奥村有定
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奥村 有定(おくむら ありさだ、元禄10年〈1697年〉 - 元文2年2月26日〈1737年3月26日〉)は、加賀藩年寄。加賀八家奥村宗家第7代当主。
来歴
[編集]父は奥村悳輝。養父は奥村有輝。初名定賢。通称内匠、隼人。兄弟は奥村明敬、横山貴林、奥村温良。養子は奥村修古、奥村純徳(香川景樹)。
元禄10年(1697年)、加賀藩家老奥村悳輝の七男として金沢に生まれる。享保10年(1725年)、藩主前田吉徳の長男勝丸(7代藩主前田宗辰)誕生の際に蟇目役を務める。享保16年(1731年)、奥村宗家奥村有輝の家督と知行を相続する。享保20年(1735年)9月、藩主吉徳の三男利和誕生の際に蟇目役を務める。同年11月、吉徳五男重靖誕生の際に蟇目役を務める。元文2年(1737年)2月26日、加賀藩江戸藩邸で死去。享年40。家督は養子修古が相続した。
参考文献
[編集]- 東京大学史料編纂所「加賀藩史料」