塩谷定好
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塩谷 定好(しおたに ていこう、本名:しおたに さだよし、1899年10月22日 - 1988年10月28日)は、日本の写真家。
経歴
[編集]人物
[編集]鳥取県東伯郡赤崎村(現・琴浦町)に生まれる。生家は廻船問屋である。
塩谷家
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塩谷定好写真記念館
[編集]明治初期の商家である生家は塩谷家により寄贈され、「NPO法人塩谷定好フォトプロジェクト」により、作品展示を行う記念館として整備され、塩谷定好写真記念館として2014年4月26日に開館した[1][2][3]。
年譜
[編集]- 1899年(明治32年): 10月22日 鳥取県東伯郡赤崎村(現・琴浦町)に生まれる
- 1917年(大正6年): 鳥取県立農学校(現・鳥取県立倉吉農業高等学校)卒業
- 1919年(大正8年): 「ベストクラブ」創設(赤碕町)
- 1927年(昭和2年): 「芸術写真研究会」(東京)会員
- 1928年(昭和3年): 「日本光画協会」(京都)会員
- 1934年(昭和9年): 「国際写真サロン」連続入選、特待員となる
- 1938年(昭和13年): 「ベストクラブ」を「写研会」と改称
- 1950年(昭和25年): 「倉吉美術協会」設立(のちの「倉吉市美術展覧会」)
- 1954年(昭和29年): 「第1回倉吉美術展覧会」写真部門審査員となる
- 1958年(昭和33年): 「新協美術会」(東京)写真部門会員
- 1960年(昭和35年): 「全鳥取美術展」写真部門審査員となる
- 1967年(昭和42年): 「第11回鳥取県美術展覧会」写真部門審査員となる
- 1971年(昭和46年): 塩谷定好作品展(赤碕農業管理センター)、塩谷定好回顧展(米子アートギャラリーU)
- 1975年(昭和50年): 「塩谷定好名作集」出版(米子日本写真出版)
- 1976年(昭和51年): 塩谷定好写真展(東京ペンタックスギャラリー)
- 1979年(昭和54年): 「今日の日本の写真とその起源」展(イタリア)のち欧州各国巡回、塩谷定好作品展(赤碕農業管理センター)
- 1981年(昭和56年): 第88回「写研会」写真展(倉吉博物館)
- 1982年(昭和57年): フォトキナ写真展「フォトグラフィ1922~1982」(西ドイツ・ケルン美術館)
- 1983年(昭和58年): 塩谷定好・植田正治写真展(鳥取県立博物館)
- 1985年(昭和60年): 「パリ・ニューヨーク・東京」展(つくば写真美術館'85)
- 1988年(昭和63年): 「ヒューストンフォトフェスト1988」において「塩谷定好写真展」のち全米各地巡回
- 1988年(昭和63年): 89歳で死去
- 1990年(平成2年): 米子写友会回顧展(米子市美術館)
- 2003年(平成15年): 「日本写真史」展(ヒューストン美術館) 「鉄道と絵画」展(福岡市美術館)
- 2005年(平成17年): 「写真はものの見方をどのように変えてきたか」展(東京都写真美術館)
- 2006年(平成18年): 「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」展(世田谷美術館)
- 2007年(平成19年): 「20世紀美術探検」展(国立新美術館開館記念展)
- 2008年(平成20年): 「子どものいる風景」展(神戸市立小磯記念美術館)、「倉吉の美術100年」展(倉吉博物館)
- 2011年(平成23年): 「芸術写真の精華」展(東京都写真美術館)
写真集
[編集]- 『塩谷定好名作集 : 1923-1973』日本写真出版、1975年。
- 『海鳴りの風景 : 塩谷定好写真集』ニッコールクラブ、1984年。
- 浅倉祐一朗、大竹ゆき『芸術写真の時代 : 塩谷定好展 : カタログ』三鷹市美術ギャラリー、2016年。
- 蔦谷典子『愛しきものへ 塩谷定好1899–1988』島根県立美術館、2017年。
- 蔦谷典子『夢の翳 塩谷定好の写真1899–1988』求龍堂、2019年。ISBN 978-4-7630-1920-2。
- 『生誕120年 芸術写真の神様 塩谷定好とその時代』今井出版、2019年。ISBN 978-4-86611-176-6。
参考文献
[編集]- 「日本の写真1930年代展」図録(1988年、神奈川県立近代美術館)
- 「芸術写真の時代 米子写友会回顧展」図録(1990年、米子市美術館)
- 「日本のピクトリアリズム展」図録(1992年、東京都写真美術館)
- 「日本近代写真の成立展開展」図録(1995年、東京都写真美術館)
- 「モダニズムの時代展」図録(1995年、東京都写真美術館)
- 高山正隆と大正ピクトリアリズム(日本の写真家5、1998年、岩波書店)
- 日本写真家事典(執筆・監修=東京都写真美術館、2000年、淡交社)160ページ
- 「婦人像」(1932年、ゼラチン・シルバー・プリント)が掲載されている。
- 「光のノスタルヂア 小関庄太郎と日本の芸術写真展」図録(2001年、福島県立美術館)
- 美術手帖2004年12月号(Vol.56、No.858)特集『日本写真史がわかる!』
- 「天気予報のある風景」(1931年)が掲載されている。
- 日本の写真家 近代写真史を彩った人と伝記・作品集目録(監修・東京都写真美術館、2005年、日外アソシエーツ)203ページ
- 「天気予報のある風景」(1931年)が掲載されている。
- 「芸術写真の精華 日本のピクトリアリズム珠玉の名品展」図録(2011年、東京都写真美術館)
- No.41:村の鳥瞰(1925年、ゼラチン・シルバー・プリント)
- 深読み!日本写真の超名作100(飯沢耕太郎、2012年、パイインターナショナル)54ページ~55ページ
- 「天気予報のある風景」(1931年)が掲載されている。
- NPO法人塩谷定好フォトプロジェクト(2013年)
受賞・表彰
[編集]- 1976年(昭和51年)- 山陰中央新報社地域開発賞・文化賞
- 1977年(昭和52年)- 地方自治30周年記念・地方自治功労(文化向上)鳥取県知事表彰
- 1982年(昭和57年)
- フォトキナ写真展「フォトグラフィ1922~1982」(西ドイツ・ケルン美術館)フォトキナ栄誉賞受賞
- 鳥取県教育賞
- 1983年(昭和58年)
- 2010年(平成22年) - 琴浦町名誉町民[4]
脚注
[編集]- ^ 塩谷定好写真記念館パンフレット
- ^ “活動報告2014 - 塩谷定好フォトプロジェクト”. teiko.jp. 2019年9月29日閲覧。
- ^ “郷土を愛した写真家塩谷定好写真記念館/ふるさと鳥取県産業・観光センター(名古屋代表部)/とりネット/鳥取県公式サイト”. www.pref.tottori.lg.jp. 2019年9月29日閲覧。
- ^ 第9回琴浦町議会定例会会議録(第1日)平成21年12月8日(火曜日)議案第154号