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大竹洋平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大竹 洋平
名前
愛称 よーへい
カタカナ オオタケ ヨウヘイ
ラテン文字 OTAKE Yohei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-05-02) 1989年5月2日(35歳)
出身地 埼玉県八潮市
身長 166cm
体重 63kg
選手情報
在籍チーム シンガポールの旗 アルビレックス新潟シンガポール
ポジション MF[1] / FW (ST)
背番号 10
利き足 左足[1]
ユース
1996-2001 日本の旗 八潮中央SSS
2002-2004 日本の旗 FC東京U-15深川[注 1]
2005-2007 日本の旗 FC東京U-18
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2013 日本の旗 FC東京 64 (7)
2011 日本の旗 セレッソ大阪 5 (1)
2013-2016 日本の旗 湘南ベルマーレ 47 (2)
2017-2018 日本の旗 ファジアーノ岡山 46 (4)
2019-2023 日本の旗 V・ファーレン長崎 97 (9)
2024- シンガポールの旗 アルビレックス新潟・S 3 (1)
通算 262 (24)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年6月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

大竹 洋平(おおたけ ようへい、1989年5月2日 - )は、埼玉県八潮市出身の[2][3]プロサッカー選手。シンガポールプレミアリーグ・アルビレックス新潟シンガポール所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)及びフォワード (FW)

来歴

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初期

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3歳でサッカーを始める[4]。小学生の頃から中村俊輔のプレーを研究し[2][5]、同選手に似たプレースタイルやキックフォームを見せるようになる[注 2]。関東トレセンに選出された際にFC東京から評価され[2][注 3]2002年から同クラブの下部組織に入った。当時は全てのPKを任されていた。2007年のJリーグユース選手権大会では5得点を挙げ、攻撃の起点としてチームの優勝に貢献した。同期には椋原健太廣永遼太郎丸山祐市田端信成岡田翔平田中奏一宮阪政樹井澤惇加藤淳也など。

FC東京

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2008年、椋原、廣永と共にトップチームに昇格[1]。積極的に好機を演出してアピールに成功し[7]、同年3月8日の開幕戦神戸戦(自身の高校卒業式当日)でプロデビュー。4月19日のJ1第7節川崎戦においてプロ初得点をループシュートで決めると[5][3]同月21日、U-23日本代表候補に追加招集され[8][3]反町康治オリンピック代表監督から「ゲームの流れを変えられる選手。たぐいまれな個性がある」と評される[9] など注目を集めた。以後、オフ・ザ・ボールの動きを試行錯誤し苦しんだものの[10]、J1第24節大宮戦でフリーキックでの得点を決めるなど、チーム3位タイの4得点を挙げ存在感を示した[注 4]

2009年、クラブ首脳陣からの厚い期待を受けて4年契約を締結し[12]、背番号もリオネル・メッシ[注 5]に因んで[14]「30」から「19」へ変更[注 6]。しかし同年は対戦相手に得意の左足が封じられると[4]城福浩監督からも「さらなる成長がないと、この壁は越えられない」[15] と厳しい評価を下され、出場機会が激減。得点も3月29日ナビスコカップ予選リーグ第2節・神戸戦での1得点にとどまった。また、この年からJリーグ選手協会(日本プロサッカー選手会)の副支部長を務めている[16]

2010年5月22日ナビスコカップ予選リーグ第3節新潟戦で14か月ぶりとなる得点を決める。相手GKのタイミングをずらしてのシュートに、城福監督から「指導者が指導できない発想で点を取ってくれた」[17] と称えられた。同年9月のJ1第24節からは城福に替わり大熊清監督が指揮を執ったが、怪我人の復帰に伴うメンバー再編や、FWのリカルジーニョが大竹と同じ攻撃的MFにポジションを変えたことなどから、大熊就任以降のリーグ戦での出場は3試合にとどまった[18]。しかし、控え組主体[19] で臨んだ天皇杯4回戦千葉戦では2得点の活躍[20]。「最後まで(フル出場しても)運動量が落ちなかった」「自分に自信をもってプレーできている」と成長を実感[19][21]。大熊は2011年の指揮を執るにあたって「狭いところでパスを出せる田邉草民と大竹洋平をホントに鍛え、戦力にしたい」と名指して期待を示した[22] が、田邉が出場機会を増やす一方で大竹は途中出場が続いた[23]

セレッソ大阪

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2011年8月、攻撃的MF補強を急務としていた[24]セレッソ大阪期限付き移籍[25][26]レヴィー・クルピ監督からはキープ力や組み立て、シュート、ゴール前への飛び込みなどで高評価を受けており[27]、自身初出場となったAFCチャンピオンズリーグでは鮮やかな連携を見せたものの[28] 出場機会は乏しく、シーズン終了をもってFC東京へ復帰[29][30]

FC東京復帰

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2012年も控えからのスタートとなったが、バイタルエリアで違いを作れる選手として[31]4月17日のACL北京国安戦で先発出場の機会を掴み、1得点を挙げる活躍を見せた[31]。主力として定着しつつあったが、同月末の練習中に負傷。後に左前十字靱帯及び左膝内側半月板の損傷と診断され[32] 戦線から離脱。2013年夏場にかけて復調しつつあった[33][34]

2013年8月にリーグ戦ベンチ入りを果たし[35]、同月、中学生時に関東トレセンで指導を受けたチョウ・キジェ[36] が率いる湘南ベルマーレへ期限付き移籍[37][38]。高い技術を発揮して[39] 早々にチームにフィット[40]。相手の隙を突く巧みなパスや[41] プレースキックで決定機を演出し、攻撃を勢い付けた[42][43]。同年11月の練習試合中に右膝前十字靭帯を断裂し[44] 長期離脱を強いられた。2014年より湘南へ完全移籍[45][46]。同年8月、J2第27節栃木戦で復帰。2015年はシャドーの位置から攻撃の起点となり、味方の走力を活かした[47]。湘南に在籍した3年半の間に自身に足りなかったという走力と球際で戦う意識を向上させた[48]

ファジアーノ岡山

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FC東京でも指導を受けた恩師[49]長澤徹監督から声がかかり[50]、2017年にファジアーノ岡山へ完全移籍[51][52]。チームでは希少な創造性を有する選手として[49] 得点に絡んだ。

V・ファーレン長崎

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2018年12月、2019年シーズンよりV・ファーレン長崎に完全移籍で加入することが発表された[53]

アルビレックス新潟シンガポール

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2023年12月13日、2024-25シーズンよりアルビレックス新潟シンガポールに完全移籍で加入することが発表された。

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008 FC東京 30 J1 23 4 4 0 0 0 27 4
2009 19 13 0 6 1 1 0 20 1
2010 14 2 6 1 5 2 25 5
2011 J2 11 1 - - 11 1
C大阪 7 J1 5 1 1 0 3 1 9 2
2012 FC東京 19 3 0 0 0 1 0 4 0
2013 0 0 1 0 - 1 0
湘南 40 9 1 - 1 0 10 1
2014 7 J2 13 0 - 1 0 14 0
2015 J1 17 0 3 0 0 0 20 0
2016 8 1 5 0 0 0 13 1
2017 岡山 10 J2 29 3 - 2 0 31 3
2018 17 1 - 0 0 17 1
2019 長崎 20 39 4 3 0 2 0 44 4
2020 24 5 - - 24 5
2021 10 0 - 2 2 12 2
2022 18 0 - 3 0 21 0
2023 6 0 - 0 0 6 0
通算 日本 J1 92 9 26 2 11 3 129 14
日本 J2 167 14 3 0 10 2 180 16
総通算 259 23 29 2 21 5 309 30
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2011 C大阪 7 2 0
2012 FC東京 19 1 1
通算 AFC 3 1

その他の国際公式戦

代表歴

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タイトル

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脚注

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注釈
  1. ^ a b 2004年、FC東京U-15からFC東京U-15深川に改称した。
  2. ^ 2010年J1第30節対横浜FM戦の前には、仮想中村として、被セットプレーを想定する際のプレースキッカーを務めた[6]
  3. ^ この時、城福浩の指導を受けている[5]
  4. ^ 1位は赤嶺真吾(12得点)、2位はカボレ(11得点)、3位タイに今野泰幸(4得点)[11]
  5. ^ 小柄で左利きのドリブラーという共通点から「東京のメッシ」との評も受けた[13]
  6. ^ メッシの背番号は2004-06年が「30」。2006-08年が「19」。
出典
  1. ^ a b c d 大竹洋平選手 (FC東京U-18) 来季新加入内定のお知らせ FC東京 (2007年9月13日)
  2. ^ a b c 【ユース選手紹介 大竹洋平】 東京中日スポーツ
  3. ^ a b c 東京新人MF大竹U23代表合宿追加招集 日刊スポーツ (2008年4月22日)
  4. ^ a b c d 『FC東京 ファンブック2010』アサヒオリジナル、2010年、46頁。 
  5. ^ a b c 主役は18歳! 大竹 交代50秒で芸術弾 スポーツニッポン (2008年4月20日)
  6. ^ FC東京、MF大竹で俊輔封じ!”. 2010年11月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年11月14日閲覧。 サンケイスポーツ (2010年11月14日)
  7. ^ 大竹 好機演出で開幕猛アピール プレシーズンマッチ 2月24日(日)vs.C大阪 東京中日スポーツ (2008年2月25日)
  8. ^ a b U-23日本代表候補 トレーニングキャンプメンバー(4/21-23)に、大竹洋平選手追加招集のお知らせ”. 2012年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月30日閲覧。 FC東京 (2008年4月21日)
  9. ^ B組突破へ 大竹をサプライズ招集 スポーツニッポン、2008.04.22
  10. ^ Jリーグ注目選手スペシャルインタビュー Vol.16 大竹洋平選手 (archive) J's GOAL、2008.10.21
  11. ^ 選手出場記録 FC東京 2008 Jリーグ (2008年12月6日)
  12. ^ 19歳大竹 異例の4年契約 東京中日スポーツ (2008年12月27日)
  13. ^ 「F東京のメッシ」大竹、初出場2点呼んだ…ナビスコ杯”. 2008年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月30日閲覧。 スポーツ報知 (2008年3月24日)
  14. ^ 大竹FK特訓68発 開幕スタメンも狙い撃つ 東京中日スポーツ、2009.02.19
  15. ^ 大竹「反撃の夏」左ひざ痛から19日ぶり練習復帰 東京中日スポーツ、2009.07.09
  16. ^ JPFA 役員名簿(2009)同(2010)同(2011) 日本プロサッカー選手会
  17. ^ 【ヤマザキナビスコカップ FC東京vs新潟】城福浩監督記者会見コメント Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2010年5月22日)
  18. ^ 選手出場記録 FC東京 2010 Jリーグ (2010年12月4日)
  19. ^ a b FC東京 大竹が2ゴールで快勝 スポーツニッポン、2010.11.17
  20. ^ 大竹の2発でF東京が千葉に快勝、17歳幸野もプロデビュー ゲキサカ (2010年11月17日)
  21. ^ [FC東京]「ベンチ外れてからのこういう試合が自分の中で大切だと思っていた」(大竹選手)”. 2010年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年12月4日閲覧。 エル・ゴラッソweb版 BLOGOLA (2010年11月28日)
  22. ^ 12月9日・大熊清監督続投決定による囲み取材 (後藤勝) サッカーを読む! Jマガ、2010.12.11
  23. ^ 選手出場記録 FC東京 2011 Jリーグ (2011年12月3日)
  24. ^ 大竹をC大阪へレンタル 東京中日スポーツ (2011年8月9日)
  25. ^ 大竹洋平選手 セレッソ大阪へ期限付き移籍決定のお知らせ”. 2012年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月30日閲覧。 FC東京 (2011年8月9日)
  26. ^ 大竹洋平選手 加入のお知らせ セレッソ大阪 (2011年8月9日)
  27. ^ 巧みなボール扱いと高い技術 新加入のドリブラー C大阪MF 大竹洋平 (22)”. 2012年3月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年1月7日閲覧。 MSN産経west、2011.10.19
  28. ^ 【C大阪】初出場大竹が存在感 / ACL 日刊スポーツ (2011年9月14日)
  29. ^ 大竹洋平選手 期限付き移籍期間満了のお知らせ セレッソ大阪 (2012年1月6日)
  30. ^ a b c d e 大竹洋平選手 FC東京復帰のお知らせ FC東京 (2012年1月6日)
  31. ^ a b 今季初先発で1得点のFC東京・大竹「結果を出したかった」 ゲキサカ (2012年4月17日)
  32. ^ 大竹洋平選手の検査結果について FC東京 (2012年5月3日)
  33. ^ 大竹1ゴール1アシスト 完全復活へ猛アピール 東京中日スポーツ (2013年8月5日)
  34. ^ ポポ監督、湘南移籍の大竹の成長に期待 サッカーキング (2013年8月21日)
  35. ^ 選手出場記録 FC東京 Jリーグ
  36. ^ 『月刊J2マガジン 2014年3月号』ベースボール・マガジン社、2014年、30-31頁。 
  37. ^ 大竹洋平選手 湘南ベルマーレへ期限付き移籍のお知らせ FC東京 (2013年8月13日)
  38. ^ FC東京 大竹洋平選手 移籍加入のお知らせ 湘南ベルマーレ (2013年8月13日)
  39. ^ 湘南 新加入の大竹洋平、磐田戦でメンバー入り濃厚 blogola (2013年8月15日)
  40. ^ 【J1:第21節 湘南 vs 磐田】曹貴裁監督(湘南)記者会見コメント Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2013年8月17日)
  41. ^ 【J1:第22節 湘南 vs 甲府】レポート Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2013年8月22日)
  42. ^ 【J1:第24節 湘南 vs 仙台】レポート Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2013年9月1日)
  43. ^ 【J1:第27節 湘南 vs 浦和】プレビュー Jリーグ:J's GOALアーカイブ (2013年9月27日)
  44. ^ 大竹洋平選手 負傷に関するお知らせ”. 湘南ベルマーレ. 2013年11月14日閲覧。
  45. ^ 大竹洋平選手 湘南ベルマーレへ完全移籍のお知らせ FC東京 (2013年12月20日)
  46. ^ 大竹洋平選手 完全移籍加入のお知らせ”. 湘南ベルマーレ. 2013年12月30日閲覧。
  47. ^ サッカーダイジェストNo.1332』日本スポーツ企画出版社、2015年、47頁。 
  48. ^ J2マガジン Vol.45』ベースボール・マガジン社、2017年、79頁。 
  49. ^ a b 【岡山】「絶対的な存在になりたい」―。大竹洋平が恩師と二人三脚で臨む新たな“自分探しの旅”(2/2) サッカーダイジェストWeb (2017年3月21日)
  50. ^ MF大竹洋平が岡山に完全移籍。「湘南にいたからこうなれたと言われるようにやっていけたら」 blogola (2016年12月28日)
  51. ^ 大竹洋平選手 ファジアーノ岡山へ移籍のお知らせ 湘南ベルマーレ (2016年12月28日)
  52. ^ 大竹洋平選手 完全移籍加入のお知らせ”. ファジアーノ岡山. 2016年12月28日閲覧。
  53. ^ 大竹 洋平選手、角田 誠選手 完全移籍加入のお知らせ, V・ファーレン長崎, (2018-12-19), https://www.v-varen.com/news/79800.html 2018年12月19日閲覧。 

関連項目

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外部リンク

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