]

兵庫県尼崎市生まれ。尼崎市立尼崎北小学校尼崎市立塚口中学校兵庫県立尼崎北高等学校を経て、立命館大学法学部法学科を卒業[2]

1988年昭和63年)産経新聞に記者として入社。大阪本社社会部大阪此花区西区中央区港区大正区を担当。事件やまちの話題を取材。横山ノック大阪府政・大阪府教育委員会を担当。政治国際室で沖縄の基地問題海兵隊を取材[2][3]

1993年平成5年)連載企画「病院考」でアップジョン医学記事特別賞受賞[3]

1995年(平成7年)1月17日、阪神・淡路大震災で被災。尼崎で両親と暮らしてた自宅の壁はひび割れ、水が出ない状況だった。電車は動かず、がらけだらけ。潰れてしまった家屋も多くあり景色は一変した。杉浦も現場に駆り出されて記者生活初の災害取材を体験する[2]

1997年(平成9年)脳死臓器移植取材をきっかけに、バイオエシックス(生命倫理)を学ぶため会社派遣で米国ジョージタウン大ケネディ倫理研究所にVisiting Fellow として留学(~1998年)[4]

2003年(平成15年)米国・国務省の人物交流プログラム(IVLP)に招聘。 東京本社で社会部、外信部、科学部に所属[2]

その後、北海道[4]山形で支局長を歴任[5]。北海道「正論」友の会、山形「正論」友の会を立ち上げる[6]週刊正論編集長に就任。サイバーテロ、バイオテロ、国連の気候変動枠組み条約会合(COP)など取材連載[7]

2015年(平成27年)ジョージタウン大リーダーシッププログラム修了[8]

2019年令和元年)11月、31年の新聞記者生活を終焉し、54歳で産経新聞を早期退職。フリージャーナリストに転身。安全保障科学技術環境SDGs医療地方創生をテーマに取材執筆[2]

2021年(令和3年)青林堂から初の著書『政治家 中山泰秀』を出版。自己防衛意識改革を唱え、ウイルスとの戦い、テロとの戦い、ハイブリッド戦時代に世界の最前線で日本を守る明哲保身の戦略型政治家の人物像を掘り下げ、本にまとめた[7]

2023年令和5年)大阪府議会議員選挙自民党から出馬[1]。大阪市福島区及び此花区選挙区にて16,862票を獲得して落選[9]

現在は自民党大阪市福島区此花区府政対策委員長[10]「日本筋ジストロフィー協会」監事「倫理委員会」委員を歴任。

記者エピソード

[編集]

著書

[編集]

出演

[編集]

ラジオ

[編集]

雑誌

[編集]
国立国会図書館「杉浦美香」調べにて
  • 『地球環境』(日本工業新聞新社
  • 『上方芸能』(『上方芸能』編集部)
  • 『世界史教育研究』(愛知県世界史教育研究会)
  • 『改革者』(政策研究フォーラム)
  • 週刊正論』(産経新聞社
  • 『Will : マンスリーウイル』(ワック)

脚注

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]