本多政養
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本多 政養 (ほんだ まさやす、明和2年(1765年)- 天保9年(1838年)) は、加賀藩の家老、人持組本多図書家第4代当主。
父は本多政康。養子は本多政守。通称は貞五郎、勘解由。家紋は「丸ノ内本ノ字」。
生涯
[編集]加賀藩家老本多政康の子として生まれる。寛政9年(1797年)、父の隠居により家督と知行1万300石を相続する。享和元年(1801年)、父の死去によりその隠居領700石も相続する。享和3年(1803年)、家老となる。藩主前田斉広を補佐して加賀八家を凌ぐ権勢を誇ったが、文化9年(1812年)に家老を免じられる。文政6年(1823年)、弁舌で理を非となして藩政に害を与え不忠であるとの理由で、3000石を減じられ逼塞を命じられる。後に許される。天保7年(1837年)隠居して家督を養子の政守(本家本多政成の子)に譲る。
天保9年(1838年)死去。享年74。
参考文献
[編集]- 「加能郷土辞彙」
- 「加賀藩史料」