小鈴谷町
表示
こすがやちょう 小鈴谷町 | |
---|---|
小鈴谷村道路元標 | |
廃止日 | 1957年3月31日 |
廃止理由 |
分割編入 常滑市、美浜町に分割編入 |
現在の自治体 | 常滑市・美浜町 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方、東海地方 |
都道府県 | 愛知県 |
郡 | 知多郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 12.28 km2. |
総人口 |
6,156人 (愛知県郡市町村勢要覧[1]、1950年10月1日) |
隣接自治体 | 常滑市、知多郡美浜町、武豊町 |
小鈴谷町役場 | |
所在地 | 愛知県知多郡小鈴谷町大字坂井字中田12 |
座標 | 北緯34度48分23秒 東経136度51分53秒 / 北緯34.80647度 東経136.86467度座標: 北緯34度48分23秒 東経136度51分53秒 / 北緯34.80647度 東経136.86467度 |
ウィキプロジェクト |
小鈴谷町(こすがやちょう)は、愛知県知多郡にかつて存在した町。
現在の常滑市南部(大谷、小鈴谷、坂井)と 美浜町北部(上野間)に該当する。
歴史
[編集]- 江戸時代、この地域は尾張藩領であった。
- 1878年(明治11年)12月28日 -
- 小鈴ヶ谷村、大谷村、広目村が合併し、三谷村となる。
- 上野間村と坂井村が合併し、稲早村となる。
- 1881年(明治14年) - 稲早村が上野間村と坂井村に分離する。
- 1884年(明治17年) - 三谷村が小鈴谷村、大谷村、広目村に分離する。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 小鈴谷村と広目村が合併し、小鈴谷村となる。
- 1906年(明治39年)7月1日 - 小鈴谷村、大谷村、坂井村、上野間村が合併し、小鈴谷村となる。
- 1952年(昭和27年)7月1日 - 町制施行し、小鈴谷町となる。
- 1957年(昭和32年)3月31日 - 上野間を美浜町に編入。残部(大谷、小鈴谷、坂井)は常滑市に編入される。
学校
[編集]- 小鈴谷町立小鈴谷中学校 (統合され、現・常滑市立南陵中学校)
- 小鈴谷町立北小学校 (現・常滑市立小鈴谷小学校)
- 小鈴谷町立南小学校 (現・美浜町立上野間小学校)
交通機関
[編集]- 美浜町に編入された後の上野間地区に、名古屋鉄道知多新線上野間駅が開業している。
- 戦後から知多新線開業前までは、常滑駅方面から地区内を縦貫して南知多町師崎まで、知多バス西海岸線が運行されていた。
- 知多新線開業後は上野間駅で系統が分断され、旧小鈴谷町内の区間は常滑南部線へ改称。
- 2022年9月30日に常滑南部線は廃止、翌日からは同じ経路で常滑市コミュニティバスの南部エリアルートが運行されている。
神社・仏閣
[編集]- 野間神社
企業
[編集]出身人物
[編集]その他
[編集]- 小鈴谷町立北小学校(現・常滑市立小鈴谷小学校)の前身となった学校として、私学の鈴渓義塾[2]が存在した。この学校は「知多の最高学府」とも呼ばれ、当時としては高レベルの教育を行ったという。卒業生した主な有名人には以下の人物がいる。