北朝鮮における死刑
朝鮮民主主義人民共和国の人権 |
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北朝鮮における死刑(きたちょうせんにおけるしけい)では、朝鮮民主主義人民共和国における死刑について解説する。
概要
[編集]北朝鮮での死刑が執行されたという報告の多くは、北朝鮮からの脱北者へのインタビュー、北朝鮮からのメディア分析、情報機関による機密情報の分析、衛星画像に基づいている。
金正日は幹部の密告が正しかった場合、対象者の粛清後に密告者に褒美を与え、抜擢することによって幹部に忠誠心を植え付けていたが、金正恩は密告が正しかった場合でも対象者の粛清後に密告者も粛清する(金正男暗殺事件の実行役4人を帰国直後に抹殺するよう命じたとされている)。そのため幹部は粛清回避のために仮病を使い、現地指導随行を避けようとするが、監視の目が怖くて現地指導に随行することになり[1][2]、外側からは出世街道に乗っているように見えても、いかに体制に忠誠を誓っていても、ある日突然死刑となる可能性があるために一寸先は闇とされている[3]。
国連総会第3委員会は公開処刑も含めた北朝鮮政府による多くの人権侵害の報告に「非常に深刻な懸念」を表明し、50カ国以上が共同提案した決議案を採択し、192加盟国による国連総会における最終投票に付せられた[4]。
1987年に脱北した金萬鐵によれば、清津市では1年に1回公開裁判があり、城の堀の岸など屋外での裁判の場所を決め、バスの停留所や鉄道駅などに罪人と罪状を貼り出して裁判日時を周知させるという[5]。裁判で死刑判決が下るとその場で被告は口に猿轡をはめられ、身動きができないように縛られ、社会安全部の射撃手によって銃殺されたという[5]。
1989年に脱北した金善日は公開処刑を2度見ており、最初は1980年の南浦市で高等中学3年時、2度目は1988年、軍では場所は江原道平康郡であった[6]。前者は学校の友人の母親と8名の銃殺が公開された[6]。友人の母親の罪状は「不正貸出および未償還罪」で、銀行を勤める友人を通じて賄賂を駆使しながら借金し続け、それを返済せずにいたという物であった[6]。刑場は黒山の人だかりで、裁判官が「着服した国家の金はこれまでで2番目に多い」と言うと、群衆は「そんな女は殺すべきだ」「殺せ」という怒号が沸き起こったという[6]。後者では時計を奪う目的で同志を射殺した囚人が「罪を認めるか」という軍の法務官の質問に「認めます」と答えると、囚人を棒杭に立たせ、首、胸、腹、太もも、足首の5か所をロープで縛り付け、3人の狙撃手が3発ずつ計9発撃ち、銃弾は囚人の首部分に集中して首が前に折れた[6]。地面に掘っておいた穴に死体を投げ入れて死刑が終了した[6]。
延辺朝鮮族自治州出身で中朝国境をまたいで行商をしていた中国籍の李蓮花(仮名)も1988年に咸鏡北道茂山郡にて公開処刑の場面を目撃した[7]。「南朝鮮(韓国)の歌をギターで弾き語りしている」と周囲に噂の立った青年が、噂を言いふらしたのが友人であると疑い、口論になって相手を殺害し、殺人罪となった[7]。多くの人が集められ[7]、タオルで猿轡をされた青年は大きな木枝にロープで首をくくられ、1人の警官が得意満面の顔でロープを引いて首を絞め、青年は40分間苦しんで息絶えた[7]。青年の家は警察によって一斉包囲され、彼の家族は屋内に軟禁されたという[7]。
北朝鮮に拉致された崔銀姫に、ある映画人が語った話では、1981年に映画関係者に集合命令が出され、所定場所に集まったが、どこに何をしに行くのかわからないまま数十台のバスに乗せられて郊外の射撃場の観覧席に連れて行かれた[8]。そこでは心中事件で生き残ったということを理由に禹仁姫(金正日の愛人)の処刑が行われ、数十発の銃弾が打ち込まれた[8]。脱北した元喜び組のダンサーが実際にこの処刑を見せられたという証言がある[9]。
2007年10月に韓国の援助団体であるグッドフレンズの報告によると、工場の地下室に設置された13台の電話機から国際電話をかけられたA(平壌南部の工場長)が、15万人の観衆の前で銃撃隊によって公開処刑されたといい、観客が去った後他の6名も処刑されたという。
2011年には韓国から飛んできた宣伝チラシを取り扱ったという罪状により、500人の観衆の前で2人が処刑された。
2013年11月3日に元山・清津・沙里院・平城などにて、韓国の映画鑑賞・ポルノ鑑賞・聖書所持の罪状により、約80名が処刑された[10]12月13日に張成沢(金正恩の叔父、金正日の妹婿)の死刑執行が発表された[11]。
2018年から2020年までは非公開死刑が増えていたことが指摘されている[12]。
2019年には金正恩の三池淵市訪問の情報を漏えいした者が死刑となった[13]。
2020年には国が定めた苗木を許可なく取り除き、トウモロコシに転作した地方森林管理事務所長や、原材料・物資購入手段において現金から国債への変更を拒否した実業家が死刑となった[14][15]。
2020年から2021年の間に新型コロナ感染症に関する規制に違反した者が死刑となった[16]。
2021年に入ってからは2020年12月に成立した「反動思想文化排撃法」によって、韓流流布に対して簡単に死刑判決が下るようになり、公開処刑が再増加している[12]。
推定死刑執行数
[編集]非公開死刑執行された者の罪状で最も多いのが政治犯の48.6%であり、次いで刑事犯は29.6%、物資の横流しなどの経済犯は3.0%[17]。
2008年-2013年の左側の人数はコーネル大法科大学院の死刑問題研究グループによる調査[16][18]。
2008年-2013年の右側の人数は韓国統一研究院による調査[16][18]。
2007:1名以上。
2008年:15名以上・161名以上。
2009年:1名以上・160名以上。
2010年:60名以上・106名以上。
2011年:30名以上・131名以上。
2012年:15名以上・21名以上。
2013年:70名以上・82名以上。
2014年:2名以上。
2015年:3名以上。
2016年:64名以上。
2017年:5名以上(?)。
2018年:2名以上。
2019年:8名以上。
2020年:18名以上。
2021年:5名以上。
2022年:4名以上。
有名死刑歴
[編集]金正日政権
金正恩政権
- 2011年 - 2012年:数百名(金正恩政権発足に伴う「死の3人組」(禹東測、金正覚、趙慶喆)主導による処刑)。
- 2011年 - 2015年:340名[24]。
- 2013年:8月20日:9名(銀河水管弦楽団・旺載山芸術団 団員)・平壌直轄市 姜健総合軍官学校 射撃場[25][26]。
- 銀河水管弦楽団:ムン・ギョンジン(男・32歳・楽長・ヴァイオリニスト)、チョン・ソニョン(女・32歳・ヴァイオリニスト)、キム・ギョンホ(男・20代・歌手・北朝鮮の俳優であるキム・ギヨンの子)、1名(男・20代・歌手)。
- 旺載山芸術団:キム・ヒョンイル(男・20代・サックス奏者)、1名(女・30代・ダンサー)、2名(男・20代)。
- 2013年11月:李龍河、張秀吉(2名とも張成沢の側近)。
- 2013年12月12日:張成沢(金正恩の叔父)。
- 2013年12月:張成沢の一族 数名。
- 2014年10月:10名(高官)、平壌直轄市 姜健総合軍官学校 射撃場[27][28][29]。
- 2015年:15名(高官)、平壌直轄市 姜健総合軍官学校 射撃場[27]。
- 2015年1月:辺仁善(高官)。
- 2015年3月:4名、平壌直轄市 郊外 美林ポル[30][31]。
- A(銀河水管弦楽団 総監督)、B・C(男・初級幹部)・D(女・40代)。
- 2015年4月30日:玄永哲(高官)、平壌直轄市 射撃場。
- 2016年7月上旬:金勇進(副首相)。
- 2017年2月13日:金正男(金正恩の兄)、暗殺、マレーシア セランゴール州 セパン クアラルンプール国際空港。
- 2019年:韓国文在寅政権による脱北者強制送還事件、A・B(男・20代・脱北者)。
- 2020年7月20日:6名、売春、平壌龍城区和盛洞[32]。
- 4名(平壌市党幹部)、2名(斡旋者)。
- 2020年10月:1名(農場支配人)、横領、咸鏡南道霊光郡 白桔梗農場(第108訓練所後方部傘下)外[33]。
- 2021年11月:1名(USBメモリ販売業者)、韓国ドラマファイル記録USBメモリ販売[34]。
脚注
[編集]- ^ “北朝鮮高官が初証言!金正男暗殺「実行役の4人はすでに消された」(近藤 大介) @gendai_biz”. 現代ビジネス. 2021年12月25日閲覧。
- ^ “北朝鮮の恐怖政治が生み出した流行語 「モヤシ頭」とは?”. DailyNK Japan(デイリーNKジャパン). 2021年12月25日閲覧。
- ^ “「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」…残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認”. DAILY NK JAPAN. 2021年12月25日閲覧。
- ^ “第69回国連総会第3委員会における北朝鮮人権状況決議の採択(外務大臣談話)”. 外務省. (2014年11月19日) 2017年2月12日閲覧。
- ^ a b 『北朝鮮 その衝撃の実像』(1991)pp.74-76
- ^ a b c d e f 『北朝鮮 その衝撃の実像』(1991)pp.199-201
- ^ a b c d e 『北朝鮮 その衝撃の実像』(1991)pp.199-201
- ^ a b 崔銀姫・申相玉『闇からの谺(下)』(1989)pp.33-39
- ^ 申英姫(1998)
- ^ “北朝鮮が休日に7都市で80人を公開処刑、機関銃で乱射(1)”. 中央日報日本語版. (2013年11月11日) 2017年2月12日閲覧。
- ^ “張成沢氏の死刑執行=北朝鮮”. ロイター. (2013年12月13日) 2017年2月12日閲覧。
- ^ a b “妻子の目前でズタズタに…北朝鮮「ある市役所職員」の罪と罰” (日本語). デイリーNK. (2021年5月27日) 2021年5月27日閲覧。
- ^ Ha Yoon Ah (2020年1月14日). “Alleged leaker of Kim Jong Un’s whereabouts executed(金正恩の訪問先漏えい疑惑により死刑執行された)” (英語). デイリーNK 2021年5月9日閲覧。
- ^ Ha Yoon Ah (2020年4月16日). “Chagang Province forestry official executed for illegal corn farm(慈江道地方森林管理事務所職員が違法トウモロコシ農場で死刑執行)” (英語). デイリーNK 2021年5月9日閲覧。
- ^ Ha Yoon Ah (2020年5月12日). “N. Korean businessman executed for refusing to buy gov’t bonds(北朝鮮実業家、国際購入拒否をしたため死刑執行された)” (英語). デイリーNK 2021年5月9日閲覧。
- ^ a b c The Cornell Center on the Death Penalty Worldwide (2021年12月31日). “The Death Penalty in Democratic People’s Republic of Korea (North Korea)”. 2022年5月7日閲覧。
- ^ “北朝鮮の女性経営者が「ハンマーで処刑」された理由” (日本語). デイリーNK. (2020年8月22日) 2021年5月27日閲覧。
- ^ a b 韓国統一研究院 (1 July 2015). 북한인권백서 2015(北朝鮮人権白書2015) (PDF) (Report). p. 60. 2021年5月9日閲覧。
- ^ “金正恩「禁断の食肉密売」で男女9人を公開処刑” (日本語). デイリーNK. (2023年9月4日) 2024年6月4日閲覧。
- ^ “「テレビ改造」バレた北朝鮮女性2人が死刑に” (日本語). デイリーNK. (2023年6月30日) 2024年6月4日閲覧。
- ^ “「韓流」視聴した10代青年も銃殺…コロナ「収束」後、北朝鮮で公開処刑増加 住民統制のためみせしめか” (日本語). 東京新聞. (2023年10月11日) 2024年6月4日閲覧。
- ^ “機関銃でズタズタに…金正日氏に「口封じ」で殺された美人女優の悲劇 | DailyNK Japan(デイリーNKジャパン)”. web.archive.org (2017年3月25日). 2022年10月15日閲覧。
- ^ “悲運の女優 禹仁姫(ウ・インヒ)の顔写真 日本で相次いで見つかる - 北朝鮮ニュース | KWT”. web.archive.org (2020年10月19日). 2022年10月15日閲覧。
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- ^ “美貌の女性らが主導…北朝鮮芸術家「ポルノ撮影」事件の真相 | DailyNK Japan(デイリーNKジャパン)”. web.archive.org (2017年9月13日). 2022年10月15日閲覧。
- ^ a b “北朝鮮の公開処刑、衛星写真で確認…アジアプレス報道と時期・場所が符合 | DailyNK Japan(デイリーNKジャパン)”. web.archive.org (2015年5月2日). 2022年10月15日閲覧。
- ^ “「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」…残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認 | DailyNK Japan(デイリーNKジャパン)”. web.archive.org (2016年5月8日). 2022年10月15日閲覧。
- ^ “北朝鮮の恐怖政治が生み出した流行語 「モヤシ頭」とは? | DailyNK Japan(デイリーNKジャパン)”. web.archive.org (2015年2月14日). 2022年10月15日閲覧。
- ^ “遺体が粉々になり原型とどめず…金正恩氏の「銀河水管弦楽団員虐殺」事件 | DailyNK Japan(デイリーNKジャパン)”. web.archive.org (2019年11月17日). 2022年10月15日閲覧。
- ^ “北朝鮮、スパイ容疑の芸術関係者を「機関銃で粉々に」 | DailyNK Japan(デイリーNKジャパン)”. web.archive.org (2015年5月2日). 2022年10月15日閲覧。
- ^ “金正恩「女子大生クラブ」主要メンバー6人を公開処刑 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト”. web.archive.org (2020年10月3日). 2022年10月15日閲覧。
- ^ “金正恩「麻薬工場」責任者を公開処刑(高英起) - 個人 - Yahoo!ニュース”. web.archive.org (2022年10月22日). 2022年10月22日閲覧。
- ^ “ドラマを地で行く公開銃殺…北朝鮮「イカゲーム」で高校生に重罰(高英起) - 個人 - Yahoo!ニュース”. web.archive.org (2021年11月24日). 2022年10月15日閲覧。
参考文献
[編集]- 安明哲『北朝鮮 絶望収容所―完全統制区域の阿鼻地獄』ベストセラーズ〈ワニ文庫〉、2000年2月(原著1997年)。ISBN 4-585-05322-0。
- 朝鮮日報『月間朝鮮』 編、黄民基 訳『北朝鮮 その衝撃の実像』講談社、1991年7月。ISBN 4-06-205405-1。
- 崔銀姫、申相玉『闇からの谺(こだま) - 北朝鮮の内幕(下)』文藝春秋〈文春文庫〉、1989年3月(原著1988年)。ISBN 4-16-716203-2。
- 申英姫 著、金燦 訳『私は金正日の「踊り子」だった (上)』徳間書店〈徳間文庫〉、1998年11月(原著1997年)。ISBN 978-4198910068。
- 申英姫 著、金燦 訳『私は金正日の「踊り子」だった (下)』徳間書店〈徳間文庫〉、1998年11月(原著1997年)。ISBN 978-4198910075。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- “北朝鮮の処刑場318カ所を特定 「韓国のテレビ見て死刑」 NGO報告”. BBC NEWS JAPAN (2019年6月11日). 2019年6月13日閲覧。