悲しみは果てしなく
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「悲しみは果てしなく」 | |||||||||||||
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ボブ・ディランの楽曲 | |||||||||||||
収録アルバム | 『追憶のハイウェイ 61』 | ||||||||||||
リリース | 1965年8月30日 | ||||||||||||
録音 | ニューヨーク、コロムビア・レコーディング・スタジオ(1965年7月29日) | ||||||||||||
ジャンル | ロック | ||||||||||||
時間 | 3分25秒(モノラル) 4分09秒(ステレオ) | ||||||||||||
レーベル | コロムビア・レコード | ||||||||||||
作詞者 | ボブ・ディラン | ||||||||||||
作曲者 | ボブ・ディラン | ||||||||||||
プロデュース | ボブ・ジョンストン | ||||||||||||
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「悲しみは果てしなく」(原題: It Takes a Lot to Laugh, It Takes a Train to Cry)は、ボブ・ディランの楽曲。『追憶のハイウェイ 61』(1965年)に収録。
概要
[編集]1965年6月15日に最初の録音がなされる。録音スタジオはニューヨークのコロムビア・レコーディング・スタジオ。この時点でのプロデューサーはトム・ウィルソンであった[1]。当初のタイトルは「Phantom Engineer」といった[2]。この日録音されたアップテンポのバージョンはその後いくつかの「ブートレッグ・シリーズ」に収録された。
同年7月29日録音のテイク18がアルバム『追憶のハイウェイ 61』に収録される。プロデューサーはボブ・ジョンストンが務めた。演奏者はマイク・ブルームフィールド(ギター)、フランク・オーウェンズ(ピアノ)、ボビー・グレッグ(ドラムズ)、ラス・サヴァカス(ベース)。なお同日録音の他のテイクではアル・クーパーがオルガンを弾いていたが、最終的にはオルガンのないバージョンが選ばれた[3]。
主な別バージョンは以下のとおり。
- 1965年6月15日録音のテイク1(リメイク)。『ブートレッグ・シリーズ第1〜3集』(1991年)に収録。
- 1965年6月15日録音のテイク9。『ノー・ディレクション・ホーム:ザ・サウンドトラック(第7集)』(2005年)に収録。
- 1965年6月15日録音のテイク8。『The Bootleg Series Vol. 12: The Cutting Edge 1965–1966』に収録。
- 1965年7月25日、ニューポート・フォーク・フェスティバルで行ったライブ・バージョン。
- 1971年8月1日、「バングラデシュ難民救済コンサート」で行ったライブ・バージョン。『バングラデシュ・コンサート』(1971年)に収録。
- 1975年11月21日、マサチューセッツ州ボストンで行われたライブ・バージョン。『ローリング・サンダー・レヴュー』(2002年)に収録。
タイトルの「It Takes a Lot to Laugh, It Takes a Train to Cry」は歌詞には出てこない。
カバー・バージョン
[編集]- マイク・ブルームフィールド、アル・クーパー、スティーヴン・スティルス - 『スーパー・セッション』(1968年)に収録。アルバムのクレジットは3人の連名だが、本作品の録音にはブルームフィールドは参加していない。
- ブルー・チアー - 『New! Improved! Blue Cheer』(1969年)に収録。
- レオン・ラッセル - 『レオン・ラッセル・アンド・ザ・シェルター・ピープル』(1971年)に収録。
- マリアンヌ・フェイスフル - 『Rich Kid Blues』(1985年)に収録。
- タジ・マハール - 『Tangled Up in Blues: Songs of Bob Dylan』(1999年)に収録。
- TOTO - 『スルー・ザ・ルッキング・グラス』(2002年)に収録。
脚注
[編集]- ^ Still On The Road 1965 - Studio A Columbia Recording Studios New York City, New York 15 June 1965
- ^ Andy Gill (1998). Don't Think Twice It's Alright. p. 85. ISBN 1-56025-185-9
- ^ Still On The Road 1965 - Studio A Columbia Recording Studios New York City, New York 29 July 1965